風花の無線機(仮題) 作:青い熊
崩壊した鉄筋コンクリート製の橋脚の上、こんこんと降り積もった雪を掻き分けて固めて作った谷間から静かに顔を覗かせる。氷点下を下回る気温と深い雪によって体温は奪われ、もう数時間も火に当たらなければ凍え死んでしまいそうだ。
男は一人だ。住んでいる余呉集落から一日歩いたところにある用がある。
家には高熱を出して寝込んでいる妻がおり、彼女に薬を飲ませてやりたいと考えていた。しかし、家にはおろか集落には解熱剤がなかった。このまま人間本来の力である自然治癒に頼ってしまえば、この時期ならば衰弱死してしまうことも考えられる。
少し前の記憶で近くの街、長浜ポリスにそれなりの量の薬品が運び込まれたという噂を聞いたことがあった。もしかしたら解熱剤、アセトアミノフェンが手に入るかもしれない。そうでなくともイブプロフェンならば、かなりの量があちこちのポリスで簡単に手に入れることができると聞いたことがあった。
ならばと男は集落を飛び出した。近所の老夫婦に、定期的に妻の様子を見てもらえるように頼んでも来てある。また、満足な用意はしてきており、帰宅するまでは食うに困ることもないだろう。医療薬と交換できるモノも持ってきた。
大丈夫だ。そう高を括り、集落の皆が家に引き篭もって見ようともしない銀の世界へ、足を踏み出した。
しかしどうだ。このような天気では、一日で行けるはずのポリスにも着けない。出発して一日が経とうとしているが、まだ半日程の頃に通りかかる場所ではないか。
今はそれどころではない。旅程が遅れて一日二日くらい空腹でも我慢できる。問題なのは、集落を出て少し離れたところで遭遇した奴等だ。
奴等は複数人で徒党を組んでは、集落とポリス、ポリスとポリスの間を歩く人間を襲うバンディットだ。最初は威嚇し脅し、ケタケタと嗤いながら追跡してくる。程よく楽しんだら身ぐるみ剥ぐと殺し、次の獲物を求めて移動を始める。
男は集落で何度かバンディットと戦ったことがあったが、自分たちよりも頭数が多いことが分かると、中断して足早に逃げてしまう。集落の仲間が言っていた、彼らは卑怯者だ、と。
そんなバンディットから男は追跡されていた。幸い体力には自信があり、足元が不安定な環境でも追跡を振り切れると考えていた。
しかし彼らの方が一枚上手だったのだ。距離を離しても、振り返れば遠くの方にその姿が確認できた。ずっと男を捉え続けたまま、追いかけててこれるだけの体力があったのだ。
男は大幅に遅れている旅程を放棄する。集落から長浜ポリスに向かいながらも、冬場の森で距離を離し、線路跡を超え、道路を全速力で走ったのだ。そして道中を少し外れたところにある、崩れ落ちた橋を足場に、崩壊している橋脚に登った。
息を整えるのに時間を掛けず、背負っていたバックパックを放り出して、積もっていた雪に谷間を作った。
「ふぅ……」
一面灰色の空と、目下真っ白になった辺りを、固めた雪の間から見渡す。
何もいない。なにもない。歪な形をした白いオブジェがあるだけで、温もりを持つものどころか動くものすらいない。雪解けて春を迎える頃には、ここから見える景色は、男が子どもの頃から変わらない苔だらけの廃墟だ。
大きな瓦礫に登って数時間は経っている。ここまでの足跡は既に雪に埋もれ、脇に置いたバックパックも帽子を被っている。こまめに動かす身体にはあまり雪は積もっていないが、右手に握り込む護身のために持ってきた武器を素手で触ろうものなら、すぐに凍りついてしまうだろう。
細く息を吐きながら、まだかまだかと地面を睨みつける。今か今かと待つ。武器を雪の谷間に載せ左手を添える。
「……来た」
自分の意識を確認する様に小さく声を出し、目を細めて遠くに目をやる。
バンディットはやってきた。一度男を見失っているのだろう。その歩みは、彼を追いかけてきた時よりも遅かった。地面を見ながら足跡を探し、周囲を警戒して進んでいる。
男は再度武器をしっかりと握り込む。持ってきた武器はショットガンだ。緊張で上がる息を整え、にじみ浮かんでいた額の汗を拭い、物音を立てないように細心の注意を払う。
凍傷にならないよう、動かしていた手足がじんわりと冷たくなっていくのが分かる。足首を曲げたり、手首を回しては、掌を開いて閉じてを繰り返す。
そんなことをしていると、彼らとの距離がだんだんと近くなってきていた。もうすぐそこだ。
「野郎はここらに来ているのか?」
「そうに違いねェ。見つけたのは長浜ポリスに向かう道だ。線路跡で見失ったから、目的
地に行くにはこの道を通るしかねェんだよ。他は通れやしない。俺たちで通るのを躊躇うくらいだからなァ。最低でも仲間が今の倍はいるね」
「妙に体力のある奴でしたが、ポリスまで止まらずに行ける訳がねーです。俺たちをやり過ごすのなら、ここいらで身を潜めるのが一番なんすよ」
声が聞こえてくるほどの距離まで、バンディットは近づいてきた。身なりはバラバラだが、全員厚手のコートを着ている。
背が低くガリガリの男はこの辺りの地理に詳しいらしく、頬骨の浮き出た顔を不満気に歪ませながら悪態をついている。
敬語を話す男は三人の中で一番背が高く、ロングコートの上からでも恵まれた身体が見て分かる程で、ゆっくりと遠くの方を見渡している。
二人の中では普通の体格をしている男はリーダーのようで、ガリガリの男とやり取りをしながら近場に睨みを効かせていた。
全員一様に武装しており、ガリガリの男とリーダーはハンドガン、長身の男はライフルを持っている。長身の男に限れば、大きなバックパックを背負っており、野営装備を運んでいるのだろう。ストーブの一部と思われるアルミの筒が、収まらずに顔を覗かせていた。
緊張で身体が強張り、手に力が入る。
男は戦うつもりはない。人数差を埋める手立てもなく、体力は消耗している。ここでやり過ごし、迂回路を取るのがベストだ。多少危険だろうが、バンディットとは違う経路を選べばかち合うこともない。帰りは集落の近くまで行く誰かに同行を頼むか、ポリスの軍にバンディットが彷徨いていることを伝えれば、部隊を派遣してくれるかもしれない。
早く行ってくれ、男は願いながら三人を睨みつける。まだ居場所はバレていない。
「いないじゃないか。この辺りで身を隠せるところは、この先の坂を少し下ったところにあるボロ屋くらいだ。あそこはさっき見てきたが、中はいつ見ても変わらない。あるのは腐りかけの家具と、虫食いでズタズタになった衣類くらいだ。高価な物は何一つとしてなかった。無論、見失った獲物も、な」
「もう街に行っちまったんだろう? 奴、妙に足腰が強いらしい。俺たちを引き離す勢いだったからなァ」
「……そうだな。街に入られたら逃げ切られる。急ぐぞ」
やった、と男は遠ざかっていくバンディットの背中を見ながら思わず声が漏れる。
刹那、リーダーの男が足を止めた。気付かれた。今の声を聞かれてしまった。
「ん? 何か聞こえたぞ。お前ら、止まれ!」
姿勢を低くし、雪の谷間からバンディットを観察する。近くに潜んでいることを察知されてしまった。男の呼吸は荒れはじめ、次第に鼓動は大きくなっていく。
もし見つかろうものなら攻撃してしまおう。抵抗せずにむざむざ殺されるのなら、一人でも道連れにした方がいい。口から心臓が飛び出そうになりながらもそう心に決め、揺れる視線を彼らに向ける。
男の危機はまだ終わらない。バンディットが互いに距離を取って辺りを捜索しはじめてすぐのことだ。
崩壊した橋脚の上で身を潜める男には、差し迫る別の脅威が目に映ったのだ。
「う、うわぁぁぁ!」
「どうしたッ?!」
「く、来るなッ! 来るなあああ!」
ガリガリの男の近くに出現したのは太く長い灰色の体毛に覆われたミュータントだった。ライカンスロープと呼ばれている種類で、その容姿はまるでイエイヌとして飼われていた何かしらの犬種が熊と同じくらいの大きさになったものだった。
灰色のライカンスロープに続いて五頭も姿を現し、ガリガリの男に襲いかかった。
ガリガリの男はハンドガンを撃つも、灰色の獣は大きな体躯であるにも関わらず素早く回避していく。リーダーの男や長身の男がガリガリの男の助けに動き出す前には、恐慌状態の彼は全ての弾を撃ち尽くしていた。カチンカチンとハンマーが撃針を打つ音だけが聞こえてくる。
「助けてやるもんんか」
男はそう呟き、目の前で起きている惨劇を額に冷や汗を浮かばせながら観察し続ける。
先程まで、男はバンディットに獲物として追跡されていたのだ。罪もない人間を殺し、金品を奪い、それで生活をしているような連中だ。さらには殺しを頼んでいると来た。世も末の末まで来たというもの。
男はショットガンを持っているが、ライカンスロープを撃たない。ショットガンにはスラグ弾が装填されており、大きな動物やミュータントを倒すことができる。元よりミュータントとの遭遇に備えて十発持ってきており、四発は装填してあった。距離も十分で、弾丸は届く。無論、人間相手でも一発当たれば一撃で絶命するほどに威力は高い。
そのような武器を持っていたとしても、男は撃つことを選ばない。ここでバンディットが全滅してくれれば、ライカンスロープは満足して彼を襲うことはないはずだからだ。
そうなれば、無駄弾を撃つ必要もなく、脇を通ったとしても襲われる心配はない。
ガリガリの男が絶命する頃には、リーダーの男と長身の男は逃げ始めていた。仲間の生死など知ったことかと言わんばかりに、後ろを振り返ることもなく走っていた。
しかし、そんな彼らを獣たちが見逃すことはなかった。
一頭は雪原を真っ赤に染めている肉塊に噛み付いたまま離れないが、その他の五頭は二人目掛けて走り出した。否。跳躍した、と言っても良い。
数十メートルは離れている距離をほんの一瞬で駆け抜け、瞬きをする間もなく二人に噛み付いた。
白黒で斑色のライカンスロープが噛み付いたのは長身の男だった。牙が首の大動脈を貫いたのだろう。喉を鳴らす口元や、まだ息のある彼の首から鮮血が噴水のように吹き出ては勢いを弱め、吹き出るのを繰り返す。アブクを吹きながら、言葉にならない声をあげて助けを求めるが、じきに首がだらりと項垂れて絶命した。
一方、リーダーの男は頭を噛みつかれたため、即死していた。転がっている死体には頭部がなく、食い千切られた首元から血が流れ続けるだけだった。
三人の遺骸が転がる雪原。それに群がるライカンスロープたち。男は今がチャンスだと言わんばかりに立ち上がった。
横に無造作に放り出していたバックパクを背負い、ショットガンを持って橋脚から飛び降りる。
久々に動かし始めた手足が徐々に温かくなるのを感じながら、視線はライカンスロープの群れに向けていた。
彼らの興味は変わらず肉塊に向いている。口の周りを血で汚しながら、肉と臓物を引きずり出し、噛み千切り、貪り食う。
惨たらしく見てられるものではないが、それらを囲んでいるのはライカンスロープ。犬型のミュータントだ。興味が男の方に向いたならば、数秒も経たずして肉塊と同じ状態に変わり果てるに違いない。
男は心の中で自身に言い聞かせていた。生きてポリスに到着し、集落に帰ること。医療薬を手に入れ、妻に届けること。誰もいないところでむざむざとミュータントに殺される訳にはいかない。
一目散にポリスへ向かう道を走る。ショットガンの安全装置を解除したまま、生き抜くことだけを考える。生きてまた妻に逢うために。
だが、男の危機はまだ過ぎ去らない。
獲物にありつけなかったライカンスロープ、黒い体毛の獣が男目掛けて走り始めたのだ。
背後に感じる殺気から、後ろを振り返らずとも、ライカンスロープが追いかけてきていることに男は気付いていた。
「畜生……ッ!」
足を止めて後ろを振り返り、ショットガンを構えた。照準器の中心に自然とライカンスロープを捉えるが、もう距離は目と鼻の先だった。
躊躇せずに引き金を引くと、右肩に強い衝撃と共に銃口から爆炎が吐き出される。間もなく、ライカンスロープに命中するかに思われた。
だが、獣が地に伏せることはない。命中はした。したのだが、致命傷になる頭部に当たらず、右肩に命中したのだ。
速度が一気に落ち、肩から血を流しながらも、獣の目には男しか映っていなかった。
男は慌ててもう一度引き金を引く。ドン、ドンと今度は二発続けて発砲する。地面に赤い線を引きながらも走り続けるライカンスロープに、底知れぬ恐怖が倍増していくのを感じながらも攻撃の手を緩めることはない。
震える手を必死に抑え込み、荒ぶる呼吸を細くし、ショットガンを構え直した。先程放った二発は命中しなかったのだ。
今度こそ頭部に命中させようと、照準を修正して引き金を引く。しかし、一発目に続いて弾丸が発射されることはなかった。弾切れだ。
最後に撃った弾は命中することもなく、明後日の方向に飛んでいってしまった。
絶体絶命だ。数秒後には男も遠くで転がっているバンディットのようになってしまう。
呼吸が荒れて視界は揺れ、推し量ることもできない恐怖で手の震えは収まるどころか強くなっていた。無造作にポケットへ押し込まれていた弾薬を二発取り出して装填を始めようとするも、上手く弾倉に入っていかない。
しきりに目の前まで迫る黒いライカンスロープを確認していたからだろうか。一度見て、手元に視線を落とし再度見上げた時には、巨大な捕食者は目の前に来ていた。
大きな口を開き、鋭く尖った牙は白く何も汚れはなく、ただ独特な獣臭を男に吐きかけてきた。
もう死は手の届くところまで来ており、数秒後には男の首元に喰らい付いていることは想像するまでもなかった。
男は声にならない声をあげ、ショットガンを振り上げる。空を切った長物は捕食者に当たることはなく、振り抜かれた先端は地面に突き刺さった。いよいよ何もできない。
男は死に際を悟り、家のベッドで寝込んでいる妻のことを思い出した。
最期がこんな形で訪れようとは思ってもみなかったが、そんな最期も男を慮ってか、真っ青な顔で苦しんでいる彼女の顔から、いつも優しい笑顔を浮かべて出迎えてくれる最高の伴侶が走馬灯のように浮かび上がった。
もっと鮮明に思い出すため、男は目を閉じた。喰われる瞬間を見たくなかった、目の前に迫る恐怖を一瞬でも忘れたかったという気持ちは少しはあった。それでも、最期は愛する人のことを想っていたかったのだ。
しかし、顔全体に吹きかけられていた生暖かい風が突如として離れた。何かが吹き出るような音が聞こえたような気もしたが、男は自分が死んだとは思えなかった。どこにも痛みはなく、ただ雪に埋もれた足先と、ショットガンを握っていない右手が冷たく感じる程度。
恐る恐る目を開くと、目の前には捕食者が変わり果てた姿で横たわっていた。四肢に力は入っておらず、あんぐりと開かれた口から大きな舌がだらしなく垂れ出ていた。地面には血飛沫と脳漿が飛び散り、赤い花を咲かせていた。
男は目の前の光景に一気に力が抜け、一瞬呆然と立ち尽くしてしまった。何が起きているのか、何故このライカンスロープは息絶えているのか、何故自身は死んでいないのか。
しかし、直面していた死を回避したことだけは頭が理解したが、状況が悪いことに変わりはない。
依然、近くには五頭のライカンスロープが残っており、獲物を貪っている最中だからだ。そちらの方に視線を向けると、やはりまだ群れは丸々残っていた。幸いにして五頭とも三つの獲物に夢中な様子。
呼吸を整えながら抜けた腰に力を入れて立ち上がると、確実にショットガンに弾薬を押し込み始める。四発入れ終わると、静かに薬室に初弾を装填し、安全装置を確認する。
「誰が倒した?」
男は足元の黒いライカンスロープを見ながら、そう呟いた。
彼のショットガンは弾が尽きていた。それ以上に、この獣が斃れた時には、ショットガンを棒切れの如く振り下ろしていて、引き金からも手を話していた。それどころか、銃口の方を握っていたため、もし発砲していたとしても自分に当たっていただろう。
静かに近づいて側頭部を確認すると、毛の間から右肩にある銃創よりも小さな穴が空いているのが分かった。この銃創は男のショットガンによってできたものではなかった。
男はショットガンを構え、辺りを観察する。遠くの方も見てみるが、誰かがいるようにも思えない。この時、男の注意は五頭のライカンスロープから離れていた。
肉を貪り喰った獣立ちは、群れの仲間が射殺されていることに気付いたのだ。血の臭いを嗅ぎ分けたのかもしれない。仲間同士で何らかのコミュニケーションをしていたのかもしれない。もしそうだったのならば、仲間の方から人間ひゃ他の動物とは違う臭いを嗅ぎ取ったのだろう。
こちらを睨みつけ、歯茎の間から肉片と血を垂れ流しながら、低く唸り声をあげているのだ。
男はすぐさま獣たちの変わり様を察知し、銃口をそちらに向けた。今日はこれで四度目だ。そう一人でごちると、つくづく己の付いてなさを呪う。
刹那、ライカンスロープが一体ずつ、右から順に次々と左の地面に血糊と脳漿を撒き散らして絶命していったのだ。しかも、今度は銃声が聞こえた。その音も遠くではなく、かなり近くから。
男が目の前で起きたことに呆然としていると、どこからともなく足音が聞こえてきた。雪を小さく軽いものが踏みしめる音。彼のような男ではなく、女性や子どもの足音だった。しかも、音源は銃声の聞こえた方向からこちらに向かって来ている。
安心して下ろしていたショットガンをすぐさま構え直し、足音の聞こえてくる方へと向ける。
数秒そちらの方向を睨みつけていると、それが姿を現した。
降り積もった雪よりも更に白く美しい長い銀髪に、磨いたガラス玉のように澄んで綺麗なコバルトブルーの大きな瞳。人形の様に非常に端正な顔立ちで、頬は薄く桃色に色づいており銀髪と同じくらい白い肌。だが、街でも簡単には手に入らないどころか流通しているところをほとんど見たことのないオリーブドラブ色の軍用トレンチコートに身を包みながらも、その細腕では持つことすら難しそうな、男が持っているショットガンよりも一回りは大きいライフルを携えていた。それどころかバックパックは男のものよりも大きく詰まっている様子。
男はこの場に現れるとは思ってもみなかった麗人に一瞬心を奪われるもののすぐに持ち直し、そのアンバランスな容姿をしている女性に声を掛けた。
「助けて、くれたのは、アンタなのか?」
恐る恐る出た言葉は思いの外はっきりと発音できた。本当の意味で身の危険が過ぎ去って安心したからなのか、はっきりとではあるが随分と間抜けな声で訪ねた。その男の問いに、麗人はすぐさま応えた。あなたを助けたのは私だ、と。小さく首を縦に振り、続けて男に向かって合図を送った。この場を離れよう、そう合図したのだと思った男は、麗人の後をついて歩き始めた。