風花の無線機(仮題) 作:青い熊
麗人は慣れた手付きで、斃れたライカンスロープを道から追い出して隅に寄せ始める。それが終わると、バンディットの方を見つめた。
外傷が酷く、原型を留めていない彼らの遺体を、躊躇なく軽々と持ち上げた。一列に彼らを並べると、ズタズタにされた彼らのロングコートをかけてやったのだ。
男は手伝おうとも考えたが、彼女があちこち欠損している遺体を二人分も軽々と持ち上げて移動させるものだから、呆気に取られてしまっていた。気付いた時には三人目も運び終えていた。
遺体から離れた麗人は、偶然にも男が隠れていた橋脚の根本に移動した。崩れた橋が陰になっており、中はそれほど雪も吹き込んでいなかった。
「あなたは?」
ここで麗人はやっと声を出した。バックパクを下ろして一息吐きながら、ジッと男のことを見ている。どうしようかと悩んでいると、彼女の方から話しかけてきたのだ。
「俺はただのワーカーだ。ここから北に行ったところにある余呉集落から来た。長浜ポリスに用があるんだ。アンタは?」
「私は日本中を旅してるの」
「となると、トラベラーか。さっき死体とはいえ、男二人を軽々しく持ち上げていたり、そもそもそんなライフルを持っていたり。なるほどな。アンタならトラベラーをしていても、問題ないって訳だ。それに……」
男は麗人の容姿について触れようとした。滅多に見ることのない容姿だが、見覚えのない訳ではなかった。一度だけ、幼い頃に長浜ポリスではない違うポリスで見かけたことがあった。
その目を引く姿から、周りはざわついてた記憶が鮮明に残っている。銀髪に碧眼、白い肌。容姿端麗で怪力。そんな彼女のような人のことをこう呼んでいた。白銀、と。
その呼び名をすんでのところで飲み込み、とりあえずは礼を言うことにした。
「ありがとう、助かった」
「どういたしまして。もう少しで食べられるところだったわね。でも、この時期はライカンスロープの群れが活発に行動するの。いくら用事があるからとはいえ、そう集落から出るものじゃないわ」
「本当なら出るつもりはなかったさ。だが、妻が高熱を出しているんだ。仕方なかったんだ」
「そう……。状況を見る限りだとあなた、バンディットたちを囮にしたの?」
「こうするしかなかったんだ。逃げ回って丁度ここに隠れたんだ。そうしたらライカンスロープ共が現れて奴等を襲った。
そもそも、散々っぱら俺たちのようなワーカーやトラベラー、スカベンジャーを襲って生計を立てているよう奴等はロクでなしの連中だ。囮にしたって気にすることはない。ポリスや集落で悪さして追放されているんだ。気にすることはない、ってな」
「そう……」
麗人は男の話を聞くと、静かに相槌を打って考え始める。
男は気に障ることでも言ってしまったかと心配するが、嘘は言っていないし助けてもらって感謝もしている。咎められれば、自分の身の潔白を証明することもできる。好きで囮にした訳ではない、と。
もし追求されたとしても、死体から所持品を持って長浜ポリスに行けば、彼らが悪党であることは誰もが証明してくれるだろう。
「悪い奴ならしょうがないわね。あなただけでも助けられてよかった。あなたはワーカーなんでしょ?」
「あ、あぁ。そうだ。余呉集落でじゃがいもと玉ねぎを作っている」
「バンディットとは戦わなかったのは何故? あなたの持っているショットガンなら、なんとかなったんじゃないかしら?」
麗人は男の傍らに立てかけてあるショットガンに視線を向ける。
「確かにこいつなら戦えるが、俺は下手なんだ。集落の男たちとミュータントを狩ることもあるが、一発も当てられた試しがない」
「そのようね。確かに、あなたはあまり腕はよくないみたいね」
「見えていただろう? 至近距離であの的の大きさの物でも外すんだ」
「それはしょうがないと思うわ。きっとあなたは平常心でいられてなかっただろうし」
命中はされているものの、当たったのは四発中一発のみ。精神状態は理由にもならないだろう。
男はショットガンの弾倉が空になっていることを思い出し、弾薬を装填し始める。ポケットに戻してしまったものと、新しく二発取り出して押し込めて装填する。
彼の行動を見て、彼女はおもむろにバックパックを開いて小さいケースを取り出していた。観察していると、中身は。シートに密閉されたままの医療薬が大量に入っていた。
種類も豊富で、珍しいものもちらほらと確認できる。その中からシートを二つ取り出して、男に差し出してきたのだ。
「アセトアミノフェン。それとロキソニン」
「どうしてだ?」
男は不思議に思った。
医療薬は貴重品だ。特に瓶詰めにされていない、シートで密閉されているものなんて品質が保証されている。
「これが欲しいんでしょ?」
「確かにそうだが……」
「なら受け取って」
「あぁ。……ならこれを」
十二錠ずつのシートを受け取った男は、引き換えに小さい袋を渡した。元々、長浜ポリスで使うつもりだったものだ。
タダで貰う訳にもいかず、そもそもそのつもりで渡してきてもないだろう。
麗人は男の差し出した袋を受け取り、袋の口を結んでいた紐を解いて中身を確認する。
中は塩で満たされており、量で言えば二百グラムはある。しかもただの塩ではなく、純度の高いもの。たまたま手に入れることのできた骨董品で、かき集めて貯めていたものだった。家に帰ればまだ七袋はある。こういった時のための貯蓄だった。
麗人は何かすぐに分かったようで、しっかりと袋の口を締めると、ケースと共にバックパックに仕舞い込んだ。
「割りに合わない量の塩を貰ってしまってもよかったの?」
「気にするもんか。こういう時のために貯めていたものだ。塩の一つやふたつ、妻と引き換えなら遠慮なく出してやるよ」
「そう。でも……」
「それを言うのなら、薬だってそうだ。密閉されたシートなんて初めて見た。こんなもの、どこで手に入れるんだ?」
「トラベラーしていると手に入れる機会は何かとあるのよ。使うこともないから貯め込んでいただけ。薬は使うものだから、こうした方が良いに決まっているわ」
そう言いながら、麗人はバックパックからケースと入れ替わりで何かを取り出す。
それは完全に密閉されているポリ袋だ。
男が珍しそうにそれを見ていると、麗人はそれを差し出してくる。思わず受け取ったものをまじまじと観察すると、内容物に書かれた文字を見つけて読み上げた。
「ち、よ、こ、れ、い、と? チョコレート?! なんでそんなもんを?!」
「お釣りよ。それは私が持っていても食べることもなければ、こうして使うこともないからあなたにあげる。
戦闘糧食のチョコレートだから長持ちするし、それの価値も分かっていると思う」
「だ、だからってなぁ?!」
「不純物の少ない塩を貰ったお礼よ」
「しかしなぁ」
「あぁもう、いいって言ってるの!」
麗人は頑なに受け取ろうとしない男にしびれを切らせたのか、先程とは違う砕けた口調でまくし立て始める。
冷気に当てられてほんのり桃色をしていた頬も、今は紅くなり始めていた。
「分かってよ! チョコレートは好きじゃないし、甘いものは好きだけど、そういう砂糖砂糖しているのはニガテなの!
奥さんも体力付けなきゃ駄目でしょ?! 冬乗り切れずに死んじゃったらどうするの?!」
「お、おう、そうだな」
「なら受け取って! はい、鞄に仕舞って! これで長浜ポリスに行かなくてもよくなったんだから引き返してね! 急いで奥さんのところに帰って、薬あげてよ?」
男を強引に身支度させる彼女は、キリキリと動けと言わんばかりに男に言葉をぶつける。
彼は言われるがまま、性格の変わってしまった麗人に呆気を取られつつも準備を進る。
ものの数秒で動けるようになると、今度は橋の陰から男を追い出した。
「そのイサカ・ライアットの弾込めは終わってるの? 入ってるのならキリキリ帰る!」
「分かったから、そう捲し立てるなよ。準備はできている。ありがとうな」
「気にしないで」
「何故、そこまでしてくれるんだ? 本当なら見逃してもよかっただろう?」
ふと疑問に思ったことを口に出してみる。
彼女は先程の口調からまた一転し、静かに答えた。
「貰ったものを返しているだけ」
そしてそれ以上言うことはなく、ただ何度見ても見合わないライフルの銃把を握りしめていた。
男はショットガンを片手に、集落の方へ足を向ける。
本当ならば、ここからまた半日かそれ以上かけて長浜ポリスに向かった後に帰る予定だった。しかし、思わぬ人物と出会ったことで、その旅程も短縮されてしまった。
不運の続いた短い旅だったが、本当は幸運に恵まれていたのかもしれない。殺されて、死にかけて、それでも生きている。全て助けてくれた彼女のお陰だ、男はそう心の中で呟いた。
しかしながら、やはり麗人の変わり様には驚いた。何故かは分からないが、自分だけ得をしようと思っていない様子。むしろ、塩よりも手に入れることが難しいチョコレートを譲ってくれた。
彼女も言っていたが、高熱で衰弱している妻は、このまま行けば冬を越せないかもしれない。家に帰ったらチョコレートを食べさせて、薬を飲ませればすぐに良くなる。
「なんで付いてくるんだ?」
「私は敦賀ポリスに向かう途中だったのよ」
余呉集落に戻る道を歩き始めた男の横を、麗人は静かに歩いていた。どうやら彼女は敦賀ポリスに用があるらしい。余呉集落から見て、長浜ポリスとは反対側に位置するポリスで、長浜よりも規模の小さいところだ。
彼女の目的は男に分からないものの、付いてくるということは余呉集落にも寄るということだろう。
「集落に寄っていくのなら、ウチに泊まっていけ」
「でも……」
「妻が寝込んでいるとはいえ、人を一人泊めるくらいの余裕はある。礼をさせてくれよ」
「なら、その言葉に甘えるわ」
「そうしてくれ」
あまり言葉を交わしていないが、男は麗人の性格を何となくだが把握できた。最初は口調を作っていて、本来の話し方は彼を急かした時のものだろう。そして、元々は明るく強気な性格だ。本当に敦賀ポリスに用があるのかもしれないが、彼と共に帰りも行動してくれている。
冬場の旅は危険が付き物で、実際危ない目に遭っている。この季節はライカンスロープの群れが活発になる頃なのだ。
もしかしたら、用があるというのは嘘で付いてきてくれているのかもしれない。そんなことを考えながら、半日歩いた距離を踏みしめる。
頼もしい護衛を案内しながら、時より会話を楽しみつつも集落へと帰る。
道中の会話で、男はつい聞いてしまったのだ。彼女の容姿について。思わず出た言葉に取り繕ってはみたものの、彼女は慣れた様子で答えた。
「この容姿は確かに見慣れないものかもしれないわね。あなたたちとは決定的に違う点はあるけれど、私は人間のつもりよ。それだけは覚えておいて」
その言葉に男は聞き返すこともせず、別のことを話し始めるのだ。
旅の目的、敦賀ポリスに行く目的、これまでの旅の話。どれも新鮮な話で、とてもじゃないが半日で聞き終わることもできず、気付けば集落に到着していた。
すっかり陽は沈み、辺りの真っ暗になった中にぽつんとある余呉集落。他の集落と同じように作られた建物の一つに入ると、中には変わらず高熱の妻と、様子を見に来てくれていた近所の老夫婦が来ていた。
簡単に老夫婦へ礼を言うと、男はすぐさまチョコレートを食べさせ、薬を飲ませる。効き始めるまで時間はかかるだろうが、それまでの間は安静にしてもらう。
麗人は近くの椅子に腰掛けてもらい、妻の看病をしながら話の続きを聞く。面白い話だ。余呉や長浜・敦賀ポリスしかほとんど知らない彼らにとって、正に外の世界の話。気付けば男もその妻も、寝る前に母から聞かされた子守唄代わりの話を聞くが如く、いつの間にか眠ってしまうのだった。
巨大な都市、大勢の人々、美味しい食べ物、美しい景色に想いを馳せながら、男が起きた時には、朝日の差し込む家だった。
ベッドはもぬけの殻になっており、炊事場には元気になった妻と麗人が立っていた。漂ってくる香りに腹を鳴らしながら、男は顔を洗いに立ち上がった。
何のもてなしもできなかったことを恥ながらも、世話になった麗人に色々と保存の効く食べ物や貴重なものを土産に持たせることを心に決める。
妻の身体も案じながらも、今日することをあれこれと決めて二人に声を掛けた。
「おはよう」
と。