前の話のタイトルが変わった? あ、気にしないでくださると大変作者は助かります(ひん死)
では今回の話を読むにあたっての注意点として、長め(約13000字)となっております。では上記に注意して本編をどうぞ。
「よし。索敵は終わったな! これより休憩に入るぞ!」
オルクス大迷宮二十階層にメルドの号令が響く。それと同時に団員達と周囲を見張っていた香織は大きく息を吐き、リュックに下げていた水筒を手に取る。
(もうちょっとで三週間だっけ……腕、太くなっちゃったなぁ)
少しだけ息を切らしていた香織は首筋に張り付いた黒髪をサッとどかし、水筒の中身を煽りながらふと考える。元の世界のトータスで過ごした時間よりも長くここにいることを思い返し、香織は心配げに自分の右腕を見やった。
(ちょっと訓練がキツすぎるよ……南雲くんに嫌われたくないなぁ)
メルドの容赦の無いシゴキにはついてけるようになったことを香織は喜んでいる。ハジメを守れる力が身についているからだ。
だが最近姿見に映る自分の体つきがなんだかがっしりしてきているのは想定外であった。筋肉がついたせいで着ている服がちょっとキツくなってしまっていることにも香織はちょくちょく嘆くようになった。こういう女の子はハジメは嫌いだろうかと心配することもしょっちゅうだ。
「お疲れ様です白崎殿。先程のロックマウント相手の立ち回り、見事でした」
今もそれで悶々としていた香織だったが不意に声をかけられて軽く目を見開いてしまう。振り向けば革鎧を身につけたウサミミつきの壮年の男性がおり、にこやかな表情で香織を見つめていた。
「あっ、カムさん。カムさん達もお疲れ様です」
名はカム・ハウリア。香織が恵里達の世界に来て一週間足らず、その時に同族の皆と一緒に騎士団に入ることになった亜人族のひとりだ。亜人族という種族であることから魔法は使えないものの、高い身体能力を活かして他の皆と共に戦っているのである。
「でも私そこまですごいこと出来てませんよ? たまたま“炎槍”が当たったぐらいですし」
先程この階層にはびこる魔物ことロックマウントの群れと香織達は戦っていた。その際一匹が丸まったロックマウントを投げるという行動を採り、前衛を超えて襲いかかろうとしていたのだ。
そこで香織は防御魔法の詠唱を破棄し、本来四節は必要な“炎槍”を二節だけで発動。炎の槍を叩きつけてはたき落としたのである。無我夢中でやったこともあって自分もまだまだだなぁと思っていたこともあり、カムからの賞賛の言葉に香織は思わずほほをほんのりと赤く染めていた。
「それを言ったらカムさんやパル君がいつの間にか後ろに回り込んで魔物を倒した方が」
「謙遜なさらずとも構いません。本分でないところでも活躍なさったのですから。我々は団長に仕込んでいただいてるので。この体を活かさなければどやされてしまいます」
そこで話をそらすべく香織は先のカム達の活躍を挙げた。しかしハッハッハと快活に笑いはしたものの、カムはこれぐらい出来て当然だとばかりに返してくる。他のハウリアも見れば何度もうなずいているため、マジメだなぁと香織はうっすら笑みを浮かべながらぼんやり思う。
「んー。遠藤君の嫌がることもあんまりしない方がいいんじゃ……」
「いいえ。私の命はアビスゲート様によって助けられたも同然です。こうして呼ぶのもあのお方に対する敬意を――」
「よし、息は整ったな? では次の階層へ向かうぞ! 次の階層の魔物は――」
そうして他のハウリアとも香織は話をしていた。だが突如メルドの号令がかかると同時に話を止め、あちらの方へとハウリア達と一緒に体を向けた。
次の階層の魔物やどう動くべきかに関するレクチャーを香織は黙って聞いて頭に叩き込んでいく。最近は騎士団の皆とも連携がとれるようになってきたし、どう対処すればいいかも聞いたことから問題なくやれるだろうと香織は確信していた。
(……恵里ちゃん達、大丈夫かな)
それ故か、香織はふと恵里達のことについて思いをはせてしまう。三日ほど前にライセン大迷宮と繋がるゲートへと向かって以来、彼女達とは顔を合わせてなかったからだ。
あれほどの強さを持つ恵里達が簡単に後れをとるとは到底思えないが、それでも会うどころか声すら聞かない。元の世界に戻るための魔法の発動もメルドだけが担当しているのだ。そのことに香織は少し不安を抱いていた。
「――以上。ではこれより移動する。引き続きハウリアが前衛、アラン達は中衛に回れ。香織達は今回も後ろから援護をしろ」
(こっちの愛ちゃんもすごい心配してたけど……放っておいちゃダメ、だよね)
メルドの指示を聞きつつ香織は考える。やたらと冷淡になってる愛子が浮ついているのを香織は何度も目撃しており、彼女にすら黙っているということも理解していた。だからこそこのままでいいとは思えず、愛子や恵里達のためにも動くべきだと香織は判断する。
「なるほど。それで私のところに、なんですね……」
そして日課の訓練を終えた後、香織はリリアーナもしくはヘリーナを探すようになった。こちらの世界だとメイドのヘリーナ共々中野信治といい仲であり、彼女達なら何か知っているんじゃないかと考えたからだ。
「うん。リリィだったらきっと知ってると思ったから。お願い。教えて」
リリアーナ達を探して二日。夜の王宮を歩いていた彼女を見つけるとすぐに香織は彼女に声をかけ、恵里達について何か知らないだろうかと頭を下げ倒した。あちらも渋い表情を浮かべていたものの、それでも構わず香織は頼み続けたのである。
「メルドさんも話してくれなかったし、愛ちゃんや永山君達も知らない……そうなるともうリリィしか頼れなくって」
頭を上げて事情を語れば、リリアーナは何度となく視線をさまよわせているのが見えた。そこでダメ押しにもう一度頭を下げると彼女の短いため息が香織の耳に届く。
「……こんな私に親しくしてくれた
「――ありがとうリリィ! 本当にありがとう!」
頭を上げればやれやれといった様子でこちらを見ているリリアーナがいた。香織は目を潤ませ、彼女の両手を掴んで上下にブンブンを揺らす。そうして苦笑するリリアーナに何度となく香織は感謝の言葉を伝えていた。だが不意にリリアーナが真剣な表情を浮かべたのを見て香織も同様の顔つきで彼女と向き合う。
「いいですか香織。心して聞いて下さい。今の信治さん達の状況のことです」
そうしてリリアーナの口から恵里達の近況を聞いて香織の顔は段々と青ざめていく。ライセン大迷宮での死闘の内容、その際多くのクラスメイトが手足を失い、また恵里も生死の境目をさまよってしまったと知ってしまったからだ。
「そん、な……だから、恵里ちゃん達は……」
「私も陰ながら皆様のサポートをしていました……どうして私が渋ったかもわかりますよね?」
「……うん。本当にごめん」
手足を元通りにするアテはあるということも聞いたものの、それでも香織はショックで全身を軽く震わせてしまっている。あの強い恵里達でも状況次第では勝てるかどうかわからなくなるのだ。誰も死なずに済んだのはともかく、不便な生活を今も送っているであろうことを想像して香織はさめざめと涙を流す。
「……ねぇリリィ。今からでも恵里ちゃん達のお手伝い、出来るかな」
「それには及ばないとも言ってましたよ。信治さん達、車イスや義手というものを使って結構快適に過ごされてると仰ってましたし」
「それ、本当? 恵里ちゃん達と話していい?」
ならば少しでも恵里達の力になろうと香織は申し出たものの、苦笑しているリリアーナから近況を伝えられる形でやんわりと断られてしまう。もしやそれもあちらが強がってるだけじゃないかと思い、香織は心配そうな表情を浮かべながら恵里達と連絡出来ないかと頼み込む。
「えーと……はい。わかりました」
「何から何までごめんね、リリィ……恵里ちゃん、皆! 無事なの!?」
一度目を上へと動かした後、再度ため息を吐きながらリリアーナは許可をとってくれた。彼女を何度となく利用したことへの後ろめたさから深々と頭を下げた後、香織はリリアーナから受け取ったアーティファクトで連絡をとる……それから数十秒後、香織はその場でくずおれてしまった。
“えぇ……本当に大丈夫なのぉ”
“うん。もうすぐ潜水艇完成しそうでね。ちょっと優花ちゃんが奮発してくれちゃって”
原因は恵里達が早すぎる前祝いをしている最中につながってしまったからだ。多くがお祝いムードで浮かれた状態で受け答えし、また義手の動き具合がいいやら車イスを普及させたらいいかもなどと抜かしていたのである。
“もう組み立て自体終わってたしな。じゃあ実質完成だろ”
各種テストを行った後の微調整がまだ残っていたらしいが、あとそれだけなら打ち上げやろうぜと大介達が言い出したのだとか。それに優花や光輝達が乗っかったことで今に至るらしい。
“まだやることはあったけど区切りとしては悪くなかったもの……放っておいたらハジメやユキがどれだけこだわって時間かけるかわかったもんじゃなかったし”
“あー、うん。そっか。そっかぁ……”
そのため全然苦労している様には思えず、自分の心配はなんだったのかと香織は大いにガックリしてしまう。思いっきり肩を落とし、すさまじく深いため息を十秒近く吐き出していた。
“はいはい。そっちは心配しすぎ。本当に面倒だったら適当な理由つけて呼んでるよ”
“恵里、白崎さんにそういうこと言わない……ごめんなさい。白崎さんに心配かけたくなかったし、王宮に不安を広げたくなかったから。それと僕達を気遣ってくれてありがとう”
“あー、うん。どういたしまして……”
そうしていると恵里の指摘に思わず乾いた笑みが浮かび、南雲のフォローにやや投げやりに香織は返事をしてしまう。痛む頭を手で押さえつつ、なんだかんだ恵里達が元気なようで良かったと香織は短く息を吐いた。結局取り越し苦労で済んだからである。
“まぁ皆の体が元通りになるのは間違いないんだね。それなら良かったよ”
手足を元通りにするアテがある。手足が無い状況でも皆で支え合って乗り越えた様子である。それらを知って香織は安堵したのだ。こちらで世話になってる恵里達が、世界が違うとはいえ友人達が苦しまなくて済んでいることに香織はホッとしていたのである。
“……でも正直、俺自身は神代魔法の存在にちょっとあぐらをかいていた気がするんだ”
“……光輝、くん?”
そんな時、光輝が不意に後悔に満ちた言葉を漏らす。それを聞いた香織は一瞬だけ呆けてしまい、何故そんなことを言い出したのかと思いながら彼の名前をつぶやいてしまう。
“光輝君、アレはミレディが十割悪いじゃん。あんな状況、ボク達だって手足なくす覚悟でやらなきゃ生き延びれなかったし”
“それな。中村の言う通り”
“私はエリ達と違って手足は無事だけど、それでもあんな状況で勝てだなんて無茶苦茶だったわよ”
“……うん。私も恵里ちゃんの言う通りだと思う。戦うのも厳しかったんでしょ? そんなところで勝てたんだからむしろすごいことだよ”
香織は恵里達がライセン大迷宮でどんな戦いを強いられたかを知っている。その上で手足を犠牲にしてでも勝利をもぎ取ったこともだ。だからこそ香織は何度もうなずきながらも他の皆と一緒に恵里の言い分に乗った。
“わかってる……でも『神代魔法の真髄は解放者もエヒトも既に知っていることでしかない』ってことだけは、俺達がそれを知って少し浮かれてたことだけは反省すべきだと思う”
だがそこで光輝がまた後悔をにじませた声で反論し、彼の言い分を聞いてハッとしてしまう。自分のいた世界でもエヒトは神様として君臨している。ならば神代魔法の扱いに関しても自分や恵里達より遙かに上手くてもおかしくはないと思ったからだ。他の皆と同様、香織もまた黙り込むしかなかった。
“もちろんそれで神代魔法の研究をしなくてもいい、って訳じゃ無い。腕を磨かなくってもいい、ってことでもない。アーティファクトに頼るなって話でもない。だから”
“概念魔法を使えるようになる。それか無くても全力で戦えるように鍛え直す。そういうことでしょ、光輝君”
「――あの、香織? 香織、さん?」
すぐに光輝からのフォローが入るものの、香織もどうすればいいのかとうなってしまう。そんな相手に勝ち目なんて無いんじゃないのかと思った直後、南雲の意見が頭に飛び込んできた。香織は口を半開きにしてしばし突っ立ってしまい、リリアーナから声をかけられるまでしばし呆然としていた。
「ご、ごめんリリィ……そっか。じゃあ」
“そんなこと言われてもねぇ……じゃあハジメくんみたいに魔方陣描かれた手袋着用しておくとか?”
“あぁ。そういうのもいいと思う……それに俺も色々と試してみたいものがあってさ”
エヒトの神代魔法の扱いがとてつもないレベルならミレディの時のように武器が奪われる可能性もある。ならばそれ抜きでも戦えるようになるべきではないか、と香織は考え方を変えた。
“それなら、今皆が使ってる宝物庫みたいな指輪とか、リストバンドみたいなものとか。そういうのでもいい、ってことかな?”
“あ、そっちの私、それ名案かも”
その上で鈴の提案に香織は乗っかった。杖のような手に持つタイプの武具やアーティファクトに頼るのでなく、身につけるタイプのものにシフトするのも良いのでは無いかと思ったのである。白崎の後押しもあって香織はそうした方がいいと余計に考えてしまう。
“そうなると服とか、後は小物なんかがいいかな。白崎さんが言ったようなリストバンドとかも良さそうだし”
“やるじゃねぇか。すげぇよ白崎”
“えへへ……あ、ごめん。ちょっとリリィに頼みたいことがあるから一旦切っていい?”
“わかったよ白崎さん。何かあったらまたリリィに頼み込んでほしい”
南雲や龍太郎からもそのことを認められてちょっと照れくさくなるも、香織は恵里達にここで話を切り上げたいと述べる。すると光輝を起点にすぐに皆が承諾し、程なくして“念話”は切れた。
「ねぇリリィ。一生のお願いがあるの」
「また重い相談ですね……私で差配できるのなら」
そして香織はキッとした顔つきで目の前の少女にあることを頼み込む。すると彼女も軽く目を泳がせた後、微笑みながらもそれを受けてくれた。世界が違えど友人となれたこの少女を利用していることに罪悪感を抱きつつも香織はあるお願いを口にする。
「紹介してほしい人がいるの。天職が“拳士”や“格闘家”とか素手でも戦える人を!」
武器に頼らず戦える人間に、どんな状況でも戦って雫やハジメを守り続けられる人間になるために。少女はまた新たな一歩を踏み出して
「しっかしまぁ、変わったよね……」
香織がリリアーナに徒手格闘が出来る人を紹介して欲しいと頼み込み、一週間が経過したある日のことだった。朝食の席で向かいとなった恵里がやや呆れた様子でつぶやいたことに香織は思わず首をかしげた。
「? どこがかな、恵里ちゃん」
「ご飯に体つき。あと戦い方も」
フォークに刺さったクルルー鳥のササミを食べ終えてから香織はどうしてこんなことをつぶやいたのかと恵里に問い返す。すると恵里が持っていたフォークの先端を香織のトレーと香織自身へと向けつつ、表情を変えないまま答えたのである。
「あはは……まぁ鍛えてるしね」
恵里の回答に思わず香織も苦笑し、自分の二の腕に視線を落とす。元いた世界の雫と同じ格好になったことでより筋肉がついてがっしりしているのがわかる。一週間前よりひと周りは太くなったかも、と香織はしみじみと思った。
「それにライセン大迷宮のことを考えるとね。やっぱり道具にあまり頼らなくて済むようになった方がいいかも、って」
それとタンパク質が多めの料理ばかり載ったトレーを一瞥すると、香織は色々と変えた理由について語っていく。元いた世界に戻った際、香織も各地の大迷宮を攻略する気であった。そのためライセン大迷宮で恵里達と似たような状況になった場合を暗に想定してたと述べたのである。
「そうだな。可能性はそんなに高くないとは思うけど、俺達と同じ失敗はしてほしくないし」
「あっちのクソ女がどうするかわからねぇからな。まぁ賢いんじゃねぇの?」
すると食堂のそこかしこから苦笑が響き、光輝や大介などが香織の判断を悪くないと評価してきた。自分の判断が間違ってないことに安心しつつ、香織は残り少ない食事に手を伸ばす。
「ふぅ……ありがとうみんな。あ、でも、私がこのやり方に変えられたのも皆のおかげだからね。優花ちゃんや鈴ちゃん達がご飯のメニュー考えてくれたり、南雲君と恵里ちゃんがこれ
コップに入った水以外平らげた後、香織は皆に礼を述べる。こうして自分が色々やれたのも皆のおかげだと食堂にいた全員の顔を見ながら伝え、また手持ちの宝物庫からサークレット型のアーティファクトを取り出してニコリと微笑む。
「使い勝手はどう? またシアさんと龍太郎君の動きが競合したりしてない?」
「うん。そこは調整してくれたおかげで大丈夫」
南雲からの問いかけにも香織はにこやかな笑みを浮かべたまま返す――香織が手にしたアーティファクトはシアと龍太郎の魂を複製し、統合したものを入れたものである。
身につけることで中に入った魂が使用者の体を動かし、空手の型や技などの動きを体に覚え込ませる。もしくは頭の中で思い描いた動きを再現させるのだ。徒手空拳での戦いを学びだした香織のために恵里と南雲があつらえたものであった。
「ごちそうさまでした。じゃあご飯も終わったし、訓練行ってくるね」
「調子が悪かったら言って。後でボクとハジメくんとで再調整かけるから」
アーティファクトを宝物庫へ戻し、香織はコップの中身も飲み干す。そして席を立って訓練に行く旨を皆に伝えた。恵里達に見送られながらも香織は早足で練兵場へと向かい、既に騎士団やハウリアの皆と訓練していた冒険者達へと声をかける。
「お待たせしました。ケーンさん、よろしくお願いします」
「来たか嬢ちゃん。んじゃ、今日も手合わせ願おうかっ!」
香織が軽く頭を下げれば冒険者の男が前へと出てきた。香織は例のサークレット型のアーティファクトを身につけてから構えると、向こうも鏡合わせのように拳を構えた。そして男が先んじてこちらへと突っ込み、左のストレートを放ってくる。
「っ!――“光絶”っ!」
ストレートは頭を軽く傾け、相手の腕に自分の腕を上手く当てることでそらす。続く右のボディ狙いの一撃に対し、香織は即座に“光絶”を発動する。ロクに魔力をこめられなかったことから一瞬で割れてしまうが、香織にとってはそれで十分だった。
「やるじゃねぇ、のっ!」
「っ。“縛印”っ!」
左足を引いて体の向きを変えて直撃を回避。相手の一撃に合わせて香織は腰を落とし、カウンターの一撃を叩き込もうとする。だが相手にしっかり受け止められてしまい、香織はすぐに“縛印”を詠唱。
「どわっ!」
冒険者の背後から現れた光のロープは向こうの右腕に絡みついた。それも自分の左手を引くタイミングに合わせてだ。後ろに引っぱることで姿勢を崩し、それと同時に香織は一歩踏み込んで右でストマックブローを放つ。
「やるじゃねぇか嬢ちゃん!」
「~っ!!……ケーンさん含めて皆にシゴかれてますので!」
しかしそれも空振りに終わる。相手が手を放してそのままバク宙し、そのついでに両手を蹴り上げてきたからだ。両手のそこかしこに亀裂が入ったかのような感覚に襲われつつも、香織は後ろへと跳んで距離をとる。
(やれる! すっごいズルしてるけど、これならついていける!)
掌底、裏拳、ハイキックにひじ打ちなど様々な技の打ち合いを、メルドから『やめ』と号令がかかるまで香織達は続ける。
「ふぅー……お疲れ様でした、ケーンさん」
模擬戦を終え、メルドから手渡されたタオルで香織は止めどなく流れる汗をふく。そして相手をしてくれた男に軽く頭を下げた。
「おう。ま、その頭の飾りの力ありにしちゃやるじゃねぇか」
向こうも多少は汗をかいていたようだが息を切らした様子も無い。こちらに言い返したのも含めて自分はまだまだなのだろうと香織は察する。
「はい……えーと、次は誰が相手になっていただけますか」
「じゃあ、私達でもいいですか」
だがこれで負けてられるかと香織は奮起し、次の模擬戦の相手を募る。すると聞き覚えのある声が練兵場の外から聞こえ、わずかな間を置いてから香織はその声のする方へと振り向いた。
「シア!? それに龍太郎君も!?」
「最後の辺りだけだったけど見てたぜ。少しは使いこなせるようになってんじゃねぇか?」
「私もそう思います……ですから白崎さんが良かったら、私達もお相手したいです。どうですか?」
まさか龍太郎達が来ていたとは思わず、香織は目を丸くしてしまう。しかし笑みを浮かべた二人から普通に褒められ、香織はほんのりほほを染めるとはにかみながら目を何度か泳がせた。
「あ、はは……いい、かな? あ、それと」
「わかってる。それとハジメ達がもっとすげぇ“タイムクリスタル”を作ってくれたんだよ」
「本当!? お願い! 使わせて!」
渡りに船であることには違いなかったため、香織は両手の人差し指をチョンチョンと突きつけ合わせながら二人に尋ねる。すると龍太郎はすぐに了承し、香織が常用しているアーティファクトの名前を出してきた。すぐに香織はそれに何度もうなずいて返す。
「じゃあメルドさん、それにケーンさん達も。ちょっと場所移ります」
「わかった。龍太郎、シア。後は頼むぞ」
「「はい。メルドさん」」
そして香織はメルドや他の冒険者達に頭を下げると、メルドも気にしてないといった風に返してくれた。龍太郎とシアがメルドに返事をしたのを確認し、香織は自分の宝物庫からゲートキーを取り出して起動する。
「移る、ってことはやっぱり」
「あぁ。広い方がやりやすいだろ?」
「そうだね。練兵場も十分広いけど、ここの方がもっとすごいし」
ゲートから解放者の住処へと移動すると、三人はその足で巨大な両開きの扉へと向かう。目的地は番人であるヒュドラという名前の魔物がいた場所だ。例のサークレット型のアーティファクトを香織が身につけて試運転したり、龍太郎とシアと一緒に調整をした際に使っていた広い空間である。
「そういえば龍太郎君。南雲君達が作ったのってどれぐらい?」
そうして移動のかたわら、香織は自分が常用しているアーティファクトの改良型について尋ねた。五日前に幸利達が作ってくれた時間の流れを抑えるアーティファクトであり、効果を発揮している間はなんと時間の流れが半分ほどになる。
それによって香織は増えた時間――つまり十日間もの時間を鍛錬にあてていたのだ。
「確か時間の流れが四分の一に抑えられる、って言ってたはずだ」
「“覇潰”が使えるアーティファクトの併用で鈴さんが頑張ってましたからね」
これよりも更にすごいと聞き、ちょっとウキウキしながら香織が問いかける。すると龍太郎が虚空からバスケットボール大の水晶を取り出し、それを見つめながら効果を述べる。また水晶から紅の光がほとばしるのを横に、誰がどうやって作ってくれたかもシアが語ってくれた。
「……すごい。すごいすごいすごいよ!」
想像をはるかに超えるすごさに香織は思わず目を大きく見開いて輝かせる。そして近くにいたシアの両手を掴んでブンブンと上下に振り回す。
「おい白崎。嬉しいのはわかるけどな。いつ戻れるようになるかわかんねぇだろ。時間を無駄にしてる場合じゃねぇ」
「あっ……ご、ごめんね。シア」
しかしすぐに龍太郎から注意されて香織はハッとする。ゆっくりと振り向けば、呆れた表情でこちらを見つめる彼がそこにいた。ボンッ! と顔を真っ赤に染めると、香織はシアの方に向き直っておずおずとその手を放す。
「もう、ビックリしましたよぉ……。じゃあお薬も持ってきましたし、さっそくやりましょっか」
「わかった。それで、どっちが先?」
「俺にやらせてくれ。どれぐらいやれるようになったか、実際に試してみたいしな」
シアも苦笑を浮かべていたものの、すぐにキッと表情を改めて模擬戦の誘いをかけてきた。香織もシアにならい、両手で握り拳を作りながらそれを受ける。そしてどちらと戦えばいいのかと香織が問えば、ニィッと口元をつり上げた龍太郎が腕を組みながら答えてきた。
「わかった……じゃあ龍太郎君、よろしく」
「その顔は俺を一歩でも動かしてからにしな――お前が向こうの世界の南雲をどれだけ思ってるか、見せてみろ」
香織は龍太郎に言葉をかけると同時に足を広げて重心を落とし、右手を前に出して構える。対する龍太郎は組んだ腕を解いただけ。いつものように足を動かせば勝ちのルールであるのを確認すると、香織はすぐに飛びかかっていく。
「力任せなのが少し直ったのはいい! けどな、まだ技が体になじんでねぇ! もっとお前の動きが出来るようになるまで型を続けろ!」
「わかった!」
パンチ、回し蹴り、サマーソルトに跳び蹴り、一節のみでの“螺炎”や“光縛”などの発動も拳の一撃でいなされてしまう。“隆槍”を発動し、それを蹴ってつぶてにしたものでの目潰しも正拳突き一発で吹き飛ばされる。
けれども香織の戦意は微塵も衰えてはいない。龍太郎の喝に元気よく答え、攻めの手を緩めることはしなかった。
(魔物の肉を食べてなくて良かった! そうじゃなかったらきっとここまでやれてない!)
そうして龍太郎相手にひたすら攻撃を続ける中、香織はあることを考えていた。魔物の肉を今まで食べずにいたことである。
この世界に来て一日そこらの時はそこまでしてでも力を手に入れたいという貪欲な思いが香織には無かった。ハジメを守るためにと決意してからは何度か頼んでみたものの、その都度この世界の愛子から冷めた目で反対されてしまう。この世界の面々からもだ。
「まだ甘ぇ! 打ち込むんだったらもうちょい腰を落とせ!」
(きっと全部、力や勢い任せになってた。もらった力やアーティファクトに頼り切ってたから!)
渾身の右ストレートを叩き込むも、龍太郎に片手でぺしっと払われて届かない。自分から見てはるか高みにいる彼と相対することで、香織は改めて恵里達の気遣いを理解する。脳裏に恵里達が語ってくれた過去がよみがえる。
(電撃を使う狼の魔物とか、イナバさんと同じウサギの魔物とか! 特に白熊とサメ!)
――エヒトの差し金もあり、恵里達はオルクス大迷宮を進まざるを得なかったことを香織は聞いていた。その際死んでもおかしくないような状況に何度も陥ったこともだ。一際香織の頭に印象付いていたのは爪熊とタール鮫と彼女達が呼んでいた魔物である。
(あの熊の魔物のせいで、恵里ちゃんのいた世界の南雲くんが腕を失ったかもしれない。それにあのサメなんて、気配を殺す力があるなんて! そんなのズルすぎるよ!)
恵里曰く、熊の魔物は手から三十センチほど先まで風の刃を飛ばす力があるらしい。それもその階層にいた魔物を簡単に両断できるほどのものをだ。また簡単に燃えるタールが泥沼のように広がる階層に生息する鮫の魔物は、そのタールの中から気配を殺して現れるとも聞いた。
他にもとんでもない魔物の情報も聞いてはいる。だからこそ、そんな魔物がひしめく中で力だけが強くなってもきっと生き残れないと香織は悟った。恵里達からの頼みも含めてオルクス大迷宮を突破しようと考えていたから尚更だ。
「ま、こんなもんか……最後は少しマシになったな」
「あ、ありがとう……龍太郎、くん」
久々に息を切らし、両ひざに手をつきながら香織は返事をする。
技も観察力も磨いた上で力を手にしなければきっと恵里達のようにオルクス大迷宮を突破出来ない。エヒトを倒す力を手に入れて、ハジメも雫も両親も守れないだろうと香織は再度確信していた。だからこそ香織はまだ魔物の肉を食べずに済んだことに心の中で感謝する。
「はい香織さん。どうぞ」
「ありがと、シア」
「ふむ。まだまだ未熟ではあるが、わし達が鍛えてもいい頃合いかもしれんな」
そうしてシアから“聖典”が付与された水をもらい、香織はそれを一気に飲み干していく。その後、ひと息吐こうとした時にいきなり容赦のない言葉を投げかけられて香織は渋い表情を浮かべる。
「未熟って……まぁそうなんですけ――鷲三さん!? 霧乃さんも!?」
事実ではあるけれど、もう少し言葉を選んで欲しいと言おうとして振り向けばしれっと鷲三と霧乃がそこにいたのである。
「「「……いつからここに?」」」
「ほんの少し前です。白崎さんの仕上がり具合が気になりまして」
何度も目をパチクリとまばたきした後、龍太郎とシアの方を向けばあちらもギョッとした顔で鷲三達の方を見ている。サプライズの類であると気づくと、香織はおそるおそる鷲三らの方に再度顔を向けた。
「まさか、白崎に忍じゅ――」
「雑技の一つといえど、あれもまた極める必要がある。いつ白崎さんが元の世界に戻るかわからん以上、下手に仕込むのは危険だろう」
すぐに龍太郎が質問を投げかけるもそれを鷲三は首を横に振って否定してきた。そういえばこの世界の雫ちゃんは忍者だったっけ、と軽く口の端を引きつらせつつ香織は鷲三の話に耳を傾ける。するとあちらも目をつぶって腕を組みながら理由を語り、それに香織も思わずうなずいてしまう。
「えぇ。私達の魂の複製を白崎さんのアーティファクトに入れるというのも考えはしましたが、龍太郎君とシアさんの魂二つだけでも調整が必要だったでしょう? ですから」
次に霧乃が香織の身につけたアーティファクトのことについて触れてくる。結局それをやめてしまった理由を聞いて香織も『あー』と声を漏らしてしまった。
かれこれひと月ほどこの世界に滞在してしまっているが、いつ元の世界に戻れるかはわからないのだ。それを考えれば調整で時間をとられてる内に戻ってしまうのは惜しい。理解を示すと同時に香織はこちらを静かに見つめてきた鷲三と霧乃を見つめ返す。
「……お二人が相手、して下さるんですね」
「うむ。体術はわしらも心得はある」
「まずはシアさんとの訓練を。その後で私達も指導しましょう」
先んじて霧乃が言おうとしたことを香織が口にすれば、鷲三らは笑みを深めてゆっくりとうなずく。そして二人の話を聞いてから香織はシアと向き合って互いに距離をとった。
「じゃあまずは予定通り私と、ですね。行きましょう白崎さん」
「うん。行くよシア」
言葉少なに打ち合わせをし、鏡合わせのように二人は互いに向かっていく。そして徒手空拳による訓練が再度始まった。
(私、絶対強くなるよ。強くなって、南雲くんを守るから!)
どれだけタイムリミットが残っているかはわからない。けれども自分はもっと強くなれるということに歓喜しつつ、香織はシアとの模擬戦を続ける。心の中で誓った言葉を守るべく、この日以降も香織は鍛錬にいそしむのであった。そして……。
「よし開いた!」
「早く、白崎さん!」
香織が平行世界へと渡って五週間後、ようやく恵里達が自分の世界への開いてくれたのだ。しかも恵里や白崎が首を突っ込んで確認してくれている。
「ありがとう皆!……絶対、忘れないから!」
鈴が脂汗を流しながら必死に穴を維持してくれる中、香織は声を少し震わせながら皆に頭を下げて思いを伝える。一緒にいてくれた彼らへの感謝を、短い間とはいえ一緒にいた彼らと共にいた時間がかけがえのないものであることを。胸にこみあげる惜別の思いを隠しながら。
「僕達も忘れないよ!」
「上手く立ち回りなよー! あっちの皆を悲しませたくないならさぁー!」
「ちゃんとそっちの南雲君に告白してねー!」
「うん! 最後までありがとう!」
南雲達に手を振り、こぼれ落ちそうな涙をこらえながら香織は世界を繋ぐ穴を走り抜けていく。親友の女の子の力になるために、恋した男の子にもう一度会うために。後ろ髪を引かれる思いを振り切り、香織はホルアドの宿屋の廊下へと躍り出る。
(あっちの恵里ちゃん達の言ってた通りだ。後は――!)
自分があちらの世界へと渡ったときと同様、窓から月の光が差し込んでいる。少なくとも夜であることは確実であると受け止めた後、香織は暴れ狂い出した思いのままに廊下を走る。
「ん、なんだあれ……しら、さき?」
「間に合って――南雲くん!」
もし転移した時から一日以上時間が経っていたら。ハジメが無茶をして大けがをしてしまっていたら。そんな不安から逃げるように、おぼろげな記憶を頼りに香織は彼の許へと駆け抜けていくのであった……。
続きは三日後ぐらいに投下出来たらなと思っております(希望的観測)