おかげさまでUAも135734、お気に入り件数も796件、感想も454件(2022/10/7 7:10現在)となりました。誠にありがとうございます。いやーNTR効果ってすごい(最低)
そして白狐月さん、Aitoyukiさん、拙作を評価及び再評価していただき本当に感謝です。こうしてまた高いモチベーションを維持することが出来るのはひとえに皆様のおかげです。ありがとうございます。
今回の話も少し長め(約13000字)となりますのでご注意を。それでは本編をどうぞ。
(全く、若旦那様にも困ったものだ)
ミン男爵家に仕える老齢の執事、イアン・セバストは大旦那からあてがわれた私室での執務中に心の中でため息を吐く。朝に護衛を連れてやや不機嫌で家を出た後、帰りはそのお供もなしに戻って来たからだ。
厳密に言えば家に戻った際は何人かのギルド職員と他の冒険者らしき男が供をしていたようだが、それでは意味が無いのだとイアンは眉をひそめた。
(しかしあのフェルディナンドがまるで役に立たないとは……彼の武勇は色々と聞いていたのだが)
現在ミン家の当主を務めているプーム・ミン男爵の護衛は当然家の格に劣らぬような立派な人間をスカウトしている……と言いたいところだが、その実は微妙といったところだ。『“黒”に最も近い男』とよく称されていた人間、つまり上から四番目のランク“白”の冒険者を護衛として雇っていたことがその裏付けである。
無論最高位の“金”やそれに準ずる“銀”の人間を引っ張ってこようとイアンは画策したこともあったものの、いずれもギルドの方から都合が悪いと言われて断られており、“黒”の方もここしばらくは立て込んでいたとのことでランク“白”を雇うしかなかったというのが現状である。
とはいえ別に当主が外に出るのはギルドにわざわざ出向く必要がある時ぐらいでしかないため、格の違いにさえ目をつぶれば特に問題は無い。尤も、それが一番の問題なのだが。
閑話休題。
その当主のプーム・ミンは帰って早々妾を呼び出し、『だ、誰も部屋に入れるな! 他の者の顔などみ、見たくはない!!』と述べて自室に連れ込んで籠っている。上がっている悲鳴からして
(ここ最近は若旦那様もフェルディナンドは気に入っていたはず。それがあの変わり様……となると、一体何者だ? あの男に気配すら追わせなかった者達は)
ひとまず山場を乗り切り、少し余裕が出たことからイアンは自身が仕える当主から聞いた愚痴を思い返す。今こうして考えてもそれはあまりに不可解なことであった。
――それはいつものようにギルドへとプーム・ミンが不満を述べに向かった時のことである。数日前にギルドの方に依頼した魔物の素材とグランツ鉱石が未だ納品されてないことに対する苦情を述べに自ら出向いたのだ。
ちなみに該当の魔物はオルクス大迷宮四十層近辺に生息する魔物であり、冒険者ランク“黒”辺りでもないとマトモに相手できないような強敵である。またグランツ鉱石に関しては三十層辺りに潜って採掘するか、他の鉱脈で長いこと採掘されるのを待つでもしなければ到底手に入るものではない。その上フューレンとオルクス大迷宮のあるホルアドはそれなりに距離が離れているため、ほんの数日そこらで依頼した品が来るはずなどないのだが。
だがそんなことなど知ったことかとプーム・ミンは通された応接室で支部長相手にがなり立て、『ち、近々開かれる、き、貴族同士のパーティーに間に合わせろ! も、もし間に合わなかったら、お、お前はクビだ!!』と伝えたのだ。そうして
(男どもの数はわからんが、女は二人と仰せになっていた……しかしランク“金”と“銀”はあちらの説明の限りではフューレン近辺にはいないと言っていたはず。それとその中にはああいった特徴の人間はいないとも。ならば一体誰だ?)
ミン男爵が見かけたのは“女二人と男ども”とのことらしい。曰く、彼らはあまり傷の無い革の鎧を身に着けたみすぼらしい恰好だったらしく、適当に金をチラつかせてやれば自分の妾に喜んでなるだろうと述べていた。だが、わざわざ男爵が声をかけたというのにその者らは無視してどこかへと姿をくらましたらしい。
まるでもやのように立ち消えた彼らを追うためにフェルディナンドにも声をかけたのだが、彼も探してみたところで見つけることは出来ず。それでプーム・ミンは怒り心頭となり、その苛立ちをギルドから離れた場所で思いっきり叩きつけたのだという。その後フェルディナンドにクビを言い渡し、そのままギルドに戻って職員に家に送るよう伝えたのだと顔を歪めながら述べていたのだ。
(それにしても愚かなことだ……若旦那様に気に入られることがどれだけ栄誉なことかもわからぬとは。それを考えればそのような頭の無い女どもにうつつを抜かさずに済んだのは僥倖かもしれませんな)
なお自分の妾になるよう声をかけた際、合わせて
ミン男爵家はかつて国がフューレンを興した頃から続くパトロンの一つであり、今もそれなりの金を冒険者及び商人ギルドに納めているというのにそれにつばを吐くような真似をしたのだから。どこの片田舎から来たのかは不明だが無知とは恐ろしいものだ。そう思いつつもイアンは止まりかかってた手を動かして書類の山を片付けていく。
(……さて、問題は新たな護衛か。フェルディナンドのような力の足らない人間でなく、若旦那様に相応しい人間を選ばなければ。となれば最低でも“黒”か)
そうして処理がいささか面倒な書類も粗方片付けた後、一番の懸念事項であった新たな護衛に誰を選ぶべきかをイアンは考える。
理想は無論冒険者ランク“金”の人間だが、当然そのランクの人間であるにしても相応の品位が求められるべきだとイアンは考える。たとえランクが最高位であろうとも、“閃刃”のアベルのように女を侍らせ、その実力にも疑問が残るような人間を招くべきではない、と。
(だが、ギルドの恥知らずは“金”も“銀”も寄越しなどしないだろう……となれば“黒”しかないか)
しかしイアンもまたギルドがこちらに最高クラスの冒険者を寄越す気が無いことも理解していた。ただ、それが自分達の傍若無人から来るものであるということをわかっていないだけで。それに気づかぬままイアンはギルドから貰った高ランク冒険者の名簿に目を通していく。ふとそこで気になる名前を彼は見つけた。
(……ふむ。卑しさを感じぬわけではないが、この男なら払った報酬分の働きはするか)
該当する人物に関する情報を纏めた資料に改めて目を通し、人格面での問題に少し眉をひそめながらも実力的には申し分ないと判断したイアンは、側で仕えていた使用人に声をかける。
「ハーヴェイ、ここに」
「はっ」
「今からギルドに向かい、“暴風”のレガニドを新たに若旦那様の護衛に雇うよう伝えなさい」
「了解しました」
お遣いを頼み込めば精悍な顔立ちでハーヴェイはそれを了承し、すぐに部屋を後にしていく。まだ年若くも精力的に仕事をこなすこの使用人をイアンは気に入っており、今回も彼に頼ることに決めたのである。
(さて、期待させてもらうとしよう。“金好き”のレガニド。貴様が欲しがる金はいくらでも用意してやる)
心の中で軽く侮蔑しながらもイアンは再度作業に取り掛かる。不満が無いとはいえこうして取り決めた以上、それにかかずらっている必要はない。時間は有限なのだと切り替えて溜まっていた書類に手を伸ばしていくのであった。
「――そうか。報告ご苦労。下がってくれ」
「了解しました」
冒険者ギルドフューレン支部の執務室にて、支部長であるイルワ・チャングは秘書の一人から報告を受けるとそのまま彼女を下がらせる。そして彼女が部屋を出てから一拍を置いて深く、大きくため息を吐いた。
(ミン男爵の横暴にはいつも困らされていたが、今回は特に酷いな……)
その理由は先程帰られたミン男爵の言いがかりだ。報酬として提示した額が諸々の費用を合わせてもやや割に合わない点もそうだが、何よりかかる時間というものをいつも考慮しないで急かしてくるのには毎回ため息を吐きたくなる。
(私達に支援金を出しているから当然? 冗談としても笑えないよ。そちらの家以上によくしてくれる方は幾らでもいるというのだ)
彼の家がパトロンとして冒険者ギルドや商人ギルドに支援しているのは事実ではあるが、それは他の貴族と比べれば微々たるものだ。金払いも人当たりの良さも大違いである。尤も、その分したたかな人間ばかりではあるが、それならそれでやりようがある。そうイルワは考えていた。
(
そんなイルワの脳裏に浮かぶのはかの家の嫡男が裏組織と関わりがあるという情報であった。しかし他に黒い噂が立っている貴族と同様、決定的な証拠を見つけてない以上はしょっぴく理由も見あたらなかったが。とはいえもう少し強気に出てもいいかもしれないと思いつつ、イルワは秘書から渡された報告書の一枚に目を通す。
(だが、利用できるものは利用すべきか。こうして依頼を出してくれたのだからね)
それはある女性二人の捜索願いに関するものである。散々文句を言ってきた日に職員を半ば脅迫する形で依頼してきたものだ。それは奇しくも自分達……否、自分が探している相手でもあったのだ。
(まさかあちらも“反逆者”を探してるとは思わないだろうね。そんなことがバレたら一大事だ)
机の引き出しから一枚の書面を取り出してイルワはため息を吐く。それは昨日教会から送られてきた書面の一つであり、反逆者と称された者達の名前の一覧が書かれた名簿であった。他にも反逆者討つべしといった旨の檄文や反逆者の特徴について記載された書類も送付されてきている。
教会の方から人相描きが出回るのも時間の問題だとは思いながらも、イルワは名簿を元の場所に戻し、檄文の書かれたものに一度視線をやるとそのまま引き出しを閉じた。
(送られた書類を見た限りではとんだ問題児ばかりだったらしいけれど、よくもまぁこんな文を書けたものだね)
そして冷笑しながらイルワはその檄文の一部を思い返していた。
――勇者である永山様がたと反逆者どもは不和を度々起こし、オルクス大迷宮での実戦訓練にてその本性を露わにした。奴らは裏で魔人族に与するべく動いており、卑劣にもオルクス大迷宮にて
(本当に馬鹿馬鹿しい。信心深い人間や何も知らない大衆相手なら騙しきれるだろうけれど、ギルド長相手にこれが通じると思ったら大間違いだよ)
他にも『忌々しい裏切り者どもが姦計をかけるも、勇者様がたはそれを退け、無事にオルクス大迷宮より帰還された』だの、『反逆者どもは死を偽装するべく奈落の底へと落ち、合流した魔人族の手によって魔物へと成り下がった』といったものもあったが、見るに堪えないものばかり。
そんなものがつらつらと書き述べられていたのを見て、眉間にしわを何度も寄せたのも思い出して今一度イルワはため息を吐く。よくもまぁこれで自分達も丸め込もうとしたものだと心底侮蔑していた。
これはいうなればエヒト様に対する侮蔑にとられると仕方のないものだ。つまり自分達の信仰する神は邪悪な存在、或いは不完全な存在を招いてしまったと抜かしているようなものなのだから。完全なる存在であるとして信仰される神にケチをつけたと吹聴していることすら気づいていないとしかイルワには思えなかった。
(それに伝手もないのにどうやって魔人族と合流する気だ? 適当に歩いていたら合流できた、なんて支離滅裂もいいところだろう。全く。ま、実際のところは上手く手綱を握れなかったということだろうね……先生の手ほどきが無かったらどうなっていたか。寒気がするよ)
彼だけでなく他のギルド長の多くも師事を受けたとある人物を思い、彼女のおかげでヘマを打たずに済んだことを感謝しつつもイルワは三つの書類に目を通していく。ミン男爵家からの依頼に関するものと昨日ギルドで換金だけして姿をくらませた四人組の特徴、そして反逆者に関する特徴が書かれたものだ。
(依頼書では確か赤髪の少女二人。特徴は……やはり間違いない。ここまで類似しているならきっと同一人物だろう)
ギルドの職員から上がった報告では『四人とも赤い髪をしており、この近辺では見ない魔物の革を使った防具を身に着けていた冒険者然とした四人』であると書かれている。後は三人は胸当てを装備していたが一人だけ革の鎧を身に着けていたとかだったり、立ち振る舞いからして冒険者ランク上位のそれと似たような雰囲気を放っていたなどといったものもある。
これはミン男爵家からの依頼書にもこれと類似した記述があるし、教会から送られてきたものにも身体的特徴はもちろん『勇者様には負けたものの、反逆者は相応に腕が立った』と八割がたプロパガンダ目的の文が書かれている。ならば間違いないとイルワは判断した。
(流石、『元』がつくとはいえど神の使徒。腕の立つ冒険者を撒くのも出来て当然か。けれど少々お粗末だったようだね)
そして四人組の特徴について書かれた書類のある一文に目を通す――彼らを捜索していた際、街のはずれで奇妙なものを見つけたという記述だ。
ミン男爵をなだめる意味合いも含めてすぐに指示を飛ばして人員を手配してはいたが、それでも彼らを見つけることは叶わなかった。だが手がかりを一つでも見つけるためにも引き続き指示を出し、その結果見つけたのが穴
だった、というのは少し地面が不自然に下がっている箇所があるにもかかわらず、そこがあまりに奇麗に固められていたからだ。それも大の男がシャベルを使わなければ掘り返せないぐらいには。
(確かに地固めは行われているが、周辺の地面はあそこまで固くはなっていない。とすればあの不自然な痕跡は調書の通り……でも斜め上の結論が飛んでくるとは思わなかった)
報告を受けた後、土属性の魔法のエキスパートである冒険者に相応の報酬を約束した上で声がけをし、実況見分をしてもらえば案の定。それは誰かの手によって掘られた穴であることはわかった。
しかし彼らの見解ではここまで綺麗に穴を埋めるのは不可能であり、更に報酬を上乗せして土属性の魔法を実演してもらった結果、彼らの言い分が真であることがわかってしまう。こんな綺麗にならす真似は絶対に不可能だという結論を下したのだ。これにはイルワも頭を抱えるしかなかった。
(よくわからない方法での埋め立てなんて、それこそ神の使徒でもなければ不可能だろうね。きっと誰も知らないような特別な、あるいは伝説上の技能の類かもしれない。間違いないだろう)
……なお、これが“錬成”によるものだという真実には結局イルワも協力してくれた冒険者の誰も思いつかなかった。
(職員から聞いた話だと、ミン男爵から声をかけられた直後には幻か何かのようにすぐにいなくなってしまったらしいが……彼らの推測の通り事を荒立てないためだろうね。本当に魔人族に与するのであれば換金しにわざわざ来なくても気配を殺しながらつぶさに観察すればいいだけでしかない。それを踏まえれば教会の言い分は確実に違う)
そして一連の行動からイルワは彼らの正しい姿を導き出す――彼らは『勇者』永山ら神の使徒及び教会とそりが合わず、何らかのトラブルが原因で彼らの元を離れたのだ、と。そう考えればしっくりきたのだ。
(……ただ、あの怪文の中にあった永山様達が彼らを、そしてベヒモスすらも退けたという記載も疑った方がいいな。本当にあの伝説の魔物と出くわして倒せる程の実力が
ふとイルワは伝手で入手した神の使徒一行に関するうわさについても思い出す。
現在、彼らは自分達にお供する騎士団の実力を上げるべく、あの伝説の魔物であるベヒモスのいた階層以降を潜るのではなく、もっと浅い階層を少しずつ潜りながら進んでいるのだとか。聞いた当初は魔人族との戦争に少しは変化がみられるかと考えていたが、今となってはそれが醜聞を隠すための情報操作であるとしか考えられない。何せ魔物を倒し続けたからといって神の使徒はともかく、自分達人間族は劇的に強くなるという訳でもないからだ。
(証拠が神の使徒と神殿騎士の証言しかない以上、ベヒモスと出くわしたというのは誇張かもね。実際に転移の罠があってその一画が封鎖されてる以上、本当にどこか強い魔物のいる階層へ飛ばされたんだろうけれど。それで彼らが無事であるとするなら……やはり神の使徒と神殿騎士を打ち破ってオルクス大迷宮から脱出した、というのが真実なんだろうな)
こうして反逆者として指名手配されたのも国の包囲網を突破したからなのだろうし、反逆者として認定するのがやけに遅いのも十分な戦力の立て直しに時間がかかったからだろうとイルワは結論づける。斜め上の真実に彼が気づくことは無かった。
(こうして国を敵に回したはずなのに、彼らは今回事を荒立てるような真似はしなかった……それを考えればまだ間に合うかもしれない。どうにかして彼らを見つけて交渉しなければ)
イルワは更に考える。今回ギルドに訪れたのも換金する以上の意味はおそらく無かったのだろうということだ。世界を敵に回して無事で済むとは到底思えないものの、それでも神の使徒に匹敵する実力を持った人間を放置する理由にはならない。魔人族と組むのはもっての外だし、そうでなくともここフューレンを根城にする裏組織と繋がりを持った日には恐ろしいことになる。
(今でも足取りを追うことは出来てないし、仮に彼らが用心棒的な立ち位置程度で収まってくれたとしても“金”の冒険者をかき集めて勝てるかどうか……神の使徒は魔人族への対処に駆り出されるだろうからここに派遣してもらうことは諦めた方がいい。なら、すぐにでもパイプを作らなければ)
彼らの気配を消す力があれば人さらいなんて簡単に行えるだろうし、たとえ暴力装置程度の扱いだったとしても彼らの実力は未知数だ。腐っても神の使徒であったことを考えればランク“金”の冒険者をあてがっても辛勝出来たら御の字だろうとイルワは頭の中で算盤を弾く。とすればもう秘密裏に保護してこちらで飼いならすしかない。そうイルワは結論付けた。
(とすれば気配を捉える技能を持っている冒険者がいればいいが……こういうところで技能の隠蔽を許しているのが仇になるなんてね。そうなると各地のギルドとの連携を密に――)
そうして色々と頭を悩ませていると、不意に窓をコンコンと叩く音がイルワの耳に届く。そこを見やれば足元に紙をくくりつけられた鳩がこちらを見ていた。
(あの鳩……まさか!)
急ぎイルワは窓を開け、部屋に鳩を迎え入れると、すぐに足にくくりつけられていた紐を解いて紙を開く。
「……はは、流石先生だ。既に接触済みだなんてね」
そして驚愕し、思わず天を仰いだ。そこに書いてあったのは師であるキャサリンが既に反逆者に接触していた旨と彼らの身に起きた事、そしてもし叶うならば彼らに協力してほしいということが書かれていたのである。
(それなら話は早い。教会が動くよりも早く、彼らを保護しなければ!)
キャサリンがいざという時の連絡手段として自分達にこっそり教えてくれた伝書鳩を外に出してやり、すぐにイルワはその少年達と接触するために策を巡らせる。教会から情報が出るよりも早く、彼らの足取りを掴み、いち早く接触するために。
各冒険者ギルドのギルド長と個人だけで面談出来る日を確保するための先方のスケジュールの確認とそれに合わせたこちらの調整を行い、他にも信用のおける職員の名前をリストアップし、彼らに『ランク問わず信頼出来る冒険者に対し、反逆者の特徴に合致する人物を見かけたかどうかを定期的に極秘裏に聞きこむ』よう秘書長のドットにリストを渡して命じていく。
その翌日、教会の方から反逆者の人相書きが掲示され、同時に集会を行って反逆者の所業もその場で語った。そして反逆者の身の毛もよだつ行いを聞かせた後、自分達神殿騎士が全身全霊を以て撃退すると宣誓する。
あちらに先手を打たれてしまったものの、それでもなおイルワは奔走していく。それが実を結ぶかは――まだ、定かではない。
「……なぁ優花、いつまでくっついてんだよ」
「いいじゃない別に……昨日は奈々と一緒だったんでしょ」
「いやそうだけどよ……別に、一緒にいたぐらいだぞ? 他に何も無ぇって」
「……幸利っち、そういう言い方は無いと思うけど」
「いやそう言われても……あー、二人ともそんな顔しないでくれって……妙子ー、光輝ー、雫ー、頼むから助けてくれー」
「え、えっとぉ~……優花も奈々も、やめてあげたら~?」
それを聞いていた運転席の光輝と助手席の雫は大きくため息を吐き、妙子も女子二人にサンドイッチされてる幸利を見て軽く引きつった笑みを浮かべながら止めに入っていた。
“……香織のことを笑えないわね、二人とも”
自分の気持ちに気付く前の香織みたいな、しかしそれとはちょっとベクトルの違った面倒くささを発揮している二人を見て思わず雫も呆れるしかなく。とはいえ全力で振り回すあちらとは違い、構ってほしいと少し甘える様子なものだから雫はどこかほほえましく感じていた。
“そう思うのはすごくわかるけれど、やめといてあげよう雫……とはいえ、優花も奈々も早く自分の気持ちに気付いてほしいところだけれどね”
一方光輝も雫と“念話”をしながら思わず苦笑していたが、同時に別のことも彼の脳裏に思い浮かんでいた。それは前にオルクス大迷宮の解放者の住処で過ごしていた時の話だ。
そこで過ごし始めてひと月に差し掛かった頃、優花と奈々が事あるごとに幸利を見るものだからそれを大介ら四馬鹿が『幸利のことが好きなんだろ?』といった旨でからかったせいが原因で起きた事件である。
大介はからかい七割祝福三割といった思いで、他三人は悟りを開いていたせいかイタズラ目的が十割で煽った際、奈々
しかも事はそれだけに終わらなかった。このことを心底根に持ったのか、『あの馬鹿達/檜山君達にしばらくの間絶対に飯/ご飯を出さないで』とその日料理を担当していた恵里達にまで圧をかけてきたのである。それも二人そろってだ。結果、馬鹿四人は即座に土下座をし、『これは大事になりそうだ』と直感したハジメと浩介も間を取り持ち、そして幸利も二人に機嫌を直すよう説得にかかった。
幸利が入ったことが功を奏したのか、へそを曲げた二人は半日程度で許しはした。尤も、そこから余計に幸利も二人もお互いの距離感をどうするかで悩むことになり、それを見た浩介もいつものように枕を涙で濡らしていた……ただ、大介達の場合はこれで終わりではなかったのだ。
半日機嫌を損ねたせいで四人は食事に一度だけありつけなくなり、仕方がないから自分達で作ろうかと諦めてた際、彼らのやったことに呆れつつも同情した様子のアレーティアが提案したのだ。『大介の女として私が頑張って作ります』と。それを聞いた四人のテンションは青天井になり、アレーティアも珍しくテンションを高くして料理に臨んだ……誰にもバレないよう別の階層でこっそり調理した結果、アレンジ料理という名の名伏しがたい何かが誕生し、それに顔を引きつらせつつも食べた四人が悶絶したのである。
三人はその場で吐き出し、大介は気合で食べきったものの一日近く寝込んでしまう。そして当事者のアレーティアは『もう、もうご飯なんて作らない……』とボロボロと涙を流しながら大介にすがりつくばかりだった。その後大いに反省した四人は改めて優花達厨房に立つ人間に敬意を示すと共に本気で詫び、さめざめと泣くアレーティアを見て気の毒に思った優花は恵里や香織らを巻き込んで彼女にちゃんと料理の仕方を仕込み出したのである。
閑話休題。
そんなことがあったのを思い浮かべながらも光輝は器用にキャンピングカーを運転し、道なき道をスイスイと進んでいく。一方、幸利達の方は相変わらずであった。
「大体なぁ……俺が奈々と一緒にフューレンに行くことになったのはじゃんけんで勝ったからだろ? あの時から不服だったのは知ってるけどよ、今更蒸し返すなって」
「そうだけど……それはそれ、これはこれよ! ユキ……アンタ、ナナと一緒に手でも繋いで鼻の下伸ばしてたんでしょ? そうなんでしょ!?」
また機嫌を悪くした優花に言いがかりをつけられていたが、話題は昨日のフューレンのことに変わっていた。そこで何かを迷った様子の奈々が上目遣いで優花に何かを言おうとする。
「え、えっと、その、ね……実は……」
「別にんなこと無ぇぞ。一緒に歩いてたのは違いないし、近くには光輝と雫だっていたんだ。それと……奈々の方が何か言い淀んでた気はしたけど、その……奈々の気を悪くしたら不味いと思って何もしなかったし、何もなかったぞ。これは本当だからな」
「……幸利ぃ」
だがそれを容赦なく幸利が割り込んで本当のことをバラした。結果、奈々はまるで罰が当たって反省したかのようながっかりしたかのような顔になり、それを見た優花も少しホッしたような友達をコケにされたような心地になって逆ギレし出したのである。
「ユキ、アンタなにナナに恥をかかせてんのよ!!」
「これ俺が悪ぃのか!? いやお前、奈々と手を繋いでたら繋いでたで絶対キレてただろ!?」
「も、もぉ~優花ぁ~。やめようよぉ~。それじゃあ幸利が困るだけだよぉ~」
「ハァ!? だ、誰が困るのよ!?……そ、そんなこと、無い、でしょ? そうよね、ユキ?」
「え、えっと、えっと……ど、どうすればいいの?」
理不尽な怒りを爆発させて幸利を大いにうろたえさせ、二人の心の内をわかっている妙子の言葉で焦り出す優花。一方、奈々もどうしようどうしようとうろたえるばかりで、こみあげてくる感情を処理しきれずにぐすぐすと泣いてしまう始末。
「もう……優花も奈々も落ち着いて。幸利君も困惑してるだけよ。それと、あんまり振り回し過ぎたら彼だってどうすればいいかわかんなくなるわ」
「え、えぇっ!? ど、どうすればいいのよシズ!?」
「し、雫っち! そんな、じゃあ私どうしたらいいの!?」
一層場が混とんとしてきた中、一度落ち着かせる必要があるかと助手席から乗り出した雫が二人を諫めにやって来た。すると雫の言葉に大きく反応した優花と奈々は大いにうろたえ、幸利から離れて彼女にすがりつく。そんな二人の顔をしょうがないなぁと言わんばかりに見つめながら、あやすように雫は言葉をかける。
「二人が幸利君を振り回さなければ大丈夫よ。まずは深呼吸。ね?」
「ふ、振り回してなんて……わ、わかったわよ」
「わ、私はその……うん、わかった」
雫の言葉に従って深呼吸をしばしする二人。その後幾らか落ち着けたのか自己嫌悪に苛まれた様子となり、そんな二人に『大丈夫、大丈夫よ』と雫は声をかけて抱きしめていた。
「ありがとぉ~雫ぅ~。私だけじゃどうにもならなかったよぉ~」
「妙子もお疲れ様。でも、言いたいことがあるならちゃんと言わないと駄目よ? 私達、そうやってきた仲じゃない」
「そうだねぇ~。今度からちゃんと言うようにするよぉ~」
事態が収束を見せたことにホッとした妙子にも雫は声をかけた。お互い付き合いが長くてもちゃんと言わないと駄目だと指摘すれば、妙子もそれに納得した様子を見せて改めて二人にそういうのは良くないと指摘していく。
“なぁ光輝。アレーティアさんの風呂の件もそうだけどよ、雫の奴、なんかママっていうか母親みたいなことやってねーか?”
“それは否定しきれないけど俺は怒るぞ? 勝手に俺の恋人をママ扱いしないでくれ。雫は頼られるよりも甘える方が好きなんだぞ”
なお場外の男二人はしょうもないことをこっそり話し合っていたが。幸利の言葉に軽くイラッとしつつも光輝はそれを否定しきれなかったものの、ちゃんと反論はした。なお返ってきたのが斜め上の言葉だったことに幸利は思わず天を仰いだ。違う、そうじゃないと。
「――皆、見えたぞ!」
そうしてやいのやいのと騒いでいた光輝達一向であったが、ふと運転手である彼の言葉を端に全員が運転席へと続く通路へと向かい、フロントガラスの方に視線が行く。するとそこには色とりどりの自然が広がり、静かにたたえられた大きな湖畔が見えたのである。
「すごい……」
「ここが……ここが、ウルの街なんだ」
「……異世界に来てここまで感動したのなんて初めてかも」
「ふぇ~……」
「アイツらも目先の餌につられてなきゃ、この絶景が拝めただろうになぁ」
「あぁ……本当にすごいな。龍太郎達には悪く……まぁいいか、うん。でも皆も後で連れてこないとな」
キャンピングカーを適当な場所に停め、前方に広がる景色にしばし圧倒される一同。彼らがこうしてライセン大迷宮の探索をするのではなく、ウルの街へと向かっていたのは立派な浅い理由があった。無論幸利が述べたように龍太郎達がこっそり買い食いをしたことへの制裁である。
やらかした六人は泣き叫んだり何度も何度も土下座をしながら許しを請うたものの、当然他の皆は怒り心頭。礼一が『とりあえずコイツらライセン大迷宮の捜索に行かせようぜ』と提案したため、すぐさまキレていた全員がそれに賛成。めでたく龍太郎の班全員がライセン大峡谷行きが決定したのである。
その後悲鳴を上げたり意気消沈している裏切り者を除いてどちらの班がウルの街へ向かうかを話し合い、ハジメの方から『勘が鈍らない内に暖房の強化もしてみたいし、ちゃんと任されたことを全うしたい』と述べてくれたことから米の購入を任されることになったのである。
「なぁ皆。そこだとちょっと狭いし、外に出てみないか?……実は俺もさっきからそうしたくてうずうずしてる」
そこで光輝から提案されると途端に全員首がとれてしまいそうなぐらいにうなずき、仲良く外へ出ることに。そしてフロントガラスで区切られることなく広がる自然に改めて六人全員が言葉を失った。
雄大な自然が視界いっぱいに広がり、澄んだ空気を直に感じ、時折吹く風の音やそれで揺れる枝葉の音さえも微かに聞こえる。オルクス大迷宮で疑似的に再現されていた階層があったとはいえ、生の自然を長らく体験してなかった彼らにとってはあまりにも強い衝撃であった。
「……すごいな」
「そうね……」
言葉少なに語る一同は、本当にすごいものを見た時は何も言葉なんていらないということを実感していた。地球とはまた違った自然を目にして進むことも忘れて呆けるだけで、それを咎める気は誰も起きない。少し日が傾いた頃になってようやく彼らは自分達の目的を思い出したのである。
「……ウルの街、どんなところかしらね」
「きっと俺達の予想を超えるよ、優花。だって遠くから軽く眺めただけで結構時間が経ってたしね」
かくして景色を話のネタにしながら光輝達は進む。その先の意外な出会いを知る由もなく、キャンピングカーは道なき道を軽快に走っていくのであった。
しばらくは幕間ラッシュとなります。具体的には4話前後ぐらい。
……しっかり地固めしとけば、後に繋がりますからね(ニッコリ)