では改めまして拙作に目を通して下さる読者の皆様への惜しみない感謝を。
おかげさまでUAも147549、感想数も510件にまで上り、お気に入り件数も805件、しおりも369件、(2022/12/19 16:34現在)を維持できております。誠にありがとうございます。見捨てることなくひいきにしてくださる皆様には頭の上がらない思いでいっぱいです。
そしてAitoyukiさん、今回も拙作を再評価していただき本当にありがとうございます。毎度毎度同じことばかり申し上げていますが、あなたのおかげでまたこの物語を書き綴る力をいただきました。感謝に堪えません。
今回のお話はお察しの通りまた作者が文章量でやらかしています(遠い目)
なのでちょっと短め(約9500字程度)です。それでは本編をどうぞ。
「お前達さえ……お前達さえいなければ!!」
「私達の……私達の人生を返せ裏切り者ぉ!!」
心無い罵倒が重吾達に降りかかる。
「トムさん、どうして……?」
「エリナ……エリナぁ!!」
信用していた、何があっても絶対自分達の味方でいてくれると信じていたはずの専属の使用人から浴びせられる悪意が彼らの心を一層傷つけていく。
「皆さん、もうこれ以上は――」
「どうして……どうしてだよ!! どうしてなんだよミアぁ!!」
「黙れ! 私の名を呼ぶな気持ち悪い!!……お前を、お前を受け入れたせいで、私は、私は!!」
玉井も惚れた女の名前を呼ぶも向こうは嫌悪感と恨みのこもった視線で彼を貫く。血の涙を流して拒絶するミアの姿を見た玉井は絶句し、その場でくずおれてしまった。
……重吾らがこんな目に遭っているのは他でもない。彼らが自分達に仕えていた使用人達の助命を恵里達に頼み込んだからであった。
最初から対等ですらなかった戦いで惨敗を喫し、味方であるはずの兵士や冒険者、神殿騎士に罵倒され、王宮に戻る際も敵意のこもった視線を彼等からぶつけられ続けた重吾達の心の拠り所はもう親しくしていた彼等のそばしかなかったからだ。
「もう、もう行きましょう。こんな、こんなところなんかに……」
恵里達も愛子もは当初反対していたものの何度も重吾達が頭を下げてきたため、恵里達は『ガチガチに拘束して岩の檻に閉じ込めた状態』かつ『こちらは責任を負わない』という条件なら、愛子も『こちらが駄目だと判断したらそれで面会を終わる』ことを約束した上でそれを了承してもらった。
その後リリアーナや生き残った重臣らに話をつけて一階の空き部屋を貸してもらったことで話し合いの場を設けてくれたのだ。しかし、彼等に待ち受けていた現実はあまりにも非情であった。
「待って!……どうして、なんでそんなことを言うのワイトさん!」
「うるさい!! こうして、こうして戒めを受けてさえいなければ今すぐにでもお前達を殺してやれるというのに、お前達の首を持って家に戻って名誉を回復できたというのに!!」
この世界で唯一の居場所だと信じていたところもまた針の筵で、それを信じたくなくて辻達はそばにいた愛子の制止も聞かずにただただ必死になって声をかけ続けるがそれも届きはしない。
「ショコラ、俺と一緒に未来を歩んでくれるって言ってくれたよな……? それ嘘じゃないよな?」
「黙れ!! それは貴様がエヒト様の遣いだと私が信じていたからだ! なのに、なのにお前は……私達の心を弄んだんだ!! 魔人族の手先だと知っていたならもっと早く寝首を搔けたのに、確実に殺せたはずなのに!!」
まるで蜃気楼に手を伸ばすよう。何度言葉をかけても手応えなんてない。代わりに信じたくなかった彼らの本性を見せつけられて愕然とするばかり。残酷な真実にただただ子供達はうちひしがれるしかない。
「シーナ……俺は、俺は! お前を愛して――」
「愛して? 冗談ではありません!! 私が愛したのは“エヒト様の遣い”であって、裏切り者などではない!! 死ね!! 死んでしまえ!! お前らゴミはエヒト様に――」
重吾も一夜を共にしたシーナにすがりつこうとしたものの、明かされた彼女の腹の内と泡を吹いて卒倒する姿を見て何かが折れた。その場で膝をつき、ただ涙を流して呆然とするだけ。自分が愛したシーナという名前のメイドは結局幻でしかなかったことを知り、少年は絶望の淵へと落ちていく。
「もう……もう行こう。重吾、玉井、仁村、相川。もう、十分すぎるぐらいに頑張ったよ。だから、だから……」
「うん……私達はわかるから。永山君の、玉井君達の頑張りを知ってるから」
「そうだね……もう、全部忘れようよ。悪い、悪い夢だったんだよ……」
そんな彼に声をかけるのは比較的ダメージが浅い野村、辻、吉野の三人のみ。だがそれでも信頼していた使用人達から受けた裏切りに苦しんでないはずもなく、それでも自分達はマシだったからと歯を食いしばって声をかける。
「いいよな……いいよなお前達は。お前らだけで仲良しこよししてたんだからな!!」
「そうだ!!……俺らのこと、見下してんだろ。クソ女に引っ掛かった間抜けだって言いたいんだろ!!」
「笑いたきゃ笑えよ!!……俺達なんて、俺達なんて!!」
だが玉井、仁村、相川の三人は優しく手を伸ばしてくれた野村達に向けて吼えた。愛してたと思った人から裏切られた痛みを知らないからこんなことが言えるんだと反発して怒りをぶつける。
「そんな訳……そんな訳ないだろ!!」
「そうだよ! 私達仲間じゃ――」
「お前らも俺達みたいにコイツらと色々ヤッてたんならそう思ったけどな!」
「玉井君……」
拒絶してくる相川達にうろたえる野村達だが、力なく自分をあざ笑う彼らを見てもう何も言えなくなってしまう。
どうしてこうなったんだろう。どうしてこうなってしまったんだろう。後悔とも諦めとも区別のつかない感情が渦巻き、彼等もまた言葉を失ってしまう。
「死ね!! 死んでしまえ! お前達同士で争って醜く死ね!!」
「あぁそうだ、そうだよ!!……どうせ、どうせ俺達は――」
「――いい加減にしなさい!!!」
未だに罵倒を続ける使用人どもの言葉にやられた仁村が自分を卑下しようとした時、愛子が息を荒げながら近くの壁を左手で思いっきり殴ったのである。
「ひっ!?……あ、愛ちゃん先生?」
先程からずっと爪が手に食い込んでいたことで流れていた血が手のひらを伝って地面へと落ちる。全身を震わせ、一段と憎しみと怒りが宿った眼差しで彼らを睨む。その様は友達感覚で接していたあの頃とは全然想像のつかないものであった。
「さっきからあなた達は……永山君達をなんだと思っているのですか! 体のいい兵士や政争のための道具としてしか見てなくて、そうとしか扱ってないようなことばかり喋って!!」
「黙れアバズレ!! 貴様だってこの世界を滅ぼすために送り込まれたのだろう!! いずれお前にも天罰が下るだろう! エヒト様は我らを見捨てなど――」
重吾らを散々貶し続けた奴らに食って掛かる愛子であったが、その彼らは相対する女の背丈も小さく、また王国の各地で土いじりをやっているといった程度の噂しか知らなかったため、自分達を害することなど出来まいと高を括って強く出た。
「なら……ならお望み通りにしてあげます!!」
その挑発に乗った愛子はすぐに“土壌管理”を発動し、檻の中にいる彼等の下――地面そのものを思いっきり緩くしたのである。途端、床が抜けて彼らは悲鳴を上げる間もないまま一メートルほど下へと落ち、床材として使われていたレンガに体を打ち付けてうめき声を上げるばかりだった。
「な、にを……きさ、ま……」
「無様ですね。本当に……ここから水を流してやればどうなるでしょうか」
まだかろうじて敵意を向ける余裕のあったシーナが犬歯を見せて愛子を睨みつけるも、当人は冷笑を浮かべるだけ。しかもここから追撃を加えようと言ったことで重吾達は凍り付いた。
「……え? あ、愛ちゃん? なにいってるの? も、もうやめようよ……」
「こんな人たちが、こんな人達さえいなければ……ここに、ここに水撃を望む――」
「も……もうやめてくれぇえぇ!!」
吉野の言葉に耳を貸さず、怯える使用人らに“水球”を見舞おうとしたその時、重吾が彼女を羽交い絞めにして無理矢理抑え込もうとした。
「離して! 離しなさい!! この人達は、この人達は!! 死ななきゃ、死ななきゃいけないんです!!」
「もういいよ!! 俺らのことはもういいから!!」
「お願い! 愛ちゃんまで怖い人にならないで!! もう嫌だよ!!」
泣き叫ぶ生徒達が必死になって抑え込んだことで魔法そのものは不発となったが、それでも愛子の怒りは収まるところを知らない。未だに使用人どもが落ちた穴を見つめ続け、憤怒のこもった声を彼女は上げる。
「私が……私がもっと早く、こんな人たちだと見抜いていたなら! もっと、もっと早く見切りをつけてたなら皆は、みんなは!!……うぅ、うぅぅ……ごめん、なさい……ごめんなさい……」
その果てに出てきたのは尽きることのないろくでもないこの世界の人間と不甲斐ない自分への怨嗟。自分達以外のあらゆるものへの憎しみで燃え尽きそうになった一人の人間を見て、重吾達は彼女を抑え込むことも説得することも出来なくなり、愛子もまたその場で懺悔するだけであった。
悪意に翻弄された人間ばかりの場所で、ただ力ない者達の嘆きが木霊する。夢を見ていた者達が迎えた結末は、あまりにも空しい。
「……探したぜ、メルドさん」
「……浩介か。何の用だ。俺は今忙しいんだ」
まだ血だまりの乾かぬ荒れたままの軍議の間で、床に直接腰を下ろしていたメルドを見つけた浩介は相対するように近くに腰を下ろす。不機嫌そうに見つめてくるメルドに何とも言えない表情を浮かべながらも、浩介は彼の手に持っていたものを眺めながらため息を吐く。
「酒を飲むのに忙しい、なんてダメ親父の言うことじゃねぇかよ……」
浩介の言った通り、彼が手に持っていたのは酒瓶である。それも城の食堂に併設してある倉庫から勝手に持ち出したものだ。しかも地面にはそれが空の状態で三本転んでおり、息も幾らか酒臭くなっている。そんなメルドをたしなめようとするも、当人は目を細めて浩介をにらむだけだった。
「なぁメルドさん」
「うるさい……今俺はもっと酒を飲んで酔っ払いたいんだ。邪魔をするな」
「……それだけ飲んでも酔えないから、ですか」
瓶に直接口をつけて煽ろうとした時、ふと浩介の言葉に反応してその手が止まる。途端、先程までピリついていた空気が霧散し、メルドはひどく弱々しい様子で浩介に尋ねた。
「……気づいていたのか」
「えぇ、まぁ。割と酒臭い割には全然顔赤くないですし、呂律もまわってましたしね……メルドさん知ってます? アルコールって毒なんですよ。毒。だから俺達“毒耐性”持ちは酔っ払えないんですよ」
俺も酒飲んで酔っ払ってみたかったなぁと浩介がどこか無理しながらもそうつぶやけば、メルドも持っていた酒瓶を横に置き、上半身を軽く前に倒してつぶやきを漏らす。
「……だというのなら、今はこの技能が恨めしいな」
「俺もです……逃げたくなるの、わかってるつもりですよ」
こちらを見ることなくそう言ったメルドに浩介も同意を示す。浩介の説明が本当なのかどうか問い返す気も考える気も起きず、メルドは深くため息を吐く。
「……正直に言うとな、イシュタルさえ討てばまずどうにかなる。俺はそう思っていたんだ」
そしてポツリと本心を漏らすも、浩介はそれに相づちを打つことも同意することもせず、ただそれを黙って聞いていた。
「陛下を言葉一つで操っていたあやつさえ倒せばもう陛下は吹き込まれない。俺達が真摯に説得すればそれで全て解決する。丸く収まると思ってたんだ。でも、でもな……!」
メルドの声が段々と湿り気を帯びてくる。こんなはずじゃなかった。こうなるとは思ってなかったという後悔が彼の言葉からにじみ出ている。頼れる兄貴分の姿が浩介にはどこか小さく見えてしまっていた。
「なにも……何も良くなんてならなかった。むしろ何も出来ないままお前達が追い詰められるばかりだったじゃないか!」
近くにあった壁に拳を叩きつければ軽く蜘蛛の巣状にヒビが入る。本来の彼の力なら壁全体に亀裂を入れるのも容易だろう。だがそうなっていないのを見て、鼻をグスグスと言わせているのを聞けばどれだけメルドが弱っているのかも浩介は理解できた。
「イシュタルを含めた教会の上層部は判別すら出来ない程無惨な姿になって、陛下も王妃様も王女様も死にかけた。ギルドマスターや大臣だってそうだ。あの惨劇でほんのわずかにしか生き残れていない」
今自分達がいるこの広間で大介とアレーティアは奇跡を起こしたのだが、それでも救えたのはほんのわずかに過ぎない。エリヒド王、ルルアリア王妃、そして死に瀕していた数名の大臣が息を吹き返しただけなのだ。残りのほとんどは魂魄魔法を以てしても生き返らせることは不可能だった。
だからこそあの奇跡がとても重いものであることもメルドを含めた誰もが理解していたし、失った多くの命の重みも皆が感じていた。それ故にメルドは二人にとてつもなく感謝している。
「どうして俺は肝心な時に何も出来ない!……もし、もしあの時大介とアレーティアが間に合わなかったら、陛下も王妃様も命を落としていた。なのに、なのに俺は……どうして敵を倒すことしか、恥を忍んで神代魔法を手に入れられなかったんだ!!」
……そして己の力不足も痛感していた。ただ敵を切り伏せるしか出来ず、頭ごなしに神代魔法の取得も拒んでいた。その結果がこの様だ。
「で、でもメルドさん。メルドさんは持ってた薬を渡してたじゃんか!」
「そんなこと!!……そんなこと、持ってさえいれば子供だって出来たことだ」
応急処置そのものは騎士団に入った時に習ってはいたものの、それはあくまで助けられる範囲のものでしかない。戦場で戦うことを想定していたからこそ深手を負ってしまった、いつ死んでもおかしくない相手への対処法は学んでいなかったのだ。せいぜいメルドが出来たのは浩介が言った通り自分の持ってた回復薬を分け与えることだけしかなかったのである。
「あの時神代魔法を取得してさえいれば! そうすれば……俺は、俺は……」
もし空間魔法を取得していたならあの時他に何か出来たかもしれない。その後悔がずっと頭の中にこびりついて離れないのだ。下らない意地を張って、神の教えにただすがるだけで怒りを吞み下そうともしなかった自分の愚かさを今になって感じている。
「だからって……あの時大介達が間に合ったからそれでいいじゃないですか! 過ぎたことばっかり考えるのは――」
「そうかもしれない。こうして後悔ばかりしても何も残らんのはわかっている。でも、でもな!……それだけじゃない」
浩介がどうにかしようととにかく言葉をかけ続けているものの、苦し紛れに出たそれらはメルドに響きはしない。その理由をメルドは前に持ってきた自分の両手を見ながらつぶやく。
「怖いんだ……俺達が待ち構えていた王国軍を破った直後にあの惨劇があった。あまりに、あまりにタイミングが良すぎたよな? まるで、まるで俺達があそこで勝ったのを見た
顔は青く、脂汗も流れ出ている。その手は震え、声も搾り出すようなか細いものが漏れ出るばかり。ひどくおぞましいものを見たかのように震えるメルドが何に怯えているかもわかっていた浩介は、そのことを口に出せずにいた。
「こんな……こんなことが出来るのは……神しかいない。このトータスを見下ろして、全てを眺められる存在しかいないとしか思えなくなったんだよ!!」
そう叫ぶと共にメルドは自分の体をかき抱く。自身が信じていたものが崩れ去り、それらが幻想でしかなかったことを理解させられてしまった男のあまりに哀れな姿であった。
「俺は……俺は今、エヒト様が怖い。俺達人間族に希望と繁栄を与えてくださったはずのお方が、本当はどこまでも残虐な存在で、今も俺達を嘲笑っているかもしれないと思うともう、止まらないんだ……」
「メルドさん……」
浩介も目の前の男にどう言葉をかけていいかわからず、ただ視線をさまよわせるだけ。自分達はそもそもエヒトを敵として認識していたのだからこれといったショックは受けてなんかいない。だがトータスに住まう人々の視点から考えれば、信仰していた神様や仏様が本当は自分達を苦しめるだけの存在でしかないと気づかされたのに等しいと浩介も彼らの立場で考えれば何も言えない。どう言えば慰めになるのかも想像つかなかったのだ。
「信じたく、捨てたくないんだ……エヒト様は本当に慈悲深くて、俺達に救いを授けて下さったお方だと信じたい。俺達を弄ぶような邪神なんかじゃないとずっと思っていたいんだ。なのに、なのに!!……疑いが俺の頭から消え去ってくれない。ずっと、ずっと俺の頭の中に居座って、今までの全ては無駄だったんだとささやいてくるんだ!!!」
遂にメルドは泣き崩れてしまう。自分の中の確たる基盤が崩れ、何を信じればいいのかもうわからなくなってしまった。結局オルクス大迷宮であの時
「メルドさん、俺は……」
ここトータスにおける頼れる兄貴分がこうも弱々しく、ただ涙を流している様を見て浩介も顔を俯かせるしかなかった。どれだけ敵を倒せても、どれだけの力を持っていたとしても今の自分は涙を流している目の前の大人を助けることすら出来ないのだから。彼もまたそのことに打ちひしがれ、押し潰されそうになっていた。
「……こんなところで酒を飲んでいるとはな。余程暇らしいな、メルド・ロギンス」
――そんな二人の近くに現れたのは他でもないフリードであった。軽い失望と強い怒りをその顔よりにじませながら彼は二人の近くへと歩いてくる。
「フリードさん……その、俺は……」
「……何の用だ? 俺をあざ笑いに来たのか?」
浩介は心配そうに両者を見つめ、メルドはフリードに向けて力なく笑う。だがフリードは二人を意に介することなく上から見下ろすと、そのままメルドに向かって声をかけた。
「正直そうしてやりたいのは山々なんだがな。まぁ恵里の“縛魂”のせいで出来ないということにしておこう……それで、だ」
そう言いながらフリードは屈むとメルドの服の襟を軽く掴み、手前に引き寄せると苛立ちを露わにする。
「その様子だと余程ショックだったようだな……だが、いつまで腑抜けているつもりだ?」
鋭い視線と共に投げつけた問いかけに浩介は顔を青ざめさせ、メルドの表情に怒りがにじむ。
「なんだと……?」
「ちょ、ちょっと待ってくれって! め、メルドさんだって好きでこうなって――」
「お前は黙っていろ、遠藤……大方、城に仕える奴らが狂乱した様を見て想像するだにおぞましい真実を知ったからだろう。その時の気分はどうだ? 答えろ」
「そ、それは……」
しかしフリードは構うことなく再度問いかけるが、メルドは答えられず彼の鋭い眼光に気圧されてしまう。迷いを見せ、自分から目をそらしたメルドにフリードは怒りをぶつけていく。
「辛いか? 苦しいか?……その痛みは私がかつて味わったものだ。耐えられんとは言わせんぞ」
その言葉にようやくメルドも浩介も彼の言わんとしていることを、やろうとしていたことを理解した。彼もまた同じ苦痛をあのグリューエン大火山で味わったのだ。それに耐えろ、と。
「立ち上がれないと泣き言を言うつもりか? 戦う意味を見失ったとでものたまうか?」
メルドの表情が変わったことを察しながらもフリードは更に問い詰めていく。自分は立ち上がった。自分は見失ってなどいない。そう暗に伝えるが、メルドはまだ迷いを吹っ切れていない。そのことに余計に苛立ちを隠せなくなり、またメルドの心情を理解していた浩介が彼を止めようとする。
「立場こそ違えど貴様も人間族の一人として国のために戦っていた男だろう! そんな貴様がここで心が折れて、酒におぼれる様など見せるな! 民のために戦っていた私まで同類と思われかねんのだ!!」
「フリードさん!!」
「黙っていろ!!……お前と同類扱いなど我慢ならん。少なくとも私はお前のように酒浸りになどなりはしない!」
引きはがして止めようとした浩介にフリードは叫ぶ。“縛魂”によって従うようつけられた制約をとてつもない怒りと信念で破り、ただメルドに向けて己の思いを語る。
「私達魔人族を遊戯の駒として扱い、運命を狂わせたエヒトに報いを受けさせる。その使命があるのだ。だから私は止まらんのだ! 理解できるか!!」
黄金色の瞳に灯る意志は、語調から伝わる決意はとてつもなく熱く、すさまじい。その熱を目の当たりにしてようやくメルドはハッとした。
この男とて信じていた全てを裏切られ、何もかも信じられなくなっていた。なのにかつて抱いた思いを胸に立ち上がっている。だからこそ
「……私を失望させたままにさせるなよ、メルド・ロギンス。そして遠藤浩介」
そう言い残してフリードは自分達に背を向け、部屋から出ていくまでメルドも浩介も彼の後ろ姿を黙って見つめる。そうして幾何か過ぎた後、メルドは自嘲するようにただ一言つぶやいた。
「……俺は何をやってたんだろうな」
自分への嘲りであったが、浩介はそれをたしなめようとはしない。彼の瞳から淀みが消えていたからだ。
「奴の言う通りだよ……こんなことをやっている暇なんてない。相手が何を仕掛けてくるかわからない以上、国のために戦える俺が立ち上がらなきゃならない。元より、俺に出来ることはただ敵を切り伏せることだけだ」
「メルドさん……」
そう言いながら立ち上がったその姿は紛れもなく自分達のために身分を捨て、奈落にいた時もずっと頼れる兄貴のものであった。遂に迷いが晴れたのだと浩介は理解した。
「よりによって魔人族に諭されるとはな……いや、
「……もう、大丈夫なんですよね?」
「あぁ、任せろ……世話をかけたな」
浩介の問いかけにメルドは肯首し、照れくさそうに彼に詫びた。その言葉で浩介は確信する。もうメルドさんは大丈夫だ、と。俺達と共に戦ってくれるのだ、と。
「とりあえず、酒を盗んだことを詫びねばな」
「そうですよ。っていうかやっぱり盗んだんですね」
「仕方がないだろう……ま、暴れていたとはいえ城の人間を片っ端から切り捨てたんだ。酒蔵の管理をしていた奴も殺してしまったのか管理がザルだったからな」
そう言って言い訳をするメルドに浩介は思わず頭を抱えてしまう。確かに『エヒト様万歳!』だの『エヒト様のために死ね!』だの言いながら城に仕えているであろう人間が自分を襲ってきたのは事実であるのだ。
「軍議の間に入るまではとりあえず殺しは避けたが……ま、怪我だけで済んでることを祈るしかない」
「それ笑いごとじゃないですからね……生きていてくれればいいですけど」
それが雲霞の如く押し寄せて来たのだから手加減しながら戦うのも手間ではあるというのは理解していた。かといって殺していいのかと言われれば……後で受ける処遇のことを考えれば殺してしまう方がいいのかもしれないが。浩介は反逆罪に問われるであろう生き残った人間の末路を考えて何とも言えない表情になった。
「こちらが命を奪ったのならせめてちゃんと供養はする。それも俺の責任だな」
一人頭を抱えている浩介を横に、メルドは地面に置いていた酒瓶や転がっていたものも拾い、彼と共に軍議の間を後にしていく。
「戦いに勝ったこちらが言えばある程度はどうにかなるだろう。流石にこの城にいた人間全員を処断してしまったら運営が成り立たなくなるからな」
「そうだよな。そうしないと駄目だもんな。なにせ城の人間全員ですしね」
お互い眉をハの字にしながら二人は廊下を歩いていく。信じていたものを砕かれ、自暴自棄になっていた男は進むべき道を見つけ、彼を心配していた少年は再度頼れる後姿を目にする。
「――メルドさん! 浩介!」
そして苦楽を共にした仲間たちと共に城の廊下を歩いていく。漢はもう翳ることは無かった。