あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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皆様明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします(遅)
改めまして読者の皆様への惜しみない感謝を。

おかげさまでUAも150835、お気に入り件数も815件、しおりも376件、感想数も525件(2023/1/9 9:04現在)となりました。誠にありがとうございます。こうして自分が頑張れているのも皆様がこうして目を通して下さるおかげです。感謝いたします。

そしてウエストモールさん、Aitoyukiさん、拙作を評価及び再評価していただき誠にありがとうございます。またこうして筆を執る力をいただきました。感謝に堪えません。

それでは新たな章に入る話に目を通していただく前に一つ注意を。今回のお話も長め(約13000字程度)となります。では上記に注意して本編をどうぞ。

追伸:作者が癖でとんだ大ポカしたので軽く修正しました。


第三章
幕間四十一 窮鼠とそれを見つめる猫達


 夜の帳が落ちて久しい頃、王都へと延びる街道を何台もの馬車が走る。その先を行くのは馬を駆って道先を照らす冒険者達であり、御者以外に馬車の中にいるのもまた同業の者だけであった。

 

「……集まったのはこれだけか」

 

「仕方ないだろう。銀が二人、黒が五人集まっただけでも運が良かったとしか言えんさ」

 

 彼等は一様に武装をし、その瞳が見つめるのはただ一つ、王都であった。

 

「ロア支部長も無茶苦茶を言うもんだ。いくら裏切者が内側にいたからって、軍隊出して勝てなかった奴らを殺せとかな。ベヒモスを殺す方が余程現実味があらぁ」

 

 冒険者ランク“白”のマットのもらしたつぶやきに多くがうなずく――今回彼らが王都へと向かってるのは“反逆者の抹殺”のためだ。そのためこうして戦える戦力を支部長権限で集め、破格の報酬を以て向かわせたのである。

 

「パメリアが目にしたものが嘘だとは思いたいが……」

 

「どちらにせよ、早いうちに反逆者を仕留めて損はないさ。なんせホルアドと王国はすぐそこだ」

 

 事前に出していた斥候代わりの冒険者が持ち帰った情報では三千もの兵と冒険者そして神の使徒……と呼ばれていた魔人族の手先の混成軍があっという間にやられたのだとか。

 

 仮にそれが本当であるとするならばこの人数程度で()()()ところで勝ちなど望めない。多くはそう思っていた。

 

「無駄口はそこまでにしておけ。勝てる戦も勝てなくなる」

 

「ハッ。流石、“迅影”様は言うことが違うな」

 

 天職“暗殺者”、“迅影”の二つ名を持つ冒険者ランク“黒”のレオンが静かにそう述べれば、言い返しこそすれども他の冒険者もそれ以上は出来ずに黙り込むしかなかった。

 

 天職が天職なだけに一対多数、それも正面切っての戦いはやはり苦手ではあったものの、天職故の気配の消し方の上手さ、相対した敵を確実に葬っていく。それ故についた二つ名を持つこの男をこの場にいた誰もがわかっていたからこそだ。

 

「正面切ってじゃまず不可能、だからって暗殺たぁな」

 

「だからだ。そのために支部長も()()を集めた」

 

 そう。今回彼らが行うのは『暗殺』。闇夜に乗じて反逆者及び魔人族の手先を仕留めるという作戦だった。

 

 今回集まった“暗殺者”はレオン、ニール、オルブリッチの三名。夜目も効く彼等に手引きしてもらい、寝静まったところを襲って仕留めるという算段だ。急ごしらえである感は否めないものの、今ホルアドの冒険者ギルドと自治する領主の採れる手段はこれぐらいしかなかった。

 

 何せうかうかしていたら反逆者であるエリヒド王がここ、目と鼻の先にあるホルアドに軍を差し向けてくるやもしれないし、そうなっては対処のしようがなくなってしまうのだ。だからこそ今こうして寝首を搔くことで終わらせるしかなかったのだ。

 

「見えたぞ! 王都までもう少しだ!」

 

 闇夜を進む目印としてリュックにランタンを取り付け、他の冒険者と同様に馬で先行していたオルブリッチが叫ぶ。技能の夜目のお陰で明かりは無くともその先が見えるためだ。

 

「おい待て! 誰かいるぞ!」

 

 すぐに馬車に乗り込んでいた面子はいつでも出れるように準備をするも、今度は他の先行していた冒険者が人影を見つけて叫ぶ。城壁の外にいた三人を見てすぐに現地協力者が手引きでもしてくれたかと考えるが、だがギルド本部とホルアド支部との間で連絡をしたということすら支部長からは聞いていない。

 

「同士だといいがな……」

 

「聞けば分かる! 全員攻撃準備を! 生け捕りにするぞ!!」

 

 例の三人の男女は城壁の外でただたむろしてたり歩いている様子ではない――こちらをじっと見ているのだ。それもひどく冷静に見つめ、出方を伺っている様子さえある。

 

 とあれば反逆者の中で夜目が効く面子がいたのだろうと誰もが察し、また反逆者がいかに強大であろうとも総勢三十二名の冒険者を前に無事には済まない。そして生け捕りにして人質に出来たのなら他の反逆者を倒すための一助になるやもしれない。そう考えていた。

 

「フリードさんに見てもらった通りだったな。師範、霧乃さん」

 

「そうだな、浩介君……今更師範面など出来ようはずもないがな」

 

「懺悔は後にしましょう、お義父さん。今は彼らを止めるのが先です……ええ」

 

 何かを後悔するかのような面持ちの老人と女、そして少年。老人と女はどこか心ここに在らずといった様子ではあったがむしろ好都合だ。こちらのためにやってきたとしか思えない。

 

「かかれぇー!!」

 

「“炎槍”!」

 

「“水槌”!」

 

「“風灘”!」

 

 既に詠唱を終わらせていた面々が即座に魔法のトリガーを引き、雨あられと言わんばかりに降り注ぐ。先のことを色々と考えてはいたようだが、手を抜いていい相手ではないということがわかっていた辺り、やはり腕の立つ冒険者であったことは間違いないだろう。

 

「ふむ。この程度ならばわし達でどうにかなるな」

 

「浩介君は隠れてなさい」

 

「うーん、俺の土属性魔法でもなんとかなりそうですけど……じゃ、お願いします」

 

 彼らの短いやり取りの直後、必殺の意志と共に撃ち出された様々な属性の魔法は彼らに容赦なくぶつかり続け、様々な属性同士のぶつかり合いによって爆発や轟音が起こる。それは周囲の地面が抉れ、とてつもない土煙を上げるほどだった。

 

「ここまでダメージを受ければ無事では済むまい。俺達が行く」

 

 そう告げると共にレオン、ニール、オルブリッチの三人は既に虫の息であろう反逆者の元へと足音を立てずに向かっていく。腰に下げた鞘から抜いたショートソードを構え、哀れな奴らに降伏を迫ろうとして――その腕を掴まれた。

 

「なっ!?」

 

「あの程度でわし達を倒せると思うてか」

 

 ……彼らはなまじ優秀であったが故に気付けなかった。

 

「あ、あれだけの魔法の直撃を受けて生きているはずが――」

 

「残念ですがあの程度では私達の体にかすりもしませんよ」

 

 無数の中級魔法を容赦なく撃ちこめば()()は死ぬ。つまり――。

 

「悪いな。幸利達の話じゃ奈々の上級魔法でさえも届かなかったらしいからよ」

 

「そんな……そんなバカな話が!!」

 

 ――普通ではない相手ではどういった結果を招くということか、わかっていなかったのだ。

 

 迫りくる全ての魔法を分解能力を宿した翼を展開することで直撃を避け、そして各属性の魔法がぶつかり合うことで発生した爆風などもそのまま受けて耐えるような奴らに勝てるはずなどないということを。

 

「ば、化け物め!!」

 

「言ってろ。オルクス大迷宮を生きて抜けた人間ナメるなよ」

 

 そう少年が言い返すと同時に、三人はそれぞれ別れて決死隊を鎮圧していく。その様はまさに荒れ狂う風のようであり、あっという間に腕利きであったはずの冒険者達をす巻きにしてしまった。

 

「よし。これでとりあえず完了しましたね」

 

「うむ。よくぞ技術を磨き続けたな、浩介君」

 

「今の私達なんかに褒められても嬉しくは無いでしょうが、せめて一人の大人としてあなたの頑張りを評価させてください」

 

「そんなの……雫のためにこうして頑張ってる二人には及ばないですよ」

 

 互いに乾いた笑いを浮かべながら語る三人の間に何とも言えない空気が漂う。それを叩きのめされた冒険者達はただ困惑しながら見つめるしかなかったのだった。

 

「……全く。人使いの荒い奴め」

 

「悪い、フリードさん。でもフリードさんとウラノスのおかげで助かったよ」

 

 一方、ホルアド近郊の上空にて。そこに一つの巨大な影と二つの小さな影が並走して空を飛んでいる。

 

“フリード殿、こうして助力していただき感謝する”

 

“ありがとうございます。私達だけでは少し時間がかかってしまいそうでしたから”

 

“浩介がいないところで精々一分二分増えるだけでしかないだろう。事情は理解できるが、次からはそちらだけでやってくれ”

 

 魔人族フリード・バグアーと彼の駆るウラノス、そしてその背にフリードと共に乗る浩介と空を飛ぶ鷲三と霧乃であった。この四人と一匹はホルアドを目指して空を駆け抜けていた。

 

 浩介だけは“夜目”のおかげでどんなに暗くても問題ないが、フリードらは流石に少し厳しかったため、先の技能を付与した眼鏡をかけることでこの暗い夜中でも問題なく突き進めていた。もちろんウラノスも特注のゴーグルをかけており、かけた時はちょっとパニックを起こした。

 

 そんな彼らがホルアドを目指す理由はそこの冒険者ギルドと領主の館の占拠だ。そうすることでこれ以上の戦力の派遣を防ごうとしたのである。

 

「そろそろ降下地点に移るぞ……私は帰って寝るからな」

 

「あぁ。ありがとうフリードさん。それとウラノスも」

 

「グルゥ♥」

 

 目を細めながらいかにも不機嫌そうに言うフリードに浩介は感謝の言葉を投げかけながら、乗っけてもらっているウラノスの背中を優しくなでる。ウラノスが気持ちよさそうに鳴くと一層フリードのしかめっ面がしわだらけになるものの、浩介は気にするでもなく地上を見下ろした。

 

「――よし。じゃあ行ってきます」

 

「精々無事で帰れ。恵里の奴の“縛魂”のせいでお前が欠けると悲しむやもしれん。約束ぐらいちゃんと果たせ」

 

「グルァ!」

 

「あぁ。じゃ、行ってきまーす!!」

 

 そう言いながら浩介はウラノスの背から身を乗り出し、そのまま自由落下に身を任せ――ることなく、“空力”で足場を作って更に加速していく。風切り音を奏でながら地上へと突っ走る彼に並走するように鷲三と霧乃も翼をはためかせて地上へと向かっている。

 

「では私達は領主の館へ」

 

「浩介君はギルドを頼む」

 

「了解です。じゃあ、すぐに終わらせてきますから」

 

 そう言いながら浩介らの分身の一つは目的地へとそれぞれ向かっていく――一時間後、ホルアドの冒険者ギルド支部と領主の館は無事に反逆者と蔑まれた者達の支配下に置かれたのであった。

 

 

 

 

 

「よくぞ決心なされたゼンゲン公! では教会も惜しみない協力を確約しましょう!」

 

「あぁ。アンカジ公国は総力を挙げて神敵を滅ぼすことを誓おう。よろしく頼む、フォルビン司教」

 

 アンカジ公国の領主ランズィ・フォウワード・ゼンゲンは目の前のフォルビン司教に力強くうなすき返す。

 

 ――昨日、いきなり自分達の前に戦女神が現れて()()を説いた時、ランズィは迷うことなくその話にうなずき、理解を示した。それは敬虔なる信徒として信じたという訳でなく、かといって女神の如き存在に()()されたからという訳でもない。恐れたからだ。このアンカジを守る“真意の裁断”という飛来する砂だけでなくあらゆる脅威を感知するアーティファクトより()()が入ったと知った途端、現れた目の前の強大な存在に。

 

『あなた方を慈しむ尊ぶべき存在の願いを、信を裏切ってはなりません』

 

『無論っ! 我らアンカジの民はエヒト様の教えに従う者! 総力を以て万難を排しましょう! エヒト様ばんざぁーーーい!!』

 

 あの時はただ盲信するかのように従うしかなかった。今もランズィはそう確信している。下手にあの場で反抗しようものなら何をするかわからなかったからだ。何せ目の前の相手は美しい顔立ちながらも人形のような冷たさをその表情から感じ取れたから。まるで何かの傀儡の如き存在だと感じ取ったからだ。

 

「しかし、いかに悪逆非道の存在といえど宣戦布告も無しに攻撃を行うというのはいささか問題がありましょう。一度使者を送り、降伏勧告ぐらいは行うべきでしょう」

 

 それ故あの場は従うしかなかった。そしていつあの存在が現れるかもわからないため、それを警戒して息子のビィズや他の家臣共々狂信者のフリをしているのである。

 

「ぬぅ……だが、素直に応じますかな? 何せ国と教会の上層部が揃って背信行為に走ったのですぞ。使者を切り捨てに走ってもおかしくはありますまい」

 

「ええ。ですがそのまま攻めてはハイリヒ王国に住まう無辜の民を犠牲にしかねませぬ。彼等もまた大事な信徒なのだ。その者たちを見殺しにしてはなりますまい?」

 

 だが、それでもこのまま動くわけにはいかないと色々画策はしていた。すぐに戦争に移るのではなく使者を送ると提案したのもその一つである。そうする事でハイリヒ王国で何が起きているかを探ろうと考えたのである。

 

「ぬぬ……ならばこちらも王国に送る使者のためにも護衛をつけさせてもらいましょう。使者に万が一のことがあってはなりませぬからな」

 

 とはいえ相手も素直に引き下がるということもなく。護衛がつく以上はかなりやり辛くなるだろうと考えつつ、ランズィは更に考えを巡らせる。

 

(そうなると放つのはかなりの手練れにせねばな。ランクが“黒”の暗殺者か斥候を呼ぶ必要があろう)

 

「ご配慮に感謝いたします、フォルビン司教。では使者はビィズを。私の名代として遣わせることにしましょう」

 

 そしてランズィは大胆に札を切った。領主の息子であるビィズならば名代としての格も問題ない。その上、そちらに注目が行く。その分秘密裏に事を運ぶのも容易となる。いいことずくめであった。

 

「な、なんと!? し、しかしビィズ殿はゼンゲン公の大切なご子息。もしものことがあったならば……」

 

「最悪の事態が起きる? おやおや、フォルビン司教。こちらも相応の人間を供に向かわせるつもりだが、よもやまさかの事態が起きるとでも? 教会はその程度のものしか派遣せぬと仰るつもりか?」

 

 念のため横にいるビィズを一瞥すればそれにうなずいて返す。息子の方も覚悟の程は問題ないため、後はそれを通すだけ。ランズィは更に畳み掛けていく。

 

「だ、大臣、いや相応の格を持つ者を向かわせるのはどうなのだ? 別に名代がビィズ殿ではなくとも……」

 

「それでも良かろう。だがアンカジ公国の意を示す者としてビィズ以上の者はいるまい? ヘルシャーのところにもあの戦女神が降臨されたというなら、あちらも相応の格を持つ者を出してくるやもしれぬ。トレイシー皇女やバイアス皇子などをな? その時に恥をかいてしまうのは避けたいのだ」

 

 そう言ってしまえばフォルビンもこの要求を吞まざるを得ない。しばし百面相を浮かべた後、観念した様子でフォルビンはこちらを向いてきた。

 

「……わかりました。ならばこちらも生え抜きをお供につけましょう。それでよろしいかな?」

 

「うむ。よろしく頼む、フォルビン司教」

 

「では司教様、よろしくお願いいたします」

 

 かくして砂漠の国の中で行われた話し合いは幕を閉じる。議場を後にしたフォルビンは廊下を歩く中ひとり思案していた。

 

(ここで反逆者を滅ぼし、魔人族の手先どもを捕えれば私が中央に返り咲く、いや教皇の椅子に座ることも夢ではない)

 

 この男の考えていたのはこの聖戦の後、自分の地位がどこまで上がるかの皮算用であった。近々来るであろうヘルシャー帝国からの同盟の打診。ここで王国と教会の上層部を一掃し、ヘルシャー以上の成果を挙げれば出世も望みのままだとくつくつと心の中で暗い笑みを浮かべる。

 

(しかしヘルシャーは傭兵の国。しかもガハルド皇帝もまた腕が立つと聞く……ならば、先んずるべきか)

 

 しかしフォルビンはヘルシャー帝国をあまり過小評価していなかった。ここで仮に同盟を結び、共同戦線を張った場合、どちらがより戦果を挙げるか。それがわからぬほど愚かではなかった。であるが故に考える。

 

(降伏勧告の際に卑劣な反逆者どもが我等を()()()()()()。そういう筋書きにすればよい)

 

 そこで神殿騎士が命を賭してビィズを守り、また反逆者と魔人族の手先を殲滅する。その結果、ハイリヒ王国は裏切り者どもから解放され、自分は教皇の座をいただく。

 

 完璧な計画だ、と自画自賛しながらそのために誰を()()として選ぶかを考える。国と教会、二つの思惑がこの砂漠の国に入り混じり、更なる混沌を呼び込もうとしていた。

 

「バイアスのお供は決め終わったか、ベスタ」

 

「既に。優秀な文官と腕利きの者たちをピックアップしました」

 

 一方、ヘルシャー帝国の方でも使者を送る算段を立てていた。だがこちらは既に送る使者は決まっており、皇太子であるバイアスはアンカジ公国に、そしてハイリヒ王国にはトレイシーが送られる手はずとなっている。

 

 バイアスの気質ではハイリヒ王国に送ろうものならいきなり開戦の狼煙を上げかねないのと今後の箔付けのためである。血の気の多い性分を上手く抑えて国のかじ取りをしてもらうためにもこの経験は必要だとガハルドは考えていた。尤も、血の気の多さはトレイシーも大概であるが、バイアスよりはかろうじてマシだと判断したが故である。

 

「ふむ……悪くねぇな。日程は?」

 

「どちらも準備に取り掛かっております。明後日には完了するかと」

 

「それでいい。んで、()()の方はどうなってる?」

 

 バイアスまたはトレイシーと共に送られる人員のリストに一通り目を通し、ガハルドは使いを送るための準備が滞りなく行われているか、そして準備――聖戦のための部隊の編制や武具の調達はどうなっているかを部下のベスタに尋ねた。するとベスタも口角をほんのわずかに上げ、それによどみなく答えていく。

 

「ハルツィナ樹海にて()()をさせていた部隊は近日再編します。また、北方で魔物討伐に向かわせていた部隊の一部も組み込む予定です」

 

「守りはちと手薄になるが、仕方がねぇな……調略の方はどうだ?」

 

「既に各家へ通達を行うべく出立しております。よい返事が期待できるかと」

 

 ベスタの返事に気をよくしたガハルドは笑みを深くしてうなずいた。アンカジ公国との同盟の締結、ハイリヒ王国への宣戦布告、聖戦の準備と並行してあることもやっていた。それはハイリヒ王国に仕えていた貴族の調略であった。

 

 先の緊急会議にて、フィリオ支部長から『ハイリヒ王国の支配下にある各地は現在混乱の只中にある』という情報を受けたガハルドはおそらく他の場所もこちらと同様にあの戦女神が訪れたのではないかと考えたのである。そこで改めてフィリオ支部長に各地の冒険者ギルドを通じて情報を収集した結果、やはり件の女が現れたという報告が上がったのである。そこでガハルドは一計を講じた……ハイリヒ王国に仕える貴族もこちら側に引きずり込めないかということだ。

 

「ならいい。奴らとて裏切者に仕える程酔狂じゃねぇだろうからな」

 

 この混乱の只中、もし仮に手を差し伸べる勢力がいるのならば鞍替えをするのではないかと考えたのがきっかけだ。正直な話、理由が理由とはいえここで鞍替えするような奴らにはさしたる興味は持たない。せいぜいこちらに仕える有力貴族と婚姻を結ばせ、少しずつ取り込んでいこうと考えているぐらいで、後はこの聖戦で邪魔しないでくれればそれでいいといった程度である。

 

 こちらのために戦ってくれるというのなら利用価値はまだ見いだせるが、それでも上が腐敗する前に膿を出すことも出来なかった奴らでしかない。ガハルドにとってはその程度の相手でしかなかった。

 

「武具の方の調達は少々遅れておりますが……」

 

「構わねぇよ。そもそも急な戦だ。ある程度の数を用意出来たらそれでいい。それと錬成師と鍛冶師にくれてやる金も予算の範囲内で弾んでやれ。あー、特にクイルには奮発しろ。奴隷も何人かくれてやれ」

 

 人員の手配は進んでいる一方、戦争に向けての武具の調達は流石に芳しいものではなかった。あまりに急に決まった話だ。対魔人族のための部隊に武具を最優先で支給しているが、その一部に加えて相応の数を今回の戦のために新造した部隊に回そうと考えている。

 

 そうなれば当然製造を担当している天職が錬成師や鍛冶師の者達にしわ寄せがくるため、彼らが手を抜いた仕事をしないよう給金を、また筆頭鍛冶師であるクイルにもその分労うべきだとガハルドは指示を出した。

 

「承致しました。ではそのように手配いたします」

 

「あぁ。頼むぞ」

 

 かくしてヘルシャーの方でも話し合いは終わる――彼等の浮かべた強欲に満ちた笑みを見たものは、誰もいない。

 

 

 

 

 

「……本当、ですか。お父様、お母様」

 

 恵里達がハイリヒ王国の混成部隊を撃破し、そして城下町や王宮で混乱が起きた日の翌日。恵里達に私室へと運び込まれたエリヒド王とルルアリア王妃はあることを実の子であるリリアーナとランデルへと伝えた。

 

「そうだ……お前達は、中村様がたの人質となれ……これは、王命だ」

 

「彼らの協力を得るためにも必要なことです……受け入れて、もらえますね?」

 

 蘇生そのものには成功したものの、体を起こすほど体力が残っていないエリヒドはベッドの上で横になりながら、ルルアリアも体を起こしながらではあったもののエリヒドと同様ベッドの上で二人にそう述べたのだ。

 

 昨日反逆者と認定していた中村恵里ら以下十八名による襲撃によって三千もの人員を配備した混成軍は完膚なきまでに敗北を喫した。それだけではない。その後起こった混乱の中で自分達やリリアーナ、そして他数名の大臣の命を繋ぎとめたのだ。そんな相手に逆らえるほど二人は酔狂ではない。

 

 しかし先の混乱のせいで混成軍はともかく王宮の中にいた兵士や使用人は少なくない人数が命を失い、またギルドマスターであるバルスから寄せられた報告によればハイリヒ王国各地で混乱が起きているということだ。それを各地のギルドにある通信装置から直に報告を聞いたため間違いない。

 

 つまり今のハイリヒ王国は砂上の楼閣もいいところでしかないのだ。そのため差し出せる中で最も価値があるものは自分達王族の血しかなかったのである。

 

「そ、そんな……余、余はまだ――」

 

「口答え……するで、ない」

 

「ええ、そうです。これも全てはこの国のためのこと……わかりますね?」

 

 まだ父と母と離れたくないとぐずるランデルに二人は口答えを許さなかった。たとえ身内であったとしてもこの命に反することは許すまいと見てくる両親にランデルは思わずたじろぎ、体を震わせる。だがその時、リリアーナはランデルの両肩に手を置き、そしてその命を出した二人に向かって浅く、しかし力強くうなずいた。

 

「……はい。その命、承りました」

 

「あ、姉上!」

 

「ランデル!……これは、王の命令なのですよ」

 

 ――これが自分達を思っての判断である、と気づいたからだ。

 

 直接見たのではなく恵里達から聞いた話ではあったが、たったの十八人で三千もの軍勢を倒すのでなく『無力化』をしてのけたのである。これだけで彼らの実力が自分達とは隔絶したものであるということがよくわかる。

 

 また彼らが運用していた車輪のついた長方形の箱型、もしくは馬の上半身の形をしたようなアーティファクト。当人らは『車』もしくは『バイク』と呼んでいたようだが、それらの速度も尋常ではない。それらを適切に運用していたのなら一方的になぶり殺すことすら可能であったはずだとリリアーナは考えている。

 

 それはつまり、彼らのそばがこの世界で一番安全だということに他ならないということ。たとえ魔人族が攻めてこようとも彼等なら自分達を守れる確率が最も高いのではないかと父と母は判断したのだと。それがわかったからリリアーナは従う。両親の思いを無碍にしてはならない、と。

 

「……陛下、王妃様。その命を受けるにあたり、どうかお情けをいただきたく存じます」

 

「……申せ」

 

「最後に……最後に、私とランデルを抱きしめてください。お父様、お母様」

 

 だが、リリアーナとてまだ齢十四の年端も行かぬ少女であった。父と母のつながりが消えてしまうかもしれないと恐れぬはずもない。ましてや一度目の前で死んだのだ。二人と離れることに恐怖を覚えるのも無理は無かった。

 

「……ならぬ。ならぬぞ、リリィ」

 

「なり、ません……っ! ここで、あなた達を抱きしめてしまったら……!」

 

 そしてそれは父と母も同じであった。ここで抱きしめてしまえば行くなと言ってしまう。ここで温もりを感じてしまえばもう放したくなくなる。だからこそ苦しみに満ちた声を絞り出すようにして拒絶するしかない。わが子を守るためにも親子の情が邪魔になるのならば捨てねばならない。その葛藤が、二人には届いた。

 

「……わかり、ました。では、陛下。王妃様。どうかお元気で」

 

「父上、母上……余は、余は必ず戻って参ります! ですからどうか、どうかお体にお気をつけて!」

 

 涙が流れてしまいそうになるのを互いにこらえながらリリアーナとランデルは()王妃()に別れを告げる。この選択が正しいものであるように。ただそう祈りながら。

 

「却下。いらない」

 

「いりません。お引き取りください」

 

 ……なお、謁見の間に集まった元反逆者の彼等に提案した途端、とある二人から即座に却下されたが。

 

「えっ」

 

「あ、あの……恵里さん? きゃ、却下って……」

 

「余、いらない?」

 

 当然そんなことを言われたものだからエリヒド王に代わって玉座に座っているルルアリアはおろか、リリアーナもランデルも顔を引きつらせており、そう冷たく切り捨てた中村恵里と畑山愛子以外は自分達に同情するような視線を向けたり、当の二人に冷たい視線を送ったりしていたが、彼女らは一切考えを変える気がないのは表情から見て取れた。

 

「な、なあ恵里……いくら何でも話を聞いてすぐに却下するのは……」

 

「光輝君はちょっと黙っててくれない? 理由を今から話すから」

 

 そして先の提案をにべもなく切り捨てた一人である中村恵里はその理由を至極簡潔に語ってくれた。

 

「だってボク達と比べると弱いから戦いに出せないし」

 

「ぐはっ」

 

「ぁぅっ」

 

「それに王族って言っても今となっちゃ泥船の国のでしょ? エヒトのクソ野郎が国中引っ掻き回したんだし、もう国交とかズタズタに――」

 

「恵里、ストップ。これ以上は駄目」

 

「う、うぅ……おうじょなのに、わたしおうじょなのに……」

 

「おうじなのに……よはおうじなんだぞ……」

 

 微塵の容赦もない切り返しであった。要はお荷物だからいらないと何のためらいも無しにバッサリと切って捨てたのである。

 

 正直ここで南雲ハジメが止めにかかってくれなかったらリリアーナとランデルは泣いていただろう。というか今も正直泣きそうになってる。ルルアリアすら辛辣な返しに思わず涙があふれそうになっていた。

 

「言わせておけば……大介様とアレーティア様のご友人とはいえ、王女様と殿下への暴言は――」

 

「ごめん。様付けやめてくれ。マジ恥ずい」

 

「あ、あの! あの! わ、私そんな大それた人間じゃないので……」

 

「何をおっしゃいますか! お二人は神の御業を成し遂げたお方です! そのお二人に感謝と敬意を表すれど、ぞんざいに扱っては――」

 

 止めに入った重臣も檜山大介とアレーティアの方にかかりっきりになってしまう。その隙に畑山愛子が何故その提案を切り捨てたかの理由を語り出した。

 

「人質として預ける、と仰ってましたが先程中村さんが話した通り、この国の状況はお世辞にも良いとは言えないでしょう? 昨晩ギルドマスターがここに来て説明したというのを彼らから聞いています。王国の各領地は混乱していて、同盟を結んでいるヘルシャー帝国や傘下にあるアンカジ公国の方もその情報を収集していた、と」

 

 そう。ギルドマスターが王国内で起きた混乱の説明をした際、メルドの世話をしていた中村恵里、南雲ハジメ、谷口鈴以外の面々はそれを聞いていたのだ。愛子はメルドに迷惑をかけていた側であったため、朝食の席で又聞きではあったが耳にしていた。

 

「あ、あのさー……愛ちゃん先生? そ、そこら辺にしてくんねぇ? えっと、王女様困ってるし、メイドさんすっげーオロオロしてんだけど……」

 

「それは、その……」

 

「つまりこの国はいつ切り捨てられてもおかしくないような状況です。そんなところの王族をもらったところで、いつか彼らが国を立て直すから預かっててほしいとしか思えませんよ。厚かましいとは思わないんですか」

 

「あ、愛ちゃん先生そこら辺で! マジストップ!!」

 

「う、ううぅ……」

 

 ほぼ完璧に見抜かれてしまっていた。正直言い訳のしようもない。しかも彼女は前にも増して敵愾心が一層露わになっている。下手なことを言ったら彼女の機嫌を損ねて面倒なことになりかねないのだ。何せ昨日も捕虜にしていた元神の使徒のお付きの使用人を地面の下に落としたという報告が上がっている。下手に怒らせてしまったら何をするのか読めない。だからこそ彼女の機嫌を損ねてはならないと黙り込むしかなかったのである。

 

「……王妃様、少々進言をしたいのですが」

 

「……なんですか、メルド」

 

「では失礼します……愛子殿がお怒りになられるのも仕方ないかと。教会が主体だったとはいえ王国のやってしまったことを鑑みれば、むしろこの場で自分達を殺しにかかってきても文句は言えないでしょう。国が滅ぼされたところで仕方ありません。流石に自分と光輝達がすぐに止めにかかりますから御身に危険は及ばせませんが」

 

 しかも傍に侍っていたメルドにすらこんなことを言われた。わかってはいる。やってしまったことと今の現状を鑑みればこの国を滅ぼされても本当に文句は言えないのだ。そもそも敗戦国家なのだから勝者である彼等の要求を吞まねばならない立場であることを改めてルルアリアは痛感した。

 

「あの……王女様と王子様のことは一旦保留にしまして、ちょっとお願いしてもいいでしょうか」

 

「ナイスハジメ! マジ助かったわ! つー訳で中村も先生もちょい話止めて。な? な?」

 

 しかしここでおずおずと手を上げた少年である南雲ハジメに場の注目が集まる。先程から何度か自分達をフォローしようとしてくれていた中野信治も必死になって二人の話を遮ろうとしてたのもあり、二人には感謝しかない。そこでハジメが何かを言おうとした瞬間、すぐに恵里と愛子が口を挟んできた。

 

「ハジメくん、何要求する気? 下手なこと言ったら絶対ふっかけられるよ」

 

「南雲君は少し黙っててください。この人達は信用がならないので一度恐怖を与えてからでないと――」

 

 中村恵里はともかくとして畑山愛子が滅茶苦茶怖かった。教会が色々とやったことを目の前の彼等から聞いているし、この国が恨まれるのも理解している。正直過去の自分達を絞め殺したくなる程度にはルルアリア含む重臣らは自分達の選択を本気で後悔していた。ただそれはそれとして何をやりだしてくるかわからないので相対していた王国の人間は全員震えあがった。

 

「恵里、そこは大丈夫。それと先生すっごい物騒なこと言わないでください!」

 

「当たり前でしょう? 彼等のせいで永山君達は戦争に参加することになったんですよ。相応の報いを受けさせ――」

 

「ちゃんとやります! それ含めてなんで! どうか、どうかお願いします先生!!」

 

 そう言いながらすぐにハジメは愛子に土下座をした。流石にそこまでされてしまうと彼女も口を出しづらいようで、アッサリと言い澱んでしまう。それを見たルルアリアらはこの奇跡に感謝していた。

 

「……わかりました。なら、ちゃんとむしれるだけむしって下さい」

 

「ねぇハジメくん。この人気絶させて――」

 

「ダメだからね!?……その、善処します。はい」

 

「うん、流石にもう無理だ! 先生! いくらなんでもその行動は目に余ります!!」

 

「私はもう先生じゃありません! ですが大人として、こんなロクでもない大人から守るためには――」

 

 そして愛子をにらむ恵里をハジメが必死になだめ、今度は彼と親しい仲であった天乃河光輝らが愛子を抑える。それを見て軽く途方に暮れた様子のハジメにルルアリアは声をかける。頼むから手早く終わらせてほしい。そう願って。

 

「……どうぞ。南雲様。お話の続きを」

 

「あ、はい……その、僕がお願いしたいのはこの王国に拠点を置くことです」

 

 彼から出されたのはひどくシンプルなもの。この王国に活動拠点を置くことであった。一体何が飛び出すのかと思って身構えはしたものの、少し拍子抜けするようなお願いでしかない。とはいえここからむしり取ってくる可能性もあったので、それを考えながらルルアリアはある提案を出す。

 

「なるほど、拠点ですか。であれば皆様のために工房の作成をするよう早急に手配をしますが――」

 

「あ、それはいいです。ぶっちゃけここの王宮にあてがわれてた僕達の部屋を好きに使わせてもらえればいいので」

 

 恩を売ることも含めての提案はあっさりと却下され、さらにこじんまりとしたお願いを出されてしまうこととなる。とはいえこの王宮、しかも部屋を再度あてがう程度でいいのならむしろ文句もない。ひとまずルルアリアは話を促すことにした。

 

「よろしいのですか? 皆様がよろしければ空屋を手配することも出来ますが……」

 

「あまり長い期間ここに滞在する訳じゃないので。その間やりたい実験とかをしたいんです。それと――」

 

 そこで一度話を区切ると、南雲ハジメはメルドの方を見る。一体何だろうかと思って続きを待てば、彼はにこやかな笑顔を浮かべながらあることを申し出てきた。

 

「メルドさんのためにも色々とやっておきたいと思いまして。もどき、になると思うんですが――産業革命に興味ありません?」

 

 ……そう言いながら浮かべた彼の笑みを生涯忘れることは無いだろう。この場にいた王国の人間の誰もがそう思った。




新年に相応しいさわやかな話だったと思います(すっとぼけ)
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