あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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ようやく今年のエイプリルフールネタが『半分』書きあがりましたァ!!

では今回の話を読むにあたっての注意点をば。

・これまでのエイプリルフールネタが一応関わっています

・今回の話も『ありふれ原作のキャラ』に対してアンチ・ヘイトをするつもりで書いたつもりではありません。

・ちょっと長め(約12000字)

では上記に注意して本編をどうぞ。


四月馬鹿なもしもな話 その1

「すごい……」

 

 歩道の真ん中で、何人かの不良に向かって土下座する少年の姿に白崎香織は釘付けになっていた。

 

 さっきまで少年を足蹴にしていた不良の面々は今やしどろもどろになってお互い目を合わせている。少年の近くにいた小さな男の子とおばあさんも同様であり、少年に向かって大丈夫だろうかとうろたえた様子で声をかけていた。

 

「お気遣いありがとうございます。あとすいません! 本当にすいません!」

 

「な、なんなんだよコイツ!」

 

「お、お前みたいなヤツに付き合ってられるか!」

 

 しかし少年は男の子とおばあさんの気遣いに感謝を述べつつも土下座をやめない。不良達も顔を引きつらせて少年からじりじりと距離を取り始め、遂には動揺を露わにしながら走り去って行く。

 

「お、終わったぁ……いたたた」

 

(私、怖くて何も出来なかったのに……すごいなぁ)

 

 香織の視線は依然として少年に注がれている。自分は電柱の陰に隠れてただ遠巻きに見るだけだったが、少年は暴力も振るわずに解決してのけたからだ。

 

 ――事の発端は男の子が不良達にぶつかった際、持っていたタコ焼きをべっとりとつけてしまったことだった。男の子はワンワンと泣いて、それにキレた不良がおばあさんにイチャモンをつけてくる。そのおばあさんも怯えて縮こまったものの、クリーニング代と思しきお札を数枚彼らに渡した。だが不良達はそれを受け取ってから更に恫喝して財布まで取り上げてしまったのである。

 

(そっか……本当に強いのは、一番強いのはああいう人なんだ)

 

 その一連の流れを目撃していたものの、香織は怖くて動くことが出来なかった。幼馴染みのように腕っ節が強い訳じゃ無いからと言い訳をして、誰か助けてあげてと思うだけで何もしなかったのだ。それ故に彼のすごさ、心の強さに香織は惹かれてしまったのである。

 

「本当に大丈夫かい? ケガしてるんじゃ……」

 

「あ、あはは……大丈夫、です」

 

 香織が少年をじっと見つめていると、おばあさんがややうろたえた様子で彼に声をかけた。困り顔で答える少年の姿を見て、香織は胸が締め付けられるような痛みに襲われる。彼がどこか痛みを堪えるように肩に手を回しており、また顔がこわばっていたように見えたからだ。

 

「かっこわるいにーちゃん、だいじょうぶ?」

 

「かっこ……はは、平気だよ。じゃ、次はちゃんと前見ようね」

 

 言葉遣いはともかく小さな男の子も少年を気遣っていた。しかし少年は苦笑して諭すだけであり、その場を去ろうとしている。それを見て香織は思わず手を軽く伸ばしてしまう。

 

(……声、かけてもいいのかな)

 

 すごかったよと彼に言いたい。痛くない? 大丈夫? といたわってあげたい。だがただ遠くから見ていただけの自分が声をかけていいのかと迷ってしまったからだ。こんなのはただのエゴじゃないのかと香織が考えている内に、少年はゆっくりとだがその場から歩いて離れていく。

 

 待ってと言いたい。彼の手を取りたい。けれども自分にそんな資格があるのか、と考えがぐるぐると香織の頭の中で回り続ける。

 

「あ、もう……」

 

 そうして香織の視界からおばあさんと小さな男の子がいなくなった頃、少年は交差点まであと一歩のところまで来てしまっていた。しかも信号は赤から青へと変わってしまっている。このまま走っても彼に追いつけない。彼を見失ってしまうという確信が香織の中にあった。

 

「ま、待って――」

 

 もう聞こえないだろう。彼の手を掴むことはないだろう。そう思いつつも香織は手を伸ばし、小さな声で少年を呼び止めようとした時、異変が起きた。少年が差し掛かった交差点、その近くの上空にぽっかりと穴が開いたのである。

 

「……ぇ?」

 

「ひゃぁあぁぁ~!?」

 

「うわぁあぁぁ~!?」

 

 意味不明な事態に思わず香織もあっけにとられてしまい、その場で固まってしまう。しかもその穴から中世の王様みたいな格好をした少女とイケオジが素っ頓狂な悲鳴を上げながら降ってきたのである。間抜け面を浮かべたまま、香織は二人が落ちてくるのを黙って見ているしか出来なかった。

 

「ぇ……えぇっ!?」

 

「いたたた……」

 

「あだだ……仕返しにしても乱暴過ぎるんじゃないか」

 

「……これ、夢かなぁ」

 

 そうして体を道路にしたたかにぶつけた二人を見て、香織は思わずつぶやいてしまう。普通は空に穴なんて開かないし、そこから人が落ちてくるはずなんてないのだ。香織は自分のほっぺを何度か引っ張り、夢から覚めるか試してみた。しかし痛いだけで何も起きないため、つねった方がいいのかなぁと思いながら目の前の光景から目をそらし続ける。

 

「が……外人さんだ。で、でも一体どこから?」

 

「しかし、ここは一体……」

 

「カオリさまのいる場所、とは言っていたけれど……」

 

 そうこうしていると少女とイケオジは立ち上がり、周りを見渡し始めた。どちらも白磁のような白い肌に紅く輝く瞳、月の光と見まごうような美しい金髪が夕日に映えている。身につけた衣服は漆黒に金の刺繍が施されており、絵画の中から飛び出してきたような美しさを二人は放っていた。

 

「ほら夢だよ。だって王様みたいな格好の人がこんなに日本語ペラペラなはずがないもん」

 

 ……にもかかわらず二人はひどく流ちょうに日本語を話すのだ。漫画か何かだろうかとしか思えず、香織は思いっきり顔を引きつらせながらぽつりとつぶやいてしまう。もうあの少年のことなど香織の頭の中には残っていない。ただぼけーっと二人を見つめるだけであった。

 

「アレーティア、提案があるんだが……」

 

「っ……気安く私の名前を呼ぶな」

 

 その時、イケオジが困惑した様子で少女に声をかけるも、少女は何が気に食わなかったのかあちらをにらみ返したのである。一瞬険悪な空気がただよい、二人は気まずそうに目をそらす……そしてまたオロオロと周りを見渡している。

 

(……漫画やコメディドラマでももうちょっとスマートに話が進むよね。絶対)

 

 うろたえる二人を見てふと香織は心の中でツッコんでしまう。かといってこの二人をどうすればいいのか見当がつかず、ただじっと見ているだけしか出来なかった。

 

「あ、あのー、ちょっといいですか……?」

 

 そんな時、ある声がその場に響いた。それと同時に正気に戻った香織が声のする方を向くと、いつの間にかあの少年が二人に声をかけているのが彼女の視界に入る。

 

「あ、あぁ。どう、したんだい?」

 

「……用件は?」

 

 ひどくキョロキョロしながら二人を交互に見ていた少年に、イケオジと少女が声をかける。どどこかホッとしたような落ち着いたような声色でイケオジは問い返し、少女はやや苛立ちが感じられる声で問い返す。

 

(……あの子、ひどくないかな。せっかく彼が声かけてくれたのに)

 

 イケオジはともかく、少女は鋭い目つきで彼を見ていたことから香織はどうしてかムスッとしてしまう。単なる怖いもの知らずなのかはわからないまでも、そういう尋ね方は無いだろうと香織は心の中で反発してしまう。

 

「えっと、その……ここだと目立ちますんで、ちょっと違う場所に行きませんか?」

 

「……た、確かに」

 

 そうしてもやもやしたものを感じていた香織であったが、彼の言葉を聞いてそんなものは一掃されてしまう。おどおどしながらも別の場所に移ることを提案したことで、二人がハッとして我に返った。結果、両者の間にあった険悪な空気を消し去ったからである。

 

「……ごめんなさい。事情があって苛立ってた」

 

「あ、いいんです。なんか訳ありなのは見ててわかってたんで……」

 

「君の気遣いのおかげで私達は助かったんだ。感謝するよ。しかし、違う場所となると……」

 

 そうして三人の間に和やかな空気が流れ出すと、自然とどこに移るかについての話し合いが始まる。その話をしばし聞いていた香織であったが、このままだとあの少年が二人と一緒にどこかへ行ってしまうのではないかと気づく。

 

「公園は近くにあったと思ったけど、隠しきれないし……」

 

「……確かに、この世界じゃ私達は目立つ」

 

「そうだね。通りを見渡した限りでも文化のレベルが違うようだし……」

 

 せっかく彼を見失わずに済んだのにこのままでいいの? と香織の胸がチクリと痛む。だからといってどうやって彼らの間に飛び込めばいいのかもわからず、香織はただ悩んで不安げに彼らを見つめるしか出来なかった。

 

「うーん、どこかにファミレスでもないかな」

 

「し、知ってます! 近くのファミレス!」

 

 だからであろう。少年が何気なくぽつりとつぶやいた言葉に香織はハッとして、即座に手を上げてやや上ずった声を上げてしまう。その結果、ビクッとした三人から視線を注がれて香織は心臓が止まりそうになってしまった。

 

「よ、よかったら私がそこに案内します! だ、だから、その……」

 

 喉がカラカラになり、心臓が痛いほどに強く波打って苦しさを香織は覚える。だが香織はカバンの取っ手を両手で強く握りながらもゆっくりと三人に近づく。時折目を泳がせ、どもりながらも自分の意思を伝える。すると三人の顔つきが心なしか緩んだように香織には見えた。

 

「あ、ありがとうございます……えっと」

 

 そうして三人の手前まで香織が近づけば、少年が軽くほほを染めてキョロキョロしながらもお礼を伝えてくれた。そのことに感じたことの無いほどの嬉しさを感じつつも、そうしてる場合じゃないよねと香織は表情をキッとしたものに改める。

 

「わ、私、白崎香織です。その、ちょっとお話、いいですか」

 

「な、南雲ハジメです……えっと、お二人のことです、よね」

 

 軽く自己紹介をしつつも香織は三人を見渡しながら再度声をかける。すると少年こと南雲も自己紹介をし、少女とイケオジを一瞥してから香織の方を見やった。香織はコクコクと勢いよく何度も首を縦に振り、少女とイケオジの方を見てから質問していく。

 

「いきなり空に開いた穴から落ちてきたし、きっとお二人とも別の国の人、ですよね」

 

「……多分、そう」

 

「だろうね。私もこんな国があったとは思わなかったよ」

 

「いや、その……お二人と白崎さんには悪いけど、多分違うと思います」

 

 その質問に()()()顔をひきつらせていた少女もゆっくりとうなずく。また同じような表情をしていたイケオジの方もどこか感慨深い様子で答える。しかし南雲だけは気恥ずかしさと戸惑い、緊張の入り交じった声でそれを否定してきたため、香織は思わず目をむいてしまう。

 

「えっ……どう、して」

 

 まさか至極真っ当な自分の意見が否定されるとは香織も思わなかったのだ。短く声を漏らし、なんでそんなことを言ったのかと香織は南雲をじっと見つめながら問い返す。すると彼も何度か目を泳がせてからうなずいたのである。

 

「その……お二人の格好、きっとどこかの国の王様とかそういう感じがするんですけど」

 

「……まぁ、確かに」

 

「そうだね。私とアレ……彼女も吸血鬼族の国のトップだった」

 

「そこです」

 

 緊張でいくらか声を震わせながらも南雲は二人の方を見ながら話を振る。香織もそれに何度もうなずけば、少女とイケオジもその通りだと返してきた。すると南雲はすぐさま真剣な顔つきでイケオジの方を向いたのである。

 

「……お二人にはひどいことを承知の上で言います。僕はあなた達のような格好をした人をテレビのニュースで見た覚えがありません」

 

 そして彼の放った言葉にしばし呆然とした後、香織は頭の中に雷が走ったような心地となった。彼の言った通り二人の格好はニュースで見た覚えがない。ましてや吸血鬼だなんて漫画や物語の世界の話だ。知らない場所に放り出されて右往左往していたのに、そんな冗談を堂々と言う訳がないと香織も思ったからである。

 

「てれび?……何を言ってるのかよくわからない」

 

「ま、待ってくれないか南雲君。それじゃあ私達は本当に……」

 

 しかも少女はテレビを知らないような素振りをし、イケオジもまた先程のようにうろたえ出す。そのせいで香織の中で現実離れした推測が浮かんでしまい、何歩か後ずさってしまう。

 

「ま、さか……」

 

「日本のことも知らないのにお二人は日本語を話せますよね。それにさっき空に穴が開いた、って白崎さんも言ってました……きっとお二人は文字通り、違う世界から来てると、思うんです」

 

 するとハジメが緊張で声を震わせながらも、二人が何者であるかという答えを口にした。香織の頭に浮かんだ通りの内容であり、もしかして自分と同じようにに二人もショックを受けていないかと目を向ける。しかし二人はどこか納得したような様子でハジメの方を見つめていた。

 

「……心当たりは、ある」

 

「君達に言っても信じてもらえるとは思ってないけれどね……」

 

「そう、なんですね……」

 

 二人は乾いた笑いを浮かべながそう答えており、これには香織もただ相づちを打つしか出来なかった。同時にどうしてそんな残酷なことを言うのかと香織は思ったものの、それも次の彼の発言で氷解する。

 

「そうなると、警察……えっと、僕達以外の人に言っても、きっと信じてもらえないと思うんです」

 

 このまま二人を交番に連れて行き、ひとまず保護してもらおうと香織は考えていた。だが二人が異世界の人間であるならそれは無理だと南雲のおかげでわかったからである。戸籍がないどころか元いた場所に戻ることすら無理かもしれない。そうなると警察に頼ったところでどうなるかわからないと思えたからだ。

 

(すごいなぁ。私、二人を安全な場所に連れて行くことで頭がいっぱいだったのに。私が反対するかもしれなかったのに、南雲くんはちゃんと二人のことを考えてたんだ)

 

 ビクビクしながらも南雲は自分の意見を出した。そんな彼への憧れが一層強くなっていくのを香織は感じていた。他人にどう思われようとも誰かのために手を差し伸べられる人なんだと心の底から思えたからである。

 

「多分南雲くんの言う通りだよね……このままファミレスに行ったら警察の人に目をつけられる、かな」

 

 香織は彼の言葉に同意しつつ、このまま移動するのはまずいのではとややためらいがちに述べた。するとハジメも腕を組んで考え込む素振りをし、少女とイケオジの方に視線を向ける。

 

「白崎さんの言う通りだと思う……ただ、人目につき辛い場所には一度移動した方がいいんじゃないかな」

 

 その言葉に香織もうなずく。自分達がそうしなくてもここを通る人達が通報する可能性は大いにあったからだ。納得してくれてるだろうかというかすかな不安を抱きながら香織は二人の方を向く。

 

「……確かに。今の私達は不審者」

 

「そうだね。アレ……彼女の言う通りだ。近くに小さな広場らしい場所があるみたいだし、そこの生け垣なら身を隠せないだろうか」

 

(小さな広場……あ、公園! い、いつの間に……)

 

 しかし二人とも少し険しい表情でうなずいている。これなら大丈夫かと思いつつ、香織はイケオジの言葉がどういう意味かと考えながら周りを見渡す。ここから百メートルほど離れたところに公園を見つけ、イケオジのめざとさにややあっけにとられてしまう。

 

「あ、あそこの公園です、よね。行きましょう」

 

 しかし香織が呆然としていたのもほんの数秒でしかなかった。二人が警察に保護されるリスクがすぐに香織の脳裏に浮かんだからだ。すぐさま移動するよう香織はそこを指さしながら促せば、二人も黙ってうなずいた。

 

「……そうだ。白崎さん、僕の父さんに電話して車を出せないかどうか相談してみる」

 

 そうして少女とイケオジがこそこそと公園へと向かい、香織もそれに続こうとした時に南雲が声をかけてきた。一体どうしたんだろうと思って振り向くと、彼は携帯電話を手にしたままある考えを口にしてきたのである。それを聞いた香織もハッとし、すぐさま自分の携帯を取り出す。

 

「じゃ、じゃあ私も! 私もお父さんに頼んでみる!」

 

 もし車を使えるのなら話は変わる。車内の床にかがめばまず人目にはつかなくなるからだ。これが悪いことだと香織もわかっていたし罪悪感も感じていた。だが二人のためにも手段を選んでる場合じゃないと自分もやることを南雲に伝え、父の智一の携帯の番号を探す。

 

「ダメだったらお願いします。それとあと今の時間帯だとお客さんがあんまいない喫茶店を知ってるかどうかも聞いてみるよ」

 

「ぁ……助かるよ南雲くん! わ、私はとりあえず二人の方に行くよ! あまり人目のつかなさそうな場所を探して待ってもらうから!」

 

 香織は気を利かせてくれた南雲に礼を述べ、彼がうなずくのを見てからすぐさま香織は振り返った。少女とイケオジの後を追い、閑散とした公園で人目につかなさそうな場所を一緒に探す。

 

(……もし、南雲くんのお父さんとお母さんが二人を保護したら、これで終わっちゃうのかな)

 

「……どうしたの?」

 

 そんな時、彼女たちが保護されたら彼との接点はもう無くなってしまうのではと香織は不意に考えてしまう。それが顔に出てたのか、どこか心細げな表情の少女から香織はどうしたのかと問いかけられる。

 

「あ、いや、なんでもないから。ちょっと、考え事をしてただけ」

 

 そんな懸念が頭の中をよぎった時、ふと香織はわずかなさみしさと胸がチクリと痛む感覚に襲われていた。今のは何だったんだろうと思いつつも、香織はただ首を横に振る。そのことを不思議に思いつつも、ただ香織は二人が隠れられる場所を一緒に探したのであった……。

 

 

 

 

 

 程なくして親との連絡を終えた南雲が香織達と合流し、親が車で来てくれると話してくれた……ただし至極申し訳なさそうに、だが。

 

「さ、上がって上がって。ちょっと散らかってるけど気にしないでちょうだい!」

 

「「お、お邪魔します……」」

 

 そうして南雲の母親である菫から気さくに声をかけられ、香織は母の薫子共々おっかなびっくりな様子でマンションの部屋へとお邪魔する。おそるおそる香織が後ろを向けば、ひどく心配げに自分達や少女、イケオジにこの部屋を見つめる智一がそこにいた。

 

「ほ、本当に大丈夫なのかい香織? 騙されてたりしないかい?」

 

「た、多分大丈夫よあなた。けどここが、ここが南野スミレ先生の……」

 

「う、うん!……多分」

 

 ひどく心配げに声をかけてくる父の気持ちは香織もひどくわかる。何せ本当はファミレスか喫茶店に行くつもりがこの部屋、売れっ子漫画家『南野スミレ』の作業現場に来ているのだから。当人からOKをもらったとはいえ、色々な意味で本当にいいのかという思いが香織の頭の中で今も渦巻いている。

 

「はっはっは。智一君も心配性だなぁ。俺も菫も、もちろんアシさん達も口外なんてしませんよ。信じてくださいって」

 

 そうして部屋の奥へと進んでいく中、後ろから聞こえた男性の声に香織は思わず苦笑してしまう。自分達がここに来る羽目になった元凶の一人であり、南雲の父親である愁が自信たっぷりに言ったからだ。

 

(うん。こういう人達がお父さんとお母さんだと南雲くんじゃ押し切られるよね……)

 

 ふと公園で合流した南雲が『……うっかり二人のことを話しちゃって。それで僕の両親が是非とも二人を連れて行きたいって』と遠い目で語っていたのを香織は思い出す。聞いた当初は南雲のうっかりぶりと彼の押しの弱さに少し不安を覚えたものの、こんな人達相手じゃ仕方ないよねと香織は考え直しながら作業現場と思しき部屋へ足を踏み入れる。

 

「初対面の相手に言われてもどう信じろと?」

 

「お父さん! 気持ちはわかるけど抑えて!」

 

「そんなぁ……マイエンジェルゥ~」

 

 父の智一がやや強い口調で愁に反論してきたため、すぐさま香織は智一をいさめた。やたらと押しが強い南雲の両親ではあるが、二人の正体を知った上でこうして動いてくれたのだ。言い分はわかるもののそう言わないで欲しいと香織が言い返せば、智一は今にも死にそうな声を漏らしていた。

 

「あなた、心配なのはわかります。でも香織がここまで必死なんですよ」

 

「いや、でも……」

 

「あなた?」

 

「ごめんなさい」

 

 すぐに薫子がフォローに入り、智一を()()してくれたことにホッとしつつも香織は罪悪感を覚える。自分の両親にはロクに説明をせず、車を出して例の公園まで来ることと南雲の父が出した車についてくることをただお願いしてただけだからだ。後でちゃんと謝ろうと思いつつ、作業机などをどかして作られた談話用のスペースへと香織は向かう。

 

「ハーくんってば隅に置けないねー。両手に花じゃ――」

 

「……本題に入りたい」

 

「アッハイ」

 

 作業場、ということでアシスタントと思しき女性も四人いた。彼女達から向けられる好奇の視線やかすかに漏れる黄色い声に香織はちょっと困っていたものの、金髪の少女が突如放った重々しい空気と共にそれらは一気に鎮まってしまう。彼女が王様だということにどこか納得しつつ、香織はやや雑に設置されたイスのひとつに腰を下ろす。

 

「い、一応打ち合わせ用の部屋はあるんだけど、この人数じゃね。ごちゃごちゃしててごめんなさい」

 

「そんな……南雲くんのお母さんが悪いんじゃありませんっ」

 

 南雲や少女もイスやソファーなどに座ったところで、ちょっと顔が青くなった菫が軽く頭を下げてきた。招いてくれたとはいえそもそも自分達が押しかけてきたようなものであり、そのことに少し申し訳なさを覚えた香織はすぐさまわびを入れる。

 

「ありがとう香織ちゃん。本当ならお父さんの会社の会議室でも借りれたら良かったんだけれどね」

 

「そうそう。ここでいい、って二人も香織ちゃんも言ってくれたことには申し訳なく思ってるよ」

 

「いえ。この世界に存在しない私達を受け入れて下さったのです。感謝こそすれど文句はありませんよ」

 

 すると南雲の両親が申し訳なさげにお礼を述べたり、頭をかきながら謝ってくる。そんなことないと香織が慌てて言おうとした時、イケオジがスッと立ち上がってうやうやしく頭を下げたのだ。それに香織も一瞬見とれてしまい、イケオジが座るまでただじっと見つめることしか出来なかった。

 

「ふふっ。ディンリードさんってば本当にお上手ね」

 

「いやホント。車の中で話してた時もそうでしたけど、流石リアル王族っていうか」

 

 イケオジが座って数秒後、菫と愁が笑みを浮かべながら返事をする。その際イケオジことディンリードの名前を菫が聞き出していたことに香織は驚いてしまう。

 

 ――本当は愁が車で迎えに来た際、少女とディンリードも一緒に乗せて一足先に行ってもらうつもりだったのだ。ところが少女がディンリードと一緒に乗るのを拒否したため、急遽香織が父の智一を説得して車を出してもらうこととなったのである。

 

「そう、だね……えっと、あなたはなんて呼べばいいの、かな?」

 

 南雲の両親に思わず感嘆していた香織。でもこのままじゃいけないと思い直すと、軽くつばを呑んでギュッと手を握る。そして勇気を出して少女に名前を尋ねた。

 

 香織も車内で両親と共に何度となく少女に声をかけていたのだ。ところが少女は緊張した様子でじっと床を見つめるばかり。それでもと何度も話しかけたら毛を逆立てた猫を連想させるような鋭い目つきで見つめ返してきたのだ。結果、名前を聞き出すどころか世間話さえ出来なかったのである。

 

「……どうとでも呼べばいい」

 

「そ、そんなの良くないよ! ずっと『あなた』でいいの!?」

 

 だがこの場で名前も名乗らずに話は進められないだろうと思い、香織は問いかけてみた。けれども少女の方は何度か香織の方をチラチラと見た後、目をそらしたまま適当に呼べと返すばかり。そのことに香織は憤って反論するも、少女はどこか気まずそうに香織を一瞥するだけだった。

 

「いや、そうはいかないだろうアレ――」

 

「気安くその名を出すな、下郎」

 

 するとディンリードが彼女をいさめながら名前をつぶやこうとした。直後、ひどく冷たい目つきで少女はディンリードを見つめ返す。香織は思わず息を呑み、少女がどれだけ自分の名前を呼ばれることを嫌っているかを痛感する。

 

「……じゃ、じゃあとりあえず仮の名前でいいからつけちゃいましょ。いい?」

 

 少女がディンリードに言い返してから十秒あまり。菫が若干声を震わせながら仮名をつけることを提案してくる。少女が素直にこくりとうなずけば、冷たく張り詰めた空気が一気にゆるんでいったのを香織は感じていた。

 

「でも、名前なんて……なんて呼べばいいのかな」

 

「うーむ……一応俺は浮かんだんだけどね。ハジメ、菫、二人もそうじゃないか?」

 

 まだ納得こそ出来てないものの、香織もとりあえず少女をどんな名前で呼ぶか考える。とはいえ犬や猫などのペットに名付けるのとはまた違うだろうと思って智一や薫子共々悩んでいると、愁がしれっと仮名の候補が浮かんだと言ってのけたのである。

 

「まぁ、そうね。私もあなたと同じだと思うけど」

 

「僕も、かな。でもそれを気に入るかは別でしょ?」

 

 しかも南雲と菫も同様だろうという愁の問いかけに二人はうなずいて返している。それを聞いて香織は目を丸くしてしまい、親子ってすごいなーとどこか他人事みたいに思ってしまう。

 

「じゃ、せーので言おうか……せーの」

 

「「「お月様みたいな髪色だから『ユエ』で」」」

 

 そうして香織がぼけーっとしている内に南雲達は一斉に少女の仮名候補を口にした。息ぴったりな三人に驚きつつも、香織は少女はそれで納得してるだろうかとおそるおそる視線を向ける。

 

「で、どうかしら?」

 

「……わかった。それでいい」

 

 少女も一瞬目を丸くしてきょとんとしていたものの、菫が問いかけるとすぐに顔つきが元に戻った。そしてこくりとうなずき、その仮名を受け入れると語る。これでひとまず話が聞けるかなぁと思いつつ香織は短く息を吐く。

 

「俺達は車で色々と聞いたけど、智一君達はどうだい?」

 

「いやに馴れ馴れしいな……まぁ、私達の方は香織にもユエさんにも聞けなかったんですが」

 

 そうしていると愁が目を輝かせながらも既にディンリードのことについて聞いた旨を話してきた。南雲達のことをちょっとだけうらやみつつも、ユエ達が現れた経緯を黙っていたことへの罪悪感で香織は胸に軽い痛みが走ったのを感じてしまう。

 

「大丈夫、白崎さん?」

 

「うん。平気だよ南雲くん。それとごめんねお父さん、お母さん。その、嘘みたいな出来事なんだけど――」

 

 気遣いの言葉をかけてくれた南雲に軽く口元を引きつらせながらも香織は首を横に振った。そして苦笑いを浮かべたまま香織は両親に謝り、前置きをしてからユエ達が現れた経緯を語っていく。

 

「いやー、その場にいられなかったのが色んな意味で悔しいな。ハジメ、お前は立派だよ」

 

「本当よ。色んな意味で誇りに思うわ」

 

「父さん母さん、頼むからそういう目つきで見るのやめて……」

 

 南雲がやられた経緯を省いた上で語ったものの、菫と愁は南雲を何度か悲しげな表情で見つめていた……うらやましげに彼を見ていた回数はそれを上回っていたが。きっと車の中で話したんだろうなと思いつつ、香織は何ともいえない様子で南雲一家を見ていた。

 

「大丈夫かい香織? どこか頭を打ったりしてないかい?」

 

「えぇ。それか深い悩みでもあるの? 後でもいいから私達に言ってちょうだい」

 

 その一方、智一と薫子から向けられる視線が段々と痛くなっていくのを香織は感じ取っていた。時折二人が嘆いていたのも無視しながらこれまでのいきさつを語れば、悲壮感あふれる声色で智一も薫子も気遣いの言葉をかけてくる。事情を知らなかったら自分もそうするだろうなぁと香織も思いつつ、ただ目をそらして乾いた笑いを浮かべるだけであった。

 

「待つんだ智一君。薫子さんも。お二人が異世界出身である証拠を見せてくれればいい」

 

「そうよ。異世界の人なんだし、魔法とか使えたりしない?」

 

 すると愁と菫がどこかなだめるように香織の両親に言葉をかけてきた。

 

 ここで二人が普通の人間でないことを明かしてくれないと、この先ずっと頭の具合を疑われるかもしれない。頼むから何かやってほしいと香織はどこかすがるような目つきでユエとディンリードを凝視する。

 

「……わかり、ました」

 

「そうですね。私も彼女もそれを証明出来なければ色々と不都合でしょう。ならちょっと派手な魔法でも」

 

 するとユエは一瞬だけどこかあわれみのこもった視線を香織に向け、その後渋々といった様子でうなずく。ディンリードもまた苦笑いを浮かべながらも了承し、魔法を披露してくれると語る。

 

「じゃ、いこうかアレ……ユエ、さん」

 

「……わかった」

 

 そうしてディンリードが苦々しい表情でユエに声をかけ、ユエもまたかなり嫌そうな顔つきでうなずき返す。そして二人は正面を見つめ、右手を前に出してから手のひらを上へと向ける。

 

(……私、嫌な子だなぁ。魔法のことでドキドキしちゃってる)

 

 二人のことはどうすればいいのかと香織はずっと悩んでいた。なのに本物の魔法が目の前で見れることに対して興奮してもしまっている。そのことへの罪悪感を感じつつも香織は黙って二人を見つめていた。

 

「「“火球”」」

 

『今すぐ消せ-!!/消して-!!』

 

 なお、複雑な感情は即座に木っ端微塵となってしまう。バスケットボール大の球体、それもちょっと離れた場所にいる香織でさえも汗ばんでしまいそうになるほどの熱波を放つものが二人の手のひらの上に現れたからだ。その瞬間、この場にいたほぼ全員の意識が一つとなった。

 

「……え? これだったらわかりやすいかと思ったのに」

 

「私もそう思ったのですが。すぐに消すつもりですし何か問題でも?」

 

「消防法の問題です!」

 

「火災報知器に引っかかる前に早く!」

 

「ここいっぱい人が住んでるんです! 大事になる前に消して-!!」

 

 しかしユエもディンリードも仲良く首をかしげるだけ。すぐに香織はこの場にいた皆と一緒に声を張り上げ、もっと面倒になる前にどうにかしてくれとひたすら訴える。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「い、いや申し訳ない……ここの世界は私達の世界と比べて色々と様相が違うものだから大丈夫かと」

 

 それが功を奏したのか、すぐに二人の手のひらの上にあった球体はかき消えた。ひどく萎縮した二人をよそに、火事になるどころか火災報知器が鳴らなかったことに香織は南雲達と一緒に安堵のため息を吐く。

 

「……とりあえず、お隣さんに事情説明してくるわね」

 

「あ、スミレ先生。私も手伝います……」

 

 そうしていると、菫と彼女のアシスタント一人が立ち上がり、玄関へと向かっていく。火事にはならなかったが大騒ぎしたのだし、お隣さんがざわついているであろうことは香織も容易に想像できた。二人の心遣いに心の中で感謝しつつ、後でちゃんと言おうと香織は心に刻む。

 

「……異世界は難しい」

 

「私もそう思うよ。わかった気でやるものではないね」

 

 それはそれとして、香織はユエとディンリードをどこか残念なものを見るような目つきで見やる。他に面倒なこと起きないよね? と心の中で不安を抱きながら菫達が戻ってくるのをじっと待つのであった……。




続きは一週間以内に挙げられたらいいなぁと思ってますまる(遠い目)

2026/5/4 タイトル修正しました。お察しください(遠い目)
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