あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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つきひがすぎるのはとってもはやいですね(しろめ)
……いやマジでどうなってるの? もう前話投稿してから3週間近く経過してるんですけど。いやー申し訳なんだ。

では改めまして、読者の皆様がたへの感謝の言葉を。
おかげさまでUAも171609、しおりも404件、お気に入り件数も854件、感想数も616件(2023/6/24 6:22現在)となりました。誠にありがとうございます。いやもう見捨てずに見に来てくださる皆様に感謝の念が尽きません……。

そしてAitoyukiさん、今回も拙作を再評価してくださり誠にありがとうございます。自分がこうしてこの作品を書き続けられているのもあなたの助力もあってのことです。感謝いたします。

では今回の話を読むにあたっての注意事項として『全体的に』少し長め(約12000字程度)となっております。ではそれに注意して本編をどうぞ。


七十話 悪意がはびこる街_フューレン来訪異譚

「あ、見えた。見えたよ。多分あそこがフューレンだと思う」

 

 魔物と出くわし、対処してからずっと空気が死んだまま馬車の旅を続けていた一行だったが、ふと巨大な外壁とそれに並ぶいくつもの行列をハジメが見つけたことでほんの少しだけ活気が戻った。

 

「おっきいねー。何メートルぐらいあるのかな」

 

「下手な高層ビルより高いね……結構丈夫そうなつくりに見えるし、流石ファンタジー世界だよね」

 

「うん。こういうのもこういうので剣と魔法のファンタジーな世界に来た、って感じだよね」

 

 まず食いついたのは彼の両隣にいる鈴と恵里であった。高さ二十メートル、長さ二百キロメートルにもなるその外壁の威容にハジメと一緒に二人は感心していた。

 

「ホントデケェな……」

 

「王国もそうだったけどよ、デカいにも程があんだろ……」

 

「ほぇ~……おっきいですねぇ。私達の住んでた集落の辺りで見かけた木よりもはるかにおっきいですぅ」

 

 続いて出入口から身を乗り出した良樹、礼一、シアの三人もその大きさに圧倒され、ただため息を漏らすばかり。やれ『あの行列はどんな人が並んでるんだろうか』だの、『街並みはどんな風になってるのか』だのと恵里達は仲睦まじく話を始めていた。

 

「気を、遣わないでくれ……」

 

 ――そう。先程から陰鬱な空気を放つ重吾達を巻き込むように。

 

「えーっと、辻さん、吉野さん……」

 

「気にならない訳じゃない、けど」

 

「そんな気になれないよ……」

 

 そんな恵里達の気遣いも残念ながら空回りしていた。寄る辺を失い、ショックを受けたことがあったとはいえ努力して身に着けた戦う力も隔絶したものがあると知り、自信を喪失してしまった彼らには恵里達の存在はあまりにまばゆかった。自分達の弱さを突きつけるかのようでとにかく距離を置きたがっていたのだ。

 

「えっと、その……永山君も野村君も……」

 

「別に、いいよ。俺達のことなんか……ほっといてくれ」

 

 理由はそれだけではない。地球にいた頃から敵視して、トータスに来てからはそれを強めて殺そうとまでしたのだ。しかも圧倒的な力を以て負けてしまったことも彼らの心に影を落としている。地球で培った常識や良心が強く自分達を苛むのだ。こんな真似をしておいて、どの面下げて仲良くすればいいのかと。

 

 あらゆる面で劣等感を抱いてしまった少年達にとって、恵里達の気遣いは臓腑をえぐるようなものでしかなかったのだ。

 

“あーもうどうするんですか皆さん。やっぱり永山さん達、お葬式の空気のままですよぉ……”

 

“そんなこと言われたって困るっつの。事故の類じゃねぇか、ったく……どうすりゃいいんだよ”

 

 あまりにいたたまれなくなったシアが“念話”を恵里達に繋いだのだが、良樹の答えに彼女達はただうなずくばかりであった。

 

“それはそうですけどぉ……良樹さん、皆さん助けてくださぁ~い! こんな空気イヤなんでずよぉ~!!”

 

“ったく、やれたらボクだってやってるってば! 流石にこんな状況どうしろっていうんだよ!”

 

 半泣きで助けを求めてくるシアに恵里は頭を押さえながらそう返すばかり。さっきハジメが話を振って、こうして仲のいいメンバーで話題を膨らませるのでもどうにもならなかった以上、ハジメ達であっても打開策が浮かばなかったのである。

 

 あぅぅ……としょげる彼女も含めてどうしたものかと頭を抱える間にも馬車は行列へと近づいていく。並んでいる人間も後ろから感じる何とも言えない空気に振り向いてきたため、恵里、ハジメ、鈴も苦笑いを浮かべるしかない。

 

「お、お気になさらず~……」

 

「あ、すいません……」

 

「えっと、その……フフッ」

 

 結局重吾達を元気づける方法は思いつかないまま、フューレンの東にある入場受付のひとつに一行はたどり着く。受付を担当している人間もその横で警護している門番にも怪訝な視線を向けられつつも、恵里はすぐに余所行きの仮面をかぶって彼らに応対していく。

 

「あ、ごめんなさい。実はここに来る前にちょっとしたトラブルがありまして」

 

「という割にはいささか空気が違うようですが……」

 

「えぇ。恥ずかしい話なんですけど、その……私達アンカジからここに行商に来たのですけど、フューレンが見えた辺りで弟弟子(でし)の皆にちょっとキツめに叱ってしまいまして。皆真面目ですからそれで気落ちしちゃったんです」

 

 いつものように真実を混ぜた嘘をシレッと並べ立て、すぐにハジメと鈴に目配せをすれば二人も頭をかいたり苦笑を浮かべたままでいるなどしてそれを補強してくれた。それを見て受付の人間も一応の納得は見せつつもあることを尋ねてくる。

 

「……なるほど。身内同士でのトラブルですか」

 

「はい。巻き込んでしまってごめんなさい」

 

 そう言いながら恵里は頭を下げ、受付もその旨を聞いて軽くため息を吐く……幸い今のところは嘘は露見していない様子であった。

 

 自分達の馬車が行列に近づく際にすぐに御者台にいる恵里達は姿をごまかすアーティファクトを起動し、良樹達も重吾らに声をかけながら発動させていたため、自分達は“アンカジ公国から来たであろう人間”だと思われているはずである。

 

「ではどういったものを扱うかを確認したいので荷物を改めさせていただけますか」

 

「はい。どうぞこちらへ」

 

 こちらへとやって来た数人の兵士を通し、積んである木箱を開けて中身をチェックしてもらう。当然中にあるのはアンカジ原産の食物しかないし、愛子の技能によってすくすくと育ったそれが産地偽装したものだとは気づかないはず。そう見込んで検品を受け続けていたが、ふと兵士の一人がある疑問を口にした。

 

「妙に緊張されているようですが……何か、やましいことでも?」

 

「あ、実はですね。そちらにいる弟弟子は今回フューレンに来るのが初めてなんです。なのでちょっと緊張しているんでしょう。あまり責めないであげていただけますか?」

 

 そう。自分達が扱おうとしているものが産地偽装した食品であることで感じていた後ろめたさに気付いたのだ。だがそれもすぐに恵里が機転を利かせて嘘の答えを述べていく。重吾らの話を聞いた限りではフューレンに訪れたことはない様子だし、この食品を売ることに緊張しているのは違いないはず。

 

「なるほど、それは失礼……確かにアンカジ産の野菜や果物であることは違いないようですね」

 

「そういえばあまり傷んでいない様子ですけれど、どなたかが水魔法などで冷やしたりとか?」

 

「あ、はい。す……私がやってました」

 

「なるほど……()()()()がおられるようで」

 

 新たについた嘘も特に問題なく通じ、痛み具合に軽く疑問を抱いた兵士に鈴がとっさの嘘を吐けばそれに納得して引っ込んでくれた。だがその様子に皆かすかな違和感を感じ取った。シアは首をかしげ、重吾達も悪意を向けられたのではないかと少し怯え、恵里達も警戒感を表に出さないようにしながら相手の動向をうかがう。

 

「私達どもはあなた方を初めて見ましたが、()も目利きもなかなかのご様子で」

 

「……えぇ。こう見えても自信があるんですよ」

 

「なるほど。でしたら私どもの方で少し話をさせていただけないでしょうか」

 

「話、ですか」

 

 ……物腰こそ穏やかなれど、ニタリとした笑みからねばついた悪意が感じられる。それに気づいたハジメらは思わず顔がこわばりそうになるが、恵里がいち早く反応したおかげで彼等には気取られずに済んだのは幸いであった。

 

「えぇ。……神の使徒様が現れて話をした後、騒動に巻き込まれたりしませんでしたか?」

 

“皆、動かないで。コイツはボクが相手する”

 

 それを聞いてなるほどと恵里は向こうの言いたいことを大まかにだが察した。目の前の男から前世? で母が連れて来たあのろくでなしに近しい匂いが感じられたのだ。恵里は“念話”で自分に対応を任せるよう伝え、向けられた心配そうな視線を無視しながら相手の出方をうかがうべくある嘘を吐く。

 

「……誰にも言わないでくださいね? 私達、使徒様が現れた時にその場にいなかったんですよ。ちょうどその頃次の宿場町に向かっている途中でしたから。なので……」

 

「そうでしたか……これは失礼」

 

「いえ。お気になさらないでください」

 

 そう言葉を並べ立てれば向こうも気の毒そうに返してきた。とりあえず直接その場にはいなかったという印象を与えることは出来たため、自分の懸念が当たっているかどうかを頭の片隅で考えつつ恵里は向こうが仕掛けてくるのを待つ。

 

「しかしこうして積み荷が無事となると……よほど良い場所に恵まれたということでしょうか」

 

「たまたまですよ。本当に。後は護衛の人間もいましたしね」

 

 兵士のリアクションで恵里は確信を得たが、念のためもう少し泳がせようと適当に話を合わせる。首をかしげていたシアも、何をしてくるかは完全にわからないまでも自分達に悪意を以て何かをしようというのだけは理解して良樹の服のすそを掴んだ。

 

「なるほど。ですが、今のフューレンは()()治安が悪いんですよ。よろしければ私達が護衛につきましょう……つきましては“心づけ”をいただければありがたいのですが」

 

 そして兵士が一層強くねばつく笑みを浮かべたことで全員が確信した――少なくともコイツは悪人と繋がっているということを。

 

(やっぱり。大方ここにいる裏組織のどれかと繋がってるな)

 

 以前ライセン大峡谷を登っていく際にメルドから聞いた話が恵里の頭の中でよみがえった。ここフューレンには三つの裏組織、地球でいうところの暴力団のようなものがあるという話だ。ならば目の前のコイツもそれらのどれかと繋がっている、もしくは下っ端なのだろうと察した。

 

 あの時は下着やら服やら調味料やら主食のためやらと色々なことのための資金源として狙っていたし話題になったが、今こうしてこんな形で関わってくるとは思わなかった。厄介な奴らに目をつけられたと思いながらも恵里はすぐに懐に手を突っ込む。

 

「それ、は――」

 

「な、どうして――」

 

「心づけですね。えっと……」

 

 そしていち早く反応しそうになった重吾らやシアをすぐにハジメ達は手で制し、恵里もお仕事終わりのデートのためのお小遣いが減るのに内心ゲンナリしながらも取り出した財布の中身を探る。不要なトラブル回避のためにもここは大人しく従った――フリをして、どこかで洗脳でもした方がいいと考えたからだ。

 

「とりあえず私が持ってるのはこれぐらいでして……後は皆からお金を集めますので、少々お待ちになって――」

 

「いえいえまだあるではないですか――このフューレンで買って帰る商品の代金が」

 

 悪意をもうわずかたりとも隠さなくなった相手に、恵里は内心ため息を吐きながらもどう対応するべきかと考える。ここで仮に向こうに金を渡さなければ時間稼ぎをされて背後にいる組織と連絡を取られるだろう。

 

(……まったく。有り金出さなきゃかなりの数に囲まれるだろうし、やったらボクらの正体がバレる。仮に洗脳したところで相手が不審な気配に気づいたら何を仕掛けてくるかわかんないな)

 

 無論そこらのごろつきなどオマケで来た重吾達であっても余裕で倒せる。だがそんなことをしようものなら後が絶対に面倒になる。自分達が何者かを喧伝するようなものだからだ。そこでふと洗脳に踏み切った後でも起きるであろうアクシデントに恵里は頭を抱える。

 

(……いや、仮に金を全額渡して後で回収してもいいけど、それで戻したら戻したで面倒くさそう。ていうか現時点でクズどもに目をつけられてんだし、何やったところで向こうが最高のタイミングで襲い掛かってきそう……八方ふさがりだなぁ)

 

 この後起こるであろうことも幾らでも思い浮かんだし、仮に有り金全部払ったところでこの積み荷を売り捌いた後で襲撃のひとつでも仕掛けてくるだろうことは容易に想像がついた。そうでなければこんな真っ昼間から堂々とカツアゲなんてしないはずだからだ。

 

“永山君、野村君達も抑えて。ここで暴れるのはマズいよ!”

 

“わかってる……わかってるけど、あぁっ! トータスの奴らはどいつもこいつも!!”

 

“こんな世界、守る価値なんてあるのか……”

 

“もう最悪……どうしてこんな人達なんて守ろうと思ったんだろ”

 

“うん……もう逃げたい。誰にも迷惑かけないところで過ごしたいよ”

 

“落ち着いて。辻さんも吉野さんも落ち着いてよ!”

 

 重吾達も“念話”で不満を爆発させており、ハジメや鈴らがなだめているがどこまで効果があるかは不明だ。“念話”でそれを爆発させている分まだ分別がついていると恵里は考えたが、状況が悪いことには結局変わりない。

 

“どうすんだ先生。それに皆も。俺としては全員ブチのめしてやっぱ無理でしたー、って畑山先生に言っとけば大丈夫だと思うんだけどよ”

 

“このままだと入ることも無理そうですもんね……礼一さんの言った通りでも悪くないと思いますよ”

 

“デートがパーになるけどな。正直、大人しくしてられる自信ってのがねぇし、洗脳でも何でもしてとっとと済ませちまおうぜ”

 

 礼一は既に臨戦態勢になっており、シアも消極的ながらも彼の意見に賛成している。良樹もまたそれを止める気配が無い。こうなったらいっそ()()叩き潰して帰ってしまおうかと考えていると、ふと前方でざわつく声が彼女達の耳に届いた。

 

「今は受付の最中です。フューレンを出る申請は向こうでやってください」

 

「いえいえ。こちらとしてもそうはいきません。大事なお客様をお迎えに上がったのですから」

 

「私達は()()()手続きに従って作業を行っています。まだそれが終わっていませんのでお引き取りを」

 

 前の方に視線を向ければ、冒険者らしき装いの人間を何人も連れた身なりの良い男が門番と言い争っているようだった。『お客様』という単語を聞き、まさかと思っているとあちらと目が合った。そこでニコリと微笑む男を見て恵里達はすぐに理解する。あの人間は少なくともこの場においては間違いなく味方であると。

 

“恵里、行ってくる”

 

“うん。任せて”

 

 “念話”で全員に断りを入れると、ハジメはすぐに“気配遮断”を使って御者台から例の男の方へと向かっていった。やっぱり頼りになる彼に鈴と一緒に改めてときめくと、恵里は鈴と協力して時間稼ぎにかかった。

 

「それで? どうされるのですか? いくら心強い護衛の方がいても何が起きるかわかりませんよ? 判断は早い方がいいかと」

 

「そうですよねー。それは私も心配してるんです。けれど大切なお金ですし……」

 

 向こうの騒ぎはこちらの兵士達にも伝わっており、言い方こそまだ丁寧ではあったものの露骨に催促している様子からあちらとしても都合が悪いのだと確信した。ならば少しでも結論を先延ばしにしようと恵里は隣の鈴にも声をかける。

 

「どうしよう? このお金は大旦那様から預かったものだよね。そんなお金に手を付けたら……」

 

「うん。私達も色々と言い訳が立たないですし、そればかりはどうか……」

 

「本当にいいんですか? この街に精通している私たちが守ると言ってるんですよ? 万が一のことがあったらどうするんです?」

 

 やはり焦っている様子だった。どうにかしてこちらから金をむしろうと話を持ちかけてきている。とっとと話を切り上げていれば良かったのに、と欲をかいた間抜けに心の中で舌を出しつつ恵里は迷うフリを続けた。

 

「私達の手持ちからいくらかでは駄目でしょうか? やはり宿代のことも考えると……」

 

「あぁ、それは心配しないでいいから。こちらの方で()()面倒見るから」

 

 そうして別の形で支払いを渋ってみると、今度はこちらをなめ回すように上から下へと視線を動かしてきた。虫が全身を這い回るような嫌悪感に思わず手が出かかったが、自分の左手を掴んできた鈴のおかげで恵里は思い留まることが出来た。

 

(……よくも鈴をこんな目に遭わせたな)

 

 ほんの一瞬、殺意が漏れそうになったがここで下手を打ったら何もかもが御破算になる。震える鈴の手を取り、そっと手を添えながら恵里は再度時間稼ぎに奔走する。

 

「流石にそこまでお世話になる訳には……」

 

「いやだから素直に従っておけって。ったく、商人のクセに物分かりってもんが悪いな」

 

「へぇ。誰の何が悪いんですか?」

 

 そうやってのらくらとやり過ごしていると、例の男達を連れてハジメが戻ってきた。他の兵士は憎々しげにこちらを見つめており、おそらくもう手出し出来なくなったのだろうと恵里は察する。

 

「あ?……悪いけどな、今は俺と話して――」

 

「商業ギルド、それと冒険者ギルドを敵に回す気ですか?」

 

 身なりの良い男が兵士にそう告げると、脇に控えていた冒険者達はそれぞれの得物に手を置いた。その剣呑な目つきから発せられる圧は紛れもなく敵意であり、必要とあらばそれを抜くこともためらわないといった具合だ。その様からは歴戦の戦士の風体を感じさせられており、彼らからの視線に思わずその兵士はたじろいでしまった。

 

「嫌ですねぇ。私はあくまでこのフューレンを守る兵士ですよ? 有事に真っ先にかけつける人間にどうしてそんな目を――」

 

「へぇ。そんな“目”ですか」

 

 だが兵士の方もたじろぎはしたものの、それでもどこか強気な様子でそう言い返す。今度はハジメがその兵士にスッと近づき、彼の耳元でささやく。

 

「――あの二人に何をした?」

 

 ハジメの一挙手一投足に常に意識を向けている恵里とちょくちょく意識を向けている鈴だけが彼が何をささやいたかを理解した。彼は自分達のために怒ってくれているのだ。見れば兵士はいきなり大量の脂汗をかいており、何歩か後ずさりながらハジメの方を見ていた。

 

「ぅ……ぁ、ぁぁ……」

 

「あの二人は僕の大切な人なんです――目に余るような行為は、慎んでいただけますか?」

 

「「ハジメくん……」」

 

 彼の表情は笑顔でこそあったものの、間違いなく本気で怒っていた。きっと自分達を見て何があったのかを察し、そして元凶である兵士に声をかけたのだろう。自分達をそこまで大切に思ってくれている、自分達を守ろうとしてくれるハジメに恵里も鈴も心がキュンキュンとしてしまっていた。

 

「――やはり、敵対は避けるべきですな」

 

「えぇ、あれは……」

 

「流石は支部長が認めた人間か……」

 

 だからこそ自分達に助け舟を出してくれた彼らのつぶやきには気づけなかった。既に自分達の正体が何なのか、うっすらと感づいていた様子の二人と既に知っていた身なりの良い男に。

 

「さて。話はついたようですし、彼らを通して下さっても構いませんね?」

 

「……了解、しました」

 

 話は終わったとばかりに身なりの良い男が他の兵士にそう伝えると、すぐに兵士達は道を開けて馬車が通れるように取り計らう。やはり既に他の兵士の()()は終えていたようで、これ以上何か妨害をすることもなく恵里達は助け舟を出してくれた三人と一緒にフューレンの門をくぐっていく。

 

“なぁ。さっきあの三下の奴が吐き捨ててたよな”

 

“これで終わったと思うなよ、ですよね? 私のウサ耳もウサッと反応しました”

 

 なおその際耳ざとい良樹とシアが兵士の一人のつぶやきを耳にしていたらしい。そのことをこっそり恵里達に“念話”で伝えてくると、やっぱりかと誰もがため息を吐く。

 

“アイツらのバックに裏組織がいるからだろうね。ただの使いっ走りのクセにさ”

 

“……今回の一件で裏組織を潰す理由が出来たよ。絶対に一人も逃がすもんか”

 

“……ありがとう、ハジメくん”

 

 心底面倒とばかりに恵里がつぶやけば、ハジメは心底はらわたが煮えくり返った様子で悪党どもの撲滅を誓う。そんな様子のハジメに鈴は軽く怯えこそしたものの、再度御者台に戻った彼の手を握ってそう伝えれば彼もまたすぐに落ち着きを取り戻した。

 

「……ごめん、鈴。僕、また……」

 

「いいよ。鈴は大丈夫だから」

 

 その直後すさまじい自己嫌悪に苛まれるハジメに鈴は微笑みを返す。それだけで救われた気がしてハジメはそのまま鈴を抱きしめ、彼女もまた抱きしめ返した。そしてそんな幸せそうな二人を横で見ていた恵里はほっぺを膨らませていかにも『怒ってます』といった様子で二人を見つめていた。

 

「……むー。鈴ばっかズルい」

 

 ハジメが自己嫌悪したのも鈴がそれを許したのも、香織から聞かされた話――自分がトータスに来て早々エヒトに連れ去られていなくなった時のことだということは想像がついた。が、自分はともかくハジメと鈴だけの秘密があるというのはいただけなかったようで、『ごめんね』と謝ったハジメの胸をポカポカと叩いていた。

 

「いやハジメ、マジでおっかなかったな……そこまでキレるなって」

 

 その一方、荷物スペースにいた礼一はハジメが唐突にキレたことに苦笑を浮かべていた。どうしてそうなったかということは外から聞こえて来た声やハジメがキレた時のパターンから何となく推測は出来た。けれどもそこまでやるもんだろうかと口を滑らせたのだ。その発言にまず良樹が反応した。

 

「いやー、キレるだろ。多分中村と谷口のことやらしい目で見たんじゃねぇの? 知らねぇけど」

 

「あのー、良樹さん。私だったらどう、でしょう?」

 

「いや、そりゃ……言わせんなよ、ったく」

 

「それってアレですか。『俺の女に手を出すな』ってヤツですか? そうなんですか? そうなんですよね!」

 

 当てずっぽうで正解を叩き出した良樹の腕をシアがクイクイと引くと、突然期待交じりでそんなことを問いかけてきた。そしてそんな質問を振られた良樹は段々と顔を赤くしていき、遂にはそっぽを向きながら答えたものだからシアのテンションは一層輝きとウザさを増した。見事なまでのウザウサギっぷりに思わず独り身の礼一と重吾はゲンナリしてしまう。

 

「多分そうなんだろうな……俺だって、綾子と真央にそんな目を向けてくる奴がいたら耐えられるかわからないし」

 

「「健太郎くん……」」

 

 一方、野村の方も恵里と鈴がそんな目に遭ったことを推測し、両脇にいた二人の手をただギュッと握る。名前呼びで自分達を大切に思ってくれる彼に辻も吉野も感激していた。

 

(全く、わからないものだ)

 

 ――恵里達が各々リアクションをとっている中、ゆっくりと進む馬車と並んで歩いていた男は考える。商業ギルドの遣いとして、そして興味が湧いた彼らを出迎える目的で入場ルートの近くに陣取っていたのだが、その彼らの人となりが自分が予想したものと大分違ったからである。

 

(“破槌”のポルトに“瞬断”のクイン。彼らは未だ警戒を露わにしているというのにどこか浮ついているようにしか見えない……先程のあの感覚は本物かと思ったが、買いかぶりだったかもしれんな)

 

 既に“彼ら”の素性を男は冒険者ギルド経由で知っていた。しかしギルドから護衛としてつけてもらったランク“黒”と“銀”を含む冒険者達が未だ警戒しているのに対し、彼らはのんきな様子を見せている。

 

「では皆様、これから私が案内いたしますのでついてきてください」

 

 そんな“神の使徒”とやらに軽い失望と侮りを抱きながらも、それはそれとして仕事が優先だと打ち合わせの場所へ案内することを目の前の子供たちに伝える。彼らも『はーい』といい返事を返すが、そこで御者台に座っていた少年が男にあることを尋ねた。

 

「あの、そういえばお名前をうかがってなかったんですけど。えっと僕は……」

 

「みなまで聞かずともわかっていますよ。確かレンさんでしたね?」

 

 レン(ハジメ)の質問に男は心の中に抱いた思いをほんのひとかけらもさらすことなく、人当たりの良い笑みを浮かべながらそう尋ね返す。するとレン(ハジメ)の方も一拍遅れて『あ、はい』と返したのを聞いてから彼からの質問に答えた。

 

「私、商いをしておりますモットー・ユンケルと申します。何卒、よろしく」

 

 ――短い付き合いでしょうがな。

 

 心の中で漏らした侮蔑を一切悟らせないままモットーは子供たちの方を振り向いて営業スマイルを浮かべたのだった。

 

“そういえばここらうろついてる奴らどうすんだ? 叩き潰していいのか?”

 

“ゴミどもは全員そうしたいところだけどね。でも中途半端に手を出しても絶対終わらないよ”

 

“後で畑山先生含めて説得しよう。金輪際こんな奴らが現れないためにも”

 

 ――彼が侮った子供こと恵里達は周囲にいた無数の人間、それも自分達に敵意を向けている相手に気付いてあえて見逃していることに気付かないまま、この程度など余裕で切り抜けられるような状況に身を置いていたということに終ぞ気付かないまま。




おまけ~少女達と寝ぼけまなこの少年

「えっと、その……し、信治さ~ん。起きて~、起きてくださ~い……」

「ん、んんっ……」

 聞き覚えのある声に軽く反応しながらも信治は寝返りを打った。親友達と一緒にオルクス大迷宮を突破していく際に彼もまた早寝早起きが習慣づいてしまったのだが、ここ数日徹夜していたこともあってかまだ眠り足りない様子だった。こうして朝日が差し込むほど日が高くなってもまだベッドで横になったままである。

「ヘリーナ、どうしましょう。し……中野、さんが起きてくれませんけれど」

「ここ数日のことを考えれば仕方ないかと。中野様も少々無理をなさっていたご様子でしたから」

 “女性”として意識している二人の少女がアレコレ話をしていることにも気づかぬまま、彼はまだ眠りを貪ろうとして再度寝返りを打つ。だがその顔は先程まで終わらない()()にうなされていたものと違って、どこか穏やかなものに変わっていた。

「そうですよね……中野さんにはとても助けられました。書類のチェックや仕分けをしてくださったおかげで大分助かりましたから」

「えぇ。不慣れなご様子ながらも中野様はリリアーナ様のために尽力されてましたから……朝食は後で私が用意しておくとして、私も仕事に戻ります。リリアーナ様はしばらく休んでいてはいかがでしょうか」

「いえ。サウスクラウド商会で目を通しておいた方がいい書類も残ってますし、朝食の前に済ませておきます」

 自分が慕う少年にどこか熱のこもった視線を送る少女と、沸き上がる感謝とそれとは別の感情を胸の内に留めておくメイドはそれぞれやるべきことをしようと名残惜しくもこの場を離れようとする。だがそんな時、彼のつぶやきが二人の耳に入った。

「ひめ、さん……リリアー、ナ。ヘリーナ……んっ」

「「っ!」」

 すぐに意識を彼の方へと向ければ、まだ目を閉じたまま眠っている彼の姿がそこにあった。ただの寝言だったらしく、まだ彼は起きる様子を見せない。

「寝言、ですね……」

「寝言、でしたね……」

 不意に漏れただけのものとはいえ、二人の少女は胸の高鳴りを抑えることが出来なかった。いつも『姫さん』、『ヘリーナ』と呼ばれているのに今この時だけは彼の顔から眼を背けることが出来なくなっていた。

「……リリアーナ様、まだその書類は急いで処理する必要はありませんでしたよね? しばらくはここに残っていてもよろしいのでは?」

「そ、それを言うんだったらヘリーナも! た、たまには他のメイドに朝の仕事を任せてもいいと思いますが!? わ、私は信治さんの負担を減らすためにもやった方がいいですし!」

「いえいえ。量もそこまで多くはなかったはずです。いくら中野様に気に入られているとはいえ、仕事をおろそかにしたら他のメイドに軽んじられてしまいます。ですから私は仕事に――」

 そして起きてしまった謎の譲り合い。お互い自分『は』仕事に戻ると言い合い、とにかく相手を彼のそばに置いておこうと気を遣い合っている。

「うる、せぇなぁ……んだよあさっぱらから……」

「っ!……ご、ごめんなさい信治さん……」

「あっ……申し訳ありません。中野様」

 そうして熾烈な譲り合いをしていると件の少年はベッドから起き上がって彼女らに向き合った。二人はすぐに謝罪するも、そのままこちらへと体を倒してきた少年に軽く困惑してしまう。

「あの、信治さん……? あの、ベッドに戻って――」

「中野様、しっかり。もう少し眠られては――」

 二人で抱き合う形で受け止めたことで、彼は床に頭を打ち付けずに済んだ。まだ寝ぼけた様子からもう少し寝かせてあげようとベッドに戻そうとした時、彼にそのまま抱きしめられて二人とも動きが止まってしまった。

「あ、あのー……信治、さん? そ、その、わ、私としては幸せなんですけど、えっと……」

「信治……中野様。そう密着されては私どもは身動きが……」

「リリィ、ヘリーナ……」

 寝ぼけた状態とはいえ抱きしめられ、耳元ではないといえど自分達の名前を甘くささやかれた。それだけでもう二人から何かをしようという気は奪われてしまい、ただ彼の一挙手一投足を見守ることに意識が集中してしまう。

「だ、駄目ですよ……? そ、その、こういうのはちゃんと閨でやるもので……」

「駄目、です……まだ日が高いですし、わ、私も心の準備が……」

「すき……ふたりが、すきだ」

「「――ッ!!」」

 そして更なる不意打ち。これにはリリアーナもヘリーナも頭の中が甘く痺れてしまい、彼が腕に少し力を入れて心地よく抱き込もうとしているものだからもう何をする気力も湧いてこなくなった。

「……たまにはお仕事、サボってもいいですよね? 急ぎの仕事ではありませんし」

「か、神の使徒である()()()に無礼は働けませんから……仕方、ありませんね」

「いいぜ……いっしょに、いろよ……」

 ……お互い言い訳をしながらもそっと彼を抱きしめる。心臓の鼓動だけが強くなり、頭の中は比例するようにぐちゃぐちゃになっていく。抵抗するどころか今この時間が永遠に続けばいいのにと思いながら二人の少女は彼の体温を感じ、頭の芯まで痺れる言葉を聞きながらただ時間を無為にし続けていた……なお、その日は()()ともマトモに仕事が手につかなかったりする。
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