あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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いつもの遅刻です(白目)

それでは改めまして拙作を読んでくださる皆様に盛大な感謝を。
おかげさまでUAも181152、しおりも421件、お気に入り件数も880件、感想数も653件(2023/9/26 18:41現在)となりました。本当にありがとうございます。いやー久々にすっごい伸びた気がします。

そしてhideさん、拙作を評価してくださり本当にありがとうございます。おかげさまでモチベーションが高まりました。感謝いたします。

今回の話を読むにあたっての注意点として長く(15000字足らず)なっております。久々の快挙だぜ(しろめ)

では上記に注意して本編をどうぞ。


幕間四十五 この夢に別れのあいさつを・破

 高さ二十メートル、長さ二百キロメートルのフューレンを囲む外壁の上を等間隔に並ぶ無数の影がいた。そして外壁の根元でも等しい感覚で、かつ外壁の上の倍の密度で並ぶ影がいた。

 

「さて。今のところは我が深淵より逃れんとする悪は欠片とも見当たらないが」

 

 その影すべての名前はコウスケ・E・アビスゲート――遠藤浩介本人であった。恵里達より早くフューレンに入り、“深淵卿”を発動することしばし。ようやく深度が最大にまで達した彼はこの外壁の上に、そしてその下に無数の分身を配置して不審な人間を見逃すまいと監視していた。

 

「如何なる闇も深淵からは逃げられぬ」

 

 その表情は大胆にして不敵。

 

「魑魅魍魎、悪鬼なれども逃れること能わず」

 

 その言こそ傲慢なれど真実。

 

「深淵の(てのひら)の上」

 

『さぁ我らに迫るならば其方の深淵を見せよ』

 

 本体分身関係なく全てがクルリとターンを決めて、それぞれ違うポーズで言葉を紡ぐ……恵里達の中で最強だと評された少年は今、実に香ばしくなっていた。そんな折、ふと地面から幾つもの気配を感知系の技能が掴む。

 

「ほぅ、成程。門扉から出られぬならば地の底か。頭が回る土竜もいたものだ」

 

 “熱源感知”、“魔力感知”が感じ取ったのは紛れもなく人間のもの。大方地下通路か何かを事前に用意し、そこから逃げているのだろうと浩介は考える。

 

「ならば情けは無用か――トータス式八重樫流忍術が奥義“没獄・壊々陸土(崩れ崩れよ蟻地獄の巣の如く)”」

 

 単に歩いているというよりは()()を運んでいるかのような速さで外壁の外へと出たそれへと向け、浩介は特に意味のない詠唱をしながら“崩陸”を発動する。その瞬間、人間と思しき幾つもの熱源の周囲一帯が流砂へと変貌し、動けなくなってただ地面へと呑まれていく。

 

「トータス式八重樫流忍術が一つ“結土・隆陸来来(大地は山にも谷にも変転する)”」

 

 続けて発動した土属性中級魔法“隆土昇”によって地面そのものを隆起させる。沈下した地盤を元に戻したり足場を作るのに使われる魔法により、“崩陸”で柔らかくなった地面から彼らを引き上げた。

 

「ぶはぁっ!……し、死ぬかと思った……」

 

「た、助けて……」

 

「怖ぇ……地面が、地面がぁ……」

 

 想像通りそこにいたのは何人もの人間であった。九死に一生を得たといった様子の彼らとその近くにあった箱を一度視界に入れた後、分身の一人が彼らの下へと近寄っていく。

 

「そうか。こうなったのも深淵の導きだな――答えろ。お前らの持ってる箱の中身は何だ」

 

 そして彼らの中で一番偉そうな人間に浩介は質問を投げかけた。何故なら今日は冒険者ギルドと保安署の要請によって入場受付を閉鎖してあったのだ。無論理由は裏組織の人間を一人であっても逃さぬためである。

 

「……ぇ? あ、いや、これは……」

 

 それを破ってわざわざこんな地下通路を通り、しかも幾つもの木箱を持って外に出ようとしていた。確実に訳アリだと判断した浩介からの質問に男は答えない。ただ言葉を濁して近くの奴らにアイコンタクトらしきことをしているのを見て浩介はため息を吐いた。

 

「やれやれ。それでは答えを言っているようなものではないか――トータス式八重樫流忍術が一つ“岩蛇・縛糸封(その鎖、蛇のように這い寄る)”」

 

「ぐぇっ!?」

 

「ひぎぃっ!?」

 

 “縛岩”によって不埒な輩を締め上げ、そのまま木箱のフタの部分を蹴って開けば幾つもの瓶がそこに入っていた。浩介はその中から一つを手に取り、屈んで一番偉そうな男へと再度問いかける。

 

「“コレ”は何だ? 言え。後ろめたいことが無いんだったら言え」

 

 軽く殺気を飛ばしながら問いかければ、脂汗を流して顔を青ざめさせている。やはり人様に言えないことかと思っていると、その男は卑しい笑みを浮かべて震えながら浩介に質問を返してきた。

 

「だ、旦那も人が悪いよな……ほ、欲しいんだろ? 俺達フェーゲフォイアー自慢のヤクがさ」

 

「……どんな効果だ」

 

「い、一発で世界の全ての幸せを手に入れた気分になれる最高の代物だよ!……な、なぁ。コレを売れば金持ちになれる。使えば幸せになれる。だ、だからよ、俺達と手を組んで一緒にいいコトしようじゃ――」

 

「――却下だ」

 

 案の定違法薬物の類であると確認できた浩介はためらうことなく“威圧”を発動する。見逃しはしない。ためらいはしないとその場で分身を増やし、この場にいた悪党どもを一人ずつ担いで運べるよう数を合わせる。

 

「ひ、ひぃっ!? ば、化け物……」

 

「……どっちが化け物だよ。人を食い物にするようなお前達の方がよっぽどだろうが!!」

 

 そして怒りを露わにすれば男どもは失禁し、ひゅーひゅーと呼吸を荒くしながら浩介達を見つめるだけであった。

 

「お前達はこの箱と一緒に連れていく。その罪をしっかり償ってもらうからな。覚悟しろよ」

 

「な、なめるなよ! ふゅ、フューレンにどれだけ俺達の仲間が残ってると――」

 

「そいつらも全員捕まえるに決まってるだろ――連れて行くぞ、俺」

 

 一切の容赦なく連行すると告げれば、輩どもは最後の抵抗とばかりに自分達組織のことを口にする。しかし浩介はそんな程度の低い脅しに一切屈することなく男どもを縛る鎖を掴む。そして見張り用にもう一人分身を増やした後、男どもを連れ去っていった。

 

「お前達を裁くのはフューレンの人達に任せる。けど、俺が絶対に逃がさない」

 

 そして一人残った分身が怒りを静かにたたえながらフューレンを囲む外壁へと視線を向ける――分身が持つ視界共有能力によって本来閉鎖されている入場受付から馬車が出て来たのが見えていたからだ。無論そちらにも分身を向かわせたし、また外壁を破壊して外へと出て来た奴らにも分身の何体かが対処に当たっている。

 

「頼むぞ、皆」

 

 分身も何体か恵里達への援護へと向かわせている。この街を蝕む悪夢が晴れることを祈りながら、浩介は悪を逃さぬ網として立ち続けるのであった――。

 

 

 

 

 

「ふざんけてんのか? アァ? てめぇ、もう一度言ってみろ」

 

「ひぃ! で、ですから、潰されたアジトは既に三十軒を超えました。保安署と冒険者どもに次々と襲われてます!」

 

「冗談じゃねぇぞクソがぁ!!」

 

「へぶっ!?」

 

 室内で、怒鳴り声が止んだかと思うと、ドガッ! と何かがぶつかる音がして一瞬静かになる。フリートホーフの本拠地で報告を聞いていた首魁のハンセンが下っ端を殴り倒したからである。

 

「てめぇら、何としてでもそのクソ共を生きて俺の前に連れて来い。生きてさえいれば状態は問わねぇ。このままじゃあ、フリートホーフのメンツは丸潰れだ」

 

 ハンセンの号令と共に室内が慌ただしくなる。今開いているオークションで得た金を確保し、自分達に手を貸している保安署の職員全員をブチのめしてからこのフューレンを出るつもりであったのにそれを邪魔されたからだ。怒りに震えたハンセンは邪魔する輩を叩き潰すべく声を荒げて指示を出したのである。

 

「この街を出る前に奴らに生きたまま地獄を見せて、見せしめにする必要がある。連れてきたヤツには、報酬に五百万ルタを即金で出してやる! 一人につき、だ! 全ての構成員に伝えろ!」

 

 殴り倒された奴以外の下っ端はその指示を受け、組織の構成員全員に伝令するため部屋から出ていこうとしている。だがそれは叶わなかった。何故なら――。

 

「ていっ!」

 

 下っ端がドアノブに手をかけたその瞬間、金属の塊が扉をブチ抜いて吹き飛ばしたからだ。

 

「なっ!?」

 

 ドアノブに手を掛けていた男はその衝撃で右半身をひしゃげさせ、そのまま壁に叩きつけられた。更にその後ろの者達も散弾とかした木片に全身を貫かれるか殴打され、一瞬で満身創痍の有様となり反対側の壁に叩きつけられている。死屍累々といった有り様となっていた。

 

「やっぱりここでしたね……ってうわっ。ちょっと、やりすぎました?」

 

「だな。まぁそこの奴らは……とりあえず谷口か白崎の奴に“聖典”使ってくれるよう頼むか」

 

「あ、はい……そう、ですね」

 

 その一方、下手人であるシアは自ら作ってしまったショッキングな光景に軽く引いてしまい、隣にいた良樹もひとまず“念話”で鈴と香織に打診する。目的はあくまで『裏組織の人間の捕縛』であり、抹殺ではなかったからだ。

 

 とりあえず扉を壊そうということで良樹と話をし、じゃあ訓練ついでにやってみろよと焚きつけられて鉄槌を振るった結果、その扉が爆砕。しかも扉の前にいたであろう人間が冗談みたいに吹き飛んで反対側の壁でひしゃげてしまっている。しかも幹部か何かっぽい男は目を見開いたまま硬直している始末。

 

“あーあー、谷口、白崎。聞こえるかー? ちょっと“聖典”使ってくれねぇか?”

 

“何かやらかしたの? まぁいいけど”

 

“えっと、誰か死にそうになってるんだよね? わかった! 任せて!”

 

「……てめぇら、保安署と冒険者のカスども……いや、その容姿……反逆者じゃねぇか!」

 

 とりあえず良樹が虚空に視線を飛ばしていることから鈴と香織に“念話”を飛ばしているだろうとあたりをつけていると、当の目を見開いていた男が素早く武器を取り出して構え、ドスの利いた声でこちらに声をかけて来た。

 

「あ? それがどうしたってんだよ」

 

 よりによって悪党に惚れた人を反逆者扱いされたことにシアも内心ちょっと怒ったものの、だからなんだと良樹が呆れた様子で尋ね返せば向こうは侮蔑に満ちた視線を向けてきた。

 

「ノコノコこんなところに出てくるたぁめでてぇおつむだ。おい、今すぐ投降するならそこの亜人ともども命だけは助けてやるぞ? まさか、フリートホーフの本拠地に手を出して生きて帰れるとは思って――」

 

「“風球”」

 

「グギャアアア!!!」

 

 なおその舐め切った相手への返事は幾つもの風のボールだった。良樹が放った風の弾丸を食らい、錐揉みしながら背後の壁に激突。絶叫を上げながらうずくまる様にシアも軽く溜飲が下がった。

 

「お、こいつは」

 

「うわぁ……刺さってる木片が抜けてる。鈴さんか香織さんかわかりませんけどすごすぎません?」

 

 その後光の波紋がこの場を駆け抜けていくのを見て、鈴か香織のどちらかが発動した“聖典”を二人は確認する。ひしゃげていた男の体も、飛び散った木片で体を貫かれたり傷ついた人間の傷も元通りに修復されていく。ひとまず大けがした人が死ぬことはなさそうだと思っていると、ふと下の騒がしさと幾つも迫ってくる足音に二人の意識が飛ぶ。

 

「っと、早くコイツら縛り上げねぇとだな。“縛岩”」

 

「お願いします良樹さん。今から来る人達は私が相手をするので」

 

 そう言いながらシアは先程使った鉄槌を宝物庫にしまいこみ、インファイトスタイルで迎え撃つことを決める。直後、何人もの悪漢が部屋へとなだれ込んできた。

 

「亜人の女がよぉー! 黙って俺らのものに――」

 

「せいっ!」

 

「ぐえっ!?」

 

「はぁーっ!」

 

「ぎゃぁああぁあ!」

 

 鉄槌よりもまだ加減が効く拳で相手を次々と打ちのめしていく。“身体強化”を抑えて顔面、下あご、みぞおちに次々とボディーブローを入れ、時には回し蹴りで横に吹っ飛ばす。十人も叩きのめせば、真っ向からシアに突っ込もうという気概を持った奴はいなくなっていた。

 

「どうしました? 亜人の女がなんですって?――簡単に倒せると思ったら大違いですよ」

 

 戦える。化け物染みた何人もの師匠に何度となく叩きのめされていた日々はやはり無駄じゃなかった。そのことを改めて実感しながらシアはクイクイと手を動かして挑発する。

 

「おし。シア、こっちも終わったぜ」

 

「わかりました良樹さん――じゃあ行きましょうか」

 

「だな。行こうぜ」

 

 そして不敵な笑みを浮かべながら二人はフリートホーフの本拠地で暴れまわる――本拠地入口でワラワラと出て来た構成員を相手にせざるを得なかった保安署と冒険者の指示を無視し、突入して全員確保した二人が叱られるまであと五分。

 

 

 

 

 

「……やっぱり厳重だね」

 

 同行している皆と一緒に建物の陰に身を潜めた奈々がつぶやく。現在幸利は同じ班に割り振られた優花と奈々、ハウリアの二人と職員らだけでなく、礼一、信治、重吾、ハウリア二名+αの班と合流して物陰から次のポイントをうかがっているのである。

 

「ホントそうよね。どれだけ入られたくないのかしら」

 

 そうつぶやく優花が向けた視線の先にあったのは、今もフューレンで経営を続けていられる劇場の一つである。だが調査員によってここは闇のオークション――貴族相手に人身売買が行われている場所の会場でもあることが判明していたのだ。

 

「当たり前だお前ら。ここはオークションの会場なんだぞ」

 

 しかも入手した情報が本物だと示すようにこの建物の入口には二人の黒服に身を包んだ巨漢が、周辺を何人ものごろつきや冒険者崩れと思しき人間がうろついている。彼らがこの会場の警備にあたっているとこの場にいた全員が考えるのも無理はなく、奈々と優花の発言を保安署の職員の一人がとがめるのも自然ではあった。

 

「あ、はい……」

 

「あんまり奈々を叱らないでやってくれ……ま、ここまで集まってたら親切に教えてくれてるようなもんだけどよ」

 

「ナナ、気にしなくっていいわ」

 

 奈々は申し訳なさそうにうつむくも、幸利は優花と一緒に言葉にかけた。そんなことで気に病むなと思いながら言葉をかければ、少しホッとした様子で奈々は自分達を見つめてくる。その一方で奈々を注意した職員はもう興味が失せたかのようにただ目の前の建物へと視線を向けていた。

 

(ったく、俺達はエヒトの野郎に言いがかりつけられた方だってのに……まぁいい。最悪コイツら抜きで動けばいいからな)

 

 そのことに幸利は軽く苛立ちを感じはしたものの、それを腹の中にしまいこんでどう動くかに頭を使う。一応職員や冒険者にも自分達が考えた作戦を立案するつもりではあるが、この調子だったら放置しようとも考えていた。

 

「建物の裏はどうなってる?」

 

「駄目だな。どこへ行っても」

 

「二階の窓からも人が見える。たとえ屋根の上に登っても見つかる可能性が高いぞ」

 

「……どうする? このままだと侵入出来ないが」

 

 そうしてどうやって侵入するかについて職員や冒険者達が小声で話し合う中、自分達の班と合流した重吾もかなり悩んでいる様子でこちらに視線を向けてきた。

 

 保安署の職員達が話し合っている通り、裏手に回るのも屋根の上に登るのも現実的ではない。かといって馬鹿正直に真っ正面から突っ込めばすぐに自分達が来たことが伝わり、中にいる奴らが逃げ出すだろう。どちらにせよ作戦は失敗に終わるのが目に見えている。

 

「……俺ごときが頼み込めた義理じゃない。だが、アイデアか何かないか。それこそ前に披露したあの流砂の奴でもいい……どうか、やってくれないだろうか」

 

 声を絞り出しながら頼み込んできた重吾を見て幸利も思わずため息を吐きそうになった。もうとっくに過ぎた事だし、あの手ひどい裏切りを思い出せば敵意を抱き続けるのも流石に難しい。どうしたもんかと思いつつも幸利は友人達と一緒に準備を進めて行く。

 

「おし。装着かんりょー、っと」

 

“俺は“堕識”で奴らの意識を奪う。信治と優花は“錬成”を使って侵入経路を作ってくれ”

 

“わかったわ”

 

“おう。任せろ”

 

 宝物庫から取り出したガントレットを装着し、ニッと笑みを浮かべながら信治は幸利の方を見やった。対する幸利も保安署の職員と冒険者以外に伝わるよう“念話”で指示を出していく。その中にはもちろん重吾も入っていた。

 

「お前達……」

 

“どうして“念話”が聞こえるか、だろ? ま、察してくれ。そっちも貴重な戦力だからな”

 

 “念話”は繋ぐ相手を選ぶことが出来る。だからそっちも“仲間”としてカウントしていると暗に伝えれば重吾が気づくのに時間はかからなかった。だがそれと同時に困惑してしまった彼に“念話”で声をかける。

 

“言っておくけど俺達はもうお前らを恨んじゃいねぇよ。そこまで暇じゃねぇんでな”

 

“だ、だが……俺は、お前達を……”

 

“知るか。礼の一つも言いたいんなら後で光輝にでも言っとけ”

 

 どこか怯える様子の重吾を見て、まだ自分達への引け目が消えてないんだろうというのを感じつつも幸利はそう返す。そんなことよりも目の前のことの方が遥かに大事であったからとやや強引に話を切り上げる。

 

“罪滅ぼし、って言うんだったらそれでいいぜ。ま、そう簡単に返せると思うなよー”

 

“おい礼一、ったく……あんま気にするなよ。一応冗談のつもりで言ってるからな”

 

“……あぁ”

 

 こちらがこっそり話をしているのに気づいた礼一が茶々を入れてきたが、本気だと思われないよう幸利はフォローを入れる。その言葉が届いたかどうかは知らないが、重吾はゆっくりと深くうなずいて返してくれた。

 

「大丈夫ですよ重吾さん。やってしまったことはこれから挽回していきましょう」

 

「そうです。幸利さん達はもう気にしてない様子ですから」

 

「……ありが、とう」

 

 その後すぐに同行していたハウリアからも声をかけられた重吾を見て、もう大丈夫かと考えた幸利は職員らに声をかけた。

 

「あー、すいません。良かったら俺達でどうにか――」

 

「反逆者は黙っててくれ」

 

「お前達などアテにはしていない。いいか、私達はお前達の監視も仕事の内に入っているのだからな」

 

 仲間全員の準備は既に完了している。後は職員と冒険者に提案するだけだったがけんもほろろに断られてしまい、ならもう従う必要は無いかと即座に見切りをつけて()()()に視線を向ける。

 

“んじゃ作戦開始だ。さっき指示した通り信治と優花は“錬成”で地下まで道を作ってくれ。礼一と永山は前衛、奈々と優花が後衛で先に侵入。ヨルとミンもついていってくれ。俺は()の奴らに“堕識”ブチこんで連れていく。タムとポーは意識を刈り取った奴の拘束を頼む”

 

 その言葉に優花、礼一、重吾、奈々とヨル、ミン・ハウリアはうなずく。が、タムとポー・ハウリアの二人はちょっと悲しそうな顔をして幸利を見つめていた。

 

“わかり、ました……手を取り合えないのは残念ですが、致し方ないですかね”

 

“悪いな。ハウリアみたいに皆が皆分かり合えるって訳じゃねぇんだ”

 

“我々ハウリアも他の亜人とは仲良く出来てる訳ではないですからね。それを考えれば仕方ないです”

 

 タムとポーが残念そうにつぶやいたのを聞き、彼らをなだめつつも向こうにも色々とあるんだなと幸利は軽く同情する。だが今すべきことに意識を向け、仲間全員を見回した。

 

“そんじゃ作戦開始と行くぜ”

 

 開始を告げれば優花達全員がうなずいて返し、幸利は少し離れたところでこちらをいぶかしげに見ている職員の方に顔を向けた。

 

「一旦本部に戻って劇場周辺に人を集めるよう打診しよう」

 

「だが他の班の協力を得られるか? 拠点潰しが終わった奴らがいるとは到底――」

 

「どうした貴様ら? 私達に何か――」

 

「“堕識”」

 

 魂魄魔法を覚えたことで、その派生である闇系魔法の“堕識”を使えるようになった幸利はためらうことなくその力を振るう。ムスッとした顔でこちらに声をかけようとしてきた冒険者の意識をまず奪い、すぐに他の職員と冒険者も意識を飛ばしていく。

 

「――モガッ!?」

 

「うぅ、申し訳ありません。私達がもっと力があって、頼れるんだったら……」

 

「――ムグッ、グゥ……」

 

「これもまた罪か……フッ、あまりにも重いな」

 

 闇黒色の明滅する球体がしっかり仕事をしたその隙に、タム・ハウリアとポー・ハウリアはやや演技がかった言い方で懺悔しながらも縄を取り出して冒険者らを縛りあげていく。口元までしっかり縛っていく様は見事ではあったが、大して親しくも無い相手にそこまで罪悪感を感じるもんか? と見ていた信治達共々軽く呆れてしまう。

 

「えーっと、その、地下までの道、開いたわよ」

 

「とりあえずソイツら担いできてくれ。とっとと行こうぜ」

 

「……おう。んじゃタム、ポー。コイツらをとっとと運ぶぞ」

 

 見れば優花と信治は地下までの道を既に用意してくれており、幸利は返事をするとすぐにタムとポーに目配せをする。今頃は夢を見てるであろう計六名の冒険者と保安署の職員らを二人のハウリアと分担し、両肩に一人ずつ担ぎながら幸利達は礼一らの後を追っていく。

 

「よし。これで穴は埋め終わったぜ」

 

「それでどうするの? ここに置いてく訳にはいかないでしょ?」

 

「まぁな。これから協力してもらうよ……駄目だった場合は、後で考える」

 

 そして巡回しているごろつきに見つかる事無く無事地下にあった下水道へと侵入出来た幸利は、適当なところに担いでいた奴らを下ろし、こちらをにらんでいる一人の口を塞いでいる縄を下へとズラしてやった。

 

「貴様ら……こんなことをしてタダで済むと思うなよ」

 

「あそこで下手に騒がれるとマズかったからやらせてもらったんだ。それに、俺が提案しようとした時ノータイムで却下しやがっただろうが。それを忘れたとは言わせねぇぞ」

 

「黙れ……お前ら反逆者ごときが口答えするな。トータスを混乱に陥れたゴミどもめ……!」

 

 こちらに敵意を向けて来た冒険者の意見も尤もではあったが、そもそもこっちの意見をにべもなく切り捨てただろうと幸利は言い返す。しかし減らず口は全然収まる気配を見せないことから軽くイラッときた幸利は念のため他の職員や冒険者全員を一瞥する。

 

「……俺達とマトモに話し合う気はねぇんだな?」

 

「大罪人ごときが口を挟むな!……やはりお前達を参加させると見せかけて、俺達で捕まえるべきだった!」

 

「そうかよ――コイツは使いたくなかったんだけどな」

 

 さっきから口が減らない男と同様に他の面々も自分に敵意丸出しの視線を向けてきている。このままだと埒が明かないと判断した幸利は宝物庫から首輪を取り出し、それをすかさず口やかましい冒険者の首へと着けた。

 

「貴様、なにをををををををををををををををををををををををををををををををををををををををををををををををををををををををををををををををををを」

 

「悪いな。コレ、保安署で色々情報を話してくれた奴も着けてた特製の奴なんだよ――効果はすぐにわかるぜ」

 

 幸利が取り出したのはあの洗脳効果のある首輪であった――実はこれ、今回の摘発を前に恵里とハジメが必死になってこしらえたものである。作戦の実施日が近かったため、ハウリアを除いて一人頭十個程度しか用意できなかったが効果はてき面。

 

「貴様さまさまさまさまさまさまさまはなははなしあいあいあいあいあい――すいませんんんぅ! ()()が悪うございましたぁ!」

 

 いつぞやの城で反旗を翻したメイドやら兵士やらが身に着けたものと同等の効果を遺憾なく発揮し、見事に()()。首輪を身に着けた冒険者の変貌ぶりに五人の冒険者と職員らは大きく目を見開く。

 

「いやー自分アホウでした。反ぎゃ……えっと、そちらがちゃんと話し合おうって言ってくれてたのに。許してなんてそんな馬鹿な事は言いません。だから自分、働きで改心したのをしっかり示させてもらいまぁす!」

 

 着けた途端に一人称やらテンションやらが変わってしまうのも健在なこの首輪の効果を見て職員らは一気に血の気が引いた。これはヤバい。下手なことを口にしたらこうなる可能性が高いと理解した。あの変なしゃべりのごろつきはコレが原因でおかしくなったのかということを理解させられてしまったからである。

 

「お、おう……か、構わねぇぜ。」

 

 なおその下手人である幸利と他の仲間らもその変貌ぶりにやはり引いていた。幸利らは一応経験自体はあったがやっぱり驚きや罪悪感を感じない訳ではないし、全ハウリアに至っては身を寄せ合って体を震わせる始末であった。

 

「あざまーす!――さぁみんなぁ! この首輪着けて心入れ替えよう! きっと皆さんが許してくれます!」

 

 キラキラ笑顔でヤバいことを言い出した冒険者の男を見て、縛られた五人は涙を流しながら何度も何度も必死に首を横に振っている。絶対に身に着けたくないとばかりに救いを求める視線を向けられ、幸利も頭をかいてため息を吐く。

 

「……まぁ、俺らに協力してくれるんだったら着けねぇからよ。それは安心してくれ」

 

 それを聞いて縛られた奴らは幾度も首を縦に振った。これだけやれば流石に効いただろとハウリアに目配せをして一緒に縄を解いていく。

 

「貴様は危険だ! 今この場で――」

 

「おっとてがすべったぁー」

 

「タイホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホミーをタイホザぁ~ンス!」

 

 ……なお、幸利本人が縄を解いた際に不幸な事故が一度だけあった。それを見た優花達は手で頭を押さえ、ハウリアの皆も気まずそうに顔を背けるばかりであった。世の中ままならないものである。

 

 

 

 

 

「――さて、んじゃこっからは俺達の班と信治達の班で進むぞ」

 

 不幸な事故が起きてからしばし。騒ぎが収まったところで幸利はどう動くかについての話し合いをする。

 

 元の幸利、優花、奈々、タム、ポーと職員らの班と重吾、礼一、信治、ヨル、ミンに職員と冒険者の班で別れて行動するべきだと当人は訴えたのだ。その意見に反対する者は誰もおらず、保安署の人間も冒険者も()()()首を縦に振ってくれた。

 

「よし。なら俺達はこっち、礼一達はそっちの方に進んでくれ」

 

「おう」

 

「任せな」

 

「わかった」

 

「自分達にお任せをー!」

 

 目の前にある二つに分かれた通路の一方を礼一達に任せ、幸利達はもう一方の方へと進んでいく。

 

「……上にかなり人がいるな」

 

 そうして進んでいく中、ふと幸利達オルクス大迷宮突破組は幾つもの気配が上にあるのを技能によって感じ取った。オークションの会場か、それともそこで出される“商品”か。どちらにしても大打撃が与えられるのは確かであり、奈々達と共に足を止めるとすぐに幸利は指示を出す。

 

「優花、“隆土昇”で足場を作ってくれ。俺がガントレットで“錬成”を使って天井の穴をあける」

 

「いいわ。ちょっと待ってなさい “隆土昇”」

 

 すぐに優花はうなずき返し、天井まで続く足場を作る。“空力”が使えないハウリアや職員らのことも考慮して階段状に作っていくのを確認すると幸利は更に指示を出していく。

 

「そうやって目的のポイントに行くまで繰り返す。もし着いた先がオークション会場だったら――奈々、お前の魔法の出番だ。いいな」

 

「うん。わかったよ! ()()()!……あ」

 

 流石に殺すのは不味いが、中にいる悪党どもを無力化する必要はある。そこで奈々に白羽の矢が立ったのだが、その奈々は花が咲いたような笑顔で返事をする……が、ここで聞きなれない呼び方に幸利は思わず間抜け面をさらし、うっかりそれを口にした奈々はそれに気づくとみるみるうちに顔が赤くなっていった。

 

「え、えっと、今のは俺……だよ、な?」

 

「あ、あのね……その、えっと……」

 

 疑問を口にする毎にどこかむずがゆい感覚を覚えていく幸利だったが、奈々の方はその問いかけを受けても言葉が出てこなくてわたわたしていた。

 

「……ふーん」

 

「あらあら青春ザンスねぇ~」

 

「あ、いや、その……い、行くぞ皆! “錬成”っ!!」

 

 そしてそんな二人に優花がじっとりとした視線を向け、それに何とも言えない居心地の悪さを感じた幸利はその場から逃げるように階段を上って天井に穴をあける。その様をタム、ポー・ハウリア両名は微笑ましいものを見る目で見つめつつも、保安署の職員らの後を追っていった。

 

「――ユキ!」

 

“あぁ、この上だな! 流石に石じゃねぇみたいだがな!”

 

 そうして足場を作っては天井に穴をあけて上へと向かうこと数度、遂に一行は目的地の直下に辿り着く。

 

“やることは変わらねぇ! 優花、音は可能な限り抑えてくれ!”

 

「わかったわ “隆土昇”」

 

 上にいるのはオークションに出ている連中か商品扱いされている人間かまだ区別はつかない。ろくでもない客であることを警戒して幸利は“念話”で指示を出し、優花も声を抑えながら魔法をゆっくりと発動していく。

 

“幸っち、私が“破断”で穴をあけるから!”

 

 さてどうやって上へと行くかと幸利が思案した時、奈々が自分が穴をあけると提案してきたのである。

 

“やれるか?”

 

“もちろん! 上手くやるから!”

 

 “破断”は言うなればウォーターカッターのような魔法だ。水系の中級魔法のひとつであり、空気中の水分を超圧縮して撃ち放つという代物である。無数に増えた浩介との戦闘訓練でも使っていたそれならばこの天井を切り裂いてしまえるだろう。それを聞いて奈々に上手く穴をあけられるかと尋ねれば、自信満々にうなずいたのを見て幸利はニッと口元を吊り上げた。

 

“上にいる奴には当てるなよ!”

 

「もちろん――“破断”」

 

 かけた信頼を裏切ることなく奈々は手のひらから放った水の刃で一メートル程度の大きさの穴をこしらえる。途端に外からのざわめきが聞こえ、老若男女問わず困惑している様子の声からしてオークション会場の方だろうと幸利はアタリをつけた。

 

「外は!」

 

「オークションの会場っぽい!」

 

「なら問題ねぇな! 奈々! 死なない程度に思いっきりやってやれ!」

 

「うん! “凍獄”っ!」

 

 やはりと確信した幸利がすぐにゴーサインを出せば、奈々は持っていた杖を穴に向かって突き出した。詠唱を終えると同時に穴から一気に強い冷気が流れ込み、彼女と顔を合わせると幸利はすぐに号令をかける。

 

「全員外に出るぞ! 誰も逃がすなよ!」

 

「「「「了解!」」」」

 

「了解ザンス!」

 

「「わ、わかった!」」

 

 そのまま穴の外へと躍り出ればそこは悲鳴が飛び交う地獄のような有り様となっていた。

 

「誰か、誰かー!」

 

「さ、寒い……し、死ぬ、死んじゃう……」

 

 会場の客はおよそ百人ほど。誰もが奇妙な仮面をつけて『いた』。というのも奈々が席に座っていた客の膝から下をそこそこの厚みの氷で覆ってしまったことが原因である。いきなりの事態に混乱し、そこから逃れたり体を少しでも温めようと体を動かしているせいで仮面がズリ落ちたのがチラホラいたのだ。

 

「これ、流石にヤバいわね……」

 

「う、うん。消すね!」

 

「お、お前らかー!」

 

 誰も彼も顔面蒼白でブルブルと体を震わせているものだから逃がさないためとはいえちょっとやり過ぎた。すぐに奈々は魔法を解除すると、檀上から男の声が響いた。

 

「よ、よくもこのオークションをめちゃくちゃにしてくれましたね! お、お前ら! この馬鹿どもを早く捕まえなさい!」

 

 その口ぶりや男のそばにいるボロをまとった人間がいることからこのオークションを取り仕切っていた人間かもと幸利は推測し、すぐに全員に指示を飛ばす。

 

「タム、ポー! それと冒険者と保安署の人らは協力して客を捕まえてくれ!」

 

 まずは凍えながらも逃げようとしている客の確保。そのためにハウリア両名と職員らに声をかけてやってもらうよう頼み込む。

 

「わかりました幸利君!」

 

「了解です! お任せください!」

 

「迷惑をかけた分しっかり働くザマスよぉ~!」

 

「俺ら、いつの間にか立場逆転してるな」

 

「言うな。首輪つけられるぞ」

 

 各々反応は様々であったがすぐに承諾し、四方に散って参加者の確保へと移っていった。

 

「じゃあユキ、私はナナと一緒にスタッフの方を相手するわ」

 

「わかった。じゃあそこの偉そうな奴を倒してそこのおっさんも保護しとく」

 

「頑張ってね幸っち!」

 

「おう」

 

 優花と奈々とも短いやり取りながらもお互いのやるべきことを伝え合い、そのまま分かれて行動に移る。

 

「き、貴様! ふ、フリートホーフに手を出してどうなるかわかって――」

 

「黙ってろ三下」

 

 懐から素早くファントムを取り出すと、脅し文句を吐いた男の額に向けて装填済みのゴム弾を発射する。ぐぇっと汚い悲鳴を上げると共に勢いよく頭をステージに叩きつけてそのまま倒れこんだ。やりすぎたか? と思って念のため魂魄魔法で魂の状態を確認するが、とりあえず霧散した様子は無かったのでそのまま横にいた男の方へと歩いていく。

 

「あー、すまん。寒くねぇか? 良かったら軽く火にあたっていけよ。“火種”」

 

 この場にいた奴らを逃がさないためだったとはいえ、自分も奈々にやり過ぎな指示を出してしまったことを反省しながら拳大の火を手のひらに灯す。揺らめくその火を床へと移し、軽く体を震わせている男が暖をとれるようにして火にあたるよう促した。

 

「あ、ありがとうございます……あの、あなたは?」

 

「俺か? 俺は、そうだな……」

 

 そこで感謝と畏怖の混じった視線を向けられ、どう答えたものかと思案する幸利はただこう答えた。

 

「まぁ、悪ガキだよ。そこの悪い大人をこらしめてるだけのな」

 

 同行していた保安署の人らにヤバいことやったしなぁとちょっと遠い目になりながら。困惑する壮年の男性に背を向け、幸利はステージから飛び降りて優花達の援護へと向かうのであった――。

 

 

 

 

 

「これは……」

 

「大当たり、だな」

 

 一方、幸利達と別れて動いていた重吾達は地下深くに無数の牢獄を見つけた。おそらくオークションに出される人間がいる場所だろうと考え、周囲に見張りがいないかどうか見渡した。

 

「ま、とりあえず寝ててくれや」

 

「ぐがー……ぐぅ――アババババっ!?」

 

 すると入口に監視が一人いたのだが居眠りをしていたため、すぐに礼一が音もたてずに忍び寄って“纏雷”で気絶させる。そして周囲に見張りがいないことを確認してから牢獄の中を歩いていく。

 

「皆さん! 早く牢の中の方々を助けましょう!」

 

 首輪をつけられて改心した冒険者が言うや否や、重吾達は牢の中に閉じ込められた人間の保護に動いた。

 

「ひっ!?……だ、誰、ですか?」

 

「ただの正義のヒーローだよ。今ぶっ壊してやるから下がってな」

 

 牢の中で怯える人間に言葉をかけると、すぐに礼一は扉周辺を槍で切り刻んで人ひとりが通れる程度のスペースを確保。すぐにハウリアが向かって中にいた人間に手当てをしていく。

 

「待っていろ……今、助ける」

 

 信治や他の職員らも同様に扉やそこにつけている鍵の破壊に移っている。当然重吾も扉に着いている南京錠に似たそれを掴み、力に物を言わせながらそのまま引きちぎっていく。

 

「……誰、なの?」

 

 重吾が南京錠もどきを捨てて扉を開けると、ふと怯えた様子の弱々しい声が彼の耳に届く。そして声のする方を見て彼は驚きを隠せなかった。

 

「亜人の、子供が……」

 

 エメラルドグリーンの長い髪もその幼い体も軽く汚れているその子の耳を見てわかった。耳のある位置に扇状のヒレが付いており、亜人の子供であると。

 

「ね、ねぇ誰? 誰なの?」

 

 その子の他にも何人もの普通の人間の子供がおり、さっきの子と違って薄汚れてほほが軽く痩せこけている。おそらく長いことこの中に閉じ込められていたのだろうと重吾は察した。

 

「俺は……勇者、だ」

 

 身を寄せ合い、こちらを見上げる子供達の目つきは怯えが簡単に見て取れる。どうすれば、なんて言えばいいと迷った時、ふと漏れてしまった。

 

「ゆう、しゃ……おじちゃん勇者さまなの?」

 

「それ、は……」

 

 きっと訳も分からないままこんな薄暗い場所に閉じ込められ、ただ身を寄せ合うしか出来なかった子供達にどう接すればいいのかと考えた時に出てしまったのだ。このトータスに来て光輝達とオルクス大迷宮で別れてから身につけさせられた、まがい物の『勇者』としての振る舞いが出てしまったのである。

 

「ほんとう、なの?」

 

「でも、なんでつらそうな顔してるの……?」

 

「すまん……すまない……」

 

 少しでもこの子達を安心させたいという思いから出てしまった嘘。結局自分はまだ変わることが出来てないことを否応にも自覚させられ、けれども今更それを引っ込めることが出来なくて、泣きそうになるのをこらえながら少年は必死に嘘をつく。

 

「大丈夫だ……俺が、俺が助けに来たんだ。もう、安心してくれ」

 

 その言葉は誰に向けての言葉だったのか。言った当人すらわからないまま、傷ついていた男の子は泣き笑いを浮かべる。その様を人間族の子供達が、海人族の子供が不思議そうに見つめていた。




最後、特に最後の重吾の泣き笑いのシーンが書きたかったんです。マジで。
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