あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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こうして目を通して下さる皆様に盛大な感謝を。
おかげさまでUAも182942、しおりも423件、感想数も662件(2023/10/6 08:37現在)となりました。本当にありがとうございます。

そしてAitoyukiさん、今回も拙作を再評価してくださり誠にありがとうございます。おかげさまでまた物語を書き進める力をいただきました。本当に感謝です。

そして今回の話を読む際の注意事項としてですが、今回は長め(13000字足らず)となっております。あとちょっとしたサプライズも。ではそれに注意して本編をどうぞ。


幕間四十七 いつか夢は消える、いつか朝は訪れる

「“鎮魂”!――お前ら、早く下がるんだ! 急げ!!」

 

『は、はいっ!』

 

 “鎮魂”でハウリア全員を落ち着かせた後、メルドはすぐに号令をかける。一応ではあるが経験は積んだ。後はこちらが責任を取る番だと考えながら前へと進んでいく――シアの家族を、まだまだひよっこの部下を誰も死なせないために。

 

「コリン! ウルマーさん! マイ! 頼む、返事をしてくれ!」

 

 メルドがこの摘発にハウリアを参加させた目的は『本物の戦闘』をの空気を味わわせるためだ。

 

「――“炎刃”!」

 

「レオ、危ない――!」

 

 彼らの戦う意志は尊重しようと考えていた。エヒトの駒である神の使徒と戦った際、『人間相手には戦えません』などと言って戦線を崩す要因にはしないためにもこうして経験を積む必要があると判断したからだ。

 

「“縛羅”」

 

「あっ……」

 

「……ほぇ?」

 

 そのことを思い出しながらもレオに迫る炎の波を先日習得した神代魔法で防ぐ。何が起きたかわからない様子の悪党どもを見て、相手の気勢をそぐことが出来たと考えたメルドはまた一歩前に出ていった。

 

“鈴、香織。どちらでもいい。すぐに“聖典”を使ってくれ”

 

“はいっ!”

 

“わかりましたメルドさん!”

 

 手持ちの回復薬では足りないと見るやすぐさま“念話”を飛ばし、頼れる治癒師である二人とコンタクトをとる。遅れて数瞬、光の波紋がこの一帯を波打って抜けるのを見ると同時にメルドは目の前にいる敵へと“威圧”を使いながら声を張り上げた。

 

「聞けぇお前達!!!」

 

 その一喝に構成員達が一瞬すくみあがった。おそらく背後のハウリア全員もだろうと思いながらもメルドは言葉を紡いでいく。

 

「これが戦闘だ! 本物の戦いだ!――いいか。俺を恨むのは構わんが、本当の戦いで俺が的確に手助けできると思うな。甘っちょろいことをしてたらこうなると思え!」

 

 チラッと後方のハウリアに視線を送れば、彼らはただ呆然とした様子でメルドを見ていた。少しはいい薬になっただろうかと考えつつ、戦場の心構えを説いていく。

 

「貴様らが守りたいものは何だ? やるべきことは何だ? こちらを殺そうと迫る相手を傷つけずに逃がすことか? もうやめて下さいとでも根気強くお願いすることか?」

 

 それはハウリア達に先程までの行動を反省させるための言葉だった。それをやった結果どうなった? お前の仲間はどうなった? と問われてもハウリアから言葉が返ってくることはなかった。

 

「違うだろう? お前らは『家族』にそれを強いて傷つけさせるつもりだったか? それとも死なせるつもりだったか?――戦場に立つのならばそんな甘ったれたことを考えるのはやめろ!!」

 

 喝が入る毎に拠点の空気がビリビリと震える。己の言葉がハウリアに届くと信じながらもメルドは更に説教を続ける。

 

「その迷いがお前達を殺す! その甘さがお前達の家族や仲間をも殺す!――今回は相手を殺すことが目的じゃない。だが、傷つけてでも倒す気概を持て! 俺の訓練を受けてきたお前達ならばやれるはずだ! 出来んとは言わせんぞ!!」

 

 誰かを気遣えるその優しさは美点だろう。だがそれを戦いに持ち込むべきではない。その上でやるべきことはわかっているはずだと言えば、後方からハウリアの声がぽつぽつと聞こえてきた。

 

「そうだ……僕達は……」

 

「戦うって決めたんだ……シアのために、愛子さんのために!」

 

「そうよ……ここで戦うことをためらっちゃダメ」

 

「私達はハウリア……家族を守る。そう決意して里を出て来たんでしょう……!」

 

 “威圧”で動けない相手をながめつつ、メルドは後ろから聞こえる彼らの決意に耳を傾ける。それでこそだと軽くうなずくと、メルドは再度号令をかける。

 

「戦闘を続けるのが困難な奴は下がれ! 近くにいる奴に肩を貸してもらえ!――残りは俺と共に来い! 寄生虫どもを一匹残らず捕まえるぞ!」

 

『了解!!』

 

 気合の入った返事を聞いて笑みをほんのわずかに深くし、“威圧”を解いてからメルドは突撃する――言うまでもなく戦況は一転した。

 

「亜人ごときがぁー!!」

 

「そうだ! 私達はハウリア! お前達のような仲間を平気で切って捨てる奴らとは違う!」

 

「ぐぎゃぁあぁあ!? いてぇ、いてぇよぉ~!」

 

 トム・ハウリアが迫って来た悪漢の攻撃をいなし、右腕に一撃を加える。血が噴き出て痛みに悶える相手を見て罪悪感が湧き出るもそれをこらえ、次の相手へと彼は向かっていった。

 

「大人しく死んでろクソったれがぁ!」

 

「死ねない! 私が死んだら皆が悲しむ! 助かった命だからこそ戦う!」

 

 相手の懐に入り込むとラナの部隊に所属するトー・ハウリアはそのみぞおちに強烈な一撃を叩き込んだ。内臓の中の空気が漏れ出る音を出すと共にごろつきはその場でくずおれる。

 

「レン隊、クロスボウの装填終わりました!」

 

「同じくリル隊装填完了です!」

 

「了解! レン隊はラナ達に、リル隊はユノ達の方を援護だ! 味方にだけは当てるなよ――放てー!!」

 

 後方に配置された部隊もすぐにクロスボウに矢をつがえ、メルドの号令と共に一斉に射かけていく。それらにより持ち直したハウリアが次々と悪党どもを倒してゆき戦況は徐々に優勢に立っていく。だが相手もそれだけでは終わらなかった。

 

「ぐあぁあぁああ!!」

 

「なっ!?――ハァッ!」

 

 背後から切り付けられた男が覆いかぶさる前にラナ・ハウリアはバックステップで回避。その直後、振るわれた凶刃を持っていた短刀で弾き、周囲を囲む男達の出方をうかがった。

 

「また仲間を――あなた達には良心というものは無いの!」

 

「黙ってろ亜人のメスごときが! 調子に乗ってんじゃねぇぞ!」

 

 ハウリアの一転攻勢により、悪党どもが一層手段を選ばなくなったからだ。時折あった程度のフレンドリーファイア越しの攻撃も隙あらば行うようになり、それによってハウリアも追い立てられるようになったのである。

 

「大丈夫かお前達!」

 

「まだ、大丈夫です!」

 

「流石に訓練どころではないな――“縛岩”!」

 

 仲間ごと仕留める必殺の一撃を次々と繰り出されては流石に鍛えられたハウリアの皆でもやりづらかった。身内ごと攻撃してくれるおかげで数は減ってくれるが、それに巻き込まれるハウリアはやはりいた。メルドも軽く焦った様子で“威圧”も併用しながら拘束魔法を使って悪党どもを次々と拘束していく。

 

「どうせシマも変えるんだ。だったら邪魔な奴らも消さねぇとなぁ――“炎刃”!」

 

「ぎぇっ!?」

 

「――ぁっ」

 

 だがすぐに全ての敵を縛り上げるには時間が足りなかった。奥で魔法を使い続けていた男がやけっぱちになって放った“炎刃”が男の腹を突き破り、そのままラナへと迫る――。

 

「深淵卿殺法が奥義“歪破・万難散華(全ての悪意は我が深淵の前に消える)”」

 

 ――だがそれは固定された空間が壁となって阻み、彼女に届くことは無かった。

 

「あ……あ、アビスゲート様!?」

 

「間に合ったか……怪我はないか?」

 

「は……はいぃっ……」

 

 天井を破って現れた浩介が急ぎ発動した神代魔法、これが彼女を守ったのである。顔だけをこちらに向け、ニヒルな笑みを浮かべた少年にラナのハートは思いっきり撃ち抜かれた。

 

「ここは我に任せ――え? ハウリアの皆に経験積ませる? あ、はい……コホン」

 

 そこで『よく頑張ったな。後は俺に任せておけ』とはいかず、メルドが即座に繋いできた“念話”によって無双するのを却下された少年を見てもラナの胸のときめきは収まらない。むしろこちらを振り向いたことで余計にきゅんきゅんしていた。

 

「確か、ラナ……さん、だったよな?」

 

「は、はいっ……ラナ・ハウリアでしゅ……」

 

 目の前の崇拝する男の子が『そっか良かったぁ。名前間違えてなくって……』とつぶやいたのも耳に入らない。というか右から左に流れてしまい、安堵する様も自分の身を案じてのものだと思い込んでしまう……しかも浩介が安堵したのはメルドが率いていた全ハウリアの無事を“念話”で伝えられたことも含んでいるから完全な的外れでない。余計に質が悪かった。

 

「ゴホン――ラナよ、もう少し戦えるか? この深淵卿と、共に深淵の静寂を(もたら)そうではないか」

 

 そしてトドメにこの一言だ。森を出た直後だけでなく今自分に降りかかりそうになった危機からも鮮やかに救い、無駄に香ばしい言動ながらも『共に』戦ってほしいと手を差し伸べられた。それだけでもうラナの頭の中は彼のことだけで決壊しそうになってしまう。

 

 ――素敵な男の子、厨二病患者の命の恩人は好きですか?

 

「は、はいっ! 一生尽くさせていただきますっ! どんな時でもアビスゲート様と一緒にいさせてくださいっ!」

 

「えっ!? あ、いや……はい…………す、末永く、お願い、します」

 

 この問いの答えはたった一つしかラナの頭には浮かばなかった。愛の告白だと盛大に勘違いしたラナは心底場違いなことを口にし、長年カップルどものイチャつきをながめていたことで彼女が本気で愛の告白をしてきたことを理解した浩介もまた場違いな答えを照れながら伝える。

 

「えっ、マジ? 俺、遂に独り身解放……? うぉおぉおおぉおぉ!! やったぁ! やったぞー!!」

 

 独り身をこじらせた少年では、ストレートな好意をぶつけてきたウサミミの付いた綺麗なお姉さんに敵う訳が無かった。思わず深淵卿でなく素の状態で浩介は思いっきり叫ぶ。

 

「何イチャついてんだクソ――がぁっ!?」

 

「っとと! まずはこの場を共に切り抜けようではないか、ラナ!」

 

「え、えへへ……はいっ、アビスゲート様!」

 

 そしてそんな茶番を見て心底イラついた悪漢が襲い掛かって来たが、浩介はすかさず裏拳で下あごを打ち抜いてそのまま昏倒させる。そして再度誘われたラナはデレッデレの顔のまま浩介と共に、他のハウリアと同様この場を切り抜けていくのであった――。

 

 

 

 

 

「知るかカス。死んでろゴミがよ」

 

 ジェイクスが右手を動かしたと同時に設置されていたバリスタがこちらを向く。射線からして同行していた保安署の職員と自分達ハウリアが狙われる。そう見抜いたカムはすかさず動こうとする。

 

「死にはしませんがやられるのはあなたですよ――“出盾”“海炎”」

 

 が、そこでひどく冷たい声色の愛子が返事をすると同時にアーティファクト越しに“念話”が飛んできた。ちょっと屋敷と地面が崩れます、と。そう伝えた直後、自分達の周囲を取り囲むように土の壁がせり上がり、それとほぼ同時にボンと大きな音が壁越しに響いた。

 

「「「えっ?」」」

 

「「なぁっ!?」」

 

「ぐぇあぁあぁ!?――ぁぁあぁぁあぁー!!」

 

 いきなり出て来た土壁に加えて謎の爆発音。その上向こうが二種類の悲鳴を上げ、屋敷が傾く――愛子が行ったのは持っている技能を活用したものだった。

 

 “発酵操作”という微生物を操る技能、それの発展系である“急速発酵”、“範囲発酵”、“遠隔発酵”を使ってメタンガスに近いものをジェイクスとバリスタ近辺に生成。それを風系魔法でその場に留めるようコントロールした後、威力をかなり弱めた“海炎”を生成した土壁の外から発動し、炎の津波を起こしてガスに引火させ爆破。更に“土壌管理”によって地盤を脆くして相手を落っことしたのである。悪辣過ぎるコンボであった。

 

 地盤を脆くしたのはこの屋敷近辺全域だが特にジェイクスのいたところを緩くし、体が軽く火だるまになったところで足場が崩れて情けない悲鳴を上げて落下したというのが真相であった。

 

「終わりましたね」

 

 どこかに何かが刺さる音が二つ響く。土壁もところどころ亀裂が入りながらも威力を調節した爆破にどうにか耐えきり、愛子が手で何かをどける動きと共にそれはあっという間に崩れ去った。そうして見ることになった光景はすさまじいの一言に尽きる。

 

「えっ……何、これ」

 

「せ、世界が……世界が一変してる」

 

 ジェイクスの置き土産であったバリスタも完全に破壊され、ワイヤーもところどころたるんで矢もどこかの柱や地面に刺さってしまっている。窓ガラスも爆発の衝撃でひび割れたり吹っ飛んでしまったものもあり、ジェイクスが落ちた穴はもちろん、屋敷の中もそこかしこが崩れてしまっていた。

 

「え、えっとその……じぇ、ジェイクスを探しに行ってきますね……」

 

「どうぞ。お任せします」

 

 すごい委縮した様子で保安署の人間はジェイクスを捜索すると伝え、そのままここを離れていったため今この場にいるのは愛子と三人のハウリアだけとなった。

 

「予行演習もなしにやりましたけど、どうにかなりましたね。では私達は声をかけられるまで――」

 

「愛子殿」

 

 事もなげに言ってのける愛子にカムは声をかける。するとやや不思議そうな表情で彼女はカムの方に視線を向けた。

 

「どうされました?……あぁ、いきなり爆破したことですか? それは謝ります。相手に悟られたらさっきのは通用しませんでしたから――」

 

「そうではありません」

 

 流石にいきなりあんなことをやったことに罪悪感は抱いたらしく、真剣な様子で頭を下げはしたのだがカムはそれが欲しかったのではないと努めて冷静に否定する。

 

「では何を? 他にあなた達に失礼なことなんて――」

 

「私達は仲間ではないのですか」

 

 一体何かやらかしたかとばかりに答える愛子にただカムは真剣な様子で尋ねる。

 

「我らは頼りない人間でしょうか。それとも貴方にとって信用に値しないこの世界の人間だからでしょうか。私達を、私達を頼っていただきたかった。そうすればこんな危険な方法を愛子殿が採らずに済んだというのに」

 

 カムはただ訴える。一歩間違えれば大惨事になっていたさっきの方法ではなく、自分達と協力して目の前の男を追い詰める方法は無かったのかと問いかけた。その問いに愛子はただ冷徹に言葉を返す。

 

「私はあなた達がどれだけ強いのかをちゃんと把握していませんでしたから。あの無数に張り巡らされたワイヤー……鋼の糸を潜り抜けて、あの裏切り者を捕まえられるかわかりませんでしたから」

 

「だからって……貴方は自分の体をもっと大切にしていただきたい!」

 

 カムの叫びが屋敷の中をこだまする。だが彼の叫びに愛子は首を横に振り、決意に満ちた瞳を向ける。

 

「いいえ。私のことよりもあの子達が大事です。手足が無くなったりした訳じゃ――」

 

「でしたら! 貴方を慕う方が、ご家族がその無茶を喜ぶと思うのですか!」

 

 その一言、特に『家族』という単語を聞いて愛子の目が軽く見開いた。言葉も中々出てこない様子からやはり彼女にも帰りを待っている人がいるのだろうと確信し、カムは更に愛子に訴えていく。

 

「それ、は……」

 

「いるのでしょう! ならば愛子殿のご家族を悲しませてはなりません! 己の身を削り続けながら誰かのために生きることが! ご家族とアビスゲート様がたを悲しませかねないということを自覚していただきたい!」

 

 カムにとって愛子は浩介(アビスゲート様)、礼一、良樹の慕っている女性であり、受ける必要のない苦しみに苛まれた女性であった。そして『家族』と離れ離れになってしまった悲劇の人でもあると認識している。

 

「私とてシアが大けがをしてしまえば間違いなくうろたえるでしょう。たとえそれがあの子が覚悟の上でやったとしても、そうしなければ無事に戻れなかったとしてもです。貴方に何かあったら、ご家族の方はどう思いますか?」

 

 自分もシアと引き離されたらどうなるか。彼女のような目に遭えばどうなるか。そして彼女の家族のことも思えば勝手に体が動いてしまったのである。同情や(あわ)れみであったとしても愛子の心に寄り添いたい。いちハウリアとしてカムはそうしたのだ。

 

「うっ……」

 

 愛子はうろたえ、目を伏せていた。やはりいるのだ。彼女達が守りたいと願っている少年少女達と同様に大切だと思える家族の存在が。カムは自分の両手で愛子の手を包むと更に言葉を紡いでいった。

 

「お願いです。貴方が傷つけばデビッド殿達も悲しむのです。どうか、独りで戦い続けないでくだされ」

 

 その言葉に愛子は反応しない。ただ何かを考えている様子で目を伏せて、カムの手を握り返すことなくされるがままとなっている。

 

「おーい! “紅蜘蛛”が地面のくぼみにいたぞー! しかも声かけても全然反応が無いんだがー!」

 

「これ結構深いぞ……死んだかもしれん! 土属性の魔法が使えるんなら早く来ーい!」

 

「……わかり、ました」

 

 自分の言葉が彼女にどこまで響いたかはまだカムはわからない。しかし保安署の人間からの呼びかけと共に顔を上げてこちらを見たことから一切届かなかった訳ではないと思った。思いたかった。

 

「あっ……光が」

 

「白崎さんか谷口さんの“聖典”ですね……行きましょう」

 

「はい」

 

 その後この屋敷全てを通った光の波紋から、鈴か香織が“聖典”を使ったのだろうと愛子が予測を口にしたのを聞きつつもカム達は彼女の後をついていく。

 

「……私、間違ってたのかな。お母さん、お爺ちゃん……」

 

 一度だけつぶやいてそれっきりだった、後悔に苛まれた様子の彼女の背中に視線を向けながら。

 

 

 

 

 

「はぁーっ!」

 

「ぐあぁー!」

 

 待ち構えていた組織の構成員、裏切った冒険者達の集団を相手にアルとルーは相川らに負けない活躍をしていた。

 

「――そこっ!」

 

「ぎゃあっ!」

 

 怒りのままに武器を振るい、時には蹴りをかまして襲い掛かってくる賊どもを次々と彼らはねじ伏せていく。元来穏やかな気性のハウリアであった彼らは迷うことなく戦う。

 

「亜人ごときがよぉー!」

 

「黙りなさいっ!」

 

「ウサギならウサギらしく俺らに飼われてろってんだよ!」

 

「私達はモノじゃない! 違う!」

 

 裏切りを是とする彼らに怒っているし、殺す気でかかってきている相手に対して手加減できる余裕がないのもある。だが一番の要因はその数であった。

 

「そらそらっ! 踊れ踊れ!」

 

「くっ!?」

 

「おっ死ね人モドキがよぉ!」

 

 倉庫には百人近くのフェーゲフォイアーの構成員がおり、また裏切った冒険者と職員も含めて荒事が得意な奴らも相当いる。そのため数の差が激し過ぎて普通にやればあっという間に圧殺されてしまう。

 

「この程度、かよっ!」

 

「――押し寄せる波濤よ 我らが敵を呑み込み流せ “辻波”!」

 

「ったく、南雲の作った奴も大概いい性能してやがるよっ! そらっ!」

 

 そう。普通であればだ。

 

「流石は、魔人族の手先だな!」

 

「その呼び方止めろっての!」

 

 そこかしこから来る攻撃を柳が揺れるように避けながらハーランドはカウンターを叩き込んでおり、天職“守護者”の明人が昇と淳史も含めて守っている。

 

「敵を一気に流したっ!……後は頼む!」

 

 “水術師”の昇が隙を見ては何度となく構成員を魔法で洗い流す。倉庫の中全部とまではいかないものの、そこかしこが水浸しとなっており、ここにいた半数近くの悪党どもは彼の発動した水系統の魔法の餌食となっていた。

 

「おう! 任せとけ!」

 

 幾度も魔法を使ったことで肩で息をしている昇に返事をしたのは“斧術師”の淳史。相手の無力化をするんだったらとハジメが作って譲ってもらった手斧を振り回し、刃の潰れたそれで加減しながら相手を叩きのめしていく。

 

「――鋭き刃となり この場を駆け抜け 敵を切り裂け 鋭じ――!」

 

「これも!」

 

「食らっとけ!」

 

 そうしてこちらを狙う魔法使い相手に淳史は隙を見てもう一つの武器の()()――純粋魔力砲撃用アーティファクト“グレンツェン”を向ける。

 

「んっ――ぎゃぁあぁぁぁぁ!!」

 

 相手が魔法を使うことも考慮に含めて作ったそれは“魔力操作”とその派生技能である“魔力放射”、“魔力圧縮”を各パーツに込めた代物である。ソードオフショットガンの形状となったたそれから発射された魔力の塊を食らえば、体内の魔力をかき乱されて魔法の発動を阻害する。

 

「ったく数が多いな!」

 

「ぐあっ!?……この、ぐぁっ!?」

 

 グレンツェンを持っているのは淳史だけじゃない。取り回しを優先してこの形状になったものを明人も持っており、迫ってくる相手に使って体内の魔力をかき乱す。そうすることで相手は不快感から隙を生じ、そこを突いた明人が盾で殴ったり蹴り飛ばしている。

 

「昇さん危ないっ!」

 

「うぉっ!?……た、助かったよ」

 

 無論アルとルーも負けてはいない。未だ三十人近くいる相手に大立ち回りをしていれば、明人も守りが間に合わない時もある。そこをハウリアの二人が迎撃し、体勢を立て直す時間を稼いでいるのである。

 

「クソッ、亜人がっ!」

 

「あなた達には負けない! 負ける訳にはいかないんだ!」

 

「そうよ! 裏切りで苦しんでいる昇さん達のためにも! 私達は!」

 

 シアと共に戦うために、愛子の支えになるために、そして今もまだ苦しんでいる様子の昇達のためにとアル・ハウリアとルー・ハウリアは戦う。少しでも彼らの支えにならんと気炎を吐きながら悪漢を相手どっていく。

 

「アイツら……」

 

「少しは役に立つか――ハッ!」

 

 そしてその様は少なからず明人達の、この街を守るハーランドの心にも届いていた。各々違うものを感じ取りながらも彼らはこの窮地を乗り越えるべく、ただがむしゃらに戦い続ける――。

 

 

 

 

 

「ようやく終わったな」

 

「うん。お疲れ様、龍太郎くん」

 

 かくして大捕物は終わった。他の皆に続いて幾つもの拠点を落とした龍太郎と香織は、連行されていく様々な組織の構成員を見送りながら感慨に浸っていた。

 

「これでケガの一つもなけりゃあな」

 

「うん……そう、だね」

 

 それぞれの拠点にいた悪党どもは全員確保。そちらの方()大した怪我もなく保安署、そして冒険者ギルドへと連れて行かれている。数が多過ぎることから一部を取り調べのために応接室などを開放したと聞いている。

 

「……パル、その、残念だったな」

 

「ううん……いつもメルド団長から言われてたし、ケガもよくしてたから」

 

 龍太郎は自分達と同行していたパルに声をかける。返事をしたパルであったがその雰囲気は暗い。何故ならハウリアの一部、それもメルドが指揮していた者達の中で数名が重傷を負ったからである。

 

「コリン兄ちゃん、まだ目を覚ましてないみたい……」

 

「そっか……」

 

 すぐに発動した“聖典”のおかげで死ぬことこそ無かったが、決して被害は軽くなかった。コリンは頸動脈を傷つけられた際に多くの血を流し、そのせいなのかまだ意識が戻ってないらしい。

 

 全身を貫かれたウルマーや体を炎の刃で焼かれたマイなどは最上位の回復魔法のおかげで無事ではあったが、無様をさらしたせいなのか一様に気落ちしていたと三人は聞いている。他のハウリアにもなぐさめられているともうかがっていた。

 

「脈はあるんだろ? だったらいつか目を覚ますさ」

 

「うん……」

 

 震えるパルの頭に龍太郎がそっと手を置き、優しくなでる。ハウリアの仲間意識の強さは龍太郎も理解している。きっと彼が震えているのも親しい相手がこんな状態に陥っていることだろうと考え、これ以上心配しなくてもいいようにと龍太郎は振舞ったのである。

 

「大丈夫だよパル君。何かあっても私達がついてるから。神代魔法が使える私達なら何があっても問題ないよ」

 

 香織もまた失意のうちにあるパルになぐさめの言葉をかける。事実、魂魄魔法を使えば人間の魂のサルベージも行えるし、メルドも魂魄魔法を手に入れている。そのメルドが声をかけていない以上、最悪の事態は起きてはいないだろうと香織は心配していなかった。

 

「うん……ありがとう。龍太郎兄ちゃん、香織姉ちゃん。でも、でもね……」

 

 だが彼が気落ちしていたのはそれだけではなかったらしい。一体どういうことかと次の言葉をじっと待っていると、不意にパルの目から涙がこぼれ出した。

 

「僕、全然兄ちゃん達の役に立ててなかったよね……」

 

 その言葉に思わず二人は目をむいた。射撃の腕が他のハウリアよりも秀でている彼が経験を積むためにも香織はちゃんと手加減して魔法で攻撃していたし、龍太郎もまた同様だった。一体何が彼の自信を奪ってしまったのかと考えていると、パルは涙ぐみながらも答えを口にしていく。

 

「香織姉ちゃんは魔法で悪いやつをすぐにいっぱいやっつけてたし、龍太郎兄ちゃんも一瞬で倒してた」

 

 そう語るパルだがそれだけではないと二人は思った。その奥にきっと何か、もっと彼を苦しめる要因があるのではないかと考えながら龍太郎と香織はあいづちを打つ。

 

「……まだ初めての戦いだろ? それに、言いたいことはそれだけか?」

 

「うん……きっとパル君、何か他にあるんだよね?」

 

「……うん」

 

 二人の問いかけにパルは何度もうなずき、ようやくその理由を語り出した。

 

「僕はまだ……魔物じゃなくて人を相手にするのは初めてだから、だから仕方ないって思ったんだ……コリン兄ちゃんや、ウルマー爺ちゃん達がひどい目にあってたのに」

 

 しゃくり上げ、鼻水を垂らし、軽くうつむきながらパルはその理由を語ってくれた。仲間意識の強さが原因かと少し驚きつつもそれに納得を示す。だが他にも何か言いたいことがあるかもしれないと感じた龍太郎と香織はただじっとパルの話の続きを待っていた。

 

「皆が辛い目にあってたのに、なのに僕は仕方ないって、しょうがないって思ってホッとしてた……それが、それが――!」

 

「馬鹿っ」

 

 いくら同行していなかったとはいえ、仲間が危機に陥っていたというのに一人だけ自分の力の無さに理由をつけてホッとしていたことが許せなかった。それがわかった龍太郎はこれ以上言わせるまいとパルの頭に軽くげんこつを落とす。

 

「いたっ……な、何するの龍太郎兄ちゃん……?」

 

「ったくお前は……確認させてもらうぞ。お前は他のハウリアがいつどうなるかもわかんねぇ状況だったってのに、自分だけ力が無いことにホッとした。それで自分だけそうしちまったことを後悔してる。それで合ってるか?」

 

「う、うん……」

 

 かつて香織が己の力不足を嘆いた時の様子と被って先に手を出したのだが、もし外れていたらまずいと考えて念のために龍太郎は問いかける。しかしそれは自分の予想と変わらず、ならば少しだけ説教してやるかと軽くかがんでパルと視線を合わせる。

 

「いいか、パル。もしお前がやられちまった奴らと同じグループにいて、そんなことを思っちまったんなら理解ぐらいはしてやれた。でもな」

 

「でも……?」

 

「馬鹿言ってんじゃねぇぞ。他の奴らがどうなってたかを知ることなんて出来なかったってのに、ソイツらが死にかけたからって勝手に自分を責めてんじゃねぇ。だったらハジメ達や大介達のところにいたハウリアはどうすんだ?」

 

 順序立てて説明してやればパルも言葉に詰まった様子で視線をそらす。いかに自分がちぐはぐなことを言っていたのかを自覚した彼に何かアドバイスでもと思った時、龍太郎より先に香織が動いた。かがんでパルの手を掴み、視線を合わせて声をかけて来た。

 

「強くなろう、パル君」

 

「香織、姉ちゃん……?」

 

「私もそうだったよ。私もそう思ったことがあった」

 

 パルに語り掛ける香織を見て、そういえばそうだったなとかつて真のオルクス大迷宮の一階層目での出来事を龍太郎は思い出す。なら後は任せるかと彼はただ黙って二人を見守ることにした。

 

「そう、なの? でも……」

 

「そうだよ。前の私はね、守る力も戦う力も、癒しの力だってここまですごくなんてなかった。今の強さだってちょっとズルして手に入れたものだよ。でもね」

 

 香織の横顔は一瞬だけあの時と変わらない苦悩と後悔がにじみ出たものになった。しかしすぐにそれも霧散して真剣な様子でパルに語りかけるようにして話す。

 

「それで自分が悪いって思ってるだけだったら何も変わらないよ。本当に大事なのはそこから動くこと」

 

 微笑みながらそう語り掛けている香織をパルはじっと見つめている。彼女の話を聞いてうんうんとうなずきながら龍太郎は黙って最愛の女を見守っていた。

 

「きっとパル君だって強くなれるよ。それだけ悔しがってるんだもん。ね?」

 

「……うん!」

 

 泣きはらした顔を上げ、少年は香織の言葉にうなずく。その表情を見て、ちょっと頬を赤らめている様子にまさかと思っていた龍太郎であったが、その心配はいきなり繋がれた“念話”によってかき消える。

 

“緊急事態だ皆! 東からヘルシャー帝国が迫ってる!”

 

 浩介から入ったその連絡に龍太郎も香織もすぐに顔を合わせる。“念話”が使えるアーティファクトを持っていたパルも驚いた様子で、どうしようとうろたえていた彼の手を龍太郎が取る。

 

「行くぞパル!」

 

「う、うん!」

 

“浩介君! 数はどれくらい? 浩介君でも対処できなさそう?”

 

“数はパッと見で五百! “深淵卿”はまだ解除はしていないしまだここまで距離はある! でも話し合いはした方がいいだろ! とりあえずメルドさんも繋いだし、ここのイルワさんと保安署の署長にも直接声をかけとく! 場所は……とりあえず冒険者ギルドで!”

 

「わかったよ!――龍太郎くん!」

 

「あぁ!」

 

 浩介の話からしてまだ時間の猶予はあったようだが、それでもひと段落着いた今の時点で現れた相手だ。一体何があるかわからないと警戒した香織は龍太郎に声をかけ、共に合流地点へと駆け抜けていく。

 

 かくして大捕物は終わった。このフューレンを覆っていた悪夢は消え去り朝が来た。されどそれは新たな騒乱の到来であった。

 

「状況は?」

 

「斥候の報告によりますと何やら無数の黒ずくめの男が外壁の外や上に立っている様子……ただ、時折奇妙な動きをしていたとか」

 

 フューレンから東に一キロほど、そこに張られていた天幕は紛れもなくヘルシャー帝国のものであった。

 

「使えねぇな、ったく……殺すか?」

 

「おやめくださいバイアスお兄様。ここで斥候の首を刎ねる必要はないでしょう? その者は十分に仕事を果たしたはずですわ」

 

「黙ってろトレイシー。とりあえずその使えねぇカス連れてこい」

 

「ですからおやめくださいお兄様」

 

 上座にいた粗野な雰囲気をまとった男が不機嫌そうにそうつぶやけば、その横に座っていた金髪の縦ロールの美女がそれをいさめる。それを繰り返すこと数度、ようやく斥候の首が刎ねられずに済んだことにバイアスと呼ばれた男以外が内心安堵していると、すぐに縦ロールの女が何かを決めた様子で報告に来た兵士に声をかけた。

 

「それで、向こうは何もしてこなかったのかしら? でしたら私が出向きますわ。馬の用意を」

 

「よ、よろしいので? トレイシー様御自ら向かわれるのは……」

 

「えぇ。確かに私は皇女ですが、皇帝陛下からいち大使として任命されておりますわ。ハイリヒ王国に向かうためにも物資は必要。フューレンから融通してもらうにしても私が直接出向いた方が色々と都合がいいのではなくて?」

 

 直接出向くことに臣下の間でどよめきが起きるも、尤もらしい理由を話してトレイシーはそれを黙らせる。そしてそのまま席を立つと天幕の外へと向かっていく。

 

(確か記憶の限りではフューレンの外壁に人が立っているということはなかったはず。話を聞く限りでは何かあった様子のようですわね――ふふっ)

 

 記憶を探り、報告した兵士の様子からトレイシーは推測する。先日のトータス全土に現れた神の使徒を名乗る存在のことを思えば何かの騒動が起きた可能性もあるのでは、と考えながら己の中に滾るものを感じていた。

 

「ふふっ……もしかしたらその男の中に私を滾らせる人間がいるとしたら……あぁ、楽しみですわぁ」

 

 フューレンの街で何かあったとしたら、そしてもしそれが武力を伴うものだとしたら――それを思うだけで体が震える。己の中の闘争本能が昂っていく。

 

「おい、あれ……」

 

「また皇女様の悪癖か……」

 

 周囲の空気を張り詰めさせながらヘルシャー帝国が第一皇女、トレイシー・D・ヘルシャーは進む。夜明けを迎えた街に迫るのは暗雲であった。




ヘルシャー帝国使節団「来ちゃった♡」

これで第三章も終わりとなります。もしかするとこの後ちょっとしたまとめも投稿してから次の章に移るかもです(やるとは言ってない)

2023/10/7 一部矛盾が生じてたので修正しましたorz
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