あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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まずは拙作を読んでくださる皆様への惜しみない感謝を。
おかげさまでUAも185031、しおりも426件、お気に入り件数も886件、感想数も669件(2023/10/21 8:11現在)となりました。誠にありがとうございます。こうして各種数値が伸びているのを見るとやっぱりテンションが上がります。

そしてAitoyukiさん、今回もまた拙作を再評価してくださり本当に感謝いたします。おかげさまでまた書き進める力をいただきました。

では今回の話をどうぞ。


七十九話 冴え切った彼らの答え

(いやー、よくやるよ。あの皇女サマもさぁ)

 

 真っ向から堂々と無条件降伏を突きつけ、ふんぞり返っているヘルシャー帝国の皇女を見ながら恵里は内心毒づいた。この女の言う通り、今のハイリヒ王国は世界の敵であることは恵里とて理解している。だからといってこんな書面を王国へと持ち込もうという心底舐め切った態度を取っている向こうを見て、恵里は一つの可能性を頭の中に浮かべていた。

 

“ハジメくん、幸利君。どう思う?”

 

“恐ろしく(たち)の悪い冗談じゃないなら……やっぱりプロパガンダの類かな”

 

“俺もそう思う。多分アンカジとかに向けてのポーズだろ”

 

 “念話”を繋いでハジメと幸利に問いかければ、二人が出した推測に恵里も納得するだけであった。今回皇女、というかヘルシャー帝国がこの親書を持ってきた理由はアンカジ公国や貴族相手への印象操作が目的であったと。

 

(ヘルシャー帝国は慈悲深くも王国に手を差し伸べました。けれども悪い王国はその手を払いのけて襲い掛かろうとしました、って宣伝するつもりかな。ま、やりたきゃやれば、って思うけど)

 

 貴族やアンカジにハイリヒ王国の悪印象を植え付けるための茶番を仕掛けて来たのだろう。正義感の強い光輝を連れてこなくて良かったと考えていると、ふとアレーティアの方から“念話”が飛んできたため恵里はふとそちらの方に視線を向けた。

 

“……おそらくこの親書は王国から離反した貴族に向けて、そしてアンカジへのポーズだと思います”

 

 感づいてこちらに“念話”を送ってきたアレーティアもほぼそうだと答えてくれた。確かにエヒトの奴が色々とやってくれたから王国に従っていた貴族の中でも離反した奴らはいるだろうと考えていると、アレーティアが続きを話してくる。

 

“……遠藤さんが見たのはおそらくハイリヒ王国へと向かうための部隊です。確実にトレイシー皇女を生きて返すための。この茶番を仕掛けて王国を怒らせ、差し向けて来た兵をも撃破して帝国の強さを示す狙いもあるかもしれません”

 

 彼女の推測を聞いてなるほどとうなずく他なかった。もしこの推測通りであったならば中々に頭が回るというか人間性が腐っているなぁと思いつつも恵里は彼女に改めて問いかける。

 

“それで? いつ()()()()の?”

 

“……今()()()に軽く説明しました。返事がきたらすぐにでも”

 

 その返事を聞いて恵里は口角をほんのちょっとだけ上げる。ようやくこの出来の悪いコントを切り上げられると思っていると、他の皆の声も“念話”伝いに恵里の頭に届いた。

 

“お、そろそろやるんだな”

 

“わかりました。筋書きはアレーティアさんに任せますけれど、必要になったら僕達にも声をかけて下さいね”

 

“ハッ、やっとか。思いっきりほえ面かかせてやろうぜ。アレーティア、ダチ公”

 

“反撃の狼煙は吸血姫、其方に任せよう。この深淵卿も存分に使え”

 

 先程からの“念話”はやはりハジメ達にも繋いでいたようで、彼らも意気揚々とした様子でそれに応える。やはりあの女、というかヘルシャー帝国のふざけた言い分には腹に据えかねていたようだった。

 

「先程からうわの空のようですが、返事はどうしますの? こちらとしてはきょ――」

 

「……ハイリヒ王国はヘルシャーに降ることはありませ――えっ」

 

 そして返事を急かしてきたトレイシーにアレーティアが答えようとした時、何故かピタリと止まった。数度軽くカタカタと震えたものの、すぐに立て直した様子のアレーティアは再度トレイシーの問いかけに答える。

 

「……王国はヘルシャーに降ることはありません。是が非でも王国を手に入れたいという野心の見え隠れする要求には屈しないということです。お引き取りを」

 

 あ、これ向こうが勝手に動いたなと恵里は察した。

 

 本来ならば“念話”を使ってアレーティアと()()とで話し合いをしつつ、あちらからGOサインをもらったところでこちらが話を進めて行くだけだった。そのはずなのだが、アレーティアが動揺したというのならそうなのだろう。

 

“あー、アレーティアさん。信治君達、動いちゃいました?”

 

“はい、直接出向くからちょっと時間を稼いでほしいと……おのれリリアーナ。段取り決めてたのに勝手に動くなんて”

 

“あー、まぁ後で信治の方がなんか言うだろ。多分あっちも言いたいことがあるんだろうしよ。とりあえずこっちの方が面白そうだしやらせてやろうぜアレーティア”

 

“……んっ。大介がそう言うなら”

 

 すぐにハジメも仲間内でオープンな状態で“念話”を使いながらアレーティアに尋ねてきた。勝手に動かれたことに少し腹が立っていた様子だったが、大介に説得されたことですぐに鎮火する。やっぱり檜山君が絡むとチョロいなと恵里は思いながらも向こうのリアクションを待った。

 

「なるほどそうですか……好都合というものです」

 

 そのトレイシーもアレーティアが一瞬震えたのを見て怪訝な視線を送っていたが、その言葉を聞いてからは口角を限界まで上げて戦意でギラついた目を向けてきた。どうやらあちらもこの親書を突っぱねて欲しかった様子であり、皇女と一緒に来た奴らも驚きや怒りではなく侮りに満ちた視線を向けてきている。

 

「では王国側の返事はいただいたことですし、次の話と参りますわ」

 

「何? まだなんか話すことでもあったワケぇ~?」

 

 するとここでトレイシーが次の話をと切り出してきた。それに対して恵里も一体何を話すことがあるのかと問いかけるが、彼女は一度イルワ達に視線を向けてからこちらを改めて見据えてきた。

 

「単刀直入に言いますわ。貴方達、このヘルシャーに下りなさい。それが賢い選択ですわ」

 

 ここでまさかのスカウトをしてきたこの女の図太さに、恵里は呆れを通り越して感心するばかりだった。ここで自分達に声をかけるとか正気だろうかと思っていると、トレイシーは再度イルワらの方に顔を向けた。

 

「……これはまた大きく出ましたね。トレイシー皇女殿下」

 

「いいえ、当然ですわ――反逆者に与した疑いのある貴方達にとってまたとないチャンスだと思いますが」

 

 グウィンの言葉にさも当然とばかりに反論を仕掛けるトレイシーを見て、この街も呑みこむつもりだなと恵里は理解する。自分達がいたのは偶然ではあったが、これを利用しようという気概なのだろうと考えつつも事の推移を見守ることに。

 

「先程も仰っていましたね。条件次第ではここに残党狩りを派遣すると」

 

「えぇ、そうですわ。その条件はとても簡単。今すぐわたくし達、ヘルシャーにひざまずくこと。裏切らないこと。それを誓うだけですわ」

 

 『本当なら貴方達を奴隷にして確実なものとしたかったのですけれど』となんてことないように付け加えた点から向こうがどれほど本気なのかもよくわかる。

 

 確かに商業で発展している場所を押さえることが出来ればその恩恵は計り知れないだろう。今は泥船もいいところな状況であっても手に入れる価値があると向こうは見ていると恵里は考えた。

 

「もちろん、それは貴女達にも言えますわ」

 

「ハッ、お前のとこの犬にでもなれってか?」

 

「当然でしょう? こうして世界の敵となった以上、首輪の一つも必要でしょうから。鎖が付いていればなおいいですわ」

 

 恭順を誓うのならば命だけは助けてやる、と言わんばかりの態度をとっているこの女を見て内心嗤いが止まらなかった。この女は本気で言っているらしい。こちらの実力を知りもしないでだ。

 

「……へぇ~。じゃあさ、仮に突っぱねたらどうするの? それぐらい考えてるぅ~?」

 

「――それは本気で言っているのでしょうか」

 

 嘲るように問いかければ、目の前の女の表情が一瞬で変わる。目が細まり、上がっていた口角が瞬時に下がる。敵意と怒りに満ちた形相をこちらへと向けて来た。

 

「外にはわたくしヘルシャーの軍勢がいます。今回は大使であるわたくしを護衛する部隊()()()ですが、それでも五百は揃えています。それも精兵揃いをです」

 

 同時に彼女のそばで(はべ)っていた騎士や文官も侮りと敵意に満ちた目つきでこちらを見ている。

 

「わたくしとてヘルシャーに名を連ねる人間です。そこらの雑兵と同じだと思ったとでも?……いかにそちらが腕前に自信があるといえど、これ程質と数が揃った相手に勝てると思っているのならば中々の侮辱ですわね。ハイリヒ王国の軍にどのように勝ったかは存じませんが、それと同じだと思わないでくださることね」

 

 何か一つ弾みでもあれば、即座にこちらの首を刎ねんという程の殺気をこちらに向けてきている。現に一緒に来た冒険者達の方を一瞥すれば各々得物に手をかけようとしており、一触即発もいいところであった。

 

「ふーん。で?」

 

「プッ……戦う前から勝ったつもりとか、笑えて仕方ねぇぜ」

 

「……これ一応、“鎮魂”かけた方がいいかなぁ?」

 

「別にいいだろハジメ。本気でやったところで俺らに勝つとは思わねぇし」

 

「蟻が象に勝てると驕るか。ならばそれを正すのも一興」

 

「あ、あの、流石にここでぶつかったら色々とまずいので、お、抑えてくださいぃ……」

 

 が、この程度恵里達にとってはそよ風と大差ない。今でも時々大介達とケンカしている時のイナバの方がよっぽどマシな敵意を出すぐらいだ。流石にオロオロとした様子のアレーティアが気の毒だから恵里含めて誰も本気でやろうとは思ってはいないが。

 

「……そこまでわたくし達を侮るというのならば考えがあります。ケイトリン」

 

 自分達の態度を見て馬鹿にされたと察したらしいトレイシーは部下と思しき女性の名前を呼ぶ。それとほぼ同時に辺りに高い音がほんのわずかな間だけ響いた。向こうが手を打ったかと思いながらも恵里達はトレイシーからのネタバラシを待つ。

 

「アレーティア、先程貴女はこう仰いましたわね。相乗りしていた三人はどこにいると。これが答えですわ」

 

「合図を出しました。既に三人はこのフューレンの外へと向かっているでしょう。無論、私達をあなどった貴様らは絶対にこの場から出しませんが」

 

 やはり合図をするための道具を使ったかと思いつつも、さらに強くなった敵意を向けてくるヘルシャーの一団を適当に見渡していた。念のため隣にいた浩介を一瞥すると、彼が鼻で笑ったことからしっかりと対処をしたのは確実である。頼れる仲間が既に動いていたのだからあちらの思う通りにはいかないことは自明の理であり、勝利を確信しつつも恵里は『彼女』の動きを待つ。

 

「すぐにでも本陣が動きます。神の使徒などとおだてられて舞い上がってたことを後悔するが――」

 

『なっ!? 何故貴様がここに!?』

 

 相手の口上を適当に聞き流していればにわかに部屋の外が騒がしくなる。遂に来たと確信すると、彼女と一緒であろう信治に向けて恵里達はすぐに“念話”を繋いだ。

 

“遅いよ中野君。鈴に“界穿”使ってもらえばすぐ来れたじゃん”

 

“悪い中村。それと皆。でも姫さんがこっちの手札をバラすなって言ったもんだからよ。それと、『土産』を持ってきたからそれで勘弁してくれ”

 

“そっか。ご苦労様、信治君”

 

 恵里が文句を垂れるとすぐに信治はその理由を聞かせてくれた。それを聞いてそれならいいかと恵里は文句を引っ込め、ハジメが彼に感謝を伝えるのを聞きながら()()が入ってくるのを待つ。

 

『どきなさい。私が用があるのはこの部屋にいる人物です』

 

『なっ!? この者達は――ぐぇっ!?』

 

“んじゃ選手交代だ。後は任せてもらうぜ――俺のリリアーナにな!”

 

 勢いよく扉が開け放たれると同時に二人の影が部屋へと差し込む。それは間違いなく来るのを待っていた二人の存在。

 

「お久しぶりですね、トレイシー皇女殿下」

 

「お待たせー。光輝達と一緒に捕まえといたぜ」

 

 ハイリヒ王国の才援の王女であるリリアーナ、そしてす巻きになった三人の狼藉者を引きずりながら彼女の想い人である中野信治が現れたのである。

 

「まさか……こんな隠し玉を持っていたとは思いませんでしたわ」

 

「……なんのことやら」

 

 ふと恵里はここであることに気付く。す巻きになった奴らを見た時は目をむいた様子だったが、リリアーナの登場にははあまり驚いていない風に見えたのだ。そのことを不可解に思ったものの、これから暴いていけばいいとか考えを切り替えて恵里らは席に座り直したトレイシーの動きに注目する。

 

「久しいですわね。腹黒姫」

 

「……相変わらず私のことがお嫌いのようですね」

 

「相も変わらずその気持ち悪い笑みを見て安心しただけですわ」

 

 しかしトレイシーにリリアーナが滅茶苦茶嫌われてるなと思いつつ、恵里はアレーティアと一緒に席を立つ。それはハジメも同様だったからだ。

 

“ありがとう恵里。信治君とリリアーナさんのために席を譲ってくれて”

 

“どういたしまして。ハジメくんが立ったのもそうでしょ? ならボクだってそうするよ”

 

 リリアーナと信治に譲るためだと察して恵里は動いたのである。“念話”で軽くハジメとやり取りをしながら横に並ぶ。さっきアレーティアが立って大介の隣に座り直したのもここから先はリリアーナへと譲ったからだろう。チラッと見た彼女の顔つきからそう推測しながら恵里は第二ラウンドを見守ることにした。

 

「では改めて続きを話しましょう――ハイリヒ王国はヘルシャーには屈しない。それと」

 

「私達フューレンの冒険者ギルド及び」

 

「商業ギルドもハイリヒ王国、そして“神の使徒”である彼らに協力の意志を示します」

 

 リリアーナが答えると同時に目配せをすれば、イルワとグウィンはそう答える――会談に臨む前、アレーティアから頼まれたことを二人が果たしてくれたのである。

 

 何があっても自分達とハイリヒ王国に味方するとイルワ、グウィンに宣言させる。そしてヘルシャーからの使いにそう伝えてメッセンジャーにすること。流石に皇女が来たのは想定外ではあったものの、アレーティアの描いた絵図が見事形となった瞬間であった。

 

「……正気を疑いますわね。今にも倒れそうな古木に身を寄せると?」

 

「そうするだけの恩義は向こうにあるのでね。それを忘れてしまった商人など一流とは言えませんので」

 

「私としても中立を止めなければならないほどのことをしてもらったと考えているよ。そこまで恥知らずにはなれないんでね」

 

 三つの裏組織に食い潰されそうになっていたのを救ったというのはやはり大きく、たとえヘルシャーを敵に回したとしても構わないという気概がイルワ達から見えた。王国だけでなく自分達にも味方すると言ってのけたのを見て、恵里はどこか胸が温かくなったのを感じ、ハジメ達も感慨深げににそれを見ていた。

 

「なるほど……でしたらわたくしの話も少々聞いていただけませんこと?」

 

「……どうぞ。流石に聞かずに判断は出来ませんからね」

 

 そんな折、ふとトレイシーが妙なことを言い出した。今度は何の話をするのやらと思ってリリアーナ共々身構えていると、トレイシーは勝気な笑みを浮かべながら語り出した。

 

「こちらに来る前に貴族の方々とお話をしましたの。わたくし達ヘルシャーに加わってくださるようお願いしたのと、他に何か変わったことが無かったかと」

 

 ただハイリヒ王国へと行くだけでなく根回しまでしていたことを聞き、確かに取り込もうとするだろうなと思いながらも恵里は相手の動向を見守った。本題はここからだと思ったからである。

 

「立ち寄った家は六つほど。ですがどの家も快くヘルシャーの傘下に下ることを快諾してくださいました――そして、最近アンカジの商隊がやってきたという話も聞きましたわ」

 

 そこで『アンカジの商隊』という単語を聞いて恵里はどこか違和感を覚える。自分達が動いていたことが知れ渡っていたことぐらいは想定の通り。なのにどうしてこの女は口角を上げているのかと軽く気になったからである。

 

「どこからともなく現れた商隊。商売が終わってすぐに行方をくらませた彼ら――おかしいと思いません? 話をした貴族の大半がその商人を調べたのですが結局わからず終まいでした」

 

 一度話を切り上げてからこちらを見てトレイシーはニヤリと笑う。やはり行商の正体が自分達であることは見抜いているのだろうと思った恵里はふとあることが気にかかった。

 

(……まさかコイツ、ゲートホールの存在に気付いてる?)

 

 それはゲートホールの存在が明らかになっているのではないかという懸念だった。もし本当にそれを発見していたのであれば、自分達が自由に動ける範囲以外に移動が出来なくなる。こちらの手札の一つの価値が半減してしまうからである。

 

(いや、でもアレは相当深いところに埋めてたから大丈夫なはず。バレてない、はずだ)

 

 いくら地下深くに埋めているといえど、“隆土昇”などで地面をひたすら隆起させては探すといった方法なら流石に見つかってしまう……が、費用対効果の面からしてもはっきり言って非効率であり、やはりそれはないだろうと判断して話の続きに恵里らは耳を傾けた。

 

「何が仰いたいのですか」

 

「ここからは推測になりますが――おそらくその商人はそちらの反逆者の皆様がた、もしくは息のかかった人間ではないのですか」

 

 そこでトレイシーは大きく出た。思いっきり難癖を吹っ掛けて来たのである。なおその予想が大当たりではあるため、あまり表情に出さないよう恵里達は努める……が、トレイシーのニヤリとした顔を見て一度恵里は周囲を見渡す。

 

“……檜山君。中野君も”

 

“え、バレた?……わ、悪い!!”

 

“あ、俺も? うわすまーん!!”

 

 案の定、腹芸が出来なさそうな大介と信治が思いっきり表情が硬くなっていたため、それでバレたのだろうと恵里達は察する。流石にこればかりは仕方ないと考えつつも恵里は慰めの言葉を考えた。

 

“……後で私と訓練しよう、大介”

 

“え、えっと、信治さんは悪くありませんから!……その、私のわがままで連れてきてしまいましたし”

 

“えっと、その……誰にだって不得意なことはあるよ。気にしないで大介君、信治君”

 

“まぁ、仕方ねぇよ大介、信治。今回は相手が悪すぎた”

 

“月を照らす太陽と王国に希望をもたらした者よ。其方らが輝く場所はここに非ず。なればその真価を発揮出来ぬのも致し方なし”

 

“……まぁ、こうなるのも覚悟した上で檜山君を入れてたしね。それに中野君もアレーティアからの指示の中継役で動いてたのを連れてこられたんだし。それにここから巻き返すのも問題もないよ。多分”

 

“……すまん”

 

“ありがとよ姫さん。あとハジメ達もよ”

 

 流石にこればかりはどうしようもないかと考えながら“念話”出来ない人間以外の皆で慰めの言葉をかける。今回ばかりは相手が悪すぎた。計画が破綻した訳でもないだろうし、皆に合わせて恵里も慰める。

 

「話を続けてよろしいかしら、腹黒姫。貴女のお仲間との悪だくみはもう終わったのでしょう?」

 

「……コホン。悪だくみではありません。それと先程トレイシー様が仰ったことはあくまで推測ですよね? 確たる証拠も無しに言うのは中野様がたに対する侮辱とみなしますよ」

 

「推測とは申しましたけれど、わたくしだけが思っただけではありません。他の貴族の方々とも話して出した結論ですわ」

 

 そこでトレイシーの方から話の再開を促され、リリアーナもそれに応じる形で少し語気を強めながら彼女に意見する。しかしやはりあちらは涼やかな顔をしてペースを崩すことは無い。むしろ獲物が網にかかったといったような表情で持論を更に展開していった。

 

「本来アンカジの商隊は来ない。普段このタイミングで商隊が訪れることはない――貴族の方からその商隊について尋ねてみたところ、そのような答えが返ってきましたわ。であれば、その不審人物ばかりの商隊はそちら側の人間が何かしらやったと疑われても仕方ないと思いませんこと?」

 

(……なるほど。こりゃ完敗だ)

 

 ゲートホールの存在が露見した訳ではない。だが理詰めでこちらを責めてきているのだ。どうして商隊がいたのか、何者なのかを考えに考えて一枚のカードへと変化させてこの場で切ってきた。故に下手なごまかしは大きな隙を作ることにしかならないと恵里は考える。

 

(ったく、本物の交渉ってのはこういうヤツなんだね……あーもう仕方ない。ボクが出たところで下手を打つかもしれないし、あっちがいいって言うまで任せるしかないか)

 

 王族相手はここまで厄介なのかと思いつつ、まだリリアーナからの合図がないことからまだ待つべきかとじっと耐えることにした。

 

「……何を仰りたいのですか」

 

「まず一つ。どの商人も自分達が懇意にしているところがあります。それを無視して勝手に商品を売りつけるということは商人を中心として発展してきたフューレンにとっても無視できない事態であること。そしてもう一つ」

 

 トレイシーの持論を聞き、確かにこれも失点であったと恵里は思った。状況が最悪と言って差し支えないほどであったのと、食糧をトータス中の人達に届けることさえ出来ればいいとしか考えてなかったことが思いっきり裏目に出た形である。

 

 とはいえ根回しなんかしていたらどうにもならないからこそ動いた訳であったし、国からもOKが出たということは決して悪い策ではなかったのだろうと願望込みで考える。

 

「どのような手段かは存じません。が、このようなことが出来るということは各街、各国に好きに戦力を派遣することが可能ということ――ハイリヒ元王国及び反逆者は自由にこのトータスを混沌に陥れることが出来るとの証拠である。そう思いませんこと?」

 

(……なるほどね。これで楔を打つつもりか)

 

 ニィッと口の端を吊り上げながらトレイシーは語る。それを聞いてこの女の真意を恵里は悟った。これで自分達と協力を申し出て来たイルワ、グウィンとの間に亀裂を入れる気なのだと。

 

 そして商人の販路を荒らした点、自分達につけられたレッテル、トータス全土に現れることが出来るという点を以て『反逆者はこのトータス全てに害を与える』と印象操作し、フューレンを取り込むつもりなのだと。

 

「イルワ冒険者ギルド支部長、グウィン商業ギルドマスター。これでもまだ王国と反逆者に味方すると? 今なら()()わたくし達ヘルシャーが救いの手を差し伸べられますわ」

 

 そしてさも『自分達は貴方を信じています』と言わんばかりの態度を示せば簡単に寝返ると。おそらく最初に与すると言った時より不利な条件もつけながら支配下に置く気なんだろうなと思いながら恵里は見ていた。

 

「なるほど。確かに素晴らしい申し出ですね」

 

「トレイシー皇女殿下の言う通りですね。私どもとしてもその言葉には納得せざるを得ません」

 

「懸命な判断ですわ。でしたら――」

 

 自身の言葉を受けて感銘を受けた二人の様子を見たトレイシーは勝ち誇った笑みを浮かべ、侮蔑に満ちた笑みをこちらへと向けてくる。

 

(へぇー、やるじゃん。でもさ)

 

 確かにここまで手を打ってこられたら『普通なら』終わりだろう。もう何の手出しも出来ないだろう。だが――。

 

「ですが、それでこちらが帝国に与するとでも?」

 

「しかし、ただそれだけですね。先程も申した通り、恩を忘れるような三流の商人に成り下がるつもりはありませんよ」

 

(それで勝ったと思ったぁ?)

 

 この程度で彼らの覚悟が揺らぐことがないということを恵里達は確信していた。この程度で向こうが(なび)くと思ったら大間違いだと思いながら恵里は間抜け面をさらしているトレイシーへと目を向ける。

 

「な……なぁっ!? しょ、正気ですの!?」

 

「そちらがそこまで見通しているのであれば仰りますが、このフューレンもいつ潰れてもおかしくない窮地にあったのですよ」

 

「それを救ってくれたのはそちらではなく、“反逆者”と呼ばれ蔑まれている彼らだった。己につけられた悪名を(いと)わず、私達があてがった戦力に寝首を搔く人間がいてもなお協力を惜しまないでくれた……さる筋から彼らは悪人の集まりではないという確証も得ていてね。これでそちらに(こうべ)を垂れたとなれば、その方に顔向けが出来ないんだ」

 

 トレイシーは怒りと驚き、呆然などが入り混じった顔で問い返しているが、グウィンもイルワも物腰柔らかながらも真剣な表情と声色で彼女へと反論している。

 

『あの時の約束、私達に可能な限り協力することを誓えますか』

 

『当然だとも。君達が悪い人間でないことはキャサリン先生と今回の働きで十分にわかったからね』

 

『約束します。たとえフューレン全てを敵に回したとしてもこのグウィン・ブレッドルは絶対にそちらの力になると、いえ、フューレン全てを味方にした上で絶対に協力することを誓います』

 

 ――この会談が始まる前、アレーティアの問いかけに本気でこう答えてくれた彼らが自分達から離れるはずなどあり得ないと確信していた。故に恵里達は疑わなかったのである。

 

「……なるほど。わかりました。よくわかりましたわ。ここにいる方々がどれほど愚かであるかということが」

 

 頭を押さえ、お付きの人間に気遣われながらトレイシーは立ち上がる。もう話し合いの余地は無いと察してこの場を後にするのだろうと見た恵里は半笑いを浮かべながらざまぁみろと心の中でつぶやいた。後はとっととお帰りいただくだけだと思っていると、ヘルシャーの皇女がある提案を口にする。

 

「ヘルシャー帝国に味方するのでなく、むしろ王国に与するとのたまった時点ですぐにでも全員の首を刎ね飛ばすしかないと思いました……が、一つ提案があります」

 

 今度は一体何を言い出すのやらと恵里は冷めた目でヘルシャーの奴らを見つめていたが、続くその言葉に思わず眉が上がってしまう。

 

「この中で腕に覚えのある者がいればわたくしと勝負なさい――もし勝ったのであれば、わたくし達()この街から何もせずに立ち去ることを約束しますわ」

 

 それは唐突な勝負の提案。あまりにも突飛な割には心底どうでも良すぎて、思わず出そうになったあくびを恵里はかみ殺したのであった。




追記
今更ながらタグを追加しました。本当は4月馬鹿の話投稿時にやっとくべきでしたけどね(苦笑)

……あ、そうそう。自分は意識して無駄なことはしませんよ。えぇ。
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