あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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ではまず初めに拙作を読んでくださる皆様への盛大な感謝を。
おかげさまでUAも185833、しおりも428件、お気に入り件数も887件、感想数も672件(2023/10/26 6:57現在)となりました。本当にありがとうございます。こうしてご愛顧してくださる皆様のおかげで自分も張り切って拙作を書くことが出来ています。ありがたい限りです。

そしてAitoyukiさん、今回も拙作を再評価してくださり本当に感謝いたします。こうして読んでいただく度に再評価してくださるAitoyukiさんには頭が上がりません。

それでは今回はトレイシーとの対決のお話です。もしトレイシーのファンの皆様が気を悪くしたらごめんなさいね。では本編をどうぞ。


八十話 お返しは刺激的に?

「この中で腕に覚えのある者がいればわたくしと勝負なさい――もし勝ったのであれば、わたくし達()この街から何もせずに立ち去ることを約束しますわ」

 

(寝言は寝てから言ってくれない?)

 

 目の前の(トレイシー)の言葉に思わず出そうになったあくびを嚙み殺しつつ、恵里は心の中でボソッと毒を吐く。

 

(今度は決闘?……大方、ここで実力をアピールしながらこっちの強さを測る気なんだろうけどさぁ)

 

 一瞬彼女の部下がうろたえたことも踏まえ、どうしてそんなことを言い出したのかもやる気が失せた頭で何とか恵里は考える。おそらく独断でこんなことを言い出したのだろうとそれっぽい結論を出し、心の中でため息を吐いた。

 

「特にそこのコウスケ・E・アビスゲート、それとレイモンド達を撃退したと思しきそこの男!……確か中野信治だったかしら? 貴方達との戦いを所望しますわ!」

 

(それにわたくし達「は」って言ってたけど、これあっちがここから出ていくだけで連れて来た奴らをどうにかするとは言ってないよね……本当に面倒くさいんだけどさぁ~)

 

 どう考えてもあちらにしか利がない癖に相手をリクエストしている。面の皮が厚いにも程があると思いつつも恵里は名前の挙がった二人にくぎを刺そうとし、言いたいことをハジメに取られた。

 

“浩介君、信治君も。本気で相手しちゃ駄目だよ。向こうはこっちの実力を知ろうとしてるから”

 

“そうそう。ハジメくんの言う通りだよ。本気でやるだけ損だからね”

 

“あー、そういうことか。適当に“緋槍”でも足元に撃ちこんでビビらせて帰らせようと思ってたんだけどよ”

 

“あの女、居丈高である割には中々に頭が回る……とはいえ、本気でやらなければいいのだろう?”

 

 とはいえ正直考えることすら面倒くさいと思い始めていただけにハジメが代弁してくれたのはありがたかった。彼に乗っかってそう言っておけば案の定、信治はちょろっと本気を出すつもりだったらしいことがわかるし浩介も似たような意見を言っている。その程度ならまぁいいかと思いつつ、浩介には一応GOサインを出そうとすると今度はアレーティアが口をはさんできた。

 

“お二人とも、お願いですから力はひた隠しにするか、普通の人よりは強い程度に抑えておいてください”

 

“どういうこったアレーティア? 思いっきり力を見せてやればアイツらだって尻尾巻いて逃げ出すだろ?”

 

 “念話”を仲間全員に聞こえるようオープンにしていたらしく、全員の視線がアレーティアへと向く。当然彼女もこちらのやり取りは理解しているはずなのだが、それでもちょっとオロオロした様子で止めにきたため、大介と同様に恵里達は疑問符を浮かべていた。

 

“それが問題なんです檜山さん。この後のことを考えると皆さんの実力は上手く隠蔽しておいた方がいいんです”

 

“隠せってか? そらどうしてだよ王女様よ”

 

“先程トレイシー皇女が述べたように、ヘルシャーはかつてハイリヒ王国に貢献していた貴族を取り込んでいるようです……後々、エヒトとの戦いに挑む際にも彼らが怖気づく可能性を少しでも減らしたいんです”

 

“あー、そういうことね”

 

 そこでリリアーナが補足してくれたことで恵里もその意図に気付いた。なるほど、これは腹黒だなんだと言われる訳だと思いながらもまだピンと来ていない面々にそのことを説明しようとする。

 

“今のでわかったのか? 説明頼むわ”

 

“はいはい中野君……まず第一に、ハイリヒ王国に仕えていた貴族はあの騒動のせいで城にいた生き残り以外は裏切った。それはわかるよね?”

 

“そりゃな。んで、それがエヒトとの戦いにどう繋がるかってのがわからねぇんだよ”

 

“簡単な話だよ。何かの拍子に裏切るような奴は土壇場でも逃げ出すってだけ。だから逃げ道をふさぐんだよ”

 

“言い方が悪いってば。恵里”

 

 疑問符を浮かべたままの信治と大介に端的に説明すれば、アレーティアらの言いたいことに気づいた様子のハジメと幸利も苦笑いを浮かべつつも解説してくれることに。

 

“まず貴族の奴らがどうして寝返ったか。まぁ推測にはなるが、大方神の使徒の奴らが吹き込んだんだろう。それがまずリリアーナ姫の懸念してるところなんだろうな”

 

“ここで僕らが力を披露して、相手が尻込みした場合は多分王国側にまた寝返るだろうね。僕達もそこで争ってる余裕はないし、キツい処分を下す気も無い。それがきっと弱点になるとアレーティアさんと王女様は思ったんだよ”

 

“そ。幸利君とハジメくんが言った通り、これがアキレス腱……だとそっちの二人はわかんないか。弱点になるって訳。何かあったら最悪逃げ出せばいいって発想をしかねないから”

 

 三人の説明にほうほうと一応納得した様子を見せる信治、浩介であったが、大介は何かが引っ掛かっていた様子であった。

 

「それで? 一体どちらが相手をなさるのです? あぁもちろん、他にも相手をされたいと申し上げるのであれば誰であっても構いませんわ。ここにいるヘルシャーの精鋭、全員で相手をしてさしあげます」

 

「あ、すいません。ちょっと今立て込んでまして……」

 

「……なるほど。まぁ早く済ませてくれると助かるよ」

 

「あー、すいません……」

 

“いや、ハジメと幸利、中村の説明はわかった。わかったけどよ、じゃあどうしてソイツらが逃げ出すってことになるんだ?”

 

“……その貴族の人達は神の使徒の言葉に(なび)いた。それは大介もわかる?”

 

“そりゃな……あ、もしかしてアレか? どう転んでもいいように向こうが動くってか?”

 

“そうです。檜山さんの仰る通り、ここであちらが言い訳をする余地を残すことで逃げ出してしまう。その可能性を潰します。そのためにもあちらに喜んで与してもらって、後でヘルシャー帝国が派遣した軍と共に撃破する。負けた彼らの生殺与奪をこちらが握ることで、最後の戦いの時に逃げ出さないようにするんです”

 

 こちらが反応しないのが気になったらしいトレイシーとイルワにはハジメと幸利が対応しつつ、疑問をぶつけてきた大介にはアレーティアとリリアーナがしっかりと説明をしていく。それを聞いたことで大介もどうしてそんなことを言い出したのかを理解し、なるほどと首を何度か縦に振った。

 

「立て込んでいる? 待つのは結構ですが、時間稼ぎに付き合う気はありませんことよ?」

 

「ごめんなさい。もう少し、もう少しで終わりますんで……」

 

 なお先程から声をかけているトレイシーにハジメは頭を下げ倒していた。勝手にやってきて、勝手にケチつけて、その上こっちと戦わせろなんていう輩に頭を下げる必要なんてないのに、とイライラを募らせながらも恵里はそれを我慢する。ここで下手につついたら面倒なことが起きかねないためだ。早く説明が終わることを祈りつつ、アレーティア達の方へと意識を向けた。

 

“いや、でもそんなクソ野郎潰しゃいいんじゃねぇか? 先生と中村が作る首輪でもはめてよ”

 

“……その方法ですと、当主だけじゃなくてその配下の人間や兵士達が裏切る可能性も考えて大量に作る必要が出かねません。いえ、おそらく出ます。それだと南雲さんや中村さんの負担になってしまいますから”

 

“アレーティアさんが仰ったのもありますし、何よりその家ひとつひとつ尋ねる必要もあります……後々こちらと矛を構えるのならその時が一番効率がいいですし、それに皆さんには大迷宮攻略もありますからね。こちらのことを気遣ってくださるのはありがたいのですが、信治さん達は信治さん達のすべきことをなさってください”

 

 アレーティアとリリアーナの言葉に、途中で疑問を挟んだ信治共々大介らも納得した様子でうなずいた。やるにしても今の段階では手間なのだ。だから後で一気にやるのが一番効率がいいということである。

 

“ま、そういうこと。だから今は大迷宮攻りゃ――”

 

「終わりました? 終わりましたのね?――さぁ、わたくしと戦いなさい!!」

 

 そこで恵里が今は大迷宮の攻略にかかるべきだと伝えようとした時、我慢しきれなくなった様子のトレイシーが勝負をするよう急かしてきた。それに思いっきり恵里は顔をしかめ、誰にでもわかるように舌打ちをする。

 

「チッ……せっかく人が話をまとめようとしてたってのに、よくもまぁやってくれたなぁ……!」

 

「あら? 目だけで会話でもしてたようですけれど、口に出しもしないで話をされたところで誰が察することが出来るというのかしら? 気でも触れました?」

 

「ぬぐぐぅ……!」

 

 思いっきり眉をひそめながらトレイシーに敵意のこもった視線()()を向けるも、挑発混じりの正論を叩き返されて恵里は余計に苛立つ。流石に“念話”のこともそれで話し合ってたことを語る訳にもいかず、ぐぬぬと顔をしかめるのが精々であった。

 

「まぁこればっかりは仕方がないよ、恵里……落ち着いて。ね?」

 

 そんな苛立ちを露わにする恵里の頭にふと温かい感触が伝わる。ハジメの手だ。優しく髪をなでてくれるおかげで心が段々と凪いでいき、今にも爆発しそうだった怒りが少しずつ落ち着いていく。

 

「……うん」

 

「こんな時にさ、こういう宥め方をしてごめんね」

 

「いいよ。ハジメくんだから許してあげる」

 

「うん。ありがとう恵里……まぁそれはそれとして」

 

 そうやってポンポンと頭に手を置いてはなでられれば、腹の中で燃える怒りの火もすぐにぷしゅーと鎮火していった。我ながらチョロいなーと思いながら彼になでられていると、不意に背筋をぞわりとなでるような感覚が恵里の中を駆け巡った。

 

「トレイシー皇女様……僕の恵里にそういう汚い言葉を使わないでくれます? すっごく不愉快――」

 

「っ!」

 

「“鎮魂”!!」

 

 軽くキレたハジメが“威圧”を使ってヘルシャー帝国の人間全員にプレッシャーを与えようとしたのだ。焦った幸利が“鎮魂”をハジメに使わなければほんの一瞬だけでは済まなかっただろうことは恵里とて察した。

 

「うわ出たー。先生の中村へのクソ重い愛」

 

「これ見るとホントお似合いってのがわかるわー」

 

「……もう、ハジメくんてば。えへへ」

 

 故に笑みがこぼれる。大介と信治から茶化されても自分のために怒ってくれたのがあまりにも嬉しすぎて頬が緩みっぱなしとなってしまっていた。

 

「いや恵里、お前笑ってる場合じゃねぇっての。ハジメのせいで計画おじゃんになりそうだったんだぞ!」

 

「……今の威圧で計画が水泡に帰すところであったぞ。己の伴侶を貶されたとはいえ、時と場合を考慮してくれ」

 

「……ごめんなさい。ちょっと脅すだけのつもりだったんだけど、やりすぎました」

 

「ハジメくん悪くないし。ヘルシャーの奴らが全部悪いし」

 

「えーと、それは……」

 

 大きくため息を吐きながら幸利と浩介が説教すれば、頭が冷えた様子のハジメはリリアーナ達に向けて頭を下げていた。そこで恵里はハジメを擁護するのだが、ここで誰も異論を唱えなかったり気まずそうに顔を伏せる辺り全員そう思ってたらしい。するとトレイシーのそばで侍っていた鎧を纏った男がちょっと震えながらもこちらへと因縁をつけてきた。

 

「ほ、ほう……? 我らを愚弄する、と? そこの頭の軽い女は死にたいようだな? いいだろう。ならこのネイサン・ランディスが相手となってやろう。貴様の死に化粧を私が彩ってやる」

 

「えー……」

 

 声を震わせながら自分を相手に指定してきたため、面倒くさいと思いながらもリリアーナの方へと視線を向ける。するとすぐに彼女も“念話”でそれに答えてくれた。

 

“相手をしてあげてください中村さん。それも力は可能な限り伏せたままで”

 

 またしても無茶振りを要求され、どうしたものかと思っているとふと恵里の脳裏にある作戦が思い浮かぶ。ニィッ、と口元を歪めつつハジメ達の方を見渡し、それからトレイシーの方へと顔を向けた。

 

「嫌な予感しかしないなぁ」

 

「あー、あの顔の恵里は間違いなくヤバいもん思いついた時のヤツだ」

 

「いいよ皇女サマ。それとそこの三流騎士も。ただし、三対三でやろうよ」

 

 その提案にトレイシーは満足気に微笑み、ネイサンとやらは更に視線を強めてこちらを見てくる。どうせロクなことを考えてないんだろうなぁと漏らしたハジメと幸利にちょっとだけムッとしつつも、恵里はトレイシーから視線を外すことなく思いついた作戦の内容を“念話”で明かす。

 

“……うん。まぁ、その……ね? いいとは思うよ? うん……”

 

“ハジメ、あんまり恵里を甘やかすな……いやまぁ、意趣返しには悪くねぇとは思うけどよ”

 

“俺もそう思うけど、ちょっとなぁ……”

 

“……流石は策謀の転生姫、といったところか。いやそれはそれとして結構ヒドくないか? 加減間違えたら死ぬだろ”

 

 なおそれを聞いた男子~ズは揃って軽く引いた様子であった。間違いなく簡単にやれるのだがえげつない方法だし、何より相手のプライドを思いっきりズタズタにしかねないやり口だ。ハジメも作戦の出来は認めたものの、口ごもって目をそらしてしまった辺り正直であった。

 

“どうしてみんな反対しかしないの! あっちのプライドもへし折れるし、ちゃんと加減すれば多分誰も死なないよ!”

 

“うーん、やるのはいいけどよ。実際やって大丈夫なのか? 後々ヤバいことにならねぇ?”

 

“……私は使えると思いますよ、信治さん”

 

“……ん。少し容赦がないとは思いますけど、効果的に見えます”

 

“嘘だろ”

 

“マジかよアレーティア”

 

 ……が、リリアーナとアレーティアに関してはそれに否を唱えることはしなかった。むしろそれでいこうと後押ししているぐらいだ。これには信治と大介もギョッとした様子で相手を見ていたが、どちらも二人をうなずいて見返してから自分の意見を伝えてきた。

 

“ヘルシャーは何より武を、力を重んじる国です。その国の皇女が無様な負け方をしたとなればあちらを怒らせ、冷静な判断能力を失わせるのに使えます。仮にトレイシー皇女が何かを訴えたとしても、あちらが上手に嘘をついた場合でもない限りは皇帝が耳を傾ける可能性は低いかと”

 

“……こんな負け方をした人の話、大介は信じる?”

 

“いやまぁ、その……アレーティアの言う通りだよ。まぁ、使えるのは認めてるけどよ”

 

「よし!……じゃあ皇女サマ、場所を移そっか。悪いけれどもう一人はこっちから選ばせてもらうからね」

 

「構いませんわ――では皆さん、ついてきなさい」

 

 リリアーナとアレーティア二人の王族コンビの説得によりハジメ達も納得せざるを得ず、全員が押し黙ったところを見て恵里は早速決闘をしようかとトレイシーに言う。彼女もウキウキした様子で部下を連れて応接室を後にしていったため、恵里達もまたトレイシーに続いて動こうと立ち上がった。

 

「……ほどほどに頼むよ」

 

「大丈夫、悪いようにはしないから……何その顔」

 

 その時ふとイルワが力なくつぶやく。その一言にちゃんと返事をしたものの、余計に不安そうな顔をしたことに納得がいかない恵里であった。

 

 

 

 

 

「こんなところでやるの?」

 

「えぇ。冒険者ギルドの方にも訓練場はあるでしょうけれど、今は立て込んでいるのでしょう? でしたら外でやった方がいいと思いましたわ」

 

 そうしてトレイシーについていった一行がたどりついたのは入場受付から歩いて数十メートル程のところであった。恵里としても訓練場がヤバいことになるのは避けたかったため好都合である。

 

「あのー、トレイシー皇女様。考え直していただけませんか。その、戦うのやめません?」

 

 が、ここでハジメがおそるおそるといった様子で決闘の中止を提案してきた。この後彼女達がどうなるかをわかっているからこそ口を出してきたのだと仲間の誰もが察している。結果は分かりきっているとしても本当に止めてくれるのなら儲け物、と思いながらも恵里もハジメの行動を止めようとはしなかった。

 

「正直恵里と戦うのはオススメしません。すぐにでも帝国に帰ってくださるならこちらも何もしないと約束します」

 

「……このまま去るというのならどうぞ。それだったら私も止めはしません」

 

 そしてそれは光輝らも同様であった。近くの空き家に寄った際、トレイシーに了解を得てから声をかけ、彼らもギャラリーとしてついてくるよう許可をもらったのである。

 

 帝国の強さを見せつけるまたとない機会だからということで連れてこられた彼らも二メートル程度離れたところから忠告している。もちろん作戦の内容はコッソリ“念話”で伝えてあり、それを良心が咎めたらしい光輝とトータスの人間とあまり関わりたがらなくなった愛子がハジメに次いで口にしたのである。

 

「絶対にロクなことにならないわ。早く荷物まとめて帝国に帰ることを勧めるわよ」

 

「あら、臆病風に吹かれたというのかしら南雲ハジメ? それと天之河光輝に……畑山愛子だったでしょうか? 園部優花も他の反逆者もお黙りなさい」

 

 痛みをこらえるように頭を押さえていた優花も忠告したのだが、それらをトレイシーは切って捨てる。親切から出た忠告を引け腰の姿勢から来るものだと勘違いしたからのようだ。

 

「今更勝負から降りることは許可しませんわ。血湧き肉躍る闘争から逃げるなど、貴方がたには誇りというものが無いのかしら?」

 

 護衛の一人から大鎌を手渡され、それをトレイシーは身構える。見た感じ刃が潰れているようには見えず、実戦に使用する類のものらしい。もしやと思って護衛二人にも視線をやれば案の定、持ってる武器は真剣そのものにしか見えなかった。

 

「一応聞くけどさ、それ本物だよね?」

 

「当然でしょう? 本物の武器を使わずして、魂の底から震える戦いなど出来る訳がありませんわ――さぁ、覚悟なさい。例の噂、本当かどうか確かめさせていただきますわ」

 

 そう言いながら鎌を突きつけるトレイシーの顔は本気であった。戦いを前にしての興奮のせいか、口元がヒクヒクと動き、息遣いもかすかに荒い。その瞳もいつこちらが動くかをじっと見ているかのようにあまりまばたきもしてない様子で、護衛の奴らも既に剣を構えている。

 

「……貴女って人は」

 

「……そうだね、ハジメくん。覚悟決めて」

 

 光輝が怒りを堪えた様子でつぶやくのを横で聞きながら、恵里はハジメに声をかける――三対三でトレイシーらと戦うことになったのは恵里、ハジメそして信治の三人である。信治はあちらからのリクエストもあったし、自分もかかってこいと向こうから挑発を受けていた。残る一人をハジメにしたのは作戦を遂行するのに一番適していてかつ、この世で最も信頼できる相手だったからだ。

 

「いや誰のせいだと思ってるの……もう、仕方ないなぁ……」

 

「諦めろハジメ。とりあえずコイツら叩きのめしてから考えようぜ」

 

「ハァー……そうだね。やろうか」

 

 正直ハジメは気乗りしていない様子であったが、信治の一言で腹をくくったらしい。自分でなく信治の言葉で覚悟をしたことに不機嫌になりながらも恵里もまた自分の杖を構える。

 

「寡兵で王国の軍を破ったその力、どこまでが真実か確かめさせていただきます。では行きましょうケイトリン、ネイサン」

 

 その話しぶりからして、自分達が王国の三千もの兵士やら冒険者やらを打ち破ったことはあまり信じてない様子だ。実際恵里も直接見聞きしなければ自分達のやったことは話半分にしか聞かなかっただろうなと思いつつ、だからこそ都合がいいと内心ニヤつきながら目の前の武器を構える女を見つめる。

 

「御意」

 

「私達栄えある帝国の近衛兵にお任せあれ」

 

 護衛の奴らも一段と深く腰を下ろして武器を構えている。自分達との距離は二メートル足らず、勝負はまず一瞬で決まる。そう考えて恵里も使う魔法をチョイス済みだ。後は審判の役割を任されたメルドの一声がかかるのを待つのみであった。

 

「……では、勝負――開始!」

 

「さぁ、存分に死合いましょう――!」

 

 開始を伝えるその一声と共にトレイシー達は踏み込んでこちらに切りかかってこようとする。その一瞬で十分だった。

 

「“呆散”」

 

「――ごめんなさい。“錬成”!」

 

「――ふぇ?」

 

 “限界突破”なしで最大出力の“呆散”を叩き込まれ、トレイシー達の足元がほんの刹那の間グラつく。その隙にハジメは地面に手をついて“錬成”を行う――対象はトレイシー達の足元であった。

 

「っ! 今の、は……あぁっ!?」

 

「ぇ?……へぶっ!?」

 

「あ?……ぐぇっ!?」

 

 たたらを踏んでトレイシーは何とか耐えたものの、お供の二人はそのまま地面にしたたかに体を打つ。その直後、三人は下へと動く足場と共に地面の中へと消えていった。

 

「はい。じゃあ中野君も手はず通りやってね――“水球”」

 

「やりすぎだと思うんだけどなぁ……」

 

「まぁ姫さんからのリクエストもあるしな。俺はやるぜ。“火球”」

 

 半径一メートル、高さ三メートル程度の円柱状に作られた穴の中に三人を閉じ込めたのを確認すると、恵里は信治に確認を取りながら互いに魔法を発動する。どちらもシンプルな初球の魔法をそれぞれ一つずつ、それを穴の中へと突っ込ませていく。

 

「……ハッ! この程度の魔法で――」

 

「ねーえ皇女サマー、ちょっとしつもーん」

 

 ゴルフボール大の二つの玉、片方は上級魔法“炎天”に準ずる程燃え盛る炎の玉、もう片方はいくらかスカスカな水の玉を下へと向かわせていると、ふと声が下から響く。“呆散”の効果が切れてトレイシーがいち早く我に返ったらしく、早速対応しようとしていた様子だった。そこで恵里はヒョコっと穴に顔を出すと、底抜けに明るい声で彼女に声をかける。

 

「貴女を相手にしている暇なんてありませんわ、中村恵里! 吹き(すさ)ぶは仮初の嵐――」

 

「水蒸気爆発って知ってるぅ~?」

 

 詠唱からして“風灘(かぜなだ)”辺りのようだったがそんなことを恵里は特に気にせず、挑発まがいの言葉をかけてから顔を引っ込めると同時に操っていた水の球を炎の球にぶつける――穴の底から二メートル程度離れた場所で、ボンととてつもない音と共に膨れ上がった水蒸気がトレイシーらを襲う。

 

「ぐぇー!?」

 

「ぎゃぁあぁあぁぁ!?」

 

「ぐぉわぁー!?」

 

 かつてオルクス大迷宮で自分達も食らったあの衝撃と熱波が穴の中を駆け巡った。もちろん大けがをしないよう威力は調整してあったため、軽い衝撃と共に土まみれになってる程度だろう。そう恵里はあたりをつけていた。

 

「な、なぁっ!? き、貴様らー!!」

 

「トレイシー様に何かあったら我らヘルシャーが黙ってはいないぞ!」

 

「あーうるっさい。何? 結局何かあったらそっちがガタガタ騒ぐ訳?」

 

 自分の策がハマって内心ウキウキしていた時、今度は勝負には参加しなかった文官どもが口を出してきた。結局何をしようがケチをつけてくる相手をどうしたものかと考えていると、すぐにハジメが動いてくれた。

 

「あ、お二人はちょっと口出ししないでください。“錬成”」

 

「「のわーっ!?」」

 

 地面に手をつきながら“錬成”を使い、二人仲良く首から下を地面に埋めた。しかも地面をガッチリと固めたらしく、身じろぎしても全然脱出する様子がない。見事な仕事ぶりに『流石ハジメくん』と恵里は誇らしげにうんうんとうなずいていた。

 

「いや中村、お前の手柄じゃねーだろーがよ……さて、こっちもこっちで目ぇ回してんな」

 

「そうだね……流石に一声ぐらいかけといた方が良かったかも」

 

 信治からのツッコミを適当に聞き流しつつ、先に穴をのぞいていた二人と一緒に恵里も顔を突っ込む。もう熱せられた水蒸気が来ることも無く、穴の中を見てみればトレイシーとおつきの騎士どもが仲良く土まみれとなって気絶していた。見た感じ大きな怪我も無いようであり、これなら問題ないかと思いながらも次どうするかと二人に声をかける。

 

「とりあえず目を覚ますまで放っておくとしてさ、どうする? こっから水でも流す?」

 

「鬼か何かかオメーは。リリィから殺すなって言われただろうが」

 

「駄目に決まってるでしょ……とりあえず起きるまで待ってた方が――」

 

“待て、貴公ら。敵が来た。奴らが動いたぞ”

 

 しばらくは目を覚まさないであろうトレイシーらの処遇について話し合ってた時、ふと浩介から“念話”が届く。その言葉が何を意味しているかに気付くのに時間はいらなかった。

 

“動いたんだね、本隊が”

 

“然り。撤収を終え、こちらへと向かってきているのが我の分身が目撃した”

 

“浩介君のことだからもう皆に声をかけてるんでしょ? じゃあすぐ行こうよ”

 

“そうだな。じゃあハジメ、そこでくたばってる奴らは放っといて俺達も行こうぜ”

 

“そうだね。トレイシーさん達に構ってる暇はないし……一旦首から下を埋めたままにして、僕らも対応に移ろう”

 

「いや容赦なさすぎだろ……」

 

 浩介からの報告を聞き、相手が本気だということを知る。またリリアーナが無茶振りをしてくるかもと思いつつ、ひとまず話し合いに移ろうと結論づけて移動することに。なおその際ハジメがトレイシーに対してなかなか容赦ない対応をしたものの、別にいいかと恵里は無視してすぐに遠巻きで見ていた光輝達と合流しに向かうのであった。




あま役ちょっとウラ話

実は今回トレイシーに対してやるのは本当はもっとえげつないものの予定でした。

・今回の話同様穴に落下させ、ハジメに頼んで穴を鉄でコーティング。
・穴に思いっきり水を流し込んだ後、穴のへりで熱した水を流し込んで穴の水をお湯にさせる。
・その後熱した石が大量に入ったカゴを落として水蒸気を立ち上らせて疑似サウナ状態。

これをやって戦意喪失させるつもりだったんですが、これちゃんと可能なのかなと思いながら軽く計算してみたら普通に無理だったんで今回は水蒸気爆発での気絶という形となりました。あと元のヤツだと信治達の反応ももうちょい辛辣になってたり。

あと本当はバイアスまわりもササッと片付けるつもりだったんですが、いつもの如く字数が膨れ上がって無理でした(しろめ)
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