あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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それではまず拙作を読んでくださる皆様への惜しみない感謝を。
おかげさまでUAも186904、しおりも429件、お気に入り件数も889件、感想数も676件(2023/11/2 17:05現在)となりました。本当にありがとうございます。自分がそこそこのペースで投稿出来ているのも皆様がこうしてひいきにしてくださるおかげです。毎度毎度ありがとうございます。

そしてAitoyukiさん、トリプルxさん、ゲンさん、拙作を再評価してくださり本当にありがとうございました。こうして考えに考えて書いた話が評価されると手ごたえを感じて嬉しくなります。ありがとうございます。

では今回の話を読むにあたっての注意点としてちょっと長め(約11000字程度)となっております。では上記に注意して本編をどうぞ。


八十一話 望まぬ来客のあしらい方

「撤収急げー!」

 

「マック隊全員揃いました! これより隊列に加わります!」

 

「未だトレイシー様のご帰還なし!」

 

 トレイシーが商業ギルドに入って話し合いを始めた頃、中立商業都市フューレンより東に一キロほど先にあったヘルシャー帝国の天幕はひどく慌ただしい様子であった。蜘蛛の子を散らすかの如くそこかしこを兵や文官が走っており、それらに檄を飛ばしているのは皇帝に次ぐ存在のバイアスである。

 

「遅ぇ!!……ったく、チンタラやってんじゃねぇぞお前ら!! これからフューレンへ向かうんだからなぁ!」

 

 本来トレイシーの護衛としてつけられた兵二百も含めて動員させており、しかも彼にあてがわれた副官を通さずに指示を出す始末。無論、副官は止めようとしたものの、バイアスの放つ鋭い眼光と皇帝に次ぐ程の荒々しい殺気で言いよどんでしまったのだ。

 

「……バイアス様。まだトレイシー様は戻っておりませんが」

 

 下手に刺激したら殺される。血に飢えた凶悪な魔物と錯覚するほどのオーラをこの皇太子は放っている。だがそれでも聞かねばならないと今度こそ意を決して副官のネビルは(いさ)めた。フューレンへと向かったトレイシーがまだ戻ってないと。部隊を動かすには早いと。だがバイアスは鼻を鳴らすだけで特に堪えた様子も無く、ただネビルの方に体を向けた。

 

「それがどうした? トレイシーの奴を()()()()()部隊を進めるだけだろうが」

 

 それが言葉通りでないことはバイアスの吊り上がった口元とギラついた瞳から嫌でもわかる。やはりこのお方はフューレンを攻めにかかり、陥落させるつもりなのだと。貿易の要所であるあの街を破壊するには惜しいと考えた副官はすぐに己の意見を述べようとする

 

「確かに仰る通りです。ですが、フューレンには……フューレンには()()価値があります。それは今すぐ――」

 

 が、ネビルの必死の訴えは彼の首元に添えられたサーベルの刃によって止まる。首こそ刎ねられなかったものの、薄っすらと血が首を伝っていくのを感じながら命拾いしたとネビルは直感した。

 

「アイツもヘルシャーの人間だ。奇襲程度で死ぬならその程度だろうが。それに――」

 

「それに、何でしょうか……?」

 

「奴は俺に部隊を預けたんだからな。物資提供のために立ち寄ったヘルシャーの皇女をすぐに戻さねぇあの街に責任ってもんがあるだろ? ならそれは取ってもらわないとな」

 

 ――トレイシーが出立する前、彼女はあることを伝えていた。それは自身が戻るのが遅かった場合は死んだと思って好きにしてほしいと。『物資の補給をするため』という建前も伝えてからフューレンへと向かうのをネビルも見ている。だからこそわかるのだ。目の前の男は理由をつけてあの街を滅ぼそうとしているのだと。

 

「アンカジとの同盟締結だけで足りるかよ――いずれヘルシャーを、トータスを統べる存在である俺がその程度で終わっていい訳がねぇ。圧倒的な戦果を挙げる。それに、だ」

 

 今バイアスの口から紡がれた言葉でさえも建前に過ぎない。そのことはヘルシャーに仕えている人間にとっては半ば常識のようなもの。その血に塗れた本性がまた姿を現すであろうことをネビルは感じ取っていた。

 

「こうして攻めれば俺に盾突いて反抗するよなぁ……大義名分を得ながらにして(なぶ)れる。そして屈服させられる。こんな愉しいことがあるか」

 

「……御意」

 

 人の上に立つものとしてあまりに残忍で狡猾なその性根。この者がいずれ新たなる皇帝となることへの一抹の不安を抱きながらもただ、ネビルは従う他無かった。

 

 

 

 

 

「向かってくるヘルシャーの者達は残りの五百全員。皇女の奪還に者共が動いたかもしれん」

 

「そうだといいのですが……では皆さん、改めてお願いを」

 

 浩介の言葉にリリアーナは何か引っかかるものを覚えた様子であったが、かぶりを振ってすぐにこちらに頼みこんできた。

 

「叶うことならば今回もこちらの力を上手く隠したまま対応していただければと思います……ですが、それで無力化となると皆様は可能でしょうか」

 

 その言葉に恵里だけでなくハジメも光輝達も渋い表情を浮かべている。ハイリヒ王国の混成軍をどうにか無力化で済ませることが出来たのもあくまでこちらの持てる全力を使えたことが理由だからだ。高い機動力を確保できる車にバイク、それに切り札であった“崩陸”で敵の足場を崩して“纏雷”で気絶させることが出来たからこそ誰も死なせずに済んだのだ。それを封じられた状態でやれと言われても恵里達は渋い顔をするしかない。

 

「……すまない、リリィ。いくら俺達でもそこまで限られた状況じゃ殺さずなんて出来ない」

 

「天之河君の言う通りでしょうね。彼らだってあの時は使える手段が限られてなかったんです。それにあの方法を思いついたのは偶然に近いものです。そのおかげでお互い無傷で退けることが出来たんですから」

 

「……流石にそれだと皆さんもやれることが無いです。何かしら解禁してくれないと」

 

 さっきから雫に心配そうに見つめられていた光輝は苦々しい表情を浮かべてリリアーナの頼みを否定するしかなく、無理だと述べた愛子とアレーティア以外の皆も口には出さないだけで同様であった。

 

「……でしたら仕方ありません。可能な限り相手にとって不可解な状況に追い込んだ上で無力化するか追い返してください。ヘルシャーに与するであろう貴族に相手にされないような負け方をさせる。それだったら、可能でしょうか?」

 

 そこでリリアーナがやはりといった様子でため息を吐きながらも表情を改める。そうして新たな条件で撃退するよう言ってきたが、それならどうとでもなるかと思って再度考えを巡らせていると重吾が先に口を開いた。

 

「だとしたら……天之河、お前達が使った地面を柔らかくする魔法は? それとお前達が流す電撃で撃退自体は出来るはずだ」

 

「柔らかく……流砂か。確かにそれはやれるけれど、出来ればヘルシャーとの決戦の時までとっておきたい。永山達もすぐに対策してただろ? なるべく温存しておきたいんだ」

 

 彼が思いついたのは“崩陸”による敵の足場を崩してからの“纏雷”での電気ショックによる気絶であった。確かにこれは今回でも有用である可能性はあったものの、この方法がバレてしまうことだった。ハイリヒ王国の軍との戦いはそこで勝利すれば良かったから問題なかったものの、今やってくる部隊を後で帝国に戻すとなればそれへの対処がされてしまう可能性がある。故に光輝は渋ったのだ。

 

「じゃあどこでも〇アでヘルシャーに戻すのは? あの神代魔法は何人も使えるんだろ?」

 

「ごめん、野村君。悪くは無いとは思うけど、適性が高くないとあまり大きくゲートを開けないからやれるのは私とアレーティアさんだけかな。それにイメージ出来る場所じゃないと繋げられないし、入らなかったらそこで終わっちゃうしね」

 

 次に健太郎が“界穿”でヘルシャー帝国へと戻すことを提案したが、そこはアレーティアに近いレベルで空間魔法に適性があった鈴が答える。

 

 特にネックなのがゲートの大きさであり、鈴とアレーティアでもなければ軍一つを呑み込むようなものは使えない。それに相手が入らなければ無意味だし、展開するタイミングが悪ければ取りこぼす可能性もある。それ故にあまり鈴は気乗りしなかったのである。

 

「確か遠藤君もその神代魔法は使えるはずですよね? 今発動している技能と並行して無数に入り口を作るのは?」

 

「無論、世界を繋ぐ扉は我も使える……が、まぁ流石に巨大な門とするにはいささか適性が足らなかったがな。せいぜい人間一人入れば十分といった程度だ。それと真なる我が明らかになれば今後の計画に支障をきたすだろう」

 

「浩介君無数に並べてゲートで飛ばす、ってのもそこまで実用的じゃないね……それに本人が言った通り無数に増えるのがバレたらあっちも尻込みしそうだし。てか、どこへでも行き来出来る魔法の存在だけでも皆ビビるでしょ」

 

 そこで愛子が別の案を出したものの、浩介も苦々しい表情でそれを否定する。彼の空間魔法の適性が人並よりはちょっと高い程度でしかないし、それを補おうとして数を増やすとなれば当然“深淵卿”の存在がバレる。

 

 恵里もそれが浮かび、これは流石にまずいと思って言及した。無数に数が増えること、そしてそれ以上にどこへでも現れる魔法がバレてしまったら離反した貴族が日和見を決めるかもしれないのだ。浩介に頼る案も“界穿”を使うのも厳しいかと思った矢先、ハジメがおそるおそるといった感じで手を挙げた。

 

「えっと、じゃあ皆。“魄崩”を使って戦意をくじくってのはどうかな?」

 

「んー。悪くは無いんだけど、さ……ちょっと問題があるかな」

 

 一体どんなアイデアだろうかと恵里は軽く前のめりになりながらハジメのそれに耳を傾ける。それを聞いてなるほどと恵里は思ったものの、それだけでは決め手に欠けると考えてそれを通すにはどうしたらいいかと考えた。

 

「なんだその魔法? 横綱っぽい響きなんだけど」

 

「いやそういうのじゃなくってだな……俺達が神山で習得した神代魔法の内の一つだ。相手の魔力とか体力、そういったもんを攻撃する魔法だよ」

 

 この魔法の名前の名前の響きから仁村明人がある力士を思い浮かべたが、それを龍太郎が訂正。それについての大雑把な説明をする。それを聞いて習得出来なかった重吾達は悲しげにうつむきながらも納得したような様子を見せる。神山のコンセプトである『神に靡かない確固たる意志を有すること』を満たせなかったことを思い出しているのだろうと恵里は考えつつも、ハジメが提案してくれた方法がどうやったら使えるかと頭を悩ませる。

 

「“魄崩”か……そうだな。魂魄魔法に適性の高い恵里とアレーティアさん、幸利に俺、後は雫と浩介だったらやれるとは思う」

 

 それはこの魔法にも難点があるからだ。先程龍太郎が述べた通り、“魄崩”は対象の魔力、体力、精神、そういった目に見えないものを攻撃する魂魄魔法のひとつである。ハジメがこの魔法を使うことを提案してきたのは相手の精神、戦意喪失を狙ったのが理由だろうと恵里は結論付ける。

 

「けど、問題は発動する際に必要な明確なイメージと何より強い意志だな。そうじゃないと戦意だけを飛ばすのは厳しいんじゃないか」

 

「そうだな。ハジメがやりたいようにやるとなるとアーティファクトを幾つも作って持たせた方がまだマシってぐらいだろ。それだってどこまで時間があるかだな」

 

「そう、だね……ちょっと厳しいか」

 

 だが光輝が言ったようにこの魔法の特徴であり難しいところは『見えないものを攻撃する』という点だ。簡単に言えば絶対に他の一切を傷つけずに攻撃したい箇所だけを狙うという明確にして迷いのない意志が必須なのである。そうでない場合、他の部分にもダメージがいったり、その分威力が分散してしまう。

 

 そのためハジメの案をそのまま通すのであれば、幸利の言う通りアーティファクトの製造にかかった方がいいのだ。しかし今の状況を考えると現実的ではないとわかり、ハジメもため息を吐いている。

 

「幸利君が言ったこともそうね。後は……ある程度近づいてやらないと。“気配遮断”があるから大丈夫だとは思うけれど、何度も相手の意志をくじいているときっと警戒されるし、何かされたってわかると思うわ」

 

「南雲さんの案は悪くないと思います……でも、天之河さんと八重樫さんが言った通り幾らか難点があります。相手を敗走に追い込むには少し厳しいかと」

 

 そしてこの方法は他にも問題を抱えていた。雫が述べたようにやればやった分だけ相手が警戒するということだ。十分な効果を発揮させるのであれば一度に一人ずつが一番いいため、その分手数が多くなってしまうのだ。そのため一瞬で全員を恐慌状態に陥れるというのは厳しく、雫の言葉にアレーティアも補足したのである。

 

「“魄崩”を使って戦意をくじくってのは悪くないと思うんだけどね……こう、一気にパパーっとやれるのないかなぁ」

 

「それが出来るんだったらお前がいの一番に思いついてるだろ、恵里」

 

「後でエヒトと戦うこと考えると傷つけるなって話だろー? あー、面倒くせぇ。俺とアレーティアさんでよ――」

 

「私達を放置しておいて、一体何の話し合いですの?」

 

 恵里としてもハジメが出してくれた案を無駄にはしたくなかった。決して悪くないアイデアなのだが、龍太郎の言うようにそれを活用できる方法が思いついたのならそれをしれっと口にするなりハジメに伝えるなりしている。さてどうしたものかと頭をひねりつつ信治の思い付きに一応耳を傾けようとした時、軽く苛立った様子の女の声が不意にこの場に響いた。

 

「あ、土かぶり姫」

 

「誰のせいだと思ってますの!!……いえ、負けた人間があれこれ言うのは間違っていますわね」

 

 もしやと思って振り向けばトレイシーと彼女のお付きの奴ら七人がそこに立っていた。それも全身土まみれの状態で。そこで恵里が嫌味をぶつけてやれば軽くヒステリーを起こしたものの、すぐに冷静さを取り戻してこちらを値踏みするような視線を向けてきた。

 

「先程の決闘はわたくし達の負け。それは認めましょう。ですが、それでヘルシャー帝国に勝利したと思わないでほしいですわ」

 

「それでしたらトレイシー皇女、貴女と共に行軍していた部隊がこちらに向かっている様子ですがどういうことかご説明願えますか?」

 

「さぁ。わたくしを迎えに来る可能性もある、とだけ伝えておきますわ。腹黒姫」

 

 トレイシーの言に同意するように彼女の他の護衛の奴らも侮りと敵意の混じった視線を向けている。そこでリリアーナが探りを入れるも、彼女は意味深な返事をするだけでこちらを興味深そうに見つめるだけ。やはり向こうが動くことも視野に入れていたのだろうと推測していると、あぁそうそうとトレイシーが更に情報を明かしてきた。

 

「ですが敗北した身ですし、もしこちらに来るとしたならは誰が率いているかぐらいは教えます――バイアスお兄様、バイアス・D・ヘルシャーが残る五百を率いているでしょうね」

 

「と、トレイシー様!?」

 

 その言葉にリリアーナの表情が強張った。そんな彼女の肩に信治が手を置いたのを見つつ、結構ろくでもない奴なんだろうなぁと恵里は考える。普段ここまで表情が固くならない彼女がこうなっているのだ。色々と問題があるんだろうと思いつつ、部下から諌められているトレイシーへと恵里は質問を投げかける。

 

「何故明かしたのです! 反逆者ごときにそこまで情報を渡さなくとも!」

 

「あら? わたくし達は負けたのですよ? それも一方的に。それに――」

 

「ふーん。じゃあしつもーん。そっちのお兄さんってことは皇族の類でしょ? どうして一緒に動いていたわけ?」

 

「お答えしますわ。バイアスお兄様もわたくし同様、ある『国』への使者として行動していたからですわ。そこまで言えばおわかりでしょう中村恵里?」

 

 その答えに恵里だけでなく皆も納得したようにうなずいたり、口々につぶやきを漏らす。

 

「そうか。アンカジが目的で……」

 

“……おそらく国に赴いて対ハイリヒ王国同盟を締結するのが狙いだと思います”

 

 アレーティアが導き出した結論に恵里もまたたどり着いていた。トータスで他に『国』と称されるのはアンカジ公国しかないし、他は各国に仕える貴族の領地とのこと。トータスの地理についてメルドから雑談代わりに聞いていたこともあり、また当の本人も『なるほど……ならつじつまが合うな』と納得している様子であった。

 

“なぁリリアーナ、帝国からここまでこんなに時間がかかるもんなのか? 妙にチンタラしてた気がするんだけどよ”

 

“正確な距離を把握している訳ではありませんが、概ねそうです。フューレンの外で待機していた兵士達も護衛と考えればつじつまが合いますし、それらの兵の動員や再編、そして行軍にも時間はかかります。これでもかなり急いでやったものかと”

 

 そして信治がヘルシャーの部隊の進軍の速さについてリリアーナに尋ねたが、現地の人間であり王族である彼女は急いで部隊を動かしたとのではと推測している。こういった動きとなると流石に恵里もわからないため、リリアーナの言葉を信じるしかなかった。

 

「また空か何かをながめながら考え事をしているようですわね。それは結構ですが、早くしなければバイアスお兄様率いるヘルシャーの部隊が到着しましてよ?」

 

 煽るように言ってくるトレイシーに軽くイラっとしつつも、恵里はこちらへと来るヘルシャーの奴らへの対処を考える。ハジメが言ったように戦意をくじくというのは決して悪い訳ではない。だがハイリヒ王国に仕掛けに行った時と違って使える手法が限られているし、段々と時間が無くなっていっている。

 

(何か……何かないか。こうなったら人数だけ集めて上級魔法を撃つフリをして、それで死なない程度か回復して戦う気をなくす……ダメだダメだ! こっちの強さが相手に伝わりすぎる!)

 

「さて、反逆者の皆さん。たとえわたくし達に勝利しても、実力あるヘルシャーの人間に勝てると思っているならそれは大間違いですわ」

 

 実力差があり過ぎるが故に良い案が中々浮かばず、内心焦っているとトレイシーが勝ち誇った様子でこちらへと大言壮語を吐いてきた。

 

「バイアスお兄様は上に立つ者としてはともかくとして、実力は相当のものです――そのお兄様が率いるヘルシャーの軍は決して弱くなどありません。先程私達にしたような小細工を弄した程度で勝てると思ったら大間違いですわ」

 

「……あなたはそのお兄さんが連れてくる軍が勝利すると確信しているんですね」

 

「それに関しては答えかねますわ……ただ、五百もの数をどうやって捌くのかをここで見届けさせていただきます。それぐらいは構わないでしょう?」

 

 愛子にそう尋ねられ、土ぼこりまみれになりながらも自信満々に言うトレイシーの姿を見た恵里は軽くあっけにとられる。もう苛立つ以前に『あ、これフラグじゃん……』と考えてしまったからだ。自分と相手の実力差が全然わからなかったが故にイキッてるのを拝んでしまってある種の感動を覚えてしまったからである。

 

「……ひとつ聞かせてくれ。そっちは()()の兄が絶対に勝つと確信しているのか」

 

 ただ、問いかける際の言葉遣いと声のトーンからして光輝は本気で怒っていたようだが。さっきトレイシーと三対三で戦おうとしてた時も怒りを堪えた様子だったのを思い出し、戦うことに楽しみを見出すこの女が許せないんだろうなと恵里は察した。

 

「こ、光輝、ダメ……ダメよ……!」

 

「っ! ご、ごめん雫……」

 

 そのせいなのだろう。雫が妙にうろたえた様子で彼にすがりついており、そんな彼女の様子に気付いた光輝も慌ててなだめようとしている。妙に雫の情緒がおかしいことに気付いてはいたが、それは今は光輝にやらせておくしかないと委ねて恵里はトレイシーの話に耳を傾けた。

 

「何を言うのかと思えば……まぁ私達に勝利したように上手く策を弄する才があるか、偶然が何かが起きれば勝利するのでは? どうやってヘルシャーの兵に勝利するか、それを見定めたいと思っているだけですわ」

 

 その一方、問いかけられた当人は余裕の表情でこちらの手の内を見ようとしている。改めてイラっときた恵里は早速皆にアイデアを募ろうと“念話”で声をかける。

 

“もう、なんかない? あそこのもう勝った気でいる皇女サマの鼻を明かせるやつ。もうこうなったら本気でビビらせて逃げ出させるようなの考えようよ!”

 

「恵里ってばぁ……」

 

「そう言われたってすぐに考え付く筆頭の中村が思いつかないんじゃ無理があるだろうが! 俺らだって真剣に悩んでるっての!」

 

「っ……ごめん」

 

 その言葉にハジメが呆れ、礼一も頭をかきながら軽く怒鳴り返す。声を荒げて反論したことに苛立ちそうになったものの、礼一の真剣な表情を見て恵里はポツリと謝罪した。誰もが必死なのだ。どうにかやれる方法がないかと絞り出そうとしている様子を見て見当違いな怒りを抱いたことに気付いたからである。

 

“あー、さっき言いそびれたけどよ、俺とアレーティアさんとで“炎天”使っておどかすのは? なるべく被害は出さないようにしてよ”

 

“その……駄目です、中野さん。当てる気のない攻撃はまず相手に見抜かれます”

 

“じゃあ私とアレーティアさんで“冷結”を使って追い払うのは? 斎藤君にも手伝ってもらってエアコンみたいに冷たい風を吹かせて、体が冷えてあまり動けなくなるぐらいまでやればきっと逃げ出すよね?”

 

“えあこんというのがどういうのかは存じませんが、悪くは無いと思います。けれど宮崎さん、“冷結”は水系魔法の上位の氷の魔法ですし、その冷気をこの平野一帯に放つとなると斎藤さんの使う魔法もかなり強力なものを使わないと厳しいかもしれません。向こうに実力が露見する可能性が高いのでそれは流石に承服しかねます”

 

“……いっそ全員殺しては? 私が技能を総動員して仕留めますので、白崎さんと谷口さんは治癒魔法で傷を癒してください。後は魂魄魔法で魂を与えて――”

 

“やめてぇ! 愛……ちゃん、そんなことしないでよぉ~! お願いだからぁ~!”

 

“畑山先生まで……数が多いのに力を出せないし、どうすればいいの恵里ぃ……”

 

“ホントにそうだよ、もう……!”

 

 全員で色々と相談するも、必ずどこかしら引っ掛かってしまう。全力を出すにしてもあまり悟られないよう工夫する必要がある。その縛りがキツすぎるせいでもうヤケになった愛子が全殺しからの死体を操作すればと口にして妙子らに止められる始末。頭を抱える鈴を見て、かつて前世? で暗躍してた時と似てるようで違う状況に恵里はただ頭を悩ませるばかり。

 

「もう時間がありませんというのに……先程錬成と初級魔法の組み合わせでわたくし達に勝利したのと、かのハイリヒ王国三千もの軍を撃退したと聞いて期待していたのですが」

 

「しょせんまぐれで勝ったようなものでしょう」

 

「やはり真正面から相対してハイリヒ王国に勝利したなど、所詮尾ひれのついたうわさでしかなかったということか。なら先程の勝利も偶然でしょうな」

 

「チッ」

 

 そして外野からの一方的なヤジに、恵里はあちらに聞こえるぐらい大きく舌打ちをする。本気を出せるなら灰すら残さず消し飛ばせるハエごときがうっとうしく絡んでくるのが面倒になったからである。

 

(ったく、好き放題言ってくれて。こっちだって本気が出せれば……うん? どうしたんだろ、香織)

 

 取るに足らない相手とはいえ、真剣に考えてる時にヤジを飛ばされれば流石に気が散ってしまう。全力さえ出せればと心の中で負け惜しみを漏らした時、ふと変に体を震わせていた香織が視界に入った。

 

“どうしたの香織? いきなり顔青ざめさせてさ。“鎮魂”いる?”

 

“う、ううん……その、ね。ちょっと昔のこと思い出しちゃって”

 

 何かを思い出して怯えたような感じの香織に声をかけるが、本人は引きつった笑いを返すだけであった。オルクス大迷宮でもあそこまで怯えたことなんて無かったし、あんな無理した笑いはアレーティア周りのこと以外では()()()無かった。だがあの様子は前に一度見たことがあったような気がしたのである。

 

“んー……いつ頃だったっけ。ずーっと前に見たことがあったような……”

 

“言ってみろ、香織。ちょっとは役に立つかもしれねぇから。な?”

 

 それも大分昔だったようなと思い返していると、龍太郎に促されるまま香織はその理由を語ってくれた。

 

“その、ね……恵里ちゃんの皆でおどかす、ってのを聞いてついお化け屋敷に入った時のことを思い出しちゃって……うぅ、やっぱり怖いよぉ……”

 

 それを聞いて恵里もようやく腑に落ちた。小学生の頃、幼馴染~ズ&親~ズで一緒に遊園地に行くことがしばしばあり、その際に一度だけ皆でお化け屋敷に入ったことがあった。その時の香織の様子を思い出したからである。

 

 本物のお化けも“降霊術”のおかげでよくわかっていたし、何ならゾンビも恵里にとってはなじみ深いものだった。後は戦いの経験があったことから突然お化け役の人が現れても特に何ともなかったし、むしろビビりながらも自分のために奮起するハジメを見て微笑ましく感じてたぐらいである。

 

“……今でもダメなのかよ。ってか魂魄魔法で――”

 

“駄目。言わないで龍太郎くん。やっぱり怖いのは怖いもん。だっておばけなんだよ?”

 

 当時の香織は父の智一の反対を押しのけて龍太郎とペアで入ったのだが、終わった後もずっと龍太郎にしがみついて離れなかったのだ。それも涙と鼻水を垂れ流して怯え切った様子で。

 

 妙子も入った後にこの世の全てを憎むかのような目つきになったこともあり、以降はお化け及びお化け屋敷はタブーとなったのだ。しかし魂魄魔法を覚えた今でもダメなのかと恵里は呆れてしまう。

 

 苦笑する龍太郎になだめられる香織とうんうんとうなずく妙子を見て頭痛を感じていたが、ふと彼女の脳裏にあるイタズラが浮かんだ。それもこの状況において最適だと思えるようなものをだ。

 

「――ねぇねぇ皆、ちょっとやりたいことがあるんだけどい~い?」

 

「嫌。恵里のお願いでもぜぇ~ったいイヤだからね!」

 

「……恵里っち、妙子っちと香織っちがすっごいイヤがってるけど。やめといた方がいいんじゃ……」

 

「いやまだ何も言ってないんだけど……」

 

 それを口に出そうとした途端、妙子が奈々にしがみついて震えながらノーを突きつけてきたし、香織も言おうとしたことに気付いたのか首を勢いよく横にブンブンと振っている。二人の妙な勘の鋭さにため息を吐きたくなりながらもまぁいいかと思い直し、先にトレイシーの方へと言葉をかける。

 

「ねぇねぇ皇女サマ、ちょっ~と話があるんだけど」

 

「何ですか中村恵里。わたくしを失望させた貴女がたの話に、まだ耳を傾ける価値があるとでも?」

 

「ふ~ん。言ってくれるじゃないのさ――じゃあ特等席でショーを見せてあげるよ。お代は結構だからね。“縛岩”」

 

 愉快気に口元を吊り上げながらトレイシーに声をかけるも、彼女は心底冷めた目でこちらを見てきたため恵里は思わずカチンときた。そこで思い付きを実行、彼女達にも見せつけるべく恵里は“縛岩”を発動。トレイシーら一行を全員雁字搦めにしていく。

 

「こ、これは……! やはり貴女達、実力を隠して――もがぁ!?」

 

「あーうっさい。せっかく人が親切にしてあげようとしたってのにさぁ。ま、いいや」

 

「いや良くないって……流石にトレイシー皇女様もかわいそうだよ」

 

 口元まで細い岩の鎖で容赦なく塞ぎ、ミノムシ一歩手前の状態で地面に横たわらせる。その際鈴が大いに呆れた様子で文句を言ってきたが恵里は知ったことじゃないとはがりに聞き流す。そしてハジメ達の方へと振り向いて思いつきを語った。

 

“それじゃあ改めて言うけど、皆でショーをやろうよ。それもこの平野一帯を貸し切ってさ”

 

“あー、恵里。その、さ……前世で大得意だった技能を使うやつかな?”

 

“片っ端から色んなのを呼び覚ましたりとかするヤツだよね。すっごい罰当たりなことをするヤツだよね?”

 

「二人ともさぁ……まぁいいや」

 

 先の香織との話を聞いて思い至ったのだろう。ハジメと鈴からの問いかけを聞いて既にこれからやることが既にバレてることにやや意気消沈しながらも恵里は口にする。

 

“じゃもう一度言うね――特大のお化け屋敷、やらない?”

 

 その一言に香織と妙子はヒッと短く悲鳴を漏らし、他の幼馴染の皆や大介らも呆れた様子でため息を吐いている。重吾らも唐突な提案に『お前は何を言ってるんだ』と言わんばかりの顔で見つめ、現地人であるメルドとアレーティア、リリアーナだけがその言葉の意味を理解出来ずにただ首をかしげるだけであった……。




次こそは、次こそはヘルシャーの使者来訪関連の話もケリがつく予定です! マジでそうなって!(願望)
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