あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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それでは拙作を読んでくださる皆様がたへの感謝の言葉を述べさせていただきます。
おかげさまでUAも187600、感想数も680件(2023/11/5 18:06現在)となりました。本当にありがとうございます。こうして読んで下さる皆様への感謝の念が止まりません。

そしてAitoyukiさん、今回も拙作を再評価してくださり誠に感謝いたします。おかげさまでこの短期間で書き上げることが出来ました。ありがたい限りです。

では今回の話を読むにあたっての注意点としてやや長め(約13000字程度)となっております。それに注意して本編をどうぞ。


幕間四十八 対応の差

「バイアス様、もう少しでフューレンに着きます」

 

 フューレンの東およそ三百メートル、ヘルシャー帝国の部隊は既にそこまで商人の都市まで迫っていた。

 

「やっとか。騎兵だけで突撃をかけられたのならもっと早く行けたってのに」

 

 部隊を構成しているのが騎兵、各属性の術師、歩兵と弓兵であったため、バイアスを含めた全ての騎兵が速さを合わせる必要がある。

 

 仮に機動力の高い計二百の騎兵だけで突撃をかけても、フューレンの街を縦横無尽に駆け巡るのがせいぜいだ。攻城兵としての面を持つ術師がいなければ侵入経路は限られ、騎兵よりも制圧に適した歩兵と弓兵がいなければ抵抗する輩や逃げ回る民衆を鎮圧させるのも厳しいだろう。その程度のことはバイアスとてわかっていた。

 

「だがようやくだ。あと少し進むだけでフューレンを俺のものに出来る」

 

 だからこそ抑えていた。中立だなんだとお高くとまっていたあの街を襲い、徹底的に嬲った後でヘルシャーの末席に加えさせる。そうするために兵を進めるのだと堪えていたのだ。あと二百メートルも進めば術師達の放つ魔法もほぼ減衰することなく外壁に当てられる。壁が崩れ、泣き叫ぶ民衆どもを拝める。そう思ってただただ進んでいく。そんな時であった。

 

 ――……サレ。

 

 ふと兵士達のところに妙なうめき声が届いた。一体誰が、と何人かが周囲を見渡したのだが何も見つからず、彼らはただ疑問符を浮かべるばかりであった。

 

「あ? さっきから何そこら辺ながめてやがる。とっとと動――」

 

 ――……チサレ。

 

 今度はバイアスにもその声が届いたものの、視線を右に左にと動かしても人影ひとつすら見当たらない。一体何なんだと思っているとまたしてもその声がヘルシャーの部隊の者達に聞こえた。

 

「立ち去れ、立ち去れ」

 

 ――ココカラ、タチサレ。

 

 敵意のこもった声が聞こえ、再度ヘルシャーの兵士達は索敵に移る。周囲を見渡してもどこにもいない。なら身をかがめて声を出してでもいるのかと視線を落とせば、十の人間の首が転がっている。

 

「むー! んー!!」

 

「! バイアス様、あれは……」

 

「トレイシーとその配下どもだな。ヘマしやがったか、あの馬鹿は」

 

 否、よく見れば微かに動いているのが見えたため、生き埋めになっていた人間のそれだということがわかった。しかもそれが建前上探していた自分の妹であるとも。何があったかは不明だが、こんな状態となっている不出来な妹に心底失望しながらもバイアスらは声の主を探る。

 

「おい、他に人影はねぇのか。とっとと探せ」

 

「も、申し訳ありません……い、今すぐに不届き者を――」

 

 しかし不気味な声を発しているであろう人影は未だに一人も見当たらない。その上どこか不気味なこの声に薄気味悪さを感じていた兵士達だったが、不意にその中の一人、それも闇系魔法に精通した術師があることに気付いてしまう。

 

「な、なぁ……さっき聞こえた声、耳だけじゃなくて、頭とか……いや、なんか()()直接響くような……」

 

 ――先程から聞こえていたものの中にただの声じゃないものが混じっていることに。得体の知れない何かをずっと受けていたことを知り、兵士達の間で動揺が広がる。だが、それを収めるべくバイアスが声を上げた。

 

「何ビビッてやがる! こんなもん、ただの魔法にどっかの馬鹿がささやいてるだけだろうが! その程度で腰抜かして――」

 

「立ち去れ。立ち去れぇ……!」

 

 ――カエレ、カエレェェ……。

 

「私達の眠りを……妨げるのかぁ……!」

 

 ――ココカラァ……デテイケェ。

 

 ただのペテンだと喝を入れようとしたものの、またしてもあの謎の声が全軍に響き渡る。今度は違うセリフも混じっており、バイアスの言葉で立ち直った人間はともかく、うろたえていた者達はまたしても悲鳴を上げるばかりだった。

 

「あ、あれ!」

 

 そんな中、兵士の一人が前方を指さす。そこには見慣れない恰好の人が()()立っていた。

 

「お、お前か! お前がこの騒ぎを――」

 

「お前のせいだ……お前らのせいで私達の眠りが妨げられた……」

 

 ――タチサレ。タチサレ。

 

 ――ココカラ、タチサレ。

 

「私を殺したのはお前か……許さない、許さないぃぃ……!」

 

 女と男が二人ずつ。しかしいずれも生気のない青ざめた顔でこちらを見ては口を動かしている。だが問題はその顔色や動きだけではない。肌が、青白いのだ。その上着ている服も破けており、そこから覗く肌もまた同様であった。

 

「ぼ、亡霊か!?」

 

「こ、降霊術だ! 降霊術師がいやがるぞ!」

 

 すぐに兵士達はその正体を看破する。目の前の奴らは何者かの降霊術によって顕現した残留思念なのだと。だから身に着けている衣服が著しく破損しており、また人間らしからぬ気配を放っているのだとわかったのである。

 

「やはりか……さっきのも降霊術師の使った魔法だ! 震えが止まらねぇってなら俺がこの場でお前ら全員殺してやるからな!」

 

「立ち去らぬかぁ……」

 

「おのれ、おのれぇぇ……!」

 

 ――ユルサヌ、ユルサヌゥゥゥ……!

 

 すぐにバイアスも声を上げて怯える兵士達を恫喝し、切り捨てることすら厭わぬ宣言をした時、亡霊達の悲しげな声が彼らの魂に響いた。その時である。

 

「――っ!? う、うわあぁぁぁぁぁああぁ!?」

 

「じ、地面から! 地面から何か気配が、気配がぁあぁあ!!」

 

「う、うろたえてんじゃねぇ!! 黙りやが――うぉわっ!!」

 

 ()()()からとてつもない殺気があふれたのだ。それにあてられた兵士達はそろってすくみあがってしまい、中には腰を抜かした者までいた。バイアスも地面から発せられるそれに今まで感じたことのない恐怖に襲われ、怯えた馬がいななきと共に彼を落として逃げ去ってしまう。

 

 ――ソノツミ、ツグナエ。

 

 ――オマエタチモナカマダ。

 

「な、仲間が何だって――」

 

 体をしたたかに打ち付けてもなお、ヨタヨタと歩いてくる亡霊らしき存在が放つ声にバイアスは反論しようとする。しかしまたしても異変が起きてしまった。

 

 ――オイテイクナ……オイテイカナイデクレ……。

 

 ――ミステタナ……ワタシタチヲミステタンダナ……!

 

 亡霊が、増えたのだ。次々と姿を現し、五人、六人と増えていき、間を置かずに数十人もの亡霊がヘルシャーの部隊の前に姿を現したのである。

 

 ――アンタモシネ。

 

 ――オレタチノナカマニナレ。

 

 ――オマエモナカマダ。

 

 声も増えた。そこかしこから魂に響く声、いずれも違う声色のものが聞こえてくるのだ。だが今度はそれだけでは済まなかった。声を聞いてしまった兵達の中で段々と()()が生まれ、戦意だけが()()()()()。じわりじわりと己の中を恐怖だけが覆い尽くしていったのだ。

 

「く、来るな……」

 

「や、やめろ……こ、殺すぞ! お前ら全員殺してやるからな!」

 

 及び腰になりながらも持ってる武器を振り回す兵士達。その場で妙な動きをする亡霊が幾つかいたものの、少しずつじりじりと迫ってくる亡霊どもにそれが届くことはない。後ずさって武器をブンブンと振り回すしか兵士達は出来なかった。

 

「こう、なったら……地面を走りてもなお猛る炎よ 汝が吞みこまんとするは我が眼前にそびえる敵なり」

 

 恐怖に怯えるのは兵士達だけではない。バイアスもまた先程から感じている恐怖と殺気に体が固まってしまいそうになりながらも懸命に耐えていた。そこでどこかに隠れているであろう降霊術師諸共焼き尽くさんと、炎の津波を引き起こす“海炎”を詠唱しながら立ち上がろうとする。

 

(さか)(さか)りてことごとく――っ!!」

 

「“魄崩”」

 

 だがその時、亡霊の一人が、女のそれがバイアスの懐へといきなり潜り込んできたのだ。そしてバイアスの胸の鎧をツゥ、と指先でなぞって何かをつぶやく。

 

 ――アァ、コワイ。ワタシガモエル。モエチャウヨォ。

 

「ひっ――ひぃいいぃぃ!?」

 

「“魄崩”」

 

 その直後、バイアスの中から戦う意志が消えた。恐怖に抗う思いが消えてしまった。そうなれば発動しようとしていた魔法も霧散するのは自明の理であり、兵士や側近達も自分達の仕える主の情けない悲鳴を聞いて頭の中が真っ白になってしまう。

 

 ――ツギハドウサレタイ?

 

「ひっ……ち、力が抜け、て……」

 

「“与怖”」

 

 またしても亡霊が何かをつぶやくと同時にすさまじい気だるさがバイアスを襲った。まるで体から()()が抜けたかのような感覚であり、抵抗する力が無くなってそのまま腰を抜かしてしまう。目の前の亡霊はそんなバイアスの頬に()()()指先を当て、上へと軽くなぞった。

 

 ――オマエモイッショニサマヨウカ? ナァ?

 

「あ、あぁ……うわぁぁぁぁぁぁぁあああぁああ!!!」

 

 亀裂のような笑みを浮かべた亡霊を見て、バイアスの中にあった恐怖が爆発する。戦う意志をくじかれ、抗う力もいきなり失い、あまりに不可解な現象に襲われてから聞いてしまったこの言葉。バイアスの精神の均衡が崩れるのは自明の理であった。

 

「に、逃げろ……お、お前ら逃げろぉおぉ!」

 

 涙と鼻水を垂れ流しながら四つん這いになってその場から逃げ出そうと手足を動かす。その様はもう野心あふれるヘルシャーの皇太子などではない。残虐非道な、次の皇帝になるとのたまっていた男の醜態は瞬く間に伝播し、部隊の中で平静を保っていられる人間は皆無となった。

 

「に、逃げろ! 逃げるのだ! ば、バイアス様の活路をひら――」

 

 だがヘルシャーの人間としての意地が残っていた副官のネビルが号令をかけ、なんとしてもバイアスを逃がそうと命じたその時、地面がぬかるんだように柔らかくなっているのを感じ、直後に自身の足が掴まれていることに気付く。

 

 ――オマエモナカマニナルンダロ? オイデ、オイデ。

 

「ひっ――ひぃいいぃいいぃいぃ!? て、手が、手がぁー!!」

 

 地面から生えていた手に軽く掴まれ、そして魂に響く声を聞いて確信する。あの殺気の主はこの腕だったのかと。弱々しいながらも少しずつ自分を地面に引きずり込もうとするその腕を見て、ネビルは恥も外聞も無く騒ぎ立てるしかなかった。

 

「うわぁああぁーーーー!! 手が、手がそこらにぃーーーーーー!!!」

 

「いやだぁー!! おうち、おうちかえる! おうちかえるのぉー!!」

 

 そのネビルの叫びを発端に、地面から無数に手が生えた。兵士達の足元に、はたまた平野の別のところにも。すさまじい数の手がうごめき、その場にいた人間の精神をゴリゴリと削っていく。

 

「あぁあああぁああぁあ!!!」

 

「いやだ、やだぁーー!! もうへいしやめりゅぅうううぅぅぅぅ!!」

 

 完全に恐怖に呑まれた者達は武器も物資もかなぐり捨ててそのまま四方八方へと散っていく。その姿は最早『弱肉強食』を是とするヘルシャー帝国の人間のものではなく、闇夜に怯える子供のようであった。

 

「お、置いてくな! 置いていくんじゃねぇー!! お、俺はこうたいしだぞ! えらいんだぞぉ!」

 

 蜘蛛の子を散らすが如く有り様でアンカジ公国、ハイリヒ王国へと向かうはずであった護衛付きの使節団は今ここに崩壊した。散乱した物資。恐怖のあまりその場で絶命しそうになっている軍馬。それらに目もくれることなく逃げる人間ども。ある種の地獄のような光景がしばし続く。

 

“終わったみたいだね。みんなお疲れー”

 

 逃げ出した輩がいなくなったのを確認したところでバイアスの懐へと忍び込んだ亡霊――中村恵里が号令をかける。かくしてここに『お化け屋敷大作戦inトータス』は幕を閉じたのであった。

 

 

 

 

 

「お、終わったんだな」

 

「御疲れ様です、皆さん」

 

 一大スペクタクルショーを終え、()()()をしてからフューレンへと戻って来た恵里達を出迎えたのは、ある理由から先にフューレンへと戻っていた龍太郎達四人であった。

 

「出迎えてくれてありがとう龍太郎、リリィ。それと香織と妙子も」

 

「お、お疲れ様、皆……ね、ねぇ、お化け、いないよね? 大丈夫だよね?」

 

 東の入場受付で待っていた龍太郎とリリアーナからもらった労いの言葉と出迎えてくれたことにまず光輝がお礼を述べると、龍太郎の服の袖をギュッと掴んだ香織が心底心配そうにそう問いかける。

 

「大丈夫に決まってるよ香織。ちゃぁんとアフターサービスも――」

 

「やめて。聞きたくない。そういうのいらないから」

 

 あの後残留思念も全て昇天させていた恵里が心配ないよと呆れながらも伝えようとするも、香織の後ろに隠れていた妙子がほぼ真顔でマジギレ一歩手前のトーンでやめろと言い放ってきたため、はいはいと恵里は気の抜けた返事だけを返した。

 

「あー、うん。すまん……そういや皇女様達はどうした?」

 

「うん?……あぁ、いい薬になったと思うよ」

 

 相変わらずホラー系が完全に駄目な妙子のリアクションに龍太郎が代わりに謝りつつも、恵里に『特等席でお化け屋敷を体験させる』と連れていかれたトレイシーらの安否について尋ねた。すると苦笑いを浮かべた光輝が目で後ろを示し、龍太郎らもその視線の先を追ってその表情の意味を察した。

 

「う、うぅ……ゆ、ゆうれいが……ゆうれいがぁ……」

 

「オバケこわい……オバケこわいよぉ……」

 

 ……光輝と重吾が引いているリヤカーの上で、また岩の鎖でぐるぐる巻きとなっていたトレイシーらは仲良く悪夢に苦しんでいる。ちょっと異臭もする辺り、どれだけ恵里達の催しがヒドかったのかを彼らは瞬時に把握してしまったからだ。

 

“……なぁ、一体何やったんだ? 打ち合わせじゃここまで苦しむことも無かっただろ”

 

“ちょこちょこアドリブを入れただけだよ。そんなに大きく変わってないって”

 

“いや、ちょこちょこ入れてたら普通変わるだろ”

 

“まぁちょっと理由があったんだよ、龍太郎君……”

 

 ホラーが駄目な香織と妙子を気遣って“念話”で何があったか尋ねる龍太郎に恵里はこともなげに返事をする。そのことについてすぐさま龍太郎はツッコミを入れるも、ハジメがすぐにフォローを入れて来た。

 

「まぁここで立ち話もアレだろ? とりあえず商業ギルドに行きながら話せばいいんじゃねぇか」

 

「そうね。ユキに賛成だわ。こんなとこで突っ立ってたら門番の人達に迷惑だもの」

 

 幸利と優花の意見を受け、恵里達と龍太郎らは商業ギルドへと足を向ける。その道すがら何があったかを振り返りつつ、恵里達は今回の作戦のことについて語り出した。

 

“それで、結局当初のプランと何が変わったんですか”

 

“いやー、実はさ……”

 

 リリアーナの問いに恵里達は思わず苦笑いをこぼす――恵里が当初提案したお化け屋敷の案はそう難しいものではなかった。簡単に言えば、ヘルシャーの部隊を迎撃するポイント近辺にある残留思念や死体を魂魄魔法で使役しておどかし、また“魄崩”を使って相手の『戦意』をなくして帰ってもらうというものだ。

 

 後は短い話し合いの末、駄目押しとして相手を『恐怖』させるアーティファクトも用意。また上で脅かす面子以外は地下にこもり、予め地下に潜って“錬成”で柔らかくした地面から皆で手を伸ばしたり足を掴んだりするというのを追加したぐらいだ。これならイケるとほぼ全員が判断した末にGOサインを出し、こうして実行したのである。

 

 ……なお香織と妙子は話し合いの段階で気絶寸前となり、こりゃ使い物にならないと判断した一同が龍太郎に二人のことを頼んで先にフューレンで留守番するようお願いしたのだ。その際リリアーナもやれることが無くなったため、一緒に戻っていたのである。

 

「? 龍太郎くん、どうしたの?」

 

“まず最初がつまずいたんだよなー”

 

 ……そう。ここで良樹が述べた通り、この作戦は初手から大きくつまづいてしまっていた。

 

「あー、ちょっと振り返りやってるんだ。悪い、ちょっと待ってくれ」

 

“中村が山みたいな数の幽霊を動かすっつってたんだけどよー、全然幽霊も死体もいなくってなー”

 

 どういうことかと礼一が語れば龍太郎とリリアーナも思わず引きつった笑みを浮かべてしまう。なんと残留思念も十数人程度、死体に至っては数人と数匹程度しか残ってなかったのである。

 

「……うん。手短に、ね?」

 

“それで作戦を変えることにしたのよ。私と光輝、おじいちゃんとお母さんの四人でまず仕掛けてほしいって”

 

 恵里が幽霊と死体を操作し、光輝、雫、鷲三、霧乃の四人が“気配遮断”か“気配操作”を使いながら無数の幽霊と死体の中に紛れ込み、鷲三と霧乃が純粋な演技で、光輝と雫が“魄崩”や相手に恐怖を与える“与怖(よふ)”――なおこの魔法は恵里が既存の魔法をベースに急ごしらえで作ったものである――を付与したアーティファクトを使って相手の意志をくじく。それが作戦の要だった。

 

“死体を残らず食い荒らすほどの貪欲な魔物がいたか、或いは開けた土地のせいで犠牲になる人間がいなかったか……ともあれ光輝と雫、鷲三殿と霧乃殿はよくやってくれた”

 

 だが無数の幽霊や死体に紛れ込ませるのが不可能になってしまったため、メルドが述べた通りまずこの四人と恵里が頑張ることになってしまったのだ。

 

 四人はまず渡していた姿をごまかすアーティファクトを使い、幽霊の姿になってもらった。次に光輝と雫は“心導”を使って相手の魂に直接声を届け、体を改造されていることから神代魔法の習得を見送った鷲三と霧乃は幽霊の真似をしてもらったのだ。恵里は気配を殺しながらしばし指示役に徹し、相手を怖がらせようと試みたのである。

 

“……でも、相手がすぐに立て直しを図ったり、降霊術師の仕業だとみなしてきたのには焦りました”

 

 結局相手が立て直す前に対処したことで問題にこそならなかったものの、アレーティアが言及したことに恵里達もうんうんとうなずいている。あの集団の中でひと際声の大きかった男がバイアスとやらなのだろう。あの男の一声でヘルシャーの兵士達はそこそこ立て直していたのだから違いないと誰もが思った。

 

“そこは恵里がすぐに指示を出してくれたおかげかな”

 

“そうだね。ハジメくんと永山君達、あと浩介君は地下での仕掛けのためにも残っててもらわないといけなかったけどね”

 

 恵里が地下にいた皆に“威圧”を使うよう即座に指示を出せなかったら、姿をごまかすアーティファクトを起動して幽霊に見せかけた状態で地上に上がってくるよう言わなかったら……おそらく今回の作戦は失敗していただろうと実際にやっていた面々は考えている。ハジメと鈴の言葉に今回も中々に厳しかったということを龍太郎達は察した。

 

“んじゃあさっき鈴が言ったことを考えるとほとんどが地上で幽霊のフリしてた、ってことか”

 

“そうなると、元々の作戦も考えれば“魄崩”と恐怖を与える魔法を付与したアーティファクトを皆さんが使ってヘルシャーの部隊を壊走させたということでしょうか?”

 

“あぁ……そうなる”

 

 龍太郎とリリアーナが作戦にどんなアレンジを加えて実行したかを推測交じりに語れば、重吾がそれにうなずきながら肯定する。とはいえそれらがあまりに効きすぎたせいで“魄崩”と“与怖”を光輝達が兵士達に使ったのはほんの数度で、後は恵里が暴れた時ぐらいだ。とはいえ大筋は合致していたため、特に誰も言及することはなかった。

 

“あ、そうそう。ちゃんとあっちの皇女サマ達には『特等席』で見せておいたから”

 

 ……ちなみにトレイシーらはどうしていたかというと、迎撃するポイントの地面に首から下まで埋め込んだ状態であの幽霊姿を見せていたのである。それも石の鎖で口元を塞いだ状態で、恵里が操作する本物の幽霊に詰め寄られ、練習次いでに恵里から“魄崩”やら“与怖”をブチこまれてたのである。とんだ災難であった。

 

「な、なぜうごきませんの……わ、わたくしがおびえるとでも……」

 

「……同情しますわ、トレイシー様」

 

 そうつぶやきながらも視線を向ければ、トレイシーら一行はまだリヤカーの上でビクビクと動いている。もっとちゃんとした交渉をしてればこんな目には、と思いつつも国の状況が状況だけに仕方ないかと考えたリリアーナは視線を前に戻す。もう商業ギルドがすぐ近くに見え、思った以上に話し込んでいたのだということを今更ながら考えていた。

 

「さて、着いたぜ。んじゃ、報告といこうか」

 

「一応イルワさんが向こうに戻ってるかもしれないし、俺達は冒険者ギルドの方に立ち寄ってみる。皆は先に話をつけていてほしい」

 

 龍太郎の言葉に誰も反対はしなかったものの、光輝だけはイルワが商業ギルドの中にいないことも考慮して冒険者ギルドの方へと雫達と一緒に向かうと提案。今度こそ誰も異論をはさむことなく彼らは別れ、恵里達はギルドの扉を叩いたのであった――。

 

 

 

 

 

「――なるほど。それが今回の顛末ですか」

 

 恵里達を応接室に招き、話を聞いていたグウィンは少し長めのため息を吐いた。その表情からようやく終わったということを痛感しているのだろうと恵里らは察するも、それに言及はしなかった。

 

「対処してくれてありがとう。後はこちらの仕事、といいたいところではあるけれどね」

 

「何があったんですかイルワさん」

 

 イルワも恵里達の話を聞いてほっと胸をなでおろしていた様子だったが、どこか引っかかる言い方をしている。その際、彼を出迎えて“界穿”で商業ギルドまで送って来た光輝が問いかければ随分と疲れた様子でその理由を明かしてくれた。

 

「まず君達に無礼を働いたのと裏組織と癒着していた冒険者の処分だね。寝返っていた人間が予想以上に多かったし、それ以上にこちらが勧告していたというのにそれに反発した人間が多かった……彼らの中には優秀な人間もいたし、君達にどう詫びるか、そしてその抜けた穴をどうするかで悩んでいてね」

 

 そう語るイルワの姿は哀愁を漂わせていた。話を聞いた多くが『お、おう……』といった歯切れの悪い返事を返すしかなく、あまりにもあんまりな内情に何も言及することが出来ないでいた。

 

「そう。ま、同情はするけどそっちの不始末はそっちでどうにかしといてね。人手は……まぁ皆と相談してから、ってことで」

 

 なお一部除く。恵里も流石に同情はしてたが、光輝のように見返りも無しに手助けをする気はゼロであった。かといってフューレンを捨てる訳にもいかず、ハジメ達と話し合いをして動きを考えるとだけ述べるに留める。

 

「今回はこの子達に被害が及ばなかったですが、もし仮に何かあった場合はどうしました? 今後のそちらの対応含めて話し合いもしたいのですが」

 

 一方愛子の方は容赦なくむしり取る気であった。自分の時も冒険者の正体が裏組織の幹部だったということもあり、また恵里達の話を聞いて色々あったということはわかっていた。摘発を終えた時のどこか迷っていた様子は鳴りを潜め、また自分達のことを最優先に考えていると恵里らは考える。

 

「は、畑山先生……俺達は大丈夫でしたし、不満ぐらいしか出てないんです。いや、それも十分あれなんですけど……」

 

「そこをなぁなぁにしてはいけませんよ天之河君。私としてはそれが原因で皆がいいように扱われるのは反対なんです。最悪こちらを見捨て……いえ、破か――」

 

「いや言わせませんからね!?……すいません。すいませんイルワさん」

 

 無論彼女を止めようと光輝がまず動いた。ただ、こちらの話を聞いてしまっているから愛子を説得するのは難しいとわかっていたが、それでもとややうろたえ様子で止めにかかるも案の定愛子は過激なことを口にしようとし、すぐさまハジメが発言を被せてそれを阻止。そのまま流れるようにハジメが何度も頭を下げ倒していた。

 

「いいじゃんハジメくん。あっちの不手際なんだし、そういうところで甘さを見せるとナメられるよ」

 

「……愛子さんと恵里君の言う通りだね。これに関しては私達の不始末だ。それを見逃してもらおうなんて思ってはいない」

 

 恵里の容赦ない追撃にハジメ達はどうしたものかと頭を抱えるも、そのイルワがそれをよしとしたのだ。律儀で助かると思いつつも、じゃあどう誠意を示すのかと恵里はイルワに意識を向けていたが、その答えもすぐに提示してくれた。

 

「人道にもとることはやはり不可能だ。それだけは流石に許容できない……けれど、約束通り可能な限り君達の後ろ盾になろうと思う。ギルド幹部としても、個人としてもね」

 

 その言葉に恵里と愛子は手ごたえを感じ、ハジメ達もわっと安堵と喜びの混じった声を漏らしている。やっと自分達の頑張りが報われたんだと察して恵里はハジメ達に穏やかな笑みを向けた。

 

「フューレンにはびこっていた裏組織すべての摘発、それに訪れていたヘルシャーの()()を未然に食い止めてくれたんだ。ここまでやってもらってただ感謝を述べるだけで済ませるほど私だって馬鹿でも浅はかでもないさ」

 

「それはこちらもですね――まずそちらの要求していた『アンカジ産』の商品の卸売りの認可を出します。それとアンカジとの交易を行っている商人のピックアップも今秘書長のザックにやらせています。終わり次第そちらにリストを渡しますのでご精査を」

 

 感謝するイルワ、実際に行動に移していたグウィンにハジメ達の反応も大きくなる。これでフューレンそのものが味方になったも同然であり、エヒトが再度盤上をひっくり返すような真似をしなければこれで安泰であるとわかったからだ。

 

「ありがとうございます、グウィン商業ギルドマスター。ではそのリストは私の方で拝見してもよろしいでしょうか?」

 

「王女様が? 皆様が構わないのであればいいのですが一体どうして」

 

「先日王国承認の下立ち上げたサウスクラウド商会、皆様の支援を目的としたそれの経理と事務も兼任しておりますから」

 

 そこで今度はリリアーナが動いた。エヒトとの戦いに備えるためにもトータス全土の人間が飢えないよう食料を各地に行き届かせる必要があるからだ。そのためにも今はアンカジ産と偽装した食品をどうにかして流通させねばならないし、信治達は大迷宮攻略もあるからとその役目を買って出たのだ。恵里達もそれには特に反対しなかったものの、信治は少し心配そうに彼女を見つめていた。

 

「いいのか姫さん? 結構キツくならねぇか?」

 

「大丈夫ですよ中野さん。こういう時のための私です。それに皆さんには大迷宮攻略もありますから。裏方の仕事は私が頑張ればいいんです」

 

「……悪い、リリィ」

 

「これも信治さんと皆さんのためですから」

 

 ふんす、と両手で握り拳を作りながら奮起するリリアーナを見て、ただ申し訳なさそうにつぶやく信治。けれどもリリアーナの方はただ笑みを返すだけ。ふとそんな折、浩介の分身の一つから“念話”が入った。

 

“話し合いの所申し訳ないが眠り姫が起きたぞ。アレを渡して帰らせればいいのだな?”

 

“はい。お願いします遠藤さん”

 

 ……実はトレイシーら一同は路地裏の目立たないところにリヤカーごと運び、浩介の分身の一人に監視してもらっていたのだ。一応これも()()()として必要なことだからと恵里に説得されたためではあるのだが、ほぼ全員が彼女らを哀れんでいた。

 

“向こうから言伝を預かったぞ――この借りは必ず返す、とな”

 

 しばらく待ってからその言葉を聞いた恵里はニンマリと笑みを深める。これでまず策は成った、と。おそらくこちらの都合のいいように色々と動いてくれるはずだと。

 

「……リリアーナ王女はハイリヒ王国の代表として来ていますし、私達の方も仲間はそろっています。今後のフューレンの動きについて話し合いをしませんか、皆さん」

 

 アレーティアの方もヘルシャーの動きは問題ないと考えたか、ここでフューレンと一緒にどう動くかの話し合いを提案してきた。無論、それをしない理由も無かったため、誰もがそれにうなずいて返すのであった。

 

 

 

 

 

(本当に、本当にしてやられましたわね……!)

 

 自分達を縛っていた鎖を浩介に壊してもらい、ある金属製の板を渡されたトレイシーはそれを眺め――そして口元を吊り上げた。そのプレートには箇条書きで様々なことが刻まれていたからだ。

 

 ・ヘルシャーの部隊は撃退済み。その証拠にフューレンの東から三百メートルぐらいの場所に物資が散乱している。

 ・幽霊の恰好をした皆と降霊術を駆使しておどかし、また闇系統の魔法で相手に恐怖を与えた。

 ・念押しに地面を“錬成”と土系統の魔法で柔らかくしてそこから手を出して足を掴むなどした。

 ・早くヘルシャー帝国へと戻ることを勧める。最悪帝国が火の海になる。

 ・暴れた馬は何とかその場に留めておいた。帰りの足にでも使うといい。

 ・勝ちたいのなら今すぐ軍を纏め、貴族とアンカジ公国の協力を取り付けてハイリヒ王国へと仕掛けてくることをお勧めする。

 ・裏切者の元ハイリヒの貴族と引け腰弱虫の皇族、弱い者いじめが好きで仕方ないだけの奴らであってもまだ可能性はあるだろう。そこまでやっても勝つ自信が無いなら大人しくしてて欲しい。

 

 どうやってバイアス率いるヘルシャーの部隊を退けたのか、そして付け加えたかのような挑発を見て反逆者達の技量の高さ、強さを彼女なりに実感していた。故に彼女は笑ったのだ。期待外れなどと言った己の愚かさを恥じつつも、トレイシーは浩介の方へ顔を向けた。

 

「こ、これは……!」

 

「お、おのれ……! や、やってくれたな貴様ら……!」

 

「……一つ、伝言を頼めますか」

 

 そのプレートを自分についてきた者達にも見せれば、顔を真っ赤にしてぶるぶると体を震わせている。ヘルシャーの人間がこうなるよう、腹黒姫と常日頃そしっているリリアーナからの入れ知恵――なお実際は恵里が思いっきり煽っただけということを彼女は知らない――なのだろうと判断しつつ、あえてそれに乗ってやろうとトレイシーは伝言を頼みこむ。

 

「ほう。この我に言伝を頼むか。よかろう。貴様の言葉を我が同胞にすぐに聞かせてやろう」

 

「トレイシー様!」

 

「今は黙ってなさい……この借りは必ず返す。ただそれだけ伝えてくれればいいですわ」

 

「良かろう。その言葉、しかと聞き届けた」

 

 今にも浩介に飛び掛からんとする部下を諫め、手短に言葉を伝えてから彼女は急ぎ足でその場を後にしていく。

 

「皇女様! ただ逃げ帰るなど死に値する恥です! どうかお考え直しを!」

 

「お黙りなさい!……これは急務ですわ。必ずバイアスお兄様にもこれをお伝えし、急ぎ包囲網を完成させなければなりません!」

 

 無論部下が何もせずにこの場を後にすることを咎めたものの、トレイシーはそれに取り合うことなくただフューレンの外へと向かって進む。

 

(間違いなくこれはこちらを開戦に持っていくための布石。わたくし達をそう動かそうという発想は嫌でもわかりますわ)

 

 理由は簡単。相手の意図を彼女は気づいていたからだ。バイアス率いる部隊を追い返し、その対処方法をあえてチープなものであるかのように書き連ね、トドメに“竜の尻を蹴飛ばす”*1が如き罵倒をあえて書いている。どうしても様々な勢力をも巻き込んで戦争をしたいというのが、それでもなお勝利できるという意志が透けて見えたからである。

 

(えぇ、いいでしょう。でしたらお望み通り! 我がヘルシャーが全力を以てそちらを叩き潰して差し上げますわ!!)

 

 狙いは恐らくトータス全土の統一。そのためにも一度に全部負かして勢力下に置いておきたいというのもトレイシーは察したのだ……察したからといってそれに乗らないという選択肢を選ぶ気は無かったが。

 

「可能な限り物資は回収。そしてお兄様や他の兵士も見つけ次第これを見せ、士気を回復させます」

 

 反逆者どもは間違いなく強い。少なくともこちらの予想を()()()上回っているようにトレイシーには思えた。だが数の暴力、それもかつてのハイリヒ王国が動員した時よりも桁がもう一つ上の数を用意出来たなら……流石に勝利を収めるだろうとトレイシーは考えたのである。

 

「では――!」

 

「もちろんですわ――必ずハイリヒ王国を、反逆者どもを殲滅します。我らがヘルシャー帝国の威信をかけて」

 

 かくしてトレイシーもまた帝国へと戻っていく。ここまで自分達をコケにしてくれた奴らを叩きのめし、絶対に勝利するために。やっと本気を出す気になった反逆者どもとの魂が震える戦いをするために。

 

(ですが今のわたくしの実力ではどこまで渡り合えるか……宝物庫にある例のものを持ち出せばきっと)

 

 そのためにも呪いの武器と称される()()()()が必要だろうかと考えつつも彼女は部下と共に馬を走らせるのであった――。

*1
手を出さなければ無害な相手にわざわざ手を出して返り討ちに遭う愚か者という意味。

web版原作「冒険者らしいお仕事」参照




これにて帝国の奴らがフューレンに来て色々する話は終わりとなります。まぁそんな遠くない内に彼らとは再度顔を合わせる予定ですので。
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