あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

149 / 208
また遅刻しました(白目)

コホン。では改めまして拙作を読んでくださる読者の皆様への盛大な感謝を。
おかげさまでUAも191215、しおりも436件、お気に入り件数も893件、感想数も689件(2023/12/12 05:13現在)となりました。本当にありがとうございます。

そしてAitoyukiさん、今回も拙作を再評価して下さり誠にありがとうございます。おかげでまた筆を執る力をいただきました。感謝いたします。

では今回の話を読むにあたっての注意としてやや長め(約13000字程度)となっております。では上記に注意して本編をどうぞ。


八十三話 またしても異世界に広がった波紋

「あぁクソッ! ふざけんじゃねぇぞ!」

 

 フューレンから東に一キロほどのところ。未だ天幕を張る作業が続く中、ヘルシャーの皇太子の怒号が響く。

 

「お、落ち着いて下されバイアス様! 反逆者どもに苛立たれるのは理解しておりま――」

 

「黙れぇー!!」

 

 彼を(いさ)めようとした文官の一人を切り捨てようとバイアスは腰の剣を抜いたが、すぐさま割って入ったトレイシーの大鎌によってその一撃は止められてしまう。

 

「お兄様、今は怒りに身を焦がしている場合ではなくって……よ!」

 

「だったらどうしろと言う気だトレイシー!」

 

 バイアスの剣をやっとのことで弾いたトレイシー。だがバイアスは今度はその怒りを彼女へとぶつけるだけであった。

 

「このまま無様をさらし続けて、あのカス共の思い通りになれって言ってるのか! なら皇族のお前であっても殺してやるぞ!」

 

 フューレンの街まであと少しのところで亡霊に襲われた後、恐怖のあまり帝国の部隊は方々へと逃げてしまった。バイアスも例外ではなく、そこから何百メートルか走った後で疲労困憊となりその場で倒れこんでいた。追撃もなく、襲撃された場所から幾らか離れたにもかかわらず、他の兵士や文官共々降霊術師の存在に怯えていたのである。

 

「今は耐える時ですわ! 包囲網を敷いて、遥か遠くから数の暴力で確実に潰すのです!」

 

 そこでトレイシーらの一団が逃走した兵士数十人をどうにかかき集めてバイアスの下へとやって来たのだ。そしてバイアスのに先の亡霊の襲撃のからくりが如何なるものであったか、そして挑発まがいの忠告が刻まれた金属板を見せたのである。

 

「俺を犬と同列に扱ったか? ならば今ここでお前の首を刎ねる!」

 

「気に障ったのなら謝罪します! ですが、五百もの兵が()()で追い返されたんですのよ! 士気が低い兵も混ざっている上に兵も少なくなった現状で勝てると思いますの!」

 

 今も彼女の副官が兵を率いて逃げ出した兵や物資を集めに天幕の近くを走り回っている。が、いまここで集まってる兵も精々百に届くかどうか。おまけに彼女が述べたように合流した兵の中で士気が低いのも二割はいるのだ。そんな状態で勝てるのか。それを理解できないほどバイアスは馬鹿ではなかった。

 

「俺に耐えろと、泥を被れと言うか!」

 

 だがそれをバイアスのプライドが許しはしない。ただ負けただけでなく、傷すらつけられずに敗走させられたという屈辱がこの男から冷静さを完全に奪い取っていた。故にトレイシーをこのまま切り捨てるべく全身の力を注ぎ込まんとする。

 

「どれだけ強くてもたかだか二十にも満たない人間! 烏合の衆しか残っていない元王国に何が出来ると思いますの!」

 

 それを察していたトレイシーは即座にバイアスに再度冷や水を浴びせる。『今は』無理だ。だが戦力さえ整えればあの程度は潰せるのだと暗に述べたのである。

 

「フューレンは元王国に味方したようですが所詮はいち都市。寝返った貴族がほとんどですし、例のあの女がアンカジに降り立っている可能性も高いと前に結論が出たではありませんの! ウルの街も実質潰れたと言っていい状況ですし、エリセンとていつまでも元王国の味方でいる可能性は低い! 包囲網を敷いて潰すことも! 圧倒的な兵力を以てすり潰すことだって可能ですのよ! ですから今は!」

 

 更に今のトータスの勢力図も帝国に味方している。孤立無援とほぼ同義のハイリヒ王国に味方する戦力はほとんどいない。先日、帝国の冒険者ギルドと連絡が取れなくなったホルアドが陥落したと見ても片手で数える程度にしか王国の味方はいない。ならば持久戦に持ち込もうとも、かき集めた兵で蹂躙することも可能だと告げればバイアスの動きが止まる。

 

「……そう、だな。いくら一匹一匹が強いからって何百倍もの戦力差で勝てるワケがねぇか」

 

 必死になって説得したのが功を奏したのだろう。バイアスは剣を鞘に戻し、部下からあつらえられたイスにどっかと音を立てて座る。それを見てトレイシーも軽くため息を吐くと、彼へと近づいていった。

 

「えぇ、そうですわ。既に早馬を帝国に飛ばしましたからすぐにお父様も動いてくれることでしょう――それに、あちらの勝ちの目を更にゼロに近づけるいい方法も浮かんでおります」

 

 抜かりなく動いたと述べたトレイシーにフンと軽く不機嫌そうにバイアスは鼻を鳴らす。しかし向こうはそれでも歩みを止める様子は無く、一体何の用だと思いながら待っていれば酷薄な笑みを浮かべながらトレイシーはバイアスにあることを耳打ちをした。直後、バイアスは信じられないようなものを見る目でトレイシーを見つめる。

 

「……正気か? 『アレ』を使って無事で済む人間なんざいねぇだろ」

 

「元より承知の上ですわ。それに勝負の果ての死は武人の誉、そうでしょう?」

 

 そう述べるトレイシーの表情はわずかに引きつっていた。勝利のためだけに己の命をベットすることへの恐怖が確かにそこにはあった。だが、別の感情もそこに宿っていることをバイアスは見抜いてしまった。

 

「あれだけやってまだ底が見えない……そんな相手に挑むな、なんてことは仰りませんよね。バイアスお兄様?」

 

 ――その目に勝利への飢えが根付いていることに。

 

 

 

 

 

“そう、シズが……”

 

“うん。何かいい方法でもないかなって思ってさ”

 

 広場での茶番を終え、雫をなだめるのを光輝と浩介らに任せた恵里達は現在とある劇場へと向かっていた。幸利達が襲撃をかけた闇オークションの会場となった場所である。先の猿芝居をする前、イルワとグウィンに披露したある思い付きをやるために広いスペースが必要だったからだ。その成果を確認するためにそこへと歩きながら恵里は優花と連絡を取っていた。

 

“私だってカウンセリングなんて専門外よ。でも、シズとコウキのためにどうにかしたいってのはわかるわ”

 

 こうして優花と連絡を取り合う前に既にハジメと鈴とも話し合ったのだがいい解決策は浮かばず。そこで友人達に報告がてら相談をしようと言うことになり、恵里はひとまず優花に声をかけたのである。今二人も口の堅い友人と連絡を取っているだろうと彼女は考えている。

 

“わかってる。でもボクだって雫の心を癒す方法が思い浮かばないんだよ……親友だってのにさ”

 

 そんな中、恵里は己の力不足を優花に打ち明けていた。前世? の間柄だったらともかく今の雫はただの幼馴染であり親友のひとりなのだ。あの様子だとアレーティアとは違って自分が変になっているという自覚も無いだろうと恵里は見ている。それ故に余計に痛々しく感じ、助けたいと心から思っているのだ。

 

“……今は私も作業にかかってるからあまり時間を割けないけど、考えてみるわ”

 

“うん。ありがとう。邪魔して悪かったよ”

 

“気にしないで。私だってその光景を見たら誰かに相談してたと思うし。じゃ、切るわよ”

 

 自分が頼み込んだ作業をしてる中、相談に乗って考えてくれた優花に礼を述べ、彼女からの返事を受けて少し心が軽くなる。優花とつないだ“念話”が切れると同時に恵里は息を短く吐き出し、まだハジメと鈴が話し合いを続けている最中であるのを確認してから一人思案する。

 

(とりあえず優花の方も色々と考えてくれるかな。ありがとう。さて)

 

 心の中で優花に一度礼を述べると他にこの話をしてもいい人間は誰か、光輝と相談していない今の段階でどこまで話していいのかと改めて考える。

 

(やっぱり畑山先生は却下。あの人のことだから馬鹿みたいに心配して雫を引き抜こうとするだろうし、そうなったら光輝君と鷲三さん達も戦力から抜ける……本当ならそうしてあげたいところだけど、あんまり悠長なこと言ってられないしなぁ)

 

 そこでまず愛子の存在を排除する。冷徹になってしまった今のクラスメイト第一な彼女に知られたらどんな動きをするかわかったものじゃない。どこまでも頭を回転させて雫を前線から下げようと必死になるはずだと恵里は結論付けた。出来ることならばもう戦わずにいさせてあげたいとも思いながら。

 

(そんなことをしたら雫が今の自分の状態に気づいて傷つくかもしれない。自分のせいで皆に、光輝君に迷惑をかけたと思ってふさぎ込むかも……うん。それだけは絶対に避けないと)

 

 そして愛子の行動のせいで雫が傷つく可能性も思い浮かべていた。だからこそ愛子にだけは絶対知られてはいけない。それと同時に表情に出やすくて口の軽そうな大介らにも話すべきではないと考える。

 

(近藤君達には悪いけど、こればっかりは言えない。それが先生とか雫にバレそうだしね。でも、ある程度は匂わせとかないと勝手に動きそうだし、少しは言っておこうか)

 

 だがただ言わないでいるとあちらも勘ぐってくるだろうし、軽く釘をさす程度のことはしておくべきかと恵里は思う。

 

(……記憶の消去、今ならやれるとは思うんだけどね。でも、でもなぁ)

 

 ――そんな折、ふと恵里は思いつくだけ思いついて実行をためらった案を思い浮かべる。魂魄魔法の力を以てすればおそらく記憶の消去も出来るのではないかと一瞬考え付いたのだ。だが何分見えないものであり、意志の切り捨てや恐怖の植え付けなどと『ただそれだけで済む』だけのものとは勝手が違う。

 

(もし仮に成功したとしても他の記憶も消してしまうかもしれない。それが雫にとって大切な記憶だったらと思うとさ)

 

 今取り調べを受けている犯罪者を何人か譲り受けて実験をしてからやることだって考えてはいた。だが記憶というものは何かの拍子に忘れたり、時間の経過で消えてしまうようなものだ。何を覚えていて、何を忘れたかを完全に把握できない以上は何を根拠に実験を成功とみなしていいかわからない。

 

(ごめんね雫。ボクには怖くて出来ないよ)

 

 だから怖い。それ故に恵里はこの方法に手を出さなかったのである。

 

「――り、恵里っ」

 

「っ!……あ、ハジメくん」

 

「大丈夫? 何か考え込んでたみたいだったけど」

 

「ううん。なんでも。何でもないから。ごめ――」

 

 そうして自分の力不足を嘆いてふさぎ込んでいた恵里はハジメがかけてきた声でやっと我に返る。そちらを向けばハジメだけでなく鈴も心配そうな表情でこちらを見ており、二人にいらない心配をかけたと思って謝罪しようとするもすぐに鈴に言及される。

 

「そういう嘘、鈴とハジメくんには通じないってわかってるでしょ? 謝らなくっていいよ」

 

「……そうでもしないとやってられないんだってば。だって、二人まで心配させたらって思うとさ」

 

 自分の内心を看破されてもなお強がる恵里を無言で鈴とハジメが抱きしめる。二人の体の温かみよりも雫のことが気がかりになっていることに何とも言えない気分になっていると、いきなり抱きしめてくれた二人が優しく言葉をかけてくれた。

 

「いいよ。僕達の前で強がりなんて見せないで。ね?」

 

「……うん。ありがとうハジメくん」

 

「うん。これは鈴達、皆で考えることだから。それより変な方法なんて考えてないよね?」

 

「鈴ぅ~? どれだけボクは信用ないのさ?」

 

 ハジメが自分の心をほぐしてくれて、鈴が半ば茶化すように言った疑問のおかげで恵里も普段の調子に戻れた。お互いクスッと笑い合い、一人で抱え込む必要は無いと改めて恵里は考える。

 

(そうだった。今のボクにはハジメくんが、鈴が、皆がいるんだ。自分一人で考えなくっても大丈夫)

 

「あ、二人とも。さっき幸利君と話し合いしてたんだけど、あっちの方も準備が整ったみたい。イルワさん達も来たみたいだし急ごうか」

 

「うん。わかったよ」

 

「そうだね。行こっかハジメくん、恵里」

 

 そうして三人は少しだけ早足になって通りを歩いていく。

 

(雫、ごめん。さっさと終わらせて皆で色々考えるから)

 

 雫のことが気がかりなのは変わらないが、自分が提案した案をあちらに吞んでもらうことに恵里は意識を切り替える。少しだけ後ろ髪を引かれる心地ではあったものの、それでもとかぶりを振りながら。

 

 

 

 

 

 幸利達が襲撃した例の劇場。そこにいたのは恵里、ハジメ、鈴に幸利、優花と奈々。それとある理由からこちらに来ていたイルワに冒険者ギルドの秘書長のドット、商業ギルドの長のグウィンと秘書長のザックそして数名の冒険者であった。

 

「……ひとつお尋ねします。先の幻想的な光景で本当に回復薬が出来上がったんですか? ショーの類としてなら納得はいくのですが」

 

 そこで先程奈々、幸利、鈴がやった一連の行動に関心は示しつつも商業ギルドの長であるグウィン・ブレッドルは疑問を投げかける。先程鈴達が見せたあまりに突拍子もないことに関してだ。

 

「見た感じ宮崎さんが魔法で出した水をタルに移し、鈴さんが回復魔法を発動。それと同時に幸利さんの手から赤い光が出ていた様子でしたが、これで? これでこの水を飲むだけで傷が治るようになると?」

 

 グウィンらに披露したのはいつも恵里達が回復薬を作るプロセスであった。ただ今回は身内で扱うものではなく、()()()()()ためのものであったため、鈴が使ったのは最上級回復魔法の“聖典”でなく中級の“焦天”だったが。

 

「いくら闇市場に流すものとはいえ、本当にこれで回復薬が出来てしまったらトータスが混乱しますよ。先程も申し上げた通り薬師の天職を持っている方々の価値がなくなるでしょう」

 

 ただやはりこの光景を見て、トータスの一般的な常識を持っている人間が信じられるかというと話は別であった。これにはメルドも苦笑いを浮かべ、恵里達もそりゃそうかと普段自分達がやっていることが他から見たらどれだけ胡散臭いかを実感する。

 

「まぁ、これは俺も実際に使ってみるまで疑ってはいました……なら尚のこと()()が重要となる。そうでしょう?」

 

 だからと同席していたメルドは疑いの目を向けていたグウィンとザック商業ギルド秘書長に向けてそう言い返す。

 

 なお実際のところ、本当に回復薬を作ってみた後のメルドのリアクションは彼の述べた通りではなかったり。軽く疑いの眼差しを向けながらも『お前達が言うのなら』と、ためらいなく自分の指を切ってから服用したのだ。もちろん効果は言わずもがな。疑っている様子の二人を説得するための嘘だろうと恵里達は見抜いていた。

 

「それは確かにメルド騎士団長の言う通りかな。まぁ実際に使ってみればわかるか――オクタヴィアン、パルマー、実験台をここに」

 

「はっ」

 

「あいよっ」

 

 グウィンらと同じくこの場にいたイルワもまた懐疑的ではあったが、メルドの言うことも尤もかと受け取った様子で連れて来た冒険者に声をかける。すると程なくして劇場の奥から全身に打撲痕や腫れがあるパンツ一丁の男数人を引きずりだしてきた。

 

「うぐっ……」

 

「うわ、ひどい……いくらなんでもそこまでやんなくっても……」

 

「うん……悪い人だからってそこまでやらなくったって……」

 

「まぁ、なぁ……」

 

 その有り様を見てつぶやいた奈々と妙子を筆頭に恵里以外の面々は同情を禁じ得なかった。今回の薬の効果を試すための実験台が欲しいと恵里がお願いした際、イルワの方から保安署に掛け合ってくれたのだ。そこで犯罪者を数名融通してもらい、腕の立つ冒険者に護送してもらったのだ。

 

「見てて気分のいいもんじゃないわね……」

 

「相手が相手だからね。口を割らせるためにも拷問もやむを得ないとは思う。けど……」

 

「あぁそうそう。引き取った際に保安署の職員から聞いたんだけどそこにいる金髪の男は婦女暴行の常習者、そっちの顔に大きな傷があるのは地上げ屋のひとり、あとそこの銀髪の男は陰で相当殺しをやってたらしいよ」

 

「そっか。じゃあどうなってもいいや」

 

「うん。心配して損したぁ~」

 

「ま、だろうね。どうせロクな奴じゃないと思ってたよ」

 

「ため息しか出ないわ。正直ユキとナナが用意したこの薬使わせたくないんだけど」

 

「優花、流石に使わないと効能が他の人にもわからないって。別に気に掛ける必要はないと思うけど」

 

 そんなパンイチの男どもに同情を寄せていたハジメ達だったが、イルワが彼らの犯罪歴を語った途端に華麗に手のひらを返した。ゴミを見るような目つきに変わった奈々、妙子と一緒に女子~ズは口々に貶しまくり、男子~ズも軽蔑の眼差しを向けるばかりであった。

 

「テメェら……! 後で後悔すんなよ……!」

 

「犯罪者如きが何抜かしてんだ。あ?……ではイルワ支部長」

 

「あぁ。早速服用を。効果のほどを確かめるとしようか」

 

 ボコボコにされてもなお憎まれ口を叩ける余裕が一人だけはあったようだが、イルワの指示を受けた冒険者に全員組み伏せられて無理矢理口に先の回復薬を突っ込まされる。途端、顔の腫れや体中の青あざといったものがすぐに引いていく。

 

「え、あれ? 痛みがねぇぞ?」

 

「え、マジ? さっきまでただの水だったヤツが十万ルタくらいする薬並みに効いてないか? えっ欲しい」

 

「だ、誰か魔法を使ったのか? そ、そうなんだろう!? こっそり“回天”使ってないか? なぁ!?」

 

「これは……はは、流石というか」

 

 それを間近で見た冒険者は元より治った本人でさえも困惑している様子である。イルワも苦笑いを浮かべるだけであり、彼の部下であるドットもずり落ちそうになった眼鏡の位置を修正することすらなく黙って見ているばかりだった。

 

「……思ったよりリアクション薄いね?」

 

「そ~だねぇ~。でも“焦天”だからこれぐらいじゃな~い?」

 

「いや奈々さん妙子さん、これ本気で驚いててどう反応すればいいのかわかんないヤツだと思うよ」

 

「うん。ハジメくんの言う通りだと思う。これ本気で引いてるから困惑してる人間のリアクションだよ。間違いないね」

 

「なんかやけに実感を伴った感じで言うわね。エリ」

 

「いや、でもオルクス大迷宮から戻って来た時のフリードさんに“焦天”かける時は大体これぐらいの傷の時だし……あれ?」

 

「感覚麻痺ってんな俺ら……普段使うヤツがもっと凄ぇから実感が薄いやつだ。ケア〇と〇アルガ比べて『ケ〇ルが弱い』って感じだろ」

 

 ちなみに恵里達の反応はこんな具合であった。真のオルクス大迷宮を潜り出した辺りならいざ知らず、最上位回復魔法である“聖典”を使うのが割と当たり前の戦闘を何度も繰り返してきている。それに解放者の住処で籠っていた時にもよく生成魔法で“聖典”を付与した水を飲んで訓練の傷を癒していた。そのせいで幸利が述べたように感覚がほぼ麻痺しているのである。天職“薬師”の人間が聞いただけで発狂しそうなリアクションの数々であった。

 

「これは……()()()、ヘルシャーにこの商品を卸す前に是非とも保安署の方にも()()()()融通出来ませんか?」

 

「えぇ。これだけの効果があるならあちらも喜んで金を吐き出すでしょう。向こうの予算全額吐き出させる価値はあります」

 

 そしてグウィン、ザックら商業ギルドの奴らは金のなる木を見つけたがごとく、全力で恵里にすり寄っていた。どうも商人の血が騒いだらしく、揉み手に低姿勢、営業スマイルと百点満点の商人スタイルを見せた二人に逆に恵里以外の面子がドン引きする始末であった。

 

「いやいやいや!? グウィンさんもザックさんも何言ってるの!?」

 

「そうだよ。鈴の言う通り。流石にハジメくん達の許可もらわないといけないって。まぁでも使えるってわかったでしょ?」

 

「ちょっとエリ? あんた何言ってるのよ!!」

 

 顔からブワッと汗を流しながら叫ぶ鈴。鈴に半ば乗っかりつつもすぐさま商談に応じる姿勢を見せた恵里に一層引いた様子を見せる優花。だがグウィンはそんな彼女らの叫びを無視してにこやかな笑みを恵里に向けた。

 

「それはもう。闇の市場に流しても八割増し、いや倍でも余裕で回収できるでしょうね。むしろ三倍であっても売り尽くしてみせましょう。それが出来る腕の人間はまだフューレンにいたはずですから」

 

 恵里の元々の企みは『ヘルシャー帝国に回復薬を売りつけて金を引っ張る』ということだった。これから王国に戦争を仕掛けるというのなら薬の類も入用になると踏んでのものだ。ただその計画もグウィンらの指摘により修正を食らったのだが、その修正をかけた当人がより金を稼げるのではと頭の中で算盤を弾いている。

 

「あの、グウィンさん? ちょっと、ねぇ!?」

 

「えぇ。向こうの薬師の人間が失業しないようギリギリのラインを攻めましょう――確かヘルシャーとつながりがあって、かつ失業していたのは……クイントンですね。彼の商会ならばやれるでしょう」

 

 相場のまま正規ルートに流してしまっては薬師、そして彼らを囲っている教会に大打撃がいって余計な恨みを買う。だから裏のルートで取引をすればあちらの不興を買わずに金を稼げるだろう。そう言ってグウィンが待ったをかけたのだが、そうして修正を受けた計画が今この瞬間にも根本から変質しかかってしまっていた。

 

「ねぇちょっと待って!? ねぇ!!」

 

「あのグウィンさん! 僕達話し合いしましたよね!? ヘルシャー帝国の方はともかく保安署の人達とばっちり受けてません!? そっちは普通にタダで譲りましょうよ! タダで作れますから!」

 

「あぁ確かに。南雲さんの仰る通りです。実際保安署の方にはずっとお世話になっていますし、そうするべきでしょう……まぁそれはそれとして、中村様がたが参加された摘発を保安署の職員が妨害したと聞いてますし、その分の慰謝料はそちらが請求してもよろしいかと。それともしそうするつもりならば私達にお任せ下さい。しっかりむしり取ってみせましょう」

 

 ハジメがすぐグウィンに保安署の人間から金をむしり取るのをやめるよう言うも、あちらもそれを受け入れたかと思ったら結局同様の結論を出してきた。そのため恵里達一同はズッコけかける。

 

「うぉい! 結局それそっちの懐に入れるって暗に言ってるんじゃねぇのか!」

 

「いけませんか? そちらの不満を解消出来てかつ私どももギルドの立て直す時間が少々早くなる。そちらにとっていいことづくめの提案だと思うのですが」

 

「がめつい! がめついよこの人達! いいことづくめの提案じゃないよ!」

 

 幸利からのツッコミを受けても今度はザックが理路整然とお互いの利を説いてきた。鈴からもツッコまれるも商業ギルドの二人は涼しい顔をするばかりであった。

 

「直接相手とやり取りをしている訳ではありませんが、私達も商人ですからね。やはり儲けることを念頭に動いてますから。それで商談に応じてくれますよね?」

 

「しないわよ!?……あぁもう、私達にちょっかい出してきた冒険者とか保安署のヤツらよりも何倍も厄介じゃないのよ!」

 

 はっはっはと笑う二人に優花もどこか疲れた様子でボヤく。それに恵里もハジメも思わずうんうんとうなずき、すぐに全員が“念話”で話し合って結論を出す。この人達の手綱はしっかりと握らないといけない、と。

 

「……()()()としてはその方法は少々勘弁してもらいたいところだけれどね。ここで保安署の予算が消えたら職員の給料もだれが払うんだって話になるから。そうなったら治安の維持が冒険者ギルドの仕事になってしまいかねないよ。ま、それはそれとして恵里君。冒険者ギルドの方にもその回復薬を幾らか譲ってくれるだろうか」

 

「あ、いいの? じゃあどれぐらいいる?」

 

「取引をするのならば是非とも私ども商業ギルドを通していただければ」

 

「手数料も込みで支払うとなると相場通り、いえそれだと皆様がご不満を抱くかもしれませんから相場の九割はどうでしょうか?」

 

「口挟んできた!! やっぱりろくでもないよグウィンさん達!」

 

「頼むから落ち着いてよぉ~! “鎮魂”!!」

 

 そしてイルワも個人的な意見をはさんでから商談を持ち掛けてきた。が、結局そこでもグウィンが商業ギルドの方で取引をやらせろとにこやかな笑顔で首を突っ込んできたため、奈々からツッコミを入れられ、妙子から“鎮魂”をブチこまれる。なお、余計論理的に商談を進めてきたため逆効果となってしまった……。

 

 

 

 

 

「先程は申し訳ありませんでした。何分、これを逃してしまったら二度とないであろうビジネスチャンスだと思ってしまって……」

 

「私も……ギルドの立て直しにこれ以上にいい商品があるとは思わずつい」

 

 かくして十分後、イルワも加わって説得に応じてようやくグウィンとザックも落ち着きを取り戻した。どうにか二人の暴走を止められたことに恵里達は大きくため息を吐き、イルワもまた軽くため息をついてから話を切り出す。

 

「ホンット、面倒だったわね……」

 

「“鎮魂”かけても止まらなかったしね……」

 

「さて。ひとまず奈々君達が作ってくれた薬は十分売り物になるということが判明した。しかも元手もほとんどかからない上に付与する魔法を変えれば他にも色々と作れる。違うかい?」

 

 作った回復薬のすごさを認めつつもイルワは他にも薬が作れるのではと問いかけてくる。そのことは既にグウィン、ザックも気づいており、当然恵里達もそれぐらいは考えるだろうと既に予想していた。

 

「まぁね。でもまぁそこら辺詳しいのは――」

 

「はい。“天恵”を付与すれば大した量じゃありませんけど傷と一緒に魔力も回復出来ますし、“万天”を付与すれば色んな状態異常を回復出来ます。もちろん水だけじゃなくて適当な金属とかに魔法をつけることだって出来ます」

 

 恵里が一度その質問に答え、餅は餅屋と天職が治癒師である鈴へとバトンタッチ。任された鈴も一度恵里の方を向いて口元を一瞬だけ軽く吊り上げてからはきはきと答えていく。それを聞いてイルワ、グウィン、ザックはどよめきを漏らした。

 

「なるほど。確かに傷と魔力を同時に回復出来る薬は流石にないし、こちらならある程度高い値段でも表に流せるんじゃないですか。グウィン商業ギルドマスター?」

 

「えぇ。間違いなく。流石に市販されている魔力回復薬の五割ほどは高くしないと余計な恨みを買うでしょうが、わざわざ裏の流通経路に流さなくとも売れるでしょう」

 

 中でも意外と好評だったのが“天恵”を付与したものだ。恵里達からすれば“天恵”の効果は最早微々たるものであまり使い道はない。しかしこのトータスにおいては飲むだけで傷と同時に魔力も癒せるというのはそう見ない効果らしい。今度は恵里達が感心してうなっていると、更にイルワが質問をしてきた。

 

「となると……鈴君、“譲天”の付与は出来るかい? 他人の魔力を回復させるものだが」

 

「あ、はいっ。やれます。皆と相談してからになりますけど。そちらも用意した方がいいでしょうか」

 

「ぜ、ぜひっ! 魔力回復薬に相当するものも作って下さい!」

 

「販売経路の確保と売買はお任せを! 皆さんのペースで製造してくださればそれで!」

 

 イルワから暗に魔力回復薬も作ってほしいと頼まれ、受けるかはともかく制作は出来ると鈴が述べればその手をグウィンとザックが握ってきた。まだ皆から了解をもらってないのに、とやれやれといった様子で懇願してくる二人を見てしょうがないなと恵里達は思う。

 

「そうですね。わかりました。こちらの方から皆に働きかけてみますので、僕達の方からのお願いも効いていただけますか」

 

 そうして二人のお願いを聞きつつもハジメもグウィンらにあることを頼み込む。一体何を頼むのかと恵里は思っていると、納得できる上にそうきたかと思わず膝を打つ内容を幸利と一緒に語っていく。

 

「もちろん! こちらでやれるものであれば!」

 

「ありがとうございます。じゃあまず、疲れ知らずの馬に興味ってありますか?」

 

 食い入る勢いで頼みを聞いてくれたグウィンに向け、宝物庫から犬型のゴーレムを出してそれの説明をしていく。

 

「なんと……この金属製の犬はそんなことが出来ると」

 

「はい。ここからはリリアーナ王女様やエリヒド王と話をしてからになりますけれど、良かったらそちらに貸し出そうと思っています」

 

「このゴーレムがいれば休憩はそっちのしたい時にやればいいだけだし、何より餌を運ぶ必要も無ぇ。つまり、その分だけ金も浮くし、運べる荷物だって増える。悪くねぇ話だろ?」

 

「「お、おぉおぉおぉお!!」」

 

 そしてゴーレムを運用した際のメリットを幸利ともども説明していけば、グウィンもザックも目を輝かせてハジメ達の方に視線を向けた。いつぞやの産業革命うんぬんを玉座の間で説明した時の国の上層部のようにわかりやすい反応を示してくれていた。

 

「やりましょう! 借りる際の価格は王女様との話し合いで、いえ、余程ひどい条件でなければそのまま受けましょう! これにはそれほどの価値があります!」

 

「ありがとうございます。それと、もう一つあるんですけど……いいですか」

 

「なんなりと!」

 

「アレか。じゃあ、その……ここらで散策とか気晴らしに向いてる商業施設って何かあるか?」

 

 もう言い値であっても半ば受け入れる覚悟すらしていたグウィンにためらいがちに幸利があることを問いかける。そしてそれの意味をすぐに恵里達は察し、真剣な面持ちで首をかしげているグウィンらに向き合った。

 

「劇場とかお店とか! そういうのじゃなくってただフューレンで有名なスポットとか! そういうのを教えてほしいの!」

 

「実は私達の親友、雫っちが辛い目に遭って、それで雫っちの心を癒せるような場所がないかって思って!」

 

「お願いします。そういう場所があるなら紹介してください。親友が、幼馴染が苦しんでて、何としても助けたいんです!」

 

「お願いします! 私の、鈴の友達を助けてください!」

 

 優花、奈々、恵里、鈴が声高に訴え、ハジメと幸利そして妙子は黙って頭を下げる。その様を見て何か思うところがあったのか冷静になったグウィン達は考え込み、既に犯罪者どもの口元を布で封じて先の話を見届けていた冒険者達も意を決した様子で恵里達の方を見た。

 

「なるほど……だとしたらメアシュタット水族館とかはいいと思いましたが」

 

「なぁグウィンさんよ、あそこって何日か前に閉鎖されてなかったか?」

 

「そうだね。メアシュタット水族館はここフューレンでも人気のレジャー施設だった。けれど食料事情から食べられる魚を全部あそこから確保してしまったことがあったしね……」

 

「残ってるのは見た目が良くても毒のある魚や貝類ばかりで、オーナーも売却処分をしたまま行方知れずになったはずです」

 

「観光区は他の施設も軒並み潰れてますからね……ここラッセル劇場だってそうですし」

 

 そうしてフューレンに住んでいる彼らは口々に恵里達の要望に応えられるものがあるかどうか話し合いを始める。芳しくは無い様子ではあったものの、すぐに応じてくれた大人たちを見て恵里達の心に温かいものが押し寄せる。

 

「皆さん……」

 

「なかなか浮かばないものだね……せめてこういう面でぐらい、いい恰好をしたかったんだけれどね」

 

「そうですね……ゴーレムの貸し出しを国と交渉してくださるのですし、メアシュタット水族館をそちらに寄贈しましょう。とはいえ管理運用はある程度そちらも負担して下さるとありがたいですが」

 

「魚が無いだけで施設そのものは問題ないはずだな」

 

「まぁ多少ホコリにまみれているでしょうが、それ以外の問題は無いはず。エリセンに寄って魚を確保すれば、再開は出来るのでは?」

 

 こうして自分達のためにささいなお願いを真剣に取り組んでくれる。それが何より恵里達にとっては嬉しいことであった。

 

「つってもエリセンだぞ? あそこまでどれだけ時間かかると思ってるんだ。グリューエン砂漠を超えるのに片道馬車どれぐらい――」

 

「ハジメ君、君達はさっきあのゴーレムを目の前で出した。ということは君達にも移動手段はあるんだろう?」

 

「はい。それを使えばおそらくエリセンへもすぐに到着するかと」

 

 そこでエリセンまで相当時間がかかる旨を冒険者の一人がこぼしたが、目ざといイルワからの指摘にハジメが自信満々で答える。何せ自分達には自動車があるのだ。砂漠の走破だって何度も経験があるし、その程度問題ないと恵里達全員の心にやる気がみなぎっていく。

 

「後はゲートホールを設置すれば、すぐに行き来が出来るね」

 

「よっし。じゃあ後はこっちでやってみるさ。その、ありがとう。おっさん達」

 

 一度たどり着いてしまえばゲートホールの設置だけでもう簡単に往復が可能となる。流石にある程度地面深くに設置しないと掘り返されるかもしれないが、それぐらいしか問題は無い。照れくさそうに幸利が冒険者らに向けて頭を下げればいいってことよと彼らは気前の良さを見せてくれた。

 

「そうね。だったらあっちの魚を仕入れてこのフューレンで調理して売れば少しはお金稼げるかしら」

 

「流石だね優花っち!……確かエリセンって海のある場所だよね? じゃあそこで皆でこっそり海水浴とかやろうよ! 雫っちも巻き込んで!」

 

「いいね奈々ぁ~! じゃあそこまでのドライブは誰がやるぅ~?」

 

「ったくお前ら……あ、そういえばさっきアンタ馬車がどうこう言ってたな。なぁハジメ、俺らでサスペンション付の馬車作らねぇ? 絶対欲しがる奴出てくるだろ」

 

「そうだね。流石幸利君。とりあえずこっちの方は解析されても問題ないし、貸し出しやローンとかで支払ってもらえばいいかな」

 

「じゃあハジメくんと幸利君は馬車用のサスペンションの作成を担当した方がいいし、ボクと鈴もそのお手伝いで」

 

「しれっと鈴と自分をお手伝い要員にしてるね、恵里……まぁ、鈴はそっちがいいけど」

 

 そうして今後の予定を大人も交えて恵里達は話し合う――ある一人の少女が地球で起こした波紋はここトータスでも起きている。少女の足掻きがこの世界の多くの人の運命すらも大きく動かしていたのであった。




次回は勇者にさせられた少年と子供達の話になる予定です。なお予定は未定な模様
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。