一話 役者は再び舞台に立つ
かつてあった高層建築はほとんどがガレキの山となり果て、ある一角はけし粒すら残らずまっさらになった場所で恵里は鈴達を見送っていた。
(最後にクサい話しちゃったな。まぁ今更悔いたって仕方がないよね)
〝縛魂〟で操った光輝と共に侵入してきた鈴達を迎え撃ちに来たものの、結果は散々であった、自分は鈴に完膚なきまでに叩きのめされ、光輝はいつの間にか正気に戻ってしまっていた。やけっぱちになって自爆しても死んだのはやはり自分だけ。
(光輝くんへの思いはまぁ吹っ切れたし、鈴に言いたいことは少しだけだけど言えた。まぁ、後はいつか消えるまでの辛抱かな)
後悔や苛立ちが消えてなくなったわけではないものの、恵里の心の中でくすぶっていたものの幾らかは鈴との語らいで静まった。後は残った魂が霧散するだけ……のはずが、それは一向に訪れない。
(人間の魂なんて結構あっさり消えてなくなるハズなんだけど……エヒトの奴、この世界をちょっといじってるのかな。そんな気配が全然来やしない)
天職が〝降霊術師〟である恵里からすればこれは異常事態であるというのは理解していた。実例を知っているから猶更である。その推測の通り、エヒトのコレクションの一つであるこの空間はある仕掛け――魂の保護がされていた。この空間にいる以上、ある理由を除いて魂は消えてなくなることがないのだ。それも『行き場を失った魂が怨嗟、悲嘆、恐怖に震えるのを眺るため』というあまりにもロクでもない理由である。
とはいえ鈴達を追う気力も何もなくなった恵里にとってはささいな事でしかなく、呆けたり、とりとめのないことを考える以上のことをやろうとは思わなくなっていた。
(……何を間違えたのかな)
ただボーっとしているのにも飽きた時にそんなことが浮かんだ。どうしてこんなことになってしまったのだろうという思いがまた恵里の中で膨らんだ。
(あの化け物を敵に回しちゃったのは流石にまずかったな。おかげでこんな目に遭ったし。何度も何度も私の計画を邪魔して)
心底忌々し気に化け物――南雲ハジメをこき下ろすも、やればやるだけ空しくなったため他に要因がなかったかと考える。
(あの時鈴の手をちゃんと掴めたら……ホント、虫のいい話だよね。こんなのなんかにそんな価値ないだろうに)
それでも鈴なら許してくれたかもしれない。あの南雲ハジメであっても啖呵を切ってくれたかもしれない。ただ、それは今の自分でもないとだめだっただろうなと結論付けて再び思考の海に沈む。
(光輝く――天之河くんを追い続けたのが一番の馬鹿だったかなぁ……結局『私』を見てくれなかったのに)
その後浮かんだのは恋、ひいては執着していた天之河光輝のことであった。絶望の淵にいた自分に救いの言葉をかけ、いつの間にか自分の周りに誰も寄り付かなくなっていたのにクラスの女子達が自分に明るく接してくれるよう取り計らってくれた――それで錯覚してしまったのだ。自分は彼の『特別』な存在になったのだと。それが間違いであると気づくのはそう時間はかからなかった。
彼の隣には既に〝特別〟がおり、恵里は〝その他大勢〟としてでしか扱われていなかった。クラスの女子が自分と親しくしてくれるのはあくまで〝光輝の頼み〟でしかなかった。それに気づいた時、恵里は理解した。自分は既に終わった人でしかないのだと。自分は〝特別〟でなく居場所すらなかったのだと。
その途端恵里の心は狂気に蝕まれ、その果てに光輝という人間を理解する。そして自分を虐待していた母親もやり方一つで簡単に従属させられたことを思い出し、それを実践した。でもその結果がこの通りである。
(彼の側以外に居場所がないと思って追いすがったなんて、もう自分のことながらホント滑稽だよ)
あまりにみじめでどうしようもならなくて、仕方がなくて自虐する。ひとしきり自分を嘲笑ってほんの少しだけ気が晴れた恵里の心にあることが浮かんだ。それはずっと考えない様にしていた恵里にとって最大の失敗――父親を死なせたことであった。
(……私が飛び出さなきゃ、お父さんは死ななかった)
今でもはっきりと思いだせる血の海に沈んだ父親の姿。自分はただ泣きじゃくって父親の名前を叫ぶばかりで何も出来ず、そのまま死なせてしまった。
(あの女の本性も知らずにいられた)
父の死を切欠に豹変した母親。誰にもバレないよう巧妙に暴力を振るい、別の男を連れ込み、あまつさえそいつが逮捕されると『あの人を誑かすなんて』と更なる憎悪を向けてきた。
(あの男にもきっと出くわさなかった)
今でも思い出すあの下卑た視線。母親がいない時になめまわすように見てきたあのおぞましさは今でも背筋をぞわりとさせる。家が『母親から罰を受ける場所』から『地獄』へと変貌させたあの男への憎しみと恐怖は未だに拭いされない。
(あの事故がなければ、きっとこんなことにならなかった……ぜんぶ、ぜんぶぼくのせいじゃないか!!)
一人で鬱々としていた思考は遂に破滅的になった。あの事故の後から芽生えた罪悪感が容赦なく恵里を苛んでいく。
(おとうさんごめんなさいなにもできなくてごめんなさいおかあさんごめんなさいわるいことをしてごめんなさいおとうさんごめんなさいわたしのせいでごめんなさいおかあさんごめんなさいおとうさんをうばってごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてぼくをゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるして)
歯止めの利かなくなった後悔に責められ続け、恵里の心はひび割れていく。それはこの空間が軋みを上げ、廃墟だらけの大地を割っても尚続く。極彩色の世界に入った亀裂に自身が飲み込まれそうになってようやく恵里は気づいた。遂に終わるのだと。
(どうか、おとうさんともういちどあわせて――)
そんな願いと共に恵里の意識は亀裂に呑まれたのだった。
どこかで聞いた目覚ましのアラーム。久しく感じていなかった何かに包まれるような感覚。あまりに心地よく、懐かしくてここから出るのもためらわれたが耳障りなこの音だけはどうにかしないといけない。もぞもぞと動きながら恵里はアラームのスイッチを切った。訪れた静寂に安心していたが、戦場で培った感覚は先ほどからけたたましく警鐘を鳴らしている。
(ここ、どこ? ぼく、もうなにもしたくないのに――あれ?)
頭から被っていたものから顔を出せば見覚えのある光景が映る。差し込む朝日が照らした家具。その配置された場所はひどく恵里に馴染みのある場所であった。
(ここ、ぼくのへや? どうして? なんで? どうしてわたしはここにいるの? しんだんじゃなかったの? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで?)
疑問ばかりが浮かぶ中、ぼうっと虚空に視線を向けているとどこからか足音が響いてきた。解けぬまま増えていく疑問に頭が埋め尽くされそうになっていた恵里にはその音を出している人間にも気づけず、あっさりと接近を許してしまった。しまった、と己の失態を悔やむも自分を包んでいたものをはぎ取った相手を見て驚愕する。
「ほら恵里、起きなさい。今日はお父さんと遊ぶ約束でしょ?」
「ひっ!?……お、おかあ、さん?」
自分の母こと中村幸であった。父――中村正則を失って自分に辛く当たっていたあの悪鬼のような女ではなく、まるで父を失う前の優しい母親然とした女性が何か悪い事でもしただろうかと当惑したような表情で自分を見ている。どうして、と口に出るより前に布団から出るよう優しく促すと彼女は自分の手を握って部屋の外へと連れだしていった。
(おか、しい。ボク……いや、私だってそこそこ身長が伸びたはずなのに、どうしてこんなに視点が低い? まるで子供と変わらない……子供?)
恵里はようやく自身の異変に思い至った。あの戦闘の後でやけっぱちになって自爆した際に下半身の感覚はなくなったはずなのに普通に歩けている。腕の感覚だってとうに無くなっていたはずが目の前の女の手の感触はしっかりと感じられる。
痛みを感じることもないし、まるで寝起きのように意識がぼんやりとしているぐらいで今にもブラックアウトしそうな気配だってない。一体どういうことかと考えている内に恵里はある結論に至った。
(あ、コレ走馬灯か夢の類か。なーんだ考えて損した)
今わの際に見た都合のいい世界。優しい両親がいつものように、リビングのテーブルには温かいご飯が用意されていて、とりとめのない話をする。そんな光景が許される世界だと。
そう断じた恵里は自分用の椅子をよじ登り、既に席についてた父親に挨拶すると手を合わせて用意された温かいご飯に手を付けた。父が死んでから用意された残飯やパンの耳、コンビニ弁当といった類でなく手作りのちゃんとした料理。一体いつ振りだろうと思いながら箸をつけていると父から疑問が飛び出した。
「恵里、いつの間にお箸を使うのが上手になったんだい?」
「え? えーっと……いっぱい練習したからだよ。お父さんをびっくりさせたかったんだ」
何故、と一瞬考えたものの言われてみれば道理であった。今まで十何年と生きていたのだから当然箸の使い方もそこそこ良くなるのが自然だ。それを子供の頃に戻って披露すれば当然こうなる。夢の癖に変にリアルだな、と思いつつ恵里は父にこう返す。いかに夢の中といえど、恵里にとって父親は失った幸福の象徴の最たるものである。故にぞんざいに扱うことは出来ず、必死になって考えた無難そうな答えを返すと父はそうかそうかと嬉しそうに笑みを浮かべた。
久方ぶりの母親の料理を懐かしみながら食べていると両親はかつてのようにのろけ八割の会話のような何かを繰り広げ出した。ああ、昔はあの女もこうだったと思いながら出された味噌汁をすする。幼い頃ならばともかく、分別を知った今の自分にはそんなことは出来ないと適当にリビングを眺めていると、あるものを見て恵里は思わず茶碗を落としかけた。それはカレンダー――今日が恵里の父が死ぬ日――であった。
「え、恵里? どうした? お茶碗が熱かったか?」
「あら、お父さん好みの熱さは恵里も好きだったわよね? もしかして私うっかりしてたかしら?」
「う、ううん、何でもない。ちょっと手が滑っただけだから!」
――恵里にとって最も強烈な最初の記憶は父親の死ぬ光景であった。自分の不注意による父親の死。その日付に関しても彼女の脳裏にべったりと張り付いている。都合のいい世界のはずなのに、よくもまぁこんなものが出てくるものだ。内心激昂しながらも恵里は平静を装ってご飯の残りに手を付けていく。
そうして食事を終わらせて両親と一緒に話を振られては返すことしばし。恵里は父と一緒に支度をし、一緒にお弁当を持って近くの公園へ行った。
どうせ夢の中なのだからとあれこれ考えるのを止め、童心に戻って父と遊ぶ。ブランコ、砂遊び、追いかけっこと思いつく限りのものを一緒にやり、公園のベンチで一緒に昼を食べてからまた遊ぶ。そうして午後の三時頃になると恵里の父は声をかけた。
「じゃあ帰ろうか――恵里、どうしたんだい?」
「え?――う、ううん、何でもないよ」
年甲斐もなくはしゃいでいた恵里であったが、ある事を思い出して思わず身構えた。あの忌まわしい事故のことである。過去の自分はここではしゃいで父の手を振り切って車道に出てしまった。その結果、タイミング悪く出てきた車から自分を庇って死んでしまったのだ。そのため思わず身構えてしまったが、ここである事に気づく。
勝手に車道に飛び出したりなどしなければ大好きなお父さんが死ぬことはないのではないか、と。どうせ都合のいい世界なんだからこれぐらい起きてくれるだろうと恵里は父の手を握り、周囲を見ながらそのまま家路につく。結果、特に何も起こらず無事に着くことが出来た。
そして空になった弁当箱を父がシンクへと持っていき、お母さんが買い物から帰ってくるまでの間部屋で大人しくしててねと言われて恵里はそれに従う。部屋に戻るなり恵里は置いてあったクッションを掴んで片隅に行き、そこで三角座りになってクッションを口に押し付けた。
「あは、はは、ははははははは」
あっさりと、あまりにあっさりと上手くいってしまった。たとえ夢の中であろうともう父がいなくなることはない。それを確信すると乾いた笑いが、ポロポロと涙があふれ出てきた。
(まも、れた……こんどは、だいじょうぶ。もうなくならない。ずっと、ずっといっしょだ! ずっとしあわせだ!)
これがたとえ一時の夢であっても。どこまでも自分に都合のいい妄想でしかなくても。父の死を免れた。それは恵里にとって救いであった。クッションに顔を押し付け、グスグスと鼻をすすり、喜びをかみしめる。
そうしてどれほど時間が経ったか。父と母から夕飯を食べようと声がかけられ、恵里は備え付けのティッシュで目と鼻をぬぐってからリビングへ向かう。夕飯は恵里が好きなおかずが出て、心の中では毒づきつつもこの幸せを壊さないよう無邪気に喜ぶ振りをする。母がプンプンしているのを横目に父と一緒に風呂に入り、今日の楽しかったことを振り返る。いずれの時間も幸せでなかったことはない。
パジャマに着替えて布団に潜り込んだ恵里は、もうこの世界が終わるだろうと考えつつ、この幸福がまだ続くことを願ってまぶたを閉じる。どうせ死ぬのだから幸せな明日を夢見たっていいだろうと思いながら意識は闇へと沈んでいく。
(あはは、ホント幸せだったな……もっと続いてほしかったけど、これでもう満足だよ)
安らぎに満ちた寝顔を浮かべ、恵里は眠りにつく――そして無事に朝を迎えた。
(……あれ? てっきり昨日で終わったと思ったのに。どうして?)
どういうことかと思いつつも、とりあえず布団から抜け出してリビングへと向かう。すると今日も母親が機嫌よく朝食を作っている姿が恵里の目に映った。
「おはよう、恵里。まだ朝ご飯できてないからちょっと待っててね」
「え、あ……うん」
まだこの都合にいい夢は続いているのかと考えていると、母親からお父さんを起こしてきてくれないかしらと頼まれてしまう。このままでは手持ち無沙汰だと思った恵里はわかったと返事をして父の部屋へと向かった。
そういえばお父さんは朝はちょっと弱いんだったっけかと過去を懐かしみながら部屋の戸を開け、布団でくるまっている大きなその背中をゆする。
「おとうさーん、おーきーてー」
「ん……? あぁ、恵里か。おはよう」
おはようと返し、寝ぼけまなこの父の手をリビングへ引っ張っていくと朝食が並べられているところであった。
「恵里、食べたらすぐお着換えしてね。幼稚園に遅れないようにね」
「……ぇっ?――あ、うん。わかった。食べたらすぐ着替えるね」
何気ない母の一言に思わず恵里はハッとした。父が死んだのは五歳の頃である。その頃ならまだ幼稚園に行っているのだから当然出てくる話題のハズなのだが――。
(ホント無駄にリアルだなー。夢なら夢らしくずっとお父さんと遊べるようになってていいだろうに)
納得いかないものを感じつつも、どうせいつか終わるのだし別にいいかと考えつつ恵里は着替えを済ませていく。そうして迎えのバスが来たところで両親に行ってきますと挨拶をして乗り込み、車窓からの景色を懐かしみながら思いを馳せる。
(何度か見たことがあったけど、そういえば昔はこんな感じだったっけ? それに一緒にいた子もこういう風に背伸びしたりしてたっけ)
そうして話しかけてきた子に適当に応対しつつ、幼稚園で何をやろうかと考える。ガワこそ五歳であるものの、中身は十七そこらなのだ。今更純真無垢な真似なんて出来ないし、ままごと遊びをするのも気恥ずかしい。とはいえこの頃は他の子とも普通に接していたはずだからまぁ仕方がないかと思いつつ、ふとある事が気にかかった。行事のことである。
(そういえば、こうして幼稚園に通っているってことはこの子達と遊ぶだけじゃなくて、行事とか色々あるよな……あれ? これってお父さんとの思い出づくりのチャンスじゃないか?)
父が死んで以降、行事に母親は出てはくれていたがあくまでも周囲に不自然に思われない程度の頻度であり、虐待していることがバレないように演技をしていたことからこれらの行事に恵里は関心を寄せなくなっていた。
だがこの走馬灯モドキの世界ならばどうだろうか。母親に対する敵意やあなどりは衰えてすらいないものの、それは自分が我慢すればいいだけの話でしかないと恵里は結論づける。どうせ都合のいい世界を夢見ているのだから何だっていい。
この世界最高だな! と恵里のテンションはダダ上がりになった。だったらこの際思うままやってやれ、お父さんにいいとこ見せてやれと有頂天になった恵里はそれからの日々を謳歌する。
親の目につかない行事であっても褒めてもらうためにひたすら全力で取り組んだ。遠足では精神年齢が上であったことや光輝を落とすために磨いた演技で『しっかり者で頼れる子』を演じ、上手く班のみんなを率いた。お陰で人気者となり、恵里はそれについても自慢してほめられた。
(いやー、簡単簡単。光輝くんを落とすのに比べたら楽過ぎて笑えるね。保育士経由で褒めてもらったし、お父さんも鼻高々だろうなー。あ、でもお父さんから見ると私が豹変したように見えないか? ちょっと変な顔してたし。この世界変にリアルだし、気をつけないと)
運動会でも力の限りを尽くした。この頃はまだトータスで強化された体の感覚を引きずっていたためかよくこけてしまったり、体力のなさを何度となく痛感したが、それはそれとして存分に楽しんだ。
(結構恥ずかしいところさらしちゃったなー……でもまぁお父さんによしよししてもらったからいっか)
お遊戯会もあまり怪しまれないよう気を配りながらしっかりと演じた。他の子どもたちのようにキョロキョロしたり棒読み演技としっかり偽装して恵里は乗り切った。
(子供を演じるのって意外と難しいもんだなー。録画したのを見る限りやっぱり不自然に見える……あと結構恥ずかしい。やめてお父さん、そこリピートしないで!!)
そして訪れた誕生日。いつも食事をとるリビングのテーブルに置かれたケーキを見て、とうの昔に忘れていた日付を聞いたとき、恵里の目から涙が止まることはなかった。
二度と生きていることを祝われることはないと思っていた。感謝されるなんて思わなかった。だけど今その時は違った。父がいる。母も豹変していない。だからこそ起きた当たり前の奇跡。用意していたケーキやプレゼントには見向きもせず、恵里はただ父に抱きついて一晩を過ごしたのだった。
(……こんな嬉しい事が起きるなんて思わなかった。今日ほどこの世界に感謝した日は無い。もう悔いなんてないや)
感激にむせび泣くも日々は続く。クリスマスも迎え、幼稚園や家でのパーティも楽しく過ごし、正月には家族と一緒におせちを食べ、ゆっくりと時間を過ごしていく。
(お正月も無事に迎えられた……まぁあの女と一緒なのはやっぱり気に食わないけど、それはお父さんに関係ないし。こういうのも幸せ)
もちろん父と関わるのは行事だけでなく、父親のたまの休みに遊びに行くのは欠かさなかった。急な飛び出しはもちろん、地面の凍結など父が死んでしまいそうな原因はどんなに可能性が低いものでも注意しながらである。
(長いなー、いつになったらこれ終わるんだ? いやまぁ長いに越したことはないけどさ。お父さんと遊ぶの楽しいし嬉しいし)
異例の降雪で急遽、幼稚園で雪合戦が行われることに。もちろん手を抜くことなく無心で雪を投げていたが、終わってふと我に返る。
(そういえば雪に当たった時も結構冷たかった……ちゃんと感覚はあるし、疲れだって感じる。これ、夢だよね? まさか夢じゃないなんてことは……いやいや、明晰夢なんてのがあるんだし、たまたま自覚があるだけでいつか終わるさ、うん)
その日から恵里の日課に「起きたらすぐに顔をつねる」ことが追加された。ちなみにこの日課が功を奏することは今後一切ない。
そうして訪れる卒園式。心は相応の歳を重ねていたはずだったが、皆と別れることにどこか強いさみしさを感じつつも恵里は式を過ごす。
(遂に、幼稚園も終わっちゃったな。流石にもうこの夢も終わっちゃうかも。いやー、いい夢だったうんうんうん……そろそろ終わる、よね?)
小学校へ入学するまでの休み。恵里の頭の中にはこの世界が夢ではないのではないかという疑惑がくすぶり続けて仕方がなかった。試しに何度か両親がまだ寝ていた早朝に頭から水を被ったこともあったが、冷たさで頭が冴える程度で特にこれといった成果はない。
そんなこんなで遂に入学式の日が訪れる。この世界がいつ終わるかどうかばかりが気がかりなのもあって長ったらしい式辞は一言一句恵里の頭に残ることはなかった。そして式の全てのプログラムが無事に終わって体育館を出ると、桜の花びらが舞い散る中で家族と一緒に記念写真を撮ることに。
(うん、これで遂に終わるんだなー……そうだよね? まさか夢でも何でもなくて本当に過去に戻ってました、なんてオチとかじゃないよね?)
そして入学式の翌日、母親に起こされて歯磨き、洗顔、食事に着替えをして早速小学校に通うことに。事前に聞かされていた通学グループの集合場所に着き、一緒に学校へ向かう。幼稚園の時の繋がりもあって友達もすぐ出来、すぐに学校でも人気が出た。そんなこんなで早数日。
(一向に終わる気配がない……本当に夢じゃなくて、現実なの? 嘘でしょ? なんで?)
学校から帰り、部屋の中で一人恵里は引きつった笑みを浮かべた。都合のいい夢かと思ったら現実でした。そうかもしれないと認識した途端、父親や幼稚園で子供っぽく振舞っていたことを思い出してしまい、羞恥に悶えて思いっきり床をゴロゴロと転がってしまうのであった。
ここ最近エリリンがヒロインのありふれ二次創作多いですよね。
自分もとある作品に触発されて投稿しました。
お風呂シーン(ぇr要素は裸のみ)必要ですか?
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いる
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いらない