おかげさまでUAも193238、感想数も694件(2023/12/30 19:17現在)となりました。誠にありがとうございます。
今回の注意点としてやや長め(約13000字程度)となっております。では上記に注意して本編をどうぞ。
昼間のグリューエン大砂漠、中天を既に過ぎたというのに灼熱が如き日差しは未だ衰えない。そんな身を焼くほどの陽光と時折飛び交う熱砂に苛まれる世界の中を突き進む集団がいた。
数は三百。行商の隊列というにはあまりに規模が大きく、また引き連れている兵の数も尋常ではない。しかもその中に教会のシンボルマークがあしらわれた革鎧を身に着けた兵士がそこかしこに並んでいる。無論護衛されている人間はただものではなかった。
(予定通りならこれで半分は超えたか。もう数日でフューレンへと続く街道に出られるな)
その一団の中央にいたのはまだ年若い二十歳半ばの青年である。名はビィズ・フォウワード・ゼンゲン。アンカジ公国の領主ランズィ・フォウワード・ゼンゲン公の息子であり、この集団を取りまとめる長でもあった。
(叶うならばフューレンの方で物資の補給も済ませたいところだが、ギルドの報告ではウルの街産の食料の暴落と共に商会が軒並み潰れたと聞いた。であれば厳しいだろうな)
彼らは現在ハイリヒ王国へと進んでいる。その目的は王国民への降伏勧告であった。アンカジもまたエヒトを神として仰ぐ教えに熱心な信徒ばかりの国であり、いくら世界の敵となったとはいえ同じ信徒である王国の者達に降伏を迫る事無く攻めるというのははばかられたのである。
(幸い食料は補給せずともどうにかなる量はある。ただ、ここを抜けるのが遅れなければだな。氷漬けにしたものがまだもってくれるといいのだが)
そうして使節団は砂漠を進んでいく。隊の食料に関しては国の商人から作物を買い上げ、保存のきくものに加工するなり氷漬けにするなりしてこの一団のために充てているのである。そのためフューレンで食料を補給せずとも計算上は問題ないはずであった。
(……さて、問題は王国との会談の場を設けられるかだ)
そしてビィズは食料が不足するかどうかからハイリヒ王国の上層部と会談することに考えを切り替える。どうにかしてあちらの懐に潜り込まなければ
(真意を見極めねば。ハイリヒ王国は真にアンカジの敵となったかどうかを)
……ビィズの本当の目的は王国に降伏勧告を告げることではない。エリヒド王らと面会し、向こうの真意を探るために接近する。それが彼ひいては領主たるランズィの思惑であった。もし仮に王国と手を取る価値がまだあるというのならば、自身が人質となってでもパイプを繋いでおきたいと考えている。これもまたランズィ公の意志でもあった。
(フォルビン司教の手の者が紛れ込んでいることを考えれば、そうすんなりとはいかないだろう。だが何としてもやらねば)
だが母国アンカジにて司教を務めるフォルビンは王国と矛を交えようと考えており、今回護衛として派遣された神殿騎士も彼の息がかかった者しかいないだろうとビィズは判断している。おそらく王国に悪意があったと見せかける形で公国との間に亀裂を入れようとしているだろうとも。
(だが動かなければ処断のしようも無い。今は泳がせるしかないか)
されどもここで神殿騎士を外すにしても正当な理由がない。もし仮に面会の場から外そうとすれば神殿騎士の口を通じて何が吹き込まれるかわかったものではない。下手をすればアンカジは教会を通じ、王国と同様にトータス全土を敵に回しかねないからだ。
今回送りこまれた護衛が何をしでかすかもわからない以上、
(あの女はまさにエヒト神様からの遣いと呼ぶに相応しい見た目だった……だが、あまりに冷たすぎる)
彼とゼンゲン公はあまりにも急な情勢の転換を不審がっている。教会の上層部だけでなく王族すらも腐敗に加担していたなどという不確かな情報がいきなり飛び込んできたからだ。それも空から舞い降りたどこか神秘的な様子の女から伝えられただけでしかなく、裏が取れている訳ではない。
(何故……何故、見ていて身の毛がよだってしまったのだ? 本当にあれがエヒト様が遣わした存在だというのか?)
だがその女の無機質な表情をビィズも見ており、王族として生きてきた勘が全力で従えと命じて来たのだ。従わなければアンカジが危ういと。それに従ったおかげで何事も無く、自分と同じく無事であったゼンゲン公の指示の下に使節団を組んだのである――後に暗部の人間から父の意を聞き、それを果たすために。
(それに聞いた話ではウルの街で暴動が起きた時にはもういなかったというではないか。クァンシー支部長からの報告ならば信じる他は無い。だがもしそうであれば……エヒト様はウルの街を見捨てたということになる)
またビィズがゼンゲン公と同じ意見となったのは単に神の使徒を見ただけではない。アンカジの冒険者ギルドの支部長からの報告もあったからだ。いくら街の人間が暴走したとはいえ、例の女は混乱に陥ったウルの街を見捨てたということになる。
(慈悲深いエヒト様ならば諫めはすれども見捨てるはずがない。あれは……エヒト様の遣いを
だとすればエヒトは、信奉する神は本当に自分達が思う通りの存在ではないのやもしれない。想像するだにおぞましい結論を信じたくないがために、ビィズはあの女を神の使徒ではないと思い込もうとしたのである。
「ビィズ様、ご報告が」
「申せ」
「前方にヘルシャーの旗を掲げた集団、それと遠方より砂煙を上げながらこちらへと迫る何かが来ております」
そうしてひとり考えていたビィズを現実に戻したのは少し焦った様子の部下の声であった。ヘルシャーということはおそらく国で同盟を締結しようとしている使節団の類かと見当をつけたが、もうひとつの方はどうしたものかと考える。
「サンドワームか時期はずれの砂嵐かもしれん。『傘』を用意し、各自戦闘態勢にて待機せよ」
「はっ!」
そこでビィズはある魔物かもしくは砂嵐の類かと推測して指示を出した。
サンドワームとは普段地中に潜んでいる平均二十メートルもの巨大な魔物であり、獲物が真下を通った時に口を開けて食らおうとする存在である。ただ、サンドワーム自身も察知能力は低いので、偶然近くを通るなど不運に見舞われない限り狙われるということはない。つまりあの巨体からキャラバンか何かが逃げ回っている可能性があるということだ。
それと今の時期にこの方角から砂嵐が来ることはまず無い。仮にそうだとしても突発的なものだろうと考えたビィズは、嵐をやり過ごすために公国から持ち出したアーティファクトの“慈愛の傘”の起動も視野に入れた。これは光属性中級結界魔法である“聖壁”を付与したものであり、こういった状況をやり過ごすための道具である。
自身の号令を受けるとすぐに伝令は走っていく。それを見て前の方へと彼は意識を向けた。
(さて、これでひとまずは問題ないか。後はどれだけ足止めを食らうか。早く終わることを祈ろう)
号令をかけるとすぐに兵らは密集し、周囲五メートルを覆う光の膜が形成される。魔力がある限りは“聖壁”を維持出来るが、それとてあまり長い時間展開し続けるのは厳しいし、氷漬けにした食料が解ける問題もある。
エヒトに祈りつつただ嵐が過ぎるのをビィズ達はただ祈る……例の砂嵐の正体とやらがかなりの速度で砂漠を突っ切る謎の長方形の金属の塊であることに気づくのはもう少し後のことであった。
「どうもありがとうございます!――あぁ、シェルビー!」
ある立ち寄った村の家にて、シェルビーと呼ばれた少年が両親と無事に再会を果たした様を恵里達は見届けていた。
「……じゃあな、シェルビー」
「うん……おにいちゃん、ばいばい」
昨日おとといにトータスを駆け回って設置したゲートホールを使い、ミュウを除く全ての連れ去られた子供達を恵里、ハジメ、鈴そして重吾は送り届けていた。そうしてシェルビーとお別れのあいさつをした重吾を恵里達は出迎えた。
“永山君お疲れ様”
“はいお疲れ様。とりあえずミュウ以外の子供は終わったね”
“うん。何事もなかったし、お疲れ様永山君”
「……あぁ」
家からいくらか離れてから“念話”で鈴が真っ先に重吾をねぎらい、続いて恵里とハジメも彼にいたわりの言葉をかける。重吾もコクリとうなずきながら相づちを返しており、その表情には安堵が見えた。
……実は子供達をそれぞれの故郷に戻す際、何度かうっかり子供が重吾の名前をバラしかける事態が起きかけた。子供達からすればヒーローであっても世界から見れば悪党そのものであるため、大事になりかけたのである。
そこはどうにか重吾本人や、ゲートキーを持ってる恵里らが必死のフォローやら誤魔化しに走ったことで事なきを得たのだが、最悪恵里と鈴とで魂魄魔法を使って記憶の消去に走るやもしれなかったのだ。
“じゃあ戻ろうか。エリセンへの便がある港町の近くにも既にゲートホールは設置してるし”
重吾の付き添いに恵里達がいるのは単にゲートキーを持ってるのが彼女達一行だけでたまたま選ばれただけではあったが、“念話”でわざわざ声掛けをしているのは彼の身バレを防ぐためである。なおわざわざ子供達を連れていくのが重吾なのは子供達からのリクエストであり、そうじゃないと嫌だとぐずってしまっていたからという事情もあった。
“あぁ……そういえば南雲達
“うん。雫さんのメンタルケアも兼ねてるしね”
重吾からの問いかけにハジメがうなずく。重吾はミュウを親の元に届けるためにエリセンに行くのだが、恵里達の場合は事情が違う。フューレンの水族館に展示する魚の捕獲だけでなく、ハジメが述べたように雫のためにエリセンで遊ぼうということにもなっていたからである。
“あんなことがあったしね……鈴達としても雫の心が少しでも良くなってほしいから”
“そうそう。親友だし、それにここ最近皆も疲れてるからここらでちょっと羽目を外した方がいいだろうしさ”
先日目撃した雫の変調を見て、今は大事な親友である彼女の心が少しでも癒せたのならと鈴が立案したのだ。その際大介らが『色々あったしよ、どうせだから皆でパーッと遊ばねぇ?』と提案したこともあり、重吾達も含めて地球組全員の慰安旅行も兼ねることにもなった。
“……先生も気が休まるといいんだが”
“そこばっかりはね……雫と同じでどうにかなったらいいな、ってぐらいだし”
無論その中に愛子も含まれている。当初は彼女は『あなた達だけで行ってきていいですよ。私は私で色々動きますから』とどこか寂し気に言って自分達を見送ろうとしていたのだが、どうにか説得して連れていくことになったのだ。とはいえ無理矢理承諾させたためあまり乗り気でないままではあったが。
「雫……」
“ま、こればっかりは気にしててもしょうがないよ。鈴。じゃあ、早く皆と合流して海の街に向かおっか”
親友の様子を心配した鈴に恵里もいたわりながらも宝物庫からゲートキーを取り出す。既にもう村から出てしばらく経っているため見られる心配も無い。恵里の提案にうなずきながら、現れたゲートに全員が歩いて向かっていく。
「お疲れ様。永山、ハジメ、恵里、鈴」
「うんただいま。光輝君。皆」
転移先の王宮の外には既に
「重吾お兄ちゃーん!」
「うぉっ!……まったく」
そして重吾の胸に勢いよくミュウが走ってきて飛び込んだ。まだ四歳の幼子(自己申告)とはいえ、その体重は既に十五、六キロくらいはある。勢い付けて飛んでくれば普通は受け止めた側がうめいたりするのだが、そこはチートパワー持ち。とっさに軸足を後ろへと回し、上手く勢いを殺しながらミュウを抱き留めたのである。
「駄目だぞミュウ。俺じゃなかったらそのまま倒れてたかもしれない」
「みゅ……ごめんなさい」
「あぁ……わかればいい」
そうして飛び込んできたミュウを優しく抱きながらも重吾はたしなめる。それでしょぼくれて反省した様子の幼子の頭をややつたないながらも撫でる様は彼の顔も相まって一児の父のようであった。
「あの……私も参加しないと駄目ですか? へ、ヘリーナだけでもいいんですよ? 日々の疲れが溜まっているでしょうし、中野さんと一緒に……」
そんな二人を見て癒されてた一行だったが、不意にリリアーナが気まずそうな様子で信治へと質問をする。するとヘリーナもキッとした表情で主人のリリアーナと信治に向けて己の意志を伝える。
「いえ、ここは私が残ります。メイドとしてなすべきことがまだまだ残っていますので。リリアーナ様は中野様とご一緒にお休みいただいて――」
「何言ってんだよ姫さん。あとヘリーナも。そっちだって働きづめだろうが。ほら行くぞ」
……実は今回の旅行、リリアーナと彼女の侍女であるヘリーナもそのメンバーの中に含まれていたりする。自分達のために商会の運営をしたり、そんな彼女の補佐をしている二人も連れて行きたいと信治からのお願いがあったのだ。
もちろん恵里達全員が二つ返事でOKを出し、エリヒド王とルルアリア王妃からの承諾ももぎとった上で皆で仕事を分担。かくして二人を連れ出せるようになったのである。
「あ、ハジメ。それに恵里と鈴も。フリードさんとメルドさんはやっぱ無理だったわ。全然首を縦に振ってくれなかったよ」
「まぁ仕方ねぇって。フリードさんはウラノスが大事だし、メルドさんはハウリアの奴らをもう一度鍛えなおしてるからな」
そして今回の慰安旅行はフリードとメルド、それとハウリア族全員も巻き込むつもりだったものの、それもほとんど失敗と言う形に終わった。
『ウラノスを残して現を抜かせるか。お前達だけで休んでおけ。私とて自己管理ぐらいは出来る』
『確かにハウリアの奴らも休ませてやるつもりだ。が、ここで全員となると面倒だろう? 何人かでローテーションで休ませる。俺はその間コイツらをシゴく』
フリードには半目でこう言われ、メルドからは袖にされてしまった。そのため二人のためにエリセンのお土産を買って渡すなり、ウラノス用の特大の風呂でも後で神山に造ろうかと全員が画策していたりする。
「皆様、今日はどうかよろしくお願いします」
「ありがとうございます皆さん!」
「お、お願いします兄ちゃん姉ちゃん!」
「アビスゲート様とご一緒できるなんて……皆さんありがとうございます!」
それで今回一緒に休養を取ることになったハウリアの面々はカム、シア、それとパルにラナの四人。『まず族長であるカムとその娘のシアが休めば他も続くだろう』というメルドの判断から最初にカムとシアが選ばれ、残りの二人は無作為に選んだとのことらしい。
ただ、ヘルシャーの面々を追い返すのが終わった後の打ち上げで浩介がやたらと『俺にも春が来たんだうへへ~』とやたらと上機嫌で自分とラナが結ばれたことを言いふらしており、おそらくメルドもその経緯を知ってこの人選にでもしたんだろうと恵里は考えている。
「それじゃあ馬車に乗ってくれ。俺とハジメ、それと職人の人らの合作にな」
そう言いながら幸利が親指で並んでいる六台の馬車を指す。今回旅のために用意された馬車はただのものではなく、彼が述べた通りハジメの協力や職人の手も借りて造られた特別製である。全員が姿を偽って移動することもあって馬車の見た目はやや大きめの普通の幌馬車そのものだが、中身は普通のものとは違う上にとある仕掛けが施されている。
「うわ、すごい……私達がやったのより上手だよ……!」
「王国筆頭の革製品の職人であるタズウェルが仕事をしましたからね……見事な座り心地です」
馬車の中に設えられた長椅子状の座席は革張りであり、リリアーナが挙げた職人らの手によって出来た一級品である。王女であるリリアーナが利用するというのと王国を救った恩人たる恵里達のためにと腕の立つ職人をかき集めて作られたものだ。
自分達が作って日常的に使用している革のソファーやベッドよりも遥かに座り心地が良く、奈々のようにこれほどのものを作り上げた職人らへの尊敬の念を抱かざるを得なかった。
「あークソッ……ま、まぁ俺らよりはちょっと上手いな。まぁちょっとだけな」
「……悔しいけどハジメくん達がやったのより上手だね。ホンットーに悔しいけど」
「気持ちはわかるけどさ、歯ぎしりしながら座るのやめない? 恵里」
当時奈落の底でなめし作業をやった大介達やハジメに対して無駄にデカい感情を抱いている恵里からすれば面白くは無かったし嫉妬したりもしたものの、やはり卓越した技術を目の当たりにしては認めざるを得なかった。鈴が言ったように悔しさがあふれにあふれていたが。
「その、清水様。中野様を疑っている訳ではありませんが……あまり揺れないというのは本当でしょうか? どうも中野様のお話の限りではほとんど揺れないらしいのですが」
「あぁ。それに関しては信じてくれ。仕組みそのものはとっくに確立してるし、一応テストもやった。まず問題ねぇよ」
馬車へと向かいがてらヘリーナが小声で問いかけるも、幸利はニッと軽く口角を吊り上げながら自信満々に返した。恵里達が所有する車に取り付けられているサスペンションが全ての馬車にもついており、数度ではあるものの実際にテストして揺れの具合を確かめたのだ。
結果は……テストをした御者全員から尊敬の眼差しをハジメと幸利は向けられており、馬車の常識が変わると彼らに言わしめたほどであった。
「どうしたミュウ。もうすぐお母さんに会えるんだぞ」
「……うん」
その一方、既に席に座った重吾にミュウはずっと抱き着いたままであった。わかっているのだ。慕っているお兄ちゃんともうすぐ別れてしまうことを。だからミュウはただ彼に抱き着いて頭をスリスリしたり、抱き着いて離れないのだ。そしてそれは重吾もわかっており、それをあまり咎めるようなことはしなかった。
「あー、ごめん! エリセン行きの便に送れるかもしれないし、そろそろ出発しよう皆!」
「……ごめんなさい。ミュウがわがまま言ったせいで」
「本当にすまない。永山、ミュウちゃん……」
「いや、いい。ミュウが謝ることじゃない。天之河もだ」
重吾とミュウの心情はわかっていた様子だったが、このままでは船に乗り遅れるからと光輝はあえて空気を読まずに出発を促した。それを聞いたミュウは委縮した様子であり、それを見た光輝もすぐに重吾に謝罪していた。が、彼の方はどちらも咎めることなく微笑みを返しており、光輝がすぐに頭を下げたのを恵里らも見た。
「コホン。リリィももう乗ったか?――よし、じゃあ行こう! “ゲートに向かって前進”!」
そして乗り遅れた人間がいないのを確認すると、ゲートキーを使って大きめのゲートを展開。先頭の馬車の御者台へと座った光輝はゴーレム馬に指示を出す。
いななくフリをすると共に前へと進んだゴーレム馬に引かれ、馬車は光の膜の先へと動いていく。その先にあるエリセン行きの船が出る港町近郊へ向けて六台の馬車はゆっくりと前進するのであった。
「着いた……」
港町から出た船に揺られること数時間、恵里達はようやくエリセンへと足を踏み入れることが出来た。
「着いたね……ここがそうなんだ」
初の船旅でテンションが上がって大海原を見回したり、船が着くまでの間に色々と話――港町近辺にゲートホールを設置する際にアンカジ方面から来た集団やトレイシーらがいたと思われるヘルシャーの集団らとエンカウントしそうになったことなど――をしたりして一行は時間をつぶしていた。
だがこうして船から降り、検問所を抜けて実際の街並みをながめれば感動もひとしおであった。遠くに見える石で出来た住居の数々、港も兼ねているらしい発着場の近くに並んだ露店、そこからただよう焼いた海産物や香ばしいタレの匂いに観光客の呼び込みをしている様子の海人族。
「……すごいね。当たり前だけどアンカジとはまた別だね」
「うん。エリセンってこういうところなんだ」
「海の上の街ってこんな感じなんだ……来て良かったね。二人とも」
前に訪れたアンカジとはまた違う形で異国情緒を感じる風景に、ハジメも恵里も鈴も思わず心を奪われてしまう。ほとんど誰もリアクションしてない辺り、きっと自分達と同じなんだろうと恵里はぼんやりとそう思っていた。
「はやく、はやく行くの! ママに会いたいの!」
が、そんな恵里達が余韻に浸っていたのもつかの間。うずうずした様子のミュウが声を上げたことで全員がハッとした。恵里達にとっては観光気分に酔いしれるのもある種目的ではあったが、ミュウと重吾に関しては話が別だ。すぐにでも家族に再会させないといけないのだから。
「……あ、あぁ。悪かった、ミュウ」
「うん。はやく行こ
「ま、待て! まずは冒険者ギルドに立ち寄ってからだ!」
「俺達が重吾についてくからそっちはそっちで勝手にやっててくれ!」
「重吾君は私達がいるから大丈夫!」
「好きにやってていいからね~!」
そう言って手を引くミュウにややタジタジな様子で重吾は街へと消え、彼の後姿を健太郎、綾子、真央が追っていく――実は彼の呼び方が変わったのは船旅でのあることが原因であった。
『みゅ……わかったの。お兄ちゃんの名前、出しちゃだめなんだよね?』
『そうだ。今は姿を変えているが、もしバレたら大事になる。だから頼む。我慢してくれ』
エリセンに到着した後の行動の確認のため、恵里達は一度船内の大部屋の一角に集まって話し合いをしていたのである。そこで話題に挙がったのがミュウが自分達を呼ぶ際の問題だ。
ハジメ達のことも『お兄ちゃん』と呼んでいるため、区別のために下の名前もつけて呼んでいるのだ。そのため他の保護した子供達と同様にふとした拍子に名前バレしかねないというリスクを抱えていた。一応彼の偽名も考えてあるし、それをミュウにも伝えてはあったものの、万が一を防ぐために重吾が直々に頼み込んだのが発端だったのである。
『……じゃあほかの呼びかたならいい?』
『あぁ……まぁ、おじちゃんでも最悪構わない』
『……パパ。パパがいい』
すぐに別の呼び方をすればいいのかとミュウに問いかけられ、重吾も半ば諦めた様子で『おじちゃん』呼びを許容していた。その結果、もっととんでもない答えがカッ飛んできたのである。
『ぱ、パパ……そ、その、ミュウ? お、俺はお前のお父さんじゃない、ぞ……?』
『やっ。だってミュウね、パパいないから』
そしてサラッと語られた真実に場の空気が一気に重くなる。これには恵里や大介達も苦笑いを浮かべ、雫もかつてアレーティアにお世話しようとした時のような母性がうずいており、案の定光輝に羽交い締めで止められていた。
『ミュウが生まれる前に神様のところにいっちゃったの……キーちゃんにもルーちゃんにもミーちゃんにもいるのにミュウにはいないの……だから、だからお兄ちゃんがパパになってほしいの』
『え、あ、いや……その、な』
更に場の空気が重くなる一言を浴びせられて重吾はもう言葉も出なくなっていた。これには流石に恵里も彼に同情しており、こんな状況に追い込まれてどうしろとやや他人事ながらも思っていた。
『もうおじちゃんでいい。それで構わない。だからな――』
『やっ、パパなの! パパはミュウのパパがいいのー! パパがいてほしいのー!』
そして更にぐずり出したせいで収拾がつかなくなりかけた。他の乗客もこちらに視線を向け、『早く親子ゲンカ止めろ』と目で訴えてきたのである。一瞬で針の筵となり、他の皆がうろたえる中、こうなったら仕方ないと恵里がすぐに貧乏くじを引いたのである。
『そっか。わかった。じゃあがんばってねパ~パ♪』
『パパ……!』
『お、おま……っ! な、なか……お前ぇっ!!』
茶化すように恵里が重吾のことを『パパ』呼びすれば、ミュウが目をキラキラさせながら彼を見つめる。そして重吾の方もここで本当の名前を出す訳にもいかず、けれどもここで恵里が裏切ったことに対して怒りのこもった眼差しをぶつけた。やってはいけないことと追い込まれた怒りで頭がバグりかけてたのである。
『……まぁ、いいんじゃないか。
『け、健た……お、おいっ!!』
そこに追撃をかけてきたのが彼の親友である健太郎だ。用意した重吾の偽名も使いながら『パパ』と呼んだことで余計に重吾の頭がこんがらがってしまい、頭をかきむしるしか出来なくなっていた。
『パパ……だめ?』
『……………………もういい。もうわかった。好きにしてくれ』
トドメにミュウのおねだりだ。少し涙ぐんだ様子で見上げられてしまい、これにはもう白旗を上げるしかなくなった。深くため息を吐いてからその場にヤンキー座りをし、再度長い溜息を吐いてから重吾はミュウの方に視線を向ける。
『……嫌になったら後で変えていいからな』
『やっ。パパはミュウのパパだもん』
一応呼び方を変えてもいいと伝えはしたものの、子供の理屈でそれを否定したミュウは重吾に駆け寄って抱き着いた。その結果、永山重吾少年は高一にして一児の父親(仮)となってしまったのである。
「……まぁあっちの方は大丈夫でしょ。野村君達もいるしね。じゃあ色々とやる前にホテルを探しに行こっか」
ひとまず重吾らを見送った恵里達。とりあえず彼らに任せればいいだろうと判断し、すぐさま宿探しに移るべきだと恵里は全員に提案すれば誰もがそれにうなずいた。
「うん。早く行かないといいところ押さえられちゃうしね。検問所の人達も言ってたし」
ここエリセンは大陸の西の海の沖合にある巨大な浮島である。故に外部の人間がアクセスするには船を使う必要があり、そういった客のために幾つもの宿があるのだ。ただし宿といっても貴族向けのしっかりとしたつくりのものだったり、冒険者が安い値段で素泊まりするための簡易的な施設のようなものだったりとバラバラなのだ。
そのためハジメが述べたように検問所の人達は宿をすぐに確保するよう促している。しかも常連らしき人が何人も腕を組んでこちらを見ながら師匠面をしており、大げさでも何でもないということを理解したのである。
「ま、そっちはそっちで頑張ってくれよ……えーと、その、な。行こうぜリリィ。ヘリー……オ、トロープ」
「はい。
「わかりました
ただ、例外はあった。リリアーナに関しては王族であるため、フューレンの商業ギルドが手を回してくれたのである。『さる商会の支援者である貴族が泊まられるから良い宿を斡旋してほしい』と身分を偽った状態でだ。そこでリリアーナが『夫婦とメイドという関係なら三人とも怪しまれないのでは?』と知恵を働かせたせいでこんなことになったのである。
「ふふっ。名前じゃなくて『あなた』と仰った方が良かったですか?」
「勘弁してくれよ……俺もう心臓保たねぇって……」
「ではメイドである私は旦那様と奥様の宿を探しに先に参ります」
「ま、待ってくれ! おーい!」
信治が心底気恥ずかしそうにしている中、上機嫌でリリアーナは信治に近づき、ヘリーナも口角を上げながら通りに向かって歩いていく。ヘリーナの後を追っていく信治とリリアーナを見て、改めてリリアーナ達のしたたかさと立ち回りの上手さに女子~ズは感銘を受けていた。
「じゃあ行こっか
「そうだね。海は……多分どこでも見れるだろうし、静かそうなところに行こっか」
「んー、す……私は出来れば美味しいご飯食べれるところがいいな。エリセンのご飯はどんな感じか知りたいし」
信治達が行ったのを皮切りに恵里達も偽名で呼び合いながら宿探しへと向かっていく。宿泊先がバラバラな理由は人数が多いから押しかけたら宿側に迷惑がかかるのと、各々の自由時間の使い方を一任しているためである。そのため恵里達はちょっと通りから離れたところにある宿の空き部屋を探しに行く。
「いやす……ベル、アンタ料理人じゃないんだから。ま、いいわ。ユキ、
「へいへい……わーったよ
「そうだね。行こっかユキっち、リュカっち」
「あ、それ俺も狙ってたとこじゃねぇか。ま、お前らの邪魔はしねぇから俺も連れてってくれー」
料理人の
「なぁ
「――うん! 行こう
龍太郎からの誘いに香織も満面の笑顔でうなずき、すぐに腕を組んで二人は宿を探しに通りを歩いていった。
「……私は静かなところがいい」
「あいよ。んじゃ先生達の後でも追うか
「あのー、
「そうだな……ま、テキトーに探して見つけようぜ。シア。先に出店制覇するってのもアリだろ?」
「いいですね! わかりました!」
大介とアレーティアは恵里達の向かった先に、良樹とシアは宿探しもそこそこに先に通りに面した出店をうろつくことを選んだ。
“ねぇ光輝、私達はどうする? 私は光輝の行きたいところがいいわ”
“そうだな……じゃあ皆が行かなかった方向に。静かそうなところに泊まらせてもらおうか”
“そうか。では行こうか光輝君、雫、霧乃”
“はいお義父様。雫と光輝君も行きましょう”
そんな中、光輝達のグループは全員が行かなかった方に足を延ばすこととなる。ちなみに雫が“念話”を使ったのはどうしても偽名でなくちゃんと光輝を名前で呼びたかったからである。かなり女の子女の子している理由であった。
「あの、私もですか? 私は別に一人でも……」
「いいえ、なりません! 私達が愛……
「うん! 愛……姉ちゃんのためにも僕も頑張るよ!」
「私もです! あの時誓ったことは絶対守ります!……えーと、アビスゲート様も出来れば……」
「いや先に聞いてくれ。それとその呼び方やめてくれっての……まぁ、先生が負担にならないんだったら俺が話し相手に――」
「いや悪い遠ど……えっと、アビスゲートでいいんだっけ? 俺達が先生を支えるから」
そして最後に残った愛子達。彼女のメンタルケアのためにハウリアどもが即座に立候補してお世話をすると言い出しており、浩介もラナに半ば巻き込まれた形ながらも彼女の話し相手ぐらいにはなろうという考えを明かした。なおその後自分達も愛子のためにと手を挙げた仁村明人だったものの、浩介の偽名をド忘れして深淵卿の方で呼んだため、浩介の『違ぇー!』という叫びがエリセンにこだました。
「あそこの宿とか良さそうだよね。どうする二人とも?」
「まずは空き部屋があるかどうか確認してからでいいんじゃないかな」
「空いてるといいね。ちょっと離れたところにお店もあるしね」
そうして各々好きに宿泊先を探していた頃、恵里達の方も良さげな宿をまた見つけた。見つけたのはこれで三軒目であり、今度こそ部屋が空いていますようにと地球の神様と仏様に祈りながら三人は新たな宿へと向かっていく。
「あ、でもあまり無駄遣いは駄目だよ
「大丈夫大丈夫。ちょっとぜいたくしたぐらいで無くならないってば」
「いや国のお金だからね今回の旅行の資金! 一応商会が貯めてるお金から出したって名目だけど!」
……ちなみに今回の旅行費の出どころはサウスクラウド商会の資本からである。その内訳は九割がた血税(残りは素材の売買で稼いだお金)であった。
税金使って恵里達旅行してました。いぇーい(いぇーいじゃない)
まぁ当然かなりの面々が渋い顔してましたが、そこら辺はリリィの鶴の一声で黙らせたという裏があったり。
恵里達の偽名に関しては後で割烹に投げるつもりです。理由? 載せる前にうっかり投稿しちゃったからだよ!(涙目)
では皆様よいお年を!!
2023/12/30 20:14
偽名一覧作りました!
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=306922&uid=294218
2024/1/4 23:08
龍太郎と香織の会話の部分で
「テラス」→「ベランダやバルコニー」に変更。テラスってマンションとかの建物の1階から庭などに張り出した平らなスペースだったんですね……。