本年も拙作をどうぞよろしくお願いいたします。というわけでまずは皆様への盛大な感謝を。
おかげさまでUAも193911、感想数も698件にまで増え、しおりも437件、お気に入り件数も895件(2024/1/6 21:42現在)を維持出来ております。本当にありがとうございます。
そしてAitoyukiさん、今回も拙作を再評価してくださり本当に感謝いたします。頭が上がらない思いです……。
では今回の話を読むにあたっての一応の注意点として、本文とあとがきのおまけ合わせて10000字程度となっております。それでは本編をどうぞ。
「はぁ……すごい」
ようやく部屋を確保出来た五軒目のホテルの部屋にて、恵里達三人は沈みつつある夕陽を見て大きくため息を吐いていた。
「時々旅行の帰りとかで夕方の海辺の辺りを通ったりしたことはあったけどさ、すごいね。神秘的だ」
「そうだね……ため息、出ちゃうね」
三人が宿泊することになったのはここエリセンの中でも海辺に近い隠れ家的な宿であった。備え付けられたベランダから海まで目と鼻の先程度の距離しかない。そこへ夕日が影を落としており、彼方から続くそれは波と共に揺れ動いている。
地球にいた頃はここまで間近で、そしてゆっくりと海へと沈む夕日を見たことが無かったため恵里達はその美しさに思わず見とれてしまっていた。
「……こんな風にゆっくりするの、どれぐらい前だったっけ」
「よくてオルクス大迷宮かな……いや、あの頃も研究とかそういうのに打ち込んでたから、地球で最後に旅行した辺りかな」
「でも地球での最後の旅行って確か千葉の――」
ハジメの隣で手すりに軽く体を預けながら恵里はふとそんなことをつぶやいた。それに対してハジメも鈴も記憶を探りながらそれに答えれば思い出話に花が咲く。
やれ絶叫マシンに乗った時に自分達は叫んだりしてたのに雫と浩介だけは心底平気な顔して悲鳴の一つも上げずに乗ってたとか、お化け屋敷で恵里だけ特に怯えも何もしないまま突っ切ってハジメと鈴だけが足がガクガクになったこととか、出店で買った菓子類などをカップル組がお互い食べさせあいをしてたりといったとりとめのないことをだ。
「……あっ」
ゆっくりと沈みゆく太陽をながめ、もうすぐ夜が訪れる頃にぐぅと不似合いな音が響く。三人仲良くお腹の虫が鳴り、これにはお互い気恥ずかしくて困ったように顔を見合わせる。
「……恥ずかしい、ね」
「あはは……でも三人一緒だから、ね?」
「そうだよ。別にボク達以外いないんだし……ちょっと早いけどさ、ご飯、食べに行こっか」
こんないい雰囲気でムードぶち壊しなことをやってしまった。そのことに若干の気まずさを感じてはいたものの、皆でやったんならまぁいいかと三人とも考え直す。そこで恵里は恥ずかしさや気まずさを軽く我慢しつつも、もうご飯を食べに行かないかと二人を誘った。
「うん。いいね……そういえば確かちょっと離れたところに酒場があったよね。そこにする?」
「いいね。ただ、今の時間帯だと早夕飯の人もいるかも。そこはいい?」
「あー、そうだね。結構人がいてうるさいかも。じゃあさ、出店でいろいろ食べ歩いたりするのもいいんじゃない?」
そうして夕飯の予定を色々と話し合いながら三人は宿を後にしていく。外に出れば一段と濃くなった夕日の赤が目の前の通りを照らしており、美しい茜色に世界を染め上げている。また自分達以外にも宿を出ていって食事をしようとしているのか表通りへと向かっていく様子の人間も多い。
「じゃあ僕達も行こっか」
「うん。行こう」
「そうだね
三人も仲良く目の前の通りを歩いていき、鈴が語った酒場にまず行ってみようといつになくゆっくりとした足取りで向かっていく。
「すごい活気だね……」
「ホントだ。地球の市場とそんな変わらないかも」
そうして表の通りに出てみれば、そこかしこを歩く人達の数に恵里達は思わず圧倒されかけた。過去に一度訪れた地球のとある市場通りとそん色がない程に人が行き来しており、客引きの声もそこかしこから飛んでくる上に買い食いをしている人も珍しくないぐらいには大勢いたからであった。
「あ、恵里……エリーさーん!」
想像以上の活気ある通りを見てて軽く圧倒されていた時、ふと聞き覚えのあるウサミミの声が三人の耳に届いた。声のする方を振り向けば、そこにはシアだけでなく良樹に愛子、カム、パルに何故かデビッドまでいたのである。
「お前達か。少しは気を休めているか」
「いや、なんでデビッドさんがいるの……」
もちろん旅行に行く前にデビッド達にも声をかけたのだが、四人とも『仕事が忙しいから旅行には行けない』と返していたはずなのである。
まぁゲートキーとゲートホールさえあればどうとでもなるし、多分愛子が予備のゲートホールでも携帯していて彼らにゲートキーを渡したのだろうと恵里は勝手に推測していた。
「少しばかり息抜きにな。真似事とはいえ、教皇の仕事というのは中々に疲れる」
そう言いながら懐からゲートキーを出したことで推測がほぼ的中したということを恵里は確信する。それだけ愛子にお熱なのかと思っていると愛子も困った様子でデビッドを気遣うような言葉を向けた。
「デビッドさん、お疲れでしたら私に構わず休んでください。おみやげでしたらチェイスさん達の分も含めて幾つか見繕いますから」
「そうですデビッド殿。あ、でももしよろしかったら一度宿に戻ってハウリア秘伝のマッサージでも……」
「いや、愛子の顔を見るのが一番なんだ。以前より肉体も強靭になっているし、疲れというのも精神的なものが大きい。それだけだ。それとカム。貴様の気遣いには……その、感謝する」
少し困ったように彼を気遣う言葉をかける愛子にデビッドはあくまで精神的な疲労でちょっと抜け出したとだけ返す。そしてカムの提案に複雑そうな表情を浮かべて辞退しつつも感謝を述べていた。
「そうですか……いえ、もし何かあったら私達ハウリアを頼っていただきたい。仲間を助けるのに理由はいりませぬ」
「……感謝する」
かつて荒れていたメルドのことを考えればああいう態度なのも納得はいったし、当の愛子とカムらも特に気にしていない様子だったので恵里は言及しないことにした。
「では私はそろそろ戻るつもりだ。その、愛子を頼む」
「はいはいりょーかい。ま、後はこっちに任せてよ」
「恩に着る。では失礼させてもらう」
そう言いながらデビッドは表通りから去っていき、後に残った愛子ら五人にハジメが声をかけた。
「えっと、その……一緒にご飯食べに行きませんか?」
「そうですね。私はまだ食べてませんでしたし、カムさんとパル君もそのはずです。さい……
「あー、まだ二軒だけだったな。シア、まだ入るか?」
「今日はあまり運動してないですけど、もう少しぐらいなら。じゃあエリーさん、
「では参りましょうか
「うん! 行こう兄ちゃん姉ちゃん!」
ご飯のお誘いをすればすぐに全員がそれに乗ってくれた。それをありがたく思いながらも恵里達は出店のものを買い食いしたり、そのことを愛子にたしなめられたりしながら食事処を探す。そうして歩くことしばし、適当な酒場に足を運ぶと恵里達は空いているテーブルの席に座ることに。
「それじゃあ皆、今日この時まで奮闘を続けてお疲れ様でした。では今日この時の休息に――」
「「「「「「かんぱーい!」」」」」」
「「か、かんぱーい!」」
各々適当に注文し、また頼んだドリンクが全員分運ばれるとすぐに乾杯をする。恵里達も頼んだ有料の水やら果実水やらを口にし、音頭を取った愛子も水をグラスの三分の一ぐらいまで飲んでから静かにテーブルに置いた。
「あー……これ水頼んだ方が良かったわ。ぬるくてマズ……いやスンマセンスンマセン!」
こういう場だから、ということでエールを頼んで飲んでみた良樹は味の微妙さにケチをつけたのだが、すぐに他の客&店員から敵意やら殺意やらのこもった視線を向けられ、即刻頭を下げまくった。それを見て恵里も場所をわきまえりゃいいのに、と他の多くの面々と同様に白けた視線を送る。
“まったく斎藤君はさぁ……ま、冷えてないと水も結構微妙だけどね。海の上だしお酒とかも常温保存なんだろうね”
“そうだよね。どれだけ現代日本が恵まれた環境か実感するよ……”
恵里と鈴も愚痴を漏らしたものの、それは“念話”でバレないようにした上であった。その手があったか、と言わんばかりの表情で見てくる良樹に対してこっちみんなと恵里は手で追い払うジェスチャーをする。
“恵里、やめなってば……その、僕達が飲んでる水は多分、水属性の魔法を使う人が生活用水含めて売りさばいてるからじゃないかな。それか海水をろ過する装置みたいなのがあってそれを売ってるのかもね”
「「「おぉー」」」
ハジメもどうして水が有料なのかについて軽く考え、それに恵里に鈴、そして良樹もちょっと感銘を受けていた。そうして皆で今回泊まることになった宿のことやらお互いここ最近は休めているかどうかといったことなどをネタに話をし、その途中で注文した料理が届いたことからそれらに手を付けつつも歓談を続ける。
「……やえ、
そんな中、今度話題に上ったのは雫のことについてだ。愛子が軽くうつむいてそう漏らすと恵里達も何とも言えない表情で言葉が途切れてしまう。
「んー、まぁそこは
「そう、ですか……」
こういう時でも生徒のことを心配する愛子に呆れと感心が入り混じった様子で恵里も答える。自分達が下手に気遣うよりも家族や恋人と一緒にいた方がマシだろうと述べるが、愛子はやはり気がかりな様子であった。まぁ自分達とて心配しているのだから無理もないかと思いつつ、ひとまず別の話題を振って空気を変えようと恵里は画策する。
「
そこで鈴が自分のフォローに入ってくれ、一瞬遠い目をしたことで何を言いたいかを恵里はすぐ察した。確かにあの連中がいない分、まだ雫も気分的には楽だろうなと鈴の言いたいことを理解したからである。
「あー……うん。そうだね。ソウルシスターズの人達、いないもんね」
「? あの、
そこで雫を追い掛け回していた例のヤバい集団のことが話題に挙がり、恵里もハジメも深くため息を吐く。そこで聞きなれない言葉を耳にしたシアらハウリアの面々が良樹に顔を向ければ、彼も髪をかきながら例の形容しがたい集団について語ろうと試みていた。
「いやー、俺はハジ……レンでいいんだよな? ともかく付き合いが微妙に浅かったからよ、あくまでソイツらのウワサを耳にした程度なんだが……」
「そういえばや……
「そうそう。自称ティアの
ソウルシスターズ――たとえ学校も学年も、住んでいる県すら異なっていても、それどころか雫よりも年齢が下であっても彼女を、“妹”を甘やかしたりするために現れる謎の集団。だが同時に妹のためなら足の引っ張り合いやら出し抜き合いも辞さない狂気の集団……である。
「うん……ティアのお姉ちゃんを自称してる頭のおかしい人達がここにいないもん。そこは良かったと思いたいなぁ……」
近づいてきたりバッタリと出くわしてしまった時はすぐに雫が雲隠れしたり、浩介やいつの間にか現れた鷲三に霧乃、それと雫の父である虎一が諫めるなり何なりしていた。気配を断ったまま耳元でささやいたり、立ちはだかったり、最悪の場合当て身をやったりして対処していたのだ。それでも全然勢いが衰えはしなかったが。
「そういえば前に『どきなさい!!! 私はお姉ちゃんよ!!!』って言ってきた人もいたね……うん。ああいう手合いの人達が押しかけてこないのだけはまだマシだとは思う」
「アイツらどこでも現れるからねぇ。ちょっとでも隙を見せたら猫可愛がりしようとしてくるし……そういやママを自称する奴もいなかったっけ」
「うん。いた。確か大学生の人だったよ……そこだけは異世界で良かったなぁって思うのなんでだろうね」
心底憂うつそうにつぶやく鈴を見て恵里もハジメもうんうんとうなずく。何せ隙あらば雫を甘やかしたり義姉と呼ばせるべく現れるヤベー奴らの集まりなのだ。年下の癖に雫の姉を自称する輩なんかも多いせいで『私ってそんな風に見られてるのかなぁ……』と気落ちするのも一度や二度ではなかったりする。
「美月ちゃんだったらいても良かったなぁって思うんだけど……いや、やっぱりダメかなぁ」
そこでふとハジメが光輝の妹である美月の名前を出すが、それを聞いた恵里も鈴もハジメと一緒に難色を示す。彼女も雫を『年上の妹』扱いしているのだが、先のアホの集団とは無関係。むしろ彼女に警戒されることがない上に付き合いも深いことから嫉妬の眼差しで見られている人物である。ちなみに彼女もソウルシスターズを毛嫌いしている。
「何故駄目なんです? あま……
「まぁ、本質的にはあの人達と大差ないっていうかなんというか……」
恋人の妹であり、雫ともそこそこ仲のいい彼女だったらいてくれた方が良かったのではと思いはしたものの、アイツら並に暴走するかもと恵里達はふと考えてしまう……流石に光輝と一緒にメンタルケアやフォローをしたり、雫を元気づけようと色々動いたりといった程度だろうとは願望込みで思ったが。
「なんだかんだティアのこと可愛がってるからね。何故かお姉ちゃんの立場でだけど」
ちなみに美月と雫の関係についてだが、なんだかんだ楽しく過ごせてはいるし実害もないからと雫はややあきらめの境地で美月の姉ムーブに付き合っている……本来たどるはずであった二人の関係性とは色々な意味で真逆となってしまっていた。
「シア姉ちゃん、族長。どうしよう。僕、兄ちゃん達の言ってることが全然わかんない」
「……年は重ねたくないな。皆さんの言ってることが私には全くわからないんだ。シア、わかるか?」
「大丈夫ですパル君、父様。私も何を言ってるのかわからないですし出来ればわかりたくないです」
そしてその話を聞いていたハウリア一同は異次元な方にハイレベルな会話を聞いて首をかしげるどころか顔面を引きつらせてしまっていた。『年下が姉って……』だの『彼女には母親がいるはずなのに母を名乗るとはどういうことだ……? アビスゲート様の故郷はそういうところなのか?』と意味の分からないものを耳にして頭がオーバーヒートを起こしかけている始末である。
「まぁともかく、家族水入らず、恋人と一緒なんだから問題ないでしょ。それでいいじゃん」
「そう、ですね……というかそういうことにしてください。私にはちょっと荷が重すぎました……今はどうにもなりませんし」
雫に関しては多分光輝達が何とかするだろうと恵里が再度結論付ければ、それにすがるように愛子も同意する。やはり愛子にも意味が解らなかったらしく、頭を抱えながら深くため息を吐いていた。
「まぁ、そのよ……追加の注文、いいか? ちょっとこの魚料理気になっててよ」
「そう、なんですか?……じゃあその、ヨシュアさんが頼むのなら私も。すいませーん!」
何とも言えない空気が漂い、どうしたものかと思った矢先に良樹がそれをぶち壊さんと動いてくれた。メニュー表を置いて気になってるらしいものをトントンと指でつつくと、空気を読んだシアもそれに乗って店員に声をかけた。
「えーと、じゃあレンくんとベルはどうする? 何か頼みたいのある?」
「僕はこれ。この貝料理ちょっと気になったし、皆でシェアしない? もちろんアイさんやカムさん、ヨシュア君も含めてね。どうしますか?」
「じゃあ……私もこれ。いい?」
「あ、それか。んじゃ俺ももらうわ。シアはどうする?」
「あ、いいですか? ありがとうございますベルさん」
「アイ殿、何か頼まれますか? それとも頼んだ料理を少しもらいますか?」
「……そうですね。ベルさん、少しだけもらえますか? それとこちらも注文しようと思ってるんですが――」
その流れに乗った恵里達も手元のメニューをながめ、どれが美味いしそうかと色々と目星を付けては話し合う。そうして決めた注文の品が届くとすぐにテーブルの中央近くへと置いて、ついでに頼んだ小皿の一つを取って盛りつけていく。
「塩っ気が絶妙……香辛料あんまり使ってなくてもこれだけの味が出せるんだ」
「そこは多分出汁を利かせてる感じじゃないかな。ほらこっちの貝料理とか」
「他のメニューも頼んで味を調べてみたいね。でもあんまり頼むと残しそうだし……」
「……あの、ベルさんもエリーさんもレンさんもそういうのが趣味、っていうかそれで生計立ててたりしてますか?」
「彼らのお家はそういうのとはあまり縁が無いはずですけど……むしろその、
「いやアイツらの場合は趣味だぞ……なぁシア、男の料理って興味ねーか?」
「え? ヨシュア兄ちゃん料理出来るの?」
「そら大め……ダチと交代しながらやってたからな。パル、お前にも食わせてやってもいいぜ?」
「なんと……! うぅ、シアが遂に手料理を食べさせてもらえるほどヨシュア殿と深い仲に……モナ、もう心配しなくても大丈夫だぞ。私達の娘はきっと、きっと幸せになる。うぉぉぉん…………」
「いやあの、それはそれでちょっと複雑というか……その、一緒にお料理しません?」
「あ、いや、ぉぅ……おい先生、これどう答えるのが正解なんだよ。ちょくちょく二人と料理してんだろ。答えぐらいわかるだろオイ」
「あ、受けて正解だよヨシュア君。一緒に料理するの楽しいし」
「いや普通に受けりゃいいじゃん。別に腕前見られて困るほどでもないでしょ」
「受けてあげたらヨシュア君。シアさんもそっちが嬉しいと思うよ」
そしてアレコレ話をしながら頼んだ料理を皆で分け合ったり、他愛のないことを再度話題に挙げたりして一行は夕食の時間を和やかに過ごすのであった……。
“え? 現地の人に何故か囲まれた? しかも微妙に歓迎ムード? 多分明日は動けない? せ、説明してください永山君!!”
……なお、食事の途中に愛子に向けてカッ飛んできた“念話”のせいでこの食事も流れそうになった。
おまけ 母娘の再会_異文録
「ママーー!!」
冒険者ギルドに立ち寄り、ミュウを保護した旨を伝え終えた重吾達はミュウの自宅を訪れていた。その際ギルドの職員や道中でミュウを知るご近所さんと出会った後、ミュウの母親であるレミアの状態を聞いて急いで向かったのである。
「こ、この声! みゅ、ミュウちゃんかい!? ミュウちゃんが帰ってきたのかい!?」
「ッ!? ミュウ!? ミュウ!」
家に着くなりミュウはステテテテー! と勢いよく家の中を走っていき、居間らしきスペースでご近所さんにお世話されていた様子のレミアの胸元へ胸元へ満面の笑顔で飛び込んだ。もう二度と離れないというように固く抱きしめ合う母娘の姿にギルドの職員もご近所さんも温かな眼差しを向けており、重吾達もどこかホッとした様子で親子を見ていた。
レミアは、何度も何度もミュウに「ごめんなさい」と繰り返しつぶやいていた。それが何を意味するのかは重吾達は知っていたが、ミュウにいらぬ心配をかけるまいとその理由を語ることはしない。するとミュウはレミアの顔を見ながら言う。
「ただいま、ママ。ミュウ、かえってきたよ。パパとパパのお友だちと一緒に帰ってきたの」
「は? パパ?」
「ミュウ、よか……えっ。い、今何て言ったの?」
……そう。ここで『パパと一緒に帰ってきた』と言ってしまったのである。『パパ』なんて単語を出したものだからレミアも彼女の世話をしていた様子のご近所さんも固まってしまっており、そう言われている当人も心底気まずそうに顔をそらすばかりであった。
「ママ! あし! どうしたの! けがしたの!? いたいの!?」
そんな時、ミュウは肩越しにレミアの足の状態に気がついてしまったようだった。彼女のロングスカートから覗いている両足は包帯でぐるぐる巻きにされており、痛々しい有様である。それを見て慌てた様子のミュウであったが、気遣われたレミアの方はそれどころではなかった。
「え、えっとあのね、それもそうだけどミュウ、パパって一体誰のことなの――」
「パパぁ! ママを助けて! ママの足が痛いの!」
一体パパとは誰なのか。人一倍甘えん坊で寂しがり屋であったこの子が一体誰に懐いたのかとミュウが顔を向けた方を見れば、レミアにとってあまりに意外な人物――人間族の壮年と思しき男性が飛び込んできたのだ。これには思わず驚いてしまう。
「あ、あらあら……あの、あなたがミュウの……」
「えっ!? あ、あぁユーリックか。お前いつの間にパパになって――」
「いや、その、言いづらいんだが……そこの男だ」
「に、人間族の男が……? ウソだろ……」
「パパ! はやくぅ!」
人間族の商人がこの海上の街を訪れることは割と多いし、ごく少数ながらも住んでいるのは確かだ。だが大半は海人族であるエリセンで人間族を見る機会はあまりないといったレベルだ。そんな相手にまさか懐いてしまうとは、と誰もが驚愕する他なく、方々から向けられる視線が痛くて重吾は逃げ出したくなっていた。
「あ、あぁ……その、綾子。頼む」
「……綾子、悪い」
「……うん。がんばる」
だがここで逃げたらかえって面倒だということはわかりきっていたため、手提げカバンから取り出すフリをして宝物庫の回復薬を出しつつも、念のため治癒師である綾子にも声をかけた。やって大丈夫なのかという不安に軽く怯えながらも、健太郎からの頼みは断れず、重吾と一緒にレミアのところへと歩いていった。
「綾子、治せるか?」
「ちょっと見てみる……レミアさん、足に触れますね。痛かったら言って下さい」
「は、はい? えっと、お、お願いします?」
お互い困惑した様子ながらも診察は始まり、触診、魔法による検査を数度繰り返して『どうにか回復は可能』という結論が出た。これには重吾もご近所さん達も診断を下した当人も安堵していた。そんな中、ちょっとだけ不安そうな顔をしたミュウが綾子に問いかけてくる。
「綾子お姉ちゃん、ママの足なおる?」
「うん。私の魔法とお薬を使って、おいしいご飯を食べて休めばきっと良くなるから」
そう言いながら綾子は不安そうに見つめてくるミュウから視線を外し、重吾の方を見やる。その視線の意味を理解した重吾も軽くため息を吐きながらかがんでミュウの頭をなでた。
「大丈夫だ……綾子がミュウのママを治す。だから心配しなくていい」
「ホントなの……?」
「あぁ。だから泣くな。な……?」
髪をちょっとぐしゃぐしゃにする感じのやや不慣れな頭のなで方にミュウは目を細めてされるがままになっている。それを見てレミアの顔から疑問の色が抜け、やつれた様子ながらも穏やかな笑みを浮かべて重吾の方に視線を向けた。
「あらあら、まあまあ……本当にありがとうございます。ミュウを連れてきてくれただけじゃなくて、私の足を治してくれるなんて。なんとお礼を言えばいいのか」
「い、いや……仕事、ですから」
手をつきながら上半身をゆっくりと倒して頭を下げたレミアに重吾は頭を横に振る。あくまで自分は仕事でここに寄っただけだとあまり関わりを持たなくて済むように言ったのだが、その言い方にミュウが怒ってしまう。
「ちがうの! パパが優しいからなの! ミュウやみんなをさむいところから出してくれて、いっぱいがんばってたパパだから助けてくれたの!」
「い、いや、だからなミュウ。俺はそんな大それた……」
「……だな。ミュウのパパが助けてくれたからですよ。な?」
「健た……ケイン、お前また……」
「そうだねー。私達とミュウちゃんが心を許してるのも
「そうよ。だからミュウちゃんの言葉だけは信じてあげようジュード君」
「真央……じゃなかった。モニカ、
しかもそれに健太郎らも乗っかって言うものだから、余計に周囲から自分がよく思われてしまうことに重吾は頭を抱えたくなってしまう。この世界の人間を信用するのが怖いのに、と思っていると今までダンマリだったご近所さん達が動いてしまう。
「お、おい! 緊急集会だ! レミアさんとミュウちゃんを温かく見守る会のメンバー全員に通達しろ! こりゃあ、荒れるぞ!」
「おう待ってろ! すぐに連れてくるぞ!」
大事になるのは確定してしまったらしい。健太郎らと顔を合わせればお互い顔が引きつっていたし、レミアの方に視線を向ければ『あらあらうふふ』と穏やかな笑みでこちらを見ているものだからどうにもなりそうにない。
その結果、夜分遅くまで重吾は押しかけてきたレミアのファンに質問攻めに遭い、そしてレミアからも『お礼をしたいのでどうかしばらくこの家に泊まっていただけませんか』と頼まれてしまう。なおレミアの提案に関して一切の拒否権は存在せず、しばらくの間ミュウの世話をするついでに厄介になることが確定したのだった……。