コホン。改めまして読者の皆様への惜しみない感謝を。
おかげさまでUAも198247、しおりも449件、お気に入り件数も910件、感想数も709件(2024/2/9 18:42現在)となりました。誠にありがとうございます。これもひとえに皆様が読んでくださるおかげです。
そしてAitoyukiさん、Ku0213さん、桐藤さん、拙作を評価及び再評価してくださり本当に感謝いたします。いやもう久々に日間ランキングでランクイン入りさせてもらいました。ホントありがたいです。
では今回の話を読むにあたっての注意として本編+あとがき含めて話が長く(約14000字程度)なっております。では上記に注意して本編をどうぞ。
「お、あれアシカじゃん。なぁ近藤、アレも捕まえるんだろ?」
「おっ、そうすっか。それじゃ――」
西北西の沖へと更に進んだ礼一達は目につく様々な魚や海獣などを片っ端から捕まえていた。熱帯魚っぽいのやイルカなど目玉になりそうな生き物に次々とキャプチャーボールを撃ち、フューレンの水族館の水槽へと転移させていたのである。
「よっしゃ確保ー。こんだけ捕まえたんならちっとは盛り上がるだろ」
「……なぁ近藤。ちょっと、やりすぎじゃね? ここらの環境変わったらどうすんだよ」
「そういやな……とりあえずあっちの水槽ももう満杯じゃねぇか?」
そうして先程目撃したアシカに似た生き物も捕まえたのだが、そうやってホイホイ捕まえている様を見て少し不安になった淳史が意見する。
確かにキャプチャーボールは接触した相手の半径三メートルを海水ごと一瞬で転移させる代物であるため、それなりの数の生き物が巻き込まれているのだ。それを聞いた明人も水族館の状況から暗に止めるよう礼一に言った。
「いや大丈夫じゃねぇの? ここら人間来ねぇし……けど、水あふれたら面倒だよな」
その言葉を聞いた礼一は環境のことは気にしなかったが、水族館の今の水槽の状態のことを言われて考える素振りをする。
フューレンにあるメアシュタット水族館は譲ってもらいはしたが、未だ人間を雇ってはいないからだ。そのため仮に水があふれていたら掃除も自分達でやらなければならないのである。
「環境のことは別にいいんじゃないですか?」
「うーむ……かんきょうとやらはよくわかりませんが、確かに目につくものは大抵捕まえてしまってますしな」
その言葉に愛子とカムも反応した。
「根こそぎという訳でもないですし。でも水があふれたらお掃除が大変ですね。人を雇えてたらそちらに回せたんですが」
憎しみが根底にあるからかトータスの環境なんて知ったこっちゃないと考えた愛子であったが、大した手間ではないとはいえ流石に生徒達が余計な苦労をするかもしれないというのなら話は別だ。もしもの話を口にした後、じゃあどうしたものかと軽く思案している。
「礼一殿と愛子殿の言葉からしてすいぞくかんとやらの状態も良くなさそうですし、やめたほうが良さそうですな」
カムの方も『環境』や『水族館』といった言葉の意味をわかってはいない様子だが、礼一らの話を聞いてこのまま海の生き物を捕まえ続けるのはよろしくないということは察した。そのため皆の意見に同調したのである。
「あー、じゃあ帰るか。んじゃお前ら、酸素ボンベ出して……お、何か来た、な……? ん?」
迷っていたところで他の皆から説得されたため、じゃあいいかと礼一は自分の宝物庫から酸素ボンベ――龍太郎と香織がエリセンの底にゲートホールを取り付けに行く際に口にくわえたスプレー管みたいなものだ――とゲートキーを取り出す。
全員が同様にボンベを取り出したのを首をひねって確認し、じゃあ早速とゲートキーを前に突き出そうとした時に礼一は何かに気付いた。
「こんなとこにもクリオネがいるんだな……ん?」
クリオネだ。クリオネみたいな生き物がフロント水晶越しの視界に出て来たのである。トータスにもこんな生き物がいるのかと感心していた淳史であったが、礼一と同様に違和感に気付いた。
「……なぁ、なんかその、デカくね?」
「しかもこっちに近づいてきてるような……」
たまたまこの潜水艇のフロント水晶の近くに現れたのかと誰もが勘違いしていたのだが、そうではないことに全員気づく。何故なら徐々にその姿が大きくなってきているからだ。
「お、おい……これ、二メートルとか三メートルとかじゃ済まないレベルなんじゃ……!」
初めは握りこぶしにも満たない大きさにしか映ってなかったものが子供の大きさ、大人に近いぐらい、そしてちょっとした家程度へと段々とサイズを変わってきている。これに異様さを感じない人間はいなかった。
「逃げるぞお前ら! 早くボンベを出して着けろ!」
既に礼一はゲートキーをいつでも使えるように準備していた。オルクス大迷宮で培った危機感が何度も警告を鳴らしていたからだ。アレは
「――触手が!?」
だが伝えるのが一歩遅かった――フロント水晶いっぱいに無数の触手が押し寄せてきたのだ!
「ぐわっ!?……礼一殿、すぐにゲートを開いてくだされ! 皆様、早くボンベを!」
「わかってる! 溺れても文句言うなよ!」
何センチもの分厚い水晶は一瞬にしてヒビだらけになり、そこからまず浸水が始まった。メキメキと金属がきしむ音と共にそこかしこから水が流れ込み、今すぐ逃げなければ死ぬというのを誰もが理解した。メルドのシゴきで危機感が研ぎ澄まされていたカムはすぐ立ち直ると共に檄を飛ばし、既に持ち直していた礼一もすぐにゲートを開いた。
「うわぁぁあああ!! が、ガラスが!?」
ゲートから一気に水が流れ込むとほぼ同時に砕けたフロント水晶からおびただしい数の触手も入り込んでくる。一瞬で視界を覆い尽くさんばかりに広がるそれを見て明人は思わず叫んでしまった。
“ボサッとしてんじゃねぇよバカ!!”
そうしてすくみあがった明人の肩を掴むと、礼一はそのまま光の膜へと放り投げる。そして自分の宝物庫から取り出した二本の槍で押し寄せる触手を切り払おうと勢いよく振り回した。
“近藤君! 相川君達は向こうに送りました! 早く脱出を!”
“後は我らだけです!”
礼一が槍で触手を相手している間に愛子とカムは淳史らをゲートの向こうへと追いやった。そして自分達もゲートから体半分出した状態で礼一に避難を呼び掛けている。既に礼一の腰元まで水が浸水しており、必死になって叫ぶのも当然であった。
“あぁ!――こりゃとっとと逃げ出さねぇとあの世逝きだ!!”
その礼一もかなり焦った様子でゲートへと飛び込んだ――持っていた槍はどちらの刃も既に原型を留めないほどにボロボロになっている。触手を数本切り飛ばしただけでここまでひどく損傷し、マトモに相手をしてはいけないということを嫌と言う程理解させられたが故だ。
そうして皆と無事に合流し、ゲートを閉じようとした瞬間、例の金属すら溶かす触手の一本が礼一の右足を掴んだ。
“ぬわっ!? こ、コイツ、切られても生きてやがる!!”
恐ろしいことにこの触手は空間が閉じて本体から離れてもなお力が緩むことはなく、むしろ礼一の足を砕かんと更に力を入れようとしていた。
すぐさま礼一は“金剛”の派生技能である“集中強化”によって右足を守ろうとするが、それでもミシミシと彼の足からきしむ音が響いてくる。
“こ、近藤!”
“近藤君!!”
“礼一殿!!”
“この、クソがっ!! 分解っ”
皆が悲痛な表情で見てくる中、礼一はしめつけられた右足近辺で“分解”を発動。空間魔法の真髄を得たことにより使えるようになったあらゆるものを文字通り分解するこの魔法には流石にこの触手も敵わず、少し時間がかかりはしたもののどうにか全て消し去ることが出来た。
“大丈夫か! 足折れてねぇか!?”
“まだヒビ、ぐらいだろ……それよりも、痛ぇ……っ!”
昇が“念話”で声をかけるも、礼一は苦痛に苛まれた様子で返事をする。すぐに昇は水魔法も併用して一瞬で礼一のところまで泳ぎ、彼の肩に手を回した。
“お、おい! ど、どうなってんだよ!”
“知るかよ……金属を溶かすんだから、俺の体だってやられた、んだろ”
その際彼の右足を見れば、触手がしめつけていた部分の辺りが赤くただれてしまっているのがわかった。先程の一撃で皮膚にかなりのダメージが入り、そのせいで海水が染みたのだと察した昇はすぐに全員に声をかける。
“早く上に戻ろう! とっとと谷口とか白崎に治してもらわねぇと!”
その意見に誰も反対する者もおらず。昇の水魔法で流れを作り、一行はこの場を後にしたのであった……。
街の中央にある広場に薄っすらと朝日が差し込む。ほとんど人気がない中、立ったり噴水のへりに腰掛けたりしながら昨晩礼一達の身に起きたことを恵里達は改めて聞いていた。
わざわざこの時間帯と場所を選んだのは他人に聞かれることを防ぎ、皆で情報を共有するためだ。現地の人達に怪しまれないようあえて全員違う宿に泊まっていることが足を引っ張ったこともあり、全員早起きしてここに集まったのである。
「――こういうことが、ありました」
「……そうか。そんなことがあったんですね。詳しく話してくれてありがとうございます畑山先生。それと、皆が無事でよかったよ」
聞けば聞くほどあまりにもデタラメであり、かなり絶望的な状況であった。愛子の説明が終わると皆を代表して光輝は礼一達をねぎらうが、彼らの表情からは憂いがありありと浮かんでいた。
「俺らはいいよ……」
「むしろ近藤がな……俺と明人、何もしてないし」
「あー、気にすんなって。ヒュドラと戦った時のこととかも思い出したぐらいで何ともねぇっての」
戻ってすぐに鈴達が礼一を処置したことで骨に入ったであろうヒビもただれも治っている。何でもないかのように礼一は言うものの、お世辞にも顔色は良いとは言えない。そんな彼を見て同行していた明人と淳史達は苦々しい表情を浮かべたままであった。
「ホント心配したぜ……お前がマトモに戦って勝てないとかどんだけヤバいんだよ」
「知るかよ……正直、“分解”の効きすら遅かったからな。マジで生きた心地がしなかった」
大介が心の底から心配そうに礼一に声をかければ、礼一も軽く顔を青ざめさせたまま声を震わせながら返事をした。友人が生きててくれたことにホッとしつつも、身震いしている様子を見てどれだけ彼が恐怖したかを恵里達はひしひしと感じ取っていた。
「礼一君の話が本当なら魔法の効きも悪いし、金属すら溶かす触手の持ち主なんだよね……」
「しかも馬鹿力で何本も出せる上に本体までデカいときた……控えめに言ってクソゲーだろうが」
ハジメと幸利も浮かない様子で礼一達が相手をした生物のことについて思案している。
水中にいる以上機動力もあちらが上だろうし、ちょっとした船程度ならおそらく簡単にへし折るであろう怪力の持ち主でもある。こんな化け物相手にどうしたものかといった様子で頭を押さえていた。
「そういや槍の方はどうなんだハジメ。直る……ワケねぇよな」
「穂先は取っ替えた方が早いぐらいかな。それ以外が残ってるだけなぐらいだからね」
その上触手だけでも魔法が効き辛い上に金属製の武器であっても簡単にボロボロにしてしまうというのが実に厄介であった。一体どうやって勝てばいいのかとオルクス大迷宮攻略組はそろってうなり続けている。
「……“縛魂”は効いてくれると嬉しいんだけどなぁ」
「そうだといいんだけどね……でもそれ以前にかなり近づかないとダメでしょ? 解放者の人達もあんな生き物置いてくれちゃってさぁ」
それは当然恵里と鈴もだ。恵里の切り札である“縛魂”が効くのであればまだいいのだが、そもそもあの魔法は射程が短いという欠点がある。実際にやるとするならばあの凶悪な触手の雨をかいくぐって本体に打ち込まなければならないのだ。
「“縛魂”で対処するのもあんまり現実的じゃないかなぁ……ごめん」
「せめて水中じゃなかったらいいんだけどね……でも、どうにかなるかも」
実際にやる場合、“聖絶”や“縛羅”を使って攻撃を防ぎながらになるだろうがアレは簡単に破りかねない。試しにやってみるにしてもあまりに危険すぎるのである。だからこの方法も効果があってもやれそうにないと二人は結論付けたが、鈴だけは何かを思いついた様子で首をひねっていた。
「鈴、どうしたの? 何か悪知恵でも浮かんだ?」
「恵里じゃないんだからそういうの浮かばないよ……“界穿”でどうにか空に引きずり出して、それでハジメくんの兵器とか光輝君の“神威”とか皆の魔法で集中砲火とか出来ないかなって思っただけだよ」
恵里が鈴を小突きながら尋ねれば、出してくれた案はそこまで悪くはなさそうであった。これならば水中の機動力を殺しきることが出来ると恵里も考え、『ほら思いついてんじゃん』とひじで軽く鈴の脇腹を小突く。
「それでも触手が馬鹿みたいに出てくるんだろ? 流石に海にいた時みたいにやれるとは思わねぇけどそれを抑え込む方法が欲しいところだな」
ただそれでも問題を全て解決したという訳ではない。触手による攻撃という問題が残っていたからだ。
流石に空中ならば重力に引っ張られるせいで縦横無尽に伸びることは無いと考えている様子の龍太郎だったが、それでもこちらに攻撃が届くことも懸念した様子で色々と思案している。それには恵里達も特に異論は唱えなかった。
「そこは“縛光鎖”とか“縛羅”とかで一時的にでも固定出来ないかな? あ、でも“縛羅”だと上手にやらないとあっちに攻撃が届かないね」
「使うのは“分解”と“震天”かしらね。それで思いっきり吹っ飛ばすなりウラノスの手を借りるなりしたいところだわ」
「神代魔法の取得のため、って言えばフリードさんも嫌な顔はしないよね。後で話してみよっか」
「だよねぇ~。頭の部分を魔法で固定して、他の部分を吹き飛ばせば大丈夫かなぁ~?」
代わりに出てきたのは対策案である。香織が魔法による拘束方法を考え、優花が魔法による具体的な攻撃方法を口にする。奈々を含めたオルクス大迷宮攻略組がそれに乗っかって更に議論を続けていく。その様を見て重吾達は少しうつむき、ため息を吐きながらつぶやいた。
「襲われたばっかだってのに、もう話し合いなんて……」
「……強いな、お前達は」
その表情からは卑屈さや嫉妬、驚きなどが感じ取れた。どうしてこんな、何がそこまで駆り立てるのかといった様子で彼らは時折恵里らをチラチラと見ている。その理由を光輝や龍太郎達が口にしようとした時、重吾らと同様に沈んだ様子であった愛子がその答えを言い当てた。
「……オルクス大迷宮ですか。そこで色々考えるようになったからですか」
「……はい」
それに光輝は重々しくうなずく。事実その通りだ。考えに考えて、対策を練って、そうして慎重に一歩ずつ着実に恵里達は進んできたのだから。その答えを聞いてグッと拳を一層強く握った愛子に向け、光輝はそうならざるを得なかった理由を語る。
「あそこは一筋縄じゃいかない場所でした。最初に出会った敵も俺達が策を練って死力を尽くしても死にかけましたし、それ以降もただ考えなしに突っ込んだら確実に死んでしまうような相手の連続でした」
「やっぱり……」
「でもそれはただ生き延びるためだけじゃありません。皆で生きて地球に帰るために考えて戦ってたからです」
光輝の言葉を聞いて更に落ち込んだ様子の愛子であったが、続く彼の言葉に重吾達共々動きを止める。そしてこちらをじっと見つめてきたため、皆であの時決意したことを語っていく。
「最初の敵を倒した後、皆して腐っちまってな……でも、メルドさんとハジメの言葉のおかげで立ち直れたんだよ俺達は」
「ユキの言葉もあるけどね……少なくとも、私
龍太郎の言葉にうんうんとハジメ達もうなずき、特に恵里と鈴が何度も何度も首を縦に振っている。また優花の話に奈々も『私だってそうだけど……幸っちの言葉で立ち上がれたし』と軽く不満を漏らす。そして二人の言葉を聞いた幸利は赤くなった顔を背けながら『お、おぅ……』とつぶやいていた。
「俺達だって家に帰りたいからな。そのために色々やってたんだよ色々」
「んっ……だいすけぇ」
「皆の装備とか色々調整してね。銃も作ったりなんかして……永山君達はどうだったの」
大介も未だビクビクしているアレーティアの頭をなでながら言い、ハジメも彼なりに言及しながら重吾達に問いかける。すると彼らもお互いにチラチラと視線を向けるもこちらと顔を合わせようとしなかった。
気まずさやまだ残っている卑屈さ辺りが邪魔してるんだろうと恵里が邪推していると、意を決した様子の明人が胸の内を明かしてくれた。
「そう、だよ……俺達だって、そうだった」
声を震わせながらただそう漏らす。うつむきながらため息と共につぶやいた明人に続いて健太郎と綾子、真央も思いを形にしていく。
「戦うなんて嫌だったよ。今でも、やっぱり嫌だけどさ」
「でもそうしなきゃ……そうしなかったらどうなるかわからなかったから」
「だよね……それで私達、そっちと戦ったんだし」
三人の実感のこもった言葉に恵里達もあぁと短く言葉を漏らしたり、ほんのわずかな間だけ同情のまなざしを向けるのがせいぜいだった。彼らの身に何があったかはわかるし、その心の傷に寄り添うのは自分達じゃない。やるならば愛子に任せるべきだと各々が色々と考えたからである。
「……結局、南雲達もそうだったんだな」
「……家に帰るために色々とやっていた。それは俺達と変わらない。そう、だったんだな」
淳史と重吾の言葉に恵里達はただうなずくだけだった。結局お互いにやれることをやっていた。ただそれだけでしかない。しかしそのことがあちらにも伝わったせいか余計に彼らの表情は暗くなってしまう。
「……強いよ、お前ら」
「あっそ。それで何? 勝手にウジウジしたいんならしてたらいいじゃん」
諦めとも羨望ともとれる言葉を明人がつぶやいて一層空気が沈むも、そこで恵里が少し困った様子でとんでもないことを言い出した。
「え――えぇっ!?」
「中村さん、あなたって人は……!」
「い、いやいや恵里! 何言ってるの!? 今すぐ謝らないと!」
「お待ちください」
追い打ち同然のようなことを言い出したせいで重吾達はあっけにとられたり大いに困惑したりしており、また愛子も軽く憎しみのこもった目つきで彼女を見つめている。ハジメも愛する人の奇行に驚きながらも今すぐ謝ろうよと提案するも、先程まで口をつぐんでいたリリアーナが騒いでいた皆を止めた。
「中村様、おそらく何か話されたいことがあるんですよね」
「まぁ、ね。そこの王女様の言う通りだよ……ハジメくん、ちょっとだけ待っててね。別に好きなだけ苦しんでなよって言おうとしてる訳じゃないから」
恵里を見て何かに気付いたらしく、ざわめく周囲をたった一声で静止させるとリリアーナはすぐに話をするよう促す。恵里もハジメに一瞬だけ恨めし気な視線を送り、誤解が解けるようワンクッション置いてから思ったことを口にした。
「えっとさ、ボク達はすぐに立ち直らないとどうにもならない場所にいた。それにボクやハジメくん、鈴のために命を懸けてくれるようなお人好しばっかだったから覚悟を決めることが出来ただけだよ……その、ボクらみたいになれないことをとやかく言う気は無いんだって」
「だからって……」
「“鎮魂”……ねぇ皆、もうちょっとだけ恵里の話を聞いてあげて」
視線をさまよわせたり、どこか言葉を詰まらせながらも恵里は語る。言葉を選び、何とか説明をしようとしている彼女に昇が言い返しそうになったが、そこで鈴が魂魄魔法で昇達を落ち着かせてから待ったをかけた。すると何かに気付いた様子のハジメも鈴の言葉に続いて頭を下げる。
「お願いします……今の恵里は、きっと永山君達のために何かを言おうとしている気がするんだ」
「……ありがとう、二人とも。あとハジメくん、王女様より早く気付いてよ」
「ごめんごめん」
この上ない信頼を置いている二人が援護してくれた。そのことに恵里は柔らかな笑みを浮かべて感謝を述べるもすぐに気づいてくれなかったハジメへの恨みをちょろっとだけ漏らし、彼が苦笑いして謝罪した後で話を続ける。
「……えっとさ、ボクもそっちみたいに悩んでいじけてたことはあったよ。地球にいた時とか、トータスに来てすぐにさ。まぁ、その……そういうこと、だから」
だがそれもあまりにつたないものだった。目をそらし、気恥ずかしそうに語れば重吾達やパル、それに愛子がどよめいた。リリアーナとヘリーナも意外なものを見たとばかりに目を一瞬だけ大きく見開いている。
なお自分の過去を知っている幼馴染~ズと四馬鹿、それとカムとラナだけは微笑ましいものを見る目で彼女を見ており、羞恥と怒りに耐えながらも恵里は思いを形にしようと悪戦苦闘していた。
「ハジメくんに頼って、それで皆に甘えて、だからその、えっと……ともかく、悩みたいんだったら悩めばいいってこと! それを受け止めてくれる人が近くにいるでしょ! そういうこと!」
かつて両親とケンカをした時やノイントに拉致された翌日に自殺しそうになった時のことをちゃんと話そうとするも、結局恥ずかしさが勝って恵里はそのことを明確に述べないまま顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。
もうとにかく早く話を切り上げたいとばかりに上ずった声で勢いのままにしゃべった後、涙目のまま無言で彼女はハジメに思いっきり抱き着いたのであった。
「お疲れ様、恵里。がんばったね」
「………………うん」
その彼も穏やかな笑みでただ彼女の頭をなでるだけ。羞恥心やら何やらでもういっぱいいっぱいになった彼女をいたわるだけであった。
「お疲れ様、恵里。ちゃんとハジメくんや鈴以外の人達にも優しく出来るじゃん」
「…………………………うん。がんばった」
フフッと微笑む鈴に恵里もやや鼻声でそう答える。それを見て重吾達もどこか力が抜けた様子で彼女を見つめており、そんな彼らに幸利が声をかけた。
「まぁそういうことだ。恵里の奴だってな、お前らが思ってるほど冷徹でも何でもねぇんだよ。ハジメと鈴にダダ甘えして、大介の奴らが馬鹿したら冷めた目で見てくる。結構普通な奴なんだよ」
「……そう、ですか」
あくまで彼女も普通の人間と変わらないのだと幸利が伝えれば、愛子は困惑と親しみが混じった視線を恵里へと向けている。重吾や健太郎達の方は困惑の色が強く、お互い顔を合わせてどうすればいいのかと戸惑っていた。
「うん。僕も恵里も鈴も、それに一緒に来てくれた光輝君達や大介君達にメルドさんも。永山君達のように迷って悩んで、それがきっと正しいと信じて答えを出した……それで失敗したこともあったけど、それでも進んだ。それだけだよ」
「南雲様もそうだったんですね――でしたら重吾さん。それに野村様がたも。どうするべきかでなく、『どうしたいか』を考えればいいのではないでしょうか」
そこにハジメが自分達も今の重吾達とそんなに変わらないんだと伝え、そこにリリアーナが言葉を重ねる。そうしたことで彼らの顔から困惑の色が抜け落ち、そうかと漏らしたりうなずくなりとどこか納得した様子を見せた。
「お疲れ様、恵里……普段の恵里ならやらないのに、ハジメ君達から何か言われたの」
「雫うっさい……うぅ」
微笑まし気に見つめてくる雫に対し、恵里はハジメの胸に顔をうずめたまま憎まれ口を叩くだけ。それを聞いて余計に雫がニコニコと笑みを深くするばかりだった。
「永山達は永山達でゆっくり進めばいい。俺達はそれをとがめないよ」
「……そうか。ありがとう、天之河」
「あぁ」
そんな雫のそばに寄り添いながら光輝は重吾に思いを伝える。すると彼も少しぎこちない様子ながらも笑みを浮かべてありがとうと返す。それを受け取った光輝は微笑みながら短く返事をすると、すぐに音頭を取って礼一達を襲った敵相手への対策会議を再開する。
「よし。じゃあもう一度礼一や相川達を襲った奴にどう対処するかの話をしよう! 誰でも意見を言ってくれ!」
「あ、じゃあ僕から……魔法も武器も駄目ならさ、火炎放射器とかで燃やすのはどうかな?」
「お、流石ハジメ。確かに燃やすのはいいかもしれねぇ。俺も直接殴ったら礼一みたいに手がただれるだけじゃ済まなさそうだしな」
「いやそれで大丈夫じゃない? 皆で燃やせばどうにかなりそう」
「じゃあ燃料はあのタール? あれって確か燃えると三千度ぐらいになったはずだし」
そうしてやいのやいのと色々と話し合う様を
「やっぱり、私も……でも、永山君達を放っては……」
「メルド団長に鍛え直してもらわねば……今のままでは」
……故に彼らの目に悔しげに顔をしかめている愛子とカムは映っていない。彼らの耳に二人の迷いと決意は聞こえていなかった。
その後は
「……パパ」
「また来る……だからそんな顔をしないでくれ」
それはミュウがぐずって重吾を引き留めようとしたせいで、彼が大いに迷ったことだ。レミアの強い後押しもあったせいで重吾だけはずっとミュウの家に宿泊することになり、その間ずっとミュウの相手もしていたこともあって後ろ髪を引かれる思いに駆られてしまったからである。
「別にここにいてもいいんだぜ? お前はミュウのパパなんだからさ」
「だから健た……ケイン、お前な」
「……悔しいですけど、この子と一緒にいて彼の表情が少し和らいだような気がしますからね。本当に悔しいんですが」
健太郎が微笑みながらまだ滞在しても構わないと暗に告げるも、重吾は悩みに悩んで答えを出せない。ただ恨めし気に彼を見つめる重吾に対し、愛子も心底悔しげにレミアを見つめていた。
「私は構いませんよ、ジュードさん……でも、何かをしたいと顔に書いてありますし、必ず来てくれると約束してくれましたから」
愛子にそんな目つきで見られている当のレミアは頬に手を当てながら微笑むだけであった。そしてミュウの髪の毛を優しくなでてあやしながら、重吾を引き留めようとはしない。もう一度ミュウに会いに来てくれるとちゃんと約束してくれたから、きっと口約束で終わらせないと根拠も無く確信していたからであった。
「……悪い」
「いいえ。でも、今度来てくれる時は
実は綾子の治療を受けたおかげでレミアはある程度動けるようにはなっている。流石に泳ぐのは厳しいところだが、日常生活を送る分にはほぼ問題ないレベルにまで回復していた。そのことへの感謝故か或いは別か――熱っぽい視線を向けられた重吾はどこかうろたえている様子だった。
「永山君、行きましょう」
「あ、いや、愛……先生! っと、また来るからなミュウ! レミア……さん!」
「ミュウちゃん、また遊ぼうな」
「……うん。パパ、
重吾の手を引いて愛子はレミアの家を後にし、重吾達は涙をこらえながら手を振るミュウに別れのあいさつをする。一同に微笑ましいものを見るような目つきで迎えられ、一行はエリセンを出ていった。
帰りの船旅も特にこれといったこともなく終え、大陸側の港町を出て王宮へとゲートを開いて戻っていく。
「王女様、それに神の使徒の皆様! 報告が!」
「何がありましたか。詳しく聞かせてください」
「はっ!――フューレンの街にアンカジ公国の使節団が現れたと冒険者ギルドを経由して報告がありました!」
……そうしてバカンスを終え、日常に戻った彼らを待ち受けていたのは新たなトラブルの芽になりそうなイベントだった。厄介ごとがまたフューレンに舞い込んできたと皆心の中でため息を吐いたのであった。
おまけ 大人たちの休暇?
「ですからぁ! 私に王女さまの護衛なんてムリですよぉ~……」
ある晩、王宮から少し離れた騎士団の宿舎の一角にて。ボトルに入った酒をグラスになみなみと注ぐと、それをまたしてもクゼリー・レイルが一気飲みする。そうして酒臭い息を吐きながらこの部屋の主であるメルドに泣き言を漏らしていた。
「お前なぁ……陛下が命じたんだぞ。いい加減受け入れろ」
「ムリですよぉ……だって、だってわたし、永山さまたちにあんなことをぉ~」
怜悧な目元やキリッとした眉にキュッと引き締まった口元。普段から真面目で細やかな気遣いも出来る高嶺の花の美女は今、べそべそと泣きはらしながら備え付けのテーブルに突っ伏し、ひたすら弱音を吐き続けている。騎士団員やメイドからよく美しいと称賛されるストレートの金髪も今はくすんで見えてしまっていた。
「……アイツらは何も言ってこないだろう。そこまで自分を追い詰めるな」
「だって、だってぇ~」
ハイペースで酒を飲み、三杯目を一気飲みしてからずっとこの調子である。何度も何度も『自分は駄目だ。ろくでなしなんだ』ととにかく自分を卑下するばかり。気にするなと何度言っても聞き入れてもらえず、どうしたものかと頭を抱えていたメルドだったが不意にクゼリーの雰囲気が変わる。
「……私、永山さまたちを役立たず扱いしたんですよ」
打って変わって静かにつぶやく。その内容は恵里達がハイリヒ王国の混成軍に奇襲を仕掛けて勝利した後に彼女もしてしまった失敗。他の兵士と同様に重吾をけなしてしまったことだった。
「戦う役目を押しつけて、同じ故郷の人間とたたかわせて。挙句に負けたらののしって……私、なにやってたんでしょうか」
乾いた笑いを浮かべ、虚ろな目となったクゼリーが自嘲する。操られていたとしてもその記憶が残るというのは鷲三と霧乃の件でメルドは知っていた。恵里のおかげで正気に戻り、彼女自身が真面目であるからこそそのことを真正面から受け止めてしまったのだということを理解するのに時間はかからなかった。
「クゼリー……それは」
「おまけにエヒト様から王国ごと見すてられたんですよ……じゃあ私たちのやったことって何だったんでしょうか」
空になったグラスを音を立てて置いた後、抑揚のない虚無に満ちた言葉が漏れた。引きつった笑いを浮かべていたクゼリーのまなじりから涙がこぼれた。
「エヒトさまから預かった強大な力を持った子供たちを戦いに仕向けて、同じ故郷の人間族同士争わせて……私達はただのく――」
「“鎮魂”」
はらはらと涙を流しながら自分達がやったことを振り返り、そして自分も王国の皆もただの屑でしかないと言おうとしたクゼリーにメルドは魂魄魔法をかける。いきなり心が落ち着いてしまって、何が起きたかわからなくなったであろうクゼリーに“鎮魂”をかけ続けながらメルドは慰めの言葉をかける。
「それ以上は言わせん――それを言えば俺とてそうだ。結局恵里やハジメ達、永山達にいらん苦しみを与えてしまっただけだ」
「メルド団長……ですが、ですが」
魔法の効果によって驚くことも何も出来ないが故に普段通りの平坦なトーンでしかクゼリーは話しかけてこない。そんな彼女を無視してメルドは話を続けていく。
「俺もお前も、この国の皆も……いや、トータス全土がエヒトの奴にいいようにされている。だからお前だけが悪い訳じゃない」
「で、ですが、その、それでも、私のやったことは」
「だから悪くないと言ったはずだ……全く」
自分もクゼリーも悪神であるエヒトの被害者でしかないと言うもクゼリーは納得した様子を示さない。それに少ししびれを切らしたメルドは席を立つと彼女のそばまで歩いていく。
「な、何ですかメルド団長。その、
「違うそうじゃない……罰が欲しいか、クゼリー」
すぐに彼女も席の近くでひざまずき、頭を垂れた。口ではああ言っているがこの場で首を刎ねられても構わないのだろうと察したメルドは少しイラっとしながらも彼女にあることを問いかける。
「罰……はい。是非。私ごときの命で良ければ」
「その言葉、二言は無いな?――なら、お前に今すぐ罰を与えてやる」
己を罰してもらえることにどこか安堵した様子で、落ち着いた声色で受け入れるとクゼリーが言うとメルドは口角をほんの少しだけ吊り上げる。
「ならばこれから……そうだな、毎晩俺の部屋に来い」
「……っ」
それは彼女の心を癒すためにメルドが考え付いたものであった。クゼリーの様子を見てメルドは思ったのだ。彼女もまた自分に似ていると。信仰が無意味と知り、己の所業を悔い、生きる意味を見失った人間なのだとわかったからだ。
「そして先程お前に使った魔法を俺が良いと言うまで受け続けろ。いいな?」
故にこれを思い付いた。かつて自分はフリードに発破をかけられ、オスカー・オルクスの遺言を聞いて立ち直ることが出来た。だが誰の言葉も届かないかもしれない目の前の女には別の方法で、心に安らぎを与える魔法で彼女の傷を少しでも癒せないかと考えたのだ。
「はい……はい?」
なおクゼリーは思っていたのと違うとばかりに間抜け面をさらしていた。
「あ、あの、メルド騎士団長? その、てっきりそういうことかと……」
「そうして欲しかったか? 悪いがその方法だとお前はもっと心を病みそうだったからな。さっきも言ったが俺とてお前と変わらん。傷の舐め合いではお前は立ち直れないだろう?」
話の流れからして下世話な方だとクゼリーは勘違いしたのだろう。尤も、メルドもそう誘導することで承諾させるつもりだったし、実際に言質は取った。なら少しでもマシな方向で彼女が立ち直れるようメルドはしたたかに立ち回る。
「それとさっき『はい』と言ったな? 約束は守ってもらうぞ」
「え……で、ですが!」
「二言は無いと言ったはずだ――俺に恥をかかせる気か。クゼリー・レイル」
言い訳をするクゼリーのあごに手を添え、ただ彼女をじっと見つめる――髪の毛を掴んだり額に手を当てて無理やり自分の方に顔を向けさせる訳にもいかないだろうと思ってやったこの動き、それが大失敗だったということにメルドはすぐ気づかされる。
「……はい。仰せの、ままに」
「ん……ん?」
「どうぞ……気のすむままにしてください。メルド団長」
ほんのりと頬が赤くなっており、瞳もうるんでいる。酒とさっきの涙のせいかもと思い込もうとしたが、微かに震えるクゼリーの声にどこか期待が混じっているのがメルドにはわかってしまった。
これは不味いことをしたのでは? と思ってイヤな汗が顔からブワッと出るが、相対するクゼリーは無言でただこちらをじっと見ている。
「……わ、わかった。な、なら、もう少しだけ“鎮魂”をかける。その後で自室に戻れ」
「はい……」
どうにか平静を装いつつ、メルドは自分にも“鎮魂”をかけ続ける……今回のことがきっかけで『メルドがクゼリーを通い妻にした』というウワサが流れてしまうようになったのと当人が頭を抱えたのは言うまでもない。
2024/2/11 あとがきの内容ちょっと修正
2024/2/12 あとがきもうちょっと修正