あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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UAがなんか600オーバーだの1話の段階で既にお気に入りに入れられているだの……え、マジ? 新手のジョーク?(gkbr)


二話 いともたやすく絡む因縁

 部屋の中で悶えること数十分。ようやく自分の身に何が起きたかを察した恵里はすぐに頭を回転させる。

 

 よく考えれば夢ではないと思える箇所はいくらでもあった。だが、勝手な決めつけと父との幸せな時間がそのおつむを鈍らせてしまっていたのだ。そのことを悔いつつも恵里はあることを懸念していた。

 

(もし本当に過去に戻ったのならいずれエヒトの奴がボクたちをトータスに引っ張り出してくる……ここがたまたま似通っているだけの世界で起きないのなら別にいいけど、そうでないと断定できる要素がない!)

 

 そう。恵里にとって問題となったのはかつて与したエヒトにまた召喚される羽目に遭うかどうかであった。そうなると大好きな父とまた離れ離れになる羽目になる。それで済むならいいが、最悪トータスで命を落としてしまえばもう二度と会えないだろう。かつての世界で手駒にしていた檜山だったかが香織を手にかけても尚、姿を変えて生きていた件を考えれば望みがないわけではないのだが。その手段は南雲ハジメが何かしただろうという推測だけで残念ながら恵里は知らない。

 

(だったらその日だけ教室を離れればどうにかなるかもしれないけど、日付は……だぁーっ! 覚えてない!)

 

 召喚された日付さえ覚えていれば一か八かではあるが、その日だけ教室から離れるだけで回避できる可能性はある。だがその肝心の日付も今ではあやふやであり、高校二年の時に起きたはずぐらいしか恵里は思い出せない。そのことがなおさら恵里の心を荒れさせる。

 

(最悪だ……思い出せることがロクにない。対策も何もないじゃんか!)

 

 そうして未来の事を考え、何か対策は立てられそうかと考えているとあることに気づいてしまい、恵里は本気で頭を抱える羽目になった。トータス召喚の日付だけでなく、これから先何があったかに関する記憶までがほとんど虫食いになってしまっているのだ。

 

 それもこれもこの世界を夢だと勘違いしてしまったせいで記憶が薄れる前に書き出さないのが不味かった。トータスに行く前、行った後で動く際に支障をきたす可能性が高まっているかもしれないということだ。

 

(あぁもう! 自業自得とはいえ、面倒なことになった。全部思い出せなくなった訳じゃないとはいえ、どこかでやらかす可能性が高い! クソッ、大失敗だ!)

 

 思いっきり髪をかきむしってひとしきり狂乱すると、荒い息を吐きながらもどうにか冷静になろうと大きく息を吐いた。

 

(こうなったら憶えている情報だけで勝負しかない。せめてどこかに書き写――いや、待てよ?)

 

 せめて残った記憶だけでも書き出しておかなければと思ったその時、ある懸念が恵里の脳裏に浮かぶ。ノートなりチラシの裏なりそれらの情報を書いたものが家族に見つかった場合、不味いことにならないかということだ。

 

 読みやすさを優先して漢字なんて使おうものならほぼ確実に不審がられるだろう。漢検を受けるほど漢字に興味があるならまだ誤魔化せたかもしれないが、恵里が演じようとしていたのは普通の子供である。今更利発な子を演じるには遅すぎた。

 

 かといって読みやすさを捨てて全部ひらがなにしたり鏡文字にしたところで、両親が見てしまったらどうなるか。何かあったか心配されるならまだしも、不審がられる可能性がある。父から自分がそんな目で見られると思っただけで恵里は頭がおかしくなりそうだった。下手をすれば気がふれただの悪魔憑きだのなんだので疎まれるやもしれない。

 

(も、もしお父さんに見られたらどうなる……? い、イヤだ!! 気味悪がられるなんて絶対に嫌だ! あの女ならまだいいけどそんなの考えたくもない!!)

 

 体をぶるりと震わせ、何度もかぶりを振った。折角手に入れた幸せをもう一度自分の手で壊してしまうのはあまりに恐ろしく、考えるだけで息が詰まりそうになる。これから先の対処よりも今の幸せを恵里は選び、大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせる。

 

「お、落ち着け落ち着け。落ち着くんだ……大丈夫、全部忘れた訳じゃない。どうにか挽回出来る。出来るはずだ」

 

 そうして何度も自分に言い聞かせ、ある程度震えが落ち着いたところで恵里は再度思考する。紙に残すことが無理でも今の時点で情報を洗い、方針を定めることぐらいは出来るはず。そう考えた恵里はひたすら思い出し続ける。

 

(とりあえず魔法の使い方とかは覚えてる。天之河くんに関わる記憶も少しぼやけてるけどまだ思い出せる。後は……あ、そういえば鈴達に負けてしばらくしたら何かに呑まれるような感覚があったような――ま、まさか、神域が崩れた!? だ、だとすると……南雲の奴、エヒトを倒したのか!?)

 

 ここでふと神域で死んだ後の記憶を思い出した。あの世界はエヒトが何らかの手段で保管してたものであるため、当然エヒトに何かあれば相応の変化が起きるだろうと恵里はあたりをつける。そしてその最たる原因であろう存在が浮かんだ――南雲ハジメである。

 

 オルクス大迷宮で奈落の底に落ちるまでは印象にもあまり残らない少年だったが、魔人族が王都を襲撃した際に裏で手引きをしていた頃からの因縁の相手であり、自分が鈴達に負けた遠因を作った忌々しい奴。それが恵里が南雲ハジメに抱いているイメージであった。

 

(あ、アイツ、厄介だとは思ってたけど、まさかエヒトの奴を……神域が壊れたことを考えればあり得るな)

 

 どこまでも厄介だと思っていたがまさかそこまでやったのかと戦慄し、どうするべきかとひたすら思案する。もし仮にエヒトが勝利を収めていたとしても、自分のかつていた空間に影響が出てた以上は良くて死に体に等しかったのではないかと恵里は考える。ならばまたあちらに与するにしても似たような結果になる可能性が高い。

 

(……クソッ、せめて魔法が使えたならまだやりようはあっただろうに!)

 

 ここで恵里がこの世界が夢だと断じた理由が絡んでくる。以前ふとした思い付きで魔法が使えるかどうか試してみたことがあったのだが、何一つ出来なかった。トータスで使えるようになった魔法がここでは一切使えず、強くなったはずなのにここでは同い年の子供と大差ないことだ。

 

 ただ、恵里はトータスにいた頃の記憶を夢だとは露にも思っていない。それは父親と一緒に公園から帰る際にあの時と同じタイミングで車が来たせいである。故に自身の記憶に対する疑い自体はなかった。

 

 閑話休題。

 

 試しに使えた魔法を片っ端からやってみたものの、何一つ満足に起動すらしない。詠唱に必要な言葉も魔法を使う際の感覚もしっかりと覚えていたというのにだ。それはつまり、今この世界であの高校のクラスメイトを事前に駒にしておくことも出来ないということである。

 

 トータスで力を再度得たとしても扱えるようになるまで時間がかかる。真っ先にクラスメイトを狙えば聖光教会の人間が黙っていないだろう。かといって前回のように兵士やメイドから手にかけていっても前回の通り南雲ハジメがこちらの企みを阻止する可能性がある。八方ふさがりであった。

 

(プライドも何もかなぐり捨ててもう一度エヒトに頭を下げる、ってのはそこまで現実的じゃなさそうだ……やっぱりあの化け物の味方の方がまだマシか)

 

 仮にあそこで南雲ハジメが負けていたとしても神域にまで影響を与えたのは事実だ。どんなに悪く見積もっても致命傷に近いダメージを与えているはずである。ならば自分が協力すれば勝つかもしれない。それにあのエヒトが心変わりして約束を反故にする可能性も潰せる。それならば南雲ハジメに協力するべきだと恵里は考えをシフトした。

 

(確かアイツ、大迷宮? のどこかで落ちてなかったっけか? 生き延びていたのは驚いたけど、あんな兵器を造ってたんだ。アイツにとっては大迷宮の最下層は意外と温かったのかもしれない)

 

 その考えは全くの的外れであるのだが、真の大迷宮を知らない恵里はハジメについていけば甘い汁をすすれるだろうと頭の中で算盤を弾く。

 

(とりあえず方針は決まった。じゃあ次は……あれ? 意外とやる事がないぞ?)

 

 そうしてどう動くべきかを考えた時、あまりにもやれることがない事に恵里は気づく。まずハジメの側につく事に関してだが、魔法が使えないため、事前に〝縛魂〟で駒に出来ない。

 

 かといってトータスに渡る前でも後でも脅したら脅したでエラい目に遭わされそうな気がしてならなかった。あの化け物の影が脳裏にちらつくのである。となると、現状で恵里の脳内で最善だろうと思われる選択肢は『今のうちに仲良くなる』ということぐらいだった。

 

 そうすることでまた奈落に落ちるであろうハジメとパイプを持つことが出来、武器や兵器を融通してもらって勝ち馬にも乗れる。勝利を確信し、どうやってハジメを虜にしていくかを考え始めた恵里だったが、そこである事が引っかかる。

 

(そういえばアイツって前からあんな性格だったっけ? いや、だったらもっと前から天之河くんとケンカになってないとおかしい……そういえば、前は目立たない奴じゃなかったっけ)

 

 体を震わせながら南雲ハジメに関する記憶を探っていくが、トータスに来た辺りでハジメが光輝と激しい言い争いをしていた様子は思い当たらなかった。せいぜい光輝があちらに絡んでいったことがあったかどうかなぐらいである。

 

(うわ、それを考えるとあの大迷宮で確実に何かあったってことじゃないか……まぁでも、アイツが鈴達にアーティファクトを渡してたことを考えるとつけこむ隙はあるはず。その確率を上げるためにも仲良く、して――)

 

 そうして考えをまとめようとしていた恵里はふとある人物に思いをはせた。自称親友こと谷口鈴だ。彼女は最後の最後まであきらめずに恵里を説得しようとしていた。そんな鈴のことが恵里の中で引っかかったのである。

 

(鈴は……うん。また、会いたいな)

 

 自分のクラスにはいなかったのと、まだ入学して日が浅かったためか恵里はまだ鈴とも出会えてはいない。彼女といた時だけはほんの少しだけ安らげることが出来たからこそ、恵里はもう一度会って友達になりたいと願う。そうしてしばし鈴のことを考えていると、部屋の外から母親の声が聞こえた。時計を見てみれば既に夕飯の時間を迎えていたため、悩むのを一旦打ち切ってリビングへと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 ハジメ側に着いてどうするかを画策した翌日。恵里は昼休みを利用して校内を回っていた。目的は鈴とハジメの捜索である。

 

 鈴に関してはお泊り会を開いたり、あちらの家で遊んだことがあったため、住所は一応覚えている。だがこの世界が元の世界と同じとは限らないし、そもそもこの世界では面識がない。知らない人間に追い回されればまず警戒されるのが関の山。そのため鈴の家近辺に行くのは最後の手段とし、こうして教室の外からうかがうことにした。

 

 ハジメに関しては言わずもがな。敵対した際に銃やら兵器やらを持っていたことからオタクではないかと推測し、鈴を探すついでに図書室に立ち寄って出くわすのを待とうと考えていた。

 

(誰とでも友達になってる鈴ならクラスの中心になってるだろうから観察すれば簡単に見つけられるはず……学校が同じで、私と会う前に転校してきたのでなければ、だけどね。アレはまぁ、オトモダチ頼りかな)

 

 いつも笑顔を浮かべて明るく接し、女友達相手に馬鹿をやっている。恵里の抱いていた谷口鈴のイメージがこれである。この頃から既にその頭角を現しているのではないかと思って廊下から観察したり、聞き耳を立ててみるが『鈴』という名前すら出てこない。

 

 たまたまいないだけなのかもしれないと思いつつ恵里は次々と同学年の教室へと向かうものの、この日は結局見つからず終まいであった。

 

「あ、恵里ちゃん! 恵里ちゃんがいってたのって二組の功くんかな? 横山功(よこやまこう)くんって言うんだけど……」

 

 そして予鈴前に教室に戻ると、幼稚園の時の知り合いである今井メイから尋ねられた。実はハジメに関しては図書室で出くわすのを待つ以外にも、その知り合いに『大人しくて本を読んでそうな感じの子』と特徴だけ伝えてそれっぽい人物を見つけてくるようお願いしていたのである。

 

 名前を出さなかったのはトータスに転移するまでのハジメに関してあまり印象に残ってなかったことが理由であった。あまり目立ちもしなかったのに名前を知っていたとして、あのハジメが怪しまないかどうかを気にしたからだ。

 

「そうかな……後で確かめてみるね」

 

「あってるといいね。恵里ちゃんの一目ぼれのあいて!」

 

 恵里はそうだねとニコニコしながら寒イボが出そうになるのを我慢しつつ返す――実はハジメを探している理由として『気になった人がいる』とでっち上げたからだ。

 

 面識すらないのに人探しをしているなんて普通に考えれば怪しまれる。だから適当な理由を考えてこう伝えたのだがこれがまずかった。そこでうわさ好きであるメイが勘違いし、一目ぼれしただのなんだのと勝手に騒ぎ立ててしまったのだ。

 

 しかもそれがクラス中に広まってしまい、既に男女問わず恋バナ好きなクラスメイトから冷やかされている。自分をことごとく邪魔してくれた奴相手に一目ぼれなんて質の悪い冗談にも程があると思いながらも、ここまで広まってしまっては仕方がないとばかりに諦めた。

 

(まぁ、でも逆にこれでウワサが広まって南雲の奴はこちらに気があると勘違いしてくれれば助かるよ……こうなった以上、こんなクソみたいなウワサだろうと何だろうと利用してやる!)

 

 今更ストレスの種が一つ増えたぐらいで折れてたまるかと恵里は奮起するのであった。ちなみに、翌朝にちゃんと二組に寄ってから相手が彼ではないと否定しておいた。その途端にクラスメイトが一斉に残念そうな声を上げたことにまた恵里が内心苛立ったことは言うまでもない。

 

 更に二日後。今日もまた廊下から鈴を探しているが中々それらしい人間は見当たらない。もしかして知り合う前にどこかから転校でもしてきたのだろうかと考え、それでも念のために次の教室を観察しようとした時、見覚えのある人物が恵里の目に映った。

 

「ちょっといいかな? 俺は天之河光輝っていうんだけど、どうしたの? 誰か探してるのかな?」

 

「え?――ッ!? えーっと、その……」

 

 その相手を見て恵里は思わず固まった。そう。相手はかつて執着していた天之河光輝その人である。まさか観察していたのがバレたのだろうかと驚いたものの、もしかすると使えるかもしれないと恵里は思い切って尋ねてみた。

 

(ま、まさか天之河くんに出くわすとは思わなかった……でも、三年生の頃から色んな子から慕われてたし、もう既に人脈が出来ていてもおかしくないかもしれない。もしかすると、鈴のことも知ってるかな?)

 

「そ、その、実は、人を探してて……」

 

「わかった。俺でよければ手伝うからさ、君の名前も教えてくれるかな」

 

 そこで名乗るついでに鈴の特徴を伝えてみたのだが、光輝は首をかしげるばかりであった。そこで光輝は自分を慕っている子数人に声をかけると、ある種予想通りの反応が返ってきた。

 

「あー、確か、本読んでそうなおとなしい子にほれこんでるって子じゃない。その子でも探しにきたの?」

 

 次々と来る例のウワサに関しての発言に恵里は思わずこけそうになった。もうここまで広まったのかと思うと恥ずかしいやら頭に来るやらで気が触れそうになったが必死に我慢し、再度鈴について尋ねてみる。しかしその答えは芳しくはなかった。

 

「みんな、ごめんなさい。お邪魔しまし――」

 

「まってくれ、恵里ちゃん!」

 

 これ以上は時間の無駄だとそそくさと移動しようとした時、いきなり光輝が呼びかけてきた。前の世界の自分ならばいざ知らず、もうあまり執着する気持ちが沸かない今の恵里にとって構われたところで時間の無駄でしかない。早く鈴を探したいのにと思っていると光輝が妙なことを言いだしてきた。

 

「その子は見つからなかったみたいだし、かわりになるかはわからないけど俺でよかったら話し相手になるよ」

 

 いやどうしてそうなる。一瞬真顔でそう呟きそうになったが、恵里はどうにかこらえることが出来た。あくまで探していたのは鈴であって目の前の少年ではないのだ。前の世界でも取り巻きの女がやたらといたことを思い出し、もしや侍らせるのが目的で声をかけていたのではないかと邪推した恵里は光輝を見て顔を引きつらせる。

 

(ん? これ、嫉妬か。ま、ガキからにらまれたって大して怖くもないね)

 

 それと同時に幾つものトゲトゲしい視線が恵里に刺さった。無論、相手は光輝と話をしていた女子たちである。

 

 大方光輝が自分に関心を持ったことへの嫉妬や光輝に対して嫌な顔をしたことへの怒りや嫌悪だろうと推測するが、恵里からすれば久しく感じてなかった敵意に少しだけ驚く程度でしかない。とはいえ子供の浅い悪意如きにあっさり負けるほどヤワではない。それらは適当に流しておいてすぐにここを離れようと断りを入れる。

 

「いえ、お気遣いなく。私は他にも探す人がいるんで――」

 

 既に他のクラスにもあのウワサが浸透している以上使わない手はない。それを理由に離れようとするも逃がさんとばかりに立ちはだかり、爽やかな笑顔を浮かべて恵里に問いかけてきた。

 

「確かウワサだと男の子だったよね。俺もひとりの時はしずかに本を読んでいるし、きっと俺のこ――」

 

「人違いです。じゃあ」

 

 王子スマイルで君の相手は自分だろうと告げてきたのを言い終わる前にバッサリ切り捨て、恵里は踵を返してその場を後にしようとする。だが、その手を光輝が掴んで止めてしまう。なんでこうも執着するのだ、と内心苛立ちながら振り向けばどこか納得のいかない様子で光輝は恵里を見つめてきた。

 

「気になっているのがどんなヤツかわからないけど、恵里がわざわざ探さなきゃいけないようなことをさせてるじゃないか。そんなやさしくないヤツなんかほっとこうよ」

 

「あれ、ウワサのこと知らないの? ()()、“()()()()()()()()()”人なんです――邪魔しないで」

 

 手を振りほどいて行こうとするも、光輝は手を離そうとはしない。今度は『俺じゃダメなのか』、『そんなヤツのどこがいいんだ』とわめき散らし出したため、いい加減大声でも出して驚いた隙に逃げようかと考えた時、不意に手を圧迫する感覚がなくなった。

 

「いい加減にしろよ光輝。いくら何でもコイツがかわいそうだぜ」

 

 声のする方を振り向けば、他の子よりも一回り程度大柄の少年が光輝の手を掴んでいた。とりあえず助かったため、とりあえずその少年に一度お礼を言って逃げようとするとまたしても光輝がわめき出した。

 

「はなしてくれ龍太郎! 俺は何もわるいことなんか――」

 

「初めて会ったヤツにつきまとっといて、何がわるくないんだよ。いくら俺でもこれはダメだってわかるぞ」

 

 ごめんな、と龍太郎と言われたであろう少年が恵里に小声で伝えると、恵里も会釈だけして急いでその場を後にした。とりあえずハジメの捜索がてら、図書室へと恵里は逃げ込んでいった。なお結果は空振りである。

 

「あ、恵里ちゃん? なんかちょっとつかれてるみたいだけど大丈夫?」

 

「あー、うん。大丈夫。ちょっと予定にないことがあっただけだから」

 

 軽くため息を吐いて教室の戸をくぐって早々、メイから気遣いを貰う。それに一応の感謝をしつつ、結局ハジメも見つけることも出来ず今日は散々だったことを心の中で愚痴る。

 

 呼吸も少し整ってきたところで、言いにくそうにしていた知り合いを促してハジメに関する情報も聞き出しておく。何故かハジメの捜索に協力している人間が増えており、候補の数も十人近く挙がっている。聞いた限りではどれも人違いであったがとりあえず礼だけは述べ、恵里は午後の授業を真面目に受けた。

 

(やっと放課後だ。んじゃ南雲の奴を探しに行くとしようか)

 

 そうして授業が終わり、今日から図書館や本屋などにも足を運んでハジメを見つけに行こうかと帰り支度をしながら考えていると教室のドアが開く音がした。光輝と坂上龍太郎らしき少年、他数名の女子であった。

 

「やぁ、恵里ちゃん。さっきの話なんだけど――」

 

「あ、お構いなく。自分で探しますので」

 

 現れた光輝に向けて自分でも驚くぐらい何の感情も乗ってない遠慮を述べ、恵里はスタスタとその場を後にしようとした。が、すぐに肩を掴まれてしまい、光輝がずいっと顔を寄せてくる。

 

「どうして俺じゃダメなんだ? 俺だって本を読んでるんだから話が合うはずだよ。だからさ――」

 

 あまりに諦めが悪い光輝に迫られ、思わず恵里の表情も険しくなっていく。

 

 見てくれなかったくせに。前の世界じゃ自分のことを“特別”にしてくれなかったくせに。どうして今はここまで付き纏ってくるんだ、と腹の奥に溜まっていた憤りが鎌首をもたげてくる。ひっぱたいてやろうかと思った矢先、坂上龍太郎と思しき男の子が光輝を羽交い締めにして引っぺがしてくれた。

 

「何するんだ龍太郎! いくら俺でもおこるぞ!」

 

「お前がフツーじゃねぇからだろうが! どうしてそこまでつきまとうんだよ!? 人のいやがることはすんな、って言うじゃねぇか!!」

 

 羽交い締めにした少年が一喝すると、光輝と一緒にいた少女たちも非難の声を上げる。尤も、その内容は『あんな子なんかに光輝くんがかまわなくっていい』だの『光輝くんにあんなこと言うなんてサイテー!』だのと恵里に対する文句ばかりであったが。それにキレたクラスメイトの一部がその女子たちに『恵里ちゃんのことを何もわかんないくせに』だの『恵里ちゃんをいじめるな!』だのと本人そっちのけで言い争いが勃発する。

 

 これ幸いとばかりに恵里はもう一方の出入口から外へ出ようとすると、それにいち早く気づいた光輝が大声を上げた。

 

「どうしてだ恵里! そんなに俺がイヤなのか!」

 

(嫌に決まってるだろう! ボクのモノにもならなかったし、今もボクの計画の邪魔になってるんだからね!)

 

 思いっきり歯噛みしながら逃げだす恵里の耳に龍太郎少年の声が届く。ホントにすまん! と心底すまなさそうに大声で謝ってきた彼の方を振り向いてうなづき返すと、恵里は急いで学校を後にした。

 

(全くもう! 滅茶苦茶じゃないか! 今回はどうにかなったとはいえ、このまま邪魔してくれるんだったら計画を見直さないとじゃないか!! おのれぇえぇええぇ!)

 

 怨嗟を吐きながらひたすら家に向かって走っていく。どうして自分はいつもいつも運がない、最後の最後で計画が破たんするのか、と世界を憎みながら。

 

(どうしてボクがこんな目に遭うんだ! ボクはもう一度、幸せになりたいだけなんだよぉおおぉぉおおぉぉぉ!!)

 

 恵里の心の叫びに応えるものはなく。ただ泣きじゃくりながら走っている彼女を誰もが好奇の目で見つめてくるだけであった。




2024/2/16 ちょっと修正
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