……コホン。それでは改めまして拙作を読んでくださる皆様に盛大な感謝を。
おかげさまでUAも206954、しおりも454件、お気に入り件数も924件、感想数も725件(2024/5/5 07:23現在)となりました。誠にありがとうございます。いやーミレディ戦の流れが受け入れていただけたんでしょうか? だとすればとてもありがたいです。
そしてAitoyukiさん、mameもちさん、拙作を評価及び再評価してくださり感謝いたします。またしても筆を執る力をいただきました。ありがとうございます。
では今回の話を読むにあたっての注意点として少し短く(約8000字程度)となっております。いつもの分割癖です(遠い目)
それでは上記に注意して本編をどうぞ。
「後は頼んだよ恵里!!――“震天”っ!!」
仲間達がミレディ・ゴーレムへと切りかかっては、己の手足を犠牲にして重力魔法から逃れる。そうして仲間がミレディを追い詰めていく様を、鈴達は浮遊するブロックの上で固唾をのんでただ見ているしか出来なかった。
「ハジメくんも!!」
「あークソッ! いくらなんとか出来る方法がわかってるからって、やっぱあんなの見てらんねぇよ!」
作戦に従ってミレディの両腕の動きを止めるため、この場に残ったシアから奇襲をかけることをお願いされた時に残った魔力をほとんど使い切ってしまったのだ。誰もが魔力の欠乏のせいで顔を青ざめさせ、肩で息をしている状態だ。
「エリ、勝ちなさい! 皆がやってくれたんだから勝って!」
「恵里っちお願ーい!」
故に彼女達は涙をこらえ、何も出来ないもどかしさをぶつけ、そして勝利を祈るしか出来なかった。仲間達の捨て身の行動でミレディの方もかなりダメージが蓄積している。そこに恵里が取りつき、そして――。
「……勝った」
「本当に……勝ったぞ」
恵里も右腕全てを犠牲にし、ミレディ・ゴーレムを破壊しながら迫っていた大きな重力球からも逃げ切った。意識を失った様子の彼女も他の皆同様に浩介の分身が回収している。誰一人欠けることなく乗り切ったのだ。
「っと、鈴! 治癒魔法は!」
「二回……ううん、三回。やってみせる、から」
だが鈴達はそこで気を緩めなどしなかった。ミレディを直接叩きに向かったメンバー全員おびただしい量の血を今も流しているのだ。すぐにでもふさがなければ命に関わる。幸利の問いに鈴はキッと目を細めながらそう答えると、直後に優花が彼女の襟を乱暴に掴んだ。
「スズ、アンタ自分の命とか削ってでも治そうとしてるでしょ!」
「そうしなきゃ一回が限界だよ!……だから、だから」
襟を掴みながら半ば叱りつけるような形で優花が問えば、鈴も逆ギレしながらそう答える。
ここがライセン大迷宮などでなければ、今残った魔力でも半分は余裕で治せるという自負があった。だが極端に燃費が悪いこの場所では命を削りでもしなければ出来ないとも自覚していたのである。
「アンタまで死んだらどうすんのよ!……ここが、ここがこんな場所じゃなきゃ」
襟元を掴む力が弱くなり、涙ぐむ優花に鈴も何も言い返せない。自分もまた力不足を痛感していたのだ。魔法の使用に制約をかけられた。道具が使えなくなった。当たり前ではあるのだが、それだけで自分の中の無力さを改めて鈴は痛感してしまっていた。
「鈴も……こんな、自分がまた何も出来ないなんて思いたくなかった……!」
この大迷宮を攻略していた時だったらこんな理不尽を強いたミレディに対しての怒りが湧いただろう。だがミレディに『エヒトはあらゆる神代魔法のエキスパートだ』と言われたことが鈴の頭にはこびりついてしまっている。それ故にエヒトと戦った際にこんな風になってしまうかもしれないと思ってしまったのだ。今のように、トータスを訪れてすぐに恵里が連れ去られてしまった時のように。
「鈴……」
「鈴さん……」
「あ、あの……あのっ! わ、私が何とかしますっ!」
絶望を噛みしめていた時、隣にいたアレーティアが声を上げた。振り向いて見てみれば、彼女とて未だ顔が青いにもかかわらずこちらを凝視している。しかしアレーティアが無意味に声を荒げることもないということも鈴はわかっており、もしや頭の回る彼女ならばどうにかしてくれるかもしれないと彼女にすがりたくなった。
「何を、するの」
「い、今戻ってきてる大介の……いえ、皆さんの血を分けてもらって、それで魔力を回復させて、私が……私が治します!」
どうするのかと尋ねてみれば、恐怖で顔をこわばらせた様子のアレーティアが叫んだ。確かにアレーティアは自分や香織、光輝以外で治癒魔法が使える人間であることを鈴は思い出す。またここ最近は大介からの吸血ばかりだったが、オルクス大迷宮で出会った当初は幸利からも血を吸っていたことを思い出す。
「……やれるんだよね」
「やれるの? どうなのアレーティア」
「や、やりますっ! やらせて、くだ……さい。お願い、します」
さっき言いよどんだ際、大介の名前が出たのは一番効率よく血を魔力に変換するのが彼だからだろう。だが今は相手を選んでる場合じゃないから言い直したんだと考えた鈴は優花と一緒に彼女に問いかける。すると彼女も体を震わせながらこちらに頭を下げて頼み込んできた。
「お願いしますアレーティアさん。今の鈴じゃ役に立てない。だから」
「……んっ!!」
だったら、と皆とすぐに顔を合わせれば彼女達も意を決した様子でうなずいて返す。鈴はすぐに彼女の手を取って頼み込むと、アレーティアも怯えた様子から一転して真剣な面持ちでうなずいてくれた。
「止血なら私も手伝えます!……アレーティアさん、どうぞ私の血を」
「ごめんなさい。少し、もらいます」
話がまとまったところで霧乃が二人の間に割って入り、自分の首の右側をトントンと叩いた。アレーティアも一度断りを入れてからすぐに嚙みつき、血を吸い始めた様子だった。
「我流だけど俺らも少しは出来るぜ霧乃さん!」
「助かります! 最悪止血だけでもやってくれれば!」
「雫っち、指示だけお願い! もうすぐ皆戻ってくる!」
「わかったわ! とりあえず皆の受け入れ態勢を整えて!」
幸利と奈々もやれることをやると述べてくれた。二人と一緒に雫の指示を受けつつ、鈴達はブロックの端へと寄って浩介の分身と鷲三が着地する場所を確保する。
「助かった! 皆は俺の分身が全員拾った!」
「わしもすぐに止血に入る!」
移動してすぐに浩介と鷲三がブロックへと降り立つと、二人は分身から渡された良樹やシアの体をすぐに横たわらせる。バケツリレーの要領で分身が消える前に新たに出した分身を使って恵里達は運びこまれた。
「“焦天”っ! “回天”っ!――次は! 次は誰を治せばいいですか!」
「次は中野君をお願いします!」
離れた場所にいる複数人を一度に癒す中級の治癒魔法を発動し、指示を仰ぎ、時には運び込まれた光輝達の手足の断面からも血をすすりながらアレーティアは懸命に治療を行っている。声を荒げ、軽く目を血走らせながら。
「早く、早く傷を……」
「おや、じ……かあ、さん……しにたく、ねぇよぉ」
「待ってて、もう少しでアレーティアさんが治すから!」
しかし依然として大半が体から血を流したままであり、このままでは出血多量でショック死してしまう。何としても助けるべく鈴達も鷲三や霧乃、雫、浩介からの指導を受けながらも必死に救助活動を行っていた。
「ごめん皆……自分と礼一の傷をふさぐだけでもう……」
「ごめんなさい……私も龍太郎くんと自分だけ治して……」
「光輝、香織、貴様らは黙っていろ! やれることをやっておいて、それ以上を求めるなど思いあがるなよ!」
そんな中、光輝、礼一、香織、龍太郎だけはほぼ傷がふさがった状態でうつむいていた。自分達だけ治っていることに罪悪感を覚えていた口ぶりだったが、そこで止血作業をしているフリードが彼らを叱り飛ばす。
「恵里! 恵里っ! お願い、目を覚ましてよ! ハジメくんと鈴を置いていくなんて許さないからっ!」
そんな中、鈴は恵里の処置に手一杯で今も意識の無い彼女に声をかけ続けていた。
「お願い、お願いだから止まってよ! 血が、血が……!」
先程なけなしの魔力を絞り出し、“天恵”を発動した鈴であったがまだ恵里の傷はふさがりきっていない。それどころか呼吸すら止まり、身じろぎ一つしていないのだ。すぐに鈴は両手で自分の服の裾を引きちぎり、手にしたぼろきれを今も血が流れている彼女の右胸へと当てる。少しでも血が止まることを祈るが、流れる血の勢いは未だ衰えを知らない。
「“回天”っ!――谷口さん、後は!」
「ありがとうアレーティアさん! 後は鈴が頑張るから!」
だがアレーティアの叫びと共に出血が止まる。治癒魔法の対象のひとりに恵里を選んでくれたのだ。傷口を見れば完全にふさがっており、これなら後は自分が頑張る番だと彼女に訴えてすぐに恵里の左腕をとった。脈をとればやはり止まったままであり、すぐに鈴は恵里にまたがって心臓マッサージを始める。
「目を、覚ましてっ! こんなところで死ぬなんて駄目だよ!」
全体重をかけて胸を何度も圧迫し、鼻に息を送るのを繰り返す鈴だが恵里は未だ目覚める気配が無い。湧き上がってくる絶望に何度も頭を振りながらも鈴は心臓マッサージを続けていた。
「置いていかないで! 置いていっちゃ嫌だよ! 僕と、僕と鈴の約束を、破らないで……」
「ハジメくんが呼んでるんだよ! だから、だから……目を覚ましてよ、恵里ぃ……」
先程回復魔法を受けて傷が癒えたハジメも残った右手で恵里の左手を握り、すがりつきながら声をかけている。いつだって彼の声に真っ先に反応していた少女は何の反応も返してくれない。自分の声に悪態を吐いてもくれない――このままじゃ恵里が死ぬ。鈴が絶望に暮れそうになったその時、シア達の叫びが耳に届いた。
「あれってもしかして――宝物庫じゃないですか!?」
「っ!! 我が影よ、希望を逃すな!!」
思わず顔を上げれば頭上に幾つもの見覚えのある指輪が降り注いでいた。間違いなく宝物庫だ。あの中には神水の入った試験管がある。あれさえあれば恵里を救うことだってきっと出来る。そう思った直後には浩介が自分の分身を無数に展開し、一瞬で視界が暗く染まる。
「鈴、これを!!」
「――うん! ありがとう浩介君!!」
投げ渡された指輪を右手でキャッチすると、すぐに中に入っている容器をイメージ。そうすれば思った通りのものが自分の手の中に現れたことを確認し、鈴の視界がにじんだ。だがすぐに容器の端っこを親指と人差し指ではさんで砕き、恵里の口元へとそれを持っていく。
「鈴っ!」
「うん! 絶対、絶対鈴が助ける!――こんなところで、死なないで!」
神水を口に含ませて一秒もしない内に青ざめていた顔色も元に戻り、ごほっと恵里がせきこんだ。すぐに脈を測ってみればちゃんと戻ったのがわかり、一息吐くと持っていた宝物庫を握りしめて他に神水があるかどうかを調べた。
「アレーティアさん! あと二本ここに神水入ってた! 受け取って!」
「っ! ありがとう谷口さんっ!」
出して確認した神水を戻し、宝物庫を彼女に投げて渡す。彼女がしっかりキャッチしたのを確認すると、鈴は横に転がって恵里の上から降りた。見た感じ他に治療が必要なのは二人ぐらいしかいないようだし、魔力もほとんどない状態で恵里を救助していた鈴はもう限界を迎えていたからである。
「ありがとう鈴。鈴が頑張ってくれなかったらきっと……」
「ううん。それもこれもアレーティアさんのおかげだよ」
仰向けになって一息吐くと、ハジメが唯一無事な右手を使ってこちらへと這ってきた。そして右手をほほに当てながら感謝を述べるが、鈴は自分でなく今も頑張って治療を続けている吸血鬼の少女の方に顔を向ける。
「アレーティアさん! 私の血を吸って!」
「はいっ! 血をもらいます雫さんっ!」
懸命に動く彼女を見ながら鈴はハジメと共にため息を吐く。ゴーレム騎士も襲い掛かってくることもなく、もう山場は乗り切ったことに安堵しながら。
「ごめん……ごめんね、皆……」
少し湿った声が広大な空間に響く。アレーティアが他の皆の治療を終えたのとほぼ同じタイミングで恵里の意識が戻ったのだ。途端に歓声が沸き、ハジメと鈴、そして彼女の親友が周りの人間ごと恵里を抱きしめるのをシアはただながめていた。
「良かった……恵里さんも助かったんですね」
右手で上半身を支え、左手で思わずこぼれそうになった涙をぬぐおうとしてふと気づく。ミレディの攻撃から逃げる際、“震天”で左足含めて爆破したからもうないのだということにだ。思い出した途端、無くなった左の手足から強烈な痛みが走ったような心地がしてシアは思わず顔をゆがめる。
「はは……覚悟、してたんですけどね」
右手で左腕を押さえてその痛みをこらえるが、それはすぐには去ってくれそうにない。その痛みを感じつつもシアはずっと見ようとしていなかったあることを思う。
(私、本当に何もわかってませんでした)
左腕を少し強く押さえながらシアは後悔をにじませる……自分はずっと勘違いしていたということに思い至った。それは良樹達は無敵で絶対に倒れない超常的な存在だと思っていたことだ。
(良樹さんも礼一さんも、アビスゲート様……ううん。
最初に対面した時、とてつもない威力の魔法で何人もの人間を吹き飛ばし、その嵐の中を自由自在に駆けていたりしたが故に見誤ってしまった。彼らは人間を超えた存在なのだと。何があっても倒れることのない自分達とは違う存在なのだと。そう思ってしまった。だがその思い違いはこの戦いで見事に砕け散った。
(そうですよね……皆さんだってお腹がすくし、寝たりする。それに血だって流すんです。死なないはずなんて、ないんです)
この特殊な環境であっても良樹達は死なないと思っていた。きっと負けないだろうと妄信していた。けれどもそんなことなんてなかったのだ。もしかしたら負けてたかもしれない。もしかしたら死んでたかもしれない。そのことに思い至ったのはアレーティアが懸命に治療している最中、シアも奈々から止血してもらい激痛をこらえていた時のことだ。
『おや、じ……かあ、さん……しにたく、ねぇよぉ』
ブロックの上に横たわり、上を見上げながら今にも泣きそうな顔で良樹がつぶやいたのをシアは聞いてしまった。右腕から、そして左足から流れ出てた彼のぬるい血が右手に当たった時、自身の中にあった“崇拝”に近い感情が音を立てて崩れていった。その時シアは感じたのだ。彼だって同じだ。自分と種族が違うだけの存在でしかないのだと。
(私……全然良樹さんに相応しくなかったですね。勝手に期待して、勝手に安心して)
彼らについていけばきっと大丈夫だと思っていた自分を、シアは心の底から恥じた。そんなはずなんてない。オルクス大迷宮で死にかけたことを彼女とて聞いていたのだ。なのに『あの時の皆さんとは違う』、『強い皆さんが負けるはずなんてない』と思い込んでしまっていた。
(あの強い恵里さんだって死にかけて……これが、本当の戦いなんですね)
こうして勝利することは出来たが、それもかなりギリギリのものだ。良樹達についていけばきっと大丈夫という思い込みも砕け、恐怖が際限なく湧き上がってきて涙が出そうになってしまう。息が詰まり、無くなった左の手足の痛みにうめき声を漏らす。
「うっ……ぁっ……ぅぅ」
言葉もマトモに出なくなってしまい、頭がおかしくなりそうだとシアは錯覚しそうになる。だが、不意にほほに何か温かいものが触れたことで意識はそちらの方へと持っていかれてしまう。
「何泣いてるんだよ……怖かったのか?」
「良樹、さん……うっ、うぅ……うぇええぇぇええぇ~~~~ん!!」
「おわっ、っとと……」
いつの間にかそばに来ていた良樹が自分のほほに手を当ててくれていたのだ。それに気づいたシアはボロボロと涙をこぼし、倒れこむようにして彼の胸板に飛び込んだ。
「ま、あんな戦いだったもんな。よくやったよお前は」
「うぅ、ぐすっ、ひっく……」
その勢いのままに良樹も倒れてしまったが、シアはただ彼の胸の中で泣くばかり。彼がなぐさめてくれたこともあって余計に涙が止まらなくなってしまい、ひじから先が無くなった左腕も彼の脇腹に添えながらシアは良樹を抱きしめて泣きじゃくった。
「私、皆さんが、良樹さんがいるなら大丈夫って思って……でも、死んじゃうかと思いましたぁ~!」
「だな。俺だってそうだった」
「火山のときはそんなことなかったのにぃ~! 鈴さんも雫さんも手足を犠牲にしてぇ~! 私も必死で、必死でぇ~!! うぅ~~!」
堰を切って思いがあふれる。言葉は形にならないし、口にすればするだけ恐怖がこみ上げてしまう。ここを攻略する前にグリューエン大火山を光輝達と一緒に攻略したし、鉄火場を切り抜けた経験はあった。だが本物の死と隣り合わせの恐怖をシアが味わったのは今回が初だったのだ。
「あーもう……こんな時ハジメはどうすんだろうなぁ」
「皆さんと一緒なら大丈夫って思って、そんな私が恥ずかしくって……良樹さんと一緒にいてよかったのかって思って、うぇぇ……」
支離滅裂な、
「俺と同じじゃねぇか。シア」
「えっ……?」
「前に言ってねぇか? 俺も昔はハジメと一緒にいりゃ甘い汁吸えるって思ってたってことだよ」
良樹が自分の背中に手を回して抱き合っていることに意識を取られつつも、シアは彼の問いかけである記憶を思い出す。確か良樹達から戦闘の訓練を受けることになって数日後、彼と手合わせをした後の休憩の際に自身の過去について色々と語ってくれたことをだ。
「世の中全然甘くねぇよな。ダチ公があーだこーだ言われるし、神殿騎士の奴らに殺されかけるし、んで教会から逃げるためにオルクス大迷宮潜ってたらそこでも結局死にかけた。ほんっとマジで散々だった」
「はい……はい……っ!」
前に話した時よりも幾らか大雑把な感じになってる気がすると思いつつも、シアは良樹の話に耳を傾けていた。あの時はただ彼の苦労や苦悩に関して涙していたが、今は違う。彼の苦労や苦悩を悲しむだけででなく、その思いに共感してしまっている。
「他にも色々あったけど、結構ろくでもねぇ目に遭ってたな……でもまぁ」
すると今度は背中でなく後頭部の方から抱きしめられる感覚が襲ってきた。胸板にやんわりと顔を押し付けられ、シアは彼の心臓が少し早く鼓動していることに気付いてしまって軽く混乱する。
「お前みたいなカッコいい女に出会えたって思えたら、悪くねぇや」
「……ふぇ?」
言ってる内容こそそうほめられたものではなかったが、彼の穏やかな声にシアは動きを止めてしまう。
「強ぇしカッコいいよお前は。今の今まで泣きもしないで戦ったんだ……まぁその、うらやましいわ。ちょっとな」
まさか自分をそんな風に言ってくれるなんて思わなかった。強いなんて、カッコいいなんて、うらやましいだなんてと。最後の最後でこんな泣きじゃくってる自分を、勝手に皆に期待していた自分がそう言われるなんて思わず、シアの頭から恐怖も後悔も抜け落ちてしまう。
「カッコ、いい……? うらやま、しい……ほんとう、ですか?」
「まぁその、なんだ……あー、ったく! そうだよそうだ! 悪いか!?」
ポカンとしたままの顔を上げて良樹に問いかければ、彼も赤くなった顔をそらしながらそう答える。ただそれだけで、シアの中に浮かんでた余計な感情は一気にそぎ落とされてしまう。
「こんな時にどう口説けばいいかもわからねぇなんて……スカしたセリフスラスラ吐ける先生がうらやましいったら――」
そうして残ったのは良樹への思いだけだった。ずっと一緒にいたい。彼にいいところを見せ続けたい。彼への慕情がシアを突き動かし、唇を奪い、口内に舌を入れさせた。
「あむっ、んちゅ」
「んっ!?……んっ、ふぅっ」
良樹が何もしなかったのもほんの数瞬だけしかなく、すぐに舌を絡ませてお互いの舌をねぶり続けた。呼吸も忘れて没頭したせいか、欲望に支配されたせいか頭の中がクラクラする、けれどもシアはただこの幸せをむさぼる。欲しい。この人と一緒がいい。こんな自分を受け止めてくれるこの人がいい。そう思いながらただ体が求めるままに。
「ん、はぁ……ったく、油断もクソもねぇ。やってくれたな、シア」
「ぷはっ……ふふっ。もう離しませんよぉ。だって良樹さん、私のことをカッコいいって言ってくれたんですもん。メロメロになっちゃいますよぉ」
「最初以外は大体そうだったろ、ったく……」
悪態こそ吐いているがまんざらでもない良樹を見てシアは思わず笑みを深める。この人を好きになって良かった。この人と出会えて良かったと心の底から思えたから。シアは瞳を閉じると唇を前へと突き出す。
「……んだよ」
「私、いーっぱい頑張ったから良樹さんからごほうびが欲しいです。キスしてください」
「クソッ、龍太郎の気持ちが嫌ってなほどわかっちまった」
顔を真っ赤にしてそっぽを向いてる良樹に対し、シアは目を閉じたままキスをおねだりする。すると左手でガシガシと自分の頭をかいた後、良樹は龍太郎と香織を一瞥してから彼女の頭を自分の方へと寄せた。
後編で他の面々のことも触れたいなーと思ってます。いや正直シアのくだりの部分ですごくきれいにまとまっちゃったので続けるの躊躇しちゃって(チキン並の感想)