あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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遅刻しましたけど出来れば勘弁してください(土下座)

では改めまして読者の皆様への惜しみない感謝を。
おかげさまでUAも212261、お気に入り件数も935件、感想数も734件(2024/7/13 0:42現在)となりました。誠にありがとうございます。

そしてAitoyukiさん、今回も拙作を再評価してくださり誠に感謝いたします。またしても最後まで話を進める力をいただきました。

今回の話を読むにあたっての注意点としてかなり長い(約15000字)となっております。では上記に注意して本編をどうぞ。


幕間五十八 これが彼らの進む道・急

「陛下! 魔人族が城下町になだれ込みました!」

 

「なんと!」

 

 そこかしこに彫りや装飾が施されていたであろうべこべこになった鎧をつけた男が玉座の間へとなだれ込んだ。しみ一つ無かった赤のじゅうたんを幾つもの足跡で汚し、半ば倒れこむ形でひざまずく。

 

「守備隊はどうした!」

 

「ほ、ほぼ壊滅しました! げ、現在、予備隊を出して対処させていますが、このままでは……」

 

 みすぼらしい見た目の男の報告をきっかけに玉座の間は騒がしくなっていく。玉座の手すりを何度となく人差し指でトントンとつつきながら座っていた王やその側で侍っていた重鎮らもお互いに顔を合わせて大いにうろたえる始末である。

 

(私、何やってたのかな)

 

 この場にいた()()がうろたえて悲観的な空気になる中、奈々はぺたんと座り込んで床をながめているばかりだった。

 

(おっきいクリオネと戦って、幸っちが何とかして、でも幸っちとはぐれてそれで優花とケンカして……私、馬鹿だよ)

 

 優花とケンカをした後、霧乃のおかげでどうにか奈々達は廃都の奥にある城に侵入することが出来た。だがそのせいで霧乃が負わなくてもいい傷を負ってしまったことを気に病んでおり、これまでのことを思い返してその場にうずくまっていたのである。

 

「に、逃げなくては……近衛兵、我らを守れ! 城の外に逃がすのだ!」

 

「どこへ逃げるというのだ! もはやこの一帯で魔人族の侵略を免れているのは――」

 

「実に愚かだな」

 

「……そうですね。奈々さん、優花さん。大丈夫? 少しは落ち着いた?」

 

 幻影が見せる光景も声も、心底冷めた目でフリードが口にしたつぶやきすらも今の彼女の耳には入らない。霧乃の分身が自分達に寄り添い、背中をなでたりしていることすらもわかっていなかった。やらかしてしまったことで頭がいっぱいなせいで何も考えられなくなっていたのである。

 

「何やってんのよ、私……」

 

(霧乃さん、ケガ一つ無かった。あんな無茶やっても……でも、私と優花のせいで無茶させて……)

 

 それは横でうつむきながら立っている優花のつぶやきも同様であった。

 

 ……もしオルクス大迷宮で、ミレディとの戦いでやっていたらケンカなんかしていたら確実に死んでいた。それもケンカしていた自分達だけでなく、他の仲間も巻き添えにして全滅してたであろうこともだ。そのことが容易に想像がついてしまうが故に奈々は苦しんでいる。

 

「奈々さん、落ち着いて。あなたが悪いんじゃない。私がうかつに刺激してしまったから……」

 

“……いつまでそうしている。傷の舐め合いはいいが、いい加減立ち直れ”

 

 霧乃の言葉を流してしまうも、フリードの“念話”を届いたせいで奈々は涙をこぼす。積もり続ける罪悪感のせいで彼が言い辛そうに言及していることにすら気づけなかったせいだ。

 

「ごめん、なさい……ごめんなさい」

 

「うん……私の、せいね。私が……ごめんなさい」

 

 やっぱり自分が悪い、自分のせいなんだと思うとただただ情けなさがこみあげてくる。鼻水をすすりながら、奈々は誰に向けてかわからない謝罪の言葉を優花と共につぶやく。

 

「そういう意味で言った訳ではない……ああ全く……」

 

「“鎮魂”……大丈夫です。あなた達だって心細い中頑張ってたんですから」

 

 額を手で押さえて苦し気に漏らすフリードのつぶやきを聞き、やっぱり自分が悪いんだと奈々は思わず錯覚する。しかしその直後霧乃が使った何度目かわからない“鎮魂”で、彼女のねぎらいの言葉でまたしても奈々の精神は落ち着いてしまう。

 

「……霧乃さん」

 

 気を遣わせてしまったと申し訳なさそうに顔を上げるも、苦笑交じりの笑みを浮かべている霧乃を見て奈々は思わず謝罪の言葉を詰まらせてしまう。

 

「自分達の間違いをわかってて、それでそれを反省する気持ちがあるのでしょう? だったら立ちなさい。今しないといけないのは服が多少破けた私のことで思い悩むことではないでしょう」

 

 両肩に手を置いて語り掛けてくる霧乃の言葉に奈々は思わず鼻をすする。自分達のせいで危険な目に遭ったというのに目の前の女性はそれを気に病むなと言ってくれる。“鎮魂”のおかげで心が落ち着いてたおかげか霧乃の言葉がストンと頭に入り、奈々は目元を両の手の甲でぬぐう。

 

「「ありがとう、霧乃さん」」

 

 自然と感謝の言葉が口から出る。それは近くにいた優花も同じだったようで、気になって彼女の方を向けばお互い顔を合わせることとなった。優花は一瞬笑みを浮かべるがすぐに顔をそらし、奈々も彼女を見て安心するも胸の中に湧いた罪悪感と妬みのせいで彼女の顔を見れなくなってしまう。

 

「ど、どうするのだダニエル司祭! このままでは我等が皆殺しに……」

 

「私めにお任せを。陛下、皆様こちらへ」

 

「どうやら動きがあるようだな。行くぞ貴様ら」

 

 そしてフリードの方も軽くため息を吐き、少し眉をひそめた様子で奈々らに顔を向ける。表情から呆れや苛立ちを感じ、妙ないたたまれなさを感じつつも奈々は先に歩き出したフリードの後を追った。

 

「……嘘でしょ」

 

「ただの、自業自得じゃん……」

 

 その後、幻影の後を追って話を聞いたことで奈々達は先の人間族と魔人族の戦闘が起きた原因を知る。

 

 魔人族が人間族の村を滅ぼした事がきっかけでこの都を首都とする人間族の国が魔人族側と戦争を始めたらしい。だがそれは和平を望まず魔人族の根絶やしを願った人間側の陰謀であったということを。気がついた時には、既に収まりがつかないほど戦火は拡大し、遂に返り討ちとなった人間側が王都まで攻め入られるという事態になってしまったということをだ。

 

「エヒト様、見ておられますかぁー! あなた様のために多くの信徒が身を捧げましたぁー! どうか、どうか我等にお力をぉー!!」

 

「なんと醜悪な……見てられんな」

 

「こんなことをしてエヒトが力を貸すなんて……なんて馬鹿げたことを」

 

 そしてその陰謀を図ったのとは聖教教会の前身である光教教会、その高位司祭であったこともわかった。更に彼等は進退窮まった結果、困った時の神頼みと言わんばかりに生贄を捧げて神の助力を得ようとしたこともだ。その結果、都内から集められた数百人の女子供が、教会の大聖堂で虐殺されるという凄惨な事態を奈々達は目撃してしまう。

 

「……魔法陣、出たね」

 

「……行きましょ。あんな悪趣味なの、いつまでもながめてられないわ」

 

 幾度となく魔物の解体を行ったことがある奈々も無数の人間の死体を見て眉一つ動かないということは無かった。胸からこみ上げてくる吐き気を何とか耐え、顔を青くした優花の提案に従って魔法陣へと歩いていく。

 

「ここ、って……」

 

「終わった……? 解放者の住処、かしら?」

 

 どうかもうこんなおぞましい景色を見せないでほしいと願いつつ、魔法陣に足を踏み入れれば光が爆発したかのように目の前にあふれる。とっさに右手で目を隠したのもほんの一瞬、光が収まると全く別の光景が広がっていた。

 

「本当に……これで終わりでしょうか」

 

 霧乃の言葉に奈々も優花もうんうんとうなずき、四人そろって周囲を見渡す。

 

 今いる場所の先、中央と思しき場所には神殿のような建造物がある。四本の巨大な柱に支えられ、支柱の間に壁はなく吹き抜けとなっていた。またその神殿の周囲は海水で満たされており、今自分達がいるところも含めて四方に通路が伸びている。それらもまた海面に浮かんでおり、幻想的な趣を感じさせていた。

 

「そうであればいいがな。ま、警戒を解かずに動くべきだろう。行くぞ」

 

 フリードの言葉にうんうんとうなずき、奈々は仲間と共に中央にあると思しき神殿へと向かおうとしたその時だった。自分達から見て左側にある通路の先から光があふれたのである。

 

「ぁっ……」

 

「嘘……」

 

 爆ぜる光が収まった瞬間、奈々は優花と共につぶやいた。二人が求めていた人が仲間共々無事であったからだ。

 

「これで終わり、か?」

 

「かもな。他にも何か一つあるぐらいじゃないか?」

 

 二人の瞳からまた涙がこぼれる。しかし彼女達の浮かべた表情は憂いでも悲しみでもなく、安堵と喜びの混じったものであった。

 

「あ、あの。清水さん、あそこ」

 

「おや。あの子達も無事だったようだぞ」

 

「えっ、まさか……」

 

 アレーティアと鷲三の指摘に反応して彼がこちらに顔を向ける。それと同時に共に二人は宙を駆けていった。手にした技能を使って、地球にいた頃とは比べ物にならなくなった身体能力をフルに活かして。

 

「えっ――どわぁあぁあ!?」

 

 近づく度に変わっていく間の抜けた顔、驚きに満ちた顔、そして焦りと共に少し青ざめていく顔を見て、二人の少女の顔色から安堵が抜けていく。喜び一色に染まっていく。

 

「危なっ!?」

 

「ぐぇっ!?……な、何しやがんだこの――」

 

「会いたかった……会いたかったよぉ幸っちぃー!!」

 

「ホント……ホント心配かけさせてんじゃないわよこの馬鹿っ!!」

 

 二人の少女がハグした瞬間、一人の少年はたたらを踏んで海に落ちそうになってしまう。しかしすぐにそれも彼の恩人で親友で悪友の少年が分身と一緒に支えたことから未遂に終わった。彼の体を一層ギュッと抱きしめながら彼女達は互いの思いの丈をぶつける。

 

「この……お前らっ! 心配したのは俺もだよ馬鹿っ!」

 

「ば、馬鹿って言った! 私達馬鹿じゃないもん!」

 

「なぁっ!? ひ、人が折角心配したってのに――!」

 

 先程カエルが潰れたような声を出した幸利は、軽く眉を吊り上げながら悪態混じりの返事をした。するとそれが気に食わなかった奈々は涙目でぽかぽかと彼を叩いたし、優花は彼の服の襟をつかんだ。それがいけなかった。

 

『あっ』

 

「「「あっ――うわぁあぁぁ!!」」」

 

 今度は幸利が前に倒れてしまったのだ。浩介が手を伸ばそうとするも間に合わず、そのまま三人仲良くバランスを崩して通路の隣の海へとダイブ。焦った様子で飛び込んできた浩介や鷲三、霧乃と一緒に奈々達は仲良くずぶ濡れになったのであった……。

 

 

 

 

 

「本当に馬鹿だな園部、宮崎。今回ばかりは本気で呆れたぞ」

 

「ぐっ……うーっ」

 

「痛いとこ突くんじゃないわよ、ったく……」

 

「清水の奴に抱き着いて海に落ちた上、奴の着替えをチラチラ見ていた奴らが何を言うのだろうな」

 

 半目のフリードから軽く小ばかにされ、奈々と優花は心底恨めしげに見つめ返す。しかしフリードはそれを鼻で笑い、顔を真っ赤にして手を出そうとした二人は即座に鷲三と霧乃に羽交い絞めにされた。

 

 ――奈々、優花、幸利の三人はすぐに浩介らに救助された。そして中央にあった神殿の一角で水属性の魔法で濡れた服を洗った後、宝物庫に入っていた予備の服に六人はすぐに着替えている。今は火属性の魔法と風魔法を併用して服を乾かし、乾くまで待っているのであった。

 

「あーもう抑えろよ優花、奈々。やらかしたのは事実だろ……でもその、マジ? えっと、俺、見られてた?」

 

 なおフリードが述べたように奈々はつい彼の着替えを見ており、そのことにほほを染めながら彼が言及してきた。奈々は優花と一緒に顔を背け、着替えの最中にやらかしたことを思い出して軽く涙目になってしまう。

 

(良かった……幸っち、傷も全然なかった。でも……)

 

 フリードの言ったことは紛れもない事実だった。濡れた服を脱いで着替える際、浩介らと一緒に動いていた時にどこかケガをしたのではと不安になって彼の体をコッソリ見ていたのだ。幸いにもこれといった目立った傷も無かったことに安心するも、今度は別のことが彼女の頭を占領してしまう。

 

(……すごかった、なぁ。なんか、安心する)

 

 魔物の肉を食べたことで精悍となった彼の肉体に思わずため息を漏らしたこと、そして地球にいた頃の線の細い彼と比べてどこか安心感を得たことをだ。

 

(まさか恵里っちの言葉がホントに理解できる日が来るなんて思ってなかったよ……)

 

 そして以前オルクス大迷宮を潜っていた際、香織と恵里が言ってたことも思い出していた。龍太郎に体を預けてると安心できると思いっきりにやけながら述べていたり、いくらでもハジメの体を触っていられると言って軽く気持ち悪い笑みを浮かべていたのをだ。

 

 当時も香織の言葉はなんとなく納得していた。しかし今となっては恵里があんな顔をしながら言っていたことすらも心の底から同意できてしまう。幸利と密着して、傷の残ってない体に触って彼が生きていることを実感したいからだ。

 

「おいマジか……いや、その……頼む。勘弁してくれ」

 

「えっ」

 

 だがそんなことを考えてた矢先のことだった。幸利も顔を赤くして目を背け、か細い声でやめてほしいと頼み込んできた。その言葉に思わず奈々は思わず口を開けて悲し気につぶやくも、顔を赤くしたままこちらをチラチラと見ていることからそれが羞恥からくるものだと察してホッと一息吐く。

 

「い、いいじゃない! 減るものでもないでしょ!」

 

「優花お前……こっちのことも考えやがれ!」

 

 そんな折、今度は優花が顔を赤く染めながら幸利に食ってかかった。フリードの証言のおかげで優花も自分と同類だったということはわかっているものの、彼と真っ向から言い合っている様を見て奈々の胸はズキリと痛む。

 

「何が問題なのよ! 私の裸見た訳でもないじゃない!……み、見たいなら別に……」

 

「俺はいいのかよ!……って、おいやめろ。そんな反応すんじゃねぇ」

 

 以前のように彼と接することが出来る優花がうらやましい。目をそらし、胸に手を当てながらつぶやいたことで幸利が顔を赤らめたまま目を泳いでしまうのを見て彼女に嫉妬してしまう。自分はもう彼を見るだけでドキドキしてしまうのに。爪が手の平に食い込む程に両手を握りしめ、奈々は軽く歯ぎしりした。

 

「青春だな……奈々さん? 何かあったのか?」

 

「そうですねお義父さん……奈々さん、落ち着いて。今“鎮魂”を――」

 

「優花お前さぁ……落ち着けって。幸利もさ」

 

「えっと、どうすれば……清水さんも園部さんも宮崎さんも相思相愛みたいだし……」

 

「ズルい」

 

 外野の反応などもう気にならなかった。今彼を独り占めしている優花のことがあまりにうらやまし過ぎて頭が回らない。自分がつぶやくと同時に一斉に視線がこちらに向けられてきたが、奈々は気にせずに優花だけを見つめた。

 

「優花ばっかりズルい。ズルいよ。私だって、私だって幸っちとちゃんと話したいのに」

 

「……奈々」

 

 ハッとした様子でこちらを見つめ返した優花を見て奈々は苛立ちを深める。これまで培ってきた友情を完膚なきまでに破壊してしまうことへの恐れや罪悪感も感じてはいない訳ではない。だがその程度じゃ腹の底から湧き上がってくる負の感情を抑えきれず、奈々は言葉を紡いでいく。

 

「私だって……私だって幸っちが好きなんだよ! とらないでよ! 友達だからって、親友だからって私から幸っちをとらないでよ!」

 

 思いを形にした瞬間、幸利がわずかに口を開けて驚いたような顔をした。優花は眉をひそめて怒りを露わにしている。もう戻れない、もうどうにもならないことを自覚し、自分を抑えられないことへの嫌悪感に苛まれるも奈々は思いを吐き出していく。

 

「おい宮崎」

 

「好きなんだよ! オルクス大迷宮で二尾狼と初めて戦った時からずっと!」

 

「そんなの……私だってそうよ! アンタが先に好きになった訳でも、ユキがアンタを選んだ訳でもないでしょ!」

 

「あ、あの、二人とも、け、喧嘩はやめて……」

 

 お互い鷲三と霧乃に羽交い絞めにされたままであったものの、奈々と優花は吼える。もう止まれない。あの時からずっと隠してきた、見ないふりをしてきた欲望のままに少女は思いを叩きつけていく。

 

「落ち着きなさい奈々さん優花さん!」

 

「そんなの優花もじゃん! 幸っちの隣にいたいのに、私を励ましてくれた幸っちを護りたいのに! 親友ならわかってよ! 譲ってよ!」

 

「おい奈々、優花! 落ち着けって!」

 

「ええいこの馬鹿どもは――!」

 

「ユキは黙ってて!――私だってユキと一緒に戦いたい! ユキを死なせたくないの! 奈々だって私が本気なのわかってるでしょ! 絶対に譲れないってことぐらい!」

 

 思うままに感情をぶつけ続けていけば胸の中が軽くなる。締め付けられる。苦しくなる。

 

 奈々だってわかっていた。優花だって幸利のことをずっと思っていること、素直になれないことで悩んでいることをだ。けれども彼に止められたからってここであきらめたくなんてない。あきらめたらきっと彼の隣にいられないから。きっと奪われてしまうから。

 

「わかってる! わかってるよそんなの! でも知らない! そんなこと言われたって引き下がれないよ!」

 

 ずっと昔から好きな男の子を巡って奪い合いをしていた二人の幼馴染もこんな気持ちだったのかもしれない。そんなことを頭の片隅で考えながらも奈々は止まれない。ただただ己の思いをぶつけ続けるだけであった。

 

「引き下がれないのは私だって同じよ! 親友だからって関係ない! 私からユキを奪おうっていうなら――」

 

 互いに涙をボロボロ流し、鼻水も垂らしながらも己の欲望を叩きつけている。だがお互いの心は決して交わらず、優花の顔を見てお互い苛立っているのがわかった。

 

「っ! 幸っちは渡さない。たとえ優花が相手だって――」

 

 優花は鷲三に羽交い絞めにされたままでも宝物庫からナイフを取り出し、奈々も霧乃に抑えられながらも杖を出す。言葉でどうにもならないのはお互いわかっている。だからこそ二人はにらみ合って武器を構えようとした。

 

「「「「「“鎮魂”っ!」」」」」

 

「“魄崩”っ!!――いい加減にしやがれ馬鹿野郎っ!」

 

 だがそれを止めたのは浩介ら五人が放った“鎮魂”、幸利が使った“魄崩”であった。感情が一瞬にして鎮まり、抱いた『敵意』もフッと消える。その手から杖もナイフも落ち、幸利が涙を流しながらこちらを見ている理由に二人はすぐには気づけなかった。

 

「……あ、幸っち。その、私……」

 

「ユキ……その、私、でも……」

 

「でももクソもあるかよ!……やめてくれよ。頼むよ」

 

 はらはらと涙を流す彼に奈々も優花も言い訳をしようとするも、その場で四つん這いになって床に涙をこぼす幸利の姿を見てはもう言葉が出ることは無かった。

 

「好きな……好きな奴が俺のことで殺し合いするなんて、辛ぇよ。俺が、俺が優柔不断だったのが悪いのか。そう、だよな」

 

 そこまでやる気なんて無かった。言葉が通じなかったし取っ組み合いも押さえつけられてるせいで無理だった。だからこそ別の方法で、と思って咄嗟にやろうとしたのがこれだったのだ。それが彼を傷つけてしまったことに気付き、奈々も優花も顔を青ざめさせていく。

 

「宮崎さん、園部さん。駄目です。いくら話し合いが……話し合いが無意味になっても、暴力を振るうのは絶対に駄目」

 

 そしてそこにアレーティアも顔を青くしながら割り込んできた。前に自分達を逆恨みして襲った事で今も苦しんでいる彼女だからこそずしんと心に響き、どんな形であれ暴力を振るおうとしたことを奈々は後悔する。

 

「ごめん、なさい……アレーティア、さん」

 

「そう、ね……私達、ホントに馬鹿だった……」

 

「謝るなら私じゃない……相手を、間違えないで」

 

 それは優花も同じであり、ぶるぶると体を震わせてアレーティアを見つめていた。だが彼女は首を横に振り、幸利の方を一瞥する。すぐに奈々と優花は鷲三と霧乃の拘束を抜けて幸利の元へと向かい、ただ彼の体を抱きしめる。

 

「ごめんね……幸っち。私、間違えちゃった……」

 

「ごめんユキ……ごめん、なさい」

 

「もう、もうやめてくれよ……俺、失いたくないんだ。優花も奈々も、どっちも。頼む。頼むよ」

 

 静かに三人の少年と少女は涙を流し、その様を仲間たちはただ静かに見つめている。濡れた服は彼らが流す涙と同様にぽたりと雫を何度となく落としていた。

 

 

 

 

 

「落ち着いたか。幸利、優花、奈々」

 

「……あぁ」

 

「うん……」

 

「えぇ……」

 

 三人が体を寄せ合わせてしばし涙を流した後、浩介達が何度か“鎮魂”を使ったことで奈々達は落ち着きを見せた。そこで浩介が声をかけるも一言返事をするだけですぐに三人は黙り込んでしまい、アレーティア以外が揃ってため息を吐く。

 

「仕方ないと思います……私も、こうでしたから」

 

「アレーティアさんに言われると流石にな……」

 

「だがこれ以上時間を浪費する意味も無いだろう。服も乾いたようだし、宝物庫にしまって神代魔法を獲得するぞ」

 

 アレーティアの気遣う言葉に浩介も鷲三も霧乃も何も言えなかったが、唯一フリードだけは別のこと――神代魔法をすぐに習得しようということを提案して魔法陣へと近づいていく。あまりに無神経なことをする彼にアレーティア以外は恨みがましい視線を向けるも、フリードは鼻を鳴らしてそれに反論する。

 

「私達がここに来た理由を思い出せ。それに反省会など向こうに戻ってもやれるだろう。恵里達の手足をいつまで無くしたままにする気だ?」

 

 あまりに辛辣で容赦のない正論であった。流石にこれにはアレーティアも苦虫を嚙み潰したような顔になり、他の面々も渋い表情を浮かべるもそれに反論はしなかった。その中で幸利は息を数秒吐き出すと、立ち上がってフリードの顔を見た。

 

「……そう、だな。行こうぜ、皆」

 

「……ユキ、でも」

 

「光輝達が待ってるんだ。手足が無いよりあった方が色々やりやすいだろ?」

 

 それが虚勢であることは奈々も容易にわかった。優花の言葉に返事をした時も顔が青いままだったからだ。ふらついた足つきでフリードの後を追おうとする彼を見て、奈々も拳を強く握ってから立ち上がる。

 

「無理しちゃ駄目だよ幸っち」

 

「奈々……」

 

「でもそういうところがさ、私、好きになっちゃったんだ」

 

 すぐに幸利に近づき、彼に肩を貸す。あの足取りではきっと膝をついてしまうだろうと思ったからだ。申し訳なさそうに彼が見つめてくるが、奈々は微笑みながらだから好きになったんだときっかけを伝える。

 

「さっきも言ったけどね、鈴っち達を倒した二尾狼に私も心が折れちゃってた。戦っても勝てないんだ、って。でもね、そんな絶望を壊してくれたのが幸っちなんだよ」

 

 あの時もし幸利が何も言わなかったら少なくとも自分は何も出来なかった。その確信が奈々にはあった。多分死んでたかもと思いつつ、自分を奮い立たせてくれた彼の右ほほに奈々は口づけをする。

 

「っ!? お、おい奈々っ」

 

「私、あの時からずっと本気だよ。漫画や小説でよくあるけど、命の危機で助けてくれたんだもん」

 

 自分の単純さに少しだけ呆れつつもそれを後悔する気は奈々には無かった。きっとこれから先、友情を捨ててまでも全てが欲しいと思える人はきっと出会えないだろうという確信があったからだ。

 

「それにね、どうにもならない時は本当にどうにもならないんだー、ってことも嫌ってなほどわかっちゃったし」

 

 ヒュドラにミレディ・ゴーレムとの死闘、クリオネモドキとの戦いの記憶が奈々の頭によみがえる。痛みを堪え、命を賭けなければ勝てなかった戦いがあった。全力を出しても、命を賭けたとしても勝てそうにない戦いも経験した。

 

「だからね、後悔したくない。思いを伝えないまま死んじゃうのなんて絶対嫌だって」

 

 だから奈々は思いを口にする。自分がどこまでも貪欲に、必死になって手を伸ばそうと思えた男の子へと。自分はこんなにも恋焦がれてしまっているのだと。

 

「奈々……」

 

「はいユキ。肩貸しなさい」

 

 そうしてお互い見つめ合っていると、いきなり左から声が聞こえた。いつの間にやら優花も復活した様子であり、するりと幸利の左腕を掴むとそのまま左から彼を支えに入った。

 

「ちゅっ……私のこと、忘れないでよ。私だって、アンタのことが好きなんだから」

 

 口づけをしたような微かな音が奈々の耳に届く。幸利が優花の方にそこまで顔を向けてないことからきっと左ほほにしたんだろうと願望込みで推測していると、優花はぼそほそと小さい声で彼に話しかける。

 

「ユキ。アンタのおかげでね、友達を守る力を、勇気をもらえたのよ」

 

「だから、なのか……?」

 

「察しなさいよもう……」

 

 幸利の問いかけにもたった一言、ぶっきらぼうに返しただけだ。理由は神殿の中央にあった祭壇、そこに描かれた精緻で複雑な魔法陣の上に乗ったからだ。この大迷宮を攻略した全員が一斉に足を踏み入れると、いつものように脳内を精査されて記憶が読み取られていく。しかし今回はそれだけでなく、他の者が経験したことも一緒に見させられるようだった。幸利が経験したものも奈々は共有することになったのである。

 

「あっ……これって」

 

「……アンタのとこも相当キツかったみたいね」

 

「お前らも変わんねぇだろ」

 

 凄惨な内容に奈々は気分を悪くするも幸利と同じ経験を、彼の受けた苦しみを知ることが出来たからこそ耐えようと必死になった。優花と共に声をかけるも、幸利も顔をまた青くしながらやせ我慢した様子で答える。そんな彼が愛おしく思え、思わず奈々は微笑んでしまう。

 

「これってやっぱり……」

 

「再生か……うん。ハジメ達を治せそうだな」

 

 そうこうしている内に記憶の確認が終わり、脳内に新たな神代魔法が刻み込まれていった。顔を見合わせた感じ、全員が攻略者として認められたようである。手にした“再生魔法”の知識を照らし合わせ、これなら手足を失った幼馴染達を元に戻せると奈々は確信する。

 

「ふむ。有用だな。私はそれなりか」

 

「む、何か出て来たようだが」

 

「あ、安心して下さい。多分あれ解放者からのメッセージですから」

 

 魔法陣の輝きが薄くなっていくと同時に床から直方体がせり出てきた。小さめの祭壇のようだ。その祭壇は淡く輝いたかと思うと次の瞬間には光が形をとり人型となった。どうやらオスカー・オルクスと同じくメッセージを残していたらしい。

 

「この姿……もしかして海人族では?」

 

「恐らくは。確かオスカー・オルクスの手記にそれらしいことも書かれてた記憶があります」

 

 人型は次第に輪郭をはっきりとさせ、一人の女性となった。祭壇に腰掛ける彼女は白いゆったりとしたワンピースのようなものを着ており、エメラルドグリーンの長い髪と扇状の耳を持っていた。どうやら解放者の一人メイル・メルジーネは海人族と関係のある女性だったようだ。

 

 彼女は、オスカーと同じく、自己紹介したのち解放者の真実を語った。おっとりした女性のようで憂いを帯びつつも柔らかな雰囲気を纏っている。やがてオスカーの告げたのと同じ語りを終えると、最後に言葉を紡いだ。

 

「……どうか、神に縋らないで。頼らないで。与えられる事に慣れないで。掴み取る為に足掻いて。己の意志で決めて、己の足で前へ進んで。どんな難題でも、答えは常に貴方の中にある。貴方の中にしかない。神が魅せる甘い答えに惑わされないで。自由な意志のもとにこそ、幸福はある。貴方に、幸福の雨が降り注ぐことを祈っています」

 

 そう締め括るとメイル・メルジーネは再び淡い光となって霧散する。直後、彼女が座っていた場所に小さな魔法陣が浮き出て輝き、その光が収まるとそこにはメルジーネの紋章が掘られたコインが置かれていた。

 

「これでここも無事突破だな。あのクリオネだけは死ぬかと思ったが、他はそう対処も難しくは――」

 

「あの、フリードさん。ここは十分大変だと思います……道中の亡霊みたいなのは物理攻撃が効きませんし、また魔力頼りになりますから」

 

「そもそも潜水艇フツーの人は持ってねぇだろ。空間魔法使って入るにしたって相当魔力食うし、グリューエン攻略の証を周りの岩に当てないとそもそも中に入れねぇじゃねぇか。そこでまず詰むと思うぜ」

 

「フリードさん、その亡霊もかなり大量だったでしょう? 他は存じませんが決して簡単ではないかと」

 

「……まぁ、困難ではあったな。それは認めよう」

 

 やれやれといった様子でフリードがコインを拾い、感想を述べれば容赦のないツッコミが方々から刺さった。さしものフリードもこれには参ったようで、冷や汗を軽く垂れ流しながらメルジーネ海底遺跡攻略の証を宝物庫へとしまう。

 

「っ! 水が!」

 

「ゲートキーを出した! すぐに戻ろうぜ!」

 

 その時であった。証をしまった途端に神殿が鳴動を始めたのである。そして周囲の海水がいきなり水位を上げ始めたのだ。すぐにアレーティアと浩介がいち早く反応し、浩介は自身の宝物庫からゲートキーを取り出してゲートを開く。

 

「ユキ、後で話いい?」

 

「私も。ちゃんと話したいよ」

 

「あぁ……ちゃんと、向き合うよ」

 

 フリードや鷲三達が一目散に逃げ込む中、奈々は幸利達と軽くやり取りをしてから浩介達に続いてゲートをくぐる。

 

「鷲三さん、霧乃さん、幸利達も!」

 

「あぁ、ただいま」

 

 ちゃんと話そう。例え同じ結論をたどったとしても。奈々は出迎えてくれた仲間達に笑顔を向けつつもそう決意したのであった。

 

 

 

 

 

「ふーん。それでボク達を頼ったってワケ」

 

「うん……やっぱり、恵里っち達以上の適任なんていないだろうし」

 

 出迎えてくれた幼馴染達に成果を披露し、無事に手足の再生に成功した奈々達はその後ちょっとしたパーティーをやった。といっても食事の用意を王宮に仕える料理人に任せ、食堂の一角を借りて軽く騒いだ程度だ。ほんの短い期間ではあったが手足が無いことがどれだけ不便かを恵里達は痛感し、誰もが思い思いに盛り上がっていたのである。

 

「情けねぇってのはわかってるよ。でもよ、お前達以上に頼れる相手なんて……」

 

「うん。わかってる。だから僕達も幸利君達の相談に乗ったんだから」

 

 パーティーは既に解散し、それぞれ王宮の自分の部屋へと戻るなり設けたスペースでダラダラしたりと様々だ。奈々、優花、幸利の三人はタイミングを見計らって恵里達に声をかけ、ハジメの自室でこうして向き合って話をしている。

 

「……優花と奈々はさ、どうしたいの?」

 

「やっぱり、選んで欲しいわ。だって……」

 

「「「「優花……」」」」

 

「私、もう逃げないわ。だって、逃げたらもうユキは私()()を選んでくれなさそうだから」

 

 どうして声をかけたかの理由も既に話しているし、三人も納得済みの上で付き合ってくれた。鈴に促された後、奈々、幸利、恵里、鈴に視線を向けられながらも優花は自分の思いを包み隠さず打ち明けていった。

 

「私もね、奈々と同じよ。絶望した時、ユキに助けてもらったから。それだけ」

 

 ハジメが出したお茶を口にしながら優花は言う。だがその両手が震えているのを奈々は見てしまい、自分と同じように緊張しているんだと感じていた。

 

「そのことを素直に口にするのが恥ずかしかったし、口にしたら奈々との友情も壊れそうだったからね……そのせいでこうなっちゃったんだけど」

 

 うつむきながら語る優花を見て奈々は思わず顔をそらし、渋い表情を浮かべる。友情を壊すのが怖いのは自分も同じだったからだ。けれども奈々は相談を持ち掛けた三人のように好きな人をシェアする気はない。それは目の前の恋敵も同じだろうとチラッと目を向ければ、真剣なまなざしでこちらを見つめ返していた。

 

「勝てる戦いだけじゃなくって負けそうなのも経験したもの。いつかユキがいなくなるかもって思って、実際にいなくなってからはもうなりふり構ってられない。そう思ったわ」

 

「そっか。だから幸利君に決めてもらいたいんだね?」

 

 優花を見つめたまま、その言い分にうなずいていると先程無言だったハジメが相づちを打つ。そのすぐ出した問いかけにも優花と一緒に奈々は首を縦に振り、互いに幸利へと視線を向けた。

 

「……わかってる。でも俺、まだ迷っちまってるよ。ウルの街で二人が必死になってるのを見たらさ、俺のために泣いてくれてるのを見たら……選んだら、どっちかを泣かすじゃねぇか」

 

 幸利は両手をテーブルの上で組んでうつむきながら思いを打ち明けてくれた。その時彼の右ほほから雫が伝うのも奈々は見てしまい、選ばなければならないことに本気で苦しんでいるということを理解してしまう。

 

「幸っち……」

 

「ユキ……」

 

「わかってるよ。最低だってのは。でも、俺のために泣いてくれてるんだぞ。優花も奈々も。どっちかを選ぶなんて……捨てるなんてできねぇよ」

 

 時折鼻をすすりながら語る彼に奈々は何も言えなくなってしまう。ちゃんと思ってくれているから。自分達が大切な存在だと認識してくれているからこそここまで迷っているということがわかってしまったからだ。

 

「ねぇ優花、奈々。二人に聞きたいんだけど」

 

 どんな言葉をかければいい? 結局どうすればいいのか迷っている中、今度は鈴からあることを問いかけられる。片手はお茶の入ったカップに触れながらも、こちらを真顔で射抜くようにじっと見つめてくる彼女に思わず息をのむ。

 

「……何、鈴っち」

 

「どうしたのよ、スズ」

 

「二人はさ、幸利君の出した答えを受け入れられる?」

 

「あ、当たり前だよ! 幸っちに選んでもらえるなら――」

 

「当然でしょ! ユキが選んでくれるんだったら――」

 

「違うよ。選ばれなかった場合だよ」

 

 その問いかけはあまりに普通であった。今更何をと思いつつ答えれば、返ってきた言葉に奈々は心臓を直接握られたかのような錯覚に陥ってしまう。

 

「幸利君に選んでもらうんでしょ? じゃあさ、二人のどっちかは()()()()()んだよ? それぐらいわかるよね?」

 

 至極当然のことを突きつけられ、口の中が一気に乾いたような感覚にまで奈々は襲われる。自分が選ばれなかったら? 考えないようにしていたことを言われたことで最悪の予想――幸利が優花と()()仲睦まじくしている様子が頭に浮かんでしまう。

 

「う、ぇっ……やっ、やだっ……やだぁ……」

 

 悲しさと寂しさ、嫉妬に憎しみが渦巻き、こみ上げてきた吐き気をこらえようと奈々は猫背になって口元を両手で押さえた。自分に訪れるかもしれない未来を思い描いてしまい、奈々は頭の中がぐちゃぐちゃになってしまう。

 

「か、はっ……スズ、アンタ……」

 

「事実だよ。ちゃんと二人は受け入れられるんだよね? それぐらいわかってるよね?」

 

 顔を上げ、問いかけてきた鈴の顔があまりにも冷たくて奈々と優花は完全に気圧されてしまっていた。うっすらと目を開けて、平易なトーンで尋ねてくる彼女が普段とあまりにも印象が違い過ぎて本当に自分の知る幼馴染かと奈々は記憶を疑いそうになった。

 

「鈴、流石にやりすぎだよ!」

 

「鈴、ここまでやる必要ある?」

 

「ハジメくん、ごめん。それと恵里は言えた義理じゃないでしょ――だって鈴もさ、選ばれなかったかもしれない人間だったから」

 

 ハジメと恵里も待ったをかけたものの、鈴はわずかにためらうことなく断った。そして彼女の述べた内容を受け、どうして臓腑を抉るような質問を投げてきたのかを奈々は理解する。

 

「恵里とハジメくんがね、鈴のことも欠かすことが出来ない存在だって思ってくれなかったら今のままじゃいられなかった。わかる?」

 

 オルクス大迷宮を攻略していた際、恵里がハーレムを提案したということが話題に挙がったことを奈々は思い出していた。その話の中でハジメは恵里一筋を貫こうとし、また鈴も何度もゴネてたということも本人達が述べている。だからこそ彼女は選ばれなかった場合はどうするか、そう問いかけたのかを奈々はわかってしまったのである。

 

「選んでもらった鈴が言えた義理じゃないのはわかってる……けどさ。覚悟、出来てる?」

 

 ほんのわずかな間視線を下げてつぶやいた後、鈴は奈々と優花に鋭い視線を向けて問う。しかし二人は半ば倒れこむようにテーブルの上でうつむいてしまった。

 

「やだ……やだ……幸っちのこと、あきらめたくないよぉ……」

 

「そんなの……そんなの受け入れられないわよ……やっと、やっと素直になれたのに……」

 

 奈々は両手で体をかき抱き、優花はテーブルを何度も叩く。声を震わせ、涙を流し、自分が選ばれなかった未来が来てほしくないと口にする。

 

「おい鈴、いい加減に――」

 

「んー、まぁ二人が何とかなる方法はあるよね」

 

 これまでだんまりであった幸利も鈴に食って掛かろうとした時、ふと恵里が場違いな軽めのトーンで解決する方法があると述べたせいで一瞬全員の動きが止まる。

 

「恵里、とりあえず“念話”でどんな案か僕と鈴に話してよ」

 

「そうだね。恵里の言うことだし確実にヤバい奴でしょ」

 

「ねぇ二人ともさぁ、どうしてボクがいいアイデア思いついたのに言うのを止めるの! ボクだって怒るからね!」

 

「だいたい倫理観ゼロなとこだよ!」

 

 そこでハジメが苦笑しながらまずこちらに話を通してほしいと頼み込み、鈴は鈴で半目で彼女を見つめている。そのせいでカチンときたらしい恵里が二人に強めのトーンでツッコミを入れると、鈴が更にツッコミ返す。いつものように恵里と鈴が取っ組み合いを始めてしまった。

 

「この際何でもいい! 恵里、頼むからそれを言ってくれ!!」

 

「お願い恵里っち! 何でも聞くから言ってよ!」

 

「私も! ユキに選ばれない可能性があるならそれをなくしたいの!」

 

「うん、わかった」

 

「「よくなーい!!」」

 

 だが奈々達はそれにすがりつこうと懇願する。もちろんハジメと鈴が止めようとするも恵里は知ったことかとばかりに三人に“念話”でその内容を伝える――直後、三人は硬直し、乾いた笑いを浮かべたのであった。

 

「“念話”して、って言ったけど僕達にだよ! 幸利君達固まったでしょ!」

 

「恵里、何言ったの? 話して」

 

「えー。二人とも文句ばっかじゃん……簡単だよ」

 

 ――浩介君や雫達忍者組の“分身”の技能で幸利君増やせばいいじゃん。

 

 倫理観やら常識をドブに捨てた発想を口にすれば、ハジメと鈴も引きつった笑みを浮かべながら固まってしまう。その数秒後、すぐにハジメは幸利に、鈴は優花の方へと近づいてフリーズしている二人の両肩を揺さぶった。

 

「幸利君、ちゃんと考えよう! とりあえず先延ばしにしてもいいと思うんだ!」

 

「いや、でも……二人が、泣かないなら」

 

「優花、お願いだから悪魔のささやきに耳貸しちゃ駄目だよ! 奈々も!」

 

「で、でも……それなら私達、幸っちと別れなくって」

 

「そう、よね……友情と愛情、両立できるのよね」

 

「下手したら僕達超えるからね!? 僕達以上に怒られることになるかもしれないんだよ!?」

 

「大丈夫だよ三人とも。片方魔力が素材だけどどっちも幸利君だし、それは浩介君や雫の分身で証明――」

 

「「恵里ぃー!!!」」

 

 そうして必死になってハジメと鈴が三人を正気に戻そうと呼びかけるが、野放しになってしまった恵里が奈々達に悪魔のささやきを続けてしまう。その結果……。

 

「そう、だよな……二人が悲しまなくって済む。それならろくでなしにでもなってやらぁー!」

 

「幸っちぃー! ありがとー! 私と優花っち、幸っち達と一緒だからぁー!」

 

「もう二度とケンカなんてしないわ! ナナと私、どっちにもユキがいるなら幸せじゃない!」

 

 奈々達が変なテンションで雄叫びを上げてしまう。ハジメと鈴が思いっきり頭を抱える中、恵里だけがいい仕事をしたと言わんばかりの清々しい顔つきでうんうんとうなずいていたのであった……。




今回二転三転しました。いや本当はね、奈々と優花と幸利がお互いの思いを知ってもう一度スタートとしようよって感じの想定だったのよ。

でもね、奈々も優花ももうちょい湿度高いよなーって思って当初の想定にならんだろうなーって考えて、今回の話で恵里が出した倫理観&常識ゼロな提案をフリードに言わせるつもりだったんですよ。そんなことで迷うならこれでいいだろ、って感じで。んでキレた奈々に“凍獄”で凍らせされて優花の“緋槍”でブチ抜かれると(ォィ)。

ただ流れ的にポシャった結果、今度は恵里が言うことに。その後の流れはギャグになりましたが大体同じです(本日の懺悔)

あ、恵里はこの後お説教コースだと思います(こなみ)
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