あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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皆様のお陰で無事UA2000越え、お気に入り40越えを達成しました!……いや、早ない? 凄い嬉しいんですけど、ちょっと怖い。

あ、ちょっと文イジりました。王様よりもこっちの方がいいと個人的には思ってます……いやーここ直すの忘れててガチでビビった。既に目を通していただいた方には申し訳ない。


幕間 幼い正義

「どうして……どうしてあんなヤツなんかがいいんだ」

 

 下校中、恵里に家に来る誘いを取り付けたハジメの様子を見ていた子供がいた。天之河光輝と坂上龍太郎だ。龍太郎の方はここ最近妙な行動をとる幼馴染の後をついて回っている方であったが。

 

「なぁ光輝、のぞきなんてみっともねぇぜ。中村、だったか? アイツはあっちのヤツがいいみたいなんだしそっとしといてやれよ」

 

「……どうしてだ龍太郎。お前だってあんなパッとしないヤツなんかより俺のほうがいいだろ? そうだよな?」

 

 南雲、と呼ばれた少年は光輝の見立てではどこにでもいそうな、大したことのない子供に映った。取り柄のなさそうな平凡な少年、そんなのに自分が興味を持った少女が声をかけている。そのことが何故か気に食わない。あの男の子の場所にいるのは本来自分のはずなんだという根拠も理由もないよくわからない感情が光輝の心を焦がしていた。

 

「そりゃお前のほうが勉強だってできるし、体うごかすのだって俺に負けてねぇよ」

 

「だろ? だったら――」

 

「でも中村のヤツはお前のことがどうでも良かったみたいじゃねぇか。そこが俺も気にくわねぇけどよ」

 

 光輝の心がまた一段ときしむ。言い知れない感情に襲われ、どうして、なんで、と疑問と共にふつふつと怒りが浮かんでくる。理由は彼の生い立ちであった。

 

 物心ついた頃から男女問わず人気者であり、なびかない女の子は彼の見える範囲にはいなかった。そして祖父のキレイな理想を疑うことなく信じ、そうあろうと動いてきた光輝はとてもまぶしい存在であった。少なくとも現実というものがどういうものかを知らない無垢な子供たちからすれば憧れる存在であったのだ。

 

 まさしく完璧と言って差し支えない光輝少年は入学して日が浅かったにもかかわらず、その周囲には常に人がいた。男女問わず彼を褒めそやし、彼の優しさに心打たれずにいる者はいなかったのだ。光輝もまた子供たちからの称賛を受け、それに応えるように正しくあろうとした。持てる力を、優しさを遺憾なく発揮した。

 

 彼はまさしくヒーローであった。その力であらゆる困難を砕き、自分を慕う者を引き連れて輝ける未来へと進んで行く。子供が考える理想のヒーローそのものであった。

 

 そんな光輝がある時、中村恵里という変わった少女と出会った。大人しそうな見た目で光輝が接した限りではそこまで押しが強いようには感じられない。いわばどこにでもいそうな少女というのが光輝の抱いた第一印象である。

 

 だが実のところ、一途に誰かの事を思い続け、自分のことなど眼中にない。それどころか光輝から見た感じではむしろ避けている節すら見受けられるのだ。どこにでもいそうな見た目の少女が探していた相手もまたどこかパッとしない。その事実が光輝が知らなかった感情を呼び覚ます。

 

(俺よりも勉強できなさそうなのに。俺よりも運動だってできそうじゃないのに。俺よりも友だちだっていないくせに)

 

 ――それは嫉妬であった。

 

(なんでお前が恵里のそばにいるんだ)

 

 ――それは悔しさであった。

 

(お前みたいな……お前みたいな何も無いヤツがどうしてそこにいるんだ!)

 

 ――それは憎しみであった。

 

 あんなヤツさえいなければ恵里は自分と一緒にいた。ならばアイツをやっつけてしまえ。

 

 己の内に芽生えたどす黒い感情から目を背ける技術がまだ磨かれておらず、それを覆い隠すためのロジックの構築も未だ未熟であった。故に光輝は悪意に呑まれそうになり、今にも激情があふれ出てしまいそうであった。

 

「別によ、アイツがどんなヤツと友だちになったっていいじゃねぇか。それの何が気にくわないんだよ?」

 

 そんな輪をかけて妙な様子の親友に龍太郎は声をかける。いつもカッコよくて凄い親友の力になりたい。そんな純粋な気持ちで声をかけるも、うつむいて肩を震わせていた光輝の口からは何かが粘りついたような言葉が漏れ出てきた。

 

「――くない」

 

「うん?」

 

「ふさわしく、ない。あんなヤツが、恵里の友だちなんかにふさわしくない! そんなハズがない!」

 

 見たことのない親友の怒声と形相に思わず龍太郎は腰を抜かしそうになってしまう。違う。いつも正しくて、誰にでも優しい自慢の幼馴染がこんな顔をするハズがない。怒りを露にして誰かを殴り倒そうとする顔をしているハズがない。

 

 自分の親友の豹変ぶりに龍太郎は軽い現実逃避をするが、光輝が校門へ向かって歩きだしたのを見てこのままではまずいとなぜか確信した。既に恵里とハジメの姿はおろか、自分達のいる校門付近すら人がまばらになっているとはいえ、このまま放っておくと二人に何かをしかねないと直感したのだ。歩き出した光輝の肩を掴み、必死になって止めようとする。

 

「はなせ龍太郎! 俺は恵里を助けるんだ! アイツはきっと恵里になにかしたんだ! だからアイツをやっつける!! だからはなしてくれ!」

 

「まてよ光輝! あ、アイツらのことは別にいいじゃねぇか! 今のお前こえぇんだよ! どうしてそんな顔するんだよ!?」

 

「俺はこわい顔なんてしていない! ただアイツをどうにかして――」

 

「ならなんでそんなおっかないこと言ってるんだよ! お、お前、悪いやつみたいに見えるぞ!」

 

 とっさに出た言葉。それで一瞬光輝の動きが止まったことにほっとする龍太郎であったが、光輝が自分の方を振り向いたその時絶句する――よどんだ瞳と共に激しい怒りを向けてきたのだから。

 

「わるい、やつ……? ふざけるな! 俺は正しいんだ! 俺は悪いことなんてしてない! 龍太郎、お前も悪いヤツだったんだな!」

 

「ち、違う! そうじゃねぇよ! そんなわけが――」

 

「もういい!! お前とは――お前とは絶交だ! もう俺の近くにくるな! 悪いヤツめ!」

 

 怒りにまかせて出た光輝の言葉にうろたえるしかなかった龍太郎は絶句する。最近変だった幼馴染を止めようと思っただけなのに。光輝が示してくれた正しさに憧れて自分なりにしてみただけなのに。

 

 結局天之河光輝(アイツ)はワガママを通したいためにそんなことを言ってただけだった。坂上龍太郎(自分)はアイツのワガママに従ってくれたから側に置いていただけなんだ。そう思った途端に龍太郎の心に怒りが沸いた。失望が沸いた。もうこんな奴なんか友達でもなんでもない。とっとと消えてしまえ、と。

 

「ああ、そうかよ……勝手にしやがれ! お前なんかを友だちだと思った俺がバカだったよ!!」

 

 光輝はその言葉に応えることなく学校を後にする。ただ怒りのままに。それが正しいことだと信じて。夕日に照らされたその姿は怒りに身を焼かれたかのようであった。

 

 

 

「光輝、どうしたの? 今日は特に機嫌が悪いみたいだけど」

 

 ここ最近どうも様子のおかしい光輝を見ていた母の天之河美耶は今日もまた食事前に彼の部屋を訪れようとした。光輝の様子がおかしくなってからは下の子の美月は兄がいる間はあまりしゃべらなくなったし、夫の聖治もどう声をかけてよいかわからず困っている様子であった。このままでは遠からずよからぬことが起きると思った美耶がこうして行動に出た次第である。

 

 だが、何度ノックして声をかけても今日は返事がない。いつもならば三回もノックを繰り返せばぽつぽつと話してくれるのだが、今日ばかりはそういった様子がない。これは確実に何かあったと確信してドアノブをひねるも鍵がかかっており、下手に壊して入るのも不味いと思ってこうして声をかけ続けている。

 

「いつもみたいに言ってみなさいよ。母さんはそんなに頼れない?」

 

 何度目かもわからないノックと声かけ。父さんと美月も心配してるわよ、と言ってみても反応すらしてくれない。こうなったら不躾ではあるが、ここ最近迷惑をかけているらしい“恵里”という名前の子を探して親伝いに尋ねてみるしかないかと考えているとようやく光輝が反応した。

 

「――うした」

 

「……? どうしたの。何があったかちゃんと言ってくれない?」

 

「龍太郎も悪いヤツだったんだ! 俺の味方だと思ってたのに! だから絶交したんだ!」

 

 幼稚園の頃から親しくしていた友達と縁を切ったことに美耶は驚く。事あるごとに彼のことを光輝は話しており、自慢の友達だと語っていたというのに。予感が的中してしまった。ちょっとした弾みで言ったことかもしれないが、きっとこのままでは光輝のためにならない。美耶は顔をしかめ、強く光輝の部屋のドアをノックする。

 

「光輝、何があったの! ちゃんと話しなさい! 今日も母さんが聞くから!」

 

 ただ清いだけを是とする光輝の正義感がきっと原因だろうと考え、もう成り行きを見守っているだけでは駄目だと直感した美耶は必死になってドアをノックする。いずれ清いだけではどうにもならない。濁りを受け入れることも重要だと思ってあまりこちらから矯正しないようにしていたことを後悔しつつ、必死になって呼びかける。

 

「アイツは俺を止めたんだよ! 恵里はあんなヤツなんかといっしょにいるべきじゃない! 俺がやっつけて、恵里を取り戻すんだ!」

 

 その叫びを聞いて美耶はノックを止めた――今の光輝は絶対に止めなければならない。誰かが光輝のやらかしに巻き込まれる前に殴ってでも止めねばならないのだと理解した。一度大きく息を吐き、眼前のドアを美耶は見据える。

 

「――いい加減にしろこの馬鹿息子がぁ!」

 

「ひっ!?」

 

 そして何のためらいもなくドアを蹴飛ばした。再度大きく息を吐き、光輝の部屋に板切れがめり込んでいることを確認すると、ベッドの上で震え上がっている光輝に向けて一喝する。

 

「か、母さん……?」

 

「今のあんたからはろくでなしと同類の匂いしかしない……自分を正当化して、自分のエゴを通そうとするような奴らとね。流石に母さんもそれは許せないよ」

 

 自分の母が気が強いのは光輝も理解していた。そして度量の深さも持ち合わせていると。

 

 そんな母がここまでキレたのを見たのは光輝も初めてであった。故に怯え、困惑している。自分は間違ったことはしてないはずなのに。昨日まではちゃんと話を聞いてくれて何か言ったぐらいだったのに。どうしてなんだと思いながら後ずさる。

 

「あんた、恵里って子とそんなに親しくはないはずよね? お願いされた訳でもないのに、あんたがただ困っているかもしれないって思いこみだけで何度もつきまとわれたあの子の気持ちは考えた事あるの?」

 

「だ、だって本当に困ってると思ったんだ! 恵里だって一人でいるよりは俺といた方がいいと思ったし、それに恵里が探しているヤツだって、恵里を一人にさせてるんだから絶対悪いヤツじゃ――」

 

「こんの馬鹿!」

 

 勢いよくげんこつを叩き込み、光輝をベッドに沈める。思った以上に重症な様子に美耶は一度額に手を当ててため息を吐くと、かがんで視線の高さを光輝に合わせた。

 

「まったく……今のあんたを見たら祖父さんも嘆くだろうさ。全く」

 

「じ、じいちゃんは関係ないだろ、母さん……!」

 

 頭をさすりながら恨めし気に光輝は美耶を見てくるが、美耶はそんな光輝を見て鼻を鳴らすだけである。

 

「関係あるさ。今のあんたは正しさと独りよがりなのをはき違えてる……そうならないようにあんたを正せなかった、正そうとしなかった私が言えた義理じゃないけどね」

 

「だ、だったら母さんが俺に説教するなんて……!」

 

「言葉尻を捕らえて都合よく解釈するんじゃない!――ねぇ光輝。あんた、祖父さんの仕事のことはわかるだろう?」

 

 光輝がどうにか反論しようとしてもキッとにらんで有無を言わせない。下手に道理に沿ってあれこれするよりも、多少不条理であっても今の光輝をどうにかする方がいいと結論を下したからだ。

 

「う、うん。弁護士は、悪いことをした人や悪くないのにつかまった人のために裁ばん所でたたかう人だよ」

 

「まぁ間違っちゃいないね。じゃあそういう人達のために普段弁護士はどうしてるかはわかる?」

 

 美耶から問いかけと強い眼差しを受けた光輝は祖父から聞いた話を思い出し、そこから自分なりに考えた答えを出す。

 

「えっと、つかまった人の話を聞いて、本当かどうかたしかめる……はず」

 

 その答えに満足したのか美耶はそれに深くうなづき、新たに光輝に問いかけた。本当かどうか確かめるにはどうするんだ、と。

 

「いろんなところを調べて、本当に正しいかをたしかめる。たしかお祖父さんはそう言ってた」

 

「うん、そこまでわかってるなら話は早い。じゃあ正しいかどうか確かめる時、祖父さんは何を心掛けてたかわかるかい?」

 

 それに反応しようとした時、光輝の心が大きくざわめいた。思い込みを捨て、怒りや悲しみに囚われないように心を落ち着かせて一つ一つ調べるんだ、と祖父の完治は語っていたからだ。

 

 つまり今のお前はそうではないと暗に言われたことを察し、自分が間違えたことへの恐れや驚愕、自身が間違いを犯したことを指摘されたことへの逆恨み、怒りが出てきた。

 

「ち、違う! お、俺はまちがってなんかいない!! アイツが、全部アイツが悪いんだ!」

 

 頭の中がぐちゃぐちゃになったが故の悪あがき。必死になって叫ぶ光輝に対し、美耶は深くため息を吐く。息子をこんな風にしてしまったことへの自嘲。どうして汚い部分も見せてやらなかったんだと祖父への見当違いの怒り。そして息子を止めてやらねば、思いを受け止めてやらねばという親としての責任。うつむいた顔を上げ、今一度美耶は光輝を見据える。

 

「……自分が嫌になるね。大切なものを壊してしまう前に、あんたと一度向き合わなきゃならなかった」

 

「どうして、どうしてなんだよ! 俺はただしくて、まちがってなんかなくて、どうして、どうして!!」

 

 感情のうねりに翻弄された光輝が掴みかかってくるも美耶はそれをいなし、両腕を握ってキッと光輝を見る。もう逃げない、逃がさないとばかりに真っ向から正視して目をそらさない。

 

「ぶつけてきな。私は絶対に逃げないから。これが親の責任だからね」

 

「どうして、どうして、う、うぅ……うわぁぁぁぁああぁぁあぁぁあぁぁあぁ!」

 

 がなり立てる光輝の目からあふれる涙、嗚咽を受けながら美耶は思う。これで良かったのか。光輝がまた間違えたりしないだろうかと。だがそんな迷いをかぶりと共に振り切り、弱々しく泣くだけになった愛息子を胸に抱く。

 

 また間違えたのならば止めて見せる。最悪、昔お世話になったあの人に光輝を正してもらう。この子のためならばなんだってやってやると美耶はキッと目を細めたのであった。

 

 

 

 

 

「母さんが言いたいことはわかっただろ?」

 

「……うん」

 

 光輝のかんしゃくが収まり、改めて先ほどの問いかけをしてみると幾ばくかの間を置いて答えてくれた。

 

「……思いこみをすてて、心をおちつかせて一つ一つにむきあう。俺は、それができてなかった」

 

「そうだね。私も聞いたときはそんな感じだった。じゃあ次。あんたが恵里にやったことを今一度私に言ってみな」

 

 祖父の教えを自分なりにかみ砕いたものを光輝は答えるが、美耶から投げかけられた質問に思わず苦虫をかんだような表情になった。

 

「……恵里がいい、って言ってもつきまとった。俺のことを見て、ほしかったから」

 

 こうして冷静になって考えれば自分がどれだけ彼女に迷惑をかけたのかを光輝は痛感する。きっと怖かっただろうし、辛かっただろう。それを思うと光輝は自分のやったことに恐怖し、顔を青ざめさせた。

 

「あの子もきっと嫌だっただろうし、怖かっただろうさ。それはちゃんと理解できたね?」

 

 そう問いかけると光輝もうなづき、美耶は次の質問をする。

 

「龍太郎は? どうして絶交だなんて言ったか話してみな」

 

「恵里と話をしてた子を見つけて、それで頭の中がぐちゃぐちゃになって……それで、その子をやっつけようとしたら龍太郎に止められたんだ」

 

 美耶は軽く息を吐く。親としてちゃんと光輝と接してやれなかったのだろうということを改めて実感し、今度こそ親の務めを果たさなければと光輝を見る。

 

「そう。なら私があんたを叱ったりげんこつを落としたのもわかるね?」

 

「うん。俺が……俺を止めようとしてくれた龍太郎を悪く言ったから」

 

「そこまでわかってるなら、もうやらなきゃならないことはわかってるね?」

 

「うん。二人に、あやまらなきゃ……」

 

 よし、と言って美耶は光輝の頭をわしゃわしゃと撫でまわす。こうして自分の過ちに気づけたのならば、今ここでつまづいてしまってもまた歩き出せると美耶は信じている。だって天之河光輝は自分たちの子供なのだから。親バカと言われればそれまでではあるが、幼い頃から色々とやってのけたのが光輝なのだ。絶対にやれると美耶は信じている。

 

 それに今ここで立ち上がれるようにならなければならないのだ。これから先、何度も壁にぶつかることがあるかもしれない。でもここで下手に手を取って立ち上がらせてしまっては、何かあった時に光輝は立ち上がれないかもしれない。それで苦しむのは光輝だ。

 

「よく言った。なら明日、二人に謝ってきな。こういうのはすぐやらなきゃいけないよ」

 

 だからこそ美耶は告げる。やってしまったことの責任はとらなければならない。少なくともこの程度なら光輝でも背負えるのだから。

 

「ゆるして、くれるかな……」

 

「そればかりはあの二人次第さ。許す許さないじゃない。まずはちゃんと謝ってわびるんだ」

 

 弱々しくもうん、と返す光輝の頭をわしゃわしゃとすると、美耶は光輝の手を取って立ち上がらせる。

 

「さ、父さんと美月にも謝ってきな。心配かけてごめんなさい、ってね」

 

「わかったよ……ごめん、母さん」

 

 ふふ、と笑って美耶は光輝と共に部屋を出ていく。この晩、ようやく天之河家はいつものにぎやかさを取り戻すことが出来たのだった。

 

 

 

 

 

 あくる日。重い気持ちで通学路を歩いていると、目の前に見知った顔があった。

 

「……お、おはよう。龍太郎」

 

 あいさつをしてみるものの、龍太郎からの返事はない。ここで自分がやったことを光輝は思い知った。ずっと昔から自分の後を追ってきて、何かあるとずっと自分といてくれた親友だったはずなのに。今の彼は何とも言えない表情で光輝を見るばかりである。

 

「き、昨日はごめん。俺が、俺がどうかしてた。だから、その……この通りだ!」

 

 そう言うやいなや、光輝は勢いよく頭を下げ、ただじっと龍太郎からの返事を待つ。もう龍太郎と友達として過ごせないかもしれない。それがあまりにも怖くて怖くて仕方がない。だが、母と約束したのだ。まずはちゃんと謝ってわびるのだ、と。許してもらえないかもしれない。もう関わることすら出来ないのかもしれない。それでもなお、光輝は一歩前に踏み込む。

 

 恐怖に、自分のしでかしたことの重さに押しつぶされそうになりながらも、光輝は目をつぶってただただ待つ。どれだけ待っただろうか。数秒? 数分? 何時間も経過しただろうか。ふと光輝の肩に誰かの手の感触が広がる。

 

「……俺はさ、光輝のことを前みたいに見れない気がする。中村のときみたいにお前がこわい顔をしてなにかやっちまいそうでよ。もうお前の後をついていくことはきっとできない」

 

 もう龍太郎とは友達としていられないだろうと光輝は思う。ずっと後をついてきてくれた彼がもうしないというのならば、それはきっと自分のことを嫌ったのだろう。そう結論づけてあきらめてしまおうとしたが、龍太郎は言葉を続けた。

 

「でもよ、俺だって悪いとは思ってるよ……友だちだったら、悪いことしたらなぐってでも止めないとダメだよな。おやじに言われてハッとしたよ」

 

 想像してなかった言葉に思わず顔を上げると、龍太郎はばつが悪そうに目をそらす。

 

「今まで俺がやってたのは金魚のフンだって言われちまったよ。ホント、そうだよな。お前がいくらすごいからってずっと後ろをついていくだけなんてよ、ダサいことしかしてなかったからさ……」

 

 気まずそうに、照れくさそうに龍太郎は言う。彼もまた親に諭されたのだ。友達が悪いことをしようとしたなら、してしまったのならば体を張って止めろと。目を覚まさせてやれと。ただ止めるだけじゃ、放っておくだけじゃきっと間違いを犯してしまうから。

 

「だからよ、その、なんだ……もうお前の後ろは歩かねぇ。お前といっしょだ。だから、な……俺がなにかやらかしたら言ってくれ。俺もお前がやらかしたらぜったい止めてやる、光輝」

 

 その言葉に光輝は涙が止まらなかった。邪魔者扱いしたのに、自分を何度も止めてくれたというのに悪し様に扱った自分を許してくれた。まだ友達で――いや、ちゃんと友達として居てくれると言ってくれたその暖かい言葉に。

 

「あーあー泣くなよぉ……俺も、おれもなきたくなっちまうじゃねぇかよぉ!」

 

 お互いに涙は止まらず、二人そろって往来で泣きじゃくる。人目もはばからず、抱き合ってむせび泣く。その結果二人そろって学校に遅刻することになってしまったが、二人とも後悔はなかった。

 

(恵里にもあやまらないと……許してくれなくても、やらなきゃ)

 

 ほんの少しだけ、大人の顔になった光輝は怖がりながらも前を向く。自分のやったことをちゃんと清算するために。その足取りは重いながらもしっかりとしていた。




2024/2/16 ちょっと加筆修正
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