あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

188 / 208
三日ギリなんでセーフにしてください!(土下座)
……では改めまして、読者の皆様への惜しみない感謝を。

おかげさまでUAも235684、お気に入り件数も1002件、しおりも500件、感想数も785件となりました。本当にありがとうございます。いやー、遂にお気に入り件数1000件オーバー。ここまで行くとは思わなんだでした。これもひとえに読者の皆様のおかげですね。

そしてAitoyukiさん、今回も拙作を再評価してくださり誠にありがとうございました。毎度毎度本当にありがとうございます。また筆を進める力をいただきました。

では今回の話を読むにあたっての注意点としてちょっと長め(約12000字程度)となっております。では上記に注意して本編をどうぞ。


百六話 その罪がもたらしたもの

「ねぇ、ハジメくん。すず……ボクは、わたしは、だれ?」

 

 夕日が窓から差し込む中、しぼるようにして出た恵里の問いかけが彼女の自室に響く。

 

「恵里は恵里だよ……僕の愛する人以外いない」

 

「私の親友だよ……それ以外絶対にないから」

 

 ハジメと鈴に抱きしめられ、涙をこらえながら出してくれた二人の答えに恵里は何の反応も示さない。ただ視界の中に彼らが入れることしかしていなかった。

 

「……ボク、お父さんとお母さんの大事な家族、ころしてた。家族のフリしてた」

 

 しばしハジメと鈴に抱きしめられていた恵里であったが、やんわりと二人をそっとどかす。そしてハジメ達を見ながら自分がやってしまったことをつぶやくが、二人が辛そうな顔をしたことにも恵里は気づかない。

 

「結局さ、『家族ごっこ』をしてただけ……おとうさんもおかあさんも、救ってなんていなかったんだ」

 

 吐き気がこみ上げ、頭がズキズキする。自分の罪深さを直に見て、口にしたことで一層胸が痛んでしまう。けれどもそれも仕方ない。だって自分は奪うことしかしてなかったのだから、とすさまじい自己嫌悪に恵里は苛まれていた。

 

「そんなの……っ!」

 

「あのときさ、お父さんに会いたいって思わなかったら……エヒトのいたところが崩れるときにそんなことかんがえなかったらこんな、こんなことなんて……っ」

 

 それもこれも前世で願ってしまったせいだと恵里は乾いた笑みを浮かべ、涙をあふれさせている。取り返しのつかないことをしてしまったと後悔し、体を震わせる。

 

「それでこうなるなんて誰もわかんないよ!」

 

「会いたいって願うのが悪いことなの! もう自分を苦しめないでよ恵里!!」

 

 ハジメと鈴に腕と手を掴まれ、体を揺さぶられながら恵里は説得を受ける。

 

「説明しても正則さんと幸さんが受け入れるかはわからない。けどっ!」

 

「正則さんと幸さんが許さないって決めた訳じゃ無いよ! そのことが頭から抜けてるってば!」

 

「そんなの……でも……」

 

 目を大きく見開きながらも必死に訴える二人を見て、胸にほんのわずかに温かいものが一瞬宿ったのを恵里は感じた。しかしそれも自身を苛む後悔と絶望にすぐに覆い隠されてしまい、恵里は自己嫌悪と共にただ首を横に振る。

 

「……やっぱり、ボクなんていなきゃよかったんだ」

 

「「恵里っ!!」」

 

 その果てに恵里は自己否定に走った。すぐにハジメと鈴が眉尻を上げながら自分の名前を呼んでくる。

 

 何故二人が怒り狂ったかも恵里は気づいていた。それもハジメ達が優しいからこんな自分をあわれんでくれるだけでしかない。恵里はそう思い込もうとし、自己否定に走った理由を挙げていく。

 

「ふたりも見たでしょ? この世界の『中村恵里』はさ、こうなる前のボクとも違うって……だったら、お父さんが死ぬようなことなんて、しなかったんじゃないかな」

 

 好物が違う。積み重ねた日々が違う。なら同じ道筋をたどる可能性だってそう高くはない。だから自分のやってきたことは無意味どころかいたずらに運命を狂わせただけでしかない。そう結論づけた恵里はまた自分の首を絞め、何もかもあきらめようとする。

 

「「――いい加減にしてよ!!」」

 

 だがハジメも鈴もそれを許してはくれなかった。腕と肩を掴む力が増し、痛みで軽く顔をしかめた恵里にまた思いをぶつけてきた。

 

「たとえそうだったとしても僕の運命は変わった! 少なくともここまで大きく変わることなんてなかった! 後悔なんてするもんか!」

 

「鈴だってそう! 恵里がハジメくんと鈴に手を伸ばしてくれたから今鈴達がここにいるの! それを認めてよ! 恵里のわからずや!!」

 

 今自分達がいるのは恵里がいてくれから、そしてそれを後悔なんてしていないとハジメと鈴は訴えてきたのである。二人のどこまでも真摯な言葉に恵里はほんのわずかに口元を緩ませるも、それでも恵里は二人を突き放そうと言葉を紡ごうとする。

 

「でも、でもっ!……ふたりもボクの前世の記憶みたでしょ? ハジメくんも、すずも、ボクがなにもしなかったらここまで、ここまでくるしまなくてよか、よかったかも、しれないんだよ?」

 

 それは『もしも』の可能性。何もせずにいれば前世のような道をたどり、どうにかなったかもしれないということをだ。ハジメと鈴と一緒に積み重ねてきた過去を否定したせいでひどい吐き気に襲われたがそれでも恵里は無理矢理言葉を出す。

 

「しずくも、しゅうぞうさんもきりのさんも、アレーティアだって、こんなことにならなかったよ。そう、でしょ?」

 

 少なくとも実害が出てはいるのだ。前世の記憶では鷲三も霧乃もいなかった。ならば雫があんな目に遭うことなんて絶対に無かった。アレーティアだって合流した直後の性格のままで自己不信に陥っている様子なんてなかった。

 

 だからこそ恵里は震える。自分が余計なことなんてしなければ誰も苦しむ未来なんて存在しなかったのではと『可能性』に怯えてしまっていた。

 

「そんなの……だからって」

 

「――恵里のばかっ!!!」

 

 ハジメは苦しげな表情をしながら顔を伏せている。愛する彼なら自分の言いたいことをちゃんと受け止めてくれると恵里は信じていた。だからきっと鈴も、と彼女の方を向こうとしたその瞬間、彼女の罵声が耳に飛び込んできたのに恵里はひどく驚いてしまう。

 

「……ぇ? なん、で……?」

 

「ハジメくんだってそうだよ! なんで恵里のこんな言葉なんか聞いちゃうの!!」

 

 鼻をぐすぐすと鳴らしながらハジメまでののしる鈴に、恵里は思わず圧倒されてしまう。どうして、なんで、と鈴が怒り狂う理由が浮かばずただただ困惑してしまっていた。だが鈴は攻め手を緩めることはしてくれなかった。

 

「じゃあ!……じゃあ鈴が、鈴がハジメくんの一番になってもいいんでしょ?」

 

「「……は?」」

 

 あまりに唐突でむちゃくちゃな問いかけに恵里はハジメと共に間抜けな声を出すことしか出来なかった。そのことにわずかな怒りを恵里は抱くも、どうしてここで? と疑問が真っ先に彼女の頭を占める。

 

「いや、なんで、何言ってるの鈴……」

 

「鈴、その、いい加減なこと言うんだったら僕だって怒るよ」

 

「ハジメくんは黙ってて……恵里が愛したのは()()()()のハジメくんなんでしょ?」

 

 ハジメと一緒に困惑しながら尋ねれば、またしても意味のわからない言葉がカッ飛んでくる。それも涙と鼻水を垂らして半笑いを鈴が浮かべながらだ。

 

「……は?」

 

 あの傍若無人なヤツに惚れた? 誰彼構わず自分の女にするような男なんかに自分の何もかも捧げたいと思った? 全てを受け入れてほしいと思った?――それらをまとめて否定すると同時に頭に血が上った恵里は鈴に掴みかかった。

 

「ふざ……ふっざけんなぁぁあぁぁ!! あんなクソ野郎とハジメくんを一緒にするな!」

 

「っ……じゃあどう違うの! あんなハーレム作って自分の強さに酔ってそうな人を愛した訳じゃないんでしょ!」

 

「アイツはただの化け物で、ハジメくんはボクの太陽だ!!」

 

 怒りのままに鈴の体を揺らして否定すれば、鈴も何がどう違うのかと言い返してくる。だから恵里はすぐにその理由をつらつらと語っていく。

 

「あんなのなんてただの駒だ! ボクの夢のために使うだけのヤツだよ! でもハジメくんは違う!」

 

 前世のハジメ(化け物)は今の恵里にとっても『手元に置いておきたい戦力』以上のものにはならない。だがハジメだけは違う。彼の存在は別格だと恵里は鈴に自分の思いを叩きつけていく。

 

「ハジメくんがいなかったら明日が待ち遠しくなんてならなかった! ハジメくんと過ごす毎日が全部愛おしくて、一緒にいられる時間がずっとずっと欲しくて! どれだけ辛くってもハジメくんがいてくれるなら何にだって耐えられた!」

 

 出会った当初は『後々切るカードの一枚』でしかなかった。だが今の彼は自分の未来も過去も捧げても惜しくもなんともない存在であり、『自分の存在意義』と言っても差し支えないほどに恵里の中で大きくなってしまっていた。そのことを恵里は赤裸々に語る。

 

「だから、だから……ハジメくんはいらなくなんて、ないよ。イヤだ。いなきゃいきていけないよ……」

 

 そして気炎を上げながら吐いていた恵里の言葉は勢いを失い、次第に湿り気が増えていく。鈴の体を掴む手も緩み、ほんのわずかにしわを作る程度にしか力が入らなくなっていた。

 

「……そっか。じゃあさ、この世界の正則さんと幸さんは?」

 

 恵里が言葉を詰まらせた辺りで鈴は顔をうつむかせる。前髪も垂れて顔が見えなくなった彼女が、ぐすぐすと鼻を鳴らしながらまた新たな問いかけを口にしてきた。

 

「それ、は……」

 

「恵里の元々の家族は向こうの世界の方、でしょ。じゃあこっちの世界の二人はどう思ってるの」

 

 その言葉に恵里はすぐに答えられなかった。だが湿った声で鈴に再度問われ、恵里は胸がズキリと痛む感覚に襲われる。遠回しにこちらの世界の両親は『別人』だと言われた気がし、またそれをすぐに否定することも出来なかったからだ。

 

「鈴、流石に今のはちょっと僕も怒るよ!」

 

「わか、ってるよぉ! でも、恵里が、恵里が……っ」

 

「……こっちの世界でもお父さんとお母さんだよ!」

 

 けれどもハジメが自分の代わりに怒ってくれたことで少しだけ心が軽くなった気がした。鈴が今にも泣きそうになりながらもハジメに反論したことで鈴の思いがわかった気がした。だから恵里は一歩踏み出す。自分の()()をどう思っているかを大きな声で伝えていく。

 

「ボクの正体を知っていなかったとしてもちゃんと見てくれた。ちゃんと向き合って愛してくれた! お父さんもお母さんもだ!」

 

 毎日の夕食の時の団らんが、ハジメ達の家族と一緒に旅行に行く時にいつも見守ってくれているのが、運動会などの学校行事に一緒に声をかけてくれたりコメントしてくれる二人が、幾つもの両親の姿が脳裏を駆け巡る中、恵里は正則と幸への思いを口にする。

 

「もしかするとボクのことを心配してるかもしれない。早く帰って安心させてあげたい……でも、どう謝ればいいかわかんないよ」

 

 元の世界の父と同じ、むしろそれ以上に大切で失いたくない存在にいつの間にかなっていたことを感じながら。一人の家族としてすぐにでも安心させたいと思いつつも、自分が違う世界からやって来たことを思い、恵里は再度涙を流す。

 

「結局ボクは家族じゃなかった……でも、お父さんとお母さんにきらわれたくない。かぞくだっていってほしい。ばけものなんて、いわれたくないよぉ……」

 

 軽くうつむき、声を震わせて鼻水を垂らしながら恵里は自身の恐れを口にする。拒絶され、化け物扱いされることへの恐怖もだ。うつむきながらそうつぶやけば、恵里は鈴に両肩を掴まれてしまう。

 

「そっか……だったら鈴は?」

 

「……えっ?」

 

「鈴はどうなの! あっちの鈴が本物なんでしょ! 鈴は、()はどうなの!」

 

 顔を上げ、真っ赤に泣きはらした鈴に恵里は見つめられる。そして鼻水をすすって声を荒げながら鈴は尋ねてくる。恵里も鼻水をすすり、彼女の体を緩く掴んでいた手に力をこめた。

 

「どっちの鈴も大切で、比べられる訳ないでしょ!」

 

 滂沱の涙を流し、鼻水も垂らして顔を真っ赤にしながら恵里は叫ぶ。

 

「元の世界の鈴ならボクの過去を全部明かしたいって思ってる! 鈴だけになら全部打ち明けられる!」

 

 嘘偽りのない本当の気持ちを、ちゃんと親友でありたかったと思えた少女への思いを。

 

「どれだけ馬鹿にしたって、あしらったって、殺そうとしたって鈴はボクに、()に何度も手を伸ばしてくれた! 裏切り者の、最低のクズ女なんかに親友だって言い続けてくれたんだ!」

 

 妄執のままに他人を欺き、傷つけ、殺した自分に最後までやり直そうと、寄り添おうとしてくれた彼女への思いを恵里はハジメと鈴にぶつける。

 

「自殺しようとしてた時に出会えてたのが鈴だったら、って思ったことだってあった!……でも、だからって、目の前の親友を捨てられるわけがないでしょ!!」

 

 続けてこの世界で親友となった少女への思いもだ。恵里は鈴の両肩を掴み、しゃくりあげながらも鈴に伝えていく。

 

「え、り……」

 

「そっちだって私の全部を受け止めてくれたでしょ! ずっと一緒にいてくれたでしょ! それに、それに……ボクの友達に、親友になりたかった鈴じゃなくても、ずっといてくれた鈴がいらないなんて、ないよ……むだなんかじゃないよぉ……やだ、やだぁ……」

 

 すすり泣きながら自分の名前を呼んだ鈴に、恵里は生の感情をぶつけ続けた。だがその勢いも次第に弱まり、鈴の両肩を掴む手の力も抜けてそのままぺたりと腰を落とす。最後は首を横に振りながらつぶやくばかりであった。

 

「恵里……ごめん。ごめんね。恵里のこと傷つけて……」

 

「おねがい、ふたりとも……いなく、ならないで。わたしのこと、すてないで」

 

「恵里も鈴もごめんね……僕がちゃんと言うべきだった。どんな過去があっても恵里への愛は変わらないって。ずっと味方だって」

 

 ぐすぐすと鼻を鳴らすハジメと鈴に抱きしめられたまま、恵里は二人にすがりつく。悪いことをしたせいで親に叱られることに怯える子供のように。部屋の外から時折注がれる幾つもの視線に気づかぬまま、二人の体温を感じ取ろうとその背に手を回して。

 

「……ハジメくん、鈴。やっぱり、怖いよ」

 

 そうしてしばし三人で泣きじゃくった後、恵里はうつむきながらぽつりとつぶやく。

 

「何が怖いの、恵里」

 

「言って。僕と鈴なら何でも受け止めるから」

 

 二人は優しく声をかけてくる。恵里もかすかに体を震わせながら顔を上げ、目元を真っ赤にしながらも微笑む二人に思いを打ち明けた。

 

「ボクのせいで『中村恵里』が死んじゃったから……お父さんとお母さんに何を言われるか、わかんないから」

 

 その言葉と共にまた力強く恵里は抱きしめられる。二人の体温を感じる。二人()自分を受け入れてくれる。そのことに心強さを覚えたものの、それでもずっと湧き出してくる恐怖に恵里はまだ怯えていた。

 

「何度も言ったでしょ。恵里のせいじゃないって」

 

「わかってるよ……でも、人を殺して、ここまで怖くなったことなんてお父さんの時しかなかったもん」

 

 ――前世でトータスに転移した後、恵里は光輝を自分のものにするためにひたすらに降霊術を鍛えた。そのために無数の命を奪い続けた。

 

 獣を殺した。メイドを殺した。騎士団の人間だって殺した。クラスメイトの命だって奪った。けれども罪悪感なんてわずかも抱くことなんて恵里にはなかった。

 

「頭が割れそうで、ぐちゃぐちゃで、どうすればいいのかわかんない。どうすれば許してもらえるかもわからない……わからないよぉ」

 

 だがこの世界の中村恵里の存在を殺した、自分の魂で上書きしてしまったと気づいた時だけは違った。はしゃいだ自分のせいで正則が死んでしまった時のように、頭をガツンと殴られたような心地で吐き気が今もこみ上げてくる。

 

「こわいよ。くるしいよ。つらいよ。どうすればいいの」

 

 今一度恵里の目はうつろになり、息が荒くなって顔も青ざめていく。自分の罪を自覚してその重さにつぶされそうになった少女は幼馴染みの二人に救いを求める。

 

「……その苦しみは恵里が正則さんと幸さんを大事に思う気持ちだよ」

 

「うん。それを二人に伝えようよ。私とハジメくんがいるから」

 

 そして二人は微笑みを浮かべたまま彼女の顔に手を伸ばしてくる。あふれた涙をぬぐってくれ、魔法をかけたかのように心に染み渡る言葉をかけてくれた。

 

「ほん、とう……?」

 

「うん。恵里のおかげで出会えた僕も鈴も出会えた。皆ともね。だから、やらせてよ」

 

「もちろん。親友の頼みだもん。イヤって言うほど私だって意地悪じゃないよ」

 

 なんのためらいもなくハジメも鈴も力になると言ってくれた。それだけでうつろになっていた恵里の瞳に光が戻っていく。また鼻をすすり、しゃくり上げ、恵里はただ黙って二人に抱きついた。

 

「ありがとぉ……ありがとうハジメくん、すずぅ……!」

 

 まだ恐怖は恵里の胸にこびりついている。だが最愛の人、最高の親友(ライバル)への感謝の念がそれに負けないほどにあふれだし、彼女の頭の中を満たしていく。

 

「ボク、ボク……ふたりにあえてよかった……!」

 

「僕も。愛したのが君でよかった」

 

「私も。鈴の張り合う相手が恵里でよかった」

 

 ハジメの甘いささやきが、鈴の憎まれ口がひどく心地よくて一層恵里の目から涙があふれる。もう恵里は己を否定しようと思えなくなった。辛さも苦しさも消えてないものの、それでも自分がいなければよいと思うことはしなくなったのである。

 

「ボク、いきたい……! このせかいでいきていたい……っ!」

 

 代わりに出てきたのは『生きたい』という強い願望。この世界の『中村恵里』として生きたいという思いであった。

 

「当たり前だよ! 恵里なしで僕は生きていけないんだから!」

 

「ホントそうだよ。ハジメくんが恵里なしじゃダメになった責任、ちゃんととらないとね」

 

「うん……うんっ!」

 

 愛する両親に拒絶されるかもしれない。娘じゃないと言われるかもしれない。それでも恵里はどんな自分であっても手を差し伸べてくれる二人がいるなら、怖くても進んでいけると思えるようになった。生きていけると思えたのである。

 

「おとうさん、おかあさん……ボク、ううん。私、絶対戻るから!」

 

 一緒に泣き笑いを浮かべながら恵里は決意を口にする。たとえ家族であることを否定されるとしても、化け物だ悪魔だとののしられるとしても、もう一度二人のいる地球に戻ると。世界の迷子であった少女は今一度、帰るべき場所を定めたのであった……。

 

 

 

 

 

「皆、待たせてごめんね。ちょっと長引いちゃって……」

 

「ごめんなさい。ちゃんと説明するから」

 

 しばし自室で涙を流し続けていた三人は、もう陽が沈んだのを見て慌てて食堂へと駆け込んだ。光輝ら親しい友人達に愛子、鷲三、霧乃にアレーティアら仲間達はまだ残っていた。だが全員既に食事を済ませてたのかテーブルの上にはコップやピッチャーぐらいしかない上、どこか暗い雰囲気を漂わせていたのである。

 

「……まぁ、ハジメ達が何の連絡もなかったことを考えれば何かあったのはわかるよ」

 

「理解が早くて助かるよ光輝君……まず最初に言っとくよ。アレーティアは何も悪くないから」

 

 食堂に入った途端に皆から心配そうな目で見つめられてしまい、恵里はハジメと鈴と顔を合わせて引きつった笑みを互いに浮かべた。そこで恵里達は食事は後回しにして皆に説明しようとする。ハジメと鈴は皆への謝罪を、そして恵里はアレーティアの説得にかかった。

 

「え、えっと……や、やっぱり私、な、何か取り返しのつか――」

 

「してない。いいね?」

 

「アッハイ」

 

 理由はアレーティアが自分の魂を治療した時のことだ。自分の魂と『こちらの世界の中村恵里』の魂を一つにしたことを思いっきり気に病むと考えたからである。案の定匂わせた程度ですぐに察してきたため、恵里は“威圧”で隣の大介を含めて圧をかけて黙らせた。

 

「アレーティアさん、檜山君ごめんね……それと雫。あと浩介君も。見たでしょ」

 

「ごめんなさいっ!!……その、いつまで経っても鈴達が来なかったから」

 

「ホントごめん……何かあったかも、って心配して」

 

 なお食堂に入った際、雫と浩介がひどく申し訳なさそうに目をそらしたことから見たかもしれないと恵里もアタリをつけていた。鈴が問いかければ案の定であり、顔を青くして目をそらしたものの恵里は雫と浩介をとがめる気持ちにはなれなかった。

 

「ま、待ってくれ! ハジメ達が来なくて心配したのは俺もだし、雫にその、目配せしたのも俺だから……」

 

「はいはい光輝君は頭上げて。別にそのことであーだこーだ言う気なんてないから。むしろこっちが謝らないといけないだろうし」

 

 雫と浩介が謝罪するなり光輝も席を立ってすぐさま頭を下げてきた。それも腰を直角に曲げてだ。光輝が嘘をつくことなんてめったに無いし、全然頭を上げようとしない辺り本気で謝ろうとしているのが恵里もわかった。だからすぐに頭を上げるよう声をかけ、食堂にいる皆を見渡しながら話す。

 

「ねぇ恵里、それって……」

 

「うん。雫と浩介君が聞いてたこと。檜山君はアレーティアのお守りしといて。じゃ、言うよ――」

 

 雫がおそるおそるといった様子で尋ねてきたため、恵里も軽くうなずいた。そして話を聞いて発狂するであろうアレーティア対策を大介に丸投げし、光輝達に語っていく。

 

「……つまり、ボクは別の世界の亡霊みたいなものだよ。まぁその、皆、だましててゴメ――」

 

「恵里ちゃんの馬鹿っ!!」

 

 自分達が見た記憶のこと、映像のブレ、それらから導かれる自分の正体が『平行世界の魂が取り付いた人間』だということを恵里は語る。最後に軽く自嘲気味に自分の存在を再度語れば、両脇にいたハジメと鈴から痛い視線を向けられただけでなく香織の罵声までも飛んできた。

 

「……うん。本当に馬鹿だよ。気づかなかったとはいえさ、皆を――」

 

「違うよ!! 恵里ちゃんは恵里ちゃんでしょ! 私の親友を馬鹿にしないでっ!!」

 

 結果的にだましてたことを踏まえれば怒るのも当然だろうと考え、恵里は甘んじて香織のののしりを受けようとする。だが続く彼女の言葉に思わず目が点になってしまう。

 

「かお、り? 龍太郎君も?」

 

「亡霊とか別世界の恵里ちゃんが憑依したとかそんなのどうでもいいよ! 私の知ってる恵里ちゃんは一人しかいないから!!」

 

 しかも怒り肩で龍太郎と一緒にずかずかとこちらへとやってくるものだから恵里は一層困惑する。そして自分の真ん前までやってきた香織は、ハジメにも鈴にも止められることなくこちらの両肩を掴んで思いっきり揺さぶってきた。

 

「ちょ、ちょっと!? き、キレるとこそこ!? 今までだましてたとかそういうのじゃなくて!?」

 

「だましてなんてないよ! ずっと恵里ちゃんは恵里ちゃんだもん!」

 

 そんなところにキレるかと思いながらハジメと鈴を見れば、二人もうんうんとうなずくせいで恵里は一層困惑してしまう。

 

「い、いや、でも……」

 

「ハジメ君が好きで好きで仕方なくて鈴ちゃんといつもハジメ君のことで取り合って、正則さんと幸さんが大好きな恵里ちゃんなのは変わらないんでしょ! じゃあ何も嘘なんてついてない! ねっ!!」

 

 しかも言うことはわかるし真相を知ってなおブレずに自分の存在を認めてくれるのは嬉しいものの、めちゃくちゃな理屈を香織が一気に並べ立ててきたのだ。そのせいで恵里は頭の中がぐっちゃぐちゃになってしまった。

 

「いやそれはそうだけど……龍太郎君!」

 

「こればっかは香織の言う通りだな……ったく、俺らがそんなに信用ねぇのか?」

 

 香織の後ろに立っていた龍太郎に助けを求めたものの、腰に手を当てて心底呆れた様子で見返してきた上に香織の味方をしてきたため、恵里はがっくりとうなだれて軽く絶望してしまう。そこで他の皆はどう思ってるのかと考えた恵里はおずおずと顔を上げ、食堂を見渡す。

 

「うわー傷ついたわー。中村が俺らのこと信用してくれねーとかねーわー」

 

「マジそれなー。これは明日からの飯のおかず一品増やしてくれねーと悲しいわー」

 

「礼一も良樹も心にも無いことをよく言えるよなー。あ、中村ー。王国のイメージアップに使えそうな悪知恵出してくれよ。それで俺はチャラにしてやる」

 

 へらへらと笑いながら礼一、良樹、信治が恵里を見つめ返していた。彼らの顔に一切の怒りは見えず、やれやれと少し呆れた表情を浮かべていただけであった。

 

「中村恵里。あなたの言った言葉の意味はわかりかねますが、誰もショックを受けている様子はないように見えます」

 

「全くだな。貴様が偽者だろうが幽霊だろうが関係などない。互いに利用し合う関係だろう?」

 

「フリード、お前も大概素直じゃないな……恵里、お前が何者だろうが関係ない。俺やハジメ達の背中から切りつけるような奴じゃないのはわかっているからな」

 

 軽く首をかしげながらアンファンが告げ、腕を組んで目をつむったままフリードが答える。メルドもフリードを見て苦笑いを浮かべた後、恵里の方を見てニヒルな笑みを浮かべた。

 

「エリ、アンタが今更どんなヤツだって関係ないわ。カオが言った通りよ」

 

「そうだよ。恵里っちが私達を裏切るなんてしない、ってのはわかってるもん」

 

「うんうん。ハジメ君と鈴と家族が大好きなまんまだもんね~」

 

 優花、奈々、妙子も口元にほのかな笑みを浮かべながら信用していることを伝えてくる。

 

「聞かせてくれ、恵里。恵里は鈴やハジメ、家族への愛が薄れた訳じゃ無いんだろう?」

 

「……当たり前でしょ」

 

「なら俺も皆と変わらないよ。俺の幼馴染みで親友さ。それだけだよ」

 

 光輝から投げかけられた質問に軽く頬を染めながら恵里はやや気まずそうに答える。すると彼も軽くはにかみながら思いを打ち明けてきた。

 

「恵里。私だって光輝と同じ……ううん。恵里のおかげで光輝と出会えたもの。それを思うと文句なんて言えないわ」

 

 光輝の右腕に両腕を絡めながら雫も思いを伝えてきた。一瞬だけ口元をきゅっと結んだことからきっと操られた鷲三と霧乃にやられたことを思い出したのだろうと恵里は察する。だが雫が口に出さずに飲み込んだことから恵里もあえて口にはせずただうなずく。

 

「そういう意味じゃ俺だってそうさ。全部手放しで喜べねぇけど好きな奴が出来たんだしな」

 

「私もですよ恵里さん。恵里さんのおかげで良樹さんが隣にいてくれますから」

 

「……俺も。その、ラナさんと出会えなかったかもしれないから」

 

 雫に続いて幸利が、シアが、浩介が感謝の言葉を向けてきたことで恵里はきょとんとしてしまう。割と好き勝手に、それにエヒトの対応に後手後手になったことを考えれば嫌みの一つも来てもおかしくないとは恵里は考えていたからだ。

 

 だが感謝の情や自分を受け入れてくれる皆を見て、恵里はどういうことかと軽くパニックを起こす。

 

「……正直、複雑だな。後悔も感謝も切り離せん。しかし逆恨みだけは絶対に出来んな」

 

「取り返しのつかないことをしてしまいましたものね……でも恵里さん。あなたがいなかったら私もお義父さんも不安を抱えながら地球で過ごさなければいけなかったわ」

 

「私もですね……中村さん、あなたが誰かを傷つけることにためらいがないなら私が立ちはだかります。けど、そうでないなら私はあなたの味方です」

 

 次いでかけられた鷲三に霧乃、愛子の言葉にも恵里は戸惑いを隠せずにいた。この三人は自分が動かなければこんな悲惨な目に遭うことがなかったはずの面々だ。にも関わらず恨み言を口にしなかったことに驚き、恵里はキョロキョロと周りを見る。

 

「恵里、ちゃんと見て。これが恵里がやったことだよ」

 

「ハジメくんや皆の言う通りだよ――恵里がいたからここに皆がいるんだよ。ちゃんと受け止めて」

 

 だが多くが生暖かい視線を送るばかりであり、内心パニックを引き起こしていたところにハジメと鈴の言葉が両の鼓膜を優しく揺らす。それでようやく恵里も受け止めることが出来た。

 

「……そっか。そう、なんだ」

 

 結果的にだましてたことも、自分のせいで違う運命をたどってしまったことにも誰も文句を言おうとしない。ただ、自分を受け入れてくれたということを。それだけでここまで頑張ってきた甲斐があった気がして、恵里の瞳がうるんでしまう。

 

「おーい中村ぁ! いい加減頼む! アレーティアに何言ってもどうにもなんねぇ!!」

 

「はい恵里ちゃん。行こっ。アレーティアさんのところへ」

 

 そうして感慨深いものを感じていた恵里の耳に大介の情けない悲鳴が入る。やっぱり無理だったかと思っていると香織に手を引かれてしまい、されるがままにアレーティアの座る席の前へと連れていかれる。

 

「ご、ごめ、ごめんなさい……わ、私、やっぱり取り返しのつかないことを……」

 

「ホントもうアレーティアはさぁ……ありがと」

 

 両手で頭を抱え、怯えた様子で縮こまるアレーティアを見て恵里はひどく大きなため息を吐いた。心に大きな傷を抱えてるのも、それが過去のやらかしから来ているのも知っているが、いつまでも引きずりすぎだと思いながらも恵里はそっと彼女の左手をとる。

 

「……えっ」

 

「言ったでしょ。アレーティアは何も悪くないって。治さなかったらずっとエヒトに怯えないといけなかったし。それ以前にさ、ボクらの魂が重なってこの世界の『中村恵里』の意識が全然出なかったことを考えると混じったかなんかしてるよ。今更だよ今更ぁ~」

 

 今もびくびくしながらこちらを見上げるアレーティアに、恵里は困ったような笑みを浮かべながら彼女に何の責任もないことを、彼女のおかげで救われたことを伝える。するとアレーティアははらはらと涙を流し始めた。

 

「わたし、いいの……? ゆるして、くれるの?」

 

「当たり前だよ。ま、自分が許せないのならさ、ボクがお父さんとお母さんに本当のことを話す時に一緒に頭下げてよ。それでチャラにしてあげる」

 

「ながむらさん……ながむ゛らざぁ~ん!」

 

 しゃくり上げてきた彼女に恵里は再度許しの言葉をかけ、それでも震えるアレーティアに恵里は交換条件を持ち出す。その瞬間、アレーティアは涙声で恵里へと飛びつく。

 

「あーもうやめてよ……私も、キツくなっちゃうじゃん」

 

「ありがどぉ……ありがどうございまずぅ……」

 

 自分の胸に顔を埋めて泣くアレーティアを見て、恵里ももらい泣きしそうになってしまう。彼女が感謝の念を口にする毎に涙腺が緩んでしまいそうになる。誰にも拒絶されることなく、ただ受け止めてもらえたことへの喜びが爆発しそうになってしまう。

 

「恵里。恵里がやったことは無意味でもなんでもないよ」

 

「愛想を尽かしてるならとっくに皆いないよ。私もハジメくんもね」

 

「――ありがとう。ハジメくん、鈴! みんな!」

 

 後ろから抱きしめられたハジメ、鈴にこれまでたどった道筋が無意味でなかったと言われ、恵里は全員に大声で感謝を伝える。自分のこれまでの旅路に価値があったことを、これまでの頑張りが今を招いたことを噛みしめながら。

 

あまりありふれてない役者で世界逆行 ~百六話 その(たびじ)がもたらしたもの~ 了

 




いやーやっとここまで来ました。いつか書きたい早く書きたいと思ってた場所だったんです。

ちな昔は脳内でこの話展開してた時は「Don't Boo! ドンブラザーズ」が流れっぱなしでしたが、ここ最近水星の魔女見始めてからはYOASOBIさんの「祝福」が個人的にはドンピシャだなーと勝手に思ってたり。

あ、もちろんまだお話は続きます。だってまだトータスの旅は終わってませんからね(ニッコリ)


2025/3/18 ちょっと修正しました。

2025/11/17 またちょっと修正。

2025/12/26 またちょっと修正
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。