……コホン。では改めまして読者の皆様への盛大な感謝を。
おかげさまでUAも251827、お気に入り件数も1016件、しおりも521件、感想数も815件(2025/10/25 16:47現在)となりました。皆々様本当にありがとうございます。
そしてAitoyukiさん、また拙作を再評価してくださりありがとうございました。おかげでやる気が湧きました。
では今回の話を読むにあたっての注意点ですが、少し長め(約12000字)となっております。では上記に注意して本編をどうぞ。
「あ、恵里ぃ~。ここにいたんだぁ~」
天井付近から流れ落ちる滝の音に混じり、妙子の間延びした声が解放者の住処に響く。彼女の視線の先にはうずくまってひざを抱えた恵里がおり、妙子は声をかけるとおそるおそる彼女の下へと近づいていった。
「もう朝ご飯の時間だよ。早く行こうよぉ~」
そうして朝食に誘う体を装いつつ、妙子は声をかける――朝早くからハジメと鈴が“念話”をあわてて飛ばしてきたことに、恵里を探して欲しいと皆に頼み込んだことを悟られないように。
「……そう」
声をかけても恵里は振り向きもせずただ短くぽつりと返すだけ。
朝起きて髪の毛をとかしていた際に受けた“念話”でもハジメと鈴がどこか恵里の様子がおかしいというのは妙子も聞いている。この前の休みの時に何かあったと思いつつ、妙子は川岸に座り込んでいる恵里の隣に腰を下ろした。
「神結晶もひと周りおっきくなったねぇ~。これもハジメ君が作った“タイムクリスタル”のおかげだよねぇ~」
ひとまず恵里の反応を探るべく、妙子は近くに設置されていた神結晶量産化装置とその隣にあるバスケットボール大の水晶のことを話題に挙げる。この水晶みたいなものは四日前に完成したアーティファクトであり、『時間を引き延ばす』魔法の“刹破”が付与されたものだ。
「……うん」
「愛ちゃん達やクリスタベルさん達も喜んでたよねぇ。訓練に使える時間が増えたって」
「……うん」
魔力が続く限り、半径七メートル以内にある全ての物の時間の流れを四分の一に抑えてくれる。アレーティアが持てる魔力全てをつぎ込んでやっと一日動くという燃費の悪さではあるがその効果は折り紙付き。
元は自分達が少しでも寝る時間を増やすために作った代物は、神結晶作成や愛子達の訓練のためなどに複数作られ使われている。これのすごさを妙子は語ったものの、恵里の返事は相変わらず上の空のままであった。
(やっぱり変。恵里がハジメ君のことで喜ばないはずがないのに。もしかして、避けてる?)
いつもの恵里ならばハジメのことをほめればやたらと自慢げになるはず。付き合いの長い妙子はそうなると理解している。だが今の彼女は違うように見えた。まるでハジメ達と
「……良かったら、相談に乗るよ。鈴とか、は、ハジメ君ほど頼れるかわかんないけど」
朝にハジメ達が恵里を探すよう頼んだ際、何があったかを尋ねても歯切れの悪い返事しかなかったことを妙子は思い返す。どう考えても異常事態だと考えた妙子はやや声を上ずらせながらも恵里の方を向きながら声をかけた。
「……妙子に、かぁ」
「……だめぇ?」
「ま、いっか。妙子だったら
何秒か経ってから恵里が複雑そうな表情で妙子の方を向く。やっぱり無理だろうかと思いつつ妙子が問いかければ、一度上を向いてからまた妙子の方に向き直った。そしてどこかあきらめた様子でつぶやいたのを聞き、扱いが雑なことに内心イラッとしつつも妙子はホッと息を吐いた。
「鈴とハジメ君とさぁ~、何かあったんだよね」
「まぁね。別に面白くもないよ。あの日の夜にさ――」
鈴とハジメ絡みかと直接聞けば恵里は目を背けながらそれに答える。そして恵里の話を聞いて妙子は大きく目を見開いた。鈴とハジメが何もかもを捨ててでも恵里について行くという壮絶な覚悟に頭の中が真っ白になってしまう。
「……そっかぁ。二人とも、そこまで」
恵里が望むのであればあちらの世界に移住することもいとわない。二人がここまでの覚悟をしているのを知り、妙子はどうして恵里が心ここにあらずなのかも理解してしまう。二人がそうするであろうこともだ。
「うん……だからさ、妙子。ボク、どうすればいいのかな」
こちらでなく川の方に視線を向けながら恵里はつぶやく。だが妙子は何も言えず、ただゆっくりと顔をそらすしか出来なかった。どんな言葉が恵里の助けになるのか、なぐさめになるのかがわからなかったからだ。
(わかるよ。二人ならやるってことぐらい……でも、でもさぁ。どうして、そんなことが出来るの?)
だがそれと同じぐらい、二人がやろうとしていることに妙子はショックを受けていた。あまりに自分達のことばかりで、他の人のことをあの二人が何一つ考えてないであろうことにひどく失望したからだ。
(私達だって幼馴染みだよ? もう家族とも会えないんだよ? っていうか恵里は正則さんと幸さんのこと大好きなの知ってるでしょ? どうしてそんなひどいことできるの?)
湧き上がる疑問と震える体を抑えこもうと妙子は自分の体をかき抱き、うつむいてしまう。けれども自分に打ち明けてくれた恵里を無視できず、ひとまず妙子は二人への文句を口にしていく。
「とりあえず、私だったら正則さんと幸さんを捨てさせる気なの? って言うけどねぇ~……後は、ちょっと」
「……ありがとう、妙子。それとごめん」
文句だけを述べた後、妙子は顔を背けながら言葉をにごす。すると数秒ほど間を置いてから恵里が感謝の言葉を述べ、謝ってきたのである。おかげでわずかに気分は良くなったものの、どうしてもいたたまれなさは妙子の中から消えてくれない。これもそれも概念魔法のせいだ、と妙子は心の中でひとりつぶやいた。
(そういえば恵里、正則さんに会いたいってだけでこっちに来たんだよね。なら、概念魔法ならやれちゃうかぁ)
ミレディの言葉の通りなら何でも叶う一般的な魔法のイメージそのものだ。しかも隣の少女は特殊な条件とはいえ、魂だけの状態で、しかもその力すら使わずにこちらの世界にやって来たのだ。ならその力を使えば元いた世界に行くことすら可能だろう。そう妙子は自然と結論づけてしまう。
(会いたい、よね。でもやれないん、だよね?)
だからこそ恵里は思い悩んでいるのだと妙子は察する。
元いた世界の鈴には会いたい。だが概念魔法の力で恵里のいた平行世界に行けたとしてもそれっきりの可能性もある。むしろ鈴とハジメなら恵里のためにその世界に定住する選択をしかねない。そんなことをさせてしまえば二人の家族とも、そして自分達とも二度と会えなくなってしまう。
鈴とハジメなら定期的に恵里の両親と会わせるぐらいはするだろうが、そもそも恵里が家族と別れることを望んでないであろうことは彼女の声から嫌でも察せられる。だから迷ってしまっていると妙子は推測していた。
「ねぇ、どうすればいいのかな。妙子」
「どうしたら、いいんだろうね……」
恵里から問いかけられるも、妙子は水面に映る自分の落ち込んだ顔を見ながらぽつりとつぶやくしか出来なかった。恵里が元の世界の鈴のことを強く思っているであろうことを考えれば簡単にあきらめてほしいだなんて言えない。けれども送り出すことなんて出来やしない。
幾らかわがままが混じっているのは理解していても妙子は答えを出せない。水に映る自分の迷いに満ちた顔が見たくなくてうつむき、ただ無言でその場にたたずむばかりだった。
「あ、いたわねエリ。あとタエも」
「探したよ、もう。妙子っちが連絡したらすぐだったのにぃー」
そんな折、ふと上からかけられた声に反応して妙子は顔を上げる。軽く不機嫌そうにくちびるをちょっととがらせた優花が、軽くほほをふくらませた様子の奈々がいつの間にかそこにいた。奈々の言葉で“念話”してなかったっけと思い返しつつも、妙子は言葉を返せない。ただ気まずそうに視線を下に向けるだけであった。
「どうせハジメとスズのことなんでしょ。話しなさいよ」
「うん。幸っちのことで助けてもらったし、今度は私達の番だよ」
すると優花は優しい声色で話すよう促してきた。声のする方を見れば優花はかがんでこちらをのぞき込んでおり、どこか呆れた表情ながらもそのまなざしは優しいものであった。また奈々も優花の横から顔を出し、微笑みを浮かべながらこちらを見つめている。
「……恵里」
「ごめん」
二人が恵里を助けようとしているのは妙子もわかった。けれどもこれは簡単な問題でもないし、何より恵里自身の悩みだ。まずは尋ねるべきだろうと妙子は声をかけるも、恵里は顔を伏せながら申し訳なさげに短く返してくる。
「……ごめんね優花、奈々。これ、私も話せないや」
「……ごめん。エリ、タエ」
「そっか。私達の方こそごめんね」
恵里の意をくみ、妙子は首を横に振りながらやんわりと断る。すると優花も奈々も推し量ったようですぐに気まずそうな顔になった。うつむいて目をそらしながら謝った二人を見て、妙子は心がしめつけられるような錯覚に襲われてしまう。誰も悪くないのに感じる気まずさに軽く吐き気を覚えていた。
「……ご飯冷めちゃうわ。行きましょ」
沈黙がしばし続いた後、優花は背を向けながらぽつりとつぶやく。そういえばまだご飯食べてないやと思い返し、また優花の気遣いに妙子は心の中でありがとうと述べる。
「そ、そうだね……行こ。恵里っち、妙子っち」
「う、うん……ね、恵里?」
「……わかった」
奈々と恵里と顔を合わせてうなずき合うと、そのまま妙子達はゲートキーを使って王宮へと戻る。そして少し重い空気の中で食事を済ませた妙子はメルドから声をかけられて練兵場へと向かうこととなった。
「ねぇメルドさん。私を選んだ理由って何?」
「これから保護した亜人族をフェアベルゲンへ戻すんだが、向こうの奴らが暴れるかもしれんからな。ムチ捌きと手加減が上手いお前ならと思ってな」
そして健太郎や真央、綾子にシア以外の三十ものハウリアもいる中、妙子はメルドにその理由を尋ねる。答えを聞いた妙子は三日ほど前に帝国で奴隷になっていた亜人達を受け入れた旨の発言をリリアーナがしていたのを思い出す。彼らの治療のためにタイムクリスタルも使いたいと申し出た旨のこともだ。
「あー、そっかぁ……うん。ならわかったよぉ~」
治療も大方終わったんだろうと納得した妙子はふとメルド達が以前亜人族達の集落に行ってたことを思い出した。その時にひと悶着があったこともだ。
「今回は同胞の返還のためですからな。手荒なことはせんでしょう」
「ならいいがな……しかし妙子。一体何があった?」
亜人族のいるハルツィナ樹海にも大迷宮があり、ハウリアの皆に連れてってもらう際に向こうが一方的に絡んできたという話だ。ただハウリアが割と一方的にボコボコにしてたようなと思い出していると、不意にメルドから声をかけられて妙子はびくりとしてしまう。
「い、今はちょっと……」
もしかして考えてることがバレたのかと内心ビクビクしながらも妙子は平静を装おうとした。だが妙子がやれたのは視線をななめ下に向け、軽く言葉を詰まらせながらの返事でしかない。頼れるお兄さんであるメルドといえど、正直に話すことに抵抗を覚えていたからである。
「そうか。ま、相談なら後で乗ってやる。すまんが来てくれ」
「はぁ~い……」
目だけを動かしてチラッとメルドの方を見れば、あちらもしょうがないといった様子でこちらを見つめているのがわかる。出来れば話したくないなぁと思いつつ、妙子は憂うつな気分になりながらも返事をするのであった。
「こちらです。私達の後に」
そうして妙子達は王国の郊外に作ったほら穴、オルクス大迷宮で自分達が生活に使用していた拠点スペースへと移動する。帝国から譲り受けて保護し、神代魔法で治療した亜人達をそこに住まわせていたからだ。戸惑う彼らを連れ出し、ハウリアに先に行ってもらいながらハルツィナ樹海を妙子達は進んでいく。
「マグナスに、会えるのよね」
「きっとな……ここまでやってくれた以上、信じる他あるまい」
(良かったぁ~。もう心配しなくていい、よね?)
当初後ろから聞こえていた亜人族達のひそひそ声は自分達を疑うものであったが、それも徐々になりを潜めた。半信半疑ではあったものの、今は自分達を信じてついてきてくれている。また時折誰かの名前がつぶやいているのを聞き、元いた場所に戻れるなら嬉しいよねと妙子は自分達の行動が彼らのためになっていることに嬉しさ
(……恵里も、そうなのかな)
「妙子殿、どうされましたか?」
妙子は元いた集落に戻る亜人族らと恵里をふと重ねてしまい、やはり恵里も元の世界に戻りたがってるのかなと考えてしまっていたのである。未練になるし先送りにするとは言っていたが、やっぱり鈴達のように手伝うべきか。そう迷っていた時、後ろにいたカムから声をかけられて妙子は思わずハッとする。
「えっと、その……」
振り向けばカムが心配そうに、また健太郎達もいぶかしげに見つめていることに妙子は気づく。気づかないで欲しかったと思いつつ、何をどう言えばいいかと妙子は目を泳がせて口をもごもごと動かす。すると視線はそのままに健太郎達から気遣いの言葉が投げかけられる。
「まぁ、菅原が言いたくないならいいんじゃないか」
「そうね。無理してでも聞きたい訳じゃないし」
「うん。だいぶ悩んでるみたいなのわかるから」
三人の言葉に妙子は心の中で一息吐く。今抱えてるのは恵里達の問題だし、下手に明かすのも良くないと思ったからである。ならいいかと思った矢先、再度カムが話しかけてきた。
「相当深い悩みなのでしょう。皆で抱えれば辛くなくなるかもしれませぬ。どうか、私達を頼ってくれませんか?」
慈愛に満ちた視線を送りながら伝えてきたカムに苛立ち、妙子は無意識に軽く歯を噛みしめていた。それが出来たら苦労なんてしてないのに。やれたらちゃんと話してるのに。そう思いながら妙子は無言で前へと振り返る。
「カム! 今は作戦中だ!」
「っ! 申し訳ありません、団長!!」
(び、びっくりしたぁ~。もう、メルドさんってばぁ~。シゴかれてた時のこと思い出しちゃったよぉ~)
そうして前を向いた途端、メルドの檄が飛んで妙子も思わず背筋を伸ばしてしまう。すぐに自分に向けられた言葉でないことに気づいて軽く赤面するも、トータスに来て早々騎士団にシゴかれた時のことを思い出して自分は悪くないと心の中で言い訳をする。
「ったく、お人好しどもが……妙子、すまんな」
「う、だ、大丈夫!……私もちょっと、悩んでたせいだから」
「そうか」
こちらを向きながら申し訳なさげに謝ってくるメルドに妙子は首をブンブンと横に振って返事をする。首を振った際に他のハウリアも心配そうに見つめているのを見てしまい、妙子の中に罪悪感が生まれてしまう。こうなったのも自分のせいだと考えると、妙子は力なく笑いながらそのことをメルドへと伝えた。
“だがこのままだとこの後に差し障りが出るかもしれんな。言え。これなら俺達以外にバレることはないだろ?”
「うーっ……そのぉ」
メルドが短く返事をし、前を向いた途端、いきなり“念話”で話しかけてきて妙子は軽くびくりと反応してしまう。こういう気遣いはありがたいとしても今やらないでほしいと内心苛立つものの、どこかでまた尋ねてくるかもしれないという心配が妙子の中に生まれる。
“えーっとね。その……もしも大切な人が自分から離れちゃうってわかったらメルドさんはどう、する?”
“なるほど。恵里達関連だな。お前ら聞いたか”
そこでたとえ話の体で問いかければ、即座にメルドが看破してきて妙子は心臓が止まったような心地になった。まさか即座にバレるとは思っておらず、しかも止める間もなく言いふらされたせいで軽い絶望感まで覚えてしまう。ひどい脱力感に襲われてその場で四つん這いになり、どうすればいいのと妙子は後悔に苛まれながら深いため息を吐いていた。
「メルドさんの馬鹿ぁ……バラさないでってばぁ~……」
「あぁスマンスマン。お前がここまで悩むとなるとそれぐらいしか思いつかなくてな。俺よりカム達のアドバイスの方がいいと思って伝えたんだ。悪かった」
その場で両手足を突いてすぐ、肩を叩かれたのと真上から聞こえた声からしてメルドが瞬時に寄ってきたのは妙子もわかった。けれども言い訳や謝罪されるよりもこっそり対処して欲しかったと妙子は恨みがましい目つきでメルドを見上げる。タジタジになった様子のメルドが顔をそらすとほぼ同時に健太郎達の“念話”が妙子の頭に届く。
“中村達、ってことは南雲と谷口は確実か”
“他の皆はどうなんだろうね健太郎くん”
“うーん。流石にあの三人だけだと思うわ真央。天之河とかが悩んでた風には見えなかったし”
“お三方の……なるほど。いささか無遠慮でした。申し訳ありませぬ”
綾子に言い当てられたことで妙子はそのまま地面に突っ伏してしまった。
カムも謝ってきたが今更気を遣われても嬉しくは無い。また周囲から何度となく視線が刺さるのを感じ、顔を上げて振り向けば周囲にいたハウリア達が心底申し訳なさげにチラチラと見ていたのを妙子は知ってしまう。ひどい頭痛を覚え、うなり声が出そうになるのを妙子はどうにか堪えた。
“朝のことを考えると恵里と何かあったんだろう? そうだな……ま、後悔だけはしないようにな。お前や恵里達が何をするにしてもだ”
“付き合いの浅い俺なんかが言えた義理じゃないのはわかってる。でも、俺だったら南雲に惚れた女を悩ませるなって言うよ”
“そうね。私だったら健太郎くんも真央も困らせるなんてしないわ”
“私もだよ。健太郎くんと綾子以上に大切な人なんていないし”
“……ありがと。野村君、辻さん、吉野さん”
メルドの言いたいことはもっともではあったが、それが出来たら苦労なんてしないと妙子は口元をヒクつかせている。ただ健太郎の言葉と綾子、真央が同意してくれたことには軽く溜飲が下がり、三人にだけは妙子も感謝を伝えた。
“そうですな……私達に責任でも何でもなすりつけて構いません。どうか妙子殿達で話し合いをすべきではありませんか”
“カムさん……”
“短い付き合いではありますが、恵里殿はハジメ殿や鈴殿を特に大切に思ってらっしゃるのはわかっております。しかし妙子殿達も決してないがしろにはしておりません。きっと、言葉は届くかと”
続くカムの気遣いに妙子は少しだけ心が軽くなったような心地がした。今回問題になっているのはハジメと鈴のことだから少し的外れではあるのだが、自分達を悪者にしてでも話し合うようすすめてくれたことに嬉しさを覚えたからだ。
(話し合うしかないかなぁ~。恵里にごめんなさいして、二人に恵里をないがしろにしたこと怒って……大丈夫かなぁ)
となるとやるべきことはやはり話し合いだろうかとひとまず結論づけた。とはいえハジメと鈴に遠慮しない恵里が言えなかったことを妙子は思い出し、軽くうつむいてため息を吐いてしまう。保護した亜人族達の不思議がる声を聞きつつ、少し沈んだ表情を浮かべながら妙子は森を進んでいく。
「な、貴様らは!」
「後ろにいる同胞はなんだ! 何のつもりだ!」
そうして縦子達は無事に亜人族の国であるフェアベルゲン、その入り口である門の前へとたどり着く。すると門番らしき武装した亜人達が言葉を詰まらせたり、目を泳がせながら声をかけてきた。こちらと後ろの亜人達をせわしなく目線を行き来させているのを見て、うろたえるのも仕方ないよねと妙子はほんのり苦笑してしまう。
「俺の顔を覚えているなら話は早いか。俺達はお前達の同族を戻しにここへと来た! 体と心の治療はやれるだけやった! まとめ役のアルフレリックに伝えてくれ!」
そんな折、メルドの言葉がこの場に響き渡る。前回の訪問でそういえばお偉いさんに会ってたことを妙子は思い出し、『その人が出てきてくれればどうにかなるかなぁ』とふととりとめのないことを考えてしまう。
「じ、ジンやナシル、オレクシーに力を振るったお前達の言葉など!」
「後ろの同胞達は本物なんだろうな! 幻や偽者だったら承知しないぞ!」
だが現実はそこまで甘くなかった。戸惑った様子ながらも武器を構えたのが大半で、一瞬だけ表情を緩めた亜人もいなくはなかったがこちらに疑いの眼差しを向けてきたのだ。
「メルドさ~ん、どうす――」
「ま、待ってくれパノス!」
泡を食った様子ながらも取り合ってくれない門番達を見て妙子は軽くため息を吐いてしまう。そこでメルドにどうするか尋ねようとした時、後ろから聞き覚えの無い声が飛び込んできたのに妙子は驚いて軽く肩が跳ねる。
「そ、その声……か、カイス、カイスなのか!?」
「あぁ! 頼む、俺の腕を元に戻してくれたこの人に武器を向けないでくれ!」
妙子が振り向けば、虎の耳の亜人がおそるおそる前へ出ようとしているのが見える。カイスという亜人が説得にかかっているのを見てすぐに妙子はメルドの方に目を向けた。メルドもすぐにうなずき返したのを見るや妙子はハウリア達に“念話”を送っていく。
“みんな~、亜人の人達を前に送ってあげてぇ~!”
「団長も許可してくださった! 皆様がた、もうあなた達は自由です!」
保護した亜人の解放を頼み込めば、カムも亜人達に自由にしていいと大声で訴えていく。最初はお互い顔を見合わせてこちらをうかがっていたのが大半であったが、そのまま何もしないでいれば一人またひとりと亜人が門の前へと歩いて行く。
「ラフィ……もう、もう会えないかと」
「サブリ、もうどこにも行かないわ。ずっと一緒よ……」
「お、おいトニー。お前、帝国兵とやりあって右目に矢が刺さったんじゃ……」
「アイツらのおかげでな……失った右目も、動かなくなった左足も取り戻せたんだよ」
門の前に保護した亜人が集まり、互いの無事を喜び合う様を妙子は黙って見つめていた。これでひと段落着いたことにホッとしていた妙子であったが、不意に彼女の頭に幾つかの考えが浮かんでしまう。
(……会いたい、よね。だってずっと手を伸ばしてくれた友達だもん。鈴達がああなっちゃうのも仕方ない、のかな)
恵里が『元の世界』の鈴に再会したいと切に願っているのではないかという推測、それと鈴とハジメがそのために何もかもなげうってしまうのも仕方ないんじゃないかという考えであった。目の前の光景を見て妙子の中で亜人達と恵里達の姿が重なってしまったからである。
(私、どうしたらいいんだろ……)
恵里達と離れ離れになりたくない。けれども自分のわがままでかつての親友との再会を邪魔していいのか。向こうの世界にいたいと思ってほしくないと考えてしまうのは悪いことなんじゃないか。
これまで思いつきもしなかったようなろくでもない感情や考えが浮かんでは消えていくことにただ妙子は戸惑ってしまう。そんな時、前方からまた知らない声が聞こえると妙子はそちらへと意識を向けた。
「全く、とんでもないことをしてくれたな」
わずかに門が開いており、そこから金髪碧眼の初老の男が出てきたのである。言葉とは裏腹に口元がほのかに笑っており、またこちらに向ける目もまた優しいものであることに妙子は気づく。
『ちょ、長老!?』
「前回と同様、迷惑をかけるつもりもかけたつもりもないがな……ようやく来てくれたか。アルフレリック」
亜人達が一斉に驚くとすぐに彼らは頭を下げる。しかしメルドは自分達にかけるのと同じくらいの落ち着いたトーンでそれに答えたのだ。亜人の人達の言葉の通りなら彼らの国の一番偉い人であり、現に彼らは目をむいたりうろたえたり親の仇かのような目つきでメルドをにらんでいる。大丈夫なのかと不安になった妙子は何度かきょろきょろと周りを見てから声をかけようとした。
「控えよ。メルドと今のハウリア族の実力は理解しておろう……すまぬな。いきなりのことで私も驚いている」
「構わん。これまでのことを考えればな……俺達の方の用事は済んだが、どうする?」
「私達を恥知らずにさせんでくれ――門を開けよ。大恩ある彼らを迎え入れるのだ」
アルフレリックというとがった耳の初老の男が命令してから数秒、太い樹と樹が絡み合ってアーチを作っていた両開きの扉が開いていく。アルフレリックが穏やかな表情でこちらを見つめ、またメルドから目配せをされたことで妙子も覚悟を決める。
(行くしか、ないかぁ)
目をつむって長く息を吐き、妙子は前を見つめた。そしてアルフレリックの後ろをついていくメルドやハウリア達と共に亜人達の国であるフェアベルゲンへと足を踏み入れる。
「まずは此度のこと、フェアベルゲンを代表して礼を言わせてもらう」
直径数十メートルクラスの乱立した巨大な樹々、橋ほどの幅がある極太の樹の枝が絡み合う空中回廊の下を通り抜け、案内された広場に一行は腰を下ろしていた。奥に座っていたアルフレリックが立って頭を下げると、他の種族の長老であろう亜人達もそれに続く。
「僕としても、君達には感謝の念に堪えない。提案だけれど、ハウリアの処遇を改めたいと、思ってる」
そんな折、キツネの耳の亜人が感謝を述べてからハウリアのことについて触れてきた。目を細めて他の長老らしき亜人を一瞥すると虎と熊の耳の亜人、ドワーフみたいなモジャモジャのヒゲを持つ亜人がすぐにムッとした顔つきになる。
「待て、ルア!」
「人間どもに忌み子をかくまった兎人族だぞ! いくら同胞を連れ戻したとしてもだ!」
「奴らはジンやナシル達を一方的に叩きのめしたんだぞ! そのことを忘れて――」
「あらあら。私の記憶じゃジン、そちらや配下の熊人族が難癖をつけてハウリア達に襲いかかろうとしたようにしか見えませんでしたが。それにハウリア族が容赦なく返り討ちにして拘束してましたねぇ。昔のことを蒸し返すのは恩人の皆様がたに申し訳ないと思わないのですか? 私はハウリア族は義に厚い――」
「「「ハウリアを追放しろと声高に言ってた奴が言うことか!!」」」
一人が制止し、二人の長老がしかめっ面で過去のことを掘り返そうとした直後、翼を持つ亜人がしたり顔でそのことの詳細をべらべらとしゃべり始めたのである。途端に三人の亜人達は顔を真っ赤にして翼の亜人へと食ってかかった。
「「「「うぉっ!?」」」」
「恥をさらすために我等はここにいるのでは無い。わかっておろう?」
「こりゃぁ失礼……」
「「「ぐ、ぬぅぅ……」」」
なおどこからか取り出した弓矢をアルフレリックが構え、彼らの足下を瞬く間に射貫く。ギリギリ足先に当たってない矢の先端を見て、妙子はアルフレリックの腕前のすごさに心の中で舌を巻いた。それはそれとしていきなり弓矢が現れたことにはツッコミを入れたくはなったが。
「さて。ルアが述べたように私も処分に関しては改めたいと考えている。追放された身で、人間族の協力ありきであったものの帝国から同胞を奪還したのだ。それを評価せぬ訳にはいかん」
「でもぉ~、カムさん達はどうなのぉ~?」
せき払いをするとアルフレリックは考えを改めるに至った理由を述べる。妙子もそれには納得出来たものの、一つだけ引っかかっていたことがあった。ハウリア族がそれを受け入れるかどうかだ。ハウリアの皆の判断が心配になり、妙子は敷物の上に座る彼らに視線を向ける。
(全然嬉しくなさそう……じゃあやっぱり)
だがカムを筆頭に他のハウリア達は真剣な表情のまま、前をじっと見つめているのに妙子はある種納得していた。とっくに答えは決まってるんだろうと思いつつ、妙子はカム達が答えてくれるのを待つ。
「カム。どうする」
「気遣いは不要です。我らはこのフェアベルゲンの外で生きようと思っております」
するとほのかに口の端を緩めたメルドが問いかけ、カムが答えると同時にハウリア達は一斉にうなずいた。予想通りの答えに妙子もほんのり苦笑いを浮かべる。
「……良いのか? 我等亜人が人間族にどのように扱われているか、忘れた訳ではあるまい」
「もちろんです。ですが、その人間族である妙子殿達やメルド団長、それと王宮の皆様がたに世話になったのです。それを忘れて戻ってくることなど出来はしませぬ」
かすかに震えた声を出したアルフレリックを妙子はチラッと見れば、心配そうに見つめているのがわかった。けれども妙子としてはカムの言い分にうなずくしかない。一緒に行動する機会はそう多くは無いが、それでも『絆』や『恩義』をどこまでも大事にしているハウリアの話はメルド経由でよく聞いていたからである。
「しかし、関わりを断ちたいとまでは思っていませぬ。お願いがあります」
このままハウリアと他の亜人との繋がりは消えるんだろうなとうっすら考えていた妙子であったが、カムの切り返しに思わずキョトンとしてしまう。一体何を頼むんだろうと思いながら話すのを妙子は待つ。
「私達に出来ることならばな」
「はい……同胞をさらっていた帝国は戦で王国が下しました。ですがまた同じことが起きないとも限りませぬ。対抗する力を得るためにも合同で訓練する機会を設けるのはいかがでしょうか」
そして語られた内容に虚を突かれ、妙子はしばし呆然としてしまう。他のハウリアはどうなんだろうと思いつつ後ろを見れば彼らもうなずいているのが妙子の目に入ってしまった。
「まったく、このお人好しどもが……」
「はっはっは。よいではありませんか……私としても、かつて暮らしたこのフェアベルゲンが戦火に焼かれてしまうのは受け入れられませんから」
どこか疲れたような声でメルドがつぶやけば、カムは笑いを浮かべつつもその真意を語ってくれた。故郷を、そこに住む人達を思う気持ちを知り、妙子は自分があっけにとられた理由に思い至る。
(……そっか。私、恵里達とカムさん達のことを重ねちゃってたんだ)
これから自分達と、この世界から離れて二度と戻ってこないかもしれない恵里達。理由があって亜人の国から出ざるを得なくなり、王国で生きているカム達。その二つが同じなのではないかと無意識に考えていたことに気づいたのだ。
「ふむ……器の大きさでは完全に負けたか」
「掟のこと、こだわりすぎたのは失敗だった、かもしれないね」
「フン……貴様らを認めた訳では無い。が、帝国を相手にするとなると
「まったくジンは素直じゃないねぇ。あ、私としては是非とも関係を密にしたいと思ってますよ。そこでちょっと相談なんだけれど、今後他の種族で忌み子が生まれたら君達のところに両親ごと預かってもらうっていうのは――」
そうして長老達やカム達の間で話が進む中、ふと妙子は思う。自分は、他の皆はこんな風に前向きになれるのかと。もし仮に恵里達が向こうの世界で暮らすことになったのなら、三人を恨まずにいられるかと。行かないでと言わずにいられるのかということにだ。
(私、最低だよね……)
まだ確定した訳じゃ無い。けれども不安はヘドロのようにへばりついて離れてくれない。妙子はうつむきながら両手を組み、きゅっと口を固く結びながら話し合いが終わるのを待つのであった……。
続きは一週間以内に出せたらいいなと思っています(遠い目)