……では改めまして、読者の皆様への盛大な感謝を。
おかげさまでUAも253428、お気に入り件数も1023件、しおりも526件、感想数も819件(2025/11/17 21:41現在)となりました。誠にありがとうございます。
そしてAitoyukiさん、今回も拙作を再評価してくださり本当にありがとうございました。感謝の念に堪えません。いつもいつもありがとうございます。
では皆様、『ちょっと』覚悟した上で本編をどうぞ。
「うる、さい……っ! ヤバッ!」
部屋中に響くけたたましい音色、カーテン越しに差し込む朝日。それらにわずらわしさを感じ、恵里は布団の中で何度かもぞもぞと動くと、うるさい目覚まし時計に手を伸ばす。寝ぼけまなこで掴んだ時計を見やれば背筋が冷えると同時に一気に頭が冷めていった。
「これなら……うん、大丈夫」
パジャマを脱ぎ捨てるとすぐに恵里はタンスからジャージを取り出した。袖を通しながらも時計を確認し、今のペースなら幼馴染みの
「あ、おはようお母さん!」
「あら。今日はちょっと遅いわね、恵里」
着替え終わるとすぐに部屋を出て、駆け足で恵里は階段を降りていく。その途中、起きてまだ寝癖がついている母の幸と出くわす。ほんのりと苦笑する母とのやりとりもそこそこに、恵里は洗面台へと急ぐ。
寝癖が目立たない程度にサッと髪をとかし、鏡台裏の小物入れに入っていたヘアゴムで髪の毛を纏める。何度か横を向いて変になってないかチェックをすると、すぐに玄関へと恵里は小走りで向かう。
「いってきます!」
「ふふ。いってらっしゃい」
台所を通る際に幸にあいさつをし、恵里はランニングシューズに足を突っ込んだ。指を入れてかかとを直すとそのまま弾かれるように玄関のドアを開ける。
「「「おはよう、恵里」」」
「おはよう! 待たせてごめんね!」
すると幼馴染み三人の顔がそこにあった。ぶつからなくて済んだことにホッとしつつも、恵里は愛しい三人にあいさつを返す。
「今日も早いね恵里!」
「まぁね。慣れだよ慣れ」
そのまま三人と一緒に恵里は集合場所である近所の公園へと向かう。その途中元気いっぱいの様子の鈴に声をかけられ、恵里はフフンと得意げに微笑みながら返す。
「でしょ? ハジメくん、
「まぁね。最初はちょっとキツかったけどね」
「ハジメくん、昔は夜更かしよくしてたもんね」
「そうそう。そうだったねー」
その笑みを浮かべたまま恵里は振り向き、ハジメと
「そっかー。じゃ私も早く慣れないとねー。じゃ、行こっか!」
「あ、待ってよ鈴!」
しばしハジメの顔をつついていると、不意に視線を感じた恵里はその方を見やる。ニヤついた様子の鈴がきびすを返し、そのまま小走りで公園の方へと向かったのだ。恵里も思わず彼女の名を呼び、二人とアイコンタクトをしてからその後を追う。
「おはようハジメ。それに恵里達も」
「おはよう恵里ちゃん! 鈴ちゃんもおはよう!」
「うん。光輝君も香織も、それに皆もおはよう」
数分も経たずに公園にたどり着いた恵里達は、敷地内で既にストレッチをしていた光輝や香織達からあいさつを受ける。すぐに恵里もハジメ達と一緒にあいさつを返し、そのまますぐにストレッチをこなす。
「ひぃっ、ひぃっ……やっぱりキツいよぉ~」
十分に体がほぐれたところで早速ランニングを開始した一行。しかし始めて十分もしない内に鈴が玉のような汗を浮かべ、呼吸が段々と荒くなっていくと共に足をもつれさせてしまっていた。
「まぁ鈴はあんまり慣れてないしねぇ~」
「私はそうだけど、鈴はね……はい頑張って」
「すず、辛辣すぎるって……光輝くーん、ちょっとペース落としてー!」
恵里もヒィヒィ言いながら自分達について来ている鈴を見て思わず苦笑してしまう。自分達ならともかく
「わかった! 皆、ペースを落とそう!」
(最近始めたばっかじゃ仕方な……あれ? そういえば鈴って
そうして光輝の号令を受け、皆と一緒にペースを落とす恵里。鈴がもうバテてしまっているのも仕方ないと考えていると、不意にあることが引っかかってしまう。いつ鈴が自分達と一緒にランニングを始めたかが思い出せなかったことである。
「どうかしたの、恵里?」
「!……あー、ううん。なんでもないよ。すず」
その理由も含めてどうだったかと考え出そうとした時、不意に恵里は後ろから走っていたすずから声をかけられてしまう。思わずビクリと反応しつつ、すずからの気遣いの言葉になんでもないと返してしまった。
(ま、どうでもいっか。いつか思い出すでしょ)
すずに声をかけられたこともあり、まだランニング中であったことから恵里は先程浮かんだ疑問を考えるのを止めてしまう。こんなどうでもいいことを考えるよりハジメ達との時間を過ごすことが大切だと思いながら恵里は河川敷を走って行く。
「……いいんだよ。ずーっと幸せな今に浸ってて」
それ故に恵里は鈴のこぼした小さな声に気づくことは無かった。
「じゃ、いってきます」
「「いってらっしゃい、恵里」」
日課のランニングを終えて家に戻るとすぐに朝のシャワーを浴び、朝食&お弁当作り。そして制服に着替えて朝の準備を終えると、恵里は笑顔で正則と幸にあいさつをしてから玄関をくぐっていく。
「あ、鈴! すずもおはよう!」
「おはよう恵里!」
「うん。おはよう」
そうしていつものようにハジメの家へと向かう中、恵里は谷口姉妹と合流する。垂らしたおさげを揺らしながら笑顔で寄ってくる鈴と、三つ編みを肩から垂らして微笑みながら歩いてくるすずとだ。
「今日は幸さんと何作ったの? やっぱり南雲君の好きな卵焼き?」
「うん。それも入れてる。てか鈴、いい加減ボクからたかるのやめてってば」
「そうだよ鈴。だったら私やお母さんと一緒にお弁当作ればいいのに」
そうして今日も三人一緒に歩きながら雑談をしていた。今回も尋ねるフリをしてお弁当の具をおねだりしてきたのに気づき、恵里は鈴をじろりと見つめ返す。するとすずの方もやや冷めた声で鈴をたしなめてきたため、恵里もうんうんとうなずいた。
「にゃはは。ごめんごめん」
「ったくもう。そんなんだからすずに呆れられ――」
軽く冷や汗を流しながら手を合わせて謝ってくる鈴に恵里はジト目を向ける。いつも調子がいいんだからと思って言い返そうとした時、ふとあることが引っかかって言葉が続かなくなってしまった。
(あれ? 鈴とすずってこんなに楽しそうに話してたっけ? ってか、
「? 恵里、どうかしたの?」
双子の姉妹である鈴とすずの関係にどこか違和感を覚えたせいである。『こんな光景はありえない』という謎の確信が恵里を不意に襲ってきたからだ。理由も無いのに出てきた感覚に戸惑っていた恵里であったが、ふと横からかけられたすずの声にハッとして彼女の方を向く。
「さっき何か言おうとしてたけど黙っちゃったし。私達、何かやっちゃった?」
「そうだね。恵里、何でも言ってよ。私達
少し心配そうにすずが見つめてきたため、思わず恵里は軽い罪悪感が湧き上がる。流石に理由もわからない何かを口にしてすず達を困らせる気にはなれなかったからだ。するとすぐに隣の鈴から声をかけられ、余計に恵里はいたたまれなさに苛まれてしまう。
「……ううん。なんでもない。明日のお弁当、どうするか考えてただけ」
「えー。恵里食いしん坊さんだっけ」
「うん。ハジメくんと張り合ってお菓子作りしてた時でもここまでひどくなかったよ」
「うっさい二人とも。先行くよ」
無理矢理笑顔を作って言い訳をすれば、二人は一瞬キョトンとした後で意地の悪そうな顔を浮かべる。それにかすかな苛立ちと恥ずかしさを覚えた恵里は前を向くと、歩くペースを早めた。後ろから聞こえる二人の謝罪を適当に聞き流しつつ、恵里はただハジメに会うことだけを考えようとする。
(そんな訳ない……鈴だって幼馴染みだよ。そう、だよ)
言いようのない不安をただ振り切るために。相思相愛の彼と会えばこんな悩みなんて忘れるはずだと思い込み、恵里はただ歩くことだけに集中する。だがその疑念はハジメを出迎えてからも、彼と登校する間にも晴れてくれることはなかった。
(やっと終わった……)
チャイムが鳴ったのを聞き、午前の最後の授業が終わったことを悟った恵里はこっそりため息を吐いていた。朝に抱いた何ともいえない不安をハジメにも打ち明けられず、ごまかしたままずっと朝を過ごしていたからだ。
「恵里、大丈夫? 保健室行く?」
「ううん。大丈夫だよハジメくん。さ、お昼食べよっか」
本当ならすぐにでも机に前のめりになって突っ伏してしまいたい。だがそんなことをしてしまえばハジメだけでなくお人好しの皆に心配をかけさせてしまう。だから恵里は笑顔で不安を隠しながらいつものように昼食を食べようと持ちかける。
「ならいいけど……いつでも言ってね?」
「そうだな。俺達のことは気にしないでいいから」
「大丈夫大丈夫。本当に辛いなら皆にちゃんと言うから」
皆が気遣ってくれることへの嬉しさを感じながらも、恵里は自分の机を持ち上げた。するとハジメ達もやっと納得してくれたのか、苦笑を浮かべながらも恵里に倣って机を動かしていく。
「恵里、その卵焼きと僕のアスパラベーコン一つずつ交換しない?」
「いいよ。じゃあはい、あーん」
そうしていつものように皆で弁当を広げると、右隣にいたハジメからおかずの交換を提案される。すぐに恵里はニコニコ笑いながら自分の卵焼きをそっと箸でつかみ、スッとハジメの前へと差し出す。
「あーん……ふふっ。今日も美味しいね。じゃ、あーん」
「うん。あーん……ふふっ、おいしぃ~」
すぐにハジメも差し出した卵焼きをぱくりと食べ、お返しとばかりに箸ではさんだアスパラベーコンを口元へと出してきてくれた。得も言われぬ満足感と幸福で頭がゆだりそうになりながらも恵里はすぐさまそれに口をつける。優花には劣るものの、ハジメが料理上手であることを恵里は改めて実感していた。
「もう、恵里ってば。ハジメくん、私のも食べて」
「うん。じゃああーん」
しかし恵里が多幸感に浸かっていられたのもほんのわずかな間であった。ハジメと食べさせ合った後、すずも軽くむくれてからハジメにあーんをした。だがそこで恵里はひどい違和感を感じてしまったのだ。
(あれ……いつもこう、だっけ?)
すずはこんなに
「相変わらずハジメ達幸せそうだよなー。あ、アレーティア。今日もうめぇーわ」
「……ん。今日のは自信作」
「相っ変わらずよねー。エリもハジメも。ま、そこは愛ちゃんも同じか」
「うんうん。デビッド先生達に言い寄られてもクールに返してたし」
「ちょっとノリ悪いのがアレだけどねぇ~。お昼誘っても何度も断ってるしぃ~」
その違和感のせいか、一緒に食事をとっている幼馴染みや悪友どもの話にもどこか引っかかりを恵里は覚えてしまう。アレーティアと愛子はこんな人間だっただろうか? 朝もそうだったが何かがおかしくないか? と色々と疑ってしまいそうになったのである。
「畑山先生は俺達を思ってくれてるんだよ。あまりベタベタしたら良くないって」
「うーん。ま、そんなところじゃない」
タイミングが良かったことから光輝が優花達に言及するのに合わせ、恵里もそれに同意する。ただの考えすぎであり、昔からこうだったはずだと思い込もうとしていた。
(その、はず……なのになんで? どうして引っかかるかなぁ。
けれども頭をよぎった疑念は根付いたままで消えてくれようとはしない。果てには自分ってこんなに注意深い、というかやたらと疑心暗鬼になる性格だったか? とも疑ってしまう。途中から味のしなくなったお昼をバレない程度に早く口の中へと運びつつ、早くこんな違和感なんて消えろとただ恵里は願う。
「しっかし今日の先生の生姜焼き美味ぇーな」
「おう。メシ進むもんな」
「えっ? もう肉なんてこりごりだって言ってなかったっけ」
そんな時、ふと信治と良樹のやりとりを聞いて恵里は不意に疑問を二人にぶつけてしまう。言い出してから自分も何でこんなことを口にしたのかわからず、恵里は周りを見渡してしまう。鳩が豆鉄砲を喰らったかのような表情の皆に見つめられ、余計にうろたえてしまった。
「そんなことねぇけどよ……やっぱ中村、どっか具合悪いんじゃねぇの?」
「そうだね……恵里、今からでも保健室行く?」
「……そうする」
自分の中でひたすら疑問が浮かび続ける中、大介達からいぶかしむ視線を向けられ、また心底不安そうにハジメや鈴達に恵里はじっと見つめられてしまう。ハジメからの提案にうなずくと、恵里はうつむきながら席を立つ。
(なんなのコレ……どうなってるのホントに)
ハジメに付き添ってくれて嬉しいのに不安は決して消えてくれない。
「先生、恵里の面倒を見てくれてありがとうございました」
「気にしないで。誰だって体調が悪い時ぐらいあるでしょうし」
そうして午後の授業が終わるまで恵里は保健室に厄介になっていた。今日の午後は一時間しかないから早帰り出来たっけなどと思い返しながらベッドに横になっていると、覚えのある
「授業終わったよ、恵里。帰ろっか」
「……うん、そうだね」
どうして足音でわかったのかと思う間もなく、ベッドを覆ったカーテンが開く。やや心配そうに声をかけてくれたハジメに恵里は申し訳なさげにうなずいた。鈴が持ってきてくれた学生カバンを受け取り、先生にあいさつをしてから恵里達は保健室を後にする。
「今日はウィステリアに行くのはやめた方が良さそうだね」
「あー。そう、だね」
下校中、チラチラと恵里を見ながらすずがつぶやく。それを聞いて恵里は優花がウィステリアに新たに出すメニューの試食会に呼ばれたことを急遽思い出し、それの参加を見送ることに苦笑いしながら同意した。こんな状態で参加したところで皆に気を遣わせてしまうと余裕で想像出来たからである。
「後で優花さんに電話しとくから。家まで送るよ、恵里」
「うんうん。恵里、不安があるなら言ってよ。私やすず、ハジメ君でもいいからね」
「……ありがと」
ハジメのアフターフォローに鈴の気遣い。三人の優しさに心を打たれて恵里は胸が不意に熱くなった。顔を背け、はにかみながらお礼を述べれば、三人がクスッと笑う声が恵里の耳に入ってくる。そうして時折談笑しながら恵里は三人と一緒に自分の家へと戻っていく。
「おかえりなさい恵里。体は大丈夫? ウィステリアに行くのはやめた?」
「あー、うん。それでハジメくん達が一緒に」
「ありがとうハジメ君、鈴ちゃんとすずちゃんも。お礼がしたいからちょっと上がってちょうだい」
家に着くとすぐに心配そうな幸に恵里は出迎えられる。学校から連絡が行ったであろうことを恵里は察し、チラッとハジメ達を見てからそれにうなずく。すると幸も微笑みながらハジメ達に来るよう、うながしてきたのである。
「えーと、じゃあお邪魔します」
「ありがとう幸さん!」
「ありがとうございます幸さん。ちょっと失礼しますね」
「……ありがと、お母さん」
そうして恵里はすれちがいざまに幸に感謝を述べると、ハジメ達と一緒に二階の部屋へと向かう。朝からずっと感じていた違和感にまだ苛まれていたが、幸が気遣ったことで恵里の足取りはどこか軽やかになっていた。
「ごめんね三人とも。ここまで見送ってくれて」
部屋に入って布団の上に腰を下ろすと、恵里は少し申し訳なさそうな表情をしながらもここまで付き添ってくれたハジメ達に礼を述べる。しかし三人はすぐに首を横に振った。
「ううん。恵里のためだから」
「そうだね。恵里のためだもん」
「うん。流石に恵里を放っておける訳ないからね」
自分をおもんばかってくれる言葉を聞いて恵里の瞳がわずかにうるむ。自分のことをこんなに思ってくれる三人を、特に鈴とすずをどうして疑ってしまったのかと恵里は罪悪感に軽く苦しんでしまう。
「……ありがと。この埋め合わせはどこかでするから」
「わかった。じゃあえっと、今度の日曜にデートで」
「流石ハジメ君。モテ男はつらいねー」
どうにか不自然な笑いにならないよう努めながら、恵里は三人にいつかお礼をすることを伝える。すぐにハジメがほほをほんのり染めながらデートに誘ってくれたため、嬉しさと申し訳なさで胸がいっぱいになってしまう。鈴の冷やかしも恵里は気にならなかった。
「うんうん。そりゃあボクとすずがだーい好きな――」
「そっか。じゃあ私はまた来週にしてね」
そこで軽く目元をこすり、ドヤ顔で独占欲を丸出しにしようとした恵里の動きが止まる。自分に負けず劣らずハジメが大好きなすずがアッサリと自分にデートの権利を譲ったからだ。
「す、ず……? ね、ねぇ、何言って――」
嬉しさよりも困惑が恵里の頭の中を占めていく。すずがこういったことを譲るにしても不満そうな顔をしながらのはずだと恵里は何故か確信してしまっていたからだ。それか不機嫌さを丸出しにして一緒にデートしてとねだるはずだと思ってしまったからである。どうして簡単に譲ったのかと恵里が問いかける前に、ハジメが笑みを浮かべながらすずの方を向く。
「そうだね。じゃあすずは来週かな。恵里もいい?」
ハジメの言葉を聞き、恵里の脳裏にある言葉がよみがえると共に表情がストンと抜ける。
――ぼくもはなれたくない! ふたりともだいじだから! たいせつだから!! おねがい……おねがい!!
(あぁ……そうだ。
自分の愛する人が最終的に自分を選ぶことは恵里もわかっている。だが何の葛藤も無く自分を優先するなんてことを絶対に
「……そっか。ねぇハジメくん。もし来週も再来週も二人でデートしたいって言ったらどううする」
「うーん……すずには悪いけど、でも恵里が一番だしそうするよ」
「恵里の意地悪……そんなこと言ったらハジメくんが恵里を優先するってことぐらい知ってるでしょ」
視線を下に落とし、ハジメ達の方を見ないようにしながら恵里はハジメに質問を投げかける。感情の乗ってない声での問いかけに特にうろたえる様子も無く、ハジメは
「恵里ってばホントに独占欲の塊だもんねー。でも、恵里のお願いだったら――」
「口を閉じろこの偽者がぁぁあぁーーーーー!!!!」
鈴の言葉をさえぎり、ハジメ達に向かって恵里は絶叫する。これまでの人生とトータスでの旅路を思い出した少女は白髪赤目の姿となり、体に紅の電気をまとって
「どうして? 私達は恵里の理想なんだよ?」
すると鈴達がすがるような表情で訴えかけてくる。恵里は息を荒くしながら近くにいたハジメとすずの首を掴み、そのまま床へと押し倒した。
「それが何だっていうの! ボクの思い通りに動くだけの人形のくせに! ハジメくんを、鈴を汚すなぁー!!」
鬼の形相となった恵里はそのまま両手に力を入れ、叫びながらハジメとすず――愛する人と最高のライバルを模した何かの首を締め上げていく。
「幼馴染みの鈴は、ハジメくんは、親友の鈴は絶対にこんなこと言わない。ボクの思う通りになんて動きやしない!」
苦しげに顔をゆがめながらも不思議そうに偽者達は恵里を見つめている。そんな奴らに恵里は力を入れ続け、声を張り上げる。へし折るどころか偽者の首を握りつぶさんとしている恵里の脳裏には無数の思い出が浮かび続けていた。
――でも、今は恵里ちゃんがいるから。だからそんなにさみしくないよ。
――えーと、さ……中村さんが良かったら、その……鈴と、友だちになってくれる?
利用するつもりでしかなかったハジメと出会い、過ごし続けていた日々のこと。違う世界だと気づくこと無く鈴と出会い、友達となって一緒に過ごした日常のこと。
――苦しいことも辛いことも一緒に背負おう。それが出来ないなら僕にぶつけて。僕はずっと恵里のそばにいるから。
――ホントそうだよ。ハジメくんが恵里なしじゃダメになった責任、ちゃんととらないとね。
この世界のハジメと鈴がかけがえのない存在へと変わってゆく無数の瞬間。そして散々馬鹿にしながらも自分に手を伸ばし続けていた最高の親友とのかけがえのない思い出がだ。
「だから私は、ボクは救われたんだ! それを、それをお前らは――」
「それで? ここは恵里にとって理想の世界なのに」
それらを『試練』という形で踏みにじられ、恵里は心底怒り狂っていた。このまま偽者の二人の首を砕こうとした時、いつの間にか隣にいた親友の偽者が耳元でぽつりとつぶやく。その瞬間、恵里の両手にこめた力が少しゆるんでしまった。
「僕と幼馴染みの鈴だけじゃない。君の親友だった鈴だっている。それの何が不満なの?」
苦しげながらも優しげな表情を浮かべたハジメの偽者が甘い声でささやいてくる。ここには望む全てがあるのだと。今自分が見せられてるモノの正体をようやく知った恵里の手は震え、首を絞める力が弱まってしまう。
「黙れ」
「恵里の家族もハジメくん達の家族もここならずっといるんだよ? 『本物』の鈴だってそう。ずっとここにいようよ」
「黙れって言ってるだろ!!」
ただの世迷い言だと振り払おうと敵意をこめながら恵里はつぶやく。だがこの世界の鈴の偽者も苦しげながらもほほえみ、心をとろけさせるような提案を口にしてくる。耳を貸してはいけないということはわかっていても、恵里は息を荒げて叫ぶしか出来ない。
「どうして駄目なの?――知ってるよ。あえて概念魔法のことを考えてなかったこと」
どうにかしてハジメと鈴の偽者を殺そうと恵里は再度両手に力を入れようとする。だが親友の偽者が耳元でつぶやいた言葉のせいで両手にわずかな力すら入らなくなってしまう。
「そ、そんな訳ないだろ! ボクは、鈴ともう一度出会うために……」
「賢い恵里ならわかってるよね。だって平行世界に行くんだよ? どれだけの力が必要になると思う?」
「たとえ何でも叶える概念魔法にしても、発動するためには魔力がいることぐらいわかるよね? じゃあその魔力を用意するアテは? どうやって?」
「あ、あぁ……」
『魔法』という単語がつく以上、概念魔法も魔力を消費して発動することぐらい恵里にもわかっていた。だからこそ恵里はあまり考えないようにしていた――違う世界に渡るためのコスト、それをどこから調達するかということに。
「ぼ、ボクは、わたしは……」
よりによって大切な人を模した存在にそのことを指摘されてしまった。そのショックもあって恵里の視界は揺らいでしまい、また頭の中がぐちゃぐちゃになってしまう。
「だからさ、ここにずっといよう?」
「ここなら恵里の願いは叶うよ。僕達が保証する」
「大丈夫だよ。私達はいなくならない。約束するから」
もはや偽者を絞め殺すどころか首に手を添えるだけしか出来ていない。だからかハジメと鈴の偽者は恵里の手を取り、体を起こしてしまっている。そして肌が触れあう程の距離で偽者達は甘い言葉をささやき続けてきたのである。
「大丈夫。僕達は全ての人格を引き継いだ上で恵里の理想を体現してる」
「恵里が望めば全部叶うよ。ハジメくんだってずっと独占できる」
「私達が幸せにする。だから、身を委ね――」
「――うる、さい。黙れぇー!!」
しなだれかかり、耳元でつぶやき、掴んだ手をほほに添えながら偽者達は心地よい言葉を恵里に浴びせ続けようとする。だがその時、恵里は雄叫びを上げながらその体から紅い光を爆ぜさせたのである。
「どうして? この世界にいれば――」
「ハジメくんと幼馴染みの鈴と、私の親友の偽者なんかと一緒の世界なんて絶対に、絶対にイヤだからに決まってるだろ!!」
大切な存在を模しただけの何かが聞こえのいい、都合のいいことだけしか言わないことに恵里は耐えることが出来なかった。まがい物を否定するためだけに、恵里は血のような深い紅の魔力を解き放ったのである。
それはこの仮初めの世界全てにあっという間に伝播していく。しかもそれだけにとどまらず、その密度をすさまじい勢いで高めていった。
「壊れろ、壊れろ! こんな世界、壊れろぉー!!」
あり余る憎しみと悲しみが入り交じった顔つきで恵里は何度となく魔力を放出し続ける。癇癪を起こした子供が物を振り回すように、空間に高濃度の魔力を何度も何度も叩きつけて世界に亀裂を入れていったのである。
「偽者なんか、偽者なんかいるかぁー!!」
“鎮魂”を使って心を落ち着かせることも、持っていた宝物庫から魔晶石を取り出して回復することすらもせず、恵里はただただ慟哭を上げながら魔力を放ち続けた。
「……君を認める訳にはいかない」
そして遂に偽りの世界は崩壊する。ガラスの破片のように世界のかけらが宙を舞い、ダイヤモンドダストのようにきらめく中で鈴の偽者がぽつりとつぶやく。
「現実で積み重ねて紡いだものこそが君を幸せにする。けれど過去に、願いに囚われたままじゃそれを手にすることは出来やしない。いつか破滅する。それだけは言えるよ」
「黙れぇー! お前なんか、お前なんかぁー!!」
鈴のものとは全く異なる、女性的にも男性的にも聞こえる悲しげな声が砕け散った世界に響く。だが恵里は既にかすんで見えなくなった何者かをにらみ、ただ怒りをぶつけるしかしなかった。
「あきらめるもんか。ボクは、わたしは……っ!」
意識がもやがかっていく中、自分が壊した世界の残滓を掴もうとする。怒りと悲しみでぐちゃぐちゃになった顔で、よどんだ瞳のままに手を伸ばす少女の姿は亡者と変わりなかった……。
続きは一週間ぐらいで用意出来たらいいなーと思ってます。なお予定は未定な模様(ォィ)