あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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一週間はやっぱ無理でした(土下座)
……えー、では改めまして読者の皆様への盛大な感謝を。

おかげさまでUAも252569、お気に入り件数も1020件、しおりも523件、感想数も817件(2025/11/3 18:14現在)となりました。誠にありがとうございます。いやもうホントまた多くの方が注目して見て下さってる。感謝に堪えません。

そしてAitoyukiさん、今回も拙作を再評価してくださり誠に感謝いたします。またしても執筆のエネルギーをいただきました。

では今回の話を読むにあたっての注意点として長め(約13000字)となっております。では上記に注意して本編をどうぞ。


幕間七十一 迷える少女たちは(後編)

 妙子が恵里達のことで悩んでいる間も話し合いは進み、志願者を募って王国でシゴいてもらうということで結論が出た。長老やその場にいた亜人達に見送られながら妙子達は王宮へとゲートを経由して戻る。もうすぐ昼を迎えるということもあって食堂へと一行は移動していた。

 

「貴様らか。終わったのだな」

 

「あぁ。多少のトラブルとお人好しどもがアレコレ言い出したぐらいだ」

 

「良いではありませんか。皆様に救ってもらった恩を別の形にしようとしただけです」

 

 その途中、妙子達はその途中でフリード、アンファン、ティオそしてイナバと出くわす。朝の話し合いでフリード達はオルクス大迷宮へと向かったということを妙子は思い出し、彼らもお昼を食べに戻ったのだろうかとふと妙子は思った。

 

「めずらしいね。イナバさんがフリードさん達と一緒なんて」

 

「あー、それは思った。お前らのとこのマスコットだろ」

 

「エサは菅原達の誰かが持ってくんじゃないの?」

 

 感想を漏らせば健太郎達もそれに対して思ったことを口にする。そこで綾子の言葉に妙子は引っかかりを覚えた。彼女が言ったようにイナバには幼馴染みの誰かが毎回エサを持って行っていたからだ。

 

「だよねぇ。アンファンさんに抱きかかえられてるのもそうだし」

 

 しかし今は真央が述べたようにアンファンがイナバを抱きかかえているのだ。しかもどこか不安げな彼女の顔をイナバがをちょくちょくなめており、イナバなりに気遣っているのが妙子にもわかった。だから余計にわからなくなってしまう。

 

「言われてみれば……アンファンがイナバを連れ出したのか?」

 

「違うな。奴の方から申し出てきた」

 

 どこか納得した様子のメルドがフリードの方を向いて尋ねれば、向こうは首を振ってイナバを一瞥する。あの死ぬのが怖いイナバがわざわざ戦いに? 一層謎が深まり妙子は思わず目を白黒させた。

 

「愛でる目的で飼ってると聞いた時は頭痛がしたが、思った以上に戦えるのう。あの魔境は妾でも厳しいと感じてておったし、イナバがいなければどうなったかと今も思っておる」

 

「はい……いつ死ぬかわからなくて。でも、イナバのおかげで助かりました」

 

 フリードに続き、ティオも右手をあごに添えながらイナバのことを評価する。またアンファンもぎゅっとイナバを抱きしめ、声をかすかに震わせながらも彼に助けられたことを漏らす。

 

“ね、ねぇイナバさん。どうしてフリードさん達と一緒にいたの……?”

 

 ティオが頼もしげにイナバを見ている辺り嘘や冗談の類だと妙子は到底思えなかった。だがそれなら戦うことすら泣いて嫌がっていたあのイナバがそれほどの活躍をしたことということになり、どうしてそんなことをしたのかと妙子は“念話”で直接イナバに問いかける。

 

“そら、まぁ……ワイやって死にたくないからや”

 

 するとイナバはため息を吐き、心底嫌そうな顔を浮かべて“念話”で答えてきた。妙子は何度も視線を泳がせながらイナバが危険な目に遭ったかどうかを思い返す。しかし思いつく限りイナバが死にかけるような事件はなく、一体どうしてと妙子は心配げにイナバを見つめた。

 

“あー、疲れてるからかわいこぶるのも無理なんや。かんにんなー”

 

“そ、それはいいけどぉ……で、でも、イナバさんはそんな目に遭ってないでしょぉ~”

 

“ワイはな~。妙子はん達がそうやったろ”

 

 ややげんなりした様子で愛想良く振る舞えないことについて言及するイナバに、妙子は疑問を直接ぶつける。するとけだるげにイナバは自分達に原因があると述べ、一体何がと妙子は何度も目をしばたたかせながらこれまでのことを振り返ろうとした。

 

「……菅原、貴様イナバと話でもしてたか?」

 

「――あ。あ、あはは……。イナバさんと一緒にいたのが、気になっちゃってぇ~……」

 

「まぁ確かにあやつはな……私達が神の使徒に負けたことがきっかけだと言っていた。それでわかるだろう?」

 

 そんな折、少し不思議そうな顔つきをしたフリードに妙子は声をかけられてしまう。思わず何度か目をキョロキョロさせてから白状すれば、フリードも軽く眉をひそめながらイナバを一瞥する。そして苦笑いを一瞬だけ浮かべてから漏らした理由を聞いて、妙子も思わず目が点になってしまった。

 

「あの時は、その……」

 

「お主らでも勝てないと聞いて相当焦ったようじゃな。ただ死ぬのを待つよりも強くなりたいと震えながら申していたぞ」

 

 力が足らなかったこと、どれだけ自分達が思い上がっていたかを知って感じたあの悔しさを妙子は今もハッキリと思い出せる。けれどもそれがあの臆病なイナバを奮い立たせたとは妙子は思っていなかったのである。そのためかすかに口角をつり上げたティオが述べた理由も妙子はすぐには信じられずにいた。

 

「お前達を死なせるのも嫌だとも言っていたか。私としても少々嫉妬してしまうな」

 

「まったくお前は……やるじゃないかイナバ!」

 

“あう、あう~っ! め、メルドはんやめてぇ~や! 妙子はんも止めてぇ~っ!!”

 

 そこでニヤッと笑ったフリードがぽつりとつぶやけば、イナバが顔を赤くして両の前足で顔を覆ってしまう。イナバから助けを求められたものの、メルドがわしわしとイナバの頭をなで回すのを妙子は止める気にはなれない。ただニコニコと笑いながらイナバに近づき、両ほほをムニムニとなでくり回すだけであった。

 

(……やっぱり私も、変わった方がいいのかな)

 

 そうしてひと通りイナバのほほの感触を堪能した後、ふと妙子は自分の中の迷いについて考える。追い込まれたイナバが自分達のために立ち上がったように、三人が平行世界に移り住むことを応援するべきではないかということにだ。

 

「どう、しました。菅原妙子」

 

「あ……な、なんでもない、よ?」

 

 考えようとした矢先、ふとアンファンに声をかけられて妙子はハッとする。アンファンを見ればどこか疑わしげに見つめており、妙子はただ首を何度か横に振ってなんでもないと答えた。しかし彼女の目つきは少しも変わらない。

 

“妙子はん、なんかあったんか? ワイでよければ話し相手になるで?”

 

「そうじゃな。下手に悩みを抱えていてはどこかで足下をすくわれよう。メルドやお主らの友人にでも話してみよ」

 

「……ごめんなさい。言えません」

 

 心配げに見つめるイナバの視線に、どこか様子を見るようなそぶりのティオに、妙子は答えることが出来ない。軽く目を細めて見つめてくるフリードからも妙子は目をそらし、メルドになんとかしてもらおうとチラッと彼の方を見やる。

 

「……まぁ俺にも言えないことだ。察してやってくれ」

 

「悩むのは貴様の勝手だ。だが、それで死ぬなどしてくれるなよ」

 

「……はい」

 

 ため息を吐いて頭を振ってからメルドがフォローしてくれたものの、気まずい空気なのは変わらない。フリードの忠告にもうつむいて目をそらしながら返事をするしか出来ないまま、妙子は皆と食堂へと向かったのであった……。

 

 

 

 

 

「タエ、待ちなさい」

 

 気まずい空気は昼食も続き、その後の鍛錬もあまり身に入らず。メルドから許可をもらって妙子は自室へと戻ろうとしていた。

 

「えっ……あー、優花と奈々に幸利かぁ」

 

 練兵場を出ようとしたその時、後ろから優花の呼び止める声がしたのである。一瞬の間を置いて妙子が振り向けば、心配そうに見つめている優花と奈々そして幸利がそこにいた。しかも優花は両手を腰に当てており、何か気に障ることでもしただろうかと思わず妙子は身構えそうになってしまう。

 

「なによその言い草……私だってタエのこと心配なのよ」

 

「メルドさんに無理言って私達も切り上げさせてもらってね」

 

「……ごめんねぇ~、三人ともぉ~」

 

 だがそれも二人の言葉と共にぴたりと止まった。口をツンととがらせている優花と苦笑いを浮かべる奈々を見てホッとする。また先程から黙っていながらも心配げに見つめてくる幸利のこともあり、妙子は申し訳なさそうな表情を浮かべると三人に軽く頭を下げた。

 

「二人とも昼飯の時に声をかけようとしたんだけどな。二人が聞いてダメだったんだからって俺が止めちまったから……まぁその、すまん」

 

「ホントよ。おかげでタエが相当引きずったじゃない」

 

「うん。今回だけは幸っちが悪いよ」

 

 優花と奈々はほほを膨らませると、自分達の間にいた幸利の脇腹を軽くひじでつついている。彼もまた何度も『悪かった』と二人や妙子に向けて頭を下げていた。幸利のおせっかいに妙子は苦笑し、また優花と奈々の気遣いを知って胸に手を当てる。

 

「……ありがと。それと、ごめんね」

 

「はいはい何度も謝らないの」

 

「うん。でさ、久々に三人で話さない?」

 

 胸に当てた手をギュッと握り、ぎこちない表情ながらも妙子は感謝と謝罪の言葉を口にする。優花もやれやれといった様子で見つめ返し、また奈々からの提案に妙子は思わずこの場にいた全員と目を合わせた。

 

「ま、俺がいるとやり辛いってんなら仕方ねぇよ。行ってきな。優花、奈々」

 

「ごめんね幸っち。後で時間作ってデートしよ」

 

「埋め合わせはちゃんとするわユキ……私達の部屋でもいいけど、たまには城下町にでも出てみない?」

 

 腕を組んで苦笑しながらも幸利はOKを出してくれた。奈々は彼に向かって手を合わせて片目をつぶりながら謝り、また優花もチラチラと彼を見ながらお礼をする旨を伝える。三人の仲の良さを見て妙子は軽く笑みを浮かべていたが、優花が唐突な提案をしてきたことに目をパチパチする。

 

「え、じゃあ優花が納得いったお店があったり?」

 

「そうそう。あそこのミートパイおいしくってね。ちょくちょく独り言を言ってたよねー」

 

「あー、あそこか。確かに優花が太鼓判押すレベルだったもんな。マジで美味かった」

 

「あーもううっさいわね! いいでしょ別に! 修行はしてるけどそこまで料理にうるさい訳じゃないわよ!」

 

 軽く茶化しながら妙子が話を振れば、奈々と幸利もニヤつきながらそれに答えてきた。案の定、顔を真っ赤にした優花がうがー! と気炎を上げながら反論してくる。ひとしきり笑った後、妙子は幸利に別れを告げて優花と奈々と一緒に城下町のある食堂へと足を運ぶ。

 

「――でね。ユキの奴、三回目のデートの時もここに来ようとしたのよ。そりゃ調べたいとは思ったけど」

 

「うんうん。私の時もそうだったよー。幸っちってさー、なんかの拍子にワンパターンになっちゃう時ない?」

 

「あー、あるあるぅ~。確かエリセンの時も同じ料理頼んでたって優花言ってたよねぇ~」

 

 奥の席に三人は腰を下ろすと、幾つか頼んだ料理についてアレコレ話したり幸利のことについてアレコレ言うなどして場を暖める。そして仲良く果実水を飲み干したところで優花が店員を手招きした。

 

「あ、すいません。果実水のおかわりお願いします……ね、タエ。そろそろ話してくれない?」

 

「あー、うん。そう、だね。恵里のこと、なんだけどさ」

 

 注文をした後、優花は優しい目つきで微笑みを浮かべながら妙子の方を見てきた。妙子も少し言いよどんだ後、息を軽く吐いてから本題に入る。恵里の抱えていた悩み、それを聞いてどうすればいいか悩んでいることについて語っていくと二人の顔も段々と曇っていった。

 

「だから言いたくなかったんだってば……わかるでしょ~?」

 

「……そうね」

 

「ごめんね。軽い気持ちで聞いちゃって」

 

 何ともいえない表情を浮かべた二人に妙子は軽く恨めしげに見ながらケチをつける。すると優花も目を伏せてぽつりとつぶやき、また奈々も申し訳なさげに妙子を見つめ返しながら謝った。

 

(やっぱりやめた方が良かったかなぁ)

 

「……ねぇ妙子。小六の時にエリ達がデートしたの、覚えてる?」

 

 話が途切れたことで気まずい空気が辺りに漂い、また周りの席が盛り上がってるから余計に妙子はいたたまれなくなってしまう。早く店員が来て欲しいとやきもきしていると、不意に優花がこちらをじっと見ながら話しかけてきたことに妙子は気づいた。

 

「お、覚えてる、けど……三人で本屋とか優花の家に行ったあれだよね?」

 

 優花の問いかけを聞き、妙子の頭にある出来事がよみがえった。ハジメだけが違う中学校に進学するということで恵里達の関係がぎくしゃくしてしまい、それが解決することになったデートのことがだ。何分相当前のことだったから記憶もあいまいであり、妙子はおそるおそる尋ね返す。

 

「あ、あれね。お互い好きだってお店の中で告白したの。でしょ?」

 

「そうそう……きっとあの時みたいになるわ。だってエリ達でしょ?」

 

 すると奈々もうんうんとうなずきながらそのことに触れる。そこで奈々が問い返すと優花もぎこちないながらも笑いかけてきた。きっと大丈夫じゃないかと問いかけてきたのである。

 

「そう、かな」

 

 妙子はその問いかけに答えられない。視線をさまよわせた妙子は近くに座っていた二つのグループ――仲睦まじく談笑する家族連れらしい人達に、食事のことなどでアレコレ言い合う二人の女へ目を向ける。

 

「神様なんていないのかなぁ。恵里に選ばせるなんてさ」

 

 選ばなければならない立場になってしまった恵里に、妙子は同情しながらつぶやく。ずっと手を伸ばし続けて救おうとした親友か、それとも家族やハジメ達の両親、そして自分達幼馴染みのどちらと一緒にいるか。残酷な選択を突きつけられた恵里の辛さを思い、妙子はため息を吐く。

 

「タエがそう言いたくなるのもわかるわ。でもエリは家族や私達との繋がりを失いたくないって言ってるんでしょ? なら、どれだけ辛くてもきっと答えを出すわ」

 

 感傷に浸っていた妙子に優花が再度言葉をかけてくる。あまり気乗りしないまま優花の方を向けば、あちらも真剣な目つきで妙子を見つめていた。どこか辛さを堪えるような表情をしている彼女を見て、優花も辛く苦しいのだと妙子も悟る。

 

「信じるしか、ないよね。それにさ、もしかすると恵里っちがちょっと先走っただけかもしれないし」

 

「え? どういうこと?」

 

「うん。二人があっちの世界に永住するかもー、って感じのことを言った時に何も考えらんなくなったって言ってたでしょ? もしかすると聞き落としがあるんじゃないかって思って」

 

 やはり恵里に任せるしかないのかと妙子が思った矢先、奈々も自分と同様の答えを出すと共に気になることを口にする。それについて妙子が尋ねれば、予想もしなかったことを奈々が答えたのである。これには妙子も目を丸くし、しばらく呆然としてしまう。

 

「……そういやそうね。なんだ。エリの先走りの可能性もあったんじゃない」

 

「そうだねぇ~……でも、どうするの? 恵里達が本当にあっちの世界にずっといるって言ったら」

 

 肩透かしもいいところな可能性が出たために妙子も肩を落として大きくため息を吐いてしまう。チラッと見てみれば向かいにいた優花も同様であった。とはいえ本当のところはどうなのかわからないままなため、妙子はまた自分が抱いた不安を口にしてしまう。

 

「やっぱり信じるしかないよー……でも、それなら私達にも出来ることがあるよね」

 

 だが乾いた笑みを浮かべていた奈々がニヤリと口角を上げながら返してきた。つられて妙子もキッと自信ありげな顔つきで奈々を見つめ返す。

 

「そうね。スズ達が覚悟を決めてないんなら私達の言葉だって届くでしょ。やりましょ。ナナ、タエ」

 

「「うん」」

 

 そして優花もニッと笑い、奈々と妙子をそれぞれ一瞥してから『自分達ならやれる』と言ってのけたのである。妙子も奈々と顔を合わせた後、優花の方を見ながら力強くうなずいて返した。

 

「じゃ、明日にでも三人に言いましょ。それでいいわね」

 

「うん。そうだね――あ、来た来た」

 

 後はもう直接話し合うだけとなったところで給仕が人数分の果実水を持ってこちらへとやってくる。

 

「じゃあ悩みも解決しそうだし、仕切り直そっか~――それじゃあ」

 

「「「かんぱ~い!!」」」

 

 出されたものを受け取ると、妙子は二人と顔を合わせてから乾杯の音頭をとる。中身の入った木のコップがぶつかり、鈍い音が席にこだました――。

 

 

 

 

 

「本っ当にごめん!」

 

「私達のせいで皆を悩ませちゃって……ごめんね」

 

 悩みの相談会改め女子会のあった日の翌日。食事を済ませてすぐに妙子は優花達と一緒に恵里達にちゃんと話し合うよう説得する。その際食堂で話したことについても明かせば、ハジメも鈴も青い顔をしながらこちらに向かって直角に腰を曲げて頭を下げてきたのである。

 

「……ボクの勘違いだったからいいけどさぁ。いいけどさぁ~!」

 

「ひぃっ!?」

 

 ……ただし恵里だけは真っ赤な顔でこちらを心底恨めしげに見つめてきていた。顔が赤い分ヤバさは減ってるものの、眼力がすさまじすぎるせいで妙子は悲鳴を漏らしながら何歩か後ずさってしまう。

 

「恵里やめて! 僕が悪いから! 妙子さんは……えーと仕方なかったから!」

 

「ハジメ君……」

 

 すぐにハジメが間に入って恵里の説得に移ったものの、選んでくれた言葉がとても微妙だった。思わず妙子は背を向けたハジメに少しだけ険しい目を向けてしまい、他に何かなかったのかと軽く恨む。

 

「お前ら、話は終わったかー? そろそろ本題に入りたいんだが」

 

 とはいえそんな微妙な空気もメルドの号令と共に霧散した。すぐに妙子は他の皆と一緒に姿勢を正して座ると、今日の予定である大迷宮ことハルツィナ樹海の攻略会議に耳を傾ける。そして会議を終えると一行はゲートキーを使って目的地へと移動していく。

 

「あ、葉が……」

 

「これが大迷宮の……ふーん」

 

 妙子達が出たのはハルツィナ樹海にある枯れた大樹の周辺。すぐさま近くに建てられた石版へ向かい、そこの裏側に攻略の証をはめ込んでいった。そして大樹に浮き出た七角形の紋様にアレーティアが再生魔法を行使したことでその姿が変わる。大樹が瑞々しい姿を取り戻したのだ。

 

「幹が!」

 

「こらまたデケーな……」

 

 少し強めの風が大樹をざわめかせ、辺りに葉鳴りを響かせる。次の瞬間、いきなり正面の幹が裂けるように左右に分かれて大樹に(うろ)が出来上がったのである。数十人が優に入れるスペースがいきなり出来たのを目撃し、幼馴染み達はざわつき、また妙子も口をポカンと開けてしばし放心していた。

 

「……入るか。呆けていても何も進まんようだしな」

 

 そこでフリードが一言つぶやくと洞へと向かって歩いて行く。その様を見た妙子はすぐに近くにいた優花や奈々、他友人達と顔を見合わせて出来上がったスペースへと歩いて行く。

「行き止まりかな」

 

「何も無いってことはつまり――っ!」

 

 そうして今回大迷宮攻略に参観するオルクス大迷宮突破組、鷲三に霧乃、フリードにアンファン、ティオが入り込んだ。奈々がなんとなしにつぶやき、恵里がそれに言及しようとした瞬間に洞の入り口が閉じ始めたのだ。

 

「転移の魔方陣で送る、ということか」

 

「お家芸っていうか十八番ですね――来た!」

 

 そして入り口が完全に閉じて暗闇に包まれる。メルドがやれやれといった様子でつぶやき、またハジメもそれに乗っかった辺りで足下に大きな魔方陣が現れたのである。強烈な光が放たれ、妙子の視界は暗転する。

 

「……森の中、かなぁ」

 

 妙子の目が光を取り戻した時には世界は一変していた。木々の生い茂る樹海のような景色が目に飛び込み、辺りを見渡して確認すれば周りを樹々に囲まれたサークル状の空き地にいることに妙子は気づく。

 

「とりあえず全員はいるみたいだが……」

 

 また洞に入ったメンツが全員いるのを妙子も確認し、とりあえずいきなりバラバラにならないで済んだことにホッとする。その時であった。

 

「よくもハジメくんと鈴を汚したな。死ね」

 

「龍太郎くんじゃないよね――“聖絶・瞬乱刃”」

 

 いきなり聞き覚えのある銃声が、肉を切り刻む音がその場に響いたのだ。音のする方を振り向けばそこには凄惨な光景が広がっていた。殺人鬼のごとき形相の恵里が手に持ったシャウアーでハジメと鈴を穴あきチーズに、香織が少し不機嫌な顔つきでオリジナル魔法を詠唱して龍太郎を細かい肉片にしていたのである。

 

「え、り……? かお、りぃ……?」

 

 あまりにショッキングな出来事に妙子も思わず絶句しそうになる。どうして二人が愛する人を、失いたくない親友を手にかけたのか。その理由がわからず妙子は腰を抜かしそうになった。

 

「しょ、正気ですか中村恵里! 白崎香織っ!!」

 

「な、何をやっておるかお主ら――っ!」

 

「っ!? 違う。鈴達じゃ、ない……」

 

 次の瞬間にはアンファンとティオの怒りと困惑が入り交じった声が妙子の鼓膜を揺さぶった。だがティオが声を詰まらせるのとほぼ同時に妙子はある違和感に気づき、思わず鈴達の()()を凝視する。

 

「そういうことか!」

 

「血が流れてない……スライム系の魔物!?」

 

 穴を開けられ、切り刻まれて飛び散ったのは血液や脳漿などではない。赤さび色のスライムであった。それに気づいたが故に妙子は何故恵里と香織がこんな凶行に走ったかを理解する。何らかの理由で二人は鈴達が偽者であることに即座に気づいたからだ。

 

「やってくれんじゃねぇか大迷宮!」

 

「どうするよ。中村と白崎が始末したヤツ以外に偽者いるか?」

 

「んー。ちょっと待って」

 

 メルドや優花達も声を上げた後にすぐに武器を構える。妙子も同様に宝物庫から鞭を取り出し、地面に先端を叩きつけつつも身構える。他の皆も偽者である可能性がチラついたからであった。

 

 どうやって他に偽者を見抜こうかとこの場にいる皆を静かに観察しようとする。その時恵里のやや苛立った声がその場に響いた。

 

「“魂視”……うん。檜山君、そこのアレーティア偽者っぽいからすぐ始末して。あと浩介君も」

 

「ぴっ!?」

 

「何ィッ!?」

 

「マジなのか中村?――“魂視”……あ、マジだわ。死ね」

 

 恵里が詠唱したのは魂魄魔法の一つだっけと妙子は思い返す。効果は『相手の魂や魔力の状態を目で見ることが出来るようになる』というひどくシンプルなものだ。妙子も試しに使ってみれば、始末される寸前のアレーティアと浩介の魔力が妙に少ないことに気づく。

 

「ふっ……確かに浩介君はこんな弱い訳がないな」

 

「シッ!……すごいねぇ恵里、香織ぃ~。どうしてそんなに早く気づいたのぉ~」

 

 すぐに鷲三が持っていた短刀で浩介の首を勢いよく切り落とす。首が赤さび色のスライムになったのを確認すると妙子もすぐに偽の浩介の体も鞭で滅多打ちにした。そのまま崩れて地面のシミとなったのと他に偽者がいないことに安堵しつつ、妙子はいち早く偽者を見破った二人に声をかける。

 

「んー。なんかちょっと変なニオイしてたから。あと勘」

 

「あ、わかる! かすかにだけど龍太郎くんっぽくないニオイしてた!」

 

『ヒッ』

 

 どうやって偽者だとわかったのかと尋ねた結果、返ってきた答えに妙子は心の底から戦慄する。

 

 魔物の肉を食べたことで微妙に鼻が効くようになったのは妙子も実感があった。だが一メートルも離れてるとわずかな匂いを嗅ぎ取るのは無理だとわかっていたからである。なんでそんなことやれたんだと思わず息を呑み、近くにいた優花と奈々に三人仲良く体を抱きしめあっていた。

 

「……で、でも流石恵里だよねぇ~。鈴とハジメ君なら何でもお見通しなんてねぇ~」

 

「……うん。まぁね」

 

 震えながらも妙子は偽者を見抜いた恵里のことを持ち上げると、向こうも右手をグッと握って意を決した様子でひとりつぶやく。その後しばらく上を見上げていた恵里は不意にこちら側に振り向いた。

 

「探そう。いなくなったハジメくん達をさ。きっとどこかにいるはずだから」

 

「あぁ。私達と一緒に飛ばされた以上、どこかにいるのには違いない」

 

 恵里の提案に妙子もうなずく。またフリードの言葉を聞き、皆と顔を合わせてうんうんとうなずく。これまでの大迷宮も足を踏み入れた人間をいきなり追い出すような真似はしなかったことを思い出し、きっとどこかに鈴達もいるはずだと思えたからである。

 

「……ったく。ボクの幼馴染みの偽者なんか作ってくれちゃってさ。ホント不愉快」

 

 そうして恵里の後ろをついて行く中、ふと彼女が漏らした言葉に妙子はひどく安心してしまう。この世界に対する愛着が確かに恵里の中にあったことに、簡単に切り捨てようとしないことにホッとしてしまったのである。

 

「ほらね。大丈夫よエリなら」

 

「そうだね。恵里っちなら捨てないよ」

 

「まぁ悪い気はしねぇよな。自分勝手なのはわかってるけどよ」

 

「うん……そうだね」

 

 すぐに妙子は優花達と顔を合わせ、安堵のため息を吐く。

 

 きっと恵里はこっちに戻ってきてくれる。幸利が言ったように自分勝手なのはわかっていても自分達の関係が壊れることはきっとない。少し後ろめたさを感じつつも、妙子は恵里が自分達のことをちゃんと思ってくれていることに確かな喜びを感じていた。

 

「っ!――グギャアァァアアァ~~~~~~~!!!」

 

 そうして一行は道中の魔物を瞬殺したり、仲間に擬態した魔物の心底不愉快な寸劇を目撃しては倒しながら樹海の中を進む。その途中、樹海の合間からゴブリンに酷似した生き物がひどく情けない声を上げながら現れたのである。

 

「………………敵か?」

 

「ギャッ!?……ギィィ……」

 

 すぐに妙子も皆と一緒に身構えたものの、そのゴブリンモドキはカタカタ震えている上に思いっきりべそをかいているのがわかってひどくやる気が削がれてしまう。何せこの生き物の姿に見覚えしかなかったからだ。

 

「……もしかしてお前、アレーティアか?」

 

「グギャ!?……ギャギャッ!!」

 

 大介が心底呆れた感じの声色で尋ねれば、そのゴブリンは返事と共にすぐに大介へと飛びついた。妙子は即座に確信する。アレ、どう考えても姿変えられたアレーティアさんだ、と。

 

「アレーティアか……」

 

「アレーティアさんだね」

 

「アレがアレーティア……確かにあのうろたえようは精神が不安定になった彼女ですね」

 

「まぁお前が無事で良かったよ。てか、魔法は……使えたらやってるか」

 

 すぐにメルドや香織達もあの生き物がアレーティアであることに気づいたようで、ひどく脱力した感じの声色で彼女の名前をつぶやいていた。そんな時大介がアレーティアにかけた言葉でふと妙子はあることを察した。

 

「さっきからハジメくん達に“念話”送り続けてるんだけど全然繋がらなかったし……技能とかも封じられてる感じかな」

 

「そうか。そうなるとハジメ達も……香織、一応アレーティアさんに“絶象”を。それと皆、やっぱり“魂視”は使い続けよう。どこかにハジメ達もいるかもしれない」

 

「そうだね~。私も光輝君に賛成~」

 

 それはアレーティアの技能や持ち物が封じられていること、そしてこの場にいないハジメ達も同様の状況に追い込まれていることだ。恵里が心底不愉快げにつぶやいたのに妙子もうんうんとうなずき、また光輝の提案に妙子もすぐに同意する。

 

「じゃあアレーティアさん、ちょっと待ってて。“絶象”――あれ?」

 

 光輝からの指示を受けて香織もすぐに再生魔法を発動する。しかし紅色の魔力光がアレーティアへと降り注いでも彼女の姿は戻らない。もしかして大迷宮の力で出来ないのではと考え、妙子はこの大迷宮を造った解放者の底意地の悪さに顔をしかめた。

 

「グギャ……ギャァァ……」

 

「ふむ……やはり大迷宮にはそれぞれコンセプトというものがあるのじゃろうな」

 

「コンセプト?……なるほど。確かに私達を様々な形で試してはいたな」

 

 ゴブリン姿のアレーティアが絶望のこもった声を漏らすと、不意にティオが気になることをつぶやいた。その言葉の意味に気づいた様子のフリードが、いつもの涼やかな雰囲気でそのことについて言及してきたのである。

 

「うむ。先日訪れたライセン大迷宮は魔法という強力な力抜きにあらゆる攻撃への対応を見抜くこと、メルジーネ海底遺跡は残酷な真実を知ってもなお立ち上がれるかどうかじゃろうか。ここは……絆、かのう」

 

「ちょい待ってくれよティオさん。ってことはここは俺らの友情とか愛情をこういう形で試してるってことか!?」

 

「そうであろうよ……妾がこれまで大迷宮を進んでいた経験から考えればまだ序の口じゃろうがな」

 

 するとティオもフリードの言葉に同意し、自分達がこれまで訪れた大迷宮はどういう形で試していたのかについての推測を語っていく。その推測にすぐに礼一が乗っかり、彼なりの持論を展開するとティオも首を縦に振った。

 

 まだ自分達の絆を試す試練は続くという推測を聞き、この大迷宮もそうすぐには終わらないだろうと直感していた妙子も思わずつばを呑む。

 

「大丈夫だよティオさん。だって私達、これぐらい乗り越えてきたんだもん。龍太郎くんともまた会えるし、突破してみせるよ」

 

 そんな軽く緊張した妙子の耳に香織の力強い声が届く。グッと右手を握り、ハジメが新たに作った杖代わりの籠手に目を落としながら香織は宣言していた。妙子も口の端を緩め、自分達が様々な困難を乗り越えてきたのを思い出し、自分達ならやれると己に言い聞かせる。

 

「そう、ですね。あなた達ならきっとやれます。行きましょう。エヒトを倒す力を手に入れるために」

 

「お母さんもお爺ちゃんも、でしょ? 行きましょ、皆」

 

 そしてこちらを見ながら悲痛な声で激励してくる霧乃を見て、妙子は胸が締め付けられる思いに駆られる。すぐに霧乃と鷲三の顔を見ながら意見してくれた雫に心の中で感謝しつつ、妙子は皆と一緒に再度樹海の中を歩いていくのであった――。

 

 

 

 

 

「あーやっと終わった。面倒だったな」

 

 姿が変わった仲間達を保護しつつ樹海を進んだ妙子達は今、巨大なトレント()との戦いを終えたところであった。かつてオルクス大迷宮で戦ったトレントモドキよりはるかに大きい、直径十メートル、高さ三十メートルはあろう巨木のような図体の相手を倒したのである。

 

「ホントうっとうしかったわね……まぁカオの張ったバリアのおかげで全然攻撃は来なかったけど」

 

 鞭のようにしなって不規則な軌道を描いて襲いかかる木の枝に刃物のように舞い散っては飛び交う葉。砲弾のように撃ちこまれる木の実、突如地面から鋭い切っ先を向けて飛び出してくる根っこ。しかもこれがトレント本体だけでなく、こいつが淡く輝くと同時に生えてくる大量の樹々もやってくるのである。

 

「うん。威力はともかく、色んなところから来てたから……ちょっと怖かったなぁ」

 

 なお香織が十枚単位で展開した“聖絶”を抜いてくることは一切無かった。それと途中で面倒くさくなってキレた信治が許可を貰った上で“蒼龍”を発動して一気に焼き払ったことでアッサリ決着が着いていたりする。

 

「だよねぇ~。鈴はこうなっちゃってるし、香織がいなかったら面倒だったよぉ~」

 

『うん。香織が無事でいてくれて助かったかな』

 

『そうだね。僕らも浩介君やアレーティアさんと同じ状態だし』

 

『違ぇねぇ。流石香織だ』

 

 面倒な相手だったなぁと思い返しつつ、妙子は恵里の両隣にいる鈴とハジメ、苦笑する香織を見やる。道中で合流したゴブリン姿のハジメと鈴の“()()”のボヤきと、オーガまがいの姿となった龍太郎のつぶやきにも妙子も数度うなずいて返す。

 

『マジで助かったよ幸利。“心導”だと使ってる人としか話せないし』

 

『本当にありがとうございます清水さん。おかげで大介と話が出来て本当に……』

 

「いいさ。お前らが困ってたんだしよ……っと、前見ろ皆! あの木が再生してやがる!」

 

 魔物の姿となって技能もあらゆる道具も使えなくなった彼らを助けたのは幸利である。彼が急ごしらえとはいえ“念話”を付与した簡単な腕輪を作ってハジメ達に渡したのだ。そのことを感謝されて顔を赤くしていた幸利であったが、いきなり彼は前の方を指さして叫んだ。

 

「あの魔物、ここに来る際の大樹と同じ役目も持っていたか」

 

 “蒼龍”によって辺り一帯が焼き払われ、延焼しないよう奈々が水系魔法を駆使して鎮火。熱気が収まるまでバリアの中でしばし休んでいた一行の目の前で、地響きを立てながらすさまじい速度で木が成長していく。それは先程倒したトレントモドキと同じサイズになってしばらくすると、この大迷宮の入り口であった大樹と同様に洞を作ったのである。

 

「温度はある程度下がったようだな。よし、行くぞお前達」

 

 メルドが号令をかけるとすぐにバリアが消え、少し強めの熱風が肌をなでていく。とはいえタール鮫のいた階層の熱気よりは遙かにマシであったため、これぐらいならいいかと妙子はうめき声すら上げずに歩いて行く。

 

「はーい。じゃ、行こっか。ハジメくん、鈴」

 

『『うん。行こう恵里』』

 

 そうして樹の中の空洞へと進む中、恵里達の声を聞いた妙子は後ろを見やる。ゴブリンモドキとなったハジメと鈴と一緒に手を繋ぎ、穏やかな笑顔で歩く恵里の姿を見て妙子も思わずほほが緩んでしまう。

 

「? どうかした、妙子」

 

「ううん。何でもないよぉ~」

 

 改めて恵里達ならきっと大丈夫だと妙子は確信する。その当人から不思議そうに見つめ返されたものの、妙子は首を横に振ってから前へと振り向く。

 

(今度は私が幼馴染みを信じないとだね~。じゃあ次何が来てもいいようにしないとかな)

 

 もう妙子は恵里のことを心配してはいなかった。考えるのは次の試練はどういったものになるかと身構えるだけ。この大迷宮に入った時と同じ様に閉じていく洞に、真っ暗になってから足下で輝く魔方陣を見つめながら妙子はただ穏やかに笑っていた。




さぁ次はみんな大好き『夢』のお話です。ドキドキワクワク出来るようなものを出せたらいいなーと思っておりますまる

2025/11/7 龍太郎抜けてたのに気づいて修正しました(白目)
ホントごめん龍太郎……。

2026/1/21 ちょっと修正
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