あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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時間はかかりましたが、どうにか形に出来ました!
では改めまして読者の皆様への惜しみない感謝を。

おかげさまでUAも254218、お気に入り件数も1024件、しおりも528件、感想数も821件(2025/11/30 18:17現在)となりました。誠にありがとうございます。いやはや伸びが衰えないのは本当にありがたいことです。

そしてAitoyukiさん、今回も拙作を再評価してくださり本当にありがとうございます。また執筆を続けられる力をいただきました。

今回の話を読むにあたっての注意点として、その……かなり長く(本編だけで17000字ほど)となりました。では上記に注意して本編をどうぞ。


百十二話 少女の夢が破れる時(後編)

「おはよう、恵里」

 

「……ぁ。ハジメ、くん?」

 

 誰かに抱きしめられてる感覚と人肌のぬくもりを感じ、恵里はまぶたを開く。目の前にはどこかホッとした様子で見下ろすハジメの顔があり、まだ頭がハッキリしないながらも彼に横抱きにされていることだけは恵里にもわかった。

 

「良かった。恵里もここの試練を突破したんだね」

 

「し、れん……あぁ、アレね」

 

 どうしてハジメが抱きしめているか、今自分がここにいるのかも恵里はよくわかっていなかった。だが真横から聞こえた鈴の安心したような声で一気に目が覚める。さっきまで自分が見せられていたあの悪辣()()()()の光景を思いだし、一気に恵里は渋い顔をする。

 

「あー、最悪。ハジメくんと鈴はゴブリンに変えられるし、夢にまで偽者出てくるし、ここ暗いし。ここ造った解放者間違いなく性根が腐ってるね」

 

「ふふっ」

 

 思いっきり舌打ちをしながらこれまでの事、“夜目”の技能がなかったらこの真っ暗な空間でハジメの顔を見れないことへの不満を恵里は口にする。そして解放者への人格攻撃まで始めた途端、不意にハジメが吹き出してしまう。

 

「ごめん、恵里。今の恵里見てホッとしちゃった。僕の好きな人はこういう女の子だったな、って思っちゃって」

 

 いきなりハジメが吹き出したのを見て思わず恵里はキョトンとしてしまう。目を大きく見開いた恵里がハジメの顔を見つめると、彼もどうして吹き出してしまったかを微笑みながら語ってきた。

 

「うん。私とハジメくんの夢の中の恵里、妙に大人しいし黒さが無かったから。やっぱり本物はこうじゃなきゃ」

 

「二人ともさぁ……」

 

 しかも鈴まで軽くニヤつきながら夢のことを話してきたのである。安心している理由があんまりなせいで恵里も思わず顔をしかめ、ハジメの首に腕を回しつつも二人を交互にジト目で見つめた。

 

「恵里ちゃん、あんまり怒らないであげて。寝てる間ずっと鈴ちゃんもハジメ君も心配してたから」

 

「あぁ。コイツらお前の寝てた箱の周り何度もウロウロしたり、早く目を覚ますよう祈ってたりしたからな。許してやれよ」

 

「……香織、龍太郎君も」

 

 だが頭上からかけられた声に驚き、すかさず恵里が横に顔を動かすと香織と龍太郎が苦笑しているのが見えた。二人も既に起きていたのに少し驚きつつ、このままだと流石に恥ずかしいことからハジメとアイコンタクトをとって下ろしてもらう。

 

「箱って……もしかしてハジメくん達も?」

 

 龍太郎の口から聞こえた妙な単語に軽く首をかしげつつ、恵里は周りを見渡す。するとここがドーム状の空間であること、規則正しく円状に幾つもの長方形の箱が置かれているのがわかった。

 

「うん。雫ちゃんやメルドさん達もここで眠ってるみたい」

 

 また香織の言葉を聞いてじっと見てみれば、その箱全てが透明感のある黄褐色をしているのが見えた。その中にはここの攻略に参加した面々が入っており、目をつむったまま微動だにしていないのがわかる。

 

「……心底いい趣味してるよね。解放者のヤツもさ」

 

「「「「わかる」」」」

 

 それを見てまるで化石の琥珀のようだと思い、恵里は若干引き気味に顔を引きつらせながらつぶやく。すぐさまハジメ達が同意してくれたことにちょっとだけ嬉しさを感じつつ、恵里は起きている皆を見やる。

 

「それでどうするの? やっぱり皆が目を覚ますまで待つ?」

 

「俺らはそのつもりだ。もうハジメ達には話したんだがな。話を聞いた感じだと見させられた夢も試練っぽいしよ」

 

 そこでこれからどうするのかについて恵里が尋ねると、龍太郎がそれに答えてきた。その際、ハジメでなく龍太郎が答えたことにちょっとだけ恵里はムッとしてしまう。とはいえ目くじらを立てる程でも無かったため、恵里は本当にそうなのかとハジメ達を見渡した。

 

「うん。下手にこれを壊したら試練も失敗になりそうだし。いつまで続くかわからないから僕達だけでも休んだ方がいいと思って」

 

「雫ちゃん達には悪いとは思ってるけどね」

 

「……ま、そうだね。ちょっとあっちで暴れたせいで魔力もあんまり残ってないし」

 

 ハジメも龍太郎に賛成した理由を語ってくれ、また鈴もそれにうなずいている。香織は一瞬目をそらして気まずそうにつぶやいていた。香織のいい子ちゃんぶりにちょっとだけ呆れはしたものの、ハジメの言い分に恵里も納得してそれに同意する。

 

「そ、そっかぁ……恵里もなんだ」

 

「…………ハジメくんも恵里と同じで向こうで大暴れしたみたいだよ」

 

 そんな折、ふと顔をほんのり赤くしたハジメが顔を背けながらぽつりとつぶやいた。その言い分からもしかしてとハジメに期待の視線を向けると、隣の鈴が不機嫌な声でその理由を述べる。

 

「そっか。そっかぁ~。まぁハジメくんならキレるよねボクと鈴の偽者見せつけられたもんね都合のいいお人形さんじゃなくて本物のボクがいいって言ってたしねぇ~うんうんそうだよそうだよハジメくんにもボクが必要なんだよねぇ~」

 

 どうせならハジメの口から聞きたかったし、先に鈴に聞かれてたことにイラつきはした。だが自分と同じことをしていたのを知り、恵里は思いっきりデレデレしながらハジメに抱きつく。

 

「香織、目ぇ輝かせて無言でガッツポーズすんなお前は……」

 

「えー……」

 

「あー、こほん……恵里、さっきすごい表情してたけど、何があったか聞かせてくれる?」

 

 そうしてハジメに頬ずりをしてると、不意に呆れた龍太郎が香織にツッコミに入れる声を恵里は聞く。そこでチラッと横を見れば、香織が思いっきりほっぺを膨らませてブーたれていた。何やってんだかと恵里は思わず半目で彼女を見つめていると、せき払いをしたハジメから恵里はあることを持ちかけられた。

 

「もちろん無理強いはしないよ。でも辛さの共有ぐらいは出来るから」

 

「私達もそうだけど、結構エグいところ突かれたからね。吐き出しちゃえば楽になるかもしれないし」

 

「……そうだね。いい?」

 

 ちょっと焦った様子で無理強いはしないとハジメは述べた。けれども続く言葉で彼が自分を気遣ってくれたことは恵里もわかった。また鈴も同様に気遣ってくれたことが嬉しくなり、()()()()()()()()()()()と思っていた恵里は二人に尋ねる。すぐにハジメと鈴はそれにうなずいてくれた。

 

「――とまぁこんな感じ。偽者なんかと一緒にいたくなかったからキレて壊したってワケ」

 

「「「恵里……」」」

 

「恵里ちゃん……」

 

 一応香織と龍太郎にも確認をとってから恵里は先程見た夢について語った。話を進めていく内にハジメ達の表情がこわばり、悲しげなものに変わっていくのをあえて恵里は無視しながらだ。ハジメと鈴に手をギュッと掴まれ、それに嬉しさを感じつつも恵里は一端話を切り上げた。

 

「……絶対に元いた世界に行こう」

 

「うん。私達なら絶対やれる。恵里の親友に会いに行こう」

 

「そうだよ恵里ちゃん。概念魔法の力で――」

 

「ふふっ。やだなぁ。()()()()で終わらせるつもりなんてないってば」

 

 するとハジメに鈴そして香織が真剣な表情となり、じっと見つめながら恵里に決意を訴えてきた。その思いを恵里は嬉しく思ったものの、ただ親友に会いに行く()()であることに思わず笑ってしまう。

 

「「「えっ」」」

 

「その程度、って……おい恵里。お前何考えてやがる」

 

 笑いをこらえきれず、ささやかな願いで済ませる気が無いことを恵里が述べた途端にハジメ達は固まってしまう。すぐにハジメ達の表情が緊張したものに変わっていくこと、龍太郎が軽くにらみながら問いかけてきたことに恵里は軽く首をかしげた。

 

「簡単だよぉ。だって概念魔法なら何でも叶えられるんでしょ」

 

 四人には自分の()()を伝えたのにどうしてわからないんだろうと恵里は疑問に思った。ちゃんと伝わってなかったんだろうかと思わず軽くため息を吐きたくなってしまう。じゃあ仕方ないかと苦笑しつつも恵里は明確に自身の願いを口にする。

 

「どっちの鈴もいる世界を――向こうの鈴以外全部、こっちの世界で塗りつぶすとかさぁ!!」

 

 ――二つの世界を都合良く一つにする。

 

 あの試練によって気づけた理想の世界を実現すればいいのだと恵里は考えたのだ。だからそれがどれだけおぞましいかなど気にも留めてはいない。恵里は高らかに笑いながらそれを口にしたのである。

 

「何、言ってるの。恵里」

 

「そ、そんなのめちゃくちゃだよ! それじゃあ向こうの私……ううん。私と恵里以外の人達の人生を無理矢理変えるってわかってるの!」

 

 だが恵里の語った理想に誰もうなずいてはくれなかった。

 

 ハジメは顔を青ざめさせて体と唇を小刻みに震わせてつぶやいた。いきなり鈴に肩を掴まれ、考え直すよう恵里は説得されてしまう。龍太郎は鬼の形相を浮かべ、香織もわなわなと肩を震わせている。その様子に恵里はあぜんとしてしまう。

 

「え? どうして?」

 

「どうしてもクソもあるか馬鹿野郎!! 恵里、やりすぎだってわかんねぇのか!」

 

「龍太郎くんと鈴ちゃんの言う通りだよ! 恵里ちゃん、いくら何でもひどすぎるよ!」

 

 どうして賛同してくれないのかとつぶやけば、龍太郎は青筋を何本も浮かべながら叫び、香織も鋭い目つきでそれを非難してくる。そこで説明が足らなかったかもと考え直し、恵里はそう考えた理由を語り出す。

 

「だって誰も不幸にならないじゃん。ボクもハジメくんも鈴も、家族と別れなくって済むんだよ?」

 

 そうあっけらかんと語れば、一気に場の空気が張り詰めていったのを恵里は感じ取った。なんで? どうして? もっと説明すればいいの? と思い直すと更に言葉を紡いでいく。

 

「それにさ、元の世界の鈴とだってまた会えるしもう別れなくて済むし。あ、概念魔法に必要な魔力をどうやって用意するかについても考えないとだよね。莫大な魔力はどこから……そうだ。エヒトの――」

 

 元いた世界の親友と再会だけでなく、もう誰とも別れなくて済む。あの夢そのものはひどくしゃくに障るものであったが、望む全てが手に入る唯一のルートだと恵里は直感していた。またあの夢で概念魔法の発動に必要なコストの問題に突き当たったことを思い出し、ふと思いついたことを恵里は語ろうとした。

 

「そうじゃないよ! 恵里は向こうの世界の人達がどうなってもいいっていうの!」

 

「……えっ?」

 

 だがそれは顔を真っ赤にしたハジメにそれを止められてしまった。先程まで顔を青ざめさせていた彼が怒りで声を震わせて叱り飛ばしてきたのである。きっと理解してくれると信じていたハジメがこんなリアクションをしてくるとは思わず、恵里の頭の中は真っ白になってしまう。

 

「やられる方の気持ちにもなってよ! 私、お父さんとお母さんが別人になるなんて嫌だよ!」

 

「そ、それは、概念魔法の力でどうにか……」

 

 更に涙目になった鈴から襟首を掴まれ、体を揺さぶられながら反対される。また鈴の指摘で自分がそこまで考えてなかったことに気づき、恵里はうろたえてしまう。こちらを凝視してくる鈴から目をそらし、概念魔法の力でどうにかすればいいと言おうとした。

 

「それを向こうの世界の人達が望んでるの!? そんなの、エヒトと変わらないよ! それをハジメ君がどう思うかわかるでしょ! 答えてよ! 恵里ちゃん!」

 

「っ! ボクはエヒトと違う! これは、誰も不幸になんてならない方法なんだよ!」

 

 だがいきなり左肩を掴まれたことに意識がいってしまい、そちらに振り向いてしまう。その先にいた香織が涙目でこちらをにらんでいるのを見て、エヒトと同列扱いしてきたことに恵里は眉をひそめて反論する。

 

「恵里、お前がそう思うのぐらいは俺もわかる! でもな、それで向こうの谷口が喜ぶと思ってんのか!」

 

「だから鈴のために――」

 

「そんなことしたら後悔しかしないから止めてるんだよ恵里っ!!」

 

 するとずかずかとこちらに迫ってきた龍太郎が怒りに満ちた表情で怒鳴り散らしてきた。向こうの世界の鈴のことを出されてすぐに恵里は反論しようとするが、いきなり後ろから聞こえたハジメの声に思わず声が引っ込んでしまう。

 

「なん、で……どう、して」

 

「この考えを絶対に実現させる訳にはいかない。そんなことをしたら恵里が絶対に後悔、いや二度と立ち直れなくなる! だから止める!!」

 

 愛する人や親友達に何度となく否定され、恵里ははらはらと涙を流す。しかも覚悟を決めた様子のハジメが鈴をそっとどかし、目の前でその願いを認めないと口にしたことで恵里の心はより一層ズタズタになってしまう。

 

 ――故に恵里は気づけない。ハジメの表情がただ真剣なだけでなく、焦りの色がひどく濃く浮かんでしまっていることに。

 

「でも、だって……」

 

「さっきアテがあるみたいに言ってたけど、それほどの規模の魔法を使うための魔力はどうするの? 簡単には用意できないでしょ? だから諦めてよ、恵里」

 

 しゃくりあげながら恵里は言葉を紡ごうとしていた。だがそれもハジメが立て板に水のごとき勢いで無理だと訴えられ、そのショックで言葉を詰まらせてしまう。

 

「……そう、だね。ちょっと手紙を送るとかそういうのならまだこの世界の魔力を総動員するとかでやれるかもしれない。でも、そこまでのことをやるのって相当コストかかるでしょ。だから――」

 

 また目の前にいた鈴もどこか迷った様子ながらもハジメに乗っかって考えを否定してきた。一番信頼できる幼馴染みからも否定され、恵里はより怒りと悲しみで心がぐちゃぐちゃになっていく。

 

「やれるよ! エヒトの神域を使えば!!」

 

 だから恵里はもう否定されたくなくて、さっき話すはずであったアテを端的に口から吐き出す。瞳をうるませながらも鈴達をにらみ、向こうが軽く顔をこわばらせたのを確認すると共に恵里は持論と思いの丈を叩きつけていく。

 

「エヒトを倒せばあの世界手に入るでしょ! 原理的にはハジメくんが使ってる宝物庫とか神結晶を作る装置と同じじゃん! あの世界を材料にすればやれるって思ったんだもん! なのに、なのにみんなどうして!!」

 

 夢に出てきた偽者のハジメ達に突きつけられた自分の考えの穴。それをどう補うかを本物のハジメ達との語らいの間で恵里は思いついていたのだ。だがそれを語る前にハジメ達は容赦なく否定してきた。そのことへの嘆きを恵里は口にしていく。

 

「できないやれないってボクを否定して! じゃあ他にどうすればいいの!! ねぇ!!」

 

 自分に手を伸ばし続けてきた親友をあきらめきれない。だからこそ恵里はあがこうとしていたのにハジメ達は一も二も無く非難してきた。涙を流しながらその事への怒りと嘆きを恵里はハジメ達へ訴える。

 

「……雫にやったみたいにする。それで妥協できる?」

 

「……うん。ちゃんとこっちの世界で幸せになってるって伝えれば、それで」

 

「そんなの受け入れられる訳ないよ!!!」

 

 途端に目の前の鈴は苦虫をかみつぶしたような表情になり、またハジメも香織も龍太郎も苦々しい表情で目を背けた。そのまま妥協するよう諭してきた鈴と香織に恵里は更に怒りを募らせ、今度は鈴の襟元を掴み返す。

 

「あのどうしようもない馬鹿で、お人好しで、ずっとずっとボクに手を伸ばし続けてくれた親友()とずっと一緒にいたいって願うことの何が悪いの!!」

 

 そして恵里は声を荒げながら四人に己の願いをぶつける。偽りであっても、いびつであっても、自分と親友であり続けようとしてくれた少女とまた会いたい。今度こそずっと一緒にいたい。自分の正体を知ったことで生まれた渇望をだ。

 

「もう、もうボクにはこれしかないんだ……だから、だから邪魔、しないでよぉ」

 

「「「……恵里」」」

 

「……ごめんね、恵里ちゃん」

 

 ひとしきり声を張り上げた後、恵里はその場でひざから崩れ落ちてしまう。うつむいてはらはらと涙を流し、嗚咽を漏らしながらぽつりとつぶやいた。ハジメ達が心配げにつぶやくもその声は恵里の耳には届いていない。

 

「妾は静観させてもらうとする。お主らはどうする?」

 

「そうですか……ごめんなさい、恵里さん。でも、私()は皆さんと同じです。ですよね雫さん、アレーティアさん、浩介さん」

 

「ダメ、です……ごめんなさい中村さん。止めさせて、もらいます」

 

「あぁ。だから俺が――」

 

「ごめんなさい浩介君。アレーティアさんも。今だけは私にやらせて……ごめんね鈴。ちょっとどいて」

 

 互いに襟元を掴んでいた手は既に離れ、両腕をだらんと垂らしながら恵里ははらはらと涙を流すだけ。それ故にいつの間にか目覚めていたシア達の声も意味のある言葉として恵里の頭には残らない。だがいきなり肩を掴まれて揺さぶられたことには恵里もびくりと反応し、思わず顔を上げてしまう。

 

「雫、もう起きてたんだ……」

 

「ついさっきよ。目を覚ましてたシアから色々聞いただけ……ねぇ恵里、さっきの話って本気なの?」

 

「さっきの、って……」

 

 恵里の目の前にいたのは怒りと決意で目を細めた雫であった。ぼんやりと雫を見つめつつ、恵里は彼女からの問いかけをか細い声で尋ね返す。

 

「概念魔法の話。向こうの世界を塗りつぶすだなんだ言ってたって聞いたわ」

 

 すぐに雫はキッとした目つきで恵里を見据え、ハジメ達に否定された願いのことだと答えてきた。雫まで否定してくるのかと考えてしまった恵里は再度視線を下げて乾いた笑いを浮かべる。

 

「……雫も、ダメって言うんでしょ」

 

「そうね。ごめんなさい……だって、そんなことしたら向こうの世界の私達が苦しむから」

 

 誰からも理解されない、してくれないことへの絶望に浸っていた恵里はかすかに冷笑しながらつぶやく。すると雫も申し訳なさげな声で謝り、その理由について触れてくる。だが今の恵里はそれに反応もせず、ただ床に視線を落として黙りこむだけであった。

 

「……だって向こうの世界にお母さんもお爺ちゃんもいないでしょ? 私の天職も違ったんでしょ?――ならきっと地球に残ってるはずよ。ずっと向こうの私を心配してるはずだわ」

 

「…………ぁ」

 

 数秒の間を置いてから雫は言い聞かせるように恵里に語る。言葉の意味を恵里が理解するのに十秒ほどかかったが、雫がどうして反対してくるかも恵里は出来た。故に『誰も不幸にならない』という自分の前提が簡単に覆ったことへのショックでうめき声を漏らしてしまう。

 

「きっと向こうの私は八重樫の裏を知らない。だからお母さんもお爺ちゃんがトータスにいない可能性があるの……エヒトに体をいじられてないかもしれない」

 

「ご、ごめ……で、でも、こっちの雫には関係ないんじゃ――」

 

「そうね。結局は私のわがままだしただの同情よ……でも、向こうの私はそんな不幸を背負ってほしくないの」

 

 真剣な表情で語る雫への申し訳なさから恵里は謝ろうとする。だがすぐに考え直し、こちらの世界の雫には関係ないから問題なんて無いと言い張ろうとした。そうして顔を上げた恵里の目に映ったのは、やや自嘲気味に笑いながらも我を通そうとする雫の姿であった。

 

「アレーティアさんもそうでしょ?」

 

「は、はい……そ、その、中村さん」

 

「……アレーティアもそっか。向こうのことを考えるとさ」

 

 そして後ろに振り向いた雫に手を引かれ、ビクビクした様子のアレーティアが何歩か恵里の方へと近づいてくる。向こうのアレーティアがやらかしたのはエヒトに体を乗っ取られて暴れたことぐらいかと恵里も考え、皮肉げに笑って彼女を見つめる。

 

「それも、あります……でも、一番は中村さんのためです」

 

「私のためって……これ以外で私の願いが叶うの? アレーティアの頭なら何か浮かんでるの?」

 

「ひっ!?……ご、ごめんなさい。で、でも、それをしたら中村さんが、中村さんが……」

 

 震えながらも意を決した様子でこちらを見つめ返すアレーティアに、恵里は目を細めてとげとげしい口調で他に良案があるのかと問いかけた。一層震え上がったアレーティアは雫の後ろに隠れつつも、それでも恵里から目を離さずに何かを伝えようとしている。それが引っかかってしまうせいで恵里はもやもやしてしまい、思わず舌打ちをしてしまった。

 

「アレーティアさん。大介さんが起きたみたいですし、そっちに行っても大丈夫ですよ。後は私がやります」

 

「で、でも……」

 

 シアがアレーティアに呼びかけたのを聞き、ふと恵里は他の皆はどうなっているのかと思って周りを見渡す。すると大介達馬鹿四人に光輝、またメルドにフリードも体を起こして周りを見ているのがわかった。そこで恵里は今起きた他の皆を説得しようと声をかける。

 

「アレーティア悪い! ちと寝過ぎた!!……で、何がどうなってやがんだよ」

 

「皆、お願い! ボクの話を――」

 

「ダメです恵里さん!」

 

 こちらへと寄ってきた大介に話しかけようとした際、いきなりシアが大声を出してさえぎられてしまう。ひどく苛立った恵里はシアを思いっきりにらんだものの、彼女は決意に満ちた表情でただじっと恵里を見ていた。

 

「シア、そっちも……っ!」

 

「雫さんと同じです。私も、向こうの私の頑張りをなしにしちゃうのが許せません……でも、それよりも私は恵里さんが考えなしなことに怒ってます」

 

「考えなし……お前、ボクはちゃんと考えて――」

 

 その目から意志の強さを感じ取って余計にイライラしてしまい、恵里は声を荒げる。そして自分を止めようとし、また考えなしだと言い放ったシアに激昂してしまう。魔力はまだ回復しきってないことから両手をギュッと握り、シアを殴ろうと恵里は一歩前に出た。

 

「そんな訳ありません! そんなことしたら向こうの鈴さんの家族はいなくなっちゃうじゃないですか!」

 

「そんなことあるもんか! 鈴の家族がいな……えっ」

 

 だがその時、シアの反論と共に恵里の頭の中にある推測が浮かんでしまった――もし本当に世界を塗りつぶしたら、鈴の境遇が自分と変わらなくなってしまうということに。まさかシアはこれを言いたかったのかと思い、恵里は血の気が引いてしまった顔を彼女の方へと向けた。

 

「全部変わるんですよ。知ってる人がいなくなっちゃうんですよ。恵里さんがそんなことしたら家族も友達も! 親友をひとりぼっちにしていいんですか!!」

 

 即座にシアが推測以上の、考えてすらいなかったことに言及してきたせいで恵里の頭は真っ白になってしまった。

 

「ぁ、く、うぅ……で、でも! だったらねじ曲げればいいでしょ! 双子だったとかそういう風にすればさぁ!!」

 

 鈴が、ひとりぼっち? 家族もいなくなる? 自分はそんなことをしようとしていた?

 

 それらの事実に気づいた恵里は呼吸が荒くなり、また吐き気もこみ上げてきてしまう。だがすぐに解決する方法が浮かび、恵里は頭の中に浮かんだものをそのまま口から出してしまった。

 

「……本気かのう? よりによって最悪の方法を選ぶとは」

 

「いやティオさんよぉ、何が悪いんだよ」

 

「大介の言う通りだってティオさん。悪いようには見え……せ、先生?」

 

 だがそれを良案だと言ってくれたのは大介や礼一達ぐらいであった。光輝やメルド、アレーティア達は痛ましい表情を浮かべて見つめたり目をそらすだけで、ティオも呆れを多分に含んだ視線を恵里に向けている。

 

「……ねぇ恵里。それは本気なの? 一番やっちゃいけないことだよ」

 

「え?……な、なんで? どう、して?」

 

 そしてハジメに鈴、香織の顔は憤怒に染まっていた。愛しい人や親友がここまで怒りに染まった目で見てくる理由がわからず、恵里は震える体をかき抱きながらその理由を問う。

 

「ったくお前ら……」

 

「ねぇ、それは本当に恵里の親友なの? 私と同じぐらい大切な存在なの?」

 

「あ、当たり前だよ! なんでそんなこと――」

 

「じゃあ恵里ちゃんは何もかもが違う女の子のことを鈴ちゃんって呼ぶんだね?」

 

 冷たい声で問いかける鈴に恵里は理由のわからない焦りを感じつつもそうだと答える。その直後、香織に両肩を掴まれて意味のわからない問いかけを投げかけられた。

 

「香織、何をい、って……」

 

 だがその意味を考えた時、ようやく恵里はそれを理解してしまう――過去も人間関係も、全てが自分に都合のいいように書き換えられた少女は果たして『谷口鈴』と呼べるのか。

 

 それに気づいた時、恵里は顔を青ざめさせてその場で四つん這いになる。

 

「ち、違っ……わ、私、そんなつもりじゃ……だ、だってそうじゃなきゃ鈴が、鈴が」

 

 ただ最高の親友ともう一度過ごしたいだけなのに、思いついたのは彼女を完全に否定するものでしかないと気づいてしまった。震える声でそんなつもりじゃなかったと恵里は弁明しようとする。

 

「恵里が向こうの世界の私を思う気持ちはわかるよ。それとさ、もし私と向こうの私が双子にするって言ってたよね」

 

「う、うん……」

 

「じゃあ記憶は? 私とあっちの私の記憶はどうなるの?――私達が双子だったってありもしないものを作っちゃうの? それとも記憶はそのままにしてお父さんとお母さんに嘘の記憶を作っちゃうの? 私、どっちも嫌だよ」

 

「あ、あぁ……っ!!」

 

 だが自分の無自覚のやらかしが何度となく頭にリフレインしてしまい、またさらなる可能性――世界を統合することによってハジメとこの世界の鈴も都合良く書き換えてしまうのではないか? という恐れがこみ上げていた。またそれを鈴本人に突かれてしまったことで恵里はもう何も考えられなくなってしまう。

 

「ボクは……わたし、は……」

 

「あー、そういうことか……いや流石にそれはよ」

 

「マズい、よな……」

 

(ぜんぶ……全部間違いだった……間違えたんだ)

 

 先程まで同調していた大介達がひそひそ声で何かを言い合っていることすら恵里はもう気づけない。願いは最悪の形でしか叶わない。両方を選べない。自分の理想も考えも全て否定され、自分でも否定するしか無くなったことで恵里の精神はもう破たんしそうになっていた。

 

「わたし、しあわせになりたかっただけなのに……ぜんぶ、ほしかっただけなのにぃ!!」

 

 涙をぽたぽたと床に落とし、万力で締め付けられるような頭の痛みに悶えながら恵里は慟哭(どうこく)する。全てを手に入れることが出来ず、どうしてもその手からこぼれ落ちてしまうことへの絶望に少女はひざを屈してしまいそうになっていた。

 

『“鎮魂”!!』

 

「恵里、しっかり!……ごめんね。僕がもっとすごかったら、もっと頭が良かったら恵里が幸せを取り逃さないで済んだかもしれないのに。ごめんね。ごめんねっ!」

 

「……み、んな。ハジメ、くん」

 

 だがあまり時間をおかずに飛んできた仲間達からの受けた十何発もの“鎮魂”のおかげで一気に精神が沈静化する。またハジメが抱きしめ、耳元で涙声で謝ってきたことで彼の後悔と愛を恵里は知った。

 

「恵里、ごめん! どうしても止めないと向こうの私が、恵里の大切な親友がどうなるかわかんなかったから!」

 

「恵里ちゃんごめんなさい!!……ハジメ君がね、教えてくれたんだよ。もし恵里ちゃんが願いを叶えようとしたらどうなるかって。だから必死になっちゃって……でも、ハジメ君と鈴ちゃんだけは許してあげて」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい中村さん……あのまま野放しにしたら、私みたいに悔やんでも悔やみきれなくなると思って……ごめ、ごめんなさい」

 

「……どっちか選ばないといけない、って辛いわよね。せめて、私にもその苦しみを背負わせて、恵里。お願い」

 

「雫だけじゃない。俺も背負うよ……だって俺達、友達だろう? それぐらい、させて欲しいんだ」

 

 そして鈴の、香織の、アレーティアの謝罪が、雫に光輝の頼みや他の皆の気遣いの言葉が恵里の鼓膜を何度も揺らす。果ての無い苦しみを理解してもらえて、分かち合おうと言ってもらえたことで心を満たした絶望がわずかに晴れていくのを恵里は感じ取っていた。

 

「ハジメくんのばか。みんなのばか。ばかぁ……」

 

 そしてハジメにすがりつき、あまりにかすかな怨嗟を吐き出しながら恵里はただただ涙を流す。自分の中の絶望も、執着も、願いも何もかもを押し流すために。幼子のように恵里は泣き続けたのであった……。

 

 

 

 

 

「恵里さん、辛いならもう……」

 

「大丈夫です……正直、もっと時間が欲しいけれど」

 

 心底心配そうに声をかけてきた霧乃に、恵里はハジメに抱きつきながらも弱々しい笑顔と声でそう返した。自分が泣き続けている間に鷲三と霧乃も目を覚ましていたようで、二人に説明をしていた旨を雫達から恵里は聞いている。

 

「お母さん、お爺ちゃん。恵里ならきっと大丈夫よ。だってハジメ君と鈴がいるし私達で支えるから……でも、その」

 

 すると雫が霧乃と先程から不安げに恵里を見つめていた鷲三へと声をかけた。だがすぐに雫が言葉を詰まらせたことから鷲三と霧乃のことを思ったのだろうと恵里は推測する。

 

「……甘い夢に溺れ続けるなど、わし自身が許せん」

 

「お義父さんと同じです。あの世界にいても雫、あなたが幸せになる訳じゃ無い。だから進んだだけよ」

 

 二人のしてしまったことを考え、恵里も少し心配になって鷲三らの方を見やる。だが、後悔でいっぱいの表情から出てきた苦しげながらも決意に満ちた声を聞いた。

 

(……鷲三さんも霧乃さんもさぁ。自分のことを真っ先に考えてよ。もう)

 

 それで恵里は安堵のため息を吐いたのだが、二人からどこか慈しむような目を向けられているのに気づいてしまう。どこか気恥ずかしさを覚えてしまい、恵里は少しだけはにかんだ。

 

「……そうだな。俺もあの世界は居心地が良かった。でもな、俺の生きる世界はお前達と苦楽を共にしたここしかない。後悔なんてしちゃいないぞ」

 

「あぁ。私の望む世界はこれから私が……いや、私()で造らねばならん。甘える時間すら惜しかっただけに過ぎん……それでも恵里。その様子だと貴様はまだ戦い続けるのだろう? その強さを誇るがいい」

 

 そうしてまたハジメにそっと体を預けた後、穏やかな表情をしたメルドとフリードもまたあの試練のことなどを語る。そして自分達に期待や賞賛のこもった視線も向けてきた二人に、恵里は冷えていた自分の心がわずかに温かくなっていくのを感じていた。

 

「まぁその、なんだ。中村、俺らのことも頼れ」

 

「お前からすりゃ俺らがどうしようもねぇのはわかってるよ。でもよ、ここで何もしねぇのなんてダセェからな。ティオさんのためにもカッコつけさせてくれよ」

 

「だな。ま、ステータスだけならお前クラスだし。リリィのためにも俺は戦うけどよ、弁当のおかず作ってくれたお前への恩も感じてるんだぜ?」

 

「どうせ姫さんとヘリーナのためがほとんどだろ?……ま、俺もシアと幸せになるためにもエヒトブッ殺してぇし。力にゃなれるはずだぜ」

 

 今度は大介達が軽く顔を赤くして小っ恥ずかしそうに恵里に話しかけてきた。そこで顔を向ければちょくちょく惚れた相手を見ているのが恵里にもわかる。本当に馬鹿正直だなぁと思いつつ、彼らの気遣いに恵里は少し嬉しくなっていた。

 

「……うん。ありがと、みんな」

 

 だから恵里は優しさを向けてくれた人達へと感謝の言葉を贈る。ハジメ達みたいな特別な相手以外に素直に礼を述べることに対する気恥ずかしさもあり、チラッと見てすぐにうつむいた後でだが。

 

「え、ヤバくね? 中村が素直にお礼したぞ」

 

「明日トータスと地球が一緒に滅ぶんじゃねぇの? マジヤバ――すいませんでしたァ!!!」

 

 なおその直後に本気で焦った様子の大介達のひそひそ声が恵里の耳に届いたが。そのことで恵里はカチンと来たものの、ハジメと鈴からの殺気を感じ取ってそちらに意識が向いて顔を上げる。

 

「……大介君、次は無いからね?」

 

「いやホントすいません……マジで悪かったって」

 

「……大介、流石にこれは私もかばえない」

 

「あーはいはい。皆、これくらいでいいよ。しばらく馬鹿も収まるでしょ」

 

 やはり二人が笑顔を張り付けながら大介達に殺気を飛ばしていること、また土下座している大介らに香織達も白い目を向けていたのがわかった。ハジメの胸をトントンと軽く叩いた後、恵里は辺りを見回しながらそろそろ手打ちにするよう皆に頼み込む。

 

「恵里、いいの?」

 

「まぁ恵里がいいなら僕も何も言わないけどさ……」

 

「うん。あの馬鹿達もしばらく針のむしろだろうし、下手に何かしなくていいでしょ。それより、ボクも皆に伝えたいことがあったからね」

 

 鈴とハジメが渋い顔をしながら恵里に問いかけてくる。また周りもそれでいいのかと言わんばかりの半信半疑な様子で恵里をじっと見ていた。恵里は大介達のことは適当に流すと胸の内を明かしたいと返した。

 

「もうとっくにわかると思うけど、向こうの世界のこと――やっぱり私、鈴に会いたい」

 

 まだ向こうの世界の鈴との再会を願っていることを恵里が明かすと共に場が一斉に静まりかえる。ハジメ達はもちろん泣く一歩手前であった大介達も恵里をじっと見つめ、静かに耳を傾けているのが彼女にもわかった。

 

「だから概念魔法も手に入れるつもり。それでね」

 

 そして世界を渡る手段を獲得するつもりであること、そしてその後どうするかについて恵里は皆に語る。直後、目の前にいた香織や光輝達が一斉に目を見開き、場がざわめき出す。

 

「恵里、本当にいいの?」

 

「そうだよ。さっき恵里が言ってたのはともかく、他に何かやれると思うんだけど」

 

「うん、わかってる。これでいいんだ。ハジメくんに鈴、お父さんにお母さん、それと皆がボクにはいるから」

 

 あまり間を置かずにハジメと鈴からそれでいいのかと尋ねられるものの、恵里は首を横に振った後で寂しげに笑いながらそう答える。

 

「やっぱり魔力の確保が難しいしね。それにほら、私があの世界にいた時とこの世界に流れ着いた時の時間の差とか。色々問題もあるしさ」

 

「ねぇ恵里、昔私にやってくれたみたいに文通とかでも……」

 

「いいよ。未練が残っちゃうから」

 

 リソースの確保に二つの世界の時間の流れの差といった障害などを挙げ、恵里はそれで話を打ち切ろうとする。悲しげな表情の雫から出された提案にも恵里は首を横に振って返す。

 

「お主がそう決めたのなら妾もそれ以上は何も言わぬよ……して、どうする?」

 

『あー』

 

 雫の提案を断ると共にどよめきは段々と静かになっていく。その後、右手を軽くあごに添えたティオが言葉をかけると共にある場所を一瞥する。それを見た恵里は皆と共に軽く渋い声色で何ともいえないつぶやきを漏らした。

 

「アンファンかぁ」

 

「流石にちょっと無理があったな……ここの試練は相性最悪だろうし」

 

「やはり無理だったか。まったく、いつもいつも私と一緒に動いていながら……」

 

「仕方ないよフリードさん。流石にアンファンにこの試練は難しいですって」

 

 ……まだアンファンだけが眠ったままであったからだ。先程突破した試練の内容からしてフリード辺りとキャッキャウフフしてるんだろうなぁと恵里は考えている。チラッとハジメと鈴を見れば二人も苦笑いを浮かべたままであり、多分同じこと考えてるんだろうなぁと恵里はため息を吐く。

 

「……壊そうか」

 

「うん。いつまでもここにいられないし」

 

「頼む。私では詠唱に時間もかかるし、魔力も底を尽きかねん。貴様らに任せる」

 

 誰からともなく琥珀の部分の破壊を提案され、恵里も皆と一緒にそれに乗っかった。その後、鈴が琥珀を“分解”で消滅させてすぐに部屋の中央に魔方陣が現れ、恵里達は別のフロアへと転移させられる。そして――。

 

「よくも鷲三さんと霧乃さんに恥をかかせたな――“劫火浪”」

 

「破壊してやるわ……こんな大迷宮なんか――“蒼天”」

 

「滅ぼす。滅ぼしてやるぞクソ解放者 “砲皇”」

 

 次のフロアに転移した少し後、憤怒に染まった光輝、雫、浩介が障壁越しに樹海を焼き尽くしていた。このフロアに降り注いだり地面からにじみ出してきた乳白色のスライムが原因だ。このスライム、なんと粘液が強力な媚薬と同じ効果を持っていたからであった。

 

「雫のあんな顔、見たくなかったなぁ」

 

「うん。あの化け物と変わらないくらい怖いし」

 

「仕方ないよ。鷲三さんと霧乃さんがあんな目に遭ったんだもん」

 

 毒に対する耐性を持っていた恵里達は特になんともなかったし、何なら恵里は最初軽く悪ノリしてハジメに迫ってたぐらいだ。だが、そのせいでアレーティア()はひどく快楽に苦しんでしまっている……そう。鷲三と霧乃もその餌食となったのだ。

 

「私もお父さんとお母さんがあんな風になったら流石に嫌だなぁ」

 

「マジで二人が気の毒だな……雫、トラウマになってねぇといいけどよ」

 

 気炎を上げながら魔法を乱発している雫達を見て恵里は何ともいえない表情を浮かべていた。横にいた鈴もハジメも同様だ。後ろから来た香織と龍太郎のつぶやきにも思わずうなずいてしまい、とっととここ抜け出せないかなとぼんやり思いながら恵里は皆と共に前へと進む。

 

「ハッ。この程度のものにボクが負けると思ったぁ~?」

 

 そしてその次の巨大な枝を足場に進むフロア、ここでは雫達だけでなく恵里達も大いに暴れていた。突如現れたGの群れとそれが引き起こした感情を反転させる魔法にかかっていてもだ。

 

「温いな。わしと霧乃には効かぬ」

 

「えぇ。既に似たような経験はしていますから」

 

 愛しい相手ほど憎く見え、また嫌悪する相手ほど愛おしく感じる。それはここのゴキブリに対しても効果があった。恵里もゴキブリを心底嫌っていたが、今はひどく愛しい相手で何もかも捧げたいとすら思っている。()()()()()()()でしかなかった。

 

「ギィィイイィィィ!?」

 

「あはっ。もっと燃えろ。思いっきり燃えろよぉ!!」

 

 その魔法をかけた大量のゴキブリと、それを使役しているであろうムカデのような胴長のボスゴキブリに向けて恵里達は容赦なく攻撃を浴びせている。

 

 恵里は向こうの世界のハジメをさげすみ、嫌悪していた記憶もあって『それはそれ、これはこれ』と割り切ることが出来た。むしろこんな目に遭わせてくれた(憎悪)もあり、“蒼龍”で片っ端から焼き尽くしている。

 

「……あの時エヒトを心の底から敬愛して(憎んで)助かったよ。おかげで惑わされないで済むから」

 

「…………ん。私は憎しみに振り回されない。忌まわしい記憶だけど今だけは感謝してる。本当に忌まわしいけれど」

 

「ったく、南雲にキレてた時のことが役に立つとは思わなかったわ」

 

 それはハジメ達も同じであった。誰かをひどく『憎悪』していた記憶を持った面々による攻撃が、一切のブレもなくゴキブリどもを駆逐しているのを恵里は目撃している。すさまじい勢いでゴキブリどもの数が減っていくのもだ。

 

「ギィイイイィィィィ!!!」

 

 それでもボスゴキブリが雄叫びを上げると同時に無数のゴキブリどもが現れる。恵里達の視界を覆い尽くさんとばかりにそれらは襲ってくるが、恵里達はもうひるまない。

 

「じゃあね~クソ虫。最低の時間だったよぉ~」

 

 既に反転した感情が元に戻っているのを恵里は感じ取っており、それへの恨みなどが生理的な嫌悪を超えていたのだ。蒼い業火で形作られた龍で何百ものゴキブリを焼き尽くしていく。

 

「じゃ、早くぶっ殺すわよ……ユキを憎む羽目になった恨み、晴らしてやるわ」

 

「うん。私達をもてあそんだ恨み、ちゃーんと受けてね?」

 

 そして他の仲間が操る各属性の龍の舞い、ガトリングの雨嵐、最強の障壁を転用した星の数ほどの刃、触れたものを消す二色の羽などによって他の羽虫どもが抹消されていく様を恵里は目撃する。探知系の技能で他にもいないかと探るも、結局新手が見つかることは無かった。

 

「ふぅ。やっと終わったぁ~。ったく、面倒だったねぇ~」

 

 感情が反転して数分ほど。ゴキブリどもを駆逐し、天井付近の大樹の一部が輝いたのを見ながら恵里はつぶやく。これでまた一歩、新たな神代魔法の取得に近づけた。親友と再会する手段の獲得に近づいたと軽く現実逃避しつつも恵里は振り向く。

 

「そう、だね……えっと、ごめんね二人とも。思いっきりにらんじゃって」

 

「う、うん……私も、ハジメくんと恵里にひどいこと言っちゃった」

 

「全部あの虫が悪いんだよ。仕方ないってば……」

 

 ……ハジメや鈴に侮蔑や嫌悪のまなざしを向けていたからだ。流石にやったことが無かったことにはならないため、どこか居心地の悪さを感じながらも恵里はハジメと鈴をなだめる。

 

「そう、だけど……僕がもっとちゃんと感情を制御できてたら、二人を傷つけたりしなかったのに」

 

「うん……二人の言葉を信じるのが怖いよ。だって、まだ許してくれないって思ったら」

 

 ハジメも鈴もひどく罪悪感に満ちた顔つきで互いに顔を背けてしまっている。ひどく後悔しているのが嫌でもわかり、どうやって元の関係に戻ればいいのかと恵里は頭を抱えてしまう。

 

「あーもう! ホント最後の最後にひどい置き土産してくれちゃってさぁ!……どうすればいいか――」

 

「――龍太郎くん、ごめんねっ!!」

 

「え、ちょ、待て香織――ん~~~~~っ!?」

 

 こうなったら誰かが先に元の関係に戻れてないかと恵里は救いを求めて周りを見渡す。直後、香織が龍太郎の唇を奪い、その場で押し倒しているのを見かけてしまう。

 

「――はぁっ……す、好きでもない人にキスしないよ! だから大丈夫! 私ちゃんと龍太郎くんのこと愛してるからね!!」

 

「わかったわかった!! お前が俺のことを変わらず愛してくれんのはわかったから二回目やろうとすんな!」

 

 体感一分ほど。しかも口の中を蹂躙したらしく、二人の口から銀の橋がかかっているのが見えた。顔を真っ赤にしながらめちゃくちゃなことを口走る香織を見て、恵里の頭の中も真っピンクに染まってしまう。

 

「……する?」

 

「えーと、そのぉ……あ、後にしよ? み、みんな見て――」

 

 口の端を引きつらせ、顔をゆだらせながらも恵里はハジメと鈴に問いかける。二人も顔を真っ赤であったが、ハジメは何度も視線を行き来させながら後にしようと持ちかけてきた。

 

「する!」

 

「あ゛ーーーーっ!!! 鈴ぅーーーーーーーーー!!」

 

 が、鈴がいきなりハジメの唇を奪い、そのまま地面に押し倒す。恵里も鈴の名を叫びながら彼女に覆い被さり、鈴を引っぺがそうと両肩を掴む……かくして恵里達のハルツィナ樹海の攻略はなんともしまらない形で終わりを迎えたのであった。




ちなみに香織は夢の中で龍太郎と会った際、彼が少女漫画のヒーローさながらのイケメン仕草をしたせいで「あ、そういうの龍太郎くんはしないから」と解釈違いに気づいて即座に素に戻ってしまい、これが夢だと気づいて突破した具合です。

なお龍太郎も聞き分けの良い香織を見て「あ、香織がこんな聞き分けがいいはずねーわ」と見破ってすぐ抜けてます。二人ともクソ早いです。
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