……コホン。では改めまして読者の方々への惜しみない感謝を。
おかげさまでUAも255919、しおりも530件、お気に入り件数も1028件、感想数も827件(2026/1/10 18:19現在)となりました。いつもいつもどうもありがとうございます。
そしてAitoyukiさん、今回も拙作を再評価してくださり誠に感謝いたします。また話を書き進めていく力をいただきました。
今回の話を読むにあたっての注意点として少し長め(約11000字)となっております。では上記に注意して本編をどうぞ。
「メルドさん、言われた通りにやって来たけど……俺達で良かったのか」
声のする方にアンファンが視線をやれば野村健太郎がメルドの部屋の入り口に立っていた。
健太郎がうかがうような目つきで周りを見た後、辻綾子に吉野真央、相川昇、そしてイナバの耳のようなものを頭から生やした薄着の女がぞろぞろと部屋へと入ってくる。いきなりの事態に目を白黒させ、不安になったアンファンは思わずフリードの背中に隠れてすがりつく。
「だよ、なぁ。俺も話上手って訳でもないし……」
アンファンはフリードの背中からちょっとだけ顔を出してのぞきこむ。健太郎達はどこか困惑した様子で辺りを見回しており、また変な格好の女だけは隣にいる昇の両肩に手を添えている。
「構わない。野村殿達にしか出来ないことだ」
「だから他人行儀なやり方しないでってば……で、“念話”で話は聞いたんだけど」
そしてクゼリーと何かやり取りをした後で綾子が話しかけてきたことから、アンファンはビクッとして一瞬だけフリードの後ろに隠れてしまう。
「……私を説得しに来たんですか」
先のクゼリーとのやり取りで、メルド達が無理矢理自分を戦わせようとしているのではないかとアンファンは疑心暗鬼になってしまう。戦うのも殺されるのも嫌なのにと思いつつ、渋い表情を浮かべながらアンファンは健太郎達に問いかける。
「まぁ、そうなるよ……その、俺達もアンファンさんと大差ない気がするしさ」
すると健太郎が何度か目線を泳がせながらも気になることを言い出してきたため、アンファンはフリードの背後から体を半分ほど出して彼らを見やる。
「好きなんでしょ。フリードさんのことが。だからこんなことしたんだよね?」
「……わから、ないです」
やや緊張した面持ちの真央が質問をしてくるが、アンファンは少しうつむきながら首を横に振る。フリードのことをずっと思い続けていることはわかっているものの、その気持ちの名前が何なのかをアンファンは掴み損ねていた。
「でも、フリードがいなくなることが怖くて、ものすごく嫌で、だから」
「そう。私も真央もよ」
けれどもフリードにどんな思いを抱いているかは口にしたくなって、アンファンは真央達を見ながらつらつらと語っていく。すると少しだけ柔らかい表情を浮かべた綾子が健太郎の腕をとって彼を見上げた。
「健太郎くんのことが好き。絶対に失いたくないし、離れたくない」
「すごく辛いときにね、私達の苦しみを理解して、一緒にいてくれたのは健太郎くんだけだから。だから私も綾子も健太郎くんだけは死なせたくなくって」
そして健太郎の腕をそっとなで、アンファンと向き合いながら綾子は思いを語ってきた。また真央も健太郎の腕をとり、軽く体を預けながら思いの丈を打ち明けてくる。そんな二人を見てアンファンはなぜかうらやましさを覚えてしまう。
「そう、ですか」
「うん……私達が元いた世界だとこういうの、良くないんだけどね」
「……俺も南雲のこと悪く言えなくなったもんなぁ」
そのことにもどかしさを感じつつもアンファンは適当に相づちを打つ。すると真央も綾子も気まずそうな表情で健太郎を見上げ、健太郎も乾いた笑いを浮かべて目を泳がせながらつぶやいた。
「……自慢しに来たんですか?」
「そうじゃないわ。真央は私達の常識だと間違ってるって言いたかっただけ。正しいとかそういうのじゃなくって。だからフリードさんを部屋に閉じ込めようとしたんでしょ?」
胸がどこかチリチリするような感覚に襲われ、アンファンは目をそらしながらぼやく。すると綾子が苦笑しながら訂正し、また自分がこんな行動をしたのもそうだろうと問いかけてくる。
「わ、私はその……フリードも苦しませたくなかった。それだけです」
「……ま、そっちがそう言いたいならそれでいいよ。俺も綾子と真央を守りたいって思ってる。戦うのは怖くてもさ、それでもやれることをやっとかないとって思って」
綾子の問いにアンファンはうつむいて口をもごもごさせながら答えることしか出来なかった。そこでクスッと笑った健太郎をアンファンは軽くにらみつけるも、少し苦笑いをするばかり。綾子と真央を交互に見た後、健太郎は決意を語ってくる。
「……あなたと私は、違います」
「かもな。俺も健太郎みたいにマトモな理由じゃ戦えないし」
「昇、そんなことないだろ」
「事実だよ。死にたくないのと俺達の世界の家族を守りたいだけだし。エヒトを野放しにしたら地球までやってくるかもしれないんだろ?」
もやもやしながらアンファンが言い返せば、昇がうんうんとうなずいてそれに同意してきた。すぐに健太郎が違うと述べたものの、昇は明後日の方向を見ながらやや自嘲気味に理由を述べる。それを聞いたアンファンは心の中で健太郎に同意し、昇に軽いジト目を向けた。
「もう、昇くんったら。家族を守るのだって十分立派な理由よ」
「違ぇってアルさん」
「違わないわ……ね、アンファンさん。あなたなりに考えてフリードさんを守りたいと思ったんでしょ?」
直後、イナバのような耳をはやした女が昇に軽い困り顔を向けながら額を指で小突く。ほほを少し赤く染めながら言い返す昇にアルと呼ばれた女はニコニコと笑いかける。そして微笑みを浮かべたままアンファンの方を向いて尋ねてきた。
「……まぁ、そうです」
「やっぱり! それよ。好きって」
アルの言った通りではあった。だからアンファンもどこか気恥ずかしさを感じつつも目を泳がせながらややぶっきらぼうに言うと、アルは目を輝かせながら自分の気持ちに名前をつけようとしてきたのである。
「そ、そんなこと、言われても……な、なんでそんな顔をしているんです!」
アンファンもその言葉にどこか納得しつつも、本当にそうなのかと迷ってキョロキョロと周りを見てしまう。すると綾子が柔らかい笑みを浮かべ、また真央もニコニコしながら自分を見つめ返していることにアンファンは一層困惑してしまう。
「……白崎が檜山達に珍獣扱いされる理由が今わかったよ」
「いやマジか……あ、でも、生まれたばっかなんだよな。そっか」
健太郎は口元を軽く引きつらせつつも遠くを見つめながら独り言を言っている。また昇も信じられないものを見たとばかりにどこか引いたような空気を漂わせた。しかしそれもすぐに何か微笑ましいものを見るような目つきに変わったため、アンファンは余計に恥ずかしくなって縮こまってしまう。
「わ、私はあくまでフリードを、フリードを危険な目に遭わせたくない、だけで……」
どうにかこの気恥ずかしくてもやもやするものを否定するべく、アンファンは周りを見回しながら訴えようとする。しかし話の勢いはすぐになくなってしどろもどろになりながらつぶやくしか出来ない。
「なるほど。ならアンファン、お前はフリードを頼れる『兄』として見てたって――」
「違います!!」
そこでメルドがニヤッと笑いながらフリードへの思いの正体を言ってくると、急にアンファンは顔を真っ赤にしてそれを否定してしまった。
途端に部屋の空気が柔らかいものへと変わったのにアンファンは気づき、バッと周りを見渡す。誰もが微笑んだりニヤつきながら自分を見ており、それがわかった瞬間に体の隅から隅まで沸騰するかのような心地にアンファンは襲われてしまう。
「そ、そうか……そう、なのだな」
「そ、そういうのでなくて!……う、うぇぇ」
しかもフリードまでまんざらでは無い感じでつぶやいたせいで余計にアンファンは身もだえしてしまう。羞恥心といたたまれなさに苛まれて耳の先まで真っ赤になったアンファンは、涙目になりながらフリードの背中に顔を埋める。
「あぁもう……貴様ら、アンファンをからかい過ぎだ。話が進まんし私の身にもなれ」
「わかってる。じゃあ“鎮魂”と……さて」
「……フリード以外、みんな私のことをおもちゃにしてます。鬼畜。外道」
フリードが自分を気遣い、メルド達をたしなめてくれたことに感謝しているとまたしても自分の心が落ち着いたのをアンファンは感じた。フリードの背中から顔だけ出し、眉をひそめて涙目で健太郎達にじっとりとした視線を向ければあちらも苦笑いをしていた。
「ごめんなさい。アンファンちゃんがかわいくってつい……でも、フリードさんが傷付いて欲しくなかったのは本心なんでしょ?」
「…………はい。それは、そうですが」
「じゃあどうして? どういう理由で嫌なのか、お姉さん達に説明してくれるかしら?」
「だからそれは……えっと」
アルが両手を合わせながら申し訳なさげに謝ってくるも、アンファンは険しい目つきを向けたまま。だがアルからの問いかけにけだるげながらも答えようとした際、あることが脳裏をよぎったせいでアンファンはその場で止まってしまう。
「……え? えっ」
アンファンの頭に浮かんだのはオルクス大迷宮を進んでいた時のことだ。多種多様な魔物達に襲われ、傷付いてもだえるフリードの様子を幾つも思い出す。それと同時にアンファンは突然の胸の苦しみに襲われ、右手を胸に添えながら目を白黒させる。
「ふ~ん……ならさぁ、アンファンさん。フリードさんと一緒にいた時間はどう思ってるの~?」
「私を愚弄しているのですか、吉野真央。それは……その」
一体何故と胸の苦しみの原因について考えていると、今度は真央が軽い調子で問いかけてきた。ニヤついている真央に少しイラッとしつつも答えようとすれば、アンファンはまたしても言葉を詰まらせてしまう。
「た、大切、です! ど、どれも、全て! あ、あなた達もそうでしょう!」
王宮の食堂で一緒に食事をするのが楽しい。風呂上がりに彼に髪をとかしてもらう時間が待ち遠しい。またフューレンで遊び歩きたい。もっと楽しい思い出が欲しい。大迷宮攻略でフリードの役に立てることが嬉しい。傷付くと悲しい。フリードが傷付くのも怖い。
際限なくあふれ出る思いで頭がごちゃごちゃになっていたが、アンファンはムキになりながらもどうにか答える。間を置かずに健太郎達が破顔したことでアンファンは怒り心頭となった。
「わ、私をからかうのもいい加減にすることです! わ、私はあくまでフリードを危険から遠ざけたいだけで――」
「……なんというか、思ったより親近感がわいてしまうな」
「そうだな。俺を見るときもかなり熱っぽ――いでっ!?」
故に顔がゆでだこ同然となったクゼリーが茶化したメルドの頭をひっぱたいたこともわからない。怒りにまかせて自分がどれだけフリードのことを想っているかをアンファンはつらつらと語り始める。けれども健太郎達は笑みを絶やさず見つめ続けるだけで、アンファンは両の拳を震わせた。
「話を! 話を聞きなさい! 私はあくまで――」
「ええい! アンファン貴様、いい加減黙れ! 野村達もアンファンを煽るな! 私にも羞恥心はあるのだ!」
「――フリードと色んなところを行きたいけど、でもエヒトのことを考えれば絶対安全な場所で……えっ」
涙目で何度となく地団駄を踏みながら力説していたアンファンであったが、不意にフリードが叫んだことでそちらに意識が向いてしまう。振り向けばほほを赤らめ、せわしなくそこらに視線を向けているフリードがいた。
「あ、あの……」
「その様子だとお前も惚れたみたいだがどうなんだ?」
「……心底癪に障る。だが、否定は出来ん」
いきなりのことで少し不安になってしまい、アンファンはどうフリードに声をかければいいか迷ってしまう。だがそこでメルドがニヤつき、フリードの脇腹をひじでつつきながらアンファンをどう思ってるのかと問いかける。返された答えを聞いた瞬間、アンファンの頭は真っ白になった。
「え、えっ。ふ、フリード、それは、どういう……」
「……あの試練で、私は貴様を少し
考えてるのが間違いかもしれない。それが怖くてアンファンはうろたえながらフリードに尋ねれば、思いっきり横を見ながらフリードはぶっきらぼうに答える。それが何を意味するのかをアンファンは真剣に考え――顔を真っ赤にしながら彼女はフリードに掴んでかかった。
「少しってなんですか少しって! 私はこんなにフリードを案じてるんですよ!」
「何故そこに反応する!……共にハジーのシュニッツェルを食べようと思っていたというのに、本当に貴様は」
逆ギレである。自分はあの時『殺さねばならない』と思えるほどにフリードを憎悪していた。なのにどうしてそちらはその程度なのかと怒りと恥ずかしさでアンファンは頭がいっぱいになってしまったせいだ。だがそれもフリードがため息と共につぶやいた言葉を聞くまでであった。
「……なんですか、それ」
「私の国、ガーランドの郷土料理の一種だ。いち兵士として巡回していた頃に口にしたことがあってな」
聞き覚えの無い名前を出されたのに加え、一緒に食べたいとフリードが言ったせいでアンファンはそちらに気をとられてしまう。口の中に軽くよだれが出たのを感じつつアンファンが尋ねれば、フリードが遠くを見るような目つきでそれに答える。
「どんな、料理ですか」
「ハジーと呼ばれる生き物……大きさも見た目もイナバが近いか。狩りで手に入れたそれを使った料理だ。こしょうとラードが効いてて美味い」
そして感慨深げにフリードが話せば、アンファンは思わずつばを飲み込んでしまう。アンファンは食事は好きであった。食堂での食事も、フューレンでの買い食いもだ。昔を懐かしむ様子でフリードが語り、また一緒に食べたいと言っていたせいで余計にアンファンは興味を持ってしまう。
「フリードさん、なんでそんなことを今言うんだよ」
「……人間族のいる場所の良さだけ知られるのは前々から不服でな。料理も文化も私達魔人族の方が上だ。それをアンファンに教えたかった。それだけだ」
そこで昇がどうして今そのことを話したかについて問いかければ、フリードは軽くムスッとした顔つきでその理由を語る。またアンファンも『自分に教えたかった』という言葉を聞き、フリードが自分に関心を寄せてることを理解して口元が緩んでしまう。
「嫉妬か」
「黙れメルド……だからその、アンファン」
「は、はい」
「私は貴様の知らない世界を見せたい。教えたい……だが、それを壊してくるエヒトが邪魔だ。共に倒すぞ。いいな?」
茶化してきたメルドにすさまじい形相でにらみつけた後、フリードは再度アンファンの方に向き直る。そして浅黒い肌を耳の先まで赤くしながらもアンファンに語りかけ、そして突き出すように手を差し出す。
「え、えっと……ふ、フリードは、私のことをどう、思って」
「いちいち言葉にせんとわからんか!……あぁ好きだ! 貴様が欲しい! それでいいか!」
アンファンもおずおずと手を伸ばしたものの、フリードが自分をどう想ってくれてるのか不安になってしまう。チラチラと見ながらアンファンが問いかければ、フリードは自分の頭をかき乱しながら半ば叫ぶようにして答えた。感極まったアンファンは即座にフリードの手を両手でとる。
「私も! あなたが、フリードが欲しいです!」
「そうか」
「好きです。あなたが大好きですフリード!」
目から涙をあふれさせ、時折ぐすぐすと鼻を鳴らしながらアンファンもフリードを求める。口にしてからこれまでフリードへ抱いていた思いがあふれ、アンファンは『好き』という言葉の意味を理解した。そして満面の笑みを浮かべ、アンファンは思い人に抱きつきながら何度も好きだと訴える。
「……綾子、真央。その、俺達も」
「「うん。倒そう。エヒトを」」
「わ、わかった! わかったからもう言うな!……恥ずかしさで死んでしまう」
一層顔を赤くして目を泳がせ、大いにうろたえるフリードを見てアンファンはニコニコと笑った。額に手を当てて顔を逸らしているのに、何度となく自分をチラチラと見て、消え入りそうな声でつぶやく彼に胸が何度もときめいてしまって仕方なかったからだ。
「えへへ……それと、その、大好きなフリードにお願いが」
「もう言わんでいい……それで、どうしたアンファン」
「フリードが一緒に料理を食べたいと言ったことです」
そしてアンファンは笑みをこぼしながらフリードにあることを頼もうとし、彼もため息を吐きながら尋ねてくる。アンファンは先程フリードが口にしたことを彼をチラチラと見ながら述べた。
「倒しましょうエヒトを。それで一緒にご飯、食べたいです」
「……無論だ」
「はいっ」
そしてアンファンは自分の中で固まった決意を、そして好きな人と過ごしたいという望みを言葉にする。するとフリードも大きくため息を吐いてから柔らかな笑みを浮かべながら答えてくれたため、アンファンもまた花のような笑顔を浮かべたのであった。
「それと、フリードの故郷で食べれるご飯とかかわいい生き物って他にありますか!!」
「……私の胸のときめきを返せ」
……その直後、いっぱいよだれを出して目を輝かせながらアンファンは魔人族の国の料理に生き物を尋ねてきた。その場にいた誰もがずっこけたのは言うまでも無い。
「……あれ、でもそうなるとフリードさんってロリコンなんじゃ」
「どういう意味かは知らんが、私の名誉を深く傷つけるものであることはわかるぞ相川昇」
フリード達がハルツィナ樹海を突破してから三日後。アンファン、フリードそしてティオの三人はオルクス大迷宮の最深部、最後の守護者との戦いに身を投じていた。
「「「「「「クルゥアアァアァアン!!」」」」」」
「本当に、厄介ですね!」
赤の紋様が刻まれた頭が放った炎は壁の如き分厚さでアンファンに迫り、緑の紋様の頭が飛ばす風の刃は彼女の翼の端を吹き飛ばす。更に青の紋様がある頭が氷のつぶてをフリード達に向けて無数に吐き出してきたため、すぐにアンファンは後ろへと下がる。
「フリードっ!」
同行していた二人の間に立つと、アンファンは背中にはやしていた翼を大きく展開した。同時に分解能力も使うことでアンファンは二人をヒュドラの猛攻から守る。
「助かった!――“斬羅”っ!」
フリードから感謝の言葉を受け、また目配せをされたことでアンファンは翼をすぐに消す。その直後に空間を断つ力が放たれ、ヒュドラの体は真横に両断される……はずであった。
「クルゥアアアァァアァァン!!!」
「全く、厄介な敵じゃのう!」
「流石に、そう簡単にはいかんか……っ!」
危機を察知したのかヒュドラは身をよじって体を斜めに傾けていたのだ。そのため全ての首を両断することは叶わず、残っていた白の紋様の頭が叫ぶと共に断ち切られた体は徐々に修復されていく。その様を見てフリードとティオが忌々しげに吐き捨てる。
「せっかく、せっかくフリードが攻撃したのにっ」
「じゃが一瞬で全てが元通りとはいかんようじゃな……今の内に攻めるぞ。よいな」
肩で息をするフリードを支えながらアンファンは憎悪に満ちた目つきでヒュドラをにらむ。するとティオがこちらを見ながら指示を出してきた。ティオの言った通り、まだ黒の首の再生が始まったぐらいで赤と青の首は再生すらしていない。彼女の言い分が正しいと判断すると、アンファンはフリードと顔を合わせて互いにうなずき合う。
「行きます!」
アンファンは両手の双剣の柄を強く握りしめ、深く息を吐いてから翼を一瞬で広げた。そして地面を強く蹴った勢いで空を駆け、幾つも飛んでくる風の斬撃をかわしながらヒュドラへと突っ込んでいく。
「ひとつ! ふた――っ!」
すれ違うようにして再生途中の赤の紋様の首をはねた後、アンファンはすさまじいまでの恐怖と幻覚に襲われる。
真のオルクス大迷宮攻略の際に出くわした魔物との戦闘で負ったけがの痛み、フリードが傷付く姿、ハルツィナ樹海で大好きな人に刃を向けてしまった自分、そして冷めた目をしたフリードから置いていかれてしまう光景が彼女の脳裏に湧き上がったのである。
「こんなのに、負け、ませんっ!」
アンファンは苦しげに叫びながら、にじむ視界の中で黒い紋様のある首を狙う。いくら事前に知っていたといえど押し寄せてくる恐怖にアンファンはひざが折れそうになってしまう。だがアンファンは歯を食いしばって堪え、右手の剣に“分解”の魔力をこめる。
「だってまだハジーのシュニッツェルにヒリングのミュラリナート、アールグリュンとかをフリードと食べてないんですからっ!!」
彼への好意を隠すこと無く、彼に好かれていることを声高に叫びながらアンファンは右手の剣を横に滑らせる。黒頭の首を切り飛ばすとアンファンはこまのように体を回転させ、左手に持ってた剣を白頭の首へと叩き込む。
「本当に気の抜けることを言うのう。しかしよくやった!」
白頭の首もはねたところでティオの声がアンファンの耳に届く。振り向けば肥大化した黄の紋様が浮かぶ頭が、黒い極光によって消し炭になっていくのが見えた。極光が消えた先には口元をつり上げ、両手を前に突き出したティオがそこにいた。
「――“禁域解放”! “緋槍”!」
そしてフリードが昇華魔法、遅れて火属性上級魔法を
「すご、い」
「他の首も焼き切った! 最後の首が来るぞ!」
燃え猛る炎の槍が緑と赤の首を焼き切る様に、神代魔法を十全に扱うフリードの不適な笑みにアンファンは胸をときめかせる。だがすぐに険しい顔つきとなったフリードの忠告にハッとし、すぐさまヒュドラの方に視線を向けた。
「話の通りじゃな! 妾が先に動くぞ!」
恵里達が述べてた通り、音も無く銀色の頭がヒュドラの胴体からせり上がってくるのをアンファンは目撃する。ティオの指示を聞いたアンファンは自分が何をすべきかを思い出し、一息吐いてから上空へと飛び上がった。ティオが先んじて両手でブレスを叩き込むのから遅れて一瞬、銀の頭もまた極光をその口から放たんとしているのをアンファンは確認する。
(もし、私が失敗したら……うっ)
その瞬間、ここに突入する前に行われた作戦会議の一幕がアンファンの脳裏をよぎった。もし失敗したら死ぬ可能性が高いのはこういうことかとアンファンは改めて理解する。だがそれで怯えたままで来る未来がアンファンには見えてしまっていた。
「私は、私は……フリードと一緒の時間が欲しいんです! だから、倒します!」
ティオの放つブレスはヒュドラの吐く極光に押されており、隣にいたフリードも焦った様子でティオを見ている。途端、エヒトと戦わずにいたらどうなるかというメルドの指摘がアンファンの頭に浮かんで今の光景と交わった。
故にアンファンは今にも泣きそうになるのを堪え、分解の力を宿した何十本もの羽根を一斉に並べてヒュドラへ飛ばす。
「フリードっ!」
「ええい、待ちくたびれたわ!」
「全くだ!――“縛羅”ぁ!!」
撃ち出した直後、アンファンは即座にフリード達のところへととんぼ返りする。ヒュドラの体にあいた穴から極光が漏れ、またブレスがこちらへと迫る瞬間にフリードが最強の障壁を展開――刹那、幻想的な光にこの大広間が満たされた。
「――っ」
目をつむり、腕をかざすことしばし。まぶたを閉じてもなお感じたまぶしさが収まってからアンファンは瞳を開く。その目に飛び込んできたのはそこかしこから未だ立ち上る煙と首を全て失って焼けただれたヒュドラの体であった。
「……勝った、んですか?」
「おそらく、な」
むごたらしい様子に思わず息を呑み、近くにいたフリードに抱きついて彼の顔を見上げながらアンファンは問いかける。フリードはヒュドラの方に視線を向けたまま、ただ一言ぽつりとつぶやく。
「“穿旋”……避ける気配もなかったの。ま、問題はあるまいて」
そんな時、ふとティオが左手を突き出しながら魔法を発動した。確か風属性の中級、横に広い風の刃を出す魔法だっただろうかとアンファンは思い返す。その魔法が当たったであろうヒュドラを見ると、横にざっくりと切れ目が入っていることにアンファンも気づく。
「扉も開いておるようじゃしの。では行くとす――」
「こ、怖かったぁ~」
戦いが終わったことを理解した途端に堪えていた恐怖で頭がいっぱいになり、また自分達がもう危険じゃ無くなったことからアンファンはその場で腰を抜かしてしまう。
「ひっく……こわかった。こわかったです、ふり~どぉ~!!」
「まったく……よく頑張ったな、アンファン」
全身の震えが止まらず、涙も鼻水も際限なくあふれてくる。しゃくりあげ、情けない悲鳴を上げながらアンファンはわんわんと泣いた。けれどもそれもフリードが呆れた様子ながらもかがんで優しく声をかけてくれたこと、やや雑にであるが頭をなでてくれたことでアンファンの震えは徐々に収まっていく。
「えへ、えへへ……」
「まったく、暢気よのぉ……まぁよい。フリード、アンファン。妾は先に生成魔法の習得に向かう。落ち着いてから来るとよい」
「……うーっ」
「ティオ・クラルスめ……」
彼に構ってもらえることへの嬉しさでアンファンが顔をくしゃくしゃにしていると、ティオが軽くため息を吐いてから後で来いと言ってきた。それも上半身を軽くこちら側に向け、軽く口元をつり上げてニヤニヤしながらだ。そのままティオが去って行くのを含めてアンファンは気に食わなかったため、振り返ったフリードと一緒にうなり声を上げる。
「……立てるか?」
それでも特にティオが気にかけずに奥へと向かったのを見届けた後、フリードが立ち上がってアンファンに手を差し伸べる。それを見たアンファンはふと、中村恵里や白崎香織が恋人相手に横抱きにして運んでもらったことがあると話していたのを思い出した。
「ん……はい」
出来ることなら自分もやってもらいたかったものの、恥ずかしさが先に立ったことからアンファンはそのままフリードの手を掴む。そしてほのかに彼の手が温かくなっているのを感じ、自分と同じく恥ずかしがっているのを理解してはにかみながら立ち上がる。
「さ、行くぞ」
「はい」
そしてフリードに促されるままアンファンは、真のオルクス大迷宮の最奥である解放者の住処へと進んでいく。そんな中アンファンはふとキッとした表情を浮かべ、心の中でつぶやいた。
(やっぱり私、フリードと幸せになりたいです。踏みにじられるなんて嫌)
ヒュドラとの戦いで改めて恐怖をアンファンは感じていた。だがそれ以上に彼女が恐ろしくて耐えられないと感じたのはフリードを失うこと、それと彼と一緒に過ごす日々をめちゃくちゃにされることであった。
(だからエヒトには消えてもらいます。私も戦う。戦って、そして未来を掴む)
それを防ぐためにもアンファンは目つきを鋭くしながら静かに決意する。大好きな彼と一緒にいるために、もっと色んなことを楽しむために。
「それでフリードの故郷を回って、いっぱい遊んで、ご飯も……えへへ」
「……本当にお前は」
途中で考えがそれたせいで顔つきが一気にだらしなくなったこと、考えが口から漏れてしまったことにアンファンは気づけない。フリードのぼやきにすらだ……かくして少女は神の操り人形から『人間』へと変わったのであった。
短いですが、これで第六章は終わりの予定です。次の章でラスト。いよいよ終わりが見えてきました。