コホン。では改めまして読者の方々への惜しみない感謝を。
おかげさまでUAも256801、しおりも533件、お気に入り件数も1031件、感想数も830件(2026/1/25 21:14現在)となりました。誠にありがとうございます。拙作も終盤を迎えた訳ですが、また読者の方が増えて下さるのは本当にありがたいです。
そしてAitoyukiさん、今回も拙作を再評価してくださり感謝いたします。また話を書く力をいただきました。
では皆様、本編をどうぞ。
百十三話 喜劇からにじみ出たもの
「やっぱり昇華魔法の真髄も説明通りだったりする――えっ。どうしたの雫?」
それは恵里達がハルツィナ樹海を攻略してから二日後のことだった。風呂から上がった恵里達が部屋で雑談混じりに髪をとかしていた際、ふと鈴がきょとんとしながら雫の名前をつぶやいたのである。
(他の皆からの連絡はなし。雫からならアンファン関連じゃない。そうなると)
敵襲なら今頃雫以外の誰かから“念話”が飛んできてるだろうからその線はない。なら研究していた昇華魔法のことで何か雫が思いついたのかもしれない。そう恵里は予測していたがそれは外れてしまった。
「いや、待って。どうしてそんなことになってるの」
虚空を仰いでいた鈴の声のトーンが変わり、こちらをチラチラと不安げに見てきたからだ。鈴が相当焦っているのがわかり、恵里は振り返るとハジメとすぐさまアイコンタクトをとる。
“どうしたの雫。何かあったの”
“恵里っ! お願い早く来て! お爺ちゃん達と光輝が、光輝が!”
すぐに“念話”を飛ばして雫と繋がるも、大いにうろたえた様子で声で助けを求めてきた。妙なことで無いのを祈りつつ、恵里はしばしば上を見ていたハジメにも声をかける。
「ハジメくん、鈴! 行くよ!」
「わ、わかった。今行くから!」
「うん! 雫、待ってて」
おそらく光輝辺りと連絡を取っていたであろうハジメもすぐにこちらを向いてうなずき返す。鈴からも了解を取るとすぐさま恵里達は思いっきり部屋のドアを開け放ち、そのまま王宮の廊下を駆け抜けていく。
「あーもう微妙に雫の部屋が遠い!」
「でももうすぐ! 部屋の真ん前まで――」
「お二人がここまで頑固だなんて思いませんでした!」
敵襲の類ではないこと、またプライベートな案件の可能性もあることから恵里達は音を立てないよう気遣いながら走っていた。速度もほどほどに抑え、また“空歩”を使いながら直接床を蹴らないようにして、である。そうして雫の私室内まで迫った時、ふと光輝のヒステリーが廊下に響く。
「うわ珍しっ……あっ」
こちらの世界の光輝がわめき散らすことがそんなに無いこともあり、恵里は思わず足を止めてしまう。前につんのめらなかったことから二人もすぐに止まったのだろうと益体の無いことを考えていると、部屋のドアが勢いよく開く。現れたのはやや怒り肩になってムスッとした光輝であった。
「――ハジメ! それに恵里と、鈴も」
「……遅くなって、ごめん」
「気にしないでくれ。それと、その……」
光輝もすぐに気づいたらしく、一瞬だけ目を見開いてから恵里達のいる方へと首を向けてきた。そこで先程やりとりをしていたらしいハジメが謝罪の言葉を吐くと、光輝は徐々に顔をうつむかせながら返事をする。
「一体何があったかぐらい教え――」
「待ってよ光輝っ!」
何が起きていたかも雫達がマトモに教えてくれなかったこともあり、恵里は軽く唇をとがらせながら問いかけようとした。だがそれも雫が光輝の右肩に手を伸ばしながら彼の名前を叫んだせいでさえぎられてしまう。
「コホン……でさぁ、一体何が――」
「雫!……その、ごめん」
そこでせき払いをしてから恵里は再度尋ねようとするも、光輝が彼女の手をそっとではあるがどけたことに驚いて声を詰まらせてしまう。こっちの世界では雫にデレデレな彼と先程やった行動が結びつかなかったからだ。光輝が歩いて行った方向とこちらを交互に見る雫と同様、恵里も声を上げずにただ困惑していた。
「……とりあえず、ただ事じゃ無いね」
ハジメの言葉に恵里もうなずかざるを得ない。ふと鈴の方を見てみれば、彼女も心配げにじっと雫を見つめている。恵里は目をつむって軽く息を吐くと、鈴にあることを頼み込んだ。
「ねぇ鈴。雫と光輝君のこと、頼める?」
「……うん。二人は部屋の方をお願い。雫、いい?」
少し緊張した様子であった鈴はすぐさまうなずき返し、声がけをしてから雫の方へと歩いて行く。どこか迷ってる様子の雫を一瞥した後、恵里はハジメの方を向いてアイコンタクト。彼と一緒に部屋へと向かう。
「お邪魔しまーす……」
数度のノックの後に小さめの声で入ることを伝え、恵里はそっとドアを開ける。ハジメと一緒に入り口から顔をのぞかせれば、部屋の真ん中に鷲三と霧乃が突っ立っていたのが見えた。
「失敗したのう」
「えぇ……また、ですね」
鷲三は右手を額に当てながら天を仰いでおり、霧乃も顔を手で覆ってうつむいている。雫の寄越した“念話”とその様子からしてケンカでもしたんだろうと恵里は予測する。でもどうしてあの四人がそんなことをしたのかという疑問も恵里の頭をよぎった。お互いどうにか元の関係に戻ろうとあがいている姿を何度となく見ていたからなおさらだ。
「あのー、鷲三さん。霧乃さん。さっき雫が二人と光輝君がどうこうって言ってたんですけど」
「……いつの間に」
それを確かめようかと考え、恵里は意を決して二人に声をかける。すると鷲三らはギョッとした顔をしてから恵里達のいる方へと振り向いた。
「鷲三さん、霧乃さん。もし出来るなら僕達に話してくれませんか? なあなあにしてると良くないと思いますし」
「二人が光輝君とケンカする理由なんて雫のことぐらいしか浮かばないしね。だったらボク達だって関係あるでしょ」
「むぅ……」
ハジメがどこか緊張したような声色で問いかけたのに続き、恵里も二人の目をじっと見つめながら自分の推測をぶつける。鷲三と霧乃がうめき声を上げたり互いに顔を合わせている間もずっと恵里は二人を凝視し、答えを待っていた。
「……仕方ない。雫と光輝を説得してくれるかもしれんからな」
「そうですねお義父さん。このままでいいとは私も思ってませんし」
すると鷲三は伏し目がちにため息を吐きながらつぶやき、また霧乃も右ほほに手を添えて長めに息を吐いてからそう述べた。
「一体何があったんですか」
「雫の将来のことよ。ハジメ君、恵里さん」
自分が言葉にするより先にハジメが気になってた疑問をぶつけてくれた。恵里は彼の方を向きながら小声でありがとうと伝えると、すぐに霧乃の方に目を向ける。少し疲れたような顔つきで答えたそれを聞き、納得と同時に一体何を話し合ったのかと恵里は気になってしまう。
(……氷雪洞窟の攻略に行くなって止めたのかな。あそこ、相当キツいってフリードが前に言ってたし)
恵里の頭に浮かんだのはかつてフリードが語った氷雪洞窟のことであった。あそこの試練の内容がハルツィナ樹海のそれと変わらないレベルで心をえぐる内容であることを思いだし、雫のために遠ざけようとしたのかと考えたのである。
(だったら止めよう。雫はそこまで弱くなんて――)
「うむ……雫が笑顔でいられるためにな、わし達はあの子を天之河家に嫁がせようとしたのだ」
「でも光輝君は本気で怒ったのよ。自分が八重樫家に婿入りするって。それでけんかになってしまって」
「どうしたのかね?」
「何か変なことでも言ったかしら」
「いや、あのさぁ……」
思いっきりコケて床で四つん這いになった恵里はその場で思いっきり肩を落としてふかーいため息を吐いていた。鷲三らがどこか心配げに声をかけてきたから余計にだ。
「あ、いえ、その……なんでもないです」
(ハジメくんもそうなるよねぇ……いや、真剣なのはわかったけど)
チラッと隣で尻餅をついたハジメを見れば、どこか釈然としないようなホッとしたような顔つきで受け答えをしていた。彼も自分と同様ひどい倦怠感を覚えていることに恵里はほんのちょっとだけ嬉しさを感じた。それはそれとしてどうしてそんなアホなことをやっていたのかと恵里はのろのろと頭を上げて二人を見やる。
「……君達にとってはどうでもいいかもしれんが、わし達にとっては重大でな」
「あのさ、重大なのはわかったけど今やることぉ?」
顔を少しだけしかめながらこぼした辺り、目の前にいる大人が本気で悩んでいることは恵里もわかった。今ここでやることなのかと軽くキレてもいたが。ハジメと一緒に立ち上がると、目を若干細めて軽くとげとげしいトーンで恵里は問い返す。すると霧乃が軽く顔を背けながら答えた。
「恵里ちゃんの言うことはもっともね。でも、あの子の幸せのことを考えると早い内に決めてしまった方がいいと思って……」
「……ハルツィナ樹海で見た夢のせいですか。それとも」
気まずい感じとはまた違う、むしろ洗脳から解放された直後に近い空気をまとった霧乃の言葉に恵里はふと違和感を感じ取った。どうしてわざわざ雫と距離をとるのかと考えようとした直後、ハジメの推測に恵里は目を見開く。
「……あの夢、ね。それかフリードの言ってた氷雪洞窟の最後の試練のこと?」
自分にとって都合のいい夢を見せる試練でまた迷ってしまった。それか自分がそらし続けた汚い部分が姿をとって戦ってくる試練のことを考えて尻込みしたか。そう推理したであろうハジメの横顔を軽く見れば、真剣な表情でじっと鷲三らを見つめているのがわかる。恵里もどこか皮肉げな笑みを浮かべながらも二人の方を向いた。
「……情けない大人だと思わんか」
「今更怖じ気づいたんですよ、私達は。本当にこれでいいのかって」
「……ボクも、そうだしね」
心底悲しげな顔つきで自らをあざける二人に恵里は強いシンパシーを感じてしまう。だって自分も大切な家族を知らず知らずのうちに深く傷つける真似をしてしまっていたから。だから恵里はかすれた声で笑いながらぽつりと漏らしてしまう。
「ごめん。無神経だった」
「え、ううん! ハジメくんは悪くないよ! ぼ、ボクの方もごめんね!」
だからこそ右肩に手を添えられてハジメにそっと抱き寄せられたこと、彼のひどく苦しげに声を震わせながらしてきた謝罪に恵里は大いに驚いてしまった。彼の優しさは嬉しいものの、それでも傷つけるつもりじゃなかったからと恵里はあわてながら謝り返す。
「す、すまなかった! 恵里さんを傷つけようと思った訳では……いや、それこそ言い訳か」
「お義父さんの言う通りですね。自分のことだけでいっぱいだなんて本当に恥ずかしい……本当にごめんなさい」
「いや、そういうつもりじゃないって!」
「そ、そうです! 鷲三さん達も頭上げてください!」
更に想定外だったのは鷲三と霧乃が床に膝をつくと、手をついてこちらに頭を下げてきたことだ。土下座である。一瞬、今にも死にそうな顔をしていたのも相まってすさまじい罪悪感に恵里は襲われてしまう。結果、謝罪合戦勃発。
「こほん。それで、雫の方はどうなのかしら?」
らちが明かなくなったのに苛立った恵里が“鎮魂”を乱打し、どうにか合戦は終息。ひどい疲労感に襲われて軽く肩で息をしていた恵里であったが、霧乃がせき払いをしてからやった問いかけに思わず目をむいてしまう。
(いやどうして雫のことをボクらに聞くのさ。第一あっちは鈴……あっ)
どうしてここで雫のことが、と思ったものの、すぐに恵里は霧乃がこの疑問をぶつけてきたかを理解する。普段から自分達と一緒の鈴がいなかったことから、鈴が雫と光輝の方に向かっていることに気づいたのだろうと恵里は察する。
「あ、あはは……」
「……気づいて、ました?」
恵里はハジメと何度も目を合わせながら一緒に引きつった笑いを浮かべてしまう。すると鷲三達が何ともいえない顔つきで見つめ返してきたため、恵里は一層顔を引きつらせていた。
「やはりか。余程のことがなければ一緒の鈴さんが不在だったからな。わし達の想像通りか」
「……で、ハジメくん。鈴からの連絡は?」
「今やってる……向こうも僕達とそんなに変わってないみたいでして」
鷲三らから向けられる視線に耐えられず、恵里はすぐにハジメの方を向いてあちらの状況について尋ねる。未だに鈴からも雫からも連絡が入ってないため、ハジメが受け持ってるんだろうと思いつつ恵里は尋ねる。ハジメも何度か虚空を仰ぎ、軽い苦笑いを浮かべながら似たり寄ったりであることを明かした。
「……まぁ雫の方が気になるのはわかるけどさぁ。でも、その前に二人は雫に聞いたの? どうしたいのかって」
「……目を白黒させてうろたえてましたよ」
向こうも同様なことに軽い頭痛を覚えたものの、恵里はため息を堪えながら“念話”を寄越した時の雫がどうだったかと問いかける。すると霧乃が乾いた笑いを浮かべ、一瞬だけ目をそらしながら小声で答えた。何やってんだかと恵里は思わずあきれ顔になってしまう。
「雫も迷っておるんじゃろう……こういう形で思い悩むことではないというのにな」
グチの一つでも吐いてやろうかと思った恵里だが、すぐに言葉を飲み込んだ。鷲三が後悔を吐き出し、霧乃と一緒に天を仰いだからだ。幼馴染みの家族相手に追撃をかけるのをためらったのもあったが、また空気からして何か他に言いそうであったのも原因だ。
「そういえばハジメ君、鈴さんから聞いたかしら? 光輝君ったら雫がお義父さんと私から離れてしまったら苦しむだろうって」
「あー、はい。言ってました」
また鈴がハジメとだけやり取りしていることにちょっとムスッとしたが、それはそれ、これはこれと恵里は一度怒りを飲み込む。そしてどこか嬉しげに語る霧乃の話に耳を傾けた。やはり今回のケンカの原因が四人のお人好しっぷりとやり過ぎな気遣いから来ているせいだなと恵里は結論づける。
「光輝がわし達のこともちゃんと考えてくれていることぐらいわかる。だがな」
「だから、ですか」
辛そうな顔をしながら独り言のように鷲三はつぶやく。それを受けたハジメが問いかければ二人は黙り込み、痛々しい笑顔をするだけだった。
(重症だね)
「鷲三さん、霧乃さん……」
度の過ぎた臆病さを見せる二人に恵里は思わず心の中で憐れみ、またそのまなざしを向ける。とはいえ自分自身も同類であることを考えてほんの一瞬だけに留めた。
“恵里。そうしたいのはわかるけどやっちゃだめだよ。鷲三さん達萎縮するから”
“……ごめん”
だが次の瞬間にはハジメが“念話”でたしなめてきた。それもやや気まずい感じのトーンでだ。愛する人のめざとさを軽く恨みはしつつも言い分はわかっていたため、まず彼に謝罪する。そして鷲三と霧乃の方を一瞥した。
「……ごめんなさい」
「気を遣わんでいい。わし達が一歩踏み出すことを恐れ続けているだけでしかないからな」
「そうですね。あの子の幸せを理由に、自分が傷付かなくて済む理由を当てはめてるだけだもの」
少し悲しげに笑っているのを見て即座に恵里は頭を下げて謝る。だがそれを鷲三も霧乃もとがめるようなことはせず、ただ怯えて一歩を踏み出せない自分を恥じてうつむくだけであった。そのことに心苦しさを覚えた恵里は軽く両手を握った後、勢いよくハジメの方を見やる。
「ごめん、ハジメくん。向こうの詳しい状況を教えて」
鈴とハジメだけに任せないで自分も雫達と連絡を取ろうと恵里は決意していた。鈴がハジメだけに寄越しているのも何か理由があるだろうとは思っていた。だが鷲三達のいたたまれない様子を見て見過ごせなくなってしまったのである。
「うん。僕の方こそ遅くなってごめん。鈴の方はね――」
そこでハジメの口から鈴がどういった状況になっているかを恵里は知った。雫と光輝が頑固になっていることを知って恵里はため息を吐くと、すぐさま鈴に“念話”を飛ばした。
“ねぇ鈴、そっちはどう?”
“恵里!?……ハジメくん、話しちゃったんだ”
“うん。意固地になった雫と光輝君説得するから、どうなってるか教えて”
送った直後、鈴はひどく驚いたもののすぐにそうなった原因を口にする。そうして落ち着きを取り戻した鈴に恵里も答え、また自分も雫達の対処に当たると提案する。
“……鈴、もしかして”
“頼む恵里。これは俺達だけでどうにかさせてくれ。鈴は話を聞いてもらっただけで”
“うっさい。プライベートなことで巻き込めないからって理由で連絡もしなかったんでしょ。こちとらとっくに首突っ込んでるの。はいハキハキ吐く”
すぐに鈴の異変に気づいた雫と光輝も“念話”を送ってきたものの、恵里は軽く眉をひそめながら自分と話し合いをしなかったことの理由を彼女達に突きつけた。すると即座に雫達は黙り込んだため、とっとと白状しろと少し険しい顔で恵里はせき立てる。
「そっか。んー、はいはい。わかったよ」
「……恵里さん、ハジメ君。雫は」
「ありがとうってお二人に言ってましたよ」
鷲三達にもわかるよう、あえて上を見て独り言を装いながら恵里は相づちを打つ。そして霧乃をチラッと見た際に向こうが問いかけてきた。そこで一緒にやり取りをしていたハジメが雫の本心を彼女の家族に明かしたのである。
「ま、光輝君にもだけどね。自分のことをこんなに大事に思ってくれて嬉しいって」
「だからこそすぐに決めたくない、決めちゃいけないって言ってました。鷲三さん達のことも考えてちゃんと決めたいって」
雫のメッセージを聞いて鷲三も霧乃もぽかんとしていた。そんな二人に恵里は少し口角を緩ませながらも雫の思いを伝え、またハジメも彼女が迷っていた理由を述べた。鷲三と霧乃の表情が和らいだものへと変わっていき、少しだけ恵里はホッとする。
「そう、か」
「このままべったりしてる訳にもいかない、ってのも雫は言ってたね。昔みたいに戻りたい、ちゃんと家族としてやり直したいって」
軽く頭をかく鷲三を見てどうにかなりそうだと思いつつ、恵里は雫がこれからどうしたいと考えているかについても伝えた。するとそれを聞いた二人は安心した様子でほのかに笑みを浮かべていた。
「とりまこっちはどうにかなりそうかな……ハジメくん?」
「うん……僕達も、無関係じゃないって思って」
これで一件落着かと思ってハジメの方を振り向いた恵里だったが、その彼は少し浮かない顔をして恵里を見つめ返している。疑問を覚えた恵里が彼の名を呼ぶと、不安の混じった声でハジメがその理由を明かす。
「……そう、だね」
彼の不安を理解し、恵里もハジメから視線を外してからぽつりとつぶやく。雫達はまだこうしてお互い歩み寄れる。けれど自分達が地球に戻った際、両親とこんな風に話したり出来るのだろうかと恵里も考えてしまった。
“雫はいいよね。こんなに愛してもらえてるんだもん”
心配や怯えが胸にあふれ、すがりたくなってしまった恵里はハジメの方を向く。そして鷲三らに聞こえないようハジメにだけ“念話”を送って弱音をこぼす。するとハジメが恵里の方に手を伸ばしてきたのだ。一瞬震えて引っ込めようとしたが、そのまま腰に手を回してきたハジメに恵里はされるがままとなった。
「ハジメくん……」
「僕じゃ、だめかな」
抱き寄せられた恵里はハジメが自分を安心させるためにやったんだろうと考える。そしてハジメの体の温かみを感じながら彼の名前をつぶやくも、彼がどこか心細げにつぶやいたことに恵里は驚いてしまう。
「えっ」
「たとえ正則さんと幸さんが受け入れなくても鈴と僕が、僕の父さんと母さんがいるから」
ハッとした恵里が顔を上げると、ハジメがどこか怯えているような顔つきで自分を見ていたのだ。彼の励ましの言葉も自分を安心させるためというより、どこかすがるようににしか恵里には思えなかった。だから恵里は彼のほほに口づけを落とす。
「恵里……?」
「うん。ありがと、ハジメくん……それとさ、ハジメくんがいてくれなかったらボクはいなかったから」
期待と不安に揺れていそうなハジメの瞳をじっと見つめ、恵里は微笑みながら感謝の言葉を伝える。そして背伸びをして彼の耳元にそっと顔を寄せて『だからさ』と短くつぶやく。
「何かあったのなら言って。ね」
「僕、は……」
そして不安も何も打ち明けて欲しいと暗に伝えると、恵里は再度ハジメと向き合う。彼の瞳をじっと見つめ続けると、ハジメも少しうつむきながら何かを伝えようと口を開いた。
「コホン……ハジメ君、恵里さん。そろそろ良いかな」
だがそれも鷲三のどこか気まずそうな具合の声がけで止まってしまう。そういえば鷲三達がいたんだったと思い返し、恵里はほほを赤く染めながらもそっとハジメから離れていく。
「す、すいません……」
そして鷲三らの方を振り向く際にハジメの横顔を見れば、彼も顔を真っ赤にしていた。恥ずかしいのが自分だけじゃ無いことに安心し、また何を話そうとしたのかを後で問いただすことを恵里は決心する。そして鷲三らの方を向いて恵里はせき払いをしてから自分の意見を口にした。
「あ、あー、うん。雫のことなんだけどさ、どういう答えでもきっと大丈夫だと思うよ。どうせそっちに顔出しとかすると思うし」
「えーと、そうですね。雫さんは鷲三さん達も光輝君のこともちゃんと信じてると思いますから。もう一度、腹を割って話しませんか」
鷲三達との繋がりを雫は切らないと恵里は確信している。また自分の意見に乗っかる形でハジメも説得してくれたせいか鷲三と霧乃の表情がまた一段と和らいだ……また二人は目を泳がせていたが。
「しかし、だな」
「そう言ってくれるのは嬉しいけれど、でも」
(あーもう面倒くさい。こうなったら直接雫に――)
“お、お爺ちゃん! お母さん!”
おまけに歯切れの悪い返事をしたせいで恵里は口元がヒクつくのを止められなかった。ならいっそのこと直接雫と話し合わせようと強硬手段に出ようとした時、その当人の“念話”がカッ飛んできた。
“あ、あのね。その……もう一度、話し合いしたいんだけど”
“すいません鷲三さん、霧乃さん。明日以降でいいですからもう一度話しませんか。雫の、大事な未来がかかってますから”
おそらく鈴が上手くやったのだろうと恵里は推測する。だがどこか申し訳なさげに二人が鷲三達に訴えてきている辺り、まだ迷ってたり自信がないんだろうなとも考えていた。これ大丈夫なんだろうかと思いつつ、恵里が鷲三らに視線を向ければそれが杞憂であったことを彼女は悟る。
「……わしらはどうして尻込みをしたのだろうな」
「そうですね。光輝君が、何より雫が勇気を出したんですもの。それに応えられないなんて情けないことは出来ません」
鷲三は薄く笑みを浮かべつつ、霧乃はどこか困ったように笑いながら答えていたからだ。これならきっと大丈夫かと恵里はホッと胸をなで下ろし、ハジメと一緒に頭を下げて部屋を後にしたのであった。
「式を挙げるなら教会にすべきだろう! あの子のウェディングドレス姿を見たくないのか!」
「白無垢を見てみたかったって言ったのは鷲三さんでしょう! 神前式がどうして駄目なんですか!」
嫁入り婿入り騒動から早三日が経過した王宮の食堂で、鷲三と光輝の怒声がこだまする。背もたれにひじをかけ、軽く後ろを振り向いた恵里の視界に入ったのは、またしても元気にしょうもないケンカをする光輝達の姿であった。
「ぶ、ブーケトスとかやってみたいし、光輝にベールをとってもらいたいけど、でもお爺ちゃんのお願いも叶えたいし……」
「お義父さんも光輝君も……こりないですね」
「まーたケンカしてるよ」
またしても雫はおろおろしており、赤く染まったほほに両手を当てながら迷いを口にしている。霧乃の方は呆れて右ほほに手を添えているだけで今回は止めようとはしていない。流し目で確認した後、恵里はすぐに前を向いてサラダに勢いよくフォークを突き立てる。
「でもいいんじゃない? 前みたいに変な譲り合いしなくなったし」
「そうだね。こっちの方が安心できるかな」
ナナメ向かいにいる鈴は雫達の方に視線を向け、どこか微笑ましいものを見る目つきをしていた。向かいのハジメもどこか安心した様子で相づちを打っているため、雫達の方はいいかと恵里は考えながらサラダを食べる。
「……ところでさ、ハジメくん。そろそろさ、何を言おうとしたのか教えて欲しいんだけど」
「そうだね。どうして今更そんな弱気になったの」
サラダを飲み込んだ後、恵里はじとっとした目つきでハジメを見つめる。また鈴もムスッとした顔でハジメに問いかけてきた。ここ数日、恵里も鈴もあの時のハジメのことが気になって質問をぶつけ続けていたのである。しかしハジメは何度もはぐらかしてきたため、それで二人は苛立っていたのだ。
「その……氷雪洞窟のことで、ね。突破できるかなって思って」
何度か目を泳がせた後、観念したように深くため息を吐いてからハジメがその理由を語った。恵里の脳裏に試練の内容が浮かび、思わず渋い顔になってしまう。そういうことかと一応納得はしたものの、ある理由から恵里はハジメをジト目で見つめながら反論する。
「まぁわかるけどさ……とっくに内容はわかってるんだし、ボク達色々話し合ってるでしょ」
「恵里の言う通りだよ。普段から色々話してるし、最近は悩みのこととかも言い合ってるよねハジメくん」
それはアンファンが駄々をこねた翌日、フリードがしてきた提案だった。氷雪洞窟の最後の試練に打ち勝つため、お互いに弱い部分をさらけ出したらどうだと言ってきたのである。
大迷宮の試練の悪辣さは身にしみていたため、恵里も鈴も、幼馴染みや四馬鹿にメルドもそれを受け入れた。そうして互いに抱えた不安を何度となくハジメや幼馴染みと言い合い、辛さや苦しさを共有してきたのだ。
「ボク達ならなんだって受け止めるよ。ハジメくんの弱いところも、イヤなところも」
「……うん。ありがとう」
なのにどうしてと思いつつ、恵里は鈴と一緒にほっぺを膨らませながら不満を口にする。だがハジメの顔は浮かないまま、弱々しく笑って返事をするだけ。
(どうして、言ってくれないの。ハジメくん)
自分にも言えない何を抱えてるのか。頼ってくれないさみしさと不安を感じながら、恵里は鈴と共に愛する人の顔を切なげにじっと見つめていたのであった……。
今回のエピソード、というか雫の嫁入りor光輝の婿入りでもめまくる話、ずっと書きたかったやつなんですよ(隙自語)