あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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ようやく書きあがりましたァ!!
……こほん。では改めまして読者の皆様への惜しみない感謝を。

おかげさまでUAも258159、しおりも537件、お気に入り件数も1034件、感想数も833件(2026/2/22 18:03現在)となりました。誠にありがとうございます。長いこと期間が空くとはいえ、拙作を気にかけてくれる人が増えて下さることはありがたいです。

そしてAitoyukiさん、今回も拙作を再評価してくださり感謝いたします。また執筆する力をいただきました。

では皆様、本編をどうぞ。


百十四話 今、影と向き合って(前編)

「皆さんにお話があります」

 

 昇華魔法を手に入れて早一週間。()()を終えた恵里達は、メルドを除く最初のオルクス大迷宮突破組、愛子、ティオ、鷲三と霧乃の面々で氷雪洞窟を攻略していた。そこで一度小休止をしていた時のことであった。

 

 今は直径五十メートルはある円形の部屋の中央、十メートル平米の広さのワンポールテントの中に恵里達はいた。床暖房完備、再生魔法の力で勝手に汚れが消えるじゅうたん、そして幾つもあるこたつで恵里達は思い思いに休んでいた。そこで唐突に愛子が恵里達に話があると持ちかけてきたのである。

 

「畑山先生、どうしたんですか急に」

 

 真剣な顔つきで声をかけてきた愛子に真っ先に光輝が反応してこたつの天板から顔を上げ、また恵里ものっそりと彼女の方に顔を向ける。

 

「もう大丈夫なの? さっきまで少し顔色悪かったのにさぁ~」

 

 ここに来るまで無数の凍死体のゾンビに襲われたり、氷で出来た大鷲や二十メートルほどの大きさの亀に鬼に近い姿の氷像、そして迷路に仕掛けられたトラップをかわしながらかれこれ十五時間ほど動いていたのだ。それで軽く顔が青くなっていた愛子を気遣い、ハジメ達は休憩を打診したのである。食事もかねて休んでいたにどうしてと思いつつ恵里は愛子の目を見やる。

 

「そうですよ。恵里の言う通りです。()()()でも一時間ぐらいしか経ってませんよ」

 

(んー、進むのがしんどくなった……わけないか。本当のオルクス大迷宮を無理矢理突破してるし。他の大迷宮もクリアしてるしね)

 

 隣で一緒にぬくぬくしていたハジメが愛子を気遣うのを聞きつつ、もうやっていくのが厳しくなったかと恵里は勘ぐる。しかし愛子はこの七日間でデビッド達や漢女ども、そして時折重吾達を連れて大迷宮を突破し、変成魔法以外の神代魔法を手にしたと述べていた。それを考えると今更根を上げたとは恵里には思えなかった。

 

(それとも……もう体力回復したからとっとと動きたいってところかな。アワークリスタルのおかげで外だと十分も経ってないだろうし)

 

 またタイムクリスタルを改良し、時間の流れを十分の一に抑えたアワークリスタルを恵里達は五日前に作っている。それを大迷宮攻略以外の日は自分達と一緒に使っていたのだ。

 

 そうなると早く攻略を再開したいかと考えてるのでは無いかと恵里は勘ぐった。部屋の真ん中にあるアワークリスタルをチラッと見た後、若干目を細めながら恵里は愛子をじっと見つめる。

 

「先生でなく魔王です。天之河君……こほん。地球に戻った後のことについてですよ」

 

 すると愛子は訂正とせき払いをし、あることを真剣な表情で話してきた。それに恵里は肩透かしを食らったように感じてしまい、軽く口の端がヒクつく。恵里はこたつの天板にひじを突くと、軽く顔をしかめながら愛子に反論する。

 

「話したはずだけど? トータスの親善大使として出るってさ」

 

 二日前に出した恵里達の結論は、地球に戻り次第様々なメディアを経由して『いきなり異世界に行ってそこを救いました。ついでに世界同士の交流のための大使にもなりました』と発表することであった。

 

「証拠の一つとして地球とトータスを繋ぐアーティファクトの設置も話しましたよね」

 

「王様の二つ返事ももらったろ。二つの世界を繋いだのを見せれば流石に信じるしかねぇだろ」

 

 そうすることで自分達がいなくなった理由を示し、またその証拠であるアーティファクトなども見せるなどしてそれを証明するつもりだったのだ。またそのことに言及したハジメや幸利のように両手に花の状況も無理矢理認めさせることもその計画の内にある。

 

「もちろん覚えています……それでも世界が納得しなかった場合です」

 

 すると愛子は返事をしつつも声をかすかに震わせながら反論してきた。この会見で世界各国が大人しくするとは恵里も楽観視していないし、ハジメや幸利、光輝も不安がっていたのを覚えている。利権の確保のためにあの手この手で勧誘するなり引き抜くなりはやるんじゃないかという推測も出てたこともだ。

 

「……皆さんは強いです。これほどの力があってもちゃんと対話を貫こうとしたんですから」

 

 乾いた笑いを浮かべながら愛子がつぶやいてすぐに鈴達が軽くざわつく……実は話し合いの際、愛子がメディアを利用して全人類を洗脳することも考えていたことを明かしたからだ。恵里も一度は考えた案ではあったが、自分やハジメに鈴、幼馴染みの家族まで巻き込むわけにはいかないと必死に説得したことでこれはお流れとなっている。

 

「皆気にしすぎだよ。蒸し返すんだったらさっきの時点でもうやってたでしょ」

 

 また蒸し返すつもりか不安になったのだろう察し、恵里は軽いあきれ顔になりながらも釘を刺す。それと軽くうつむいたまま語った愛子がこの考えを押し通すつもりはないとも考えていた。そのつもりならば強気な態度で、そしてこちらの意見を封殺するためにやや回りくどい話し方をするからだと見抜いていたからである。

 

「えぇ……やっぱり皆さんやそのご家族が奇異の目にさらされてしまうだろうと思って」

 

 チラッと愛子の方を見やれば、苦虫をかみつぶしたような顔つきで彼女はそう答えた。恵里としても大切な人達がろくでもない目に遭うのは避けたいとも思ってはいたのだ。やっぱり地球全域を洗脳した方が後腐れがないだろうかと体を起こし、腕を組んで考えてしまう。

 

「畑山先生……」

 

「「ハジメくん……」」

 

 ハジメが何ともいえない顔つき、それも目をそらしながらつぶやいたのが気になって恵里は鈴と一緒にそっと彼の肩に手を添える。ここ最近心ここにあらずな状態なのも家族のことが気がかりなのかと勘ぐるも、彼がほんの一瞬だけ渋い顔――自己嫌悪のそれらしきものを浮かべたことに恵里は気づいてしまう。

 

「どう、して」

 

「先生ではありませんよ南雲君……何に変えてでも私が守ります。そのつもりです。ですけど」

 

 なんでそんな顔をするのと恵里は寂しさと悲しさで胸が痛くなった。そのことを問いかけようとした瞬間、かぶせるように愛子が自分達を守ると発言してくる。同時にハジメが痛ましさを顔に出しながらも愛子を見つめていた。

 

“ハジメくん。さっきのは何? ちゃんとボクと鈴に話してよ”

 

“……ここを攻略したら、ね”

 

“……ハジメくんの馬鹿。頑固”

 

「愛子先生。それはあなただけでするものではない。ここにいる光輝や雫達も一緒にせねばならないことです」

 

 さっきの表情の意味を問い詰めようと、恵里は苛立ちと悲しさを込めながらハジメに“念話”を送る。それでもごまかそうとするハジメの頑固さにやきもきしつつ、恵里は寂しげに文句をつぶやく。それと同時に鷲三が先んじて厳粛な声で愛子をいさめる。

 

「そうです! そんなことをしたらもう俺達は世間に顔向けなんて出来ません! どんなに厳しくても絶対に説得する。俺達の存在を世界に認めさせる! だから信じて下さい!」

 

「そうよ! エヒトと戦うよりきっと簡単だもの! 絶対に成功させてみせるから!」

 

 鷲三に続いて光輝が少し声を荒げながら主張すると、雫だけでなく龍太郎や香織などもそうだそうだとしきりに声を上げた。もちろん恵里も愛子がこちらを甘く見ていることが気に食わなかったため、鈴とハジメと一緒に説得してみせると何度となく訴える。

 

「“鎮魂”……畑山愛子、こやつらの覚悟を認めてやれ」

 

 するといきなりティオが“鎮魂”を使ってきたことで恵里達の熱狂は静まってしまう。そして間を置くことなく、愛子をたしなめるように静かな声でつぶやいた。いきなり冷水を浴びせてきたことに苛立ち、恵里も軽く眉をヒクつかせながらティオの方を向く。

 

「……ティオさん」

 

「この者達が庇護されるだけの人間ではない、ということはよくわかっているじゃろう?」

 

 ティオは若干目を細めて涼やかな顔でこちらを見つめ返すだけで、愛子の恨めしげな声にも眉ひとつ動かしはしない。余裕のある様に恵里は軽くイラついたものの、こちらをフォローしてくれてはいたことから舌打ちをこらえた。

 

「とはいえ、最悪の予想をしておくに超したことはあるまい。これからのこともあるからのう」

 

 その矢先、再度ティオが冷や水を浴びせてきたことに今度こそ恵里は舌打ちをする。流し目でそう述べたティオを恵里は一度にらむも、今度は眼力のこもった目つきでこちらに向けていたせいで思わず恵里はたじろぎそうになってしまう。

 

「そう、ですね。ティオさん」

 

(……悔しいけどコイツの言う通りだな。こっちの心を削ってくるみたいだし)

 

 光輝が謝ったのをきっかけにその場がざわついていく。実はここを訪れる前、再度フリードから氷雪洞窟で起きたことを細かく話してもらっていた。そのため恵里達は今後どういった試練が訪れるかを既に把握しており、ここでざわついてしまうのも仕方ないと考える。

 

「私、間違えちゃったのかな。お母さん。カムさん」

 

「しかし気負いすぎるでないぞ。まだどうなるやもわからん未来のことじゃからな。己と向き合い、そして受け入れて勝てばいいだけの話よ」

 

 不安そうにつぶやく面々を見てどうしたものかと思っていると、すぐにティオが火消しにかかってきた。フリードの話しぶりからして厳しそうだけどね、と思いつつも恵里は皆と一緒にうなずいたのであった……。

 

 

 

 

 

 そうして恵里達はアーティファクトの慣らし運転も兼ねて迷路を攻略し、その先にあるミラーハウスのごとき回廊へと進んでいた。上空を雪煙が覆い、鏡と見まごうレベルで反射する氷の壁に囲まれた場所を恵里達は歩いていく。

 

「ぴっ!?」

 

 しばしそこを進んでいるとアレーティアが大きな悲鳴を上げた。その際恵里の頭にここの試練の内容のひとつが浮かび、もしかしてと思いながら後ろを振り向く。すると顔を青くしたアレーティアが大介に支えられているのを恵里は見た。

 

「アレーティア、もしかしてフリードの言ってたやつか!」

 

「で、でも、私……お、女の声だった」

 

 フリード曰く、ここの試練は『()()()で自分が目をそらしていたことをささやいてくる』ものらしい。だが大介が心配げにアレーティアに声をかけると、彼女は想像だにしなかった答えを返してきたのである。これには思わず恵里も首をかしげてしまった。

 

「通路の特徴からしてそろそろだと思ったけど……ハジメくん。魔力の反応は?」

 

 恵里は通路を怪訝な顔で見渡すが、合わせ鏡のように幾重にも重なった自分達の姿が映るだけで他には何もない。そこで恵里はここの攻略を始めた時からあるアーティファクトを使っているハジメへと声をかける。

 

「異常なし。羅針盤にも引っかからないね……」

 

「変だよね。フリードさんの話だと男の声が聞こえてくるはずなのに」

 

 ハルツィナ樹海攻略後のご褒美であり、『望んだ場所を指し示す』能力を持つ“導越の羅針盤”。それを使っていたハジメはすぐに“魔眼鏡”を取り出して被って周囲を見渡したが、すぐに力なく首を横に振った。彼の隣にいた鈴も怪しむ顔つきで壁を見ながらそうつぶやき、恵里もそれにうなずいた。

 

「条件か何かがあるんだろうか……なぁ皆、アレーティアさん以外に声を聞いた人はいるか?」

 

「俺もないな……声が違うのはどういうことだろうな」

 

「条件か何かあるかもね。フリードさんの話だと何度かあったみたいだし、しばらく進もう」

 

 軽く握った右手をあごに添えて考え、素振りをしていた光輝が声をかける。だが軽く眉間にしわを寄せていた龍太郎が意見を言うとすぐ、アレーティア以外の面々が首を横に振った。ゴーグル状のアーティファクトを軽く上にずらしたハジメが言及すれば、攻略メンバー全員がまばらにうなずく。恵里もその通りかと思いつつ、皆と一緒に通路を進んでいった。

 

「お、俺も聞こえた。“エヒトの野郎に勝てるのかよ”って。浩介、どうだ?」

 

「依然として変わらず、だな。紅蓮の申し子……我の場合は“今でも恐ろしいんだろう?”という問いかけであった」

 

 そうしてしばらく通路を進んでいると、例のささやきが聞こえたと自己申告してくるメンバーも増えてきた。かくいう恵里もそうであり、『ずっと怖いくせにさぁ~?』と神経を逆なでするような声を何度となく聞いていたからだ。

 

「まぁ中村がキレるのもわかるわ。コレ思ったよりキツいな……」

 

「礼一、“鎮魂”使うか? てかいい加減教えろよ」

 

「いらねぇ。あと絶対教えねぇ」

 

 なお最初に聞いた時にはいつの間にか壁にヒビが入っていた上に周りもドン引きしていた。右手から血をしたたらせたことに気づいた恵里も驚くと同時に自分自身に思いっきり引いていたりする。

 

「しっかしロクでもない試練だよねぇ……妙に聞き覚えのある声でやってくるしさぁ」

 

 礼一と良樹のやり取りを適当に聞き流しつつ、恵里はずっと考え続けていた。三度目の声を聞いた時から引っかかっていたことであり、この声の主は一体誰なのか、そしてどうして性別が男女別となっているのかを疑問に思っていたのだ。そこで前にもこんなことがあったようなと思い返し、ハッとした恵里はハジメの方へと勢いよく振り向いた。

 

「ハジメくん、これって」

 

「えっと……あっ、そういうことか」

 

 ハジメも一瞬遅れて確信を持った様子で恵里を見つめ返してきた。わずかではあったものの、ハジメが気づくのが遅れたことに恵里の心にさざなみが立ってしまう。また横から顔を出した鈴も心配そうにハジメを見つめた後、恵里の方を一瞥してきた。

 

「……じゃあせーので言おっか。せーの」

 

「「「これ自分の声だ」」」

 

 だがここで答えを言うよう鈴は促してきたのである。皆の不安を和らげる方を鈴は優先したと恵里は察し、三人一緒にうなずいてからその正体を口にする。その途端、攻略メンバーの間に動揺が広がっていった。

 

「自分の声って……録音したやつか!」

 

「あー! カラオケで自分の声とか聞けるもんな! 流石先生!」

 

 恵里の脳裏に浮かんだのは、かつてハジメの父である愁のゲーム制作の手伝いをしていた時のある記憶だった。ボイステストで自分の声を何度も聞く機会があり、その時の声と全く同じであったことに気づいたのである。

 

「あ、うん。そうそう。僕達は父さんの手伝いで自分の声を聞くことがあってね――」

 

 そのことをハジメも覚えていた様子であり、不安を押し殺しながら恵里は鈴と一緒にうんうんとうなずく。そしてどういうことかとアレーティアにシア、ティオに説明すれば納得した様子でうなずき返してきた。

 

「……なるほど。この大迷宮は強制的に自分と向き合わせようとしてるのに合致しますね」

 

「うむ。色々と嫌な記憶が蘇って来るのじゃ。実に狡猾だのう」

 

「……ですねぇ。フリードさんの話を聞いてても思いましたけど、心の中を土足で踏み荒らされているみたいですごく気持ち悪いです」

 

「ま、これでカラクリは完全にわかったし大丈夫でしょ。そのために色々相談してたんだしね」

 

 アレーティア達はやや渋い表情で返したのに対し、恵里は両の手のひらを上に向けながらやれやれといった様子で既に対策を打っていたことを語る。事実、既に大迷宮で起きることを把握していたことから皆で色々と話し合いはしていたのだ。

 

「そうだな。何度となく向き合ったんだ。突破しよう、皆」

 

「そうね。やってやりましょう。この程度の試練に私達は負けない、って」

 

 すると光輝が真剣な表情で攻略メンバーを見渡しながらつぶやく。すぐに雫や龍太郎達もそれに続いてやってのけると息巻いた。

 

「……そう、だね」

 

(……ずっと話してくれなかったよね。そんなに言えないことなの、ハジメくん)

 

 やはりハジメだけは少しうつむきながら自信なさげにつぶやいており、その様子に恵里だけでなく鈴も光輝達も心配そうに見つめている。ハルツィナ樹海攻略後からずっと何かを隠し続けているハジメを恵里は寂しげに見つめるのであった……。

 

 

 

 

 

「なんとか倒せたな……なぁ大介、アレーティアさんは大丈夫か?」

 

「ひとまずはな。とりま顔色は土気色じゃなくなったわ」

 

 その後、恵里達は休憩を挟みつつ迷路を進む。そして最後の大広間に現れた自分達と同じ数、それも五メートルほどの人型の氷のゴーレムをどうにか撃破することに成功した。

 

「私達はともかく、愛ちゃんや鷲三さん達はキツかったんじゃないかな」

 

「私と義父さんなら心配いらないわ奈々さん……代わりにハジメ君が作ったこのクロスビットを壊してしまったけど」

 

 ゴーレム達はただ大きいだけでなく、いずれも氷のハルバードとタワーシールドを持って一人ひとりに襲いかかってきたのだ。更に大迷宮上空に鎮座する太陽もどきがこの場に散る無数の細氷を利用して乱反射する熱線を放ってきたせいでただ戦闘に専念する訳にもいかない。

 

「壊れても直せばいいですから。それと良樹君と信治君も集中乱されて辛くなかった?」

 

「気にすんな先生。あれぐらいどうってことねぇって。ま、あのささやきはマジでうっとうしかったけどよ」

 

「大人数相手に一人で戦うのは慣れてたからな。それでもやり辛いったらなかったぜ」

 

 その上例のささやきがしょっちゅう聞こえて心を乱してきたのである。これのせいで恵里も攻撃が若干ブレることがあってイライラしていたため、良樹と信治のぼやきに何度となくうなずいてしまう。

 

「あーホント最っ悪。いちいちいちいち人の気にしてることつぶやいてきてさぁ~」

 

「うん。大迷宮造った人って底意地悪いよね」

 

 何が待ち構えているかはわかっていたとはいえ、精神を削ってくるギミックは本当にキツかった。だからこそ恵里は忌々しげに吐き捨てるが、そのことをとがめる人間はこの場に誰もいない。心底うんざりしているのが言葉の端々から感じられる鈴のつぶやきも、恵里は彼女の方を向いてから何度も何度もうなずいていた。

 

「ひとまず休憩をしてから進まんか……ここからが本番じゃからな」

 

「……そうですね。皆さんの心もまだささくれ立ってるみたいですし、私も少し疲れてしまいました。お願いします」

 

 念のため魔晶石で魔力を補充し、また次の戦闘で使う武器のチェックもしていた恵里に鷲三の声が届く。横目で見れば愛子も額をぬぐって一息吐きながら同意しており、それに恵里も異論はなかった。

 

「……ハジメくん、大丈夫」

 

「うん。平気だよ」

 

 すぐに恵里は隣のハジメを見やる。どこか思い詰めたような顔つきでじっと大部屋の奥の門を凝視しており、返事も一瞬振り向いただけ。彼の力になれないことに恵里は胸が締め付けられる思いに駆られ、瞳がほんのり涙でうるむ。

 

「……ハジメ。今からでもいいんだ。ちょっとしたことでも何でもいい。俺達に――」

 

「ごめん、光輝君。それに皆……これは、僕が乗り越えなきゃいけないことだから」

 

 光輝がいたたまれない様子でハジメに声をかけてきたものの、結局彼は胸の内に抱えたものを決して語ろうとはしてくれなかった。どこか気まずいまま時間だけが過ぎ、休息を終えた恵里達は巨大な門に現れた光の膜へと飛び込んでいく。

 

「……フリードの話の通り、か」

 

 視界を染め上げた輝きが収まり、ゆっくりと目を開けた恵里は特に動揺することも無く周囲を見渡す。二メートル四方の氷で出来たミラーハウス、それも上下左右に自分の姿が映る世界が今いる場所であった。

 

「チッ……ご丁寧にまぁよくやるよ」

 

 フリードの話と全く同じであることを確認すると恵里はすぐに“念話”で皆と連絡を取ろうとした。しかし誰に送ろうとも一切反応が無く、自力でなんとかしろという解放者の思惑を感じ取って舌打ちする。念のため後ろを振り返るが突き当たりの壁だけであり、やっぱり進むしか無いかと観念すると恵里は軽く息を吐いた。

 

(やってやるさ。自分の影ぐらい、勝ってみせる。フリードに出来てボクに出来ないはずがないんだ)

 

 最後の試練である自分の影との対決。勝利をもぎとることを決意しながら恵里は前に伸びる通路をひたすら歩いて行く。

 

「とっとと出てきたら? まだるっこしいのは嫌いだからさぁ~――“緋槍”」

 

 そうして十分ほど一直線の道を歩いた恵里は、中央に天井と床を結ぶ巨大な氷柱のある大部屋へとたどり着く。そして先手を打つべく氷柱から二メートルは離れたところで紅蓮の槍を複数展開し、その内四本を柱目がけて飛ばす。

 

「クソッ。読んでたか――“海炎”」

 

 だがその時、氷の柱からも炎の槍が現れたのである。

 

 槍同士がぶつかり合い、爆発が起きる。これぐらいは向こうもわかっていたかと軽く舌打ちしつつ、恵里は追撃に備えてすぐさま横っ飛びする。残った灼熱の槍も全て発射した後、向こうの逃げ場を塞ぐために恵里は炎の津波を展開した。

 

『いきなり不意打ちとかさぁ~、ひどくなぁ~い? ま、ボク(お前)だしねぇ~』

 

 炎の津波()()が接触し、熱波が部屋中に広がっていく――直後、やや間延びした声とともに真っ黒な姿の恵里が現れる。白髪は元の黒色に、肌も浅黒く服の色まで漆黒を基調としたものに身を包んだ自分自身がだ。

 

「ホンっトイライラする……ボクの影のくせに! もう手品のタネは割れてるんだよ!――“緋槍”っ!!」

 

 恵里はガシガシと頭をかきむしりながら叫び、詠唱する。己に打ち勝つために得意の上級炎系魔法を発動し、恵里は最後の試練との戦いを始めた。

 

『自分の影だからわかるでしょぉ~――お父さんとお母さんから化け物呼ばわりされるのが怖いのがさぁ~』

 

「うる、さいっ!」

 

 “壊劫”や“黒天窮”などの重力魔法、“縛地陣”などの土系魔法などで攻撃ついでに相手の動きを互いに妨害。また再生魔法の“神速”で距離をとってシャウアーやオルカンを撃つ。ハジメが新たに造ったアーティファクトの一つである十字架型の自立機動兵器、クロスビットを宝物庫から出して手数を増やすなどしながら恵里は己の影と戦い続けていた。

 

(動きが速くなった!? でも!)

 

 なかなか攻撃が当たらないことに業を煮やしつつ弾丸をばらまく恵里。しかし影の自分が放った言葉を否定した瞬間、軽い虚脱感と共に左腕に激痛が走り、恵里は顔をゆがめる。

 

「それでも、帰るんだよ! やらなきゃわからないんだ!」

 

 真向かいにいた黒い恵里のシャウアーの銃口から立ち上った煙から攻撃がかすったことを理解しつつ、恵里は吼える。怖いことはわかっていても、絶対に戻る決意を鏡像へと叩きつけた。

 

『だよねぇ~。強気になれないはずがないもん』

 

 だが黒い恵里はどこ吹く風とばかりに口元をつり上げ、ニタニタと嗤うだけ。相手の操る漆黒のクロスビットの先端、そこから繰り出されるフルオートの銃撃を確実にかわすために恵里は手札を切った。“限界突破”の発動だ。

 

「何がっ!」

 

『だってハジメくんと鈴がいるんだから。何があっても使える最高の保険ってやつがさぁ!!』

 

「――ハジメくんと鈴を、馬鹿にするなぁ!」

 

 だが恵里がオルカンを再度宝物庫から取り出すと同時に、自分の影も“限界突破”を使ってどす黒いオーラをあふれさせてきた。こういうとこまで真似してくることにイラつきつつも、恵里は宝物庫経由でロケットを再装填する。右手で引き金を引けば爆音と共にロケットが発射されるが、黒い恵里は余裕の笑みでひらりと避けてしまう。

 

『タネは割れてるんじゃないのぉ~? ボクを強くしちゃってぇ~』

 

 さっきの虚脱感と攻撃が当たったのはこの大迷宮の仕組みのせいだと恵里はわかっていた。自分を否定することで相手が強化され、また自分の醜さを受け止めると弱体化するというものだ。

 

「クソ、ったれがぁー!! “緋槍”っ!!」

 

 何から何までフリードから聞いた話の通りであること、それと黒い恵里があざけってきたことで恵里は青筋を立てた。そして“瞬光”を発動すると共に燃えさかる槍を二十本ほど並べていく。

 

『無理無理ぃ~。強くなったボクに勝てる訳ないでしょぉ~?』

 

 だが黒い恵里は()()()()もの炎の槍を瞬時に並べ、撃ち出してくる。軽く奥歯を噛みしめ、冷や汗を流しながら恵里は左へと跳躍する。床にヒビが入るレベルで勢いよく跳んだものの、残る十本の炎の槍が恵里に襲いかかる。

 

「――がぁああぁあっ!?」

 

 八本は間を縫うような動きでかろうじてかわし、服の端が焼ける程度の被害に抑えた。だが右手に持っていたオルカンを宝物庫にしまおうとした瞬間、残り一本がオルカンと恵里の右腕を貫く。右腕が炎に包まれると同時に爆発が起き、恵里は悲鳴を上げて顔をゆがめてしまう。

 

「“き、ら”っ゛!!」

 

 だが体まで延焼するのを防ごうと、恵里はすぐに“斬羅”で右肩ごと切り落とす。そして後ろへと跳んで距離を稼ぎながら次の一手を打とうとする。

 

『ホント笑えるよねぇ~。ボク(お前)のいつもの楽観視はさぁ~』

 

 すると黒い恵里はニタニタ嗤いながらゆっくりと恵里の方へと歩いてくる。相手がなめ腐ってくれた隙を利用し、恵里は宝物庫から“絶象”が付与された薬を取り出す。端っこを噛み砕いて煽るとすぐにハジメが作った拘束用のアーティファクトを恵里は取り出す。

 

(せめてコイツで少しでも隙を――)

 

 それは狩猟などに使うボーラを改良したものだ。昇華魔法で強化した重力魔法と空間魔法が付与されており、相手を強制的にその場に縫い付ける力がこのアーティファクトにはある。これを自分の影に引っかけ、袋だたきにしようと構えたその時であった。

 

『それでいつも失敗してるのに』

 

 自分が目をそらしていたことを黒い恵里が突きつけてきたのである。恵里は思わず息を呑んでしまい、再生した右手に力が入り過ぎてしまう。一方、ボーラを投げようとスナップを利かせた左手もその場で止まってしまった。

 

『前の世界の天之河君だって手に入らなかった。鈴のことだって取りこぼしそうになった』

 

「……黙れ」

 

『何より、愛しのハジメくんのことも何もわかってなかったよね。彼がいきなり苦しんだ理由とかさぁ』

 

 続く言葉に恵里は思わず息を荒くしてしまう。結局ハジメが何で苦しんでいるかについても聞き出すことが出来なかった。嫌われてでも構わないと踏み込めなかったが故に自分は何も出来てない。ボーラを掴む手が緩み、重石の部分がごとりと音を立てて床に落ちてしまう。

 

『結局ボク(お前)は変われてないんだよ。怖くて、どうすればいいかわからなくて、そのせいで全て取りこぼす。無力な子供のままなんだ』

 

 粘つくような声に自然と恵里の息は荒くなったのであった。




次回は一週間以内に投稿出来たらいいなーと思っています(やれるとは言ってない)
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