あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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ようやっと区切りがつきました! では改めまして読者の皆様への惜しみない感謝を。

おかげさまでUAも259607、しおりも538件、お気に入り件数も1039件、感想数も839件(2026/3/21 20:55現在)となりました。皆様本当に感謝いたします。いやもう多くの方にこうして続きを期待されることの嬉しさとありがたさといったらありません。

そしてAitoyukiさん、今回も拙作を再評価してくださり誠にありがとうございます。おかげでまた次の話を書く気力をいただきました。

では皆様、本編をどうぞ。


幕間七十四 『魔王』になれなかった少年(前編)

『――あの子達が持つ未知の力や技術、そしてこのトータス。それを手に入れるために世界は手段をきっと選びはしない』

 

「うん。日本はともかく、他の国は見逃してなんてくれない」

 

(呆れるほど生真面目じゃな。故に、魔王か)

 

 恵里が自分の虚像と戦いを繰り広げてから幾らか経った頃、既に試練を終えたティオはある女の戦いを通路越しに静かに見守っていた。黒い己の言葉に顔をしかめつつも問答を絶やさない自称魔王の戦いをだ。

 

『そう。たとえエヒトを滅ぼしたとしても次は地球の国家。あの子達と約束したけれど、でも力を振るわずにあなた()は抗えると思ってないでしょう』

 

「……簡単じゃないことぐらい、わかってる」

 

 やや苛立った様子の影の質問に愛子は苦しげな表情のまま答える。同時に部屋のそこかしこを飛び交う重力球が氷の鏡の床、壁、天井、()()()()()を呑み込んで削った。

 

『自分が弱いことは認めたでしょ? だったらなりふり構わず――』

 

「弱いからだよっ! だって自分の力が足りないこと、あの子達の未来が平穏無事でなくなったことを今でも恨んでるから!」

 

 技能か何かの影響で発生した熱気を通路越しにティオは感じ取っていた。その証拠に氷のミラーハウスはそこかしこで滴が垂れ、また水たまりが出来ていたからだ。水たまりに足を取られるのを避けつつ、二人の愛子は戦っている。

 

「全部従えて思い通り、そんな安全な世界で生きるのがあの子達の望みじゃ無いなら! 私はいらない!」

 

 そして部屋にこもる熱気で顔を上気させたのか赤い顔で、されど気迫に満ちた顔で愛子が叫ぶ。

 

「もっといい方法を探す! 私が望む未来のために! あの子達を今度こそ守るために! “操物”っ!」

 

 光すら呑み込む球体全てが消え、それと同時に愛子が無機物を操作する生成魔法を詠唱する。刹那、幾筋もの水の線が黒い愛子の眉間に胸元、手足を貫いていた。

 

『……うん。あなた()ならきっと、最高の魔王になれる』

 

「なるよ。だってあの子達を守るためだから」

 

 虚像が満足げな顔つきで愛子にエールを送り、体を霧散させていく。すると愛子も決意に満ちた表情でそれにうなずいた。己の迷いを乗り越えた愛子にティオは心の中で賞賛するも、愛子のある行動と部屋の状況を見て即座に動く。

 

「うわ……っとと」

 

 先程の戦いで負った傷や神代魔法や様々な技能を使い続けたせいか、肩で息をしていた愛子は杖を支えにしようとしていた。だが彼女の足下に水たまりがあり、またところ構わず蒸発させたせいか床の氷も溶けていびつになっている。そのせいで杖の先端が滑って転びそうになったのだ。故にティオは一瞬で距離を詰め、愛子の手を取った。

 

「見事じゃな。相変わらず手段を選ばぬ戦い方じゃが、その心意気は妾も認めよう」

 

「……ティオさん、ですか」

 

 そしてティオはねぎらいの言葉をかけると、愛子の手を引いて水たまりのない場所へと連れて行く。水を瞬時に操って凶器としたことやこの部屋の温度を上げて水を増やしたこと、そういった愛子の戦い方を思い出して背筋を軽く震わせながら。やはり恐ろしい女よと心の中で思いつつ、ティオはその場にへたり込んだ愛子に魔力回復薬を手渡す。

 

「今の言葉、その格好も含めての嫌みですか」

 

「ミレディへの仕打ちが無ければ否定したがのう。それと妾が無傷なのはブレスの撃ち合いで終わったのと年の功じゃな。己を御しただけじゃ」

 

 薬を渡す際、愛子がじろりと見上げていたのとその理由もティオはちゃんとわかっていた。どこか悔しげに述べた愛子に、ティオもやれやれといった様子で自分が何一つ傷を負ってない理由についてまず端的に語る。

 

「妾には竜人としての誇りがある。憎しみも打算も呑み込んだまでよ。尤も、妾も気づけなかったものはあったがな」

 

「……本当に嫌な人です」

 

「お主の憎悪と恐れに関してはわからんでもないよ。じゃが、それに呑まれずに子供達のために戦ってたであろう?」

 

 そして乗り越えた経緯をサッとティオは話す。すると愛子が少しうつむきながらひどく悔しげな顔つきでつぶやき、杖を強く握っているのがティオの目に入った。するとティオも軽く口元を緩めながら愛子に理解を示す。そして未来のために戦おうとしていることにも触れる。

 

「……そう、ですね。私がこうしているのもあの子達のためですから」

 

「それに関しては妾も評価しておる」

 

 すると愛子もまんざらでもなかったか、ほんのりとほほを赤くして顔をそらす。愛子がただの傍若無人な輩でないことは理解していたため、ティオもかすかな笑みを浮かべたままそれに答えた。

 

「その顔つき、やはり子供達のことが心配か」

 

「……はい。南雲君が特に」

 

 しかしすぐにティオは表情を改めると、愛子がまだどこか不安げな表情を浮かべてた理由について問いかける。愛子もキュッと口を結んでしばし黙った後、ハジメのことを懸念していることを話す。だろうなと思いつつ、ティオは新たに出来た通路の先に視線を向ける。

 

「なるようにしかならんじゃろう。駄目ならば妾達で支えるしかあるまい」

 

 その視線の先には龍太郎と良樹が映っていた。試練のことで談笑していたか、盛り上がった様子の二人がこちらへとやって来ている。どうにもならなかったら仕方ないと割り切っている旨を明かしつつ、どうなることやらとティオはこの場にいない少年に軽く思いをはせたのであった。

 

 

 

 

 

『流石()だね。ちゃんと真っ向から受け止めるなんてさ』

 

 空気が砕ける音が、コンクリートのような分厚い何かがきしむ音が氷のミラーハウスで響き続ける。白と黒の少年は互いにリボルバー型のレールガンを撃ち合い、十字架型のビットや鋼の獣達も鏡あわせのように暴れ合っている。銃痕の存在しない場所が無い部屋の中でハジメは己の虚像と今も戦い続けていた。

 

「勝つため、だからね!」

 

 やれやれといった様子でつぶやく自分の鏡像に、ハジメは苦しげに声を荒げながら反論する。試練が始まった当初からハジメは己の影に勝つため、向こうの言葉を受け入れ続けながら戦っていたのである。

 

「――ぐっ!」

 

 だが試練が始まった当初からハジメと黒いハジメの表情は変わらない。ハジメはずっと顔をしかめて悶え苦しみ、黒い方は涼しげなままだ。それは二人の戦い方にも如実に表れていた。

 

『でも意気込みだけだね。もう限界を迎えてるのは隠せないよ』

 

 己の醜い部分を受け入れ続けたことから黒いハジメの動きはかなり緩慢である。軽く目で追ってあくびをしながらでも攻撃をよけれる程に遅くなっている程だ。()()()ハジメならば、今も鼻血を出しながら発動し続けている“瞬光”を使わなくても余裕の相手でしかない。

 

「それ、でも!」

 

 だが、先程黒いハジメが撃ったレールガンは彼の左ももをかすっている。またハジメが撃ったドンナーの一撃は黒いハジメの左ももの近くを素通りしただけだ。いつも通り右の親指で撃鉄を起こそうとするも、()()指が滑ってしまって撃つのがワンアクション遅れてしまう。

 

『ほら。また外した。もう泣きたいのに我慢なんてしてるからだよ』

 

「うる、さいっ!」

 

 虚像の煽りに声を震わせ、震える手でハジメはドンナーとシュラークを構える。向こうとこちら側の弾丸を弾き合わせ、相手側に跳弾させようとした。だがハジメが撃ち出した銃弾は相手のものに正面から当たらず、互いにかすって明後日の方向へと飛んでいっただけであった。

 

「くそっ!」

 

 悪いことはそれだけに留まらない。ハジメが操っていたクロスビットとガーディアンが、()()影の自分の操るそれらによって破壊されてしまったのだ。大迷宮攻略のために用意した十機のクロスビット、様々な動物を模したガーディアン計二十機はそれぞれ半分ほどになってしまった。

 

『弱いってわかってるのに、無理に頑張るからこうなるんだよ。それぐらい()も理解してるでしょ』

 

「だから、ってぇ!」

 

 一方、黒いハジメの操るクロスビットはまだ七機、ガーディアンも十五機ほど残っている。このままでは追い詰められて負けると考えたハジメは、己の幻が放つ言葉に顔をゆがめながらも“限界突破”を発動する。

 

『いいのかな。そんな簡単に切り札を使って』

 

 すると黒いハジメの体からも赤黒いオーラが爆発的に放出されていた。自分と同様に“限界突破”を使ったと察しながらも、ハジメは自分に打ち勝つべく宝物庫からヘカトンケイルを取り出す。二対の腕が生えた金属製のリュックを背負い、空いた腕に武装をセットしようとした。

 

『勝てると思ってるの? 愛してる人の願いを叶えられない()が――』

 

「だま、れぇー!!」

 

 黒いハジメの方も同じくヘカトンケイルを取り出し、鏡合わせのようにメツェライとオルカンを全ての手にセットしていく。そして鏡像が放った言葉に反発すると共にハジメも構える。かくしてすさまじい撃ち合いが始まった。

 

(技能で相手は追えてる。けど!)

 

 両手のリボルバーも含めたレールガンが雨あられのごとく放たれ、幾つものロケット弾が煙をたなびかせて相手へ向かって飛んでいく。二人は互いに移動しながら攻撃を続け、爆発の煙とけたたましい音で部屋があっという間に満たされていく。

 

「ぐっ――く、そぉ!」

 

 そんな中でハジメは感知系の技能を使いつつ、自分の虚像をチリ一つ残さず消し去らんと攻撃を続けていた。そのはずだった。しかし音と魔力の反応からして向こうのメツェライとオルカンを一つずつ、クロスビットを三つにガーディアンも五つしか破壊出来ていない。そうハジメは理解していた。

 

(っ! クロスビットが全滅したっ! ガーディアンも、もう!)

 

 逆に自分の操っていたクロスビットとガーディアンの全ての反応が消えてしまい、ハジメは大いに焦ってしまう。またメツェライを持っていた腕の一本が砕けたことも技能のせいでわかってしまった。かつてないほどの命の危機を感じ、ハジメは口の中が乾く感覚に襲われる。息を荒くしながらもどうすればいいとどうにか考えを巡らせようとしていた。

 

『口だけだね』

 

 そんな時、煙の晴れ間から黒い自分が顔をのぞかせるとハジメは顔をこわばらせる。やや焦った風な表情であったものの、それでも黒いハジメの口の端はつり上げたままだったからだ。

 

(どこだ。どこから、何を仕掛けて――っ!!)

 

 まだ余裕を感じさせる相手の顔つきから、何かあるかやってくると感じていたハジメはその理由をすぐに理解する――唯一無事な相手の鋼の手に握られているのがメツェライでなく、手りゅう弾であったからだ。

 

『黙れって言ったくせにちゃんと自分の弱さも認めてるとかさ……でもそれで()に勝てると思う?』

 

 あれを破壊しなければならないとハジメの本能が警鐘を鳴らし、多くの弾をばら撒けるメツェライをそちらに向けた。だが迎撃出来たのはそれが既に投げられた後だ。撃ち抜くと同時に付与された“震天”と思しき衝撃波が突如ハジメへと押し寄せたのである。

 

「そう、だよっ!」

 

 ハジメは黒い自分の言葉に反発しつつ、とっさに“金剛”を発動して直撃だけは防ぐ。また二つずつのメツェライとオルカンによる攻撃も続けたが、あくまでハジメが出来たのはそれだけだった。

 

『本当に口だけ』

 

 黒い自分が攻撃しながらアーティファクトの残骸を回収し、それを利用して自身のヘカトンケイルを修復していたことを阻止出来なかった。爆煙を切り裂いて現れた漆黒のクロスビットやガーディアンの表面の装甲を傷つけることしか出来なかった。

 

「そんなはず、ないっ!!」

 

 相手のクロスビットが変形し、犬や熊のガーディアン達が口を開くと共にレールガンの銃身が現れる。刹那、ハジメはシュラークを宝物庫にしまうと、神代魔法を駆使して改良した盾ことアイディオンを代わりに取り出す。

 

『そんな強さ(弱さ)じゃ何も出来ない』

 

 左手でグリップを握ると同時に魔力を流し込み、付与された“縛羅”を起動して前方からのレールガンの連射を防ぐ。だがこれでも一時しのぎにしかならないと瞬時に判断し、数秒の後にハジメは盾を手放す。

 

「そんな、こと――っ!」

 

 案の定、犬や熊、馬の形のガーディアンが盾の両脇から現れた。また上から鷹のタイプも急降下してくる。ハジメは後ろに跳躍すると同時に左手にシュラークを戻し、ドンナーと一緒に至近距離からガーディアン達を撃ち抜いていく。だが本当にこれで大丈夫かとハジメの脳裏に不安がよぎった。

 

『やっぱり。目の前のことしか考えられないんだね』

 

 黒い自分のあざけりに背筋が粟立つ感覚に襲われたハジメは、直感の信じるままに右の横っ飛びする――直後、放物線を描いて四つの手りゅう弾が、またそれを加えた最後の鷹型のガーディアンがハジメに迫ってきた。

 

「しま――がぁぁあぁっ!!」

 

 手りゅう弾は落ちてくる二つのものだけはどうにかハジメも銃で破壊出来た。だが、残りの三つは対処出来ず、ハジメはまた“金剛”を発動して少しでもダメージを防ごうとする。間をおかずに爆発した三つの()()()手りゅう弾によってハジメは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられたことで意識が飛びそうになってしまう。

 

「――が、ぁぁ……っ」

 

 それでも立ち止まっていては死んでしまうと意識が混濁する中、ハジメは動こうとした。その瞬間、背中の強い振動と左ひじに激痛を感じてハジメはうめき声を上げてしまう。

 

『これで終わり。チェックメイトだよ』

 

 声のする方にハジメがのろのろと視線を向ければ、そこには憐れみのまなざしを向ける黒い自分がいた。その手には人間の腕……ちぎれた自分の左腕が掴まれており、黒いハジメはそれからハジメの宝物庫をスッと抜き取ったのである。

 

「く、そぉ……っ!」

 

 そして虚像がハジメの左腕を無造作に投げ捨てると、今度はゆっくりと腰を下ろす。いつの間にか()()紫電を放ちながら地面に転がっていた、三つの鋼の腕も回収したのである。そのまま鏡像はハジメが使っていたメツェライとオルカンまでも奪い取っていく。

 

『強がりすぎだよ。だから()は負けるんだ』

 

「……あぁっ!!」

 

 そしてがら空きとなっていた一対の黒い鋼の腕にハジメのメツェライとオルカンが握られる。虚像は満足げに笑うと全ての銃口をスッとハジメへと向けた。ハジメは声を荒げ、“空力”で空間を思いっきり蹴ってどうにかその場から逃れる。だがハジメは残ったドンナーを握りながら逃げ回るしか出来なくなったのである。

 

()は弱くない。そうやって気を遣われるのも嫌だったんでしょ』

 

 脇目も振らずにハジメが逃げる中、黒い自分は攻撃と共に言葉を投げかけ続けてきていた。ハジメが歯を食いしばり、今も己の弱さを受け入れ続けていることで向こうは弱体化している。それとあまりに多くの武装を扱い続けてキャパオーバーしているせいか、()()の攻撃はハジメには当たってはいなかった。

 

『そんなことない、仕方ない。そう言われるのだって申し訳ないし悲しいよね』

 

 だがそれでもハジメの影が使う様々なアーティファクトの攻撃、その全てをかわせている訳ではない。左のももを後ろから放たれたレールガンがかすり、前から現れたクロスビットの銃撃がハジメの左のほほをかすっていく。

 

『打ち明けたところで恵里や皆の負担になる。そういうのが嫌で二の足踏んでさ』

 

 このままでは挟み撃ちにされると考え、せめて前に現れた一機だけでもと歯がみしながらハジメはドンナーを構えようとした。だが虎型の黒いガーディアンが横から迫っているのに気づくと、被弾覚悟でハジメは前へと逃げようとする。

 

『だから()は心を閉ざした』

 

「――ぐっ!?」

 

 しかしあちらの言葉のせいで右足に力が入りすぎてしまい、前に跳びすぎたことでクロスビットの後ろで構えていた鹿型のガーディアンとぶつかりそうになってしまう。体をひねったことでぶつかるのは回避出来たものの、勢いよく地面を転がったせいでハジメは痛みでもだえてしまった。

 

「言うな……言う、なぁー!!」

 

 いつの間にか迫っていた鹿のガーディアンの前足の振り下ろしを転がって避ける。前後から迫るレールガンの嵐を“金剛”で防ぎ、ハジメはただ走る。己の影から投げかけられるねばつく声からも逃げるように。悲痛な叫びを上げながら。

 

『いいや言うよ。愛してる恵里の願いを否定するしか出来なかった。叶えることすら出来なかった。だから距離をとった』

 

 今更自分の影の言葉を否定することなどハジメには出来ない。そのせいでわずかでも強化されてしまえば確実に死ぬとわかっていたからだ。心がズタズタになってマトモに動けなくなろうとも己の弱さを直視し続けるしか出来なかった。

 

『――そんな弱い自分が大嫌いだってさ』

 

「わかってる、んだよぉー!」

 

 ……そしてずっと隠し続けていた本心を言い当てられ、一層ハジメの心はきしんだ。ハジメは悲鳴混じりの叫びを上げ、前方にいた熊型のガーディアンに銃口を向ける。そして甘い狙いのまま引き金を二度引く。

 

「僕じゃ恵里を救えない! 恵里の力になんてなれない! わかってるよそれぐらい! でも!」

 

 二つの弾丸は右肩と左の前足に穴を開けた程度であり、多少動きが遅くなった程度のガーディアンはそのままハジメに襲いかかろうとしている。ハジメは自分が弱いことを大声で認めながらも、攻撃が薄い左ななめの空間へ跳躍しようとした。

 

『これも認めるんだ……でも、そんな動きで勝てるほど現実は甘くないよ』

 

 背後から自分の虚像の悲しげな声と共に金切り音が聞こえ、ハジメは顔半分を後ろへと向ける。すると後ろからすさまじい速度でボーラが迫っていた。またバラバラに投げられたであろう五つの手りゅう弾もワンテンポずつ遅れてやって来ていたのである。

 

「いいや勝つ! それでも、勝つんだぁ!」

 

 このままではボーラに絡め取られてそのまま殺されると覚悟し、すぐにドンナーをそちらの方へと向ける。土壇場であったか()()の銃弾はボーラと三つの手りゅう弾を見事に撃ち抜き、拘束されてむごたらしく殺される未来だけはどうにか回避できた。

 

「っ!?……死んで、たまるかぁーっ!」

 

 だが二つの手りゅう弾は迎撃出来ずにハジメへと向かってきている。即座にハジメはドンナーに弾丸を装填しようと無意識に念じ、引き金を引いた。だがカチンと乾いた音が鳴ると同時に宝物庫を奪われたことを思い出すと、ハジメは再度“金剛”を発動しながら前に向かって突っ込んで行く。

 

「まだ、まだぁ!」

 

 いくら相手が相当弱体化しているといえど、“金剛”を展開していてもダメージそのものを無かったことには出来ていなかった。ハジメがただ逃げること、生き延びることしか考えられなくなっているせいで、全身を覆う魔力の膜を均一かつ頑強にすることが出来てないからだ。体のそこかしこに傷を作りながらハジメはただ逃げていたのである。

 

『本当にあがくね。心だって相当ボロボロのはずなのに』

 

「それ、でも! そっちだって弱ってるだろ!」

 

 いつの間にか前方で待ち構えていた黒いハジメが、呆れた顔つきでハジメのあきらめの悪さについて触れる。攻撃の手を一切緩めずに、だ。対するハジメも声を荒げて自分の虚像に言い返す。体のいたるところから血を流し、頭が徐々に回らなくなっていることに目を背けながらである。

 

『劣勢なのは君の方、でしょっ。“限界突破”もそろそろ切れるはずだし』

 

 故に戦況は徐々に黒いハジメの勝利の方へと傾きつつあった。黒いハジメは既に“限界突破”の制限時間を迎えており、また操るクロスビットやガーディアンの数も三機ずつにまで減っている。

 

(逃げ、ないと。このまま、じゃ……っ)

 

 だが再度自分の虚像から背を向けて逃げるハジメはそのことに気づけていない。愛する人がこの部屋に訪れたことにさえもだ。足を時折もつれさせ、今も前後左右からの攻撃で新しい傷を作りながら逃げているだけでしかない。

 

「くっ!」

 

 黒い自分の言葉に忌々しげに顔をゆがめたハジメは前に転げ回り、部屋の壁を背にして逃げようとする。だが立ち上がろうとしたその時、ハジメの左足に何度目かわからない激痛が走った。うめき声を上げる間もなくそのままハジメはただ前方へとゆらりとよろけ、そのまま壁にぶつかってしまう。

 

「ぐ……ぁ――」

 

 立ち上がろうとしても体に力が入らない。ならせめてとうめき声を上げながら顔を上げたハジメであったが、その目に映ったのは黒い自分がドンナーにシュラーク、メツェライとオルカンを構えた姿と何機ものクロスビットにガーディアンが銃口を向けた光景だった。

 

『鬼ごっこもこれで終わり。結局、()は弱いままだったね』

 

(恵里、鈴、みんな……ごめん。やっぱり僕は――)

 

「“蒼天”っ!!」

 

 あまりにも明確な死の気配を感じ取り、ハジメは心の中で愛する人と友人達にわびる。結局自分は何も出来ないまま死ぬだけの弱い人間なんだ。そう思ってただ呆然としていたその時、心の底から謝りたい人の詠唱がハジメの耳に届く。

 

「“聖絶”っ!――ハジメくん、しっかり!」

 

 いきなり現れた青く輝く炎の球が弾丸の雨をいくらか削り取った。輝く壁が残りの弾丸を全て受け止めた。

 

「だらぁーっ!!……死んでねぇよな? まだ生きてるよなハジメ!」

 

「“砲皇”――南雲さん、今助けます!」

 

 いきなり現れた大介が迂回して襲いかかってきたクロスビットやガーディアンを切り払い、突如吹き荒れた突風が新たに吐き出された無数の弾丸を呑み込んで流した。

 

「すず、えり……だいすけくん、アレーティア、さんも」

 

 そして鈴達が呼びかけてくれたことにようやく気づき、ハジメは安堵する。自分はすんでのところで助かったのだと。愛する人に親友のおかげで死なずに済んだのだと。

 

(皆に助けてもらって僕は……僕は、なんてダメな奴なんだ)

 

 ……故にハジメの心は一層ぐちゃぐちゃになってしまう。大事な人達に助けて貰わなければ死んでしまうことに、自分が弱いことに心底失望したからだ。己のふがいなさに傷付き、立ち上がろうと力を入れていた右腕からも力が抜けてしまった。

 

「鈴、早く!」

 

「わかってる! 今治すから! 絶しょ――」

 

「ま、待って!……ここで完治させたら、試練が失敗するかもしれないです、から」

 

 いつになく焦った様子で恵里と鈴は必死に自分を助けようとしており、また自分のために緊張した様子ながらもアレーティアは的確なアドバイスを飛ばしている。試練で辛かった様子も見せずに振る舞う三人を見て、ハジメは自分のふがいなさを痛感してしまう。

 

『良かったね。守ってもらえてさ』

 

(……そう、だね)

 

 だからこそ自分の影が飛ばした嫌みを聞き、ハジメはひどい無力感にさらされてしまう。それが軽く肩で息をしながらの、苦し紛れのものでしかなかったことに気づけないままでだ。胸が締め付けられるような痛みに駆られ、ハジメはかすかに顔をしかめていた。

 

「黙れ! ハジメくんの偽者のくせに!」

 

 虚像の自分に対して恵里が怒り狂う。どれだけ恵里が自分を想ってくれてるかをハジメは痛いほどわかったものの、そのせいでハジメは更に胸が苦しくなってうめき声を漏らしそうになっていた。愛する人の力になれないことへの罪悪感、それを他でもない恵里に隠していることにいたたまれなくなったからだ。

 

「ハジメくん、いい加減答えて。何を負い目に感じてるの」

 

「それ、は……」

 

 すると何かに気づいた様子の鈴が苛立ちを伴った声で問い詰めてきた。言えば楽になるのはハジメもわかっている。だけどそれで誰かが傷付いたり負担になることを彼のプライドが許しはしなかった。

 

「なぁハジメ。いい加減答えろ」

 

 大介に襟首を掴んで揺さぶられてもハジメはうつむくばかり。眉の端をヒクつかせながら大介が問いかけてくるが、ハジメはまだ意固地になって口を閉ざしていた。

 

(でも、大介君は……皆は否定するじゃないか。そんなことないって、言うじゃんか)

 

「惚れた女の頼みを無視してんじゃ――」

 

 そしてハジメはどこかすねたように心の中でつぶやく。誰も自分の弱さを認めてなんてくれないくせに。理解してくれないくせに。額に青筋を浮かべながら説教してくる大介を前にしても、絶対に言うものかとばかりにハジメは口を固く結ぼうとした。

 

『じゃ、代わりに答えよっか――うんざりしてるんだよ。自分の弱さにさ』

 

 だからこそ自分の鏡像の告白にハジメはすさまじい怒りと焦りを覚えてしまう。よりによって恵里と鈴にだけは絶対知られたくないことを口にされてしまったのだ。ハジメはひどく顔をしかめながら自分の影をにらんだ。

 

「「「……え?」」」

 

「は?」

 

「言うな! それは、僕が――」

 

『あきらめなよ。どうせ君は何も出来やしないんだから』

 

 恵里達が呆然とする中、ハジメは半ば怒鳴る形でこれ以上口にするなと言おうとする。だが黒いハジメはやや荒い息ながらもしれっと言い切ってしまう。すぐに恵里達からどこか気の抜けたような顔と疑いが軽くこもったまなざしを向けられ、ハジメは震えた。

 

「……あぁ、そうだよ」

 

 もう隠せない。隠そうとしても自分の影が容赦なくしゃべってくる。その恐れとあきらめからハジメはうつむきながらやけっぱちにつぶやく。

 

「僕はやっぱり何も出来ない! この試練を乗り越えるのも! 愛してる人を救うことも、守ることも願いを叶えることだって!」

 

 そして湧き出てきた怒りのまま、ひた隠しにしていたことをハジメは口にする。普通の少年でしかいられなかった彼は、涙をぼろぼろとこぼしながら己の弱さを嘆くのであった……。




続きは一週間以内に出せたらなと思っております(やれるとは言ってない)(いつもの)
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