あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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どうにか完成しましたー!!……こほん。では改めまして読者の皆様への惜しみない感謝を。

おかげさまでUAも260550、しおりも542件、お気に入り件数も1043件、感想数も841件(2026/4/5 22:29現在)となりました。誠にありがとうございます。自分がこうして続けていられるのもひいきにしてくださる皆様のおかげです。

そして日向@さん、拙作を評価してくださり感謝いたします。おかげさまで最後まで走り切る力をいただきました。

今回の話の注意点として、本文だけでも長く(約14000字)、またおまけも2000字ちょいとなっております。では上記に注意して本編をどうぞ。


幕間七十五 『魔王』になれなかった少年(後編)

「僕はやっぱり何も出来ない! この試練を乗り越えるのも! 愛してる人を救うことも、守ることも願いを叶えることだって!」

 

 穴と亀裂ばかりとなった氷のミラーハウスの中で、虚ろな目をしたハジメの慟哭が響く。

 

 自分ひとりで乗り越えようとした試練で殺されかけ、間一髪のタイミングで愛する人達に助けられた。またその最中に自分の情けない姿が露わになってしまった。そのせいでハジメは自分の中に巣食っていた自己嫌悪を抑えられなくなってしまったのである。

 

「どれだけ備えてもエヒトにいいようにされてた」

 

 もうやけになってしまったハジメは“限界突破”が切れてしまったことに気づけない。自分が叫んだ瞬間に恵里達がビクッとしたことにも気づいていない。地球にいた頃から、トータスに来てからもずっとエヒトの手のひらの上で転がされるままであったことへの後悔をただ漏らすだけであった。

 

「恵里も鈴も、みんなも死なせかけた。手足だって、一時的だったけど失わせた」

 

 一度後悔を口にすれば、次々と自分を苛む記憶がハジメの中によぎっていく。表のオルクス大迷宮にて神殿騎士、神の使徒によって殺されかけた幼馴染みや親友のことなどだ。初の二尾狼との戦闘やミレディ、武装戦闘艇との戦いもまたハジメの脳裏にリフレインしていく。一歩間違えば誰かを失っていた薄氷の勝利ばかりが思い返され、ハジメは声も体も震わせる。

 

「でも、でもそれ以上に……恵里がずっと親友といられないことが!」

 

 だがそこまではハジメも歯を食いしばって我慢していた。耐えようとしていたのである。限界を迎えたのは恵里がゆがんだ形で願いを叶えようとしたのを明かした時だ。その時恵里の瞳に映った狂気を、それを選んだ際に起きる悲劇を隠しながらも彼女の願いを否定していたことを思い出し、ハジメは泣き叫ぶ。

 

「愛してる人の心からの願いさえ叶えられない! それがどれだけ大切なものかなんてわかってるのに!!」

 

 たとえそれがどれほど狂気にまみれていても、どれだけ恵里にとって大切な願いであるかもハジメは理解している。だからハジメは自分の不甲斐なさを心の底から嘆いた。そうしなければ恵里が苦しんだとわかっていても、否定するしか出来なかった自分の弱さに彼はずっと打ちひしがれていたのである。

 

「それも全部! ぜんぶ、僕が弱いから! 何も出来ないダメな奴だから!!」

 

 もっと力があれば定期的に手紙を渡すぐらいやれたかもしれない。もっと頭が良ければ完全に否定することなく恵里の願いを叶えられたかもしれない。けれどもそのどれもやれない自分にハジメはずっと失望していたのだ。

 

「でもそれを言ったらそんなことないって、皆言うから……それに恵里が、皆がつらくなってほしくなくて、だから……」

 

 けれどもこれを明かしても誰もが自分をいたわって否定するだけであることがわかっていたため、ハジメは苛立ちと共に呑み込んでいた。そしてこの思いがどれだけ恵里を傷つけるか、皆の負担やしこりになって苦しめるかもハジメはわかっていたのだ。

 

 故にハジメは黙っていた。けれどももう隠せない。皆を傷つけるしか出来なくなった自分が憎くて憎くてたまらなくなり、ハジメは涙と鼻水を垂れ流しながらただ嘆く。その瞬間であった。

 

「――いだっ!?」

 

「なーにが何も出来ねぇ弱ぇだ馬鹿」

 

 いきなり額に激痛が走り、ハジメは思わず目を白黒させる。思わず顔を上げれば、目の前の大介が怒りと悲しみが入り交じった顔つきをしていたのだ。しかも自分をじっと見つめており、ドスの利いた声を投げかけてきたことにハジメもようやく気づいたのである。

 

「何、言ってるの……っ!」

 

「……ハジメくんがここまで馬鹿だなんて思わなかった」

 

「本当に……あなたがここまで愚かだなんて思わなかった」

 

「え? えっ?」

 

 しかもアレーティアも大介と同様に怒りで声を震わせ、恵里と鈴もやや湿った声でつぶやいていた。その三人からとてつもない剣幕見られていることにようやくハジメも気づき、ひどく困惑してしまう。大介共々どうして怒っているか、恵里と鈴の瞳が潤んでいるのか、ひどく張り詰めた空気が何故ただよっているかがわからなかったせいだ。

 

「お前はやっただろ! 俺らの運命を変えただろうが!」

 

 ただ恵里達の顔を交互に見ていたハジメは、目の前にいた大介から襟首をギュッと掴まれてしまう。そして瞳をうるませながらがなり立てた大介の言葉を今ひとつ理解出来ずにいた。自分はそんな大それたことなんてしてないはず、とハジメはただぽかんとしながら目の前の悪友をただ見つめる。

 

「……お前をイジメようとした後、手ぇ差し伸べてくれなかったら俺はお前とダチになんてなれなかった。アレーティアと一緒になることだって出来やしなかった」

 

 大介が軽い涙声になりながら語った言葉を聞き、ハジメはあることを思い出す。恵里が前いた世界で『檜山大介』がたどったであろう末路のことだ。

 

「ハジメ、お前がいなきゃ俺はカスみてぇな死に方をしてたかもしれねぇんだ。あっちの世界の俺みたいによ」

 

 向こうの世界の白崎香織に片思いし、けれどもそれを直接口にはしない。昔の恵里にそそのかされたとはいえ、白崎香織を自分の『所有物』にするべく動く。そして何も出来ないままあちらの南雲ハジメにやられた。恵里から聞いた話がハジメの頭に浮かび、それが今目の前にいる友人と結びつく。

 

「で、でも、僕は助けただけで、あとは大介君が……」

 

 だがハジメは大介が語ったことをちゃんと受け止めきれずにいた。確かに自分をイジメようとした彼を放っておけずに助けたのはハジメも覚えている。けれどもそこから先は大介自身が自分の手でつかみ取ったと考えていたからだ。ここまで感謝されるなんて思わずハジメは困惑してしまう。

 

「……南雲ハジメ。あなたがいてくれたから私は大介と巡り会えた」

 

 すると後ろからアレーティアの穏やかな、けれどもどこか怒りの混じった声がハジメの耳に届く。目の前にいた大介がすぐに振り向いてうなずき、襟首を掴んだ手を緩めたことにハジメも気づいた。そして入れ替わるようにアレーティアがハジメの前へと立つ。

 

「……大介がいなくても私は過ちを犯したかもしれない。けれど、大介がいてくれたから私は救われた。自らの手で命を絶たずに済んだ。それだけは断言できる」

 

「それ、は……」

 

 少し鋭い目つきのアレーティアが先程と同じ声色でもしもの話を、そして今ここに自分がいられるのはハジメのおかげだと語る。ハジメはそれも自分がやったことじゃないと反論しようとしたものの、彼女の目つきと雰囲気に押されて口ごもってしまう。また反論する材料がなかったせいで何も言い返せないでいた。

 

「あなたはそれだけのことをやってくれた……そのことへの自信を、自覚をあなたは持たなければいけない」

 

「自覚、って……」

 

 そしてアレーティアは一瞬だけ表情を柔らかくした後、一段と鋭さが増した目つきでハジメを見てくる。ハジメはその目つきとどこか威厳を感じさせる声色に圧倒され、目を泳がせながらオウム返しをするだけだった。

 

「それをがなければあなたは愛する人を愚弄することになる……中村さん、谷口さんを想うなら逃げては駄目」

 

「そ、そんなこと……っ」

 

「そうだよ。自信、持ってよ」

 

 アレーティアはどこか優しげで、かつて王であったことを感じさせる風格ある声でハジメに告げる。恵里達を馬鹿にすると言われてハジメも軽くアレーティアをにらみ返し、反論しようとした。その時聞こえた鈴の涙声にハジメはハッとし、彼女の声のする方へ振り向こうとする。

 

「ちゃんとあなたを愛する人を見て。逃げないで」

 

 それに合わせてアレーティアがぽつりとつぶやくと、大介の手を取ってそっと横にずれた。するといつの間にか鈴が鼻をすすり、半目になりながらも涙を流しているのがハジメの目に映る。恵里もまたうつむいてすすり泣いていたのが見えてしまう。

 

「鈴……恵里……」

 

 二人の変化に気づけなかったことにハジメがショックを受けていると、鈴が恵里の手を取ってハジメの方へずかずかと歩いてきた。

 

「ねぇハジメくん。ハジメくんがね、恵里と、恵里と一緒に手を差し伸べてくれたから、私は救われたんだよ。お母さんとお父さんに、本当のことを言えたんだよ」

 

 何度となくしゃくり上げながら目の前に来て、じっと正面から見つめながら鈴が思いを伝えてきた。鈴があの時どれだけ救われたか、その時から今までどれだけ自分のことを思ってくれているかを鈴から聞いている。

 

「それ、は……」

 

 だからこそハジメは言葉を詰まらせてしまう。鈴にこんなことを言わせてしまい、泣かせてしまったことへの申し訳なさで胸がいっぱいになってしまった。自分が間違っていたことを突きつけられたショックでハジメは何も言えなくなってしまったのだ。

 

「雫達だってそう。ハジメくんは色んな、いろんな人達の運命を変えてくれたから……だから、私が愛した人は何も出来ない人なんかじゃない!」

 

 望陀の涙を流しながら鈴が叫び、ハジメもまたはらはらと涙を流す。もうハジメの心を支配していた無力感は消え去っていた。ただ愛しい人を傷つけたことの後悔が、場違いとはわかっていても鈴が自分を愛してくれていること、自分を求めてくれることの喜びがハジメの心に湧き出ていたのである。

 

「ばかっ。ハジメくんの馬鹿っ。ばかぁ……」

 

 自分はどうしてこんなことを思っていたのかとハジメはまた罪悪感に支配されそうになってしまう。だがそれも恵里が鼻をすすりながら罵倒するまでだった。どこかふらふらとした足取りで近づくと恵里は弱々しくハジメの胸を叩いてくる。さっきすすり泣いていた恵里の姿がハジメの脳裏に浮かび、思いがけず彼女をひどく傷つけてしまったことへの後悔に襲われてしまう。

 

「……恵里、も?」

 

 だがアレーティアの『自信と自覚を持て』という言葉が頭をよぎり、後悔だけをしている場合じゃないとハジメはかぶりを振った。そして胸を何度も叩く恵里をそっと腕で包み、ハジメは彼女に問いかける。

 

「……うん。ボクさ、ハジメくんを愛してよかったってずっと思ってる」

 

 声をかけると恵里はしばしハジメの服を弱々しく掴み、胸元に顔をうずめる。そして何度となく鼻をすすりながらつぶやいた。

 

 ひどいことをしたのに今も自分のことを想ってくれる恵里に、ハジメは愛おしさがあふれそうになってしまう。だが自分がそんなことを思っていいのかと迷ってしまい、ハジメは彼女を抱きしめていた腕を放そうとした。

 

「だって、ハジメくんが止めてくれなかったら、全部めちゃくちゃにしたとおもうから」

 

 すると恵里が頭を上げ、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながらも微笑みを向けてきた。ハジメはハルツィナ樹海で恵里が語ったことを、彼女を止めなかった場合に起きたであろう自分の予想や香織の言葉などを思い出す。そのせいで本当に自分なんかで良かったのかと迷い、腕の動きを止めてしまう。

 

「本当、ほんとのことがわかったらぜんぶ、投げ出してたとおもうから。なにも、できなくなったとおもうから」

 

「……恵里」

 

 ……ハルツィナ樹海を攻略した後、ハジメは一度だけ考えたことがあった。恵里の願いをそのまま叶えさせ、真実を伝えずにごまかした方がいいのではということをだ。結局辛く苦しい選択を強いるぐらいなら、彼女に幸せな夢を見せ続けた方が良かったのではとハジメは思ったことがあったのだ。

 

(間違ってた。これで、良かったんだ)

 

 けれども安堵と悲しみの入り交じった顔の恵里を見て、言葉を聞いてその思いは消えた。ちゃんと止めて良かったという思いがハジメの中に生まれたのである。何度となくしゃくり上げながら鼻声で訴える恵里を見て、自分のやったことは正しかったと心の底から思えたのだ。

 

「それとね、ボク、もしかしたらまた迷うかもしれない……」

 

「……恵里」

 

 すると恵里が軽くうつむきながらつぶやいたのを聞き、ハジメは奥歯を噛みしめてしまう。親友のいる世界とこの世界、この二つのどれかを恵里に選ばせてしまうことへの罪悪感がよみがえったからだ。やっぱり自分なんかじゃ恵里を幸せに出来ないんだと思い、ハジメはうつむいてしまう。

 

「でも、でも!……ボク、ハジメくんたちといっしょに生きたい。どれだけ辛くてもハジメくんとおなじ世界がいい!」

 

 その時自分を見上げ、涙ながらに訴える恵里がハジメの視界に入る。まっすぐに自分を見つめてくる彼女に、ストレートに思いをぶつけてくる恵里にハジメはまた嗚咽を漏らしてしまう。何よりも大切であった願いを叶えられないのに、それでも恵里が自分を求めてくれることが嬉しくて、怖くなってしまったからだ。

 

「……僕で、いいの?」

 

「ハジメくんじゃなきゃ、だめだよ……」

 

「ハジメくんがいいよ」

 

 だからハジメは恵里達の顔をひととおり見た後、声を震わせながら問いかける。すると恵里が涙ぐみながら答えてきた。鈴に横から抱きつかれ、少しくぐもった声でつぶやかれた。

 

「当たり前だ。お前がいいんだよ」

 

「……ん。あなたじゃなければ駄目」

 

 前にいた大介が泣き笑いしながら述べた。微笑むアレーティアがこくりとうなずきながら大介の言葉に続いた。何のためらいもなく自分の存在が必要だと言ってくる四人に、ハジメは口を軽く開いた状態でしばし呆然としてしまう。

 

「……そっか。ごめんね、皆」

 

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔をしていたハジメの目に光が灯り、四人に謝罪の言葉を述べる。自分の中に巣食っていた自己否定や迷いが消え、恵里達を振り回してしまったことへの罪悪感を晴らしたくなったからだ。

 

「謝らないでよ、もう」

 

「ウジウジしすぎなんだっつの、お前は」

 

 すると恵里が無言で抱きしめる力を強くし、鈴がすねた声で返してくる。大介もやや呆れた顔つきで言い返し、アレーティアも微笑みながらも軽くうなずいた。恵里達への感謝で胸がいっぱいになり、戦う意思が湧き出てきたハジメは残った右腕で目元をぬぐう。

 

『もう準備は出来た?』

 

「うん。待たせて……ううん。勝たせてもらうけどごめんね?」

 

 そして黒い自分からの声がけにハジメは不敵な笑みを浮かべながら返す。勝つ理由はあっても負ける理由はないと自信にあふれていたからだ。ハジメは視線を落として恵里とアイコンタクトすると、そっと彼女をどかして一歩前に出る。

 

『いくら僕が弱体化していてもそっちのアーティファクトはもうないんだよ』

 

「知ってるよ」

 

 恵里達が横へ後ろへと退避していくのをハジメが見送ると、虚像が少し軽いトーンであざけってきた。しかしハジメはあちらと同じ調子で短く答えただけだ。虚像の言葉にこれ以上付き合う必要もないし、またこの状況で勝つためのプランを考えた方がいいとハジメが思っていたからである。

 

『宝物庫だって僕の手の中だ。それでも勝つつもり?』

 

「それで? 負ける理由になんてならないね」

 

 恵里達なら流れ弾も余裕でどうにかするだろうと考えつつ、ハジメはあるやり方を頭の中で描く。やや苛立った様子の鏡像から煽られるもハジメは笑みを崩さない。恵里達に勝ち筋を“念話”で伝えながら煽り返していた。

 

「その、皆。ごめんね。一緒に作ったアーティファクト、ぐちゃぐちゃにしちゃうけど、いい?」

 

「……勝ってよ?」

 

「ま、俺らに被害がねぇならいいんじゃね? やっちまえ」

 

 そしてハジメは後ろを振り向き、申し訳なさげな表情で恵里達に謝った。恵里は軽く鼻をすすりながら、すねた様子でハジメに問い返してくる。大介は心底面白そうに顔をゆがめ、親指を立てていた。鈴は仕方ないなぁと言わんばかりの顔で見つめてきて、アレーティアは微笑みを浮かべたままゆっくりとうなずく。

 

「もちろん。僕を信じて」

 

『ハァ~……いくら僕が弱体化してるからって、そんな死にかけの状態で勝てると思う?』

 

 四人の反応を確認してからハジメもうなずき、虚像の方へと振り返る。すると呆れを顔に貼り付けた黒いハジメがわざとらしくため息を吐き、軽く眉根を寄せながら尋ねてきた。ハジメもやれやれと肩をすくめ、軽く腰を落として身構える。

 

「そうだけど?――じゃ、やろうか」

 

 煽り返してすぐ、ハジメは二度目の“限界突破”を発動する。同時に虚像の方も“限界突破”と思しき赤黒いオーラを放ち、ヘカトンケイルが掴んでいるものも含めた全ての武装の銃口をハジメへと向けた。弾かれたようにハジメは大きく跳ぶ。

 

(まず一つ。次は――)

 

 黒いハジメが弾幕を張る中、ハジメは壊れて使えなくなったクロスビットの一基へと近づいていく。ハジメは弾切れになったドンナーをホルスターへと戻し、右手を残骸へと伸ばす。

 

「“錬成”」

 

 つぶやくと共にハジメは紅いスパークを右手から飛ばす。残骸を三十センチ大の球体、直径十センチほどの円盤三つに変化させると、ハジメはしっかりと地面に足を着いた。

 

『ドッジボール、得意でもないでしょ』

 

「もっとちゃんとやっとけばよかったかなっ!」

 

 そして魔物肉によってすさまじくなった握力でハジメはがっしりと金属球を掴む。黒い自分がこちらに武装を向け、鋭い目つきで声をかけてくるがハジメはただ前をじっと見つめる。迫り来る弾丸を“金剛”で致命傷を防ぎ、ハジメはサイドスローで球を思いっきり投げた。

 

『逃がすとでも――』

 

 黒いハジメの使うヘカトンケイルの腕の一本が動いたのをハジメは目ざとく見つける。握っているオルカンの照準を金属球に銃口を向けたのを見るや否や、ハジメは軽く口角を上げた。

 

『――くっ!!』

 

 黒いハジメが迎撃する間もなく球体は爆発する――威力を調整されて付与された“震天”が()()()()発動したのだ。同時に虚像の辺りが光ってきらめいたのを見てハジメは軽くうなずく。仕込んであった粒子状まで小さく細かく分解した金属の塊がちゃんとばら撒かれたからである。

 

「次は、っと!」

 

 さっきハジメが投げた球は簡単なつくりの魂も入れてあり、投げてから数秒後に起爆するよう指示してあった。円盤も同様だ。ハジメは魔力の注入と指示出しを終えると、すぐさま水切りの要領でそれらを投げていった。 

 

『目潰しね! でも、僕にだって気配を読む技能と消す技能があることぐらい――』

 

「うん。知ってる」

 

 やや苛立った様子の黒い自分の指摘を気にも留めず、ハジメは別の残骸を目指してジグザグに跳躍する。今度は八枚の円盤に成形し、それらを抱えながらハジメはレールガンの雨嵐の中をくぐりぬけていく。

 

『何を企んで――っ!』

 

 ふと黒い自分が言葉を詰まらせたのを聞き、ハジメはすぐさま虚像の方へと振り向いた。投げた円盤が床に落ちており、その近くの壁から()()()()氷の枝が生えているのをハジメは確認する。人の腕ほどの太さのそれが無軌道に成長し、虚像に刺さりそうになっていたのを見たハジメはニッと笑っていた。

 

『本命は、こっちかっ!』

 

「そういう、ことっ!」

 

 ハジメが円盤の中の魂に命じたのは『付与した“錬成”を発動し、氷のトゲを作り続ける』ことだ。注ぎ込んだ魔力が切れるまで氷の壁に干渉し、そこかしこへと伸ばすのがこのアーティファクトの役目であった。驚愕で目を見開いた虚像が武器を向けるよりも先にハジメは数枚の円盤をそこかしこへと投げていく。

 

『恵里のいた世界の君とどっちが悪辣、かな!』

 

「さぁ、ね!」

 

 案の定鏡像は投げた円盤やハジメが抱えたものを破壊するべく何十発ものレールガンを叩き込んできた。だがハジメは余裕の笑みを崩さずに別の残骸の近くへと移動し、それを材料に九枚もの円盤を瞬時に作った。

 

『タネがわかってしまえば――またっ!』

 

 作ったばかりの円盤に相手が撃ったレールガンが当たる。その直前、ハジメはギュッと目をつむって右腕をかざす。円盤が爆ぜると同時におびただしい量の金属粒子が飛び散り、ハジメの魔力光にあてられて辺り一帯がまぶしく輝く。虚像が一瞬ひるんだ隙にハジメは靴裏に仕込んだ魔方陣に魔力を流す。

 

『っ――よく、あがくねっ!』

 

「これしかやれることがなかったからね!」

 

 途端、床から人の腕ほどの太さの氷のスパイクが無数に生えていった。それらは黒いハジメを襲うように伸び、彼の背負っていたヘカトンケイルの腕を一本貫いて壊す。手応えを感じたハジメは笑みを深くするも、ハッとした顔つきになるや否やすぐさま飛び退いた。攻撃を避けた自分の影が反撃を仕掛けてきたからだ。

 

『手伝ってくれた恵里や皆に、申し訳が立たないんじゃない、のっ!』

 

「とっくに話は通したよ! 後で何度も頭を下げる予定!」

 

 それからもハジメは感知系技能を駆使しながら部屋中を飛び回っていた。球体や円盤を作っては投げ、また靴裏の魔方陣を介して虚像へと攻撃を仕掛けていく。そうしてハジメは虚像の使っていたアーティファクトを次々と破壊していった。ドンナーとシュラーク、そして奪われた宝物庫以外を壊し尽くしたのである。

 

『本当にすごい、じゃないか……っ!』

 

 ふとハジメは虚像から放たれる魔力の量が格段に減ったのを技能で感じ取った。弱体化してる分、早く限界が来たということだろうと察する。今すぐ倒ないと、と決意と焦りをにじませながらハジメは勢いよく着地する。その勢いのまま横滑りしつつ、体の向きを変えてハジメは鏡像と向き合う。

 

『でも、そっちだってもう限界でしょ!』

 

「――っ」

 

 ハジメもまた限界だったのだ。あと三十秒もしない内に“限界突破”が切れてしまうことを理解していた。自分の影を丸裸にするのに時間をかけすぎたことを悔やみ、なんとしても倒さなければと一度ホルスターにしまったドンナーを抜く。

 

(っ! もう、時間が――)

 

 だがその瞬間、ハジメは体から何かがごっそり抜け落ちる感覚に襲われてしまう。自分が受けていたダメージや魔力を消耗した分、想定より早く限界を迎えてしまったことにようやくハジメは気づいたのだ。指一本動かせなくなるほどの虚脱感に囚われ、ハジメは前のめりに倒れ込みながらも自分の虚像をにらむ。

 

『残念だったね。僕ももう戦う力はほとんどない。でも、乗り越えてない以上、試練を突破したとは認められないよ』

 

(嫌だ。こんなところで、僕は――)

 

 その虚像の方はどこか気の抜けたような表情でハジメを見つめ返している。そしてあちらが告げた言葉を耳にし、ハジメは無力な自分への怒りと後悔ではらわたが煮えくり返りそうになった。

 

「終われ、ない」

 

 もし自分の力不足のせいでまた恵里がいいようにされたら? 鈴が辛い目に遭ったら? 幼馴染みや悪友が悲しんだら? 恵里達がこんなに自分のことを必要としてくれてるのに何も出来ないの? 様々な思いがハジメの頭の中を一瞬で駆け巡っていく。そうして出た答えは口から自然とこぼれていた。

 

「終わる、なんて――嫌だっ!!」

 

 アレーティアが自信を持てと言ってくれた。大介が、鈴が、自分のおかげで自分のおかげで多くの人が救われたのだと伝えてくれた。恵里が一緒に生きたいと願ってくれた――だから南雲ハジメは選ぶ。自分を求めてくれる人のために戦うことを。皆と一緒に生きることを。

 

『……そういうの、あり?』

 

 そのために今、足掻くことを。だから彼は()()()()()

 

 ハジメを起点にして深紅のオーラが吹き荒れ、部屋を包んでいく。“限界突破”より遙かに力にあふれる感覚とその正体を理解したハジメは目を見開きながら右手に視線を落とす。そして穏やかな笑みを浮かべて自分の虚像に目を向けた。鏡像に顔を向けたまま、ハジメは勢いよく右手を伸ばす。そのまま落としたドンナーごと床に手を突いた。

 

『でも、やらせない!』

 

 ハジメのドンナーからバチッと深紅の光が弾けたのとほぼ同時、黒いハジメがドンナーとシュラークの引き金を引く。頭、胸元、肩に両もも目がけての計六発が迫ってきたのだ。ハジメは苦い顔をしながら思いっきり床を押し、勢いよく横に倒れることでよけてかわす。

 

『……これで、もうそっちは攻撃の手段はないはず。魔力だっていつ尽きるか』

 

 だがそのせいでドンナーはハジメの手から離れ、床を滑ってしまう。その直後、様々な角度から跳弾が迫ってきたのである。それらは時間差でハジメの愛銃に当たり、虚像の足下へと吹き飛ばしていった。

 

「ありがとう。助かったよ」

 

 だがハジメは鼻血をボタボタと氷の床に垂らしながら、口の端を三日月のようにつり上げていた。虚像が怪訝な表情を浮かべた瞬間、彼が足蹴にしていたハジメのドンナーが深紅の光を放つ。その瞬間、黒いハジメの周囲が一斉にきらめいた。

 

『――ぐ、ぁっ!?』

 

 虚像の周りがまばゆい光を放ってすぐ、ぐしゃりという音があちらの足下付近で鳴る。黒を基調としたマーブル模様の塊が黒いハジメの両足をすっぽりと覆っており、()()()()()なっていたのである。

 

「はは。砂場に落とした磁石よりひどいや」

 

 横たわっていたハジメは床を叩いて素早く体を起こした。そして苦しみに満ちた声を漏らした虚像目がけて地面スレスレで駆け抜けていく――ハジメがやったのは簡単なことだった。ドンナーに手を突いた瞬間、時間差で強力な『磁力』を発するように仕込んだだけである。

 

『っ! 重力、魔法!』

 

「ご名答!」

 

 その磁力のタネは重力魔法こと“星のエネルギーに干渉する魔法”だ。一足先にフリードが全ての神代魔法を集め、その際得られた各種魔法の真髄をハジメ達に教えてくれたことで浮かんだアイデアである。これまで部屋にバラまいていた金属粒子がドンナーを中心に一斉に集まり、その勢いと量でハジメの虚像の足を押しつぶしたのだ。

 

『やらせは――』

 

「するさ!――“錬成”!」

 

 移動できなくなった虚像がドンナーとシュラークを構えるよりも早く、ハジメはスライディングするように前へと飛び込んだ。()()少しずつ大きくなっている金属塊へと右手を伸ばし、自身の十八番の能力の名前を叫ぶ。

 

『触りもしないで――ごっ!?』

 

 ボロボロとなったハジメの右手の手袋、そこに刻まれた魔方陣から深紅の魔力光がきらめく。刹那、世界がまばゆい光を放った。まだ集まっている金属粒子を媒介にしてハジメは“錬成”を発動したのだ。虚像の足を覆う金属塊にハジメの魔力が伝い、塊はそのまま変形して一本の杭となる。黒い虚像を股下から貫いたのである。

 

「上手くいかなさすぎたけど、勝ちは勝ち、だよっ」

 

 本来は磁力をまとわせたドンナーをあえて落とすつもりであった。焦りながらそれを拾い、相手が油断した隙に“錬成”を使って投げ槍を作る。それを思いっきり投げて心臓を狙うつもりだったのだ。

 

『ぁ、が……ずるい、なぁ』

 

 途中色々と計算が狂ったことに苦笑いしつつも、ハジメは杭に手を触れる。その一部を刃渡り三十センチほどの剣にし、逆手で己の虚像の胸元へと突き立てた。数秒の後、絞り出すようにして出たうらやむような声と共にハジメの影は淡い光となって消え去っていく。

 

「……勝った」

 

「……ん。勝ってくれた」

 

「すご……すごかったよ、ハジ――あぁあああぁあぁ!?」

 

 部屋の隅から恵里達のつぶやきが、歓声になり損なった悲鳴が響く。ハジメの体から拭きだしていた深紅の光がかき消え、無言のまま彼がその場で倒れ込んだからだ。恵里達はすぐさま彼の下へと駆け寄っていったのであった……。

 

 

 

 

 

「――ま、ボク達の方はこんな感じ」

 

 ハジメが戦闘を終えてしばらく後、既に試練を突破した光輝達も合流を果たした。そこで光輝が何があったのかと代表として尋ね、ハジメにひざ枕していた恵里がその経緯を話す。途端に合流した面々が何ともいえない表情となり、互いに顔を合わせてひそひそ話を始めてしまう。

 

「そう、か。ハジメもお疲れ様……」

 

「うん……」

 

 何度か目を泳がせてから光輝がねぎらいの言葉をかけるが、ハジメも半笑いを浮かべて短く返事をするだけであった。

 

「ひどくない? ハジメくんすごい頑張ったんだけど」

 

「そっちじゃないのよ恵里。私達が頭抱えたくなってるのはあなた達が振り回したことの方」

 

 恵里が不満げにつぶやけば、雫があわれみのこもったまなざしをハジメへと向けてくる。ハジメも力なく笑って目をそらすだけで、恵里に肩入れすることもしなかった。

 

「……南雲君が倒れて何も考えられなくなったのは私も理解できます。その後は流石に見過ごせませんね」

 

 半目の愛子がつぶやいた内容を聞き、もうどうすればいいんだろうねとハジメはぼんやりと天井を見つめる……戦闘が終わって倒れた後、てんやわんやの大騒ぎであったらしい。そのことをハジメは鈴から聞いていた。

 

 曰く、頭が真っ白になった鈴が顔を青ざめさせた恵里と一緒に再生魔法やら魂魄魔法を使ってどうにか蘇生しようとしていた。処置をしても心臓が動かなかったことから、大介が魔力が無くなりかけてるんじゃないかとつぶやく。大慌てでハジメに神水を飲ませたことで息を吹き返したとのことであった。

 

 それで終われば良かったのになとハジメは遠くを見つめてぼんやりと思う。

 

「な、中村ぁ~……そ、そろそろいいよな? せめてアレーティアだけでもよ……」

 

「は? ハジメくんに暴力振るって罵倒した二人が何抜かしてるの?」

 

 ……その後、恵里が落ち着きを取り戻すと共に大介とアレーティアに八つ当たりを始めたのだ。自分に発破をかけるためとはいえ、頭突きをしたり説教をかましたことを恵里が心底恨んだらしい。

 

 そんな恵里を鈴と一緒になだめて譲歩させたものの、ハジメ自身は弱ってることもあってあまり強く止められなかったのだ。結果、二人はずっと氷の床の上でずっと正座させられている。

 

「私も檜山君に賛成よ。アレーティアさん、さっきから何度も頭を動かして下唇噛みしめてるもの。もう限界よ」

 

 流石に暖房機能のあるアーティファクトは持っていたから凍えずには済んではいる。とはいえ衆人環視の中でも続けさせられている二人をハジメは不憫に思っていた。時折二人の方を見て、仲良く歯を噛みしめていたり目をギュッとつむって堪えるようにしているのを目撃していたから尚更であった。

 

「だ、大丈夫です……足の感覚がもう無くなってきましたから」

 

「完全にアウトじゃないの……ハジメ君、お願い」

 

 アレーティアが限界を漏らしたのを聞いてハジメは一度ため息を吐く。これ以上は流石に見過ごせないと考え、弱った自分を気遣ってひざ枕してくれた恵里の方に顔を向けた。

 

「恵里。そろそろ二人を解放してあげて。じゃないと本気で怒るからね」

 

「……はぁ~い」

 

 そして眉根を寄せ、軽くドスの利いた声でハジメは恵里を叱る。恵里も一瞬たじろいでから軽く視線を逸らし、観念したとばかりに恵里が声を漏らした。するとどこかで人間二人が倒れた音が響く。

 

「し、死ぬかと思った……」

 

「中村にケンカ売る真似したからだろ……ま、お疲れ」

 

「思い人のことになると途端に狭量になるからのう、()()

 

 ハジメがチラッと大介達の方に視線を向ければ、二人はもだえながら床に突っ伏していた。すぐに礼一とティオが近くに寄って二人を抱きかかえ、ねぎらいの言葉や恵里へのコメントをつぶやいている。

 

(……そういえば龍太郎君達、どうして何ともいえない顔つきなんだろ。聞いても大丈夫かな)

 

「恵里もハジメのことでここまで過敏にならなければなぁ……で、浩介。状況は?」

 

 いつの間にああいう仲になったのか、それと愛子や龍太郎、良樹はどうして微妙な表情をしているのかとふとハジメは思う。しかし光輝が浩介に目配せしたのを見てすぐにハジメは意識を切り替えた。

 

「……何から何まで想定通りだ」

 

 今も“深淵卿”を発動した()()の浩介が苦々しくつぶやくと共に部屋の空気は一気に重苦しくなっていく。やっぱりそうかと思いつつ、ハジメは恵里と鈴の手を借りながら体を起こす。

 

「ってことは、他の街とかは?」

 

「これといった被害も無いよ……尤も、王宮だけは恵里の情報と大差なかったがな」

 

「……そっか。ありがとう、浩介君」

 

 ――氷雪洞窟に向かう日の朝、打ち合わせ通り浩介は“深淵卿”を発動していた。条件付きで無限に分身を増やせる浩介をトータス全土に派遣し、エヒトの動きに対処するためだ。

 

 ハジメが尋ねると浩介はひどく心配げな顔つきとなり、一瞬だけ素の口調を出しながらも答えてきた。やっぱり恵里の過去の焼き直しが起きてるなと思いつつ、ハジメは静かに感謝を述べる。

 

「その、死んだ人は?」

 

「かろうじていない……けど、フリードさんやメルドさん、アンファンが」

 

 硬い表情の光輝が再度質問すれば、やや伏し目がちに浩介もそれに答えた。こちらを動揺させるためにメルド達がひどい目に遭うだろうという予想も昨日の話し合いの席で出ている。まだ大丈夫であることに少しだけホッとしつつもハジメは皆の顔をサッと見渡す。

 

「……ひとまず僕は大丈夫。予定通り変成魔法を入手して、概念魔法を作ろう」

 

「「ハジメくん、大丈夫?」」

 

「出来れば万全の状態で行きたかったけどね。でも、時間は作れる。そうでしょ?」

 

 キッとした目つきとなったハジメは、昨日の話し合いで述べたように概念魔法作成に着手すべきだと訴える。案の定、恵里と鈴が心配げに両脇から声をかけてきたものの、自分達にはアワークリスタルがあるから問題ないとハジメは微笑みながら返す。

 

「……南雲さんの言う通り、です。ここで焦っては駄目」

 

「うむ。頼れる相手が心配なのはわかるがの。じゃがエヒトのための仕込みもせねばならん。奴に勝つための手札を捨ててはならぬ」

 

 するとアレーティアとティオが真剣なまなざしを恵里達に向けながらいさめてきた。メルド達が心配なのはハジメも同じだが、こうなることもエヒトの企みのひとつだろうと考えている。二人の言葉が届いたのか、どこか浮き足だった空気は徐々に静まっていった。

 

「そうです。それにしばらく動いていたんですし、()()を食べて英気を養いましょう」

 

「そう、だね。そこの自称魔王の言う通りだよ。とびっきりのご飯をさ」

 

 愛子が亀裂のような笑みを浮かべながら食事をすることを提案すれば、恵里もニヤつきながらそれに乗ってくる。食事をするのも予定通りとはいえ、やることがやることだけにハジメも鈴達のように苦い表情を浮かべてしまう。

 

「うん。おいしいの、作ろっか――じゃ、行こう」

 

 まぁ仕方ないかと思いつつ、ハジメは少し口の端を引きつらせながらも笑った。やや気が乗らないながらも周りを見渡し、最後の神代魔法取得に行くよう促す。光輝達も半笑いや嫌そうな顔をしながらもうなずき、共に解放者の住処へと向かうのであった……。




おまけ ある竜人の敗北

『わかってんだろ! 本当のことを言うのが怖ぇってよ!』

 龍太郎と良樹と合流したティオと愛子は、自分達が受けた試練のことなどを話しながら通路を進んでいた。そうして試練に使う大部屋の前にたどり着くと、そこで戦いを繰り広げていた礼一と彼の虚像をティオは三人と共に見守ることに。

「……あぁ、そうだよ!」

 どちらもお互い血だるまになりながら刃を交わしており、いつ礼一本人が倒れてもおかしくない状況であった。横にいた愛子がつばを呑んだのを聞き流しつつ、ティオはただ礼一を見つめる。

「……礼一の奴、やっぱ俺らにも言えねぇことが――」

(買いかぶりすぎじゃろう。近藤がそのようなことを考えるまいて)

 ふと、ぽつりと龍太郎が苦しげにつぶやき、愛子がつばを呑む音がティオの耳に届く。だがティオはチラッと二人を見てすぐに視線を戻した。南雲ハジメのようにどこかかたくなになっていたり、氷雪洞窟を進む際の動きの乱れがあまり見られなかったからだ。

(じゃが……やはりエヒトへの恐れや怒りかの。手痛くやられていたと――)

『とっとと言えよ。ティオさんにフラれるのが怖いってなぁ!』

 とはいえこうして言及してくる辺り、やはりエヒト関連かとティオは考える。直後、予想だにしなかった答えを礼一の虚像が口にしたせいでティオは口が半開きになってしまった。

「あぁ怖ぇよ……けどな、ここでビビってたらティオさんに顔向け、出来ねぇだろ!」

「だろうな。心配して損した」

 しかも礼一は真剣な表情で声を張り上げ、それを認めたのだ。あまりに場にそぐわない内容にティオはそのまま固まってしまう。場の空気が思いっきり白けたことにも気づかず、良樹の呆れとさげすみに満ちたつぶやきも頭に残らない。

『あんないい女、他にいねぇもんなぁ! 自分のものにしてぇよなぁ!』

「ホントな! 一目惚れしたもん! あんな美人でカッコ良い人とか逃したくねぇよ!」

「礼一のヤツは……」

「近藤君……あぁ、でも。ちょっと、うーん」

 ティオの頭に入ってくるのは目の前で礼一と虚像の戦いと聞いてて頭が痛くなるような内容の叫びだけだった。龍太郎が頭を抱えて深いため息を吐き、愛子が呆れたようなどこか熱っぽいようなつぶやきをしたことにも気づけなかった。

『でも告白すんの怖ぇよな! どうせお前には無理だろ!』

「――っざけんなクソが!! 俺は言えるぞ!!」

 そしてつば()り合いをする中、鏡像がニタニタと下卑た笑みを浮かべながら礼一を煽る。直後、礼一の顔に幾筋もの青筋が浮かび、互いに蹴り飛ばした後で大声で言い返す。そして大きく息を吸ってから声を張り上げた。

「ティオさんが好きなんだよ!! アンタのためなら死ねる!! 大人なアンタにどうしようもなくクラクラするんだ! アンタにフラれたらもうどう生きていいのかわかんねぇんだよぉー!!」

 あまりにも支離滅裂で、自分勝手でどうしようもない。けれどもひどく一途な告白が氷のミラーハウスに響き渡る。その言葉を全て聞いたティオはもう虚像も目に入らない。苛烈な槍捌きをしている礼一の姿だけをただ追うだけであった。

「これが俺の、覚悟だぁぁ!!」

『ぐおっ!?』

 そしてその勢いのままに礼一は鏡像の胸を穿つ――どうして礼一が勝てたかもティオは考えてない。訓練で手合わせをしてた時の動きが出てただの、後先を考えない攻め方だったということしか頭に浮かんでいなかった。

『言えたじゃねぇか……頑張れよ』

「は? 何言ってやが――」

 だからこそティオは黒い礼一が消える間際に何を話したかも気づけない。勝利に喜んで破顔しそうになり、首をかしげてこちら側に振り向いた礼一だけを見ていた。

「…………見た?」

「……うむ。見たぞ」

「――――ッ!!」

 自分達の方を見た途端、礼一の顔が思いっきり引きつった。そんな彼にティオは笑いを押し殺しながらも極めて平静を装い、先程の活躍を見たと短く伝える。刹那、礼一は真顔となって声にならない叫びを上げた。

「は、へへ……終わった。俺の人生終わった。ティオさんに、ティオさんに見られ――」

「……くく、くはは。あっははははははははは!!」

 一度顔が青ざめた後、全身を真っ赤に染めた礼一はその場で四つん這いになる。そして恥ずかしさがありありと感じられる力の無い声でつぶやくと、遂にティオは大笑いしてしまう。

「てぃ、ティオ、さん……?」

「え、何? 礼一の馬鹿でもうつった?」

「……場合によってはあなたをひっぱたきますが」

「そうでは、そうではない……あはは。こんな、こんな面白くて()い男がおるか!」

 ようやくティオは龍太郎達が軽く引いていることに気づいた。だがずっと湧き続けていた()()()と、そのせいでこみ上げてくる笑いをティオは抑えきれない。口元とお腹に手を当てながらもティオははばかることなく思いを口にする。

「……え?」

「気に入ったぞ礼一! 己の弱さに向き合う試練だというのに、出たのはエヒトへの恐れやお主の故郷の懸念などではない。妾のことをただただ想うだけとはな……ここまで来れば賞賛しか出来ぬよ」

 止まらない笑いを堪えつつ、ティオはゆっくりと礼一の下へと歩いて行く。そしてスッとかがむと、四つん這いになってへこんでいた礼一に思いの丈をぶつける。

「たとえ阿呆であろうと、肉体も心も十分に強いお主にならああ言われてもやぶさかではない。じゃが」

 ぽかんと口を開いてじっと見つめ返す礼一に、ティオは微笑みながら彼のほほに手を添える。段々と顔が赤らんでいく礼一に、ほんのりと目を細めながらティオは彼を認めたことを伝えた。だが一度話を切ってそっとほほに添えた手をどかす。

「だ、ダメ、かよ……?」

「うむ――妾のことも本物の阿呆にしてくれねばのう? 寝ても覚めてもお主のことしか考えられぬ、救いがたい阿呆にな」

 安心した様子でティオを見つめていた礼一だったが、今にも泣きそうな顔になってしまう。かすかに声を震わせながら礼一が問いかけると、ティオは妖艶な笑みを浮かべてそれに答えていく。またほほに赤が差した礼一の耳元にティオはそっと頭を動かした。

「やってくれるじゃろう? れ・い・い・ち」

「――っしゃぁあぁああぁ! やってやる! やってやらぁー!!」

 そして期待のこもった声でティオがつぶやけば、礼一は勢いよく立ち上がって雄叫びを上げる。そんな礼一を見て、ただただ愛らしいとティオは微笑むのであった……。


Q.なんかティオさんキャラ違くね?
A.私にもわからん(ォィ)

2026/4/9 色々と修正しました(白目)
2026/4/10 もうちょっと修正しましたorz
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