あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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ようやく完成しましたぁ!!
では改めまして読者の皆様への盛大な感謝を。

おかげさまでUAも264169、お気に入り件数も1044件、しおりも545件、感想数も848件(2026/6/2 9:47現在)となりました。皆々様、拙作をごひいきいただき誠に感謝いたします。

では皆様、本編をどうぞ。


百十六話 待ちわびた瞬間

『さて。中村恵里、そしてポーターに人間どもよ。貴様らはどう出る?』

 

 神を僭称する存在が住まう空間その最奥にて、玉座に鎮座していた光の人型がつぶやいた。偽りの神ことエヒトルジュエのすぐ近くには何枚ものパネルが浮いており、それぞれが別の場所を映している。

 

 ――やっぱりここに出たね。私やミハイルの時と同じか。

 

 大迷宮から出た恵里達が魔人族や神の使徒に包囲されているもの、トータス各地の祭壇や魔王城の謁見の間などだ。

 

 ――魔王様があんた達を招きたがってる。言っておくけど拒否権はないよ。

 

 ――来なかったら人質がどうなってもいいのかー、とかそういうのでしょ?

 

 エヒトがポーター(運び屋)呼ばわりした南雲ハジメや天之河光輝らは、どこか緊張した面持ちで魔人族や神の使徒を見つめている。だが中村恵里は口角を上げながら、目と腕が片方ない魔人族の女を煽っていた。流石にわかっているかと鼻を鳴らしながらもエヒトは謁見の間の辺りを映すパネルに目をやる。

 

 ――耐えろ。あと少しで恵里達が必ず来る。

 

 ――あぁ。それまでの辛抱だ……ぐっ。

 

 祭壇のような場所の頂上に空の玉座があり、その横には何人もの人間が入れられた檻があった。

 

 赤黒く輝く魔力光で包まれたそれの中には異世界に召喚された子供、元王国の王族達、ある海人族の親子に筋骨隆々な輩ども、そして傷だらけになって(はりつけ)にされて顔をゆがめるメルドにフリード、気絶した様子のアンファンらと恵里達の関係者が入れられていた。

 

『抵抗はしてくれたがなかなかにあっけなかったな。餌にしかなれん奴らめ』

 

 多くは心細そうな顔つきをしていたりうつむいている。そんな彼らにメルドやフリードが励ましの声をかけていた。

 

 彼らが抵抗した様をエヒトは思い返すも、しばらく戦った後は恨み言も何も言わずに捕まっていた様子以外浮かばなかった。心底つまらなさそうにエヒトは吐き捨て、恵里が来た時にその希望を踏みにじるぐらいしか用途が無いと心の中で唾棄する。

 

 ――へぇ、アルヴ様の仰る通りじゃないか。ま、惜しいと思うならついて来るんだね。

 

 そこで恵里達の方がどうなってるかと見やれば、魔人族の女は皮肉げに笑って彼女をいなす様が映っていた。女は声をかけた後、悠々と背中を向けて魔王城へと向けて歩いて行く。数秒の後、恵里達一行は魔物や神の使徒に包囲されたまま魔人族の女の後をついて行った。その様をながめていたエヒトはつまらなさそうに鼻を鳴らす。

 

『とうに何が起きるかは知っているだろう? 猿芝居で我を欺けると思ったら大間違いだ』

 

 神子の存在が発覚した際に涙を流して呆然としていた恵里の様子を思い出しつつ、エヒトはつぶやく。大人しくしているのもこちらを騙して倒すための演技でしかないと既に見抜いている。それに魔人族領の近くにある大迷宮の反逆者の拠点で概念魔法を使ったこと、その後数時間ほど姿をくらましたこともだ。

 

 ――メルドさん! フリードさんも!

 

 ――永山、リリィも! 大丈夫か!

 

 ――クリスタベルさんっ!

 

 ――俺たちは、大丈夫だ……っ。

 

 その程度の演技など目くらましにもならない。エヒトは恵里達を見下しながらパネルをながめていると、魔王城の謁見の間に一行がたどり着く。ハジメ達が焦った様子で檻の中にいた面々に声をかける様をエヒトは滑稽さを感じていた。安否など既にわかっているだろうに、と反逆者の住処で話をしていた様を思い返していたエヒトはやや冷めた目で見つめる。

 

 ――やぁ、アレーティア。久しぶりだね。相変わらず、君は小さく可愛らしい。

 

 ――叔父様、ですか。

 

 三文芝居と断じたやり取りを横にエヒトは己の眷属の動きへと目を向けた。すると玉座の後ろの壁がスライドし、そこからアルヴが現れる。自分にどのような余興を見せてくれるかと自分の眷属と神子にエヒトは注目する。

 

『よもや神子の体に神殺しを仕込んだ程度で終わってくれるなよ、中村恵里。その程度では面白みが足らん』

 

 自分が神子の体を()()()()のを知っているからこそ、それぐらいやってくるだろうなとエヒトはたかを(くく)る。それしき如きで揺るぎなどしないと思いながら、エヒトはトータス各地を映しているパネルをそれぞれ一瞥した。

 

 ――エヒト様、どうか我らに救いを……。

 

 ――エヒト様ぁー!! 反逆者どもを皆殺しにしてくださーい!

 

 ――我ら人間族にご慈悲を。どうか、どうか……。

 

 町や村の中央に造られた祭壇には今日()信者達が総出で祈りを捧げている。それらは今も神域を通じて己の元へと集まっており、自身の力が高まっているのをエヒトは感じていた。

 

『一度や二度の神殺しを策などとのたまってくれるなよ。ま、その程度のあがきしか出来ないことそのものは愛おしくはあるがな』

 

 もはや神殺しの概念を数度喰らったところで揺るぎはしない。そうエヒトは確信している。この神域を燃料に使えば余裕を持って別の世界に転移することすら可能となった。ならばその程度のものが通用するはずもないと己を疑ってもいなかった。

 

『まぁよい。貴様らのはかない望みを、情念を全て踏みにじってやろう。楽しみに待っているがよい』

 

 再度魔王城の謁見の間、そこで緊張した面持ちをしているポーターをチラッと見てからエヒトはあざける。手にあたる部分をクイッと動かすとほぼ同時、トータス各地を映すパネル全てに神の使徒が現れた。それを見てから偽りの神は立ち上がり、両手を広げてくつくつと嘲笑を浮かべたのであった……。

 

 

 

 

 

「そうだ、私だよ。アレーティア。驚いているようだね……無理もない。だが、そんな姿も懐かしく愛らしい。三百年前から変わっていないね」

 

(ハッ。よく心にも無いことが言えるね。偽者のくせにさぁ~)

 

 微笑みを浮かべながらアレーティアに話しかけるアルヴを見て、恵里は思わず鼻を鳴らしそうになってしまう。祭壇みたいなところから一歩も降りずにつらつらと歯の浮くようなセリフをアルヴは言っていた。本当に親しみを持ってるならすぐにでも駆け出すでしょと心の中で罵倒しつつ、恵里はやや気の抜けた表情を浮かべ続けていた。

 

「アルヴ様?」

 

 するとアハトと名乗った神の使徒が能面のような表情のまま、しかし疑問の呼びかけとわかるような抑揚でアルヴの名前を呼んだ。また近くにいた魔人族の男女もわずかに顔つきを険しくしており、エヒト以外には何も言ってないんだろうと恵里は見抜く。

 

(うわっ、まぶしっ)

 

 アルヴが神の使徒に向けて手をかざすと、金色の魔力光が謁見の間を塗りつぶす。前も似たようなことやってたっけとぼんやり考えつつ、恵里は目をつむってしばらく待つ。その後周りを見渡すとドーム状に金色の障壁が広がっており、また神の使徒どもや魔人族どもが倒れているのが見えた。

 

(……チッ。魔眼鏡でもないと見破れなさそうだね。ま、大体前の通りだからいいか)

 

「えっ」

 

「あの、アルヴさん。これは一体」

 

「うわー、どうなってやがんだー」

 

 もちろんこれが偽者の映像でしかないことを恵里は覚えている。当然このことはハジメ達にも話しており、念のため騙された演技をするよう皆に頼み込んでいた……案の定、大介達は大根役者ぶりを披露しており、恵里は彼らを一瞬だけにらんだ。

 

「「「「ヒェッ」」」」

 

「盗聴と監視をごまかすための結界だよ。私が用意した別の声と光景を見せるというものだ。これで、外にいる使徒達はここで起きていることには気づかないだろう」

 

 恐怖ですくみ上がった大介達を尻目に、アルヴが次にどう動くかと恵里は注目する。するとアルヴは軽く息を吐いてから突き出した手を頭上にかかげ、指を弾く。そして何をやったのかとこちらに説明をしてきた。

 

(よく言うよ。あっちじゃそうやって化け物達に偽者の映像を見せてたってのにさ)

 

 ややおぼろげになってたとはいえ、これもまた過去の記憶の通りであった。微笑みを絶やさず、それらしい説明を並べ立てて安心させるアルヴの手管を恵里は心の中で悪し様に言う。その後、次はどうなっていたかと恵里は虫食い状の記憶をたどろうとした。

 

「もしかして、使徒や魔人族の人達には聞かせられない話でもあるんですか」

 

「そうだね。君達の警戒心はもっともだ。だから、回りくどいのは無しにして単刀直入に言おう」

 

 適当な話でもしてアレーティアの信用でも掴んでたっけと恵里が思い返していると、光輝が緊張で声をかすかに震わせながらアルヴに問いかけた。素か演技かはともかく恵里は心の中で親指を立てて賞賛する。アルヴはどう出るかとそちらに目を向ければ、微笑みをたたえたまま光輝の質問に答えてすぐに表情を改めた。

 

「私、ガーランド魔王国の現魔王にして元吸血鬼の国アヴァタール王国の宰相――ディンリード・ガルディア・ウェスペリティリオ・アヴァタールは……神に反逆する者だ」

 

 軽く目を細め、真摯(しんし)な顔つきでアルヴは堂々と答える。恵里も軽く口を開け、まさかと言わんばかりの表情を装う。そして半信半疑に見えるようハジメと鈴を何度もせわしなく見た。

 

「そんな……ディン叔父様は普通の吸血鬼だった。私のような先祖返りじゃなかったはず」

 

 アレーティアはひどく動揺したようにしきりに視線をさまよわせ、声を震わせている。恵里からしても本当に動揺してるようにしか見えない演技をするアレーティアを見て、ふとトレイシー相手に堂々と渡り合っていた時のことを恵里は思い出す。

 

(普段は檜山と一緒じゃないと不安定なのに、こういう時は本当に頼れるっていうか。流石だよね)

 

「アレーティア、動揺しているのだね。それも当然か……ならば語るとしようか。何故こんなことを私が打ち明けたかを」

 

 改めてアレーティアの存在の大きさを感じつつ、恵里はアルヴの言葉に耳を傾けるフリをする。曰く、元々はエヒトの眷属であり、忠義を誓っていたらしい。だがある時エヒトの行動に疑いを抱き、反旗を翻そうと画策していたらしい。またアレーティアの叔父であるディンリードと同志となり、こうして一つの体に二つの魂が宿っているとのこと。

 

(ホント、心にも無いことをよくここまでつらつら並べ立てられるよねぇ~。役者か声優でもやってたら良かったのに)

 

 表面上はハジメ達と一緒に相づちを打ちつつ、心の中ではアルヴのことをこき下ろす。玉座の周りを歩きながら魂胆を語っていたアルヴを、怪訝な目で見たいのを軽く我慢しながら恵里はただ事の成り行きを見守った。すると再度指パッチンをすると共に檻を覆っていた輝きが消え、カギも開いたのか音を立てて扉が開いた。

 

「――こうでもしないと会うことすらしてもらえないと思ってね。それに、いざという時のために彼らを保護する目的もあった」

 

「……それだけで十分です。叔父様」

 

 どうやらアルヴはひと通り語ったようで、申し訳ない様子でメルド達を檻に入れていた理由を語ってきた。アレーティアが感激した様子のセリフを口にしたのを聞き、ここからが本番だと恵里はわずかに眉間にしわを寄せながら気を引き締める。

 

「……あなたを信じます。共にエヒトを討ちましょう」

 

「そうですね……皆、戦おう! ()()()エヒトを討つんだ!」

 

 アレーティアは一歩前に出ると、アルヴの提案を受ける旨の発現をする。すると光輝も振り返ってエヒトを倒そうと号令をかける。アルヴに同意したような言葉選びをした光輝を恵里は心の中で持ち上げると、ふと玉座の辺りの空気が変わったのを感じ取った。

 

“浩介君、状況は”

 

 アルヴが右手で顔を覆ったのを見て、頃合いかと判断した恵里は浩介に“念話”で連絡を取る。手はず通りならトータス全土に送り込んだ彼の分身が、全ての冒険者ギルドの支部長を説得し終えているはずだ。氷雪洞窟攻略前から時間をかけてたんだから成功しててくれないと困る、と半ば祈るように恵里は浩介に問いかける。

 

“彼らが師と仰ぐ方の力なくしては無理だったな……ともあれ説得は出来た。いつでも王国へと移送可能だ”

 

“オーケー、了解”

 

 すると浩介もやや疲れたような声色で返事をしてくれた。これで大陸全土の冒険者を移送することが出来る。自分の記憶の映像を見た際、エヒトはハイリヒ王国を真っ先に狙うと魂胆を明かしていた。ならばこっちも多分そうするだろうという予測しており、恵里はそれが当たったことに安堵しつつ返事をする。

 

“それと偽神の使徒が各地の祭壇に姿を現した。しかも我らの姿を映している”

 

“ボク達は魔人族に内通してましたー、とかお前ら人間なんていらなーい、って言う気かな。わかったよ”

 

 また浩介からエヒトの妙な動きを伝えられ、恵里は軽く思案する。どうせ下らないことだろうと考えつつも返事をし、そろそろエヒトが来るかなと考える。一体()を狙うのかと神経をとがらせながら恵里は周囲を見渡す。

 

「そうだな。やってくれるか」

 

 するとアルヴがいきなり凄惨な笑みを浮かべてこちらを見つめ、侮蔑するように返事を口にしてきた。

 

「っ! ハジメくん!」

 

「全員武器を構えてくれ! ここでエヒトを討つ!」

 

 その直後、天が白銀の光を放った。すぐ隣にいた()()()目がけて四角形の光の柱が降り、恵里は他の皆と一緒にその光に弾かれてしまう。宙に浮きながらハジメの方を見れば、光の柱は一瞬明滅して揺らいだのを恵里は確認する。

 

(っし! アレはちゃんと効く! だったら――!)

 

「排除します」

 

「ルトス、ハベル、エンキ。奴らを喰らいな!」

 

「反逆者ども! 今日が貴様らの命日だ!」

 

 手応えを感じて恵里が軽く口元を釣り上げていると、突如目の前の何も無いはずの空間が揺らいだ。そこからにじみ出るように数十体の使徒が、百近くの魔物が現れ、恵里達を囲むようにして押し寄せてきたのである。

 

「まったく。エヒト様も意地が悪い。では、更なる絶望を貴様らにくれてやろう」

 

 またアルヴがやれやれといった声色でエヒトのことに言及した後、今度は愉悦に満ちた声でつぶやく。指を弾く音と共に恵里がアルヴの方を向くと、いきなり現れた人間大の魔力の塊が自分目がけて飛んできていた。

 

「鈴っ!」

 

「うん!」

 

 恵里はすぐさま宝物庫からシャウアーを取り出し、“瞬光”を発動する。消えていく偽りの映像には目もくれず、“天歩”で見えない足場を作ると勢いよくそれを蹴る。アルヴの攻撃を回避しながらくるりと宙返りをして着地すると、襲いかかってくる使徒や魔物目がけて恵里はレールガンの雨嵐をお見舞いしていく。

 

「恵里と鈴、檻の中の皆を守るぞ!」

 

『了解!!』

 

 鈴や光輝達も即座に迎撃にかかってくれたおかげか、立っていた魔物は目に見えて少なくなっていた。使徒とつば迫り合いをする光輝が号令をかければ、恵里は皆と一緒にそれに応える。

 

「ハジメくんは――」

 

「返してもらうから! “斬羅”っ!」

 

 恵里はもう片方の手で取り出したオルカンのグリップを握り、そのままロケット弾を乱射しながら光の柱へと進む。また鈴も空間魔法を発動し、光の柱に幾つもの亀裂を入れていく。何発ものロケット弾がハジメを拘束する柱へと当たれば、一気にヒビ割れすると同時にけたたましい音を響かせて消えていった。

 

「「ハジメくんっ!!」」

 

 囚われている間焦りと苦痛にまみれていたハジメの表情は今、苦しみの中で祈るようなものへと変わっていた。その顔つきのままハジメは後ろに倒れそうになり、恵里と鈴は手を伸ばす。恵里達はハジメの両手を掴むと、はさみこむようにして彼の体を抱き留めようとする。

 

「我に神殺しを届かせたことだけは褒めてやろう。中村恵里」

 

 その時、皮肉と愉悦に満ちた声色で彼がささやく。ハジメは素早く恵里と鈴の手を払うと、腹へと勢いよく突き刺してきた。

 

「ぐっ!」

 

「が、ぁ……っ!」

 

 恵里は激痛で顔をゆがめ、口元からおびただしい量の血を吐き出してしまう。そして歯を強く食いしばりながら鈴と顔を合わせ、お互い不敵な笑みを浮かべてうなずいた。

 

「我がどの体を奪うかを予測し、神殺しを仕込んでおくとはな。子供の浅知恵にしては見事だった」

 

 そして恵里は再度自分の腹を突き刺した相手の顔を見やった。愛しいハジメの声に侮蔑と愉悦が混じっている辺り、エヒトに違いないと恵里は確信する。すると向こうは恵里をあざ笑い、背中まで貫通した腕を上へと上げようとした。

 

「ま、ってたよ、エヒト……」

 

「この、しゅんかん、を……」

 

「ふっ。戯言を――」

 

 だが恵里はニタァと口角を上げ、鈴と一緒に待ってたとつぶやいた。鈴もエヒトの腕をしっかり掴んでおり、これなら()()()()()と恵里は確信する。そしてエヒトが呆れた表情を浮かべた直後、恵里は口元をつり上げながら魔力を(ほとばし)らせる!

 

「ハジメくんを、かえせ」

 

 すさまじい憎悪を口から漏らし、殺意にまみれたまなざしを恵里はエヒトに向ける。己の中でどす黒く燃える思いをそのまま恵里は力に変えていく――形にする概念は“エヒトの排除”。愛する人の中に巣食うエヒト(ダニ)だけを取り除き、すさまじい苦痛を浴びせて滅ぼすための魔法だ。爪を立てたハジメの腕を介し、その猛毒は流れ込んでいく。

 

「概念魔法か。それしきごときで――ッ!?」

 

「ハジメくんから、はなれて」

 

 一瞬だけ苦痛にまみれた表情を浮かべたエヒトであったが、それでも腕を上へと上げようとしている。これだけの力をぶつけても全然効かないエヒトを前に恵里の中に焦りが浮かぶ。だが鈴がつぶやくと同時に魔力を吹き上がらせたのを見て、恵里は再度笑みを浮かべた。

 

「何を――が、あぁあぁあぁ!?」

 

 鈴が発動した概念魔法の中身を恵里は知っている。ハジメの体に入ったエヒトを無理矢理追い出す。ただそれだけをそう強く願って欲しいと魔王城に来る前の打ち合わせで頼んでいたからだ。

 

『馬鹿な……っ! ポーターの体から弾かれる、だとっ!』

 

 恵里がお願いした概念の通り、ハジメの体と重なるようにエヒトと思しき白い光の人型が現れる。そして徐々にハジメの体から離れていくと共にそれの光の色は薄くなっていく。神域でないここならエヒトの消滅を狙えるという目論見が当たり、恵里は思わず口元を緩ませる。

 

「ナイス、すずぅ~。さっすが、ボクのしん、ゆう……っ」

 

「とうぜん、だよっ。だって、ハジメくんへのおもいは、まけてない、からっ」

 

 エヒトを引き剥がしてくれた鈴を恵里は誇らしく思った。彼女の方を向いて、弱々しい声ながらも恵里は鈴を持ち上げる。すると鈴も青い顔をしながらも不敵な笑みを浮かべ、減らず口を叩いてきた。

 

『――だが、我をどうにか出来ると思ったら大間違い、だ!』

 

 だがいきなり響いてきた薄汚い声にハッとし、恵里は鈴と一緒に振り向いた。離れつつあった人型の光がもがくようにハジメの体へと手を伸ばしており、しかも徐々に近づいてきているのがわかった。

 

「そん、な……出ていって。でていって、よっ」

 

『我を侮り過ぎたな、中村恵里。貴様の負け――』

 

(マズい……このままじゃ、早く、概念魔法を――)

 

 このままだとハジメの体が奪われてしまう。その疑念が恵里の頭に浮かんだ時、鈴がうろたえる様を目撃してしまう。このままだと鈴の概念魔法が維持できないと直感し、再度自分が概念魔法を発動させようと恵里は焦った。

 

 ――僕から、出て行け。

 

 頭がもうろうとする中で恵里は魔力回復薬を取り出そうとした。その時、聞きなじみのある声が、誰よりも愛しい人の声が念話のように謁見の間にこだました。それを聞いて恵里がほほを緩ませるとすぐにハジメは目を開ける。笑いかけてくれた彼を見て、恵里は勝利を確信する。

 

『くっ、図に乗るな、人如きが! エヒトルジュエの名において命ず――』

 

「僕の中から、出て行けぇー!!」

 

 そしてエヒトが仕掛けるよりも前にハジメが叫べば、白く光る人型はあっという間に彼から離れていく。光の粒子をばら撒きながら一気に薄まっていくエヒトを見て、恵里は震える手で中指を立てる。

 

『な、ならば神子よ! 貴様の体をもらい受ける!』

 

 その時、徐々に体が薄れゆくエヒトが狂乱した様子で手を伸ばした。ハジメがゆっくりと恵里と鈴のお腹から手を抜く中、エヒトは彼女達を通り過ぎていく。その最中、恵里は三日月のような笑みを浮かべてエヒトの破滅を確信した。

 

『もはや油断などせぬ! 貴様らを確実に殺して――ぐはぁあああぁあ!?』

 

 エヒトの捨て台詞を聞きつつ、恵里はハジメから口移しで回復薬を飲ませてもらう。ずっと体を駆け巡っていたすさまじい激痛も収まり、ハジメが鈴にも口移しをしているのを見てから恵里は振り向いた。

 

「やぁ~っぱり。どうせアレーティアの体に逃げ込むと思ってたよぉ~」

 

 恵里の想像通り、口から血を吐いて全身を震わせるアレーティアがそこにいた。また光輝達と対峙していた神の使徒達も糸が切れた人形のようにバタバタと倒れ込み、取り囲んでいた魔人族達は目を白黒させている。心底滑稽で笑えてくるのをお腹を押さえて堪えながら恵里はエヒトをあざけった。

 

「な、ぜ……っ! 神殺しの概念は、ポーターの体だけのはずだろう!?」

 

「それだけで俺達が済ませると思ってんのか?」

 

 苦悶に満ちた顔つきでこちらを振り向いたアレーティア、もとい彼女の体を乗っ取ったであろうエヒトが声を上げる。恵里が思わず吹き出しそうになって口を手で押さえた時、エヒトの背後に立っていた大介が憤怒の形相でつぶやいた。

 

「いぎっ――がぁあぁぁぁああぁ!?」

 

 エヒトが汚い悲鳴を上げると同時に、あちらの胸から短剣らしき剣先と紅く輝く刃が生える。長い刃は形状からして普段彼が使っている剣と同じであり、概念魔法が宿っていると恵里はすぐさま察した。打ち合わせ通りに大介がエヒトに神殺しの短剣と概念魔法をぶつけてくれたことを確認し、恵里は笑みを深くする。

 

「ここに来る前に皆でご飯を食べたんだよねぇ~。ひとりひとりの分に概念魔法をつけてさぁ~」

 

 そして恵里はお腹に手を当てたまま、ニタニタと笑いながら種明かしを始めた。

 

 氷雪洞窟の解放者の住処で世界を超えるための概念魔法を造った後、恵里達一行は一度オルクス大迷宮へと移動していた。そこで皆で料理をし、各々自分の食事にエヒト殺しの概念を付与していたのである。

 

「ま、見た目が虹色になってドギツくなったけどさ。それでも皆食べてたからねぇ~」

 

 概念魔法をかけた途端に盛り付けたお皿以外が虹色に発光したり、食事を終えた後でハジメ達がややグロッキーになったり、念のためエヒトを倒すまでトイレを我慢することになって何人か放心したりと色々あった。

 

 だがそのおかげで恵里達は全員、エヒトを殺す毒餌となったのである。策が功を奏したことを改めて思い返した恵里はクスクスと笑う。

 

「ふざ、けるなっ! 概念魔法などそう簡単に発動は――か、体がっ!」

 

 エヒトが涙を流し、痛みと苦しみで顔をゆがめながら恵里に向かって手を伸ばす。概念魔法の発動は簡単ではないとエヒトは言おうとしていたようだが、恵里はそれを気にも留めない。ただアレーティアの体と重なるようにエヒトが姿を現したのを見て満足げにうなずくだけであった。

 

「皆お前への恨みがあるんだよ。簡単な話じゃねぇか。それとだ」

 

 そして大介が鼻で笑いながらエヒトに言い返すと同時に、アレーティアの体に生えた二本の剣が傷口を広げるように動いた。それに合わせて白く光る人型がアレーティアと重なるように浮かび上がる。

 

「とっととアレーティアから失せろ。ウジムシが、俺の女に入ってんじゃねぇっ!!」

 

『お、おぉおぉぉぉ!?』

 

 二つの剣がボロボロと崩れゆく中、声を張り上げながら大介は勢いよく紅の光を放つ剣をアレーティアから引き抜く。それに合わせてエヒトはアレーティアの体から離れていった。

 

『わ、我はっ、我は神だぞ!! こんな、こんな!』

 

「引きこもってなきゃ生きられないくせに――とっとと消えてくれる?」

 

 情けない悲鳴を上げるエヒトに恵里はやや高いトーンで、目が笑ってないまま散々自分を苦しめた相手に声をかける。これまでの意趣返しとして、自分達の未来を掴むためにお前はいらないとハッキリ告げたのであった。




実はこれまで出してきた飯ネタや料理などはこの時のためです。毒餌でハメるのを最初から想定し、話を組んでおりました。

追記
実は当初、エヒトの憑依先が恵里だったり。二人分の魂を持った恵里とハジメと鈴の概念魔法の連携でエヒトを追い出す算段でした。ただ、どう考えてもケーキ入刀にしかならないせいで恵里が負けヒロインにしか見えなくなるのでボツに。
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