あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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ようやく完成いたしました!
では改めまして読者の皆様への惜しみない感謝を。

おかげさまでUAも265184、お気に入り件数も1047件、しおりも547件、感想数も850件(2026/6/20 9:57現在)となりました。誠にありがとうございます。エタらずに作者が突っ走れるのもひとえに読者の皆様のおかげです。

そしてAitoyukiさん、今回も拙作を再評価して下さり感謝いたします。また書き進める力をいただきました。

今回の話を読むにあたっての注意点として長め(約13000字)となっております。では上記に注意して本編をどうぞ。


百十七話 選ぶのは『最高』の道

『わ、我はっ、我は神だぞ!! こんな、こんな!』

 

「引きこもってなきゃ生きられないくせに――とっとと消えてくれる?」

 

 魔王城の謁見の間に偽りの神の情けない悲鳴が響く。もやのような姿となって霧散していくエヒトを見つめながら、恵里はやや高いトーンでそうつぶやいた。今のままならエヒトは体を維持出来ずに消える。勝った。もう逆転なんて出来ない。想定以上の成果に恵里はニンマリと笑みを浮かべる。

 

「え、エヒト様ぁー!」

 

『あ、アルヴ、貴様の体を寄越せぇー!』

 

 しかしエヒトはにごった声でアルヴに手を伸ばしたのを見て、恵里は自分の認識が甘かったことを知る。アルヴもひどく焦った様子でエヒトに向かって突っ走っており、このままだと死なずに逃げられてしまうと恵里は顔をひどくゆがめた。

 

「クソッ――エヒト殺しがまだの皆、誰でもいいからエヒトに取り付いて!」

 

「わかったわ! お母さん、お爺ちゃん、しっかり刃を立ててね!」

 

「むしろわしが奴に一服盛りたいところだ!」

 

 思いっきり舌打ちした後、恵里は皆にエヒトへ向かって突っ込むよう大声で頼み込んだ。声をかける前に既に雫や鷲三はすぐ近くまで迫っており、また光輝達も武器を構えて突撃している。すぐに恵里も“魄崩”を発動してエヒトを消し去ろうともくろんだ。

 

『く、来るな! 来るなぁ!!』

 

「愚物どもがぁ! エヒト様はやらせんっ!!」

 

「くそっ!!」

 

 だが光輝達の突撃は叶わない。アルヴが叫ぶとそこかしこに人間ほどの大きさの魔力の弾丸が現れ、そこかしこに撃ち出されたからだ。光輝達を狙ったものだけでなく、床にぶつけて破片を撒き散らすなどもしてきたからである。

 

「チッ! だったら壊こ――ッ!」

 

 すぐさま恵里も“壊劫”の発動に切り替え、今も撃ち出されている魔弾を吸い込んで妨害を止めようとした。だが恵里が詠唱し終える前に、聖剣の切っ先や銃弾、様々な魔法などが届く前にアルヴとエヒトの姿が重なってしまう。

 

「――エヒトルジュエの名において命ずるッ!! “全てのアーティファクトを私に寄越せ”!!」

 

 そしてアルヴの体が白金に輝いた直後、怒りで苦痛で出たであろうくぐもったダミ声がこの場にこだまする。それと同時に恵里はわずかにみじろぎすると、杖の先端をかつてアルヴだった存在へと向けた。

 

「ちぇっ。まだ死なないんだ――“黒天窮”」

 

「“天翔剣・嵐”!!」

 

『いっけぇー!!』

 

 思ったより大したことなんてない。既に対策済みであった“神言”にそんな思いを抱きつつ、恵里はまだ生きていたエヒトに向かって軽く舌打ちをする。そして要求されたアーティファクトの代わりに皆と一緒に攻撃をあちらにプレゼントした。

 

「ッ!!――“天灼”!!……許さん。許さんぞ貴様らぁ!!」

 

 しかしその全ては雷で出来た六本の柱によって阻まれてしまう。いきなり虚空に現れた六つの球体が雷撃を放ち、魔法も剣撃も無数の弾丸も消し炭にされてしまったからだ。最後の最後でドジを踏んでしまったことに軽く苛立った恵里であったが、エヒトの怒りと恨みに満ちた叫びを聞いてすぐさまニタリと笑う。

 

「ほらアルヴ。とっととエヒトをひねり潰したらぁ~? いいチャンスでしょぉ~?」

 

 雷鳴の壁が消えた後、恵里の視界に入ったのは服がズタズタとなって息も絶え絶えとなったエヒトの姿であった。脂汗をかき、震える手を突き出しながら負け惜しみを吐く様に恵里は愉悦を覚える。

 

「ッ!!……必ず、必ず殺してやるぞっ! 中村恵里ッ!!」

 

 そこで先程アルヴが語った偽の魂胆を恵里は半笑いになりながら述べると、エヒトは端正な顔をゆがめる。そして殺すとわめいた後、すぐに手を上へと掲げた。

 

「鈴、香織っ! “聖絶”の準備を――天井が!?」

 

 エヒトの横にいきなり八つの魔弾が現れ、すぐに光輝が号令を飛ばそうとした。悪あがきか何かだと恵里も思っていたものの、それらが天井に向かっていったのを見て恵里は目を丸くする。崩落する天井と飛び散るほこりから恵里はエヒトの魂胆を知り、忌々しげに向こうを見つめた。

 

「アイツ、逃げる気だ! 皆、早く攻撃を――」

 

「“聖絶”っ!――ねぇ皆、エヒトが上に!」

 

 恵里がエヒトの思惑を言うや否や、物置サイズの石片がこちらへと降ってきてしまう。幸い鈴がバリアを張ってくれたことで直撃はなかったものの、それによって攻撃がワンテンポ遅れてしまった。煙が晴れた時にはエヒトはもう城の上空へと逃げてしまっていたのである。

 

「あ、アルヴ様?」

 

「三日、三日だ……神域で立て直した後、貴様らの拠点から破壊し尽くしてやる! トータス全てを赤く染め上げてやろう!」

 

「ハッ。今すぐ叩き潰して……チッ」

 

 エヒトはこちらを振り返り、顔を真っ赤にしてつばを飛ばしながら声高に叫んでいた。無論あっちの都合に恵里は付き合う気はなく、すぐさま重力魔法を発動しようとする。だがその瞬間に感知系統の技能が無数の気配を捉えた。倒れていた神の使徒と同じだと察すると同時に恵里は舌打ちをし、手にした魔力回復薬を煽る。

 

「あ、アルヴ様! わ、我々もそちらに――」

 

「皆、追撃は後だ! 今は神の使徒を!」

 

「エヒト様の邪魔はさせません」

 

「そっちが邪魔なんだけどさぁ――“緋槍”っ!」

 

 うろたえる魔人族どもを横に、光輝が号令をかける。すぐさま恵里は皆と一緒に神の使徒へと攻撃を仕掛け、どこかぎこちない動きの神の使徒どもを燃やし、切り捨て、蜂の巣にしていく。

 

「し、使徒様ぁー!!」

 

「ハジメくん、羅針盤とクリスタルキーは!」

 

 使徒どもを倒し終えた後、悲鳴を上げる魔人族を横に恵里は再度上空へと目を向ける。するとエヒトは既に遙か上空へと昇ってしまっていた。このままでは空間魔法を使っても逃げられるのではないかと恵里は危惧し、二つの概念魔法を出すよう恵里はやや上ずった声でハジメに頼み込む。

 

「ごめん! こうなるなら羅針盤を隠さなかったよ!」

 

 ハジメの方を見やれば、彼もひどく焦った様子で正十二面体の結晶がついたカギを握っていた。氷雪洞窟で作った『あらゆる場所へと繋ぐ』概念魔法こと“クリスタルキー”だ。ならあらゆる場所を指し示す“導越の羅針盤”はどこにと思った時、恵里はここに来る前にやっていた解放者の住処での作戦会議のことを思い出す。

 

(あ゛ーっ! そうだったぁー! よりによってこんな時にぃー!)

 

「アルヴ様! なぜ我々も連れて行ってくださらないのですか!」

 

「選ばれし民だと仰ってくれたのは嘘だったのですか!! お答えください!」

 

「じゃあそれで! 早く繋いで!」

 

 念のために保険として羅針盤や素材などは宝物庫の機能で地面に転移させると話し合いで決めていたのだ。それを担当したのがハジメであることも思い出すと同時に大失敗だったと恵里は心の中で絶叫してしまう。魔人族が横でエヒトに何かを言っていたが恵里は気にも留めず、青筋を立てつつもハジメにクリスタルキーを早く使うよう急かす。

 

「うんっ! じゃあこれで!」

 

「いくぞ皆! 一斉攻げ――」

 

「使徒様がたは来られないのですか!? このままでは私達はなぶり殺しに――」

 

「黙れ! エヒト様の役に立てぬ出来損ないどもめ!」

 

 すぐにハジメもクリスタルキーを虚空に差し込む動きをし、ゲートを作ってくれた。恵里も光輝が指示を出すと同時に“黒天窮”を詠唱しようとする。魔人族が悲痛な声で訴える中で発動しようとした時、魔力を載せたのか()()()の言葉が謁見の間に響き渡った。それを聞いた恵里は目を見開き、動きを止めてしまう。

 

(エヒト様、ってことは――まさか、アルヴの体から離れた!? とっくに逃げてたってこと!?)

 

「しょせんそこの獣やトカゲと同じだったか! 改造されただけの原住生物如きに遊戯の駒は務まらんということだな!」

 

「わ、我々が亜人と同じ……」

 

「貴様らが役立たずなせいであの御方は己が身を削って神域に戻られたのだ! 恥を知れ!!」

 

 既にエヒトに逃げられていたことに、一秒足らずではあったが恵里は思わず呆然としてしまったのだ。だがそれでもアルヴは倒さなければと思いつつ再度魔法の発動に移る。魔人族の嘆きとアルヴの罵倒を聞き流しながらだ。

 

「そん、な……」

 

「シア、が……」

 

「ティオさんも、かよ……」

 

 また恵里は親友達の詠唱が止まったりつぶやいているのもわかっていた。良樹や礼一だけでなく親友達がショックを受けているであろうこともだ。

 

「うっさい死ね。 “黒天窮”――!?」

 

 だがそんなの知ったことかとばかりに恵里は重力魔法の奥義を放つ。だがその瞬間、アルヴのいた空間が揺らぎ、そのまま姿を消してしまった。エヒトがアルヴをあの世界に引きずり込んだとすぐに気づくと、恵里はすぐさまハジメの方を振り向く。

 

「でき、そこない……」

 

「ハジメくん! 羅針盤どこ埋めたの!? やっぱり大迷宮との境目!?」

 

「やく、たたず……そんな、われわれは、なにを」

 

「……あ、うん! そこで合ってる! じゃあクリスタルキーを使って回収に――」

 

 魔人族どもの絶望に満ちたつぶやきを無視しつつ、恵里はハジメに隠したアーティファクトのありかを尋ねる。呆然としていたハジメも何度もうなずきながらそれに答え、再度クリスタルキーを虚空に差し込もうとした。だがその時聞き慣れないかすかな音、甲高く聞こえるそれに反応して恵里は“気配感知”でその出所を無意識に探ってしまう。

 

「貴様らが……貴様らのせいでっ!」

 

「……空っ!」

 

「魔物だっ!」

 

 即座にその正体を捉えることは出来なかったものの、ほんの数秒でそれを恵里は感じ取れた。はるか上空だ。魔人族の罵倒が耳を通り抜ける中、恵里は横目でスッと上を見る。無数のつぶてのようなものと共に何羽もの鳥のようなものがこちら目がけて急降下しているのが見えた。殺意も魔力も感じ取った恵里は、光輝が声を上げるよりも先に杖を構える。

 

「“聖絶”っ!――見たこと無い魔物なんだけど!」

 

「オルクス大迷宮でもいなかった、よね……?」

 

 降ってきたつぶてこと十五センチほどの石の針は鈴の障壁が全て防いでくれて問題はなかった。しかし鈴と妙子の言う通り、恵里はこの魔物を見たことがない。二人のつぶやきに思わず恵里もうなずき、同時にある嫌な想像が彼女の脳裏に浮かぶ。

 

「ってことは……神域に魔物いたのかよっ!」

 

「知らないんだけどそんなのっ!!」

 

 そして想像した通りの内容を信治が叫んだせいで、恵里は軽くげんなりしてしまう。もしその通りなら最後の最後までエヒトの存在にわずらわされてしまうことになるからだ。それにイラついてしまった恵里は思わず大声を出してしまう。

 

「ひっ!? ゆ、床が……」

 

「大丈夫ですか! やられたのならすぐ治療します!」

 

(同情しちゃってさぁ。これだから鈴は。もう)

 

 その直後、魔人族の短い悲鳴が響く。大方鈴がバリアで彼らも守ったのだろうと察し、また彼女が気遣って声をかけたことに恵里は軽く呆れてしまう。さっきのアルヴの言葉を聞いて同情したんだろうと察し、心の中で軽く毒づき苦笑する。

 

「コカトリスの類、ってことだね」

 

“だろうな。ま、使える戦力は多いに超したことねぇし、捕まえてテイムしようぜ!”

 

「え、ちょ、幸利君!? もうっ」

 

 そして横にいたハジメがどういう魔物かと推測を口にすると、幸利がそれに同意しつつボーラを構えた。ハジメも困惑しつつも何枚もの円月輪を取り出し、先にそれを投げてからボーラを手に取る。

 

「ハイハイ。じゃあボクが色々やっとくよ。“幻景”っと。じゃ、とっととお縄につけっ!」

 

 慌てるハジメを見ながら恵里は苦笑すると、ギラギラした目つきを魔物へと向けた。そして溜まったイライラを吐き出しながらも率先して役割を買って出る。まずテイムした魔物を見た魔人族が警戒しないように恵里が仕込む。そして二人と同様に宝物庫からボーラを取り出し、円月輪の内側目がけて投げていった。

 

「俺もやっとく。戦力は多いに超したことは無いしな!」

 

「まぁ楽出来るならやっとくか。そらっ!」

 

 すると幸利や良樹達も口々に言いながらボーラを円月輪の内側へと投げつける。ハジメが投げたボーラがぶつかりそうになった直前、円月輪はカシュンと音を立てて三つに別れた。ワイヤーで形作られた円形のゲートへと変形し、別の変形した円月輪から入ったボーラが吐き出される。

 

「“崩軛” “引天” っと……よし、終わり。ハジメくん。はやく羅針盤回収してきて」

 

 そうして四方八方から飛び込んできたボーラによって魔物はあっさり捕まった。恵里は魔物の群れにかかる重力を調整し、ゆっくりと下ろしていく。ひと仕事を終えて軽く息を吐くと恵里はハジメに例のアーティファクトの捜索を頼んだ。

 

「……うん。皆、すぐ戻るから!」

 

 ハジメはそれにうなずいてはくれたものの、心底申し訳なさそうな顔をしながらこの場を後にしていく。そんな顔をした理由にすぐ思い至った恵里は軽くほほを引きつらせてしまう。そしてうなだれている魔人族達の方をチラッと見た。

 

「もう、おしまいだ……」

 

「しっかり! さっきのことがショックなのはわかります!」

 

「あの、ケガとかしてませんか」

 

「すぐ治しますから。遠慮無く言ってください」

 

 視線を向ければ既に光輝がひざをついてうなだれる魔人族一人ひとりに声をかけている。また鈴や香織もどこか迷った様子で近づくと、彼らにケガはないかなど声がけをしていた。そして三人を見てどうしようかと龍太郎達は迷っており、想像通りの光景に恵里はまたため息を漏らす。

 

「“縛魂”っと。はい次」

 

「“従生転化(じゅうせいてんげ)”っと。昇華魔法でやっとだな……」

 

「やれるんだから十分すごいでしょ。じゃ次行こっか」

 

 そんな彼らを横目に恵里は捕まえた魔物に“縛魂”をかけて従えていく。最初は隣にいた幸利のように変成魔法をかけて従わせるつもりであったものの、相性の問題か相手が強すぎるのか弾かれたのである。そこで恵里は十八番に頼っており、げんなりしながらボヤいた幸利をやや雑に持ち上げながら別の魔物に“縛魂”をかけていく。

 

「これで全部かな、っと。幸利君おつかれ」

 

「あぁ。恵里もな」

 

「ミハイル、カトレア。貴様ら、いつまで打ちひしがれているつもりだ」

 

 そうして幸利と協力して全ての魔物を従えたのを確認した後、とりあえずこれでいいかなと恵里は切り上げようとした。そんな時不意にフリードのたしなめる声が恵里の耳に届く。流し目で恵里はそちらに目を向けると、隻眼に隻腕、片足だけの魔人族の男女がその場でぺたんと座り込んでいるのが見えたのである。

 

「……放っておいてくれ。私達は見放されたんだ」

 

「ハッ。人間族と一緒に行動を共にしていたフリード将軍サマは全部知ってたんだろう……笑いたけりゃ笑ってくれよ」

 

 彼らが乾いた笑みを浮かべながら弱音を吐いており、恵里はいつぞやのへこんでいたメルドの様子を思い出す。とりあえず邪魔はしそうにないと考え、面倒のタネがひとつ減ったことに恵里はちょっとだけホッとする。

 

「私とてここまでは知らなかった……だがな、このまま絶望しているだけで満足なのか」

 

 その時、フリードは一瞬だけ苦い表情を浮かべてから怒りで顔をゆがめたのを恵里は目撃した。スッと目を細め、怒りで声を震わせながらもフリードは問いを投げかける。

 

「エヒトは創造主、そして諸悪の根源だ。私は奴を討ち滅ぼし、魔人族の平和を勝ち取るつもりでいる……貴様らはそこで腐っているだけか。神代魔法を手にするほどの心の強さはどこへ行った!」

 

 その直後にフリードは魔人族達を見渡し、更に怒りをにじませた声で説教を始めた。だが当の相手や周りにいた他の魔人族もどこかビクビクしていたり、表情からやるせなさがにじみ出ているのを恵里は感じていた。

 

(とりあえずコイツらに攻撃されることは無いだろうけど、どうしよっかなー……あっ)

 

「全くだな。俺の知っている魔人族はこんな状況でも絶望なんてしなかったぞ」

 

 心が完全に折れている。そう恵里は判断する。面倒でないのはともかくとして、魔人族を戦力にカウントすることは出来ないなと恵里は軽く思った。そしてコイツらは放置して、ハジメが戻ってきたらエヒトを殺しに行こう。そんなことを考えていると、こちらに近づいてくる気配を恵里は感じ、顔を向ければメルドがこちらへと歩いてきているのがわかった。

 

「……人間族の。あれを聞いて絶望もしないのか」

 

「知っていたし、もう人間と呼べるような体でもないからな」

 

 メルドがフリードの近くまで来ると、片足のない魔人族の男のがあきらめに満ちた言葉を投げかけてきた。メルドはどこか皮肉げに笑いながら答えるが、魔人族の男はもう何も言わない。そのやり取りを見て、魔人族の方はともかくメルドがフリード以外の魔人族への恨みを完全に無くしていたことを恵里はちょっとだけ意外に思ってしまう。

 

“皆の者、心して聞いて欲しい――トータス全土の空から魔物が降り注いだ”

 

 そうしてちょっとだけ感心していた恵里の頭にいきなり浩介の“念話”が届く。いきなりのことにギョッとしてしまうが、すぐに恵里は冷や汗をかきながらも受け入れた。ここで起きたことがトータス中で起きていると考えればそう不自然なことではなかったからだ。そこでどういった状況なのかと恵里は皆と一緒に浩介に尋ねていく。

 

“状況はどうなんだ、浩介”

 

“少数ではあるが町や村になだれ込んだ。其奴(そやつ)らは我の分身で対処している”

 

“神の使徒どもは?”

 

“大半は『エヒトに祈れば助かる』とだけ告げて空へと去った。残りは立ち直る間もなく餌食となっている”

 

“浩介君、それじゃあ冒険者達の士気は”

 

“……どいつもこいつもガタ落ちだよ。皆、マトモに戦えなくなってる”

 

 聞けば聞くほど状況が悪いことに恵里は渋い顔になってしまう。どこまで自分達を映した映像が流れてたかはわからないが、緊急事態なのに神の使徒が住民達を見捨てて逃げているのだ。かつての王宮のトップの奴らのうろたえる姿が脳裏に浮かび、支えを失った彼も同じなんだろうなと嫌でも想像出来てしまう。恵里は目をつむって長く息を吐いた。

 

(……どうすんのさコレぇ。やっぱ今すぐ殴り込みかけないとマズいよねぇ)

 

 自分達が毒餌となってエヒトを消滅させる案が浮かんでからは、トータス全土の戦える人間をかき集めて戦わせるのはサブプランへと回していた。だがエヒトやアルヴがいらんことでそれが完全にお陀仏となってしまった。そのことに恵里は軽い頭痛を覚えてしまう。

 

「……とりあえずさ、浩介君とアレーティア、それと檜山君は残ってもらって――」

 

「皆、ちょっと頼みたいことがあるんだけどいいかしらぁん?」

 

 ならいっそのことトータス全土を浩介に任せ、またアレーティアも体を奪われないようここに残す。そしてアレーティアの精神安定剤である大介を置いて皆でエヒトを殺しに行くべきではないか。恵里はげんなりしながらも浩介達にそう提案しようとする。その時、クリスタベルとやらの真剣な声がその場に響いた。

 

「頼みってなんだよクリスタベルさん」

 

「ひとまず()()は落ち着いたんでしょう? あ、あたし達はさっき香織ちゃんが放った“聖典”のおかげでもうピンピンよんっ♪……それでお願いなんだけどね。他の場所、いいえトータスはどうなってるかしら」

 

(やけにもったいぶった言い方して……まさか、気づいた!?)

 

 大介がいぶかしげに問い返せば、右手で胸元をぽんぽんと叩いたりやや高めのトーンでクリスタベルは返してくる。そして向こうは真摯な様子でトータスのことを尋ねてきたのである。なんでこんな言い方をしたのかと恵里は一瞬考えたものの、トータス全土に魔物が現れたことに気づいたのではと目を丸くする。

 

「っ!……各地で魔物が出たことに、気づいたんですか?」

 

「もう。先に言わないでちょうだいアレーティアちゃん。その通りなんだけどねぇん」

 

 するとアレーティアも若干声を震わせながらも恵里と同じ推測を口にする。アレーティアなら考えつくかと思いながら一瞥すれば、冷や汗を流しながらクリスタベルを凝視する彼女の姿を恵里は目撃する。その直後、クリスタベルはやや困ったような声色でたしなめるように返してきた。

 

「さっき皆が険しい顔をしてたし、もしかしたらここと同じ事が起きたんじゃないかって思ってね。なら戦えるあたし達の出番でもあるでしょう?」

 

「さっき店長や他の子と話をしてたのよ。あなた達はエヒトを討たないとでしょう?」

 

「だったら、あたし達が代わりにトータス中に現れた魔物を倒そうって決めちゃってね」

 

 どこか困ったように笑いながらクリスタベルが察した理由を語れば、檻にいた他の漢女(バケモノ)達もぞろぞろと現れる。自分達が魔人族をどうにかしていた間に動いていたらしく、まさかの提案に恵里は口が半開きになってしまう。

 

(……どうする? 下手な奴らよりはるかに強いし、ああいうクラスの魔物を()()()()()()なら全部任せたいところだけど)

 

 実際これは渡りに船と言っていいものだった。この怪物どもがトータスに現れた魔物を対処している内に自分達はエヒトを倒しに行くことが出来る。ある懸念を除いて、恵里も思わずうなずきたくなってしまった。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいんだけどよ……悪いが俺は反対だ」

 

「うん……私も反対。だって、誰かが死ぬかもしれないから」

 

 険しい顔つきでその提案に反対する龍太郎と少し悲しげな顔をしながら首を横に振った香織を見て、恵里も苦笑いするしかなかった。何度か手合わせをしたこともあるため、クリスタベルや他の漢女どもが弱いとは恵里も思ってない。だがさっき倒した魔物と同クラスの相手となると、全員で一気にかからなければ少なからず全滅するだろうと読んでいたからである。

 

「……やっぱり厳しいかしら?」

 

「頼れねぇとは言わねぇけどよ、魔人族の魔物相手に苦戦してたんじゃな」

 

 クリスタベルがばつが悪そうにつぶやけば、大介も目を泳がせながら遠回しに無理だと述べる。そうなった場合に次は皆がどう出るかが自然と頭の中に思い浮かび、恵里は軽く肩をすくめてしまう。

 

「……クリスタベルさん。トータスの全土には浩介の分身がいますし、彼と連携してください。そうすれば被害を抑えて――」

 

「お待ちください」

 

 いの一番に言い出すであろう光輝の方を恵里は見やる。すると彼もやや苦しげな顔つきで浩介と一緒に戦うことを彼は提案しようとしていた。実際恵里もそれが一番だろうと思っていたし、それなら色々と好都合だろうと考えている。だからこそいきなり割って入ってきたリリアーナに恵里は怪訝な目を向けてしまう。

 

「どうしたんだよリリィ。別に光輝の提案は悪くなかっただろ?」

 

「一刻も早くエヒトを討伐するなら、という点ではそうです信治さん……ですが、このままだとトータスが崩壊するかもしれません」

 

 申し訳なさそうな顔をしていたリリアーナに対し、信治も軽く首をかしげながら疑問をぶつけていた。するとリリアーナも光輝の案も悪くないと述べつつ、汚れたドレスのすそをギュッと掴みながら苦しげにつぶやく。

 

「あー。エヒトに見捨てられた奴らがやけになるから、ってこと?」

 

「……誠に心苦しいのですが。それと、今の遠藤様ではちょっと」

 

 トータスの崩壊、という言葉を聞いて恵里の脳裏にある予想が浮かんだ。かつてエヒトに見捨てられた王国の上層部の様子がトータス全土で起きるということだ。軽く苦笑しながらリリアーナに問いかければ、彼女はうつむきながらそう答える。その中で浩介の名前が挙がり、ふと恵里は彼の方を見やる。

 

「炎王の姫よ。この我に一体何が出来ぬと申す? 皆も信じられぬと言うのか」

 

「うん。今の浩介君だとなおさら言いくるめるの無理だろうし」

 

「やめろ傷付く」

 

 クルッとターンをし、前傾姿勢になりながら右手で額を押さえて左腕をピンと伸ばす。そうして流し目で自信ありありに答えた浩介に、恵里は軽く冷めた目つきでしれっと返した。涙声でつぶやいた浩介を無視し、どう動くか話し合おうと恵里は皆の方を見やる。

 

「ここでエヒト殺せたらぜってぇ楽だろ。でもクリスタベルさん達だけはな……」

 

「ここで見捨てたら父さんや母さん達に顔向けなんて出来ない。でも……」

 

「今戻った! クリスタベルさんとリリアーナさんの話は光輝君から聞いた、けど……」

 

 大介達の方も腕を組んでうなったり、目をせわしなく動かしたりつぶやいたりして悩んでいるのが見て取れる。今し方戻ったハジメもまた同様であり、エヒトへの憎悪とトータスの人達を助けたいという思いで葛藤しているのが嫌でも恵里にはわかってしまう。

 

「ただ倒しただけではおそらく立ち直ることは難しいでしょう。ですので――」

 

「じゃ、どうするの? 前に神の使徒に偽装したのと同じ事でもやってみる?」

 

 そこで恵里はリリアーナが何か言うより前に思いついた解決法を恵里は話してみた。一斉にハジメ達が目を見開いた辺り、良案であると受け止めてもらえたのは恵里もわかった。

 

「そうか! それなら……えっとリリィ?」

 

「……中村さんの言う通りですけど。それに加えてエヒトが偽の神だってアピールすることを伝えようと思ったんですけどー」

 

「中村お前……頼むからリリィの出番とらねぇでくれよぉ」

 

「えー」

 

 なおその直後にリリアーナが何ともいえない表情を浮かべ、不満げに自分よりもいいプランを明かしてきたせいで恵里も同じような顔つきになってしまう。その上信治を筆頭に他の皆からジト目や困惑のまなざしを送られてしまい、恵里は軽く眉をひそめた。

 

「コホン……エヒトのことは気になるけど、まずはトータスの人達を助けよう。いいか、皆」

 

「奴の言ってたことが本当なら三日は猶予があるだろうしな。クリスタベルさんやキャサリンさんに恩を返しに行かねぇと」

 

「そうでなくてもあのうろたえぶりと神域の魔物を出してきたことを考えるとね。それなりに時間はあると思う。やろう」

 

 微妙な空気がしばし漂う中、光輝がせき払いをしてから話を切り出してくる。すると真剣な表情の彼の言葉を聞いて龍太郎もニカッと笑い、ハジメも凜とした表情でそれに同意した。三人に続いて香織や雫、幼馴染み達もやろうやろうと次々と賛成してくる様を見て、恵里は軽くため息を吐いてしまう。

 

(ホーント、皆お人好しなんだから。ま、だからボクが助けられたんだけどさ)

 

「……天之河、頼みがある。俺もエリセンを守りに行かせてほしい」

 

 こういう時は勝手に一致団結してまとまるハジメ達の人となりに軽く呆れてしまったからだ。だがそんな彼らだからこそ自分を救い、認めてくれたことを思い、恵里はかすかに肩をすくめながらも自分もどう動くか考えようとする。そこで重吾が声をかけてきたことで恵里は一瞬頭を動かすのを止めてしまった。

 

「やっぱり、ミュウちゃんとレミアさんのためか」

 

 流し目で声のする方を見れば、かすかに微笑む光輝にばつの悪そうな顔をして目を背けている重吾、重吾の足下でひっつくミュウに二人の後ろで困った顔をしたレミアがいた。

 

「パパ……光輝お兄ちゃん」

 

「自分勝手なのはわかっています。ですがどうかお願いします」

 

「……笑いたければ笑ってくれ。だが、ミュウとレミアさんの故郷は俺の手で守りたい。たとえ少しだけであってもだ」

 

「笑うことなんて出来ないさ。むしろ俺がお願いしたかったぐらいだよ」

 

 ひどく心細げにミュウがつぶやき、罪悪感と必死さが混じった声でレミアと重吾が頭を下げて頼みこんでいる。その後どうなるか容易に想像がついた恵里はそのまま顔を背け、想像通りのセリフを吐いた光輝に思わず吹き出してしまう。

 

「恵里、もう……まぁ、光輝君ならああ言う以外ないと思うけど」

 

「でしょ?」

 

 軽い困り眉になったハジメからすぐにたしなめられるが恵里は特に意に介さない。その後ハジメが頭をかきながら光輝のことをつぶやくと恵里はにひひと笑いながら問い返す。そして恵里は両手でハジメの右手をとった。

 

「じゃ、助けよっか。トータスの人達もさ。たーっぷり恩を売ってね」

 

 愛しい人を見つめながら恵里は言葉を紡ぐ。親しい人達のしたいことを叶えるために。自分に存在意義を与えてくれた人の願いを実現するために。ただし彼らがナメられないよう相応の対価をもらうことを前提に。小悪魔チックな笑みを浮かべながら。

 

「……ほどほどにね?」

 

「はいはーい」

 

「恵里、それと幸利。いいか。確保した魔物についてだが」

 

 ため息を吐きながら確認してくるハジメに恵里はいつものように軽い調子で答える。すると今度はフリードから幸利共々声をかけられ、一体何の用やらと内心首をかしげながら後ろを振り向いた。

 

「ハジメくん、また後で」

 

「うん。恵里達の話し合いが終わったら声かけるね」

 

「ありがと――ところでさ、フリード。結構数がいるから魔物の指揮も面倒じゃない?」

 

 恵里はやや名残惜しそうにハジメを見つめ、彼もまた少し寂しそうに笑う。短いやり取りをしてから二人は互いに別の方を向き合った。そのまま恵里はフリードの持ちかけた話について思ったことを言葉にする。

 

「使い道だってウラノスの援護ぐらいにしか使えないと思うけど」

 

「今から変成魔法を使ったところで、そこまで強く出来ねぇぜ。どうするんだ?」

 

「簡単な話だ。ミハイル達に使わせ――」

 

「ふ~りぃ~どぉ~~!!」

 

「ぐほぁ!?」

 

 恵里と幸利は腕を組んだりあごに手を添えながら持論を述べていく。二人が話を終えるとフリードはやや口元をつり上げながらその使い道を答えようとし、いきなりアンファンに押し倒されてしまう。

 

「どこですかここ!? 私、王宮で戦ってたはずですよね!? アルヴとかいう男の言葉を聞いてから記憶が無いんです!」

 

「お、お前という女は……っ。せ、説明をするからどけっ!」

 

 思いっきり床に頭を強打し、フリードはたんこぶを作っていた。その下手人であるアンファンはパニックを起こしたまま彼に幾つも質問をぶつけ、両肩を掴んで揺さぶっている。肝心なところでカッコつかないよねコイツと思いつつ、恵里はアンファンが走ってきた方向へと目を向けた。

 

「ご、ごめんなさい! ずっと気絶か何かしたままだったし、起こした方がいいかと思って……」

 

「あ、別にいいよ。フリードが被害に遭うだけだし」

 

 視線の先には両手を合わせて心底申し訳なさそうに何度も頭を下げる真央達がいた。そういえば王国に残った奴らも最近魂魄魔法手に入れてたっけと思い返しつつ、恵里は手をひらひらと振りながら雑に返す。

 

「いいのかなぁ、それ……」

 

「フリードさんすいません! 話は後で! あとアンファンのことも!――皆、俺達はこれからトータス各地へ魔物討伐に向かう!」

 

 健太郎達がほほをヒクつかせたのを特に気にもせず、恵里は後ろから聞こえてきた光輝の号令に反応して振り向いた。とりあえず重吾の話は終わったんだろうと思いつつ、恵里は耳を傾ける。

 

「前に偽者の神の使徒として行ったことのある場所、組み合わせで向かうことになりました!」

 

「魔物討伐後に“鎮魂”をかけて沈静化。各地の冒険者ギルド長と一緒に上手く民衆を()()してください! 皆様が本物の神に仕える使徒であると伝えてください!」

 

「野村君達は無理なら王宮に戻っていいから! でもクゼリーさんやウラノスのことをお願い!」

 

 手をメガホンのようにしながらハジメは自分達がどう分担して動くかを説明してきた。また大きな声を出しながらリリアーナと香織も討伐後の動きや健太郎達への気遣いなどを口にしている。それらを聞き終えた後、恵里はハジメ達の顔を見渡した。

 

「「いってらっしゃい」」

 

「いってきます」

 

 恵里と鈴、それとハジメは互いに微笑みながらあいさつを口にする。周りの皆も似たようなことをやってるのを耳にしながら、恵里は自分のゲートキーを手に取った。

 

「じゃ、面倒ごと片付けに行こっか。鈴」

 

「うん。早く終わらせて恵里の世界に行かないとね」

 

 そして恵里は鈴と向かい合い、他愛の無い雑談をするように短く言葉を交わし合う。ゲートをくぐっていく二人の顔に浮かんでいたのは決意と覚悟に満ちた表情であった。

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