あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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ようやく完成いたしました!
では改めまして読者の皆様への惜しみない感謝を。

おかげさまでUAも267104、お気に入り件数も1050件、しおりも549件、感想数も854件(2026/7/26 21:20現在)となりました。誠にありがとうございます。一人でも多くの方が拙作に注目していただけることに感謝いたします。

それでは皆様、本編をどうぞ。


幕間七十七 この移ろいゆく世界の中で(後編)

 勇者に戻ると重吾が宣言した直後、玉座の間がにわかに騒がしくなる。その反応に重吾はさほど驚きはせず、ただ懸念となる五(・)人(・)の説得の方に意識を向けていた。

 

「い、いいのですか重吾さん。その肩書きを持ちだしても……」

 

 一人目はリリアーナだ。勇者となってからしばし交流を持っていたことから、後ろめたさや何やらですぐに止めに来るのは重吾もわかっていた。

 

「いいのですか永山君。こんな状況だからって、自分の身を削るようなことをしなくても――」

 

「えぇ。わかってます。俺が、やりたいんです。谷口」

 

 愛子もまた間髪入れずにひどく心配そうに見つめながら声をかけてきた。二人がすぐ声をかけてくるのをわかっていた重吾は両者の顔を見ながら首を横に振る。そしてこうしたかったのも自分の意志だと穏やかな声で伝えると、すぐに重吾は鈴に目配せをした。

 

「いいの?……わかったよ。“界穿”」

 

「みゅ? パパ?」

 

「あらあら。何かあったんですか」

 

 どこか迷っている様子の鈴をじっと見つめれば、彼女もすぐにうなずいて空間魔法を発動する。保護のために魔王城から王宮の自室へと連れてきたミュウとレミアは、ほんの数秒そこらで重吾の方に視線を向けてきた。

 

「……話があるんだ。二人とも、こっちに来てくれないか」

 

 不思議そうに見つめるミュウと、どこか心配げにせわしなくミュウと重吾に視線を行き来させるレミア。二人に今から何をするかを言って止められないかという心配が重吾の頭に浮かんでしまう。だが重吾は一度唇を真一文字に結ぶと、その不安を悟られないよう優しい声色でミュウ達に呼びかける。

 

「お話ってなに? パパ、つらそうなの」

 

「何か、辛いことをやろうとしてるんですよね?」

 

「……あぁ」

 

 声をかければすぐに二人はこちらへとやって来た。だがミュウは少し涙ぐみながら、レミアは苦しげに胸元を押さえて切なげな声で問いかけてくる。重吾は胸が締め付けられるような思いに駆られながらも二人に自分が何者であるか、何をしていたのかを明かす。

 

「パパぁ……」

 

「やっぱりそうだったんですね。でも」

 

「……エリセンもそこかしこに被害が出ていた」

 

 今にも泣きそうな声を出しながらミュウは重吾の足下にすがりつく。レミアもまたどこか納得したような、しかし悲しげな顔で声をかけてくる。だが重吾は微笑みながら首を横に振ると、ぽつりと先程のことを語り出す。

 

「多くの人達が肩を寄せ合って震えていた。神の使徒も失せて、どうすればいいと途方に暮れていた」

 

「あーそうだったわ」

 

「やっぱりそうか」

 

 魔物退治に向かったエリセンもまた、恵里達の報告と変わらない状況であったことを重吾は思い返していた。玉座の間をそのことを見渡しながら口に出せば、一緒に来ていた信治を筆頭にうなずくなり同意するなりしていた。

 

「……他もそうだというのはさっき聞いた。なら俺に懐いてくれた子供達、その家族もきっと不安に震えてると思う」

 

 だからこそ重吾はフューレンで保護した子供達のことが気にかかっていた。両親と一緒にこの先のことに不安を抱き、怯えているかもしれない。ならば自分を父親として慕うミュウと寄り添ってくれたレミア、そして二人が住む場所を守っただけでいいのかと思ってしまったのである。

 

 軽くうつむき、義憤で声をかすかに震わせながら重吾は胸の内を短く漏らした。

 

「重吾……」

 

「「「永山……」」」

 

「「永山くん……」」

 

 重吾がつぶやくとすぐに健太郎や相川昇達、綾子や真央がどこか悲痛な声で彼の名前を呼んだ。自分にはもったいないほどの友達がいてくれたと思った重吾はほのかにほほを緩ませるが、すぐに真剣な顔つきへと改める。

 

「……それに集めた兵士や冒険者の説得も上手くいってないんだろう? なら勇者である俺の存在が戦う理由になるかもしれない」

 

 信じていた神やその使いは何もしてくれない。ならば肩書きだけであっても自分が勇者だと名乗り出れば、彼らがすがる理由になるかもしれない。そう思ったことを重吾が明かせば、そこにいた多くの面々が感心や共感のこもった声で彼の名前を口にする。

 

「……使命感に目覚めた訳じゃ無い。けれど、ミュウや他の子供達の未来を守りたい。だから、お願いします」

 

「……パパ」

 

「あなた……」

 

 重吾はキッとした顔つきのまま、恵里達を見渡しながら己のエゴを明かして訴える。最後の頼み込む部分だけかすかに声を震わせながらも、重吾は腰を直角に曲げて頭を下げた。またしても玉座の間がざわつき、またミュウとレミアの切なげな声が響くも重吾は頭を上げることはなかった。

 

「ま、いいんじゃない」

 

 何秒頭を下げていたかはわからない。だがふと恵里が砕けた口調でOKを出してきたのだけは重吾はわかった。頭を上げたのとほぼ同時に玉座の間がざわめく様が重吾の目に入る。

 

「い、いいのですか中村さん!」

 

「使えるもんは使っといた方がいいでしょ。これで集めた戦力が使い物になるんだったら助かるしさぁ~」

 

 リリアーナがうろたえた様子で恵里に声をかけており、また彼女も口元をわずかに緩ませながらリリアーナに返事をしていた。一番説得が難しそうな恵里からゴーサインをもらったことにホッとしていると、不意に彼女から鋭い視線を向けられたことに重吾は気づいてハッとする。

 

「……あぁ。やってみせる」

 

「ふーん、そっか。じゃあ皆もいいでしょ?」

 

 言外の『やってくれるよな?』というメッセージであると理解し、すぐさま重吾はうなずいて断言する。すると恵里も軽く鼻を鳴らすとハジメ達の方を向き、彼らに同意を求めた。

 

「まぁ、永山君がいいなら……」

 

「……わかった。永山の意思を尊重するよ」

 

 するとハジメ達もやや困惑しながらもうなずき、また重吾の頼みに乗ると言ってくれた。そうして話し合いを始めた彼らを見つめ、重吾はどこか強い脱力感を覚えてしまう。

 

「良かったな重吾」

 

 この土壇場の状況で断られるはずがない。また戦力として使うという取り決めもあった。だが一度は殺そうとしていた相手の提案をここまですんなりと受け入れてくれるとは思わなかったからである。

 

「……あぁ」

 

 だからこそ健太郎が肩に手を置きながらかけた声に、重吾は少し言葉を詰まらせながら返事をするしか出来なかった。

 

「……わかりました。重吾さん、これから兵士の方々を説得するための草案をアレンジしてお渡しします。やっていただけますか」

 

「わかった。やってみせる」

 

 覚悟が決まった様子のリリアーナに声をかけられた時、ふとこの大役が務まるかという不安が重吾の頭に浮かぶ。だがそれでも通したいエゴのためにと重吾は己を奮い立たせ、力強くうなずいた。

 

「永山……いや重吾ならやれるって。だって俺達のリーダーだったんだからさ」

 

「ダメなら俺らも頼ってくれよ。絶対駆けつける。で、成功させてみせるから」

 

「……ありがとう。昇、淳史――ふぅ」

 

 昇や淳史達から激励の言葉をかけられる中、気づかれないよう重吾は軽く息を吐く。そして友人達に向けて手のひらをサッと向けて彼らが黙り込むのを待った。健太郎達から視線を向けられる中、重吾はミュウとレミアの元へと歩いて行く。

 

「パパ?」

 

「……ごめんな。パパ、勇者やめるって言ったのに嘘をついて」

 

 どこか誇らしげな表情をしているミュウと視線の高さが合うよう重吾はかがむ。そしてきょとんとしたミュウに重吾は申し訳なさそうな表情で、途中で顔を伏せながらも謝る。

 

「いや、そもそもパパは嘘つきだった……こんなパパで、ごめんな」

 

 助けたときに嘘を言って、辛いからと子供達に気遣わせてその役目を投げ捨てた。なのにまた嘘をついてしまう。自分の情けなさと優しさを裏切り続けたことへの後ろめたさに重吾は胸が苦しくなってしまう。だがそれでも自分を慕ってくれる子にはちゃんと伝えなければならないと再度頭を上げ、重吾はただじっと自分を見つめてくるミュウに目を背けずに謝った。

 

「ううん。だってパパがミュウをたすけてくれた勇者さまなのは変わらないもん」

 

 するとミュウはニコッと笑い、首を横に振りながらそう答えた。軽蔑もせず、文句も言わず、ただ心からの笑みを浮かべながらそんなことはないと否定してくれた。予想外の答えに重吾は目を見開いてしばし呆然としてしまう。

 

「えぇ。重吾さん、あなたが反逆者と呼ばれた人であっても私とミュウを、それにエリセンを救ってくれた人であることに変わりはありませんから」

 

「……ミュウ、レミア」

 

 そうしているとレミアもかがんでミュウの両肩にそっと手を置く。そして重吾の目を見て微笑みながらそう告げてきた。優しい声色でそう言ってくれたレミアに、重吾は思わず目を潤ませて二人の名前をつぶやく。

 

「でも」

 

 するとレミアが少し物憂げに一言だけ口にして、彼の横へと動く。

 

「でも。ミュウと私を置いて遠くへ行かないでくださいね。約束、ですよ」

 

 そして両手で重吾の手を包みながらレミアはどこか心細げにつぶやいた。わずかに潤んだ瞳とどこか不安げな表情を浮かべるレミアの姿に、重吾はさっき以上に胸が苦しくなってしまう。

 

(どうして、だ。どうして俺はこんなにも胸が苦しい。俺はただ、二人を悲しませたくないだけなのに……ぁ)

 

 理由のわからない辛さに戸惑う重吾だったが、不意にある女性の姿が一瞬だけ脳裏に浮かぶ。かつてお付きのメイドであったある女の姿がだ。

 

(さよならシーナ。俺の戦う理由はもう、お前じゃない)

 

 彼女へ向けていた思いに近かったものをレミアに感じていたと重吾は理解する。何もかもをなげうつ覚悟が沸くけれども、絶対に死ねない。そんな思いをだ。重吾はかつて恋した人に心の中で別れを告げ、空いていた左手でレミアの手を包み返す。

 

「……心配するな。絶対帰ってくる。二人を置いてなんていかない」

 

 そして穏やかな声で必ず戻ると告げる。一瞬の間を置いて笑顔をミュウとレミアは浮かべた。だがそれがどこかぎこちないことにすぐ気づき、二人の健気さに胸がいっぱいになる。なおのこと死ねない。悲しませたくないという思いがこみ上げ、やってみせるという強い使命感が己の中に根付いていくのを重吾は感じていた。

 

「重吾が頑張ってんだし俺達も、かな。だろ? 昇、淳史」

 

 そんな重吾の耳に仁村明人のどこかおどけた調子のつぶやきが入ってしまう。ハッとした重吾がすぐに振り向けば、健太郎達王国に残った面々がニヤつきながら見つめている様が彼の視界に入った。

 

「……趣味が悪いぞ」

 

 さっきまで自分が何をやっていたかを重吾は思い出し、途端に恥ずかしさがこみ上げてしまう。重吾は軽くほほを染めて少しだけ顔をそらし、どこかばつが悪そうにつぶやいた。

 

「悪い悪い……カッコいいお前を見て、張り切らなかったら親友じゃないさ」

 

「そうだね。健太郎くんを好きになってなかったらドキドキしてたかも」

 

「うんうん。あの頼もしい背中がまた見えたよ」

 

「……俺だって嫉妬ぐらいするんだぞ。綾子」

 

 すると健太郎はひとしきり笑った後、どこかやる気に満ちた顔つきでそう答える。すると彼の両脇で腕を絡ませていた綾子と真央が微笑みながらそう告げた。と、健太郎が綾子から顔を背けた様を見て重吾はクスリと笑いつつ、三人から向けられる信頼と好意にどこかくすぐったさを感じてしまう。

 

「私と真央の一番は健太郎くんだよ。ね?」

 

「……なら、いいけどさ」

 

「はは。相変わらずだよな健太郎達はさ。ま、俺達もいつまでも腐ってられないしな」

 

「だよなー。中村ににらまれたら怖いし」

 

 重要な局面なのに痴話ゲンカを始めた健太郎達を見て、思わず重吾は苦笑してしまう。横にいた相川昇も健太郎達を一瞥すると、やや軽い調子ながらも少しだけ鋭い目つきで述べた。昇が隣の玉山淳史に顔を向けると、淳史もまたおどけながらもやや真剣な顔つきで返す。

 

「……ありがとう。皆」

 

 かつて自分についてきてくれた皆が今度も力を貸してくれる。健太郎達が向けてくるまなざしから改めて察した重吾は、表情をキッとしたものに改めてから軽く頭を下げる。直後にクスッと笑う健太郎達を見て、重吾もまた微笑みながらグッと手を握った。

 

「永山が勇者をやるんだよな。だったら俺の鎧と聖剣を採寸してくれ! 見た目だけでも勇者らしい格好の方がいいはずだ!」

 

「それは不要です光輝さん。前に錬成師達にイミテーションを造ってもらいましたし、その設計図が工房に残っているはずです!」

 

「マジかリリィ! よっし先生、早いとこ羅針盤とクリスタルキーでパク……借りちまおうぜ!」

 

「いやイミテーションそのものを後で改造しちゃおう! 時間ももったいないし、一から作るより早いはず!」

 

「ハジメお兄ちゃん、ミュウもなにかお手伝いしたいの! パパといっしょに頑張りたいの!」

 

 そうして健太郎達と言葉を交わし合っていた重吾であったが、不意にハジメ達が熱く議論する声が彼の耳に入る。やれ自分が儀礼の場で使っていた偽物の鎧と剣を光輝やメルドのように戦えるよう改造するだの、ミュウが妙な申し出をしているのが重吾はやや気になってしまう。だがそれでも自分のためにアレコレ手を尽くそうとしてくれている。そんな彼らの姿が少しにじんだのがわかり、重吾は軽く目をこすった。

 

「勝とうぜ、重吾」

 

 その時、ふと肩に腕が置かれた感覚にハッとした重吾はチラッと右に顔を向ける。軽く背伸びをしながら肩を組んできた健太郎がニッと笑った。そして恵里達の方を見ながらそうつぶやいたのである。

 

「……あぁ」

 

 重吾もまた前にいた恵里達の方に顔を向け、穏やかな表情を浮かべながらもスッと目を細める。健太郎の言葉に重吾は決意を新たにし、小声でそう返したのであった……。

 

 

 

 

 

 ――三日、三日だ……神域で立て直した後、貴様らの拠点から破壊し尽くしてやる! トータス全てを赤く染め上げてやろう!

 

 日が沈み始めた王国の平原にアルヴヘイト、それに乗り移ったエヒトの声が木霊(こだま)する。音源である虚空に浮かぶパネルに映されているのは魔王城で起きた出来事の一(・)部(・)だ。

 

「……これらの言葉からわかる通り、エヒトの名を騙る存在はこのトータスをもてあそんでいた」

 

 この場に集められた無数の冒険者や貴族、兵士達は戸惑いどよめいている。そんな彼らを前に重吾は台本通りに抑揚をつけながらセリフを吐いていた。

 

 その重吾はこの場にいる皆が少しでも耳を傾けてくれるようイミテーションの聖剣と聖鎧を身につけている。また皆に聞こえるようにハジメが作ったマイクもどきを手にし、人目を引くよう高さ一メートルの即席の土の演説台の上でリリアーナと一緒に立ちながらだ。

 

「創世の神と近い名前を持ったこの悪しき存在に皆は騙されていたんだ」

 

 この場にいる誰も悪くない。あくまで神だと騙していた存在が悪いのだ。焦りで軽く爪がめり込むほどに手を強く握りながらも重吾は言葉を連ねる。しかしこの場にいた多くの冒険者達が悲観や途方に暮れた表情でうつむくか、または天を仰いだまま重吾の方を見てはいなかった。

 

(やはりショックが大きすぎるか……っ!)

 

 用意された原稿の三分の二を話し終えてもなお目の前の光景は変わらない。あまりに歯がゆくて重吾は一瞬だけ奥歯を噛みしめる。だが一人でも多く立ち直ってくれることを祈りながらも、重吾はやや早口で演説を進めていった。

 

「――勇者である俺と共に立ち上がってくれ! 皆で世界を救おう!」

 

 原稿に書かれた文言をほとんど言い終えた重吾はマイクもどきをリリアーナへと手渡す。そして鞘から偽物の聖剣を抜いて掲げ、最後の一文をやや力の入った大きな声で皆に訴えた。

 

「んなこと言われてもよ……」

 

「なぁ、戦っていいのか? そんなことやっても無駄なんじゃ……」

 

 そうして原稿を読み上げ、檄を飛ばしても多少場がざわつくか隣と顔を突き合わせている人間が少し増えた程度だった。これで大丈夫なのかとひどく不安になり、重吾は隣にいたリリアーナを横目で見てしまう。彼女は伏し目がちになっており、演説が失敗に終わってしまったことを彼は悟る。

 

(……やはり無理なのか。だが)

 

 どうにもならないという後ろ向きな考えが重吾の脳裏を一瞬よぎった。だがここで諦めたらレミアにミュウ、自分によくしてくれたエリセンの人達がどうなるのかとすぐに考えを振り払う。

 

「……リリィ、すまない。マイクを」

 

 こうなったら一か八かだと重吾は半ばヤケになりつつも覚悟を決め、まがい物の聖剣を鞘に戻した。そしてリリアーナの方を向くとマイクを渡すよう声をかけ、重吾は左手を差し出した。

 

「あ……はい」

 

 リリアーナはハッとすると、ややしどろもどろしながらもそっとマイクもどきを重吾の手に載せる。重吾も軽い笑みを浮かべながら小さくうなずき、マイクを口元まで持ってきた。

 

「……俺には守りたい人がいる」

 

 緊張で表情が少しこわばったのを感じつつ、重吾は軽く息を吐いてから平原一帯を見渡す。そうして語り出せばざわつきがほんの少しだけ収まった。

 

「……俺は元々この世界の人間じゃない。ここにいきなり来させられて、勇者をやらされただけの人間だ」

 

 地球にいた頃をひどく懐かしく思いつつ、これまでの日々を振り返りながらも重吾は少し乾いた声で経緯を簡単に語る。

 

「じゅ、重吾さんっ」

 

「……俺が得たのは結局汚名だけだ。俺が不甲斐ないのは皆知っていると思う」

 

 隣にいたリリアーナが焦りをにじませながら名前をつぶやくが、重吾は目をそらさずにただ前を見つめていた。向こうがやらかしていたのが先とはいえ勝手にクラスメイトを憎み、憎悪を募らせ、その結果反逆者の汚名を着せられた。そのことを思い返して一瞬目を伏せ、自分を軽くあざけりながらも重吾は自分のことを皆に伝えていく。

 

「けれど、俺はエリセンの人達に救われた」

 

「も、もしかして……ジュードさん、なのか?」

 

 貴族や兵士達がざわつき戸惑う中、キッとした目つきになった重吾はかつてエリセンの人達のおかげで自分が救われたことに触れる。人混みの一部が動いたような気がしながらも、重吾は平原を見渡しながら話を続けた。

 

「……こんな経緯だから素性を偽っていたがな。けどかつて俺が助けた子供とその母親、そして優しい人達のおかげで俺は生きてて良かった。そう思えたんだ」

 

 嘘をついていたことへの後ろめたさを重吾は今も感じている。けれどもエリセンの人達が暖かく迎えてくれたこと、その優しさに救われたというのもまた思い返していた。一瞬遠くを見つめながらも重吾はそのことについて語っていく。

 

「……それと他に助けた子供達にも救われた。だから俺はあの子達や彼らのために戦いたい。どう言われようとあの子達の生活を、幸せを守るために戦おうと決心した。だから今ここにいる」

 

 フューレンの裏組織に囚われていた子供達のことについても触れ、あの子達のためにも戦いたいと重吾は厳かな声で述べた。すると平原一帯がよりざわめき、ちらほらと自分を見つめてくる人が増えたことに重吾は気づく。

 

「皆には守りたいものがないだろうか。人でも物でもいい。立場とかそういうものでも構わない」

 

 もしかするとやれるかもしれない。うっすらと手応えを感じ、少し焦った重吾は必死さを軽くにじませながらも集まった冒険者達に訴える。頼むから共感してほしい。少しでも意欲を出して欲しいと思いながら重吾は問いかける。すると半数近くの人間が近場にいた相手と互いに顔を見合わせ、そして重吾を見やるようになった。

 

「それを守れるのはここに集まった皆だけだ……祈ることを求めるだけだった神様なんかじゃない!」

 

 風向きが変わったのを確信し、この場を逃してはいけないと重吾は必死な表情で訴えた。途中から声を張り上げてしまったことに気づき、失敗したかもしれないという不安が重吾の脳裏をよぎる。だがやるしかないと意気込んで更に言葉を続けようとした。その時だった。

 

「なぁアンタ、ジュードさんだろ!」

 

 エリセンに滞在していた頃に使っていた名前が出て、重吾の頭は真っ白になってしまう。おそるおそる声のする方に目を向ければ、二、三メートル離れた所にその人はいた。人波をかき分けてこちらへやってくる海人族の男に重吾は見覚えがあった。

 

「答えてくれよ! アンタは本当に永山重吾だってのか!」

 

 そして演説台の上へと海人族の男は上がる。そして重吾を見つめながらどこか悲痛な面持ちで叫んだのだ。エリセンの人達も来ているのは重吾もわかっていたし、彼らになじられることも覚悟はしていた。それでも重吾は罪悪感でひどく胸が苦しくなり、マイクを強く握りしめてしまう。

 

「……そうだ。反逆者の、永山重吾だ」

 

 けれども重吾はしばしギュッと目をつぶると、少し息を荒くしながら海人族の方を向いた。拒絶される事への恐怖で声を若干震わせながらも勇気を出してその通りだと返す。

 

(こんなことになるなんて……もう、どうすればいいんだ)

 

 この場が一瞬で静まりかえってしまい、その沈黙に重吾はひどく後悔してしまう。やっぱり自分に説得は無理だったのかと重吾は途方に暮れ、瞳をかすかに潤ませてしまう。

 

「……じゃあ、戦うよ」

 

 ――だからこそ無力感と絶望で少しずつ顔をうつむかせていた重吾は、その言葉をすぐに理解できなかったのである。

 

「……えっ?」

 

「アンタが誰であってもミュウちゃんとレミアさんを救ってくれたんだろ?」

 

「そう、だ……」

 

 信じられないとばかりに重吾は困惑を顔に貼り付けたまま顔を上げる。すると目の前にいた海人族の男は何度か目を泳がせた後、意を決した表情で彼を見つめ返してきた。その男からの問いかけにしどろもどろになりながらも重吾が答えれば、どこか気恥ずかしそうな顔つきを向こうは浮かべた。

 

「だったらよ、その恩ぐらい、返させてくれよ」

 

「……いい、のか?」

 

「あぁ。アンタの役に立てるなら!」

 

 ばつの悪い顔でつぶやく海人族の男に、重吾は軽く声を詰まらせながらも問い返す。男は柔らかい笑みを浮かべながら重吾の方へと近づき、彼の手を取って声を上げた。思いがけない言葉に重吾は思わずうれし涙を流しそうになってしまう。

 

「……先祖代々守り続けた領地、今更失う訳には」

 

「ここで逃げたら、もう冒険者としてやっていけねぇしな。やるか」

 

「おっ母と嫁を守るために来たんだろ俺は。なら反逆者に協力したって構わねぇじゃねぇか」

 

「エヒト様にすがっても救われなかったんだ。なら、何だってやってやる」

 

 うれし涙を堪える重吾であったが、またこの場がざわつきだしたことに気づく。軽く耳を澄ませれば、演説台の近くにいた冒険者や兵士のつぶやきが聞こえてきた。理由はそれぞれ、割とろくでもないものではあったものの、そのどれもがやる気をにじませたものであることに重吾はハッとする。

 

「アドルファスさんすいません――リリィ!」

 

「お、おう」

 

「はい!」

 

 重吾は海人族の男の名前を呼ぶと、視線を一度自分の手を取った彼の両手へと落とす。アドルファスがやや困惑しながら手を放したのを確認すると、重吾は目元をぬぐってからリリアーナの名前を呼んだ。返事を聞くと同時に互いにうなずき合い、重吾は前の方に体を向ける。

 

「俺と共に守りたいもののために戦ってくれ! 頼む!」

 

「お願いいたします! 誰かのためで無くても、あなたのためでも構いません!」

 

 平原に集まった戦士達を見渡し、重吾はリリアーナと共に大きな声で訴える。そしてダメ押しとばかりに頭を深々と下げれば、また静寂が訪れた。

 

『おー!!』

 

「……みんな」

 

 だがそれもほんのわずかな間であり、すぐに誰もが声を張り上げていた。恵里達相手に戦争を仕掛けた時に聞こえたものより声が大きく、また熱気にあふれるそれを聞きながら重吾は頭を上げる。誰もが武器や拳を上げて叫んでいたのが彼の目に入った。

 

「やるぞぉおぉぉ!!」

 

『うおおぉぉぉぉぉ!!』

 

 その熱気にあっという間に呑まれた重吾は即座に鞘から聖剣を抜き、それを掲げる。熱狂は更に爆発して平原一帯を震わせていく。今ここに、勇者達が生まれたのであった。




たとえメッキであろうが、その輝きが美しければ黄金にだって負けませんよ。ね?
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