では改めまして読者の皆様への惜しみない感謝を。
おかげさまでUAも272583、しおりも551件、感想数も867件(2026/11/7 20:09現在)となりました。誠にありがとうございます。最後まで書き進めていけるのも皆様が見て下さるおかげです。
それとAitoyukiさん、今回も拙作を再評価してくださり感謝いたします。また書き進める力をいただきました。
では今回の話を読むにあたっての注意点としてちょっと短く(約9000字)となっております。では上記に注意して本編をどうぞ。
「そんな、恵里が……」
静まりかえった王国の庭園に、この世界の鈴の驚愕と悔恨に満ちた声が響く。五歳の時に自分のせいで父が亡くなったこと、そのせいで母が虐待を始めたことを恵里が語ったからだ。
「……うん。やっぱり言えなくってさ。そんなこと」
「あたり、前だよっ……こんなことも、知らないで、私……」
恵里は心苦しく思いつつも鈴の方へ視線を向け、目を泳がせながらも言えなかったと懺悔する。だが鈴ははらはらと涙を流し、自分を責める言葉をつぶやいていた。そんな鈴の姿を見て恵里は一層胸が強く痛むのを感じていた。やっぱり明かすべきじゃなかったと思ってしまい、恵里は思わずうつむいてしまう。
「そう、なのね……それで、光輝を」
「やっぱり、やっぱり俺は間違えて……恵里を、恵里に言葉をかける資格なんか……」
「……クソッ。何もわかってなかったことぐらいわかってたけどよ」
そうしてテーブルの上に視線を落としていた恵里の耳に届いたのは八重樫らの声であった。迷いと同情の混じったつぶやきを八重樫は漏らした。天之河は絶望に満ちた声色でただ悔いている。坂上も自分に対して苛立っているのがわかるぼやきであった。だが三人の言葉を聞いても恵里は後悔で頭がいっぱいであり、反応出来ずにうつむいたままだ。
「なるほどのぅ……して、この世界の勇者を狙ったのもそれが理由かの」
そんな折、ふと同情のこもった声でティオが恵里に尋ねてきた。じっと視線が向けられているのを感じ、居心地の悪さを感じた恵里はふと頭を上げる。案の定、憐れみのこもったまなざしで恵里を見つめており、その後に起きたことを話すのが恵里もおっくうになってしまう。
「恵里、あのさ。やるべきじゃないのはわかってるけど、後は僕が」
「ううん。私から続きを言わせて。お願い」
「……わかった。ごめん」
ふと隣に座っていたハジメが罪悪感のこもった声で恵里に気遣いの言葉をかけてきた。だが恵里は首を横に振り、ハジメの目を見ながらこの後のことについても語りたいと返す。申し訳なさそうに謝るハジメに恵里は再度かぶりを振った。
「こほん。で、さ。これで話は終わりじゃなくってね」
この世界の鈴達を見回した後、話の続きがあると恵里は語る。途端に鈴達がざわつくも、それも一瞬のことだった。すぐに真剣な顔つきで見つめ返してきた鈴達に恵里はこの後自分に起きたことを話していく。
「だから恵里、家族の話、しなくって……」
「うん。こっちの世界のあの女のこととか、やっぱ思い出しても気分悪いしね」
傷跡を残さないよう巧妙に虐待され続けたこと、この世界の母親が柄の悪い男を連れ込んだこと、その男が子供である自分を下卑た目で見ていたこと。それらを伝えれば、この世界の鈴と八重樫は震えたり小さく悲鳴を上げていた。また天之河がさめざめと泣く様、坂上が憤怒の表情でテーブルの上を凝視しているのを恵里も見ていた。
「……一旦、休む? 恵里」
「ううん。大丈夫。鈴達がキツいのはあとちょっとだけだし」
ここで恋敵である鈴が心配そうに恵里に声をかけてくる。恵里はほんのり苦笑いしながらも鈴を見つめ返し、大丈夫だと伝えた。また前の方を向くと恵里はまた過去のことについて語っていく。
「ごめ……ごめんね。私、恵里が自分をボクって言ってたこと、痛いなんて言っちゃって」
体を這い回るような気持ち悪さに怯えながら息を殺すように過ごしたこと。柄の悪い男の言動がエスカレートし、自分が少女と見られないためにあがいた結果、一人称と髪型を変えたことも述べた。途端に鈴は更にしゃくり上げてしまい、両手で顔を覆いながら後悔を漏らす。
「“鎮魂”……いいよ、鈴」
それを見た恵里は即座に“鎮魂”を詠唱し、優しくこの世界の鈴に許しの言葉をかける。顔を上げた鈴はどこか怯えた様子で見つめ返してくるも、恵里は少し陰のある笑みを浮かべながら話しかけた。
「私だってさ、鈴がどうして今の性格になったかなんて知らないし。お互い様、でしょ?」
「……ごめん。ありがと」
お互い相手のことを知らなかったんだから仕方ない。そのことを伝えるとこの世界の鈴も同じく陰のある笑顔を浮かべる。しかし恵里の目を見ながらもちゃんと感謝を伝えてきた。そのことに恵里は少しだけ嬉しくなりつつも、自分の過去のことを話し続けた。
「……で、あいつに愛想が尽きちゃったってワケ。それで――」
「冗談じゃねぇぞ!!」
自分に手を出そうとしたろくでなしが警察に捕まったこと、それをきっかけにこの世界の幸が自分のほほを張ったこと、『あの人をたぶらかすなんて』と言い放ったことを述べた。悲痛な表情で自分を見てくる鈴達に少し嬉しさを感じつつ、冗談めかしながら恵里はその先について語ろうとした。だが坂上が叫びとテーブルの砕ける音によって中断される。
『ひっ!』
「中村は、中村は何も悪くねぇだろうが! おかしいだろ!」
「龍太郎、落ち着いてくれ! メイドさん達が怯えてる!」
そばに侍るメイド達が上げた短い悲鳴を塗りつぶすように坂上は声を上げた。そこまで深い関係じゃなかったはずなのに、自分のためにここまで怒ってくれている。恵里が坂上のことを少し見直していた時、光輝がやや焦った様子で彼に声をかけた。
「っ!……すまねぇ。デカい声出しちまった。それと、テーブルも」
(……お人好し、ここにもいたんだ。ま、ごめんね)
そういえばと思った恵里はチラッと坂上の方へと目を向ける。彼の座っている辺りはテーブルが砕けて真っ二つになっており、どれだけ怒り狂ったかも一目でわかった。天之河を利用したことに恵里はほんの少しだけ罪悪感を抱き、心の中でわびる。
「無理もあるまい。かような話を聞いて憤らぬ者などおるまいよ」
その時、この世界のティオが坂上にかけたなぐさめの言葉が恵里の耳に入った。ふと恵里がティオの方を見やると、かすかに眉をひそめているのがわかった。本心からそう言ってくれたことに恵里もほんの少しだけありがたみを覚える。
「うん。代わりに、怒ってくれてありがとう。坂上君」
「ま、ハジメくんもこう言ってるし。テーブル直してあげるからそれでチャラにしてよ。“絶象”」
恵里がわずかに口元を緩めていると、ハジメがちょっと嬉しそうに坂上に言葉をかけた。恵里もハジメがこうして礼を述べたのだからと思い、助け船を出す。杖を宝物庫から取り出して再生魔法を詠唱すれば、ほんの数秒でテーブルは元通りとなった。
「……すまん。助かった」
「はいはい。それで、話の続きなんだけどさ。何もかもイヤになった私はね、自殺しようと思って家の近くの橋まで行ったんだ」
テーブルが直ってすぐ、坂上は申し訳なさげに恵里に向かって頭を下げてくる。恵里も指を微笑みながらそれを受けると、指をくるくると回しながら続きを話していく。その際チラッと天之河を見れば、顔を青くしながらぶるぶると震えているのがわかった。
「……アレか」
「アレね……」
「うん。雫達は知ってるよね、アレのこと」
ふと光輝と雫がつぶやいたのを聞くと、恵里は笑みを浮かべながらハジメ達の顔を見回す。思い浮かべているのと同じだと伝えた恵里は、冷ややかな目を天之河に向ける。
「そ~こ~でぇ~、私は天之河君と運命的な出会いを果たしたってワケぇ~」
「……光輝、あんた何したのよ」
そして苛立ちと侮蔑をにじませながら恵里は天之河に言い放つ。一層震えを大きくする天之河を見てざまぁみろと思いながらも、恵里は作り笑いを浮かべた。そして目を細めて天之河を見ている八重樫の方へ恵里は顔を向ける。
「お、俺は、その……」
「ま、そこに関しては実際に見て貰った方が早いでしょ。ハジメくん、プロジェクター出してよ」
どうにか声を絞り出し、弁明しようとしていた天之河を制する形で恵里は口をはさむ。それから恵里はハジメの方を振り向き、彼に記憶を再生するアーティファクトを出すよう頼み込んだ。八重樫達からじっと見つめられているのに気づきながらも、恵里はハジメに向けて手を差し出す。
「えぇ……あれ、見せるの? 恵里には自分を傷つけるのも悪いこともしてほしくないんだけど」
「天之河君がまた都合のいい解釈してきたらイヤだしね。それに口で説明するより映像の方がわかりやすいでしょ」
ところがハジメは少し嫌そうな顔をし、恵里の頼みを拒んでくる。だが恵里もそれにめげない。軽くしかめっ面をしながらも映像を見せた方がいいと理由をつけ、恵里は再度ハジメに頼み込んだ。
「でも、さぁ……」
『恵里ぃ……』
「恵里ちゃん……」
するとハジメは腕を組んで思案する素振りを見せたものの、視線をさまよわせていた。押し切れると察した恵里がじっと見つめ続けると、今度は雫達が呆れた様子で恵里の名前を呼んでくる。だが恵里は文句あるかと言わんばかりに、別世界の親友達の顔を無言で見回した。そうしているとハジメがため息を吐いたため、すぐさま恵里は彼の方へ振り向く。
「……あてつけで使うのは今回だけだからね」
「ありがと、ハジメくん。大好きっ」
ハジメは渋々といった様子で、宝物庫からプロジェクター型のアーティファクトを取り出す。それを見た恵里は満面の笑みを浮かべて彼に感謝と愛を伝える。そして恵里はアーティファクトを受け取ると、それをテーブルの上へと置いた。
「本当にプロジェクターみたいね……」
「まぁ作る時にこっちの方がイメージしやすいかなって思ってね。じゃ、見せるよ」
八重樫らがどよめく中、恵里はプロジェクターに手を伸ばしてそれに触れる。それから魔力を流し、頭の中で流したい記憶を思い浮かべた。すぐにアーティファクトは虚空に映像を投影し、恵里が浮かべた通りのもの――自分の視界越しに橋の欄干に手をかけた様子が映る。
「「「っ、恵里……」」」
――君、何してるの?
ハジメと二人の鈴が自分の名前を口にしてくれたことにちょっと嬉しさを感じつつも、恵里は映像を流し続ける。映像の中の自分がどうにか欄干に乗り出し、そこから落ちようとするシーンが映った。何人もの人間の息を呑む声を聞きながら、恵里は心底冷めた目で映像の方を見ていた。
「これって……光輝。もしかして」
「あ、あぁ……日課のランニングの途中で、自殺しそうだった恵里に会って……」
「そうそう。ここで自殺しようとしてたのを止めてくれたのが天之河君なんだよねぇ~」
空間に声をかけた少年の映像が投射される中、八重樫がうかがうように天之河に声をかける。すると彼もひどく声を震わせながらも八重樫に答えた。恵里は目を細めたまま天之河へと視線を向け、淡々と語っていく。
「良かった。光輝、ちゃんと中村の奴を救い出したんだな」
「そうね。そこだけはよくやったと思うわ。でも……」
すぐさま幼い天之河が恵里を欄干から引き離したのが虚空のスクリーンに映った。彼が恵里を助けた様子に坂上が誇らしげにつぶやき、また八重樫もそのことについて評価する。ちょっとイラッとしながらも恵里は坂上も八重樫の方を見やった。すると二人とも何ともいえない顔つきのまま、言葉にならないつぶやきを口にしながら映像をじっと見ていた。
「えーと、さ……恵里、この頃って天之河君と全然親しくもなかった、よね?」
「うん。ちゃんと話をしたのは初めてじゃなかったかな」
二人の様子を見てちょっと溜飲が下がった恵里は、どこか困惑した様子で声をかけてきたこの世界の鈴の方に顔を向ける。空いた方の手で映像を指さしたりしながらも、鈴の問いかけに恵里はていねいに答えていく。
「……ねぇ、光輝。あんた恵里がなんでこんなことしてたかわかってた?」
「り、理解しようとはした。してたんだ、本当に!」
――もう一人じゃない。俺が恵里を守ってやる
八重樫が少しだけ低い声で問いかけ、またひどく慌てた様子で天之河がそれに答えたのが恵里の耳に入る。どうして八重樫がここまで不機嫌になるのやらと恵里が思っていると、あの忌まわしいセリフが庭園に響く。恵里が横目で天之河を見やれば、彼の顔色は土気色となっていた。
「……ま、私がちゃんと説明しなかったのもあるんだけどさ。そこの天之河君、どう曲解したんだか私に友達をあてがってくれただけで終わらせてくれてね」
恵里のほほに両手を当てながら天之河が王子様スマイルを向け、宣言する。そのシーンで恵里は映像を止める。そして一度鼻で笑った後、この世界の鈴達を見ながら恵里は天之河がこの後やったことを簡潔かつ恨みたっぷりに語っていく。
「お、おう……そ、そうか」
「……そうね。こいつ、そういうところがあるもの。でも言い訳させて。こいつにしては相当頑張った方よ。それは認めてあげて」
「……ごめん。本当に、本当にごめん」
坂上は思いっきり顔を引きつらせ、目を背けながら短く返した。八重樫は右手で額を押さえて天を仰ぎ、その後恵里と向き合いながら申し訳なさとあきらめの混じった声で彼を擁護してきた。天之河は両手で顔を覆い、うつむきながら何かつぶやいている。坂上らの答えを恵里は適当に聞き流すと、表情を改めてからこの世界の鈴の方へ顔を向ける。
「……そっか。それで光輝くんが欲しかったんだね」
「そーいうこと。ま、結局全部ダメになっちゃったんだけどね」
鈴はうつむいてひどく苦しげに胸を押さえていた。だが意を決した様子で顔を上げ、恵里と向き合う。鈴からかけられた言葉に恵里は軽く肩をすくめ、やれやれといった感じでそれに答える。それからハジメの方へと顔を向け、愛おしげに彼を見つめた。
「それで、良かったんだけどさ」
「……良かった。よかったよぉ」
ほんのりと苦笑するハジメとしばし目を合わせ、恵里は恋敵である鈴にも顔を向けた。彼女もハジメと同じような顔つきで静かに恵里を見つめてくる。それに満足した恵里はこの世界の鈴の方に向き直り、穏やかな口調で話しかけた。少し涙ぐんでつぶやく鈴を見て、彼女に会いに来てよかったとふと恵里は思う。
「もう同情なんていらないからねぇ~。“鎮魂”」
そして同情のこもった視線を向けてくる八重樫らの顔を見回すと、恵里は一度空気を変えようと“鎮魂”を詠唱した。これで場の空気が収まっただろうと推測し、恵里はせき払いをしてあえて注目を集める。
「こほん……ま、この先は鈴達も知ってるでしょ。だから私が自爆した後のことから話そっか」
そうして声をかけた後、恵里は再度プロジェクターを操作して別の映像を流していった。自爆した後でしばらく神域で過ごしているシーンから始まり、平行世界の過去にたどり着いて父の死を回避するべく頑張ったシーン、それが叶って幸せな気持ちのまま部屋へと戻って狂笑するシーンも映していく。
「で、これが夢じゃ無いってわかったのが大分後でねぇ~。おかげで色々と苦労したよ」
それから一年、夢だと思い込みながら日々を過ごすシーンをかいつまんで投射しながら恵里は語る。この時点で気づいていればもう少しハジメや鈴達の力になれたんだろうなと思いつつ、口元を緩めながら虚空のスクリーンをながめていた。
「本当に、大好きなんだね。お父さんとお母さんのこと」
「……うん。違う世界ってわかってもね、私にとってはお父さんとお母さんだよ」
そんな時、ふとこの世界の鈴が映像に目を向けながら優しい声色でつぶやいた。恵里も微笑みながらもそれに答え、鈴を一瞥してから映像をしばし見つめる。
「でもさ、私がお父さんとお母さんから娘を奪ったことは許されないことだと思う」
自分が小学校の入学式を終えてこの世界が夢じゃ無いと自覚し、ゴロゴロと転がるシーンで恵里は映像を止めた。そしてこの世界の鈴と向き合い、緊張で少し硬くなった声で考えていることを口にする。
『恵里っ』
「それでも、ちゃんと話したい。伝えなきゃいけないって思ってるよ。だって、家族だから」
途端にハジメ達からどこかとがめるような声で名前を呼ばれてしまう。だが恵里はゆっくりかぶりを振ると、恵里は真剣な表情で更に言葉を紡いでいく。テーブルの上に置いた手をかすかに震わせながらだ。
「――大丈夫」
「私達がいるから。ちゃんと味方だから」
「過保護だよ、もう……でも、ありがと」
するといつの間にか両脇に立っていたハジメ、恋のライバルの方の鈴に声をかけられ、恵里は二人に抱きしめられてしまう。恵里はクスッと笑った後、二人の目を見ながら言い返した。
「そっか」
だがその時、どこか嬉しそうな、寂しそうなこの世界の鈴の声が恵里の鼓膜を揺らす。ハッとした恵里が鈴の方を向けば、彼女は半笑いを浮かべて見つめ返していた。そんな鈴を見て、恵里はどこか気まずくなってしまい、思わず目をそらしてしまう。
「……その、話続けたいんだけど。いい? ハジメくん、鈴」
「……ごめん」
「わかったよ。無理、しないで」
どうにか気まずさを払おうとして恵里は話を続けようとする。そこで隣に立っていたハジメと恋敵の鈴に声をかければ、二人も少し心配そうな顔をしながらもその場から離れていった。二人が席に戻るのを確認してから恵里はせき払いをすると、改めてプロジェクターに手を触れて操作する。
「それで、小学校に入ってからは鈴とハジメくんを探してね」
映像を流しながらも恵里は苦しげな顔つきで解説をしていく。当初はハジメを利用しようとして近づいたこと、また探していた鈴と出会えたものの根暗であったことを知ってショックを受けたこと、それでも手を伸ばして友達になったことをだ。
「鈴がネクラだってわかった時点でさ、平行世界にいたってわかってたらね。鈴と一緒にいたいって思いで頭がいっぱいでさ」
「そ、そうだね……」
ひと区切り着いたと考えた恵里はそこで映像を止める。そしてこの世界の面々を見回しながらこうしていればよかったと後悔を漏らした。思ったことをただ口にした恵里であったが、ふとこの世界の鈴が口元をヒクつかせながら思いっきり目をそらしたことに気づく。恵里は思わず首をかしげ、一体何があったのかと気になってしまう。
「そ、そういえばさ、そっちの私は梅子さん……えっと、お手伝いさんに何か言われた?」
「え? いや確かにお手伝いさんは梅子さんだけど。お父さんとお母さんに正直に話そう、って言ってくれたよ」
「そ、そっかぁ……」
そんな時、この世界の鈴が若干声を震わせながら恋敵の鈴に質問をしてきた。なんでそんなことを尋ねるのやらと思いつつ、恵里は恋敵の鈴の方にすぐ目を向ける。恋敵の方の鈴は一瞬だけきょとんとしたものの、あっさりと答えを返した。
「いや、まさかとは思うけどさぁ……鈴もネクラだった時期でもあったの?」
「…………うん」
この世界の鈴の方に再度恵里が視線を向ければ、引きつった笑いを浮かべているのが見えた。まさかとは思いつつ、恵里は軽く冗談めかしながら同じようなこともあったのかと問いかける。途端に鈴が目をそらし、少しの間を置いてつぶやく。この場に静けさが訪れた。
『えぇー!?』
遅れること数秒、絶叫が庭園中で響き渡った。直後、恵里や恋敵の鈴だけでなく、八重樫らもひどく驚いた様子でこの世界の鈴を凝視していた。
「う、嘘でしょ……セクハラ親父の鈴が、元はあんなネクラだったわけぇ~」
恵里は両手で頭を抱え、テーブルにひじを突きながら力なくつぶやく。当人から本当はこうだったと言われても未だに恵里の頭の中では結びつかない。むしろ『実は双子でした』と突拍子も無いことを言われた方がよっぽど納得が出来るといった具合であった。
「いやただの冗談だってあの時言ったでしょ……その、梅子さんにね。取り敢えず笑っとけって。それで……」
「笑っとけって……」
この世界の鈴が軽くイラついた声で言い返した後、かなり気まずそうにそうなった理由を語ってくる。だがそれでも恵里はここまで鈴が明るい少女になるとは全然思えなかった。あちらの世界で一緒に過ごした鈴がこういう性格で無いから尚更だ。鈴を見ながらどうにか反応を返すのが恵里の限界であった。
「え、いや……あ、でも、やっちゃう、かも」
「「鈴ぅ!?」」
だが直後に恋敵の鈴が困惑と納得の入り交じった声でつぶやいたのを恵里は聞いてしまう。すぐに頭をガバッと上げた恵里はハジメと一緒に叫んでしまった。
「やっぱり、そっちの私もそう思うんだ……」
「うん……そうやってる内に寂しくなくなっちゃったとか、そんな感じだよね?」
「あはは……正解。それで、こうなっちゃってね」
この世界の鈴に声をかけられ、恋敵である鈴が苦笑いしながら推測を語る。するとこの世界の鈴は一層顔を引きつらせながらそれに答えた。想像だにしなかった事実を知り、途方に暮れた恵里はテーブルに突っ伏してしまう。
「いや、そうじゃったのかお主……」
「マジかよ……あ、いや、それで鈴を見損なうなんてねぇけど、よぉ」
ひどく驚いた様子のティオの声が、困惑がありありと浮かんでいる坂上の声が恵里の耳に届く。しかし恵里はショックが大きすぎたせいで彼らの声はわずかにも頭の中に残りなどしなかった。
「……でもさぁ、ハジメくんと恵里が手を伸ばしてくれなかったら私、セクハラ親父になってたんだよね」
テーブルに突っ伏したまま頭をかき、うなり声を上げる恵里。そうしていると恋敵の鈴のつぶやきが聞こえ、恵里は顔を上げる。案の定、かなりドン引きした様子でこの世界の鈴を見つめていた。
「えぇっ!? そ、そこまでショック受けないでよ! ただのじゃれ合いだもん!」
「あれが? えぇ……引くよぉ」
この世界の鈴の方に恵里が視線を向ければ、ひどくうろたえた様子で言い返している。流石の鈴も違う世界の自分自身に言い換えされるのは堪えたらしい。それから二人の鈴が言い合いを始める。
「恵里とハジメ君にはどれだけ感謝してもし足りないわ……鈴がああならなくて済んだもの」
「そ、そこまで言わなくても……でも、香織の性格が違ったら私も嫌ね」
また安堵をひどくにじませた声色で雫がつぶやき、また八重樫が困ったように言い返す。それがきっかけとなって各世界の違いなどについてめいめいが言い始める。庭園に静けさが戻るのはしばらく先のことであった……。