あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

22 / 208
皆様のお陰でUA5000オーバー、お気に入りも70件を超えました。まことにありがとうございます。

遅くなりましたが、評価をしていただいたお二方もありがとうございます。まだまだトータスに行く気配が見えないのに評価をくださるとは思わなんだで恐縮です……。


七話 訪れた夜明け

 いつだって夜は明けて朝は来る。既に朝食を済ませ、歯磨きを終えた恵里は寝ぐせのついた自分の髪の毛をとかしながら鈴の事を考える。

 

 自分の探し求めていた人物は過去の記憶にあったどの姿にも当てはまらず、会った当初は混乱するばかりでまともに言葉も交わせず拒絶されて絶望するばかりであった。

 

 だが今は違う。また拒絶されることへの怯えはあるものの、ハジメに元気づけられ、友達になるためどうするかについても話し合った。可能性は高くないかもしれない。けれどもう一度友達になりたいという思いは再び燃え上がっている。

 

(諦めて……諦めてたまるか。ボクはここで鈴と友達になるんだ。上っ面じゃない、利用しあう関係でもない。本当の、友達に!)

 

 今わの際で鈴と交わしたある会話を思い出す――もしあの時橋の上で出会ったのが鈴だったならどうだったのか、というもしもの話。友達だったかもしれない。親友になれたのかもしれない。どこかで引っかかっていたその思いを現実にするために。

 

 肩口まで伸ばした髪の毛をとかし終えると、洗面台に映った自分をキッと見つめ、よしと小さくつぶやいて小学校へ行く支度をしに行く。両親からの薦め、過去との決別のために伸ばした髪はふわりと揺れて舞った。

 

 鈴と出くわして数日が経った。鈴と会ったこと、前見た時とは様子が違うことを自分を慕う子達に伝え、改めて探してもらったことが功を奏した。昼休みに鈴らしき少女が屋上に続く階段でよく見かけるというタレコミがあったのである。

 

 流石に鈴のいるクラスに関しては伝手がなかったため、どこのクラスにいるのか、昼休みに本当にそこに行くのを見たという裏どりは得られなかったがそんなことは恵里にとってささいなことでしかなかった。こうして情報を得られたことが何よりもありがたいことだったから。

 

「ありがとう、みんな。それじゃあ、行ってくるね」

 

 そして訪れた昼休み。恵里はみんなに告げて鈴を探しに向かう。今度こそ鈴と友達になるために。

 

「いるといいね、恵里ちゃん!」

 

「がんばれー!」

 

「南雲君とられないようにねー」

 

 みんなからの声援を受けながらハジメのいる教室に向かえば、恵里の姿を見るや否やすぐに駆け寄ってきた。

 

「おまたせ、中村さん。それで、どこにいるかわかったの?」

 

「屋上に続く階段にいるかも、って聞いたよ。それじゃあ南雲くん、お願い」

 

 そうして二人は鈴を見つけるべくあまり歩きなれていない廊下を通り、階段を昇っていく。

 

 もしかしたらいないかもしれない。友達になれないかもしれない。そんな不安が恵里の心に巣食っていたが、隣にハジメがいる。最悪コイツがどうにかしてくれると考え、ひたすら進んでく。

 

 そして屋上まであと一階のところまで来たとき、二人は遂に鈴を見つける。屋上に続く踊り場の片隅で膝を抱えてじっとしている鈴のところへ、慎重に一歩ずつ迫っていく。するとそれに気づいたのか、恵里達の方へと視線を向けた。

 

「……この前のストーカーさん。そういえば友だちいたんだっけ。それで、鈴に何の用なの?」

 

 鈴にかけられた辛辣な言葉に恵里は思わず後ずさってしまうが、横にいたハジメがとっさに手を握ったせいか何故か持ち直せた。べたべた触るな、と内心悪態を吐きながらも恵里は今一度鈴に向き直った。

 

「なに? 鈴になかよしぶりのアピールでもしにきたの? やめてよそういうの。イライラするんだけど」

 

「違う」

 

 苛立ちを露にする鈴に強い口調で否定し、何回か目を泳がせてから恵里は頭を下げる。

 

「私は中村恵里。そしてこっちにいるのが南雲ハジメくん――どうか私達と友達になってくれませんか」

 

 その言葉に鈴は目を丸くした。何故かからんでくる奴を適当にあしらって帰ってもらうつもりだったのに、まさか友達になりたいと言ってきて頭を下げてくるとは思っていなかったのだ。ご丁寧に自己紹介も込みでやられたそれに一瞬言葉が詰まってしまう。

 

「……なんで? なかよくしたいならほかの子とかそこの子とだけしてればいいのに。いみわかんない」

 

 だがそれはほんの一瞬でしかなかった。何の接点もないはずなのにどうして自分と友達になろうというのか―― 一番身近で、大切な人すら自分をかまってくれないのに。その思いが申し出を拒んだ。

 

「君とも友達になりたいから……それじゃ駄目なの?」

 

「僕からもおねがい。中村さん、ずっときみを探してたから。だからおねがい」

 

 それでも、と頼み込んでくる二人を見て、鈴は心底うっとうしいとばかりに顔をしかめる。ずっと一緒にいるわけじゃないのに。お手伝いさん(梅子さん)だってあまり遅くならない内に帰るのに。ずっと寂しさを埋めてくれる訳じゃないのに。あまりに理不尽な子供の理屈ではあったが、鈴にとっては立派な理由であった。

 

「……そっちはそうでも鈴がする理由にはならないよね?」

 

 だから拒む。ただ拗ねているだけなのは鈴だってわかっている。けれども物心ついた頃からずっと感じていた寂しさが訴えるのだ――本当にいつも一緒にいてくれるの、と。

 

「で、でも――」

 

「しつこいよ! 鈴は――鈴は友だちなんかいらないんだってば!」

 

 ほんの少しの勇気を鈴は出せなかった。何度お手伝いさんにお願いしても両親が戻ってくる前に帰ってしまうことが多かったために。『今日は早く帰ってくる』と約束した両親に何度も裏切られたが故に。差し伸べられたその手を掴む勇気を鈴は出すことが出来なかったのだ。

 

「……なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? どうして!? 鈴は、鈴はそんな――」

 

 今にもくじけそうな心を奮い立たせながら手を差し伸べようとしてきた恵里であったが、繰り返される拒絶にまたしても言葉が詰まりそうになる。やっぱり無理なの? ボクと鈴は友達になれないの? そんな弱気な考えが浮かび、どうすればと悲観に暮れそうになる。

 

「どうして、ってなに!? 鈴のこと、わかった気にならないでよ! なんにも……なんにも知らないくせに!」

 

 やっぱり無理だったんだ。そう思ってあきらめようとしていたその時、鈴の言葉である記憶がよみがえった。

 

『ねぇ、教えてよ、恵里。鈴は恵里のことが知りたいんだ。今まで、親友って言いながら何一つ踏み込まなかった分、今、知りたい』

 

 それは神域で鈴からかけられた言葉。伸ばされた手。

 

『恵里の言う通り、鈴はヘラヘラ笑って馬鹿丸出しにして、広く浅い、だけど誰にも嫌われない――そんな生き方をしてきたよ。一人は嫌だったから。寂しいのには耐えられないから。いつだって人の輪の中にいたかったから』

 

 先の言葉よりも前に出た鈴の本音。今この場では似つかわしくないはずなのに何故か浮かんだ記憶。

 

「鈴は……鈴はひとりがいいの! ひとりじゃないとつらいから! だから、だからどっか行ってよ!」

 

 いつの間にか涙ぐんでいた鈴の顔を見て、自分の中のある記憶がフラッシュバックする。

 

 その時、カチリと何かがはまった気がした。

 

「……中村さん、今日はもうもどろう? ね?」

 

 なんだ、あまりに簡単じゃないか。心の中で独りつぶやくと、ずっと様子見に徹していたハジメが手を引くのを無視して恵里は一歩前に出て口角を上げた。

 

「ばっかじゃないの?」

 

「……え?」

 

「な、中村……さん?」

 

 いきなりの罵倒に鈴とハジメは思わず面食らってしまい、何も言えなくなった。そして一度息を深く吐くと、恵里は鈴を見据えて自分の思いを叩きつける。

 

「今の鈴は寂しくて拗ねてるようにしか見えないんだけど。そんなに寂しいんなら、辛いんだったら――ちゃんと言葉にしなきゃわかるわけないってのがわかんないの! ホント、ばっかじゃないの!」

 

 ぶつけられた言葉に鈴はわななき、ほんのわずかな間を置いてから怒りを露にした。

 

「ち……ちがう! 鈴は、鈴はそんなこと思ってない! べつにさみしくもつらくもなんか――」

 

「だったらどうしてそんなに必死になって言い返すのさ! 今の鈴は――昔のボクと変わらないようにしか見えないんだよ!」

 

「な、中村さん! 谷口さんもおちついて! け、ケンカは――」

 

 ヒートアップする二人をどうにかなだめようとした時、ハジメは見てしまった――動揺した鈴が涙を流している様を、恵里がとても苦しそうに向かい合っているのを。

 

「何もかも諦めてじっとしてる癖に、それなのに誰かに助けてもらいたくて仕方ないって顔してるじゃないか!」

 

 恵里には見えてしまっていた。今、目の前にいる少女はかつての自分とそう変わらないのだと。父を死なせ、母からの虐待に黙って耐えている頃の自分とあまりに似てしまっていると。

 

 だからこそ余計に苦しくて。辛くて。助けたくて。今ここで踏み込まなければ、かつての自分を今の自分が見捨ててしまうことになりそうだから。自分も涙をこぼしていることに気づかぬまま、恵里はひたすら思いの丈をぶつけ続ける。

 

「だったら言いなよ! 上っ面で取り繕ってないで! 何もしないで良くなる訳なんてないってのに、そんなこともわからないの!?」

 

「す、鈴は……すずは……」

 

「ボクにでも誰にでもいいから言いなよ! 聞くから! いくらだって聞く――」

 

「コラー! 何をやってるんだ!」

 

 泣く寸前の鈴に更に言葉を浴びせようとした時、階下から大人の男の声が響く。恵里と鈴が言い争いになっているのを目撃されてしまったらしく、高学年のクラスの担任が事態の収拾のためにここまで来てしまったのである。

 

 その声に我に返った恵里とハジメは大いに慌てるが、すぐにある事を思い出したハジメは鈴の手に一枚のメモを握らせた。

 

「コレ、よかったら! いつでも僕と中村さんがお話するから!」

 

 そう言うや否やハジメはすぐに階段を降り、先生に向かって頭を下げ倒した。何度も何度もごめんなさいと謝り続けるハジメに一瞬気圧されるも、先生はすぐに厳しい表情に戻ってハジメに問いただした。

 

「一体何があったんだ? 女子同士で言い争いになっていたと聞いたぞ」

 

「ご、ごめんなさい! えっと、その……ごめんなさい!」

 

 その言葉でどうして先生がこの場にいるのかを察したハジメであったが、どうすればいいのかわからずまたすぐに謝り倒す。そんなハジメに先生は思わずこけそうになるものの、謝ってばかりのハジメに一喝する。

 

「お前が謝ってどうするんだ!……そういえばお前は踊り場から降りてきたな。言い争いをしているのを見てたよな?」

 

「え、えっと、その……」

 

 正直に答えるべきか、それとも鈴という少女のために感情を露わにしていた恵里の話を先に聞いて欲しいと頼むべきか。どちらを選べばいいか迷っていると、恵里が降りてきて先生に向けて頭を下げた。

 

「ごめんなさい。私が南雲くんとケンカしてました。南雲くん、怒ると結構声が高くなるみたいで……そうだよね?」

 

「え、なんで? 素直に谷口さんとケンカしてたことを話したら――」

 

「あ、ちょ、ば、馬鹿っ! なんで本当のことを言う――ぐぇっ!?」

 

 鈴を巻き込むまいと恵里はこの場は嘘で切り抜けようとするも、キョトンとしたハジメがうっかり本当のことを漏らしてしまったため本気で慌てた。そして先生の無慈悲なげんこつが恵里の頭に落ちた。

 

「ほぉーう……大人相手に嘘で切り抜けようとは悪い子だなぁ。後で説教だ。わかったな?――それと、南雲って言ったな。その谷口って子はどこにいるか教えてくれないか?」

 

「あ、は、はい……こちら、です……」

 

 親の仇でも見るかのような目つきでにらんでくる恵里に背を向け、汗をダラダラ流しながらハジメは鈴のいる方を指さす。そして鈴も含めて三人は職員室で仲良く説教を受けることになった。

 

 なおげんこつは体罰、ということでこの先生は始末書と反省文を書かされた。

 

 

 

 

 

「……ただいま」

 

 授業の時間を削ってまで行われた説教を終え、どうにか解放された鈴はいつものように暗い表情で自宅の玄関の扉を開けた。

 

「お帰りなさいお嬢さま。それで、今日は何かありました?」

 

 お手伝いさんとして雇われた原田梅子もいつものように鈴を出迎える。鈴からランドセルを受け取ると、うつむいたまま歩き出した鈴にいつものように話しかけた。

 

「……うん」

 

 そこで普段とは違う反応に梅子は心の中で大いに驚く。別にと素っ気なく返すか、何の反応も示さないまま自分の部屋に戻るのが常であるというのに、だ。

 

「そうですか。それじゃ、あたしに話しちゃくれません? 愚痴でも何でも聞いてあげますから」

 

 間違いなく何かあったと察した梅子は、何とも言えない様子の鈴にいつもよりも慎重に話しかける。すると鈴はポケットからくしゃくしゃになった紙を取り出す。それには二人分の電話番号が書かれており、別れ際にハジメから手渡されたメモ用紙であった。

 

 ――もし友達になれなくても電話の話し相手にはなれるよね?

 

 恵里が鈴と会ったあの日、恵里の自宅でハジメが耳打ちした際に出た最初の言葉である。普通に話すのが難しいんだったら電話越しに話をするのはどうかと考え、恵里に伝えていた。そこで恵里と念のために自分の分の電話番号を書いた紙を鈴に手渡すことになり、こうしてその紙が今、鈴の手にあるのであった。

 

「ねぇ、梅子さん。ちょっと聞いてくれないかな」

 

「わかりました。じゃあまずは部屋にでも行きますか。お茶を用意してきますから、ちょっと待っててくださいね」

 

 鈴が短くつぶやくと梅子はそれにうなづき、お茶の用意をしに台所へと向かう。そしてティーポットとカップをのせたトレイを持ってきて部屋に入ると、先に戻っていた鈴は無言で梅子を迎える。梅子はお茶の用意を、時には鈴と一緒にお茶を飲みながら静かに耳を傾けるのであった。

 

「……なるほど、そういうことがあったんですね」

 

「うん……」

 

 ちょくちょく相づちを打ちつつ、言いづらそうな時は静かに待ちながら鈴の話に梅子は耳を傾けていた。そうして鈴の話を聞いて思ったのは自分達大人のふがいなさであった。

 

 鈴が人の機微に聡いのは梅子も知るところであった。彼女の両親もまた鈴がそういう子であるということは理解していた。いや、つもりであったと言うべきであろう。

 

 なまじ他人のことを察せてしまうからこそ、こうしてここまでためこんでしまったのだろう。家で拗ねた様子だったのは鈴なりの精一杯のアピールかもしれないんじゃないかと今は感じている。両親に迷惑はかけたくない。だけれどもかまってほしい。気づいてほしいと必死に訴えていたのだと。

 

「ねぇ梅子さん。でんわ、ってしてもだいじょうぶかな? 何回も友だちなんていらないて言っちゃったのに、ゆるしてくれるのかな」

 

 こうして機微に聡いからこそ一歩踏み込むことを恐れている。これも何度も声を上げてくれた鈴にちゃんと向き合わなかった大人の責任だろう。本当なら二つ返事で出来るものを尻込みさせるようにしてしまった自分達大人のせいだと。

 

「……あちらだってご飯やお風呂の時間はあるでしょうし、その時はダメでしょう。でも、わざわざこんな物を渡してんです。まず話を聞いてくれるでしょうよ」

 

「そう、かな」

 

 だからこそこんな風にしか答えられないことが梅子には歯がゆくて申し訳なかった。電話番号が書かれた紙を訝しげに見る鈴を見て、梅子は密かにため息を吐く。

 

(あたしらのせい、なんだろうなぁ……長いこと接してきたはずだってのに、結局お嬢さまの力には何一つなっていやしなかったなんてね)

 

 心の中で自嘲すると、梅子は鈴の手を取って真面目な顔をして向き合った。

 

「梅子、さん……?」

 

「お嬢さま、大事な話があります。ちょっと聞いてもらえませんかね?」

 

「なん、なの?」

 

「ぶつけてしまいましょう。旦那さまと奥さまに。自分はずっと寂しかったんだ、って」

 

 梅子がそう言えば、そわそわしていた鈴は目を丸くした。そうして自分が言った言葉の意味を飲み込めず頭に疑問符を浮かべる鈴を見ながら梅子は思う

 

(もしかするとクビになるかもしれないね……でも、これで少しはお嬢さまに奉公出来ただろうか)

 

 苦虫を噛み潰したような表情を少しだけほころばせながら、梅子は悩む鈴の頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

『……そっか。それじゃあがんばってね、谷口さん』

 

「うん。ありがとう南雲くん」

 

 鈴と話をした後、梅子は夕飯の準備をしに台所に向かっていった。『夕飯が出来上がるまでなら電話しててもこちらは問題ありませんよ』と伝えると、鈴はハジメの家に電話をかける。ストーカーだと言ったりした恵里に電話するのはいくらか気後れしたため、消去法で選んだのだが結果としてそれが功を奏した。

 

 電話をかけた当初は名前を告げるだけで他に何も言えずにいたが、ハジメは辛抱強く待ってくれたからだ。それが鈴にとっては救いとなり、踏み出す勇気を出すことが出来た。一言二言交わした後、ハジメからの応援にどこか心温まるものを感じながら鈴は受話器を置いた。

 

「お夕飯が出来ましたよー……その様子だと、決心はついたみたいですね」

 

 配膳を終え、電話が終わるのを待っていた梅子であったが、鈴の様子を見て少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。まだ迷いや怯えは見えるが、胸の内を明かしてくれた時よりはいい顔をしている。きっとどうにかなるだろうと考え、鈴と一緒に食事をとる。

 

「それじゃ、私はもう帰りますからね――後は、お嬢さま次第です。いざって時はあたしの名前を出しときゃいいですから」

 

 そうして後片付けを終え、梅子は谷口家を後にする。一人残った鈴は自分の部屋に戻ると、ベッドの上に腰かけて両親の帰りをただじっと待った。

 

 まだ迷いは強い。けれども見ず知らずの少年と家族以外で一番信頼している梅子が後押ししてくれた。もしかすると声もかけてもらえなくなるかもしれないという恐怖はある。それでももう我慢することは出来なかった。だから鈴は待つ。じっと待つのをこれで最後にするために。

 

「ただいま、鈴。こんな時間まで起きててどうしたんだい?……まさか、何かあったのかい!?」

 

「お、落ち着いてお父さん!――ねぇ鈴ちゃん、いつもなら寝てる時間なのにどうして?」

 

 夜の九時を過ぎ、ようやく両親が家に戻ってきた。いつもならば横になっている時間帯だったのにまだ鈴が起きていることに父の貴久はとても驚き、妻の春日(はるひ)もそんな夫をなだめながらも同じ疑問を口にした。

 

「……ねぇお父さん、お母さん。聞きたいことがあるんだけど、いい?」

 

「あぁ、いいぞ。何だって言ってくれ。鈴の頼みだったらなんだって聞いてあげるよ」

 

「もちろん。何だっていいからお母さん達に言ってくれないかな?」

 

 そう自信満々に告げる両親の姿に苛立ちを感じながらも鈴はある疑問を口にした。

 

「お父さんもお母さんもさ、鈴のことがすきだよね?」

 

「当たり前だろう! そうでなかったらこんな夜遅くまでお父さん達は頑張れないさ!」

 

「そうだね。鈴ちゃんを愛してるのは本当だから。それは信じてほしいな」

 

 鈴の問いかけに二人はやはり自信満々に答えるが、その期待通りであり、期待外れでもある答えに鈴は思わず歯噛みした。そんな鈴の様子に思わず両親は首をかしげるが、次に鈴が発した言葉で思わず硬直してしまう。

 

「じゃあ……だったら、どうして鈴はいつもひとりなの?」

 

「ひ、一人じゃないだろう!? う、梅子さんだっているんだし……が、学校でも鈴を気にかけてくれる子だってきっと――」

 

「いなかったよ。ヘンな子がいたけどその二人だけだったもん。そういうことじゃないもん」

 

 貴久の言葉を鈴はすぐに遮った。どうしてわかってくれないの、と気を落とす鈴の脳裏に二回も自分につきまとってきた少女の言葉が浮かび上がった。

 

『今の鈴は寂しくて拗ねてるようにしか見えないんだけど。そんなに寂しいんなら、辛いんだったら――ちゃんと言葉にしなきゃわかるわけないってのがわかんないの! ホント、ばっかじゃないの!』

 

 結局あの子の言った通りだった。梅子の言った通りであった。ちゃんと言わなきゃわからないのだ、と。それを理解した鈴の心は一層きしむ――もう辛いのは嫌だ。寂しいのは嫌だ。鈴の心はもう決壊寸前であった。

 

「ね、ねぇ鈴ちゃん? どうしたの? もしかして気に障った?」

 

「――もう、イヤなの」

 

「な、何が嫌なんだい? お、お父さんとお母さんにちゃんと言って――」

 

「ひとりぼっちはイヤなの! お父さんとお母さんがいないのがイヤなの! どうして、どうして鈴はいっしょにいられないの!?」

 

 激情を露にして叫ぶ鈴に貴久と春日は呆然としてしまった。こんな風に感情的になることなんてなかったし、自分達が見ていた鈴はいつも寂しさを我慢しているように見られた。だからこそお手伝いさん(梅子さん)を雇ったのだし、それで大丈夫だと思っていた。そのはず、だったのだ。

 

「ほいく園に入ったときの日も! 運どう会のときも! おわかれ会のときだっていなかったのに! どうしてうそをつくの!! すずは……すずはずっといっしょがよかった!」

 

 その叫びに二人は膝から崩れ落ちた。自分達は何をやっていたのか。こちらの都合にかまけて大切な一人娘をないがしろにしていただけではないのか。何も見ようとしていなかったんじゃないのか。それを自覚した途端、二人は底知れない罪悪感に襲われた。

 

「うめこさんだけじゃやだ……おとうさんとおかあさんもいなきゃやだ! いやなの! やなの! やだぁ!!」

 

 わんわんと泣きながら鈴は叫び続ける。一度口に出してしまった感情を幼い少女は止めることが出来ない。幾年と積もった寂しさがとめどなくあふれ出ていく。言葉が出なくなり、ただ泣きじゃくるだけの鈴を貴久と春日は強く抱きしめた。

 

「ごめんよ……ごめんよ鈴! お父さんが、お父さんが間違ってた!」

 

「ごめんね……梅子さんに任せてばかりで、鈴をひとりぼっちにして……ごめんね。本当にごめんね」

 

 鈴が抱えていた闇を、苛んでいたものを知った二人も泣いて謝るしか出来なかった。どう償えばいいのかわからぬまま、ただわび続けるしか出来なかった。

 

「ちゃんと鈴といられる時間を増やすからね! もう寂しい思いは絶対させないからね!!」

 

「ごめんね、鈴。鈴のことをちゃんとわかってあげない駄目なお母さんでごめんね……許してもらえないかもしれないけど、もう間違えないから! 鈴のことをちゃんと見るから!!」

 

 だがようやく娘の心を知り、二人はちゃんと向き合うことを決める――ようやく谷口鈴という少女にも夜明けは訪れたのである。

 

 

 

 

 

(あーもう駄目だ。全部ご破算だ。ぜんぶぜーんぶダメになった)

 

 鈴と大ゲンカした翌日。恵里は寝床で物凄く気落ちしていた。本人に非がないケースもあったとはいえ、トラブルを何度も起こしていたため、遂に親に連絡が行ったのである。

 

 そのため両親からも説教を受けることになった。それも頭ごなしに怒られるぐらいならまだマシであった。心配や悲しみが前面に出ていたのである。これには恵里もかなり堪えた。自慢の娘でいたいという願望も見るも無残に砕け散ったのも心に影を落としている。しかも『辛いことがあったらお父さんでもお母さんでもちゃんと言ってくれ』と正則に気遣われたせいでトドメを刺された。

 

(あの後南雲の奴とギクシャクするし、結局鈴からの連絡はなかったし……終わった)

 

 問題はこれだけではなかった。鈴と友達になるどころか話し相手にすらなれなかったのが死にたくなるレベルで辛かったが、ハジメのことに関しても相当頭の痛い問題であった。

 

(あの化け物が自分のお気に入り以外なんか気にするとは思えないけど、もし引きずってたら……ホント、どうしよう)

 

 もし仮にここで疎遠になってしまい、トータスに行った後でも影響するとしたらと考えるとシャレにならない。ハジメがあの化け物同然の力と思考を手にしても結局ギクシャクしたままなら何のためにパイプを繋いだのか。しかもそれが逆効果になってしまうのであったら。もはや敵対するよりマシにしかならないのではないか、と考えた恵里は髪をかきむしった。

 

(もうだめだ。どうにか出来る気がしない……もう方針転換しよっかな。お父さんだけ守る方向で)

 

 失意の最中、布団の中に引きこもっていた恵里であったが、そこにいきなり幸が現れた。

 

「恵里、起きなさい! 今日も学校でしょ! それと、谷口さんって子から電話が来てるわよ!」

 

「……え?」

 

 思いもよらない一言に恵里はポカンと間の抜けた顔になってしまった。そして時間をかけて幸の言葉を理解すると、ありがとうと短く幸に伝え、恵里は家の電話まで一気に走っていった。

 

「す、鈴!? 鈴なの!? ど、どうして急に――」

 

『うるさっ!? おちついてってば……』

 

 鈴の非難に恵里が小さくごめんと返すと、鈴は何度かうめき声を上げてからようやく話を始めた。

 

『えっと、それで、その……昨日はごめんなさい。もし友だちになっても学校でわかれた後がつらいから、その……ね。友だちなんていらないって言ったんだ。ごめん』

 

「……ううん、いいよ。私の方こそ怒鳴っちゃってごめんなさい。それで、さ……その、えっと」

 

 お互いに謝り合うとそこで話が切れてしまい、気まずい沈黙がしばらく続く。こうして電話をくれたことへの喜びや感動、昨日のやらかしによる罪悪感で恵里は言葉に詰まっていたが、鈴がその沈黙を破ってくれた。

 

『えーと、さ……中村さんが良かったら、その……鈴と、友だちになってくれる?』

 

 その言葉を聞いた瞬間、恵里の双眸から涙があふれた。待ち望んでいた言葉。心の底から欲していた関係。それを遂に手にすることが出来たのだ。嗚咽を漏らし、くずおれそうになりながらも恵里はそれに答える。

 

「うん……うん! ボクと、ボクと友達になって!」

 

 涙でにじんでいるのに、恵里の見る世界はいつもよりも輝いて見えていた。




なおこの後一人称がボクであることがバレ、幸から「女の子が自分のことをボクって言っちゃダメでしょ」とお説教され、遅刻しかかる模様(台無し)

あと鈴と龍太郎との恋愛フラグが消えました。ごめ龍
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。