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「食事会?」
「ああ。南雲君と、それと最近恵里と友達になった谷口さんのご両親に誘われてね」
鈴と友達になってから二ヶ月近くが過ぎた頃のこと。六月の半ばを過ぎた今日、しとしとと降る雨をBGMに家族と夕食後の団らんをしていた時のことであった。
「お父さんもハジメ君と鈴ちゃんのご両親がどういう人か気になってたし、いつも恵里をもてなしてくれている二人のご両親にお礼もしたかったところだからね。それで声をかけてくれたから参加したいと思っていたんだ」
一体どういう経緯でそんなことになったか気になったが、あの親だったらするだろうなと恵里も父の話を聞いて思った。
鈴の両親が親バカっぷりを発揮しているのは前の世界でも鈴が時折漏らしていたし、こちらでもたまにハジメと一緒に鈴の家にお邪魔した際に顔を出してくることがあった。ハジメに関しては鈴の父親は複雑な表情を浮かべているようだが、鈴の両親がこちらに感謝しているのは恵里もわかっている。だからこういった行動をとるのはそう不自然じゃないと思っていた。
南雲家に関しては言わずもがな。あの二人だったら何をやってもおかしくないと恵里は確信しているからだ。
恵里としても別にこの話を蹴るつもりは毛頭ない。鈴と一緒にいられる時間であるし、何よりやっておきたいことが出来るからだ。
(ボクとしては好都合だね。鈴との仲も深められるし、何より南雲のヤツと親しくしておきたいし)
既にハジメに好かれているにもかかわらず、恵里が更に親しくなろうとしているのには理由がある。兵器の融通以外にそうする必要が出来てしまったからだ――鈴とハジメがくっつくのを阻止するためである。
「それで恵里はどうするんだい? 恵里が嫌ならやめておくけれど」
「ううん、私も行きたい。嫌じゃないし、二人とも会いたいから」
そうか、と微笑む両親に恵里も愛想よく笑顔で返す。両親が今から連絡しようかと話をしているその横で、恵里は心の中で暗い炎を燃やしていた。
(あんな節操なしなんかに鈴の人生をめちゃくちゃにされてたまるか! どんな手を使ってもボクが鈴を守るんだ!)
ここまでハジメを目の敵にするのもここ最近のことが原因であった。鈴がハジメと必要以上に親しくしようとしているフリがあるんじゃないかと恵里が疑っているからである。
一緒に帰る際に手を繋ごうとするのはもちろんのこと、ハジメだけがお手洗いに行った時に鈴と二人で話をしている際にハジメのことが話題に上るとたまにはにかむような笑顔を見せる時があるのだ。ちなみに恵里自身のことが話題になった際にその笑顔を見せたことは今のところ一度もない。
果ては自分がお手洗いから戻った後、鈴がハジメと話をしている際にまぶしい笑顔を見せていたのだ。その時は軽く殺意が芽生えた。矛先はもちろんハジメである。
(どこで拾ったかわからない幼女や他にも女を侍らせてたくせに、香織までそれに加えて……今度は鈴か! 鈴もか! 冗談じゃない! 鈴をお前のモノなんかにさせてたまるか!!)
怒り狂っている理由はもちろん過去の記憶である。今となってはかなりあやふやになってしまったものの、化け物とさげすんでる未来のハジメの側に何人も女がいたということを恵里は覚えていたのだ。流石にちゃんと記憶していたのはイメチェンしたっぽい香織ぐらいで、後はエヒトがやたらとご執心だった金髪の幼女と他に女が何人かいた気がするといった具合だったが。
とはいえ、あれだけ女を連れていたのだから何人か手を出していたんじゃないかと恵里は決めてかかっていた。特にエヒトに乗っ取られた後も声をかけていたあの幼女――ノーガードでエヒトにしてやられたのを見た時だけは心底笑えた――とか、助けた香織とかは確実だと今でも考えている。
だからこそ鈴が将来あれの毒牙にかかるのではないかと危惧しているのだ。女を食い散らかすような奴なんかが鈴を幸せに出来る訳がない、と決めつけて。
故にどんな方法を使ってでもハジメが鈴に惚れることを防ごうと恵里は考えていたのである。そこでハジメの意識を鈴からそらす手っ取り早い方法が自分が親しくなることであったのだ。
(絶対に手なんか出させないからな! 最悪ボクが代わりに……は流石に嫌だし、それ以外の方法でどうにかしよう。うん)
今のハジメに対して思うところがないわけではない。ハジメと一緒にいる時間は慣れてしまえば悪くはないと感じていたし、鈴から拒絶された時、声をかけられて心強かったのは事実である。何より彼がいなければこの世界の鈴と友達になることは無理だっただろう。寄生先としてもあの両親などを考慮しなければ依然として魅力的であるとは思っている。
しかしそれはそれ、これはこれである。それ以上の感情を恵里はハジメに対して抱いてはいなかった。
「――わかりました。では楽しみにしていますね。失礼します」
どうやら父の方もあちらとの話が付いたらしい。電源ボタンを押して通話を切ると、携帯電話を折りたたんでリビングの方へと戻ってきた。
「日程が決まったよ。恵里、お母さん。再来週の土曜の夜だから、その日は空けといてくれないか」
「わかったわお父さん。それじゃあ恵里、その日はお外でご飯にしましょ」
もう少し先の話かと思っていたが、どうやらそうでもなかったらしい。南雲家と谷口家の両親の熱意が余程高いのか、それともその日しか空いている日がなかっただけなのか。あるいは両方か。とはいえ別に不都合でも何でもなかったため、恵里も笑顔でうんと返事をするのであった。
食事会について話し合いがあった日から一週間余り。七月も間近となったせいかいくらか蒸し暑さが増したその日の夕方、三組の親子が洋食店『ウィステリア』の玄関をくぐっていった。
「谷口様御一行ですね。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
出迎えてくれたエプロンを着けた女性に会釈された一同は、自然な笑みを浮かべている店員の後をついていった。オレンジの照明で照らされた店の内装はシックで落ち着いた空気に満たされており、薄暗くなってきた外の景色と相まって大人な雰囲気を漂わせていた。
「ここが谷口さんがひいきにしている店かー。なかなかオシャレじゃないですか」
店員に案内されて歩く中、感嘆の声を漏らしたのは南雲愁であった。彼に続いて菫、中村家一家も思わずうなる。
「ええ。雰囲気も、ここで出てくるコーヒーも良いんですよ。それに仕事帰りでよく妻と……ご、ごめんね鈴! こ、今度仕事が遅くなるなら一緒にここで食べよう? ね?」
それで少し機嫌を良くした貴久は自分達のエピソードを語ろうとすると、自分達の娘からじっとりとした視線を感じて即座に平謝り。その様子に苦笑いする春日を見て谷口家がどういう家なのかを両家の夫妻は察した。そして同時に自分たちの子がやったことの大きさにも気づき、谷口家の二人には悪いと思いながらも内心誇らしくなった。
「お、お見苦しいところを……すいません。せっかくの席なのに」
「いえ、私達は気にしてませんから」
頭を下げてくる春日に苦笑しつつも正則は首を横に振る。それに続いて幸、愁と菫も気にしなくていいと言葉をかけた。そうしている内に案内していた女性が足を止め、振り返る。どうやら席に着いたらしい。
「着きましたよ。こちらの席へどうぞ」
店の奥の席へと案内されると大人達は奥、子供たちが通路側に座る。そうして全員が座ったのを確認すると店員の女性からメニューを何冊か手渡され、本日のおすすめのメニューやボトルの説明を受けた。そこで一同は先にドリンクを頼むことにし、それを店員に伝えた。
「――ご注文は以上ですね? では失礼いたします」
最後まで笑みを崩さないままその場を後にした女性に大人達と恵里が感心しつつも、すぐに渡されたメニューに目を通し、何を頼むかを思案することに。
(結構色々あるな……こういう所あまり来ないし、たまに行くファミレスみたいに“適当に無難なもの”でも頼めばいいか)
自分の席でハジメや鈴と一緒にメニューをながめながら恵里は考える。いくつか適当にピックアップし、雰囲気や自身が子供に見られるかどうかを考えながら決めていく。
――中村恵里はその実、食というものにあまり興味を抱かなくなった少女である。
この世界に来る前、特に父が死ぬ前までは他の子供と同様に食事は幸せな時間であった。出されたおかずにも一喜一憂し、外食をしたときは好きなものを頼みたくて駄々をこねていいたこともあったとおぼろげながら記憶している。しかし幸せだったのはそこまでであった。
父の死とそれに伴う母の豹変。そのせいで出される食事も優しい母の手作りの料理から残飯やコンビニ弁当に変わり、家で食事が出されないことすらそう珍しくはなくなった。光輝に救われ、彼を追い求めるようになってからは毎食食べるようにはなったものの、自炊の術を持たず、また食事をただ腹を満たすためだけの行為と既に考えるようになっていた恵里は適当なコンビニかファストフードで買ったものを口にしたぐらいである。
自分が光輝にとって“大切な”存在でなく“その他大勢”と認識してからはそれに拍車がかかり、食事に幻想を抱くことは完全になくなったのである。
こうして父が生きて共に過ごしている今もその認識はあまり変わっていない。食事に“大切な人と一緒にいられる時間”という価値を見出したぐらいで、食事そのものに何の感慨も抱いていないのは変わらない。苦手な味のものであっても腹を満たせるのならば何でも構わないというスタンスは今でも変わらないのである。
だから今日もたまの外食と同様、“子供が選びそうなもの”を恵里は注文したのだが、それを見た各人の反応は様々であった。
「へぇ、恵里ちゃんもこういうのが好きなんだね。ウチの鈴もお母さんにたまにせがんでくるけど――って痛い痛い!」
公衆の面前で自分の好きなものをバラされ、軽くおかんむりになった鈴に蹴られた貴久を筆頭に、恵里の両親を除く大人達は微笑ましいものを見る目で恵里を見つめていた。
「えぇ。あまり機会はないんですけれど、外食に行くといつも
「そうですね。たまに家で出すときもあるんですけど、照れ隠しなのか『無理に作らなくていい』って言っちゃって」
異様に大人びた様子を間近で見ている恵里の両親にとって、恵里がこれを食べている様子は数少ない年相応の振る舞いをしている安心できる姿の一つであった。今ではそこまで気にしなくなったとはいえ、子供らしさを感じられるこの注文を聞くごとに二人は安心している。ああ、自分たちの子は変じゃないんだと
「恵里ちゃんそういうの食べるんだ……」
「パスタとかもっと大人っぽいものを食べると思ったんだけどね」
ハジメと鈴も普段の様子から信じられないようなものを見る目つきで恵里を見ている。
「……何? ボ……私だって、こういうの食べるけど」
恵里の目の前に置かれていたのはオムライスである。黄のキャンパスにトマトの赤で猫がかわいく描かれた“子供が選びそうなもの”であった。
自分だって普通の子供です、とちょっと不機嫌な様子を装っている恵里であったが、こうも注目されると顔から火が出るほど恥ずかしくて仕方なかった。
ちなみにハジメが頼んだのはナポリタン、鈴が頼んだのはチーズドリアである。
そうして恵里のオムライスが届いたのを機に、この店のおすすめの紹介から始まった大人達のトークの内容が各家の子供達の幼い頃の微笑ましいエピソードに切り替わって三人を悶えさせたり、無言のまま鈴とハジメが顔を赤くして自分の親をにらむなどのひと悶着を経て全員分の注文が揃った。
「それでは、この場に集まった皆様との出会いを祝福して――乾杯!」
乾杯、と各々グラスを打ち付け、唇を湿らせる。こうして和やかな雰囲気で会食が始まった。
(あーもう全く、頼まなきゃ良かった……もう食べよう。とっとと全部食べて別のものを頼もう)
外食でよく頼むメニューやよく飲むコーヒーはどこの豆がいいかとかを大人達が話し合い、ハジメと鈴がこちらをまじまじと見つめてくる中、未だ恥ずかしさで顔を赤くしていた恵里は下品にならない程度に早くオムライスを口に運ぶ。
店で出されるだけあって不味いわけではなかったが、その味を楽しめるほど恵里の心に余裕はない。何とも言えない心地で二割ほどを食べ終えた頃、右腕をツンツンとつつかれるのに気づいた恵里は溜息を我慢しながら振り向く。すると自分の腕をつついていた鈴がちょっと物欲しそうな様子で恵里の方を見ていた。
「ね、ねえ恵里……そのオムライス、ちょっとでいいから食べてみたいんだけど」
「いや、注文したらいいでしょ。食べれない分は残してさ」
「別に、そこまでして食べたいわけじゃないし……す、鈴のドリア、ちょっとあげるから」
どうも恵里が食べている様子を見て自分も食べてみたくなったらしく、小声で鈴がお願いしてきた。しかし恵里からすればそこまで食べたいのだろうかとは思っていた。美味いことは間違いないのだが、別にとびぬけて美味い訳じゃないと恵里は思っている。もしかして自分の舌が変なのだろうかと思いつつ、恵里は鈴に問いかけた。
「そこまでして、食べたい?」
鈴はそれに小さくうなづき、まぁいいかと思いながら恵里は自分の皿を指さした。
「じゃあ、はい。好きに食べていいよ」
「ありがとう恵里!」
そうして鈴は自分のスプーンでオムライスの一部をすくい、それを口に含む。その瞬間ほわんとした表情を浮かべ、卵とケチャップ、チキンライスの三重奏をじっくりと堪能する。
「……美味しい?」
「うん!――あ、恵里。それじゃあ約束。鈴のドリアあげるね」
そこで鈴は自分のドリアをすくい、恵里の顔の前へとスプーンを出した――いわゆる“あーん”というヤツである。それを見た恵里はビシリと固まった。
「あ、あのー、鈴? えっと、その……恥ずかしいんだけど?」
「? でもいちいち手をのばすのってめんどうでしょ? こっちの方が早いし」
そうだけどそうじゃない。こっ恥ずかしいからやめてくれと頼もうとした恵里は周囲の視線を感じて止まる。まさかと思って振り向けば大人達が温かい目でその状況をながめていた。
「え、えっとね、鈴。み、みんな見てるよ……?」
だから止めてと言葉を続けようとしたものの、割り込むように谷口夫妻が二人に声をかけてきた。
「いや、構わないよ。ここは店の奥だし、目くじらを立てる人はきっといないさ」
「気にしなくていいからね恵里ちゃん。私も、その……昔は貴久さんとよくやってたし」
そういう援護はいらないと恵里は内心荒れた。しかも谷口夫妻は鈴の後押しをするばかりかほんのり甘い雰囲気を作りだしたため、それが余計に恵里を苛立たせる。
自分の両親なら止めてくれるかと思って視線を向けてみるが、母はともかく父は止める気配がゼロであった。
「あらまぁ女の子同士で……その、正則さん。止めた方がいいかしら?」
「いや、友達同士なんだしいいんじゃないか。あまり気にしなくてもいいと思うよ」
父の言葉で迷っていた母も引き下がるどころか、いきなり自分の料理を父にあーんさせようとしてきた。しかも父も仕方ないなぁとあまり抵抗なく出されたものを食べたり、母にやり返したりし始めた。頼れる唯一の味方が消えた。
(お父さんまで……こ、こうなったらもう誰でもいい! な、南雲! そうだ! 南雲だったら――)
「あ、あの、恵里ちゃん! ぼ、ぼぼ、僕も……僕のもよかったら!」
まさかと思っておそるおそる視線を向ければ、ナポリタンが巻き付いたフォークをハジメが差し出していた。軽くうつむきながら顔を赤くしてやっているハジメを見て恵里は絶望する。
(なんで!? いや、ここは普通お前がかばうところだろ!!……いや、これはやっぱり親どもが――)
まさかと思って南雲夫妻の方を見てみたら、もの凄いイイ笑顔で恵里とハジメが収まるように携帯電話のカメラを向けている。四面楚歌であった。
(お、お前らあぁあぁぁぁああぁぁあぁぁあぁぁああ!! そんなに……そんなにボクを辱めたいのかぁああぁあぁぁあ!)
まなじりに涙を溜めながら恵里は体をぷるぷると震わせる。しかし鈴とハジメは催促するばかりで止める人間が誰もいない。せいぜい谷口夫妻がちょっと怪しみだしたぐらいだった。
「……恵里、食べてくれないの?」
「い、イヤだったよね……ごめんね」
「い、いや、二人とも待って……ああもう!!」
そうして迷っていると鈴とハジメは悲しそうな顔をして各々のスプーンとフォークを下げようとしたため、恵里は急いで待ったをかけ、ドリアとナポリタンに勢い良くかぶりつく――その瞬間二人の声が漏れ、愁と菫がベストショットをキメた。ガッツポーズを決めた南雲夫妻が偶然視界に入り、恵里は羞恥のあまり思いっきりテーブルに頭をぶつけた。
恥ずかしさのあまりメンタルが死んだ恵里に気づいた正則と幸は慌てて声をかける。流石にまずかったと思った貴久と春日は、混乱している鈴に無理矢理はやめようねとたしなめた。そしてやってもらえて嬉し恥ずかしなハジメに愁と菫は『ちょっとやり過ぎたかもしれないけどグッジョブ! さすハジ!!』と讃えて恥ずか死させる。一時的にウィステリアの一角がカオスとなった。
恵里にトドメをさした愁と菫は後で他の親共にこっぴどく叱られ一応恵里に謝罪し、口八丁手八丁で撮ったデータを死守しようとしたものの結局消去。どうにか恵里とハジメの心の平穏は保たれることとなった。
しばらく経ってようやく騒ぎが収まると、未だにテーブルに突っ伏している恵里とハジメをいくらか気にかけつつも、次はいつ開催するかやどこでやるかを話し合ってその日は解散となった。
なお両親が止めなかったことを恵里は恨み、父はこの日一日、母に関しては向こう三日は口を聞かなかった。
「暑い……」
「でもプールの中なら気にならないんじゃないかな」
「そうだね。早く泳ぎたいねハジメくん、恵里」
無事一学期を終え、夏休みも半ばを迎えた頃。恵里はハジメと鈴、そして三家の親と一緒に市営プールに来ていた。
あの食事会以降何度か集まることがあり、終業式を終えたその足で『ウィステリア』に寄った際に皆でプールにでも行かないかと愁が提案したのだ。
夏休みの間ずっと家にこもって遊ぶのもあまりよくないだろうと言えば他の親達も納得し、お互いのスケジュールを確認し合って訪れることとなったのである。
うっすらと陽炎が映るアスファルトの駐車場から冷房の効いた館内に入り、親達が受付での手続きを終えるのを待つことしばし。三人でどんなプールがあるとか、どういう水着を選んだかとかを話していると、ようやく手続きが終わった親達が声をかけてきた。
「お待たせみんな。それじゃあ着替えてプールサイドで集まりましょう」
幸に声をかけられ、そのまま手を引かれた恵里は女性陣と一緒に更衣室へと向かう。空いているロッカーを見つけて着替え始めると、近くで着替えていた鈴から話しかけられた。
「鈴、こういうの買ってみたんだけど、どうかな? にあうと思う?」
鈴が見せてきたのはワンピースタイプの水着であった。胸元にリボンをあしらった柄物のそれは“今の”鈴によく似合うだろうと恵里は思っている、前の世界のような性格だったらまた別のものが良かったとは考えていたが。
「うん。似合ってると思うよ。ぴったりじゃない」
「よかった……にあってなかったらどうしよう、って思って」
安堵する様子の鈴を見て、単に似合っているかどうかではないと恵里は察する。やはりハジメのことを考えているのだろうかと思うとかなり心がささくれ立ったが、恵里はそれをおくびにも出さずに自分も水着に着替えていく。
「あ、恵里のもかわいいね。にあうと思う」
「ありがと、鈴」
デザインこそ違えど同じワンピースのものを着ながら恵里は張り付けた笑顔で礼を返す……ほめられるのは嬉しいのだが、どうしてもハジメのことが気がかりになってしまって素直に受け止められずにいた。
(うん。やっぱり南雲なんかに鈴は渡せない……あまり気は乗らないけど、ちゃんと恋人アピールしておくしかないか)
自分から始めたはずなのにどうしてか泥沼にはまった気がして仕方がない。適当な距離をキープしておくだけだったのにどうしてこうなった。着替えを終えた恵里は己の不運を嘆きつつ、鈴に手を引かれながら更衣室を出るのであった。
「うわっ!? 速い速い!」
「わわっ!? は、ハジメくん――!」
「ほ、ホントにはやい、って――」
きゃー、と甲高い悲鳴と共に三つの人影が順々にプールの水面に滑り落ちていく――恵里達三人は初めてのウォータースライダーを味わった。
「ぷはっ!……あー、びっくりした」
「はー……けっこうはやくてすごかったね」
「二人ともだいじょうぶ? けっこうはやくてびっくりしたね」
最後に滑り降りた恵里が水面から顔を上げると、先に滑っていたハジメと鈴が近くまで寄ってきていた。そこで各々感想を言い合い、次はどこにしようかとプールから上がりながら話し合う。
「流れるプールはどう? それとももう一度ウォータースライダーやる?」
「ううん。鈴は流れるプールがいい」
「僕もちょっと……みんなでうきわを借りてぷかぷかしようよ」
ハジメの提案に恵里も鈴もうなづくと、近くで三人をながめていた春日に声をかけた。
いくら三人がしっかりしているとはいえ、やはり子供である。だから大人の誰かが付き添うこととなり、今は春日が三人のお目付け役としてついて回っている。
「えっと、次は流れるプールに行きたいんですけど、出来れば浮き輪も借りたくて……」
「そっか。じゃあみんな、私と一緒にレンタルスペースに行こうか」
はーい、と元気良く返事をすると四人そろって一緒に歩く。その時、ハジメが鈴の前を歩いていることに気づいた恵里は足を滑らせないよう小走りでハジメに近づくと、わざと鈴に見せるようにハジメの手を掴む。それに驚いてハジメが変な声を出すのも無視して指を絡めていく――いわゆる恋人つなぎを見せつけた。
「え、恵里ちゃん!? そ、その……えっと」
「ねぇハジメくん。どうせだからこうやって歩こうよ。お互い好き同士だし、ね?」
目的はもちろん鈴へのけん制。近くに鈴の母親もいるからついでにアピールしておくという腹積もりもあった。しかし春日はともかく、鈴はまだそこら辺に疎いせいかちょっとうらやましそうに見つめてくるだけであった。
「ねぇ、ハジメくん。鈴も手をつないでいい?」
「え、えっと、その……」
「ハジメ君、私からもお願い出来ないかな? 鈴のお願い、聞いてあげて。ね?」
鈴と春日からのお願いにタジタジになっているハジメが恵里の方を見てくるが、恵里も苦笑いを浮かべつつも特に何も言わなかった。今の反応からしてまだ鈴がハジメに恋愛感情を持っているようには見えないし、それなら春日からの頼みを無理に断らなくてもいいんじゃないかと考えたからだ。それにやっぱり世界が違えど親友の頼みである。それを断ることはやはり恵里にはためらわれた。
「ね、ねぇ恵里ちゃん……」
「うーん……いいよ。ね、ハジメくん。空いてる手、出してあげて」
既に顔を赤くしていたハジメが助けを求めてきたが、恵里からの返答に何度かうめき声を上げた後で更に顔を赤くしてうつむいた。やっぱりこういうものは未だに恥ずかしいらしい。春日にごめんね、と謝られながらもハジメは鈴とも手を繋ぎ、三人一緒にプールサイドを歩くのであった。
「流れるプールもちっちゃいプールもよかったね。二人はどうだった?」
「鈴はやっぱり流れるプールかな。恵里はどう?」
「私もかな。普通に泳ぐのもいいけど、ね」
流れるプールや子供向けの浅いプールで存分に遊んだ三人は今、大人達と一緒にフードコートに備えつけてあったイスに座って話をしていた。屋外施設のほぼ真ん中に建てられた時計の針は既に十二時まで秒読みのところまで来ており、他の大人達もお昼はどうするかの算段をしている。
「お昼どうする? 何か決まった?」
「どうしよっか。鈴、こういうところ初めてだから。ハジメくんはどうするの?」
「僕も初めてだから……あ、お母さん」
「みんなお疲れ様。今日も暑いし、喉も乾いてるだろうからよかったら飲んでちょうだい」
自分達もどうしようかと話をしていると、いつの間にやら菫が幾つもの飲み物が入ったプラ容器をトレイに載せてこちらに来ていた。三人はそれぞれ感謝を述べながらそれぞれ違う味のドリンクに手を伸ばし、ストロー越しに口をつけた。
「あ、私のスイカだ」
「鈴のはパイナップルだね」
「僕のはりんごかな。けっこうおいしいね」
それなりの時間プールの中にいたとはいえ、この暑さのせいか口をつけたジュースを恵里はとてもおいしく感じた。そうしてジュースを飲みながらお昼をどうするか三人で考えるが、三人ともこういった施設を利用した経験がないため全然浮かばず。だったらとドリンクを買いに行った菫にメニューを聞き、そこから各々が頼み込む形となった。
「二人のもおいしそうだね。どういう感じなの?」
そうしてお昼が来るまでの間、三人でジュースを飲みながらとりとめのない話をしていると、ふとハジメが二人の飲んでいる容器に視線を向けた。どんな味なのか気になったらしく、どういう味かを尋ねてきた。
「そう? 割とイメージ通りの味だと思うけど。ハジメくんってスイカ好きだっけ?」
残り三分の一にになったスイカ味のジュースをストローで吸い上げながら恵里はハジメにそう返した。中に入っていた氷が軽く溶け、幾らか更に薄くなった味のコレにどうして興味があるのやら。そんなことを思いながらまたチューチュー吸っていると、軽く首をかしげた鈴がハジメの方を向いた。
「そんなに好きでもないけど……なんか気になっちゃって」
「じゃあハジメくん、鈴のパイナップルジュースのむ?」
そして恵里にとって予想外のことを言ってきた。鈴は自分のジュースの入った容器を前に差し出し、一瞬呆気に取られていた恵里がそれの意味するところを察する。その瞬間、怒りと焦りが最高潮に達した。
(これってもしかして……マズいマズいマズい! このままだと鈴が南雲のヤツと間接キスする!! と、止めないと! えっと、どうやって――あっ!)
二つの感情で頭がぐちゃぐちゃになった恵里は、貴久が鈴をたしなめたり、ハジメが鈴が何をしようとしたのかに気づいてまた顔を赤くして慌てていることに気づかない――だからその勢いのまま動いた。
「じゃ、じゃあボクのを飲んで!!」
フェンシングもかくやの勢いで突き出された容器のストローがハジメの柔らかい唇に当たる。みるみるうちに太陽よりも赤くなっていくハジメの顔を見て恵里も自分が何をしたかにようやく気づいた。
(あ、これ間接キ――ぬがぁああぁぁぁああぁああぁあ!?)
今度は自分の間抜けさと恥ずかしさで悶え狂った。自身ももの凄い勢いで顔を赤く染める中、パニックを起こしたハジメがとった行動は一つだった。
ちゅるる。
「お……おいしかった、よ?」
吸った。吸い上げたのである。そして涙目になりながらハジメは感想を伝える。
「――ごふっ」
昂り過ぎた感情の処理が追い付かなくなった恵里は、女の子が上げると思えないようなうめき声を出してその場に倒れ込んだ。もちろん大わらわの騒ぎとなり、ライフセーバーも勘違いして出てくる大事になってしまったのであった。
帰りの車の中、後部座席に座っていた恵里は赤く染まった景色を何とはなしにながめていた。
あの後、救護室で目を覚ました恵里は心配そうにこちらをのぞきこんでいたハジメと鈴、そして謝り倒している両親と苦笑いを浮かべながらも気にしてない風であるスタッフの姿を見た。
これには恵里も流石に罪悪感を感じ、全員に頭を下げた。スタッフを含めた大人達は子供が気にしなくていいと返してくれたものの、鈴とハジメはやはり気まずそうに恵里を見ていた。やはり自分が倒れたことは子供心に来るものがあったらしい。
(あの後鈴、南雲の親とかも色々言ってくれたけど……まずいなぁ。気が抜けてるせいなのか失敗ばかりだ)
ハジメとのコネを作り、鈴と友達になったことで当面の目標は達成出来てしまった。そのせいだろうかと思案していると、不意に助手席にいた幸が声をかけてきた。
「大丈夫よ恵里」
「……お母さん?」
予想していなかったために少し反応が遅れ、もしかして考えてたことが口に出ただろうかと焦る恵里。しかし幸はそんな恵里の心の内を知らぬまま労りの言葉をかけてくれた。
「二人とも最後はちゃんと許してくれてたじゃない。明日になったらいつも通りよ」
「そうだな。あんなことぐらいで仲が悪くなるようなつき合いを恵里はあの二人としてたのかい?」
母の励まし、父の問いかけに少しだけ心が軽くなる。夕焼けに照らされる景色を見ながら恵里はううん、と短く返した。なら大丈夫と両親に励まされ、恵里は静かに微笑んだ。
その日以降も二人との距離感も接し方もあまり変わることはなく、それは恵里にとってやはり救いとなった。ただ――
「ハジメくん、また少女漫画読んでるね」
「う、うん……」
「あ、これ前に鈴がオススメしたのだ。ハジメくんも気に入ってくれてよかった」
ハジメが少女漫画や恋愛小説をしばらく読みふけるようになった。何度かこっそりのぞきこんでみれば、主役の女の子に好意をアピールするシーンだったり、女の子がキュンとするようなものばかりを読んでいる。
(あー、こういうのも好きなんだなコイツ。そうかそうかー……)
そして時折ハジメが向けてくるどこか熱のこもった視線にどこか不安を感じつつも、恵里はひとまず現実逃避を続けるのであった。
ちなみに当初は夏祭り回の予定でした。食事のシーンがあるのはその名残です。
変更した理由? web版の本編アフター見渡しても夏祭り回が愛ちゃんが帰省した回しかなかったからです。
『とある脳筋のハッピーロード』でウィステリアから幾らか離れた辺りに霊園か墓地があったみたいですけど、それはあくまで寺であって神社がある証拠にならないからなぁ。
なんで泣く泣く没になりました。無念。