あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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皆さまが日々アクセスしていただいているおかげでUA12000超え、お気に入り数220件オーバーとなりました。ありがとうございます。随分長い白昼夢を見ている気がします(遠い目)

クゥリきゅん救い隊さん、Aitoyukiさん、zzzzさん、自分の作品を評価してくださり誠にありがとうございます。使いまわされた言葉で恐縮ですが、皆様が評価してくださるおかげで自分もモチベーションを高い状態で保てています。感謝に堪えません。

あとzzzzさん誤字報告ありがとうございます。お陰で作品の質の向上が出来ました。

では本編をどうぞ。


十話 いずれ冬は終わる

「ねぇ恵里、もうすぐバレンタインだけどどうするの?」

 

 年が明けた二月の頭。この日もいつものように南雲家に恵里と鈴はお邪魔していた。ハジメがいなくなるタイミングを鈴は見計らっていたらしく、トイレに行くために席を外してからそんなことを恵里に問いかけてきた。

 

 鈴のその質問に恵里は一瞬考え込んだ。一応付き合っているということになっているのだから、体裁を保つためにもハジメに(義理チョコ)をくれてやるべきなのはわかっていた。

 

(一応アイツとはつきあってる体だし、確かにくれてやるのが自然で、関心を向けさせ続ける必要はある。けど……)

 

 しかし同時にためらいも生まれていた。打倒エヒトのための駒、単なる道具しかなかったはずだというのに、ハジメの前で隙を見せたり醜態をさらしても前より危機感を覚えなくなってしまっていた。

 

 以前だったらハジメが自分になびいているから、と適当な理屈をつけて安心していただろう。しかしクリスマスのあの夜、手をつないで眠ってしまったことに恵里はひどくショックを受けていた。いつの間にここまで気を許してしまったんだろう、と考えるもその理由はどうしても思い浮かばず。このままほだされても大丈夫なのだろうかという不安が恵里の心の中に生まれていたのである。

 

「鈴はお父さんだけじゃなくてハジメくんにもあげるつもりなんだけど……ねぇ、聞いてる?」

 

「……ん? あ、うん」

 

 どうすればいいと思考の沼にはまりそうになった時、鈴から声をかけられたおかげで恵里はそこから抜け出せた。ただ、鈴の発した言葉に恵里は大いに焦ることとなった。

 

(マズいマズいマズい! やっぱり鈴はアイツにご執心じゃないか! なんでだ! どうしていつもアイツはボクの邪魔ばかりするんだよ!!)

 

 過去の言動からしてその節はあったが、『ハジメくんにもあげる』という単語を聞いて鈴がハジメに何かしらの好意を抱き続けているということを恵里は改めて理解する羽目になった。今のままでも十分苛立たしいが、もし何かの拍子にハジメの関心が鈴に向いてしまったら――ハジメの女の一人にさせられるという最悪の予想が恵里の脳裏に再度浮かんだ。それだけは絶対に阻止しなければならない、とひたすら考えを巡らせる。

 

「やっぱり恵里も何かあげるんでしょ? ハジメくんとつきあってるし、どういうのあげるのかなー、って」

 

 どうすればハジメの関心をこちらに向けさせ続けられるか――その時妙案が浮かぶ。これならきっと大丈夫だと恵里は確信しつつも、鈴にそれを伝える。

 

「えっと、ボクはさ……手作りのチョコをあげようかな、って思ってる。既製品なんかよりもさ、手作りの方がハジメくんも喜ぶんじゃない?」

 

 手作りのものをプレゼントしてハジメの関心を煽る。これが恵里の思いついた妙案であった。ちなみにわざわざ鈴に手の内を明かしたのはこっそりやって関係が悪化するのを恐れたのと、仮に手作りに挑んだとしても子供なんだからそんな凝ったものを作れるわけがないと高を括ったからである。

 

「手作り……! そっか。それだとハジメくんもよろこんでくれるよね。ありがとう。鈴もやってみるよ。で、やり方わかる?」

 

「……へ?」

 

 なお、肝心のやり方は全然知らず、この後盛大に目が泳ぐ。後で親に聞いたらと答えるのが精一杯で、鈴からため息と呆れの伴った眼差しを向けられてしばらく凹んでしまった。その後、戻ってきたハジメに心配されることになったのはまた別の話である。

 

 

 

 

 

「はい。じゃあチョコの方は刻んでおいたし、もうすぐお湯も沸くから待っててね」

 

「うん、ありがとうお母さん」

 

 バレンタイン前日。この日はハジメにも断りを入れ、恵里と鈴は寄り道もせずにまっすぐに家へと帰ってきていた。

 

 数日前からバレンタインのチョコレート作りのやり方を教えてもらうよう幸に頼み込み、帰宅すると同時に恵里は母と一緒に台所に立つ。食事の際に使うイスを足場代わりにし、母の作業の様子をながめつつ、恵里も空のボウルを抱えた。幸は刻んだチョコの載ったまな板を持ち上げ、それを恵里の抱えたボウルにチョコが入るよう傾け、残りかすを包丁で押し込む。

 

 そして幸は水を張った鍋に指を突っ込み、これぐらいだろうかと思案しながらかけていた火を止めた。

 

「じゃあおなべの中にボウルを入れて、ゆっくり混ぜてね」

 

 はーいと返事した恵里がボウルを鍋に入れるのを見計らってゴムベラを渡し、水道のレバーをひねって包丁にさっと水をかける。恵里も受け取ったヘラを使い、不慣れながらも柔らかくなったチョコをかき混ぜていく。

 

「でも恵里も本当にハジメ君が好きなのね。わざわざ手作りでチョコを渡したいだなんてね」

 

「……うん」

 

 ふふ、と微笑む幸に真意を悟られまいと恵里は顔を背けながら答える。幸も幸で愛する夫のことで頭がいっぱいらしく、恵里の返事もただの照れ隠しだと考えながら包丁の水気をさっとクッキングペーパーでふき取った。まな板も一度さっと洗って水気をふき取ると、新たなチョコレートを用意する。幸もバレンタインに手作りのチョコを正則に渡すつもりらしく、今回ハジメにあげるチョコレートの材料もここから融通してもらったものであった。

 

「そうそう上手よ。全部溶けるまで時間がかかるみたいだから丁寧にね……あ、そこちょっとムラになってるからちゃんとやらないと――」

 

 ちょくちょく入る母の指摘を聞きながら、恵里は丁寧にチョコを溶かしていく。ハジメに渡す以上、中途半端なモノだったり妥協したモノにする訳にはいかない。それがハジメに見抜かれないとも限らないし、半端なものを渡したがために自分への関心を失ったり、鈴に移ってもらっては困るのだ。だからこそ手を抜けなかった。

 

(手なんて抜けないのはわかってるけど、こんなに面倒だとは思わなかったよ……まぁ天之河くんの取り巻きを破滅させて引っぺがすよりはまだ楽か。そう思わないとね)

 

 そう考えながら根気強くヘラを動かすことしばし。ヘラからチョコがゆっくりとしたたり落ちるようになり、ようやく溶かし終えることが出来た。ふぅ、とため息を吐いて額をぬぐうと母から声をかけられた。

 

「恵里、ボウルを貸してちょうだい。これにチョコレートを流し込んで冷やすから」

 

 いつの間にやらオーブンシートを敷いたバットを用意していたようで、恵里からボウルを受け取った幸は慎重に溶けたチョコレートを流し込んでいく。

 

「じゃあ、これを冷凍庫に入れて……後は一時間だったかしら。その後は好きな大きさに切ってあげるから。お疲れ様、恵里。上手だったわ」

 

 労いの言葉に一応の感謝をしつつ、バットを冷凍庫に入れたのを見計らって恵里は幸に声をかけた。

 

「ありがとうお母さん。それで、お父さんのチョ――」

 

 お父さんのチョコも作りたいと言おうとした瞬間、もの凄い剣幕でにらんできた。この程度の敵意など、トータスで幾度も修羅場をくぐってきた恵里からすれば大したものではない。久々故に驚きこそすれど、耐えられないほどのものではないからだ。気づいていない風を装って恵里は再度父の分を作りたいと言おうとした。

 

「えっとね、私もお父さんの分のチョコを作りたいんだけど」

 

「……仕方ないわね。でも危ないから恵里はお手伝いでいい?」

 

 笑顔を浮かべながらもそれ以上は絶対に譲らないとばかりに威圧してくる幸に、恵里も笑みを作りながらも内心ため息を吐いていた。

 

(この女は……実の娘に嫉妬するなんて、よくそんなみっともないことやるなぁ。全く)

 

 この後は二人で一緒に父の分のチョコを作る。お互い終始笑顔ではあったが、リビングでは常に火花が飛び散っていた。

 

 

 

 

 

 そしてその翌日。学校では一週間前から『チョコの持ち込み禁止』の張り紙が各所にあった。そのため恵里も鈴もチョコを持ち込むことは出来ず、一度家に戻ってから南雲家に来る、という形で渡すということを三人の間で取り決めていた。

 

「ふ、二人とも。よく来たね」

 

 そのため出迎えてくれたハジメはガッチガチに緊張していた。物心ついてから母とその仕事仲間以外からもらうのは初めてだと聞いていたため、それも仕方ないかと思いながらも恵里は内心ほくそ笑んでいた。

 

「お、おじゃまするね。ハジメくん……」

 

「お邪魔するね」

 

 とはいえ緊張していないかというとそうでもなく。鈴はハジメの緊張がうつり、恵里はいかに上手くハジメの関心を引き付けられるかで緊張していた。玄関を上がり、一緒にハジメの部屋へと向かう三人。その間特に話もなく、お互いに無言で部屋に入るといつもの場所に全員が腰を下ろした。

 

「それじゃあハジメくん、これが私のチョコだよ」

 

 鈴よりも強く印象付けるため機先を制したのは恵里であった。いつも南雲家に物を持ち込む際に使うバッグから水色のリボンで十字にラッピングされた箱を取り出すと、あえてその場でリボンを解き、自信作である生チョコを披露した。

 

「わぁ……」

 

 それにハジメも目を輝かせ、チョコと恵里を交互に見ている。手ごたえ有ったと口角を上げた恵里であったが、鈴もまた自分のかばんからチョコの入った袋を取り出した。

 

「す、鈴のはこれだよ。どう、かな?」

 

 それは赤のリボンで巾着結びをされており、シースルーの袋からはチョコブラウニーが透けて見える。それを見た恵里は愕然とした。

 

(す、鈴の方が見た目が……! な、南雲のヤツも驚いて意識が持ってかれてるじゃないか! こ、このままだと鈴が……こ、こうなったら!!)

 

 両親の手伝いで出来たと語る鈴に、すごいすごいと純粋に鈴を褒めるハジメを見て焦った恵里は、もうなりふり構っていられないと判断する。箱からチョコを一個つまむと、それをハジメの目の前に持ってきた。そして体を小刻みに震わせ、顔を赤く染めながら消え入るような声で恵里はつぶやく。

 

「あ、あーん……」

 

「え、恵里ちゃん……?」

 

 ハジメもまた恵里のやろうとしていることを察し、顔を熟れたトマトのようにしつつ恵里の方を見る。驚きと恥ずかしさで頭がぐちゃぐちゃになったハジメは何を言えばいいのかも、どうすればいいのかもわからなくなる。

 

「え、えっと……恵里? ねぇ、何してるの?」

 

 鈴も突然の事態に軽く置いてけぼりになっており、困惑しながらも声をかけると、恵里が顔を真っ赤にしたまま叫ぶ。

 

「あ、あーんだよ、あーん! ば、バレンタインはコレが普通なんだよ!! 食べてよハジメくん! ボクのチョコレート!!」

 

 もちろん真っ赤な嘘である。しかしこのままでは鈴のチョコの見た目のインパクト、下手すれば味においても負けてしまうかもしれない。だったらもうハッタリでも何でもいいから勢いで押し切ってしまえ、と斜め上の判断をした恵里は顔を鈴の方へと向けた。

 

「鈴!! きょ、今日はこういう日でしょ!! ボク、間違ってないでしょ!!」

 

「えっ!? え、えっと……」

 

「や、やっぱりちがうと思うんだけど……」

 

「間違ってない! ほら、食べる!!」

 

 いっぱいいっぱいになってもう何も考えられなくなった恵里は、ハジメの口のところにまでチョコをつまんだ指を近づける。体温で少し溶けたチョコレートから漂う香りはハジメの食欲を訴えてきたし、今にも泣きそうな顔でにらんでくる恵里の圧には勝てそうになかった。ハジメは口を開け、差し出されたチョコレートをおそるおそるくわえる……が、ここでちょっとやらかした。

 

「~~~~ッ!?」

 

 ハジメの唇がチョコをつまんでいた恵里の指に当たったのだ。ただでさえ気恥ずかしさで気絶しそうになっているというのに、不意に来た柔らかい感触のせいで恵里の頭はもう爆発しそうになっていた。

 

「ご、ごめんね! え、えっと、その……お、おいしかったから! あと恵里ちゃんの指やわらかかったよ!!」

 

「…………はひ」

 

 ハジメもまた同様で、訳のわからないことを口走ってしまう。結果、両者共に撃沈。無言でゴロゴロ転がる恵里、顔をうつむかせて涙目になっているハジメ。そんな状況に中てられた鈴もまたとんでもない行動に出た。

 

「す、鈴も! 鈴のも食べてハジメくん!!」

 

「ふぇ?……ちょ、えぇええぇぇぇぇぇえぇ!?」

 

 結んでいたリボンを解き、袋からチョコブラウニーを取り出してハジメの前に突き出したのだ。その顔は先ほどの恵里と負けず劣らず赤くなっている。

 

「だ、だって恵里だけズルいもん! 鈴だってあーんしてもらうもん! ハジメくんに食べてもらうもん!! これがバレンタインじゃフツーなんだから!」

 

 ハジメの進退がきわまった。恵里はまだ恥ずかしさで悶え苦しんでいるし、鈴は何としてもハジメに自分のチョコを食べさせようとしている――逃げ場をなくしたハジメは覚悟を決めた。

 

「ダメ……? やっぱり鈴じゃダメなの――あっ」

 

 ハジメは勢いよくチョコブラウニーにかじりついた。そして何度も噛んでから、それを喉の奥へと流し込む。ふとそんな時、最初の食事会の時に恵里に自分と鈴があーんした時のことを思い出した。きっと恵里もこんな感じだったんだろう、とハジメは意識が薄れゆく中考える。

 

「よかった……すずも、すずのもたべてくれ……ハジメくん?」

 

 ハジメ、気絶。興奮や恥ずかしさで脳がオーバーフローを起こし、鼻から一筋の鮮血を垂れ流しながら動かなくなってしまった。

 

「は、ハジメくん……? ど、どうしよう!? ハジメくんが、ハジメくんが死んじゃった!!」

 

「――ハァッ!? い、一体どうしたの鈴!?」

 

「恵里っ!! 実は、実は――」

 

 ようやく我に返った恵里が錯乱する鈴から要領を得ない話を聞いて混乱。そこに菫が帰宅し、助けを求めてすがりつくなど三人で迎えた初のバレンタインは地獄もかくやの様相を呈して終わる。なお、この話は各家の親にも伝わり、三人は引き続き生き地獄を味わうことになった。

 

 

 

 

 

「ねぇ、二人とも。今日はその……僕の家に来てほしいんだけど」

 

 乱痴気騒ぎとなったバレンタインからひと月。いつもの学校の帰りにハジメはそんなことを二人にお願いしてきた。

 

「え? 今日は鈴の家の番じゃなかったっけ」

 

「うん。恵里の言うとお――あっ」

 

 ローテーションの通りであればハジメの家に行くのは次回のはずであり、ド忘れでもしたのだろうかと恵里は首をかしげる。しかし鈴はあることに気づいて恵里の服の袖を引っ張り、いぶかしむ恵里に耳打ちをした――今日はホワイトデーだよ、と。

 

「あ、そういえば……じゃあハジメくんの家に行ってもいいかな?」

 

「ありがとう恵里ちゃん。鈴ちゃんもいいよね?」

 

「うん、行こうハジメくん」

 

 鈴に向けて一度頭を軽く下げると、鈴も微笑みを返す。先ほど自分に耳打ちして意見を変えさせたことへの感謝だと気づき、表面は笑顔を装いつつも恵里は心の中で舌打ちをした。

 

(あーもう、イライラする……どうすれば鈴を南雲から離せるんだ。何か方法がないかな)

 

 そんなことを考えながら二人と一緒に南雲家に上がり、今日もまたリビングのTVを使ってパーティーゲームをしたり、ハジメの部屋で読書をする。

 

 しかし今日ばかりはハジメの様子が違った。お返しを渡すタイミングを見計らっていて妙にソワソワしているせいか、ゲームでもミスが目立ったし、本を読んでいても時折視線を感じた。そんなに気になるのならとっとと渡せばいいだろうに、と思いながら気づかないふりをしているといつの間にやら門限が近くなっていた。

 

「あ、ハジメくん。私達そろそろ帰るけど……」

 

「わ、わかった! ちょ、ちょっとまってて!」

 

 そう言って慌ただしい様子で部屋を出ていき、恵里もようやくかとため息を吐いた。ふと気になって隣の鈴を見やるとどこか安心した様子であり、鈴もいつ貰えるのだろうかと気になっていたらしい。

 

(南雲のヤツ、鈴をやきもきさせて……そんなに気になるなら早くやればいいだろう、全く)

 

 ハジメのことを心の中で悪し様に言ったり、鈴と自分のお返しを比較してどう動こうかと考えながら恵里は鈴と一緒に帰り支度をしていた。すると少し息を荒げ、両手にラッピングされた袋を持ったハジメが戻ってきた。袋はどちらも同じ透明なものであったが、ラッピングに使ったリボンはそれぞれ赤と白と別々である。

 

「あ、ハジメくん。それってもしかして……」

 

「うん。二人へのおかえし」

 

 はにかみながらも渡された透明な袋の中は黒茶色のクッキーらしきものが入っている。幾筋もの白い線のような何かがあるが、それは一枚だけでなく他のクッキーにも見られたため、きっと何かスライスしたものでも入れてたのだろうと恵里は想像した。

 

「ありがとうハジメくん! それで、これって――」

 

「うん。僕も二人みたいに手作りのクッキーを用意したんだ」

 

 一体どこの店のものを買ったのやら、とながめていた時に予想だにしてなかった言葉が飛んできた。その言葉に恵里は一瞬真顔になり、まさかと思って袋の裏側や上部、底と見てみたもののラベルの類は貼られていなかった。

 

 買ったものを別の袋に移したのではないかと一瞬考えてハジメの顔を見てみたが、嘘をついている風には見えなかった。そもそもハジメが嘘をつくのはせいぜいゲームで対戦している時ぐらいで、いかにもといった顔でわかりやすい。だからこそ見抜くのは容易であり、またこういった状況で嘘をつかないことも知っていた。だからこそ本当のことを言っているのだということを恵里は理解してしまった。

 

 なんで、どうして、と思っているとハジメは頭をかきながらその理由を語ってきた。

 

「すごいよハジメくん! おいしそうなクッキーだね!」

 

「僕だけで作ったんじゃないよ。お母さんにいっぱい手伝ってもらったんだ。でも、買ったものよりもこっちの方が二人はよろこぶかな、って……恵里ちゃん?」

 

「……え?」

 

 言っていることの意味が理解出来ず、間の抜けた顔をさらしていると、心配そうにハジメが恵里をのぞきこんできた。一体どうしたんだろうと不思議そうに恵里が見つめ返すと、急にハジメがオロオロとうろたえだした。

 

「え、えっと、恵里ちゃんはお店のものの方がよかった? もしかしてめいわくだった? じゃ、じゃあ――」

 

「う、ううん! そ、そんなことない! そんなこと、ないから……」

 

 ようやく自分が受け取ったものがどういった物なのかを理解した恵里は必死になって首を横にブンブンと振る。その様子を見てハジメがほっと息を吐くと、むくれた様子の鈴が恵里のほっぺたを突っついてきた。

 

「恵里、イヤじゃないんだったらちゃんとお礼言おうよ。ハジメくんがこまってたでしょ」

 

「あ、その……う、うん。あり、がとう。ハジメくん」

 

 しかし告げられた事実に頭の中が真っ白になったままなのは変わらず、何を言えばいいのかわからなかった恵里は鈴の言う通りに礼を返すしか出来なかった。

 

 どこか夢見心地なのに抱きかかえたクッキーの入った袋の感覚だけはいやにハッキリと返ってきていて。出来たばかりでもないのに何故か温かみを感じるそれに恵里は意識を奪われていた。

 

「い、イヤだったら言ってね? ココアとアーモンドの入ってるクッキーなんだけど、前に二人ともココアのんでたし、アーモンドの入ったクッキーも食べてたはずだったからだいじょうぶだと思ったんだけど……」

 

「うん、鈴はどっちもすきだよ。あ、ほら恵里。返事してよ」

 

「あ、うん……どっちも、嫌いじゃない、から」

 

 自分達が手作りのものを渡したということを理解してくれていて。手間暇かけて手作りのものを用意してくれて。しかも好みを考えて作ってくれていた。

 

 それらを少しずつ噛み砕いて理解していくにつれて恵里の中にある懐かしい感情が呼び起こされる。しかしその正体に気づく前に自分の手を掴まれ、恵里は思わずハッとして掴んだ相手――ハジメを見た。

 

「今日はいっしょに帰ろ? 恵里ちゃん。もし何かあったらイヤだから」

 

「そうだね。今の恵里、信号が変わったのにきづかないで歩きそうだよ。行こ、恵里?」

 

 二人からそう言われ、恵里はただうなづくことしか出来なかった。そうしてハジメに手を繋がれ、その間鈴からうらやましそうに見つめられているのに気づけないまま恵里は家路に着いた。

 

 そうして二人に連れられて帰宅した恵里はうわの空の様子で母にただいまと伝え、そのまま去っていく二人をぼうっとしながら見送る。その後母に声をかけられても気づかないまま、恵里はふらふらとした足取りで自分の部屋に戻っていく。

 

 不確かな足取りのまま部屋の布団に倒れ込んだ恵里は、抱え込んでいた袋にゆっくりと視線を移してじっとながめる。強い力で抱きしめていたせいか中のクッキーはかなり割れている様子で、何故かそれが少し悲しく思えた。

 

「われてる……もったいない」

 

 そうつぶやいてまた抱きしめると、袋の上部を結んでいた赤のリボンがゆるんだのか、ほのかに甘い香りが恵里の鼻をくすぐった。そこで自分がもらったものが食べ物であったことを思い出し、リボンをゆるめてそのまま袋に手を突っ込んだ。寝ころんだまま布団に欠けたクズが落ちることも考えず、割れたクッキーを取り出してそのまま恵里はかじった。

 

「おい、しい……」

 

 しっとりした食感にココアの甘みとアーモンドの香りが口の中に広がる。優しい味わいが少しでも長く感じられるようゆっくりと、ゆっくりと噛みしめ、なくなっては袋の中に手を伸ばす。それをずっと恵里は繰り返した。

 

(これを、ハジメくんが……手作りで……)

 

 店売りのものよりは流石に劣るだろう。しかし丁寧に、自分のためにも作ってくれたこのクッキーは何よりも美味しいと恵里は感じていた。

 

 噛む度に胸の中に何かがじわりと広がっていく。しかしそれは不快でなく、ずっと浸っていたいとさえ恵里は思う。クッキーを噛みしめるごとに、一枚食べ終えるごとに感じるそれをずっとむさぼっていた恵里だったが、その時間も遂に終わりを迎えてしまう。

 

「……? ない? なんで? どうして?」

 

 袋の中に手を伸ばしても空を切るばかりでクッキーの感触はどこにもない。袋を広げて中をくまなくのぞいても細かい破片ばかりで中には何もない。それがわかった瞬間、胸に穴が開いたような感覚に襲われ、恵里はひどくうろたえだした。

 

「やだ、やだよ……ハジメくん、ハジメくんっ」

 

 母の料理以外に手作りのものを、自分だけに向けて作られたものを誰かからもらったことのなかった恵里にとって、ハジメからもらったこのお返しは猛毒と言って差し支えがなかった。

 

 今まであったものが無くなった途端、無性に寂しさを感じた恵里は空の袋を強く抱きしめる。道具扱いしていたはずの少年の名前を何度もつぶやいてはかき抱く。まるで大切にしていたものを取り上げられそうになった幼子のように。

 

 その狂乱ぶりは部屋の前で様子をうかがっていた母が部屋に踏み込んでくるまで続き、しばらくの間袋と解けたリボンを恵里は放そうとはしなかった。

 

 

 

 

 

(……ボクは何をやってるんだろう)

 

 ホワイトデーの翌日の朝。食事を終えた恵里は洗面台の前に立ってぼんやりとしながら髪をとかしていた。結局あのリボンと袋は捨てることが出来ず、両親から説得されても終始駄々をこねてやめさせたのだ。その二つは今、自分の部屋にある勉強机の上の隅に置いてあった。

 

 流石に中の細かい破片などは捨ててキレイにしてある。しかしリボンはまだ言い訳が出来るかもしれないものの、袋はゴミであるはずなのだ。部屋へと戻った恵里はすぐにその二つにまた視線を移し、微妙な表情でそれをながめる。単なるゴミでしかないはずなのにどうして捨てられないのか。冷静になってもなお後ろ髪を引かれるような思いを感じつつ、勉強机の上にあった捨てても問題ないはずの袋とリボンを見ながら考える。

 

(パッと見は鈴との違いはあまりなさそうだったな……割れたのは流石に入れてないか)

 

 結局鈴と自分、どちらの方にハジメの関心が向いているかを測ることは出来ず、少しずつでいいから関心が向かないようにするしかないかと一人結論付ける。

 

(わからないままだったけど、まぁいっか……鈴のためにも()()()()()がボクだけを見るように仕向けないと)

 

 何故かハジメのことを苗字で呼ぶことにためらいを覚えていた恵里はどうハジメにアプローチをかけるべきか思案する。

 

 ――恵里は気づいていない。

 

(ボクの駒……うん。ボクの“大切な駒”なん、だから……思う通りに動いてよ)

 

 ハジメを道具扱いすることにかすかにためらいを覚えていることを。

 

(鈴のことにしても、ハジメくんのことにしても全然思うようにならないけどどうにか修正は利くはず。まだ時間はあるんだ。ハジメくんを……ハジメくんがボクだけを見るように仕込むために使える時間が)

 

 ハジメのことを思う時、いくら険しくてもほんの少しだけ表情がほころぶことを。

 

(時間だってまだ十年近くあるんだ。それだけあればハジメくんを篭絡出来る……まずはホワイトデーのお礼かな。わざわざ手間暇かけてくれたんだし、いーっぱい褒めてあげなきゃね……美味しかったなぁ、あのクッキー)

 

 ハジメを篭絡するための一手を考えているはずなのに、ふとした拍子に思考が横に逸れてしまっていることを。恵里はまだ、気づいていない。




ちょっと強めのストレートです。効くかは知らない。

とりあえずこれでエリリンのハジメへの態度はツン10デレ0からツン9デレ1ぐらいにはなったはずです。多分。
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