まだトータスに転移する前であるにもかかわらず、お気に入りも287件、しおりも89件入れていただき、感想も47件と寄せていただけて感謝に堪えません。語彙力がなくて申し訳ない。
またキバさん、そして再度評価してくださった小焼け夕焼けさんありがとうございます。記載が遅れたことへのお詫びと、拙作を評価してくださったことに多大な感謝を申し上げます。
「頼む中村、お前しか頼れるヤツがいねぇんだ! ちょっとでいいから力を貸してくれ!」
「「「……え?」」」
ゴールデンウィークも終わり、五月の半ばを迎えたある日のことであった。この日もいつものようにハジメと鈴と一緒に帰ろうとしていた時のことであった。今月号の『に~にゃ』に載っていた『さくふぶ』を始めとした少女漫画について二人と話したり、今日は何をして遊ぶかについて語っていたところで目の前に見覚えのある少年――龍太郎が現れたのだ。
いきなり現れた龍太郎に一体何の用だと軽く不機嫌になった恵里は彼をにらみ、ハジメは足を震わせながらも恵里をかばうようにして前に出る。鈴もハジメの後ろに隠れて彼をじっとながめていた。随分な扱いを受けた龍太郎であったが、それぐらいは仕方ないとため息を吐きながら一歩前に出る。そして先の言葉と共に頭を下げたのである。これには三人共あっけにとられ、一体どういうことかと首をかしげた。
「いや、いきなりそんなことを言われてもボクは何をすればいいのさ。判断しようにもその材料がないし」
内容も言わずに頼み込まれて軽く困惑していた恵里を見て、すまんとばつが悪そうに頭をかきながら龍太郎はつぶやく。
「大したことじゃないんだよ。俺じゃわかんねぇところがあるからそれに答えてほしいだけなんだ」
「そういうのは物によるでしょ。ていうか君のお友達に聞けば大体わかると思うけど」
「……光輝でもちょっと、な」
心底困り果てた様子の龍太郎を見てただ事ではないということは理解できた。しかしあの完璧超人である光輝がどうにも出来ないということに恵里は納得がいかなかった。勉強、スポーツなんでもござれな今となっては軽く忌々しいあの少年が頼れないとはどういったものなのか。
物凄い厄介ごとではないのかと思った恵里はどうやったら上手く断れるかを考えようとする。その時、ハジメがねぇと声をかけてきた。
「どうしたのハジメくん。何かあった?」
「お話ぐらいなら聞いてあげようよ。えーっと……そこの人、こまってるみたいだし」
なんとも言えない様子で言ってきたハジメに恵里の表情筋は引きつった。ハジメ達も目の前の少年が恵里とそこまで親しくないというのはわかっているのだろう。しかしわざわざ頭を下げた相手を無視するのは良心がとがめたらしく、鈴も恵里の服の袖をクイ、と引っ張って『話ぐらいならいいんじゃない?』と説得にかかってくる。二人にこう言われてしまえば恵里としてもすぐに断る訳にはいかず、大きくため息を吐いて向き直った。
「……まぁ話ぐらいなら、ね。無理だったら断るよ、いい?」
そこまでめちゃくちゃ言うわけじゃねぇんだけどな、とボヤきながら頭をかくと龍太郎は恵里の顔をじっと見た。そして頼みの内容を口にする――。
「その、なんだ……女の子の友だちのことでよ、服とか以外で女の子っぽくなれる方法って知ってるか?」
「……へっ?」
小学生にしては体格もよく、男らしい見た目の少年が口にするには意外な言葉に三人は思わず間抜け面をさらすのであった。
事の始まりはゴールデンウィーク中のある日のこと。昼の稽古を終えた光輝と一緒に、雫の部屋にお邪魔していた時に彼女がつぶやいたある一言であった。
「私、どうしたら女の子らしくなれるかな」
諦めが多分に含まれた疑問を口にした雫を心配した光輝は彼女を抱きしめ、龍太郎もだいじょうぶだと声をかける。優しくしてくれた二人にありがとうと雫は返しつつも、困ったような笑みを浮かべた。
「私、あんまり女の子っぽくないなぁって、マンガを読んでたら思っちゃって」
雫が見ていた少女向けの漫画雑誌のページには、ポニーテールにした少女が無意識に想いを寄せている少年への愚痴型のノロケをサイドテールの少女にこぼしているシーンや、彼の横顔を思い浮かべて一人物思いにふけるシーンが描かれている。
雫からすればふとした拍子に漏れ出た言葉でしかなかったのだが、それ故に光輝と龍太郎は胸を締め付けられる思いであった。もし自分たちがちゃんとした女友達を雫に紹介出来ていれば、もし少しでもそういった話題に詳しければと未だに後悔しているのだから。暗い表情を浮かべた二人に小声でごめんなさいとつぶやいたきり、その日はもう雫は喋らなくなった。
「なぁ光輝、俺たちはどうしたらいいんだろうな」
その日の帰り道、うつむきながら歩いていた龍太郎はつぶやいた。ごめんなさいと力なくつぶやいたあの顔が脳裏に焼きついて離れず、また自分達が彼女を追い詰めてしまったのではないかと罪悪感に囚われていたのだ。
「もう一度、母さんに話してみようと思ってる。それでどうにかなるかわからないけど」
光輝共々美耶に頭を下げて協力してもらったこともあった。彼女は大人の女性向けのモデル雑誌の編集長であったため、部下と相談して雫に“似合う”であろう可愛い服を何点かチョイスして送ったのである。その時雫は笑みを浮かべていたものの、その服を見た時にどこか硬い表情であったのを光輝と母の霧乃は見逃さなかった。
後で話を聞いたところ、親しくしてくれている光輝の親とはいえ自分のために服を贈ってくれたことを申し訳なく思ったのと、贈ってもらったものに袖を通して美耶にメイクまでしてもらった姿にショックを受けたのだ。
申し訳なく思ったことについては霧乃と美耶から『明るく着飾っている雫が見たい』といった理由で説得出来たものの、いただいた服を見た時、袖を通してメイクを施された姿に言葉が出なかった――その時の自分の姿が可愛いよりもカッコいい方にわずかに寄っていたことに。
美耶は大丈夫だろうと考えていたのだが、生まれて初めてメイクをしてもらった雫からすればここまでやっても可愛らしい姿になれなかったのはショックだったのだ。もしかして自分は可愛らしい姿になることは出来ないんだろうかと落ち込んだのである。
それを知った美耶は雫に深く頭を下げて詫び、光輝も何度も謝り倒した。お詫びを兼ねて借りてきたウィッグで色々な髪形を楽しんでもらうことで、どうにか落ち込んでいた雫を元気にさせることが出来たものの、それ以降はファッション関連のものはタブーとなってしまっている。
龍太郎も自分の姉にファッション以外で何か雫に力になれるかと相談した際、ならば少女漫画でも読んで話をしてみたらどうだと貸してもらったものの全然合わず、『どうしてこういうのを女は好きなんだ?』と頭を抱えることになった。
光輝も少女漫画を読み、その漫画について雫と話をしたことはあったのだが時折ズレが出ることがあった。その都度雫に気を遣わせてしまったため、雫から『もういいよ』と断られてしまう。少年二人に出来ることはあまりに少なかったのである。
「せめて……せめて信用できる女の子でもいればな。話をするだけでも雫がよろこぶかもしれないのに」
光輝の言葉に龍太郎は何も答えられなかった。もしもう一度あの三人のような人間と接してしまったら雫がどうなってしまうか不安で仕方なかったからだ。そのため新しく人間関係を作ることに二人は億劫になっていたし、かといってこのままでいいのかと葛藤していたのだ。
「そんなヤツがいてくれたら――あっ」
龍太郎もボヤこうとした時、脳裏にある人物の姿が浮かんだ――かつて光輝が執着していた少女である中村恵里である。悪いウワサこそあるものの、それは大体彼女の周りにいる子達の扱いに困っている類であった。恵里自身に関する黒いウワサはあまり聞かず、むしろ彼女と付き合っている少年との恋に関するものばかりである。
「龍太郎……? まさか、心当たりがあるのか!?」
ならいけるか? と考えた途端に龍太郎の肩を光輝が掴んできた。いきなり黙り込んだことを不思議に思った光輝は、もしや何か打開策があるのではないかと考えたのだ。思い詰めていた光輝はこの際雫を助けるためならなんだってする覚悟で龍太郎に迫る。
「い、いや待てよ光輝! い、いるこたぁいるけどよ、さすがに声をかけらんねぇって!!」
「そいつが悪いヤツじゃないなら誰だっていい! たのむ! 雫のためなんだ!!」
「だ、だからその……中村だよ! 一年の時にお前がおいかけ回してたアイツだって!!」
龍太郎の言葉に光輝は固まった。彼の脳裏に浮かぶのはかつてのやらかしの数々。いくら謝ったとはいえ、頭を下げてどうにかなるかどうかわからない。龍太郎から手を放すと、自分の額に手を当てて光輝は大きくため息を吐いた。
「ごめん、龍太郎……俺が、悪かった」
本気で凹んだ親友の姿を見て龍太郎は凄まじい罪悪感に襲われる。やったのが目の前の親友とはいえ、止められなかった自分が悪くないとは思っていないのだ。かといってこのままでいいのかと思った龍太郎はどうにかして出した屁理屈を口にした。
「まぁ、その……俺だったらだいじょうぶかもしれねぇ。光輝がたのむよりはまだ成功するんじゃねぇか」
その一言に光輝は目を大きく開くと、龍太郎に頭を下げる。無言で頭を下げ続ける親友に任せろ、と一言だけ告げて彼の手を引くのであった。
「――とまぁ、こういうわけでよ」
「……まぁ、言いたいことはわかったよ」
龍太郎の言い分に納得した恵里はハジメと鈴の方を見やった。二人もそれが本当かどうかわかりかねているところはあったものの、反対する気は無い様である。なら、と思って龍太郎の方を向くと恵里は条件を提示した。
「受けてもいいけど、まずその子がどういう子か教えてくれない? どう接すればいいか決めたいからさ」
ここ最近広まったウワサからして光輝の相手が雫であるということは恵里もわかっていた。しかしこの世界の鈴が自分の知っていた鈴と違っていたことを考えると、ここの雫も自分の知っている雫と違う可能性が高い。ならばここの雫はどういう性格なのかを知っている龍太郎から聞き出しておこうと考えたのである。
「ああ。八重樫雫、って言ってな。八重樫は――」
そして龍太郎から聞いた情報はおおむね恵里の知っている雫と一致していた。しかし光輝に心底惚れこんでいる様子や他人に対して怯えている様子、“普通の女の子になりたい”という願望など異なる点もやはりあった。やはり自分の知っている“八重樫雫”とは異なっており、驚いた半面、事前に聞いておいて正解だったと思いながら恵里は知恵を絞る。
「そっか。ありがとう。なら私を頼るのはわかったけど、イジメられてたことを考えると大丈夫なの? 会ったところであっちが怯えてどうにもならないかもしれないし」
「それは、その……」
恵里が気がかりであった点、それは“雫が未だに女の子に対して苦手意識を抱いている”かどうかであった。無いならどうとでもなるという自信はあるが、あった場合は少々面倒である。何せ怯えるばかりで会話が成り立たたない可能性もあるのだから。龍太郎に尋ねてみれば言葉を濁したため、まだ厳しいという予想はついた。
「今すぐ、ってわけじゃねぇんだ。ただ、八重樫がかわいそうでよ……」
弱々しい龍太郎のつぶやきからして相当参っているのはうかがえる。ここで上手く助け船を出しておけばトータスに転移した際やエヒトと戦う際に何かと使えるかもしれない。しかし、そのためのいい方法が浮かばない。まずハジメと雫を仲良くさせてから接触するということも浮かんだが、ハジメが雫と会うことを考えるだけで不愉快になる。
(ああもうどうする!? ハジメくんに頼むのはやっぱり考えられないし、ボクでも鈴でも雫からすれば大差ないだろうし……クソッ、八方塞がりじゃないか!)
「あ、あのー……」
こうなったら出たとこ勝負で行こうかと考えたその時、ハジメがおずおずと手を挙げた。一体どうしたのかと全員が視線を向けると、緊張して恵里の手を握りながら龍太郎に向けて問いかけた。
「えっと、その……」
「どうした? 用があるならちゃんと言ってくれ」
龍太郎のぶっきらぼうな物言いに軽く殺意が湧いた辺りでハジメが問いかけてくる――その子に会ってお話ししなくても大丈夫? と。ハジメ以外がそろって首をかしげた。
「いやー、ホント助かったぜ! 俺バカだからよ、あーいう考えなんてぜんぜん出なかったぜ!」
「や、役に立ったんならよかったよ」
下校中に龍太郎と出くわしてから早三日。この日の昼休みもいつものようにハジメのいる教室で三人で話をしていると、上機嫌な様子の龍太郎が現れたのである。どうやら上手くいったらしく、話を聞いた限りでは雫の笑顔も増え、『こわいけれど会ってみたい』と漏らしたのも伝えてくれた。
あの時ハジメが出した考えはひどく単純なものであった。雫に本を貸すというシンプルなものである。鈴の時のように電話番号を書いた紙を渡す事も頭に浮かんだとハジメは言っていたが、知らない人と会うのが怖い子にやるのはダメだと考えた。ならばその子も読むジャンルを龍太郎から聞いて推測し、まずは本を貸して自分たちはイジメていた子とは違うアピールをした方がいいと訴えたのである。
「それに二人もありがとうな! お前らのおかげで八重樫も安心してくれたしよ!」
しかしハジメの案をそのまま実行したという訳ではなかった。恵里はそれだけだと警戒するんじゃない? と伝えたところ、鈴が新たにアイデアを出したのだ。『じゃあこうかん日記みたいに紙に感想を書いてお話しようよ』と。本を貸すついでに感想を書くための紙をはさんで渡したのだ。それらが上手くかみ合って功を奏したのである。
「あー、うん……ハジメくん困ってるから叩かないでくれる?」
「っとと、悪い、悪い。やっと八重樫の笑ってる顔が見れたもんでな、つい」
機嫌良くハジメをべた褒めしながら彼の背中をバシバシ叩いていた龍太郎だったが、恵里の一言でそれを止めてハジメに謝る。鈴も無言でじっと龍太郎見つめており、それに気づくと二人に平謝りした。
「まぁ、その、お前らのおかげで助かった。本当にありがとな」
そして改めて龍太郎は頭を下げると、三人に感謝してから教室を後にする。そんな彼を見送ると、鈴がぽつりとつぶやいた。
「八重樫さん、元気になるといいね」
「そうだね。すぐは無理かもしれないけど、きっと良くなるよ」
ハジメの言葉にそうだねと恵里もつぶやく。時折雫のことも話題に挙げつつ、三人はまた仲睦まじく話をするのであった。
そして龍太郎に感謝された日から二日。昼休みの教室に今度は光輝と雫も一緒になって現れた。
「な、なぁ雫。無理ならいいんだよ。そこまでして言いに行かなくても彼らはきっと怒らないよ……」
「い、イヤよ……こ、ここでにげたらきっと後悔するから……!」
「だいじょうぶだって八重樫! そんなガタガタふるえて来てもあっちがメーワクするだけだろ!!」
……足を小刻みに震えさせ、光輝と龍太郎に止められながら、だが。
(……なにあれ)
「あれが八重樫、さん? だ、だいじょうぶかな……?」
「他の人に会うのがこわいって聞いてたけど、鈴はぜったいだいじょうぶじゃないと思う」
恵里はあまりにも記憶と違う彼らの様子を見て絶句し、ハジメと鈴は心配そうに見つめるばかり。すると光輝の後ろに隠れつつ、龍太郎の説得を無視して光輝を押しながらこちらへと向かってくる。その様子に三人は何を言えばいいかわからなくなってしまった。
「あ、あの!……えっと、その……」
そして恵里達から一メートル離れたところで、光輝の後ろに隠れたままの雫から声をかけられる。どうすればいいのかわからず黙っている三人を尻目に、雫はどうにか勇気を出そうと光輝の服の裾を握っていた。
「なぁ光輝、止めないのかよ」
「いや、雫が勇気を出そうとしてるし、それをじゃましたくないし……」
「え、えっと……えっと……」
呆れた龍太郎に声をかけられた光輝であったが、やはり雫を止めようとはしていない。未だに勇気が出ず、裾を握っている雫の手にそっと手を添えるだけであった。
「あ……あり、がとう。私に、本を貸してくれて」
ようやく決心がついた雫は光輝の背の横から顔を出し、消え入るような声で感謝を告げる。するとすぐに顔を引っこめてまた光輝の後ろに隠れてしまう。そんな様子をおかしく思ったのか、鈴はプッと吹き出すと少年の後ろに隠れた子に声をかけた。
「えっと、八重樫さんでいいんだよね? 鈴は谷口鈴だよ。山おり谷おりの谷に、お口の口、猫ちゃんがつける鈴の鈴。それで谷口鈴」
「え、えっと、その……」
尋常じゃない違和感に放心する恵里と、どうすればいいのか迷っているハジメよりも先に、鈴は雫に優しく声をかける。声をかけられ、返事をしなきゃと緊張でガチガチになりながら背中から雫は顔を出す。そこでまた鈴は優しく声をかけた。
「八重樫さんも『さくふぶ』がすきなんだよね? また紙に書いてお話ししようよ」
「――うん。うん!」
その言葉に雫の顔がパッと花が咲いたように明るくなった。ようやく笑顔を見せてくれた少女に全員がホッとする。
「……そういえば名前を言ってなかったね。俺は天之河光輝。もうわかってると思うけど、俺の後ろにいるのが――」
「こ、光輝くん。自分で、自分で言うから……私は、八重樫雫。その、よろしくおねがいします」
「……そういえば俺も全然自己しょうかいしてなかったわ。俺は坂上龍太郎だ。その、八重樫だけでいいから親しくしてやってくれ」
そして遅ればせながら三人が自己紹介すると、ハジメも恵里の肩をポンポンと叩いて意識をこちらに持ってこさせ、自分たちも自己紹介をする。
「僕は南雲ハジメです。えっと、その、よろしくね。天之河くん、八重樫さん、坂上くん」
「――あ、えっと、ボ……私は中村恵里。その、よろしく」
「よ、よろしくおねがいします……谷口さん、南雲くん、中村さん」
軽くボロが出しそうになりながらも恵里もハジメと一緒に自己紹介を終える。この日以降、恵里のこの世界での交友関係に光輝、雫、龍太郎が加わったのであった。
六月を迎え、梅雨入りを果たしたある日。どんよりとした天気の中、恵里は今日も友達と共に帰路に着いていた。
「そういえば今日は皆どうするの? 鈴はハジメくんと恵里といっしょに鈴のお家であそぶけど」
「俺はいつも通り雫の家の道場で稽古だな。そういえば龍太郎、お前はたしか空手を始めたんだよな?」
「おう。だからあそぶ回数は少なくなるかもな。まぁでもそこまで変わんねぇ気はするけどよ」
鈴の問いかけに最初に答えたのは光輝であった。恵里達と友達になった後、稽古がない日は龍太郎や雫も誘って
とはいえ一週間の大半は稽古が入っており、
「そっか。でももし借りたい本があったら言ってね。いつでも貸してあげるから」
「おう、そん時は頼むぜ」
「なぁ南雲、お前の家の門限っていつまでだっけ? この前借りたマンガの続きが見たいんだけど」
「えっと、確か六時までだったよ
――恵里達が光輝ら三人と交友関係を結んで一週間ほど経過した後のこと。いつの間にやら遠藤浩介という少年も入ることになっていた。
何故彼が恵里達と友人になったかというと、奇妙なことに八重樫が関わっていた。雫へのイジメが発覚し、両親か祖父が同伴して登校するようになった頃に鷲三から誘われたのだ。曰く、『君には素質があるからそれを
急な誘いに浩介少年も驚いたものの、幼少期から悩んでいる“ある事”が解決できるかもしれないとそそのかされ、八重樫の門をくぐることになった。当初は影の薄さから学校や道場で出欠をとっても四、五回に一回ぐらいしか気づかれることがなかったのだが、ある手ほどきを受けるようになってからは五回中三回ぐらいは気づかれるようになった。その辺りから同門である光輝や雫と友達になり、二人を経由して他の四人とも親しくなったのである、
「えっ!?……あ、いたんだ遠藤くん」
「うぇっ!?……あ、そこにいたんだね遠藤くん」
「いやヒドくないか中村も谷口も!? 俺ずっといたよ!? なあ、八重樫は気づいてただろ!」
「え、えっと……ごめんなさい。てっきりあっちの方だと」
「いたよ! 俺ちゃんといたんだよ! ここにいたんだよ!!」
……なお、このように気づかれないこともしばしばあるが。
いつの間にやら彼と同じ手ほどきを受けていた雫が一番気づく可能性が高いのだが、それでも外すことはないわけではない。次点がハジメであり、ここ最近ならば二、三回に一回ぐらいの割合で気づけるらしい。他の面子は言わずもがなである。
「……やっぱ俺の友だちは南雲だけだよ。心の友よ!」
「あはは……そう言われるとやっぱり照れるね」
「俺そっちにいねぇよ!? あさっての方を向きやがってちくしょう! このうら切り者!」
今日もまた浩介の悲痛に満ちた叫びが響き、彼に気づける雫が頭をなでて慰める。これもまたありふれた光景となっていた。
「ねぇ中村さん。その、
そして浩介をなでながら苦笑いを浮かべる雫から声をかけられ、恵里は一瞬遠い目をする――『恵里ちゃんの恋を見守り隊』改め、『恵里ちゃんと八重樫さんの恋を見守り隊』がここ最近雫に絡んできているからであった。
流石にかつての頃と同じ人数も勢いもないものの、恵里と雫が友人になったことが知れ渡ってから再結成される運びとなったのだ。
生暖かい視線を向けてきたり、困っている様子を見かけたらすぐさま雫のところに話に来るのがメインである。とはいえ雫がイジメられていたことを鑑みて大人数で押しかけることはないし、無理して話しかけることもないのだが。そうやって余計なことをしない分、質が悪くなってしまっている。
「まぁ、その……余計な事言わなきゃ暴発しないから」
「……中村さんってすごいわね。あの子たちを上手くあつかってたんだもの」
これに関しては光輝も龍太郎も手を焼いている。恵里に関する騒動から彼らの厄介さは身に染みているし、かといって雫に悪さをするわけでもない。むしろ雫に何かあったら逆にあーだこーだ言われる羽目に遭うぐらいでしかないため対処のしようがないのだ。しかもその注意が基本的を射ているためにぐうの音も出ないことがしばしば。鈴と浩介以外にとって頭の痛い問題であった。
「中村……さん、その、頼むから彼らをどうにかしてくれないか? 一年もいたんだから何となくわかると思うんだけど」
「アイツらはボク……じゃなくて、私だってどうにも出来ないよ。ほっとくのが一番無害なんだよ」
光輝から彼らの手綱を握るよう頼み込まれるものの、厄介さを一番理解している恵里は目をそらしながら答えるだけであった。固まっていると何を起こすかわからないからバラバラにさせられた問題児達は伊達ではなかった。
ちなみに恵里はハジメと鈴以外には自分の下の名前を呼ばせないようにしており、その都度にらんでいる。特に光輝には顕著で苗字ですら呼び捨てを許しはしない。前世? の恨みは未だに根深かった。
「お、そろそろか。それじゃあな南雲、谷口、中村」
「うん。じゃあね坂上くん、天之河くん、八重樫さん、遠藤くん」
「ああ。じゃあまた明日――じゃあ行こうか、雫」
「また明日――うん、光輝くん」
「じゃあなー、南雲ー。あと中村と谷口、お前らいい加減俺をちゃんと見つけろー!」
「はいはい。じゃあね八重樫さん、坂上くん、遠藤くん、天之河くん」
「ばいばい。八重樫さん、天之河くん、坂上くん、遠藤くん」
いつもの交差路で四人と別れ、恵里達は鈴の家へと向かう。にぎやかになった日常に苦笑いを浮かべながらも、恵里はハジメと手を繋いで隣を一緒に歩く。
何度もやってるのにまだ頬を赤くしてしまう少年を見て微笑みながら、鈴がもう片方の手を繋いでくるのを見て頬を膨らませながら歩いていく。日常が変わっても、三人の距離は変わらなかった。
香織の幼馴染フラグが折れました(多分)
また、ここで鈴にあるフラグが立ちました。これはトータスに行けばわかります。
そして遠藤とある人物にもフラグが立ちました。これもトータスに行けばわかります。