あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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皆様のおかげでUA24000オーバー、しおりも105件、お気に入り数も324件、感想も51件に届きました(2021/6/21 07:05現在)。またそのお陰か再度ランキング入りも出来ました。誠にありがとうございます。

そして氷潤さん、自分の作品を評価してくださって誠にありがとうございます。10点とはとても恐れ多いです……。

しかしまぁ、その……どこぞの『ライオンのごきげんよう』の司会の方が仰っていたように、随分と長いドッキリを受けているかのようです(遠い目)

今回はある事情でちょっと短めになりました。詳しくはあとがきで。では本編をどうぞ。


十四話 一喜一憂する恋人たち(前編)

「ねぇ恵里ちゃん、もうそろそろバレンタインだけどどうするの?」

 

「え、えっと……」

 

 新たに友人となった光輝、龍太郎、雫、浩介らを加えて学生生活を楽しんでいれば既に季節は二月を迎えていた。

 

 にらんだり、やめるよう言うつもりだったものの、香織との関係悪化や父とハジメにそんなことをしたのが伝わってしまうのを恐れたために、“恵里ちゃん”呼びを許してしまった香織に問いかけられる。

 

 恵里は一瞬答えに詰まったのを見た同級生達の間にどよめきが走り、次第に黄色い声が上がっていく。一学期の終わりの辺りからハジメとのアレコレについて聞かれるようになり、今回もまたそれを答えようとしたつもりであった。

 

 しかしその瞬間、ハジメにあーんさせたことや、ホワイトデーにハジメから貰ったクッキーのこと、今年何を渡すかについて悩んだことなどが浮かんでしまい上手く答えられなかったのである。

 

 普段その手の質問に割と冷静に答えていた恵里が言葉に詰まる様子を見せたことに、周りにいた子達は興奮を覚えずにはいられなかった。

 

「や、やっぱり、て、手作りのチョコとか、そ、そういうのを南雲くんに……!?」

 

 それは香織も例外ではなく。よく読んでいる少女漫画である展開の生きた見本が近くにいればテンションが上がるのも無理はなかった。

 

 恵里は一度せき払いをしてからそうだよ、と答えればあっという間に興奮は最高潮に達してしまう。それは聞き耳を立てていた他の女子達も例外でなく、あっという間に興奮は伝播していく。

 

「も、もしかしてベタなハート型とか!?」

 

「いや、そんなつもりないけど」

 

「でしょ! 今どきそんなことないよ。チョコを入れたお菓子とかだよね!」

 

「え? あ、その、考え中で……」

 

「ブラウニーとか!? も、もしかしてちょっと大人な感じ!?」

 

「いや中村さんって色々出来るしケーキとか! チョコレートケーキじゃないの!?」

 

「いや、そこまでやれないからね!?」

 

 勝手に盛り上がる周囲を止めようとするも一度ついた勢いは簡単には収まる気配を見せず、話は勝手に膨らみ続けていく。

 

(ああもう! あの子達はいないのにどうしてこうなるのさ!……これもそれも全部ぜーんぶハジメくんのせいだ! 絶対そうだ!!)

 

 あまり関係ないハジメに心の中で罪を全部おっ被せつつも、恵里はどうにか事態の収拾をつけようと何度も何度も声をかける。その結果、すぐそこまで来ていた担任がこの騒ぎを見てカンカンになり、恵里含めた全員が叱り飛ばされることになった。

 

 そしていつもの帰り道。バレンタインが近いからかハジメら男の子組も鈴と雫もまたどこか浮ついた様子であった。

 

「な、なあ南雲。お前さ、中村から、その……もらったんだよな?」

 

 浩介からの問いかけに顔を一瞬で赤くしたハジメがコクリとうなづけば、龍太郎と一緒に浩介はおお、と声を上げた。恵里達が読んでる少女漫画の一シーンみたいなことを友人がやっていると知って二人は驚きを隠せなかった。

 

 一方、ハジメは恵里と鈴にあーんされたことを思い出してしまい、顔をうつむかせたまま無言で歩いていく。

 

 光輝が『やっぱり南雲ももらっているんだな』と感心するような素振りを見せたり、それを聞いた浩介が『あーあーいいよなーモテるやつはさー』と嘆いて龍太郎と傷を舐め合おうとするも、龍太郎の方は特に堪えていない上に浩介を見失っていたため『ふざけんなぁあぁあ!』と浩介が大声を上げたりと割といつも通りの男子をよそに恵里は鈴と雫とでチョコについてトークを繰り広げていた。

 

「やっぱり手作りじゃないと光輝くんはよろこんでくれないのかしら……」

 

「そんな訳ないと思うよ。天之河くんは雫からもらえるのなら何でも喜ぶだろうし」

 

「いや、そうだろうけどさぁ恵里……きっとお店で買ったのよりも自分で作った方がよろこぶんじゃないかな、雫」

 

 半年以上のつき合いもあり、お互い名前で呼び合う間柄になった雫に恵里は適当な励ましの言葉をかけるものの、鈴から半目で見られて呆れられてしまう。雫に夢中なんだから大丈夫でしょと言い訳する恵里、そんなことをのたまう彼女をじっとりとした目で見つめる鈴をよそに雫は物思いにふけっていた。

 

 光輝にチョコレートを渡したいと思ってはいたものの、恵里や鈴の話を聞いている内に店で買ったものを渡せばいいだろうかと考えていた自分を恥じる。かといって料理経験がないのにチョコレートを自作できるだろうかと引け腰になっていたのだ。

 

「ねぇ雫、どうしたの? 言いたいことがあったら言ってよ。鈴も恵里も友だちなんだから」

 

「その……私、光輝くんに買ったのをあげようと思ってたんだけど、でも手作りの方がいいみたいだし、けどどうやればいいかわからなくて……」

 

 板挟みになってしまって悩む雫。急にだんまりになったことに不安を感じた鈴は雫に声をかけてみると、胸の内を明かしてくれた雫にあることを提案する。

 

「じゃあ、鈴たちといっしょにチョコレート作ろうよ。それだったらいいよね?」

 

「えっ!? で、でも鈴ちゃんと恵里ちゃんに悪いんじゃ……」

 

「んー、別に構わないけど」

 

「えぇっ!?」

 

 二人にあっさりとOKを出されて雫は大いにうろたえた。迷惑をかけるとは思っているものの、二人の申し出は雫にとってひどく魅力的であったのだ。チョコを手作りしたことのある二人と一緒なら、経験のない自分でもきっとやれるかもしれない。友人相手に算盤を弾く自分に驚き、そんな自分を嫌悪するも差し出された手を拒むにはあまりにもったいなさ過ぎる。しばし悩んだ末、お願いしますと消え入りそうな声で二人に頼み込むのであった。

 

 その後誰の家で一緒に作るかについて話し合ったり、もらえることが確定しているハジメと光輝をうらやましがった浩介や興味が少しあった龍太郎にも“適当なものでいいなら”という前提でくれることを約束したら無駄にテンションが上がったりと今日の帰りもまた騒がしいものであった。

 

 

 

 

 

 そして時は過ぎてバレンタイン前日。学校を終え、男子~ズと別れた恵里達三人は一度家へと戻ってから谷口家へと来ていた。

 

「あ、来たね恵里。雫」

 

「ようこそ来てくださいました。じゃあ中村さん、八重樫さん、もう材料は用意してあるんで手を洗ってから台所に来てくださいな」

 

 お手伝いさんである梅子に促された恵里と雫は『はい』と元気よく返事をし、梅子と一緒に出迎えた鈴が先導する形で洗面台へと向かう。手早く手洗いを終わらせて台所に来た三人はこの時のために買ったエプロンを身に着け、恵里と雫は親に事情を話して家から持ち込んだ道具を梅子に預けた。

 

「よし、準備は出来ましたね。もうチョコレートは刻んであるんで後は溶かすだけですよ。んで、確か……」

 

「う、梅子さん! そ、それ以上は言わなくていいから!!」

 

 恥ずかしがった鈴に止められてやれやれといった感じで一度鼻息を出すと、()()()の刻んだチョコが入ったボウルを三人の目の前に出した。

 

「それじゃチョコレート作りの基本、湯せんをやっていきましょうか。それじゃまずは湯せんに使うお湯の用意から」

 

 鍋にサッと水を入れ、それをすぐに火にかける。『温度計で計るのもいいが、沸騰したお湯に水を突っ込むのが手っ取り早い』といった旨のアドバイスをすると、雫はすぐに持ち込んだメモ帳を手に取り、一言一句聞き逃さぬよう書き込んでいく。それを見た梅子は去年何度も頭を縦に振った鈴を思い出し、一瞬だけ笑みを浮かべて作業に戻る。

 

「まぁ火を使いますし、親御さんにやってもらった方が早いでしょう。んじゃ水を入れて温度を下げてから、こっちのボウルを入れましょうか」

 

 鍋のお湯を雫から預かったボウルに移し、水道水を同じぐらい入れて少し経過してからチョコの入ったボウルを上にする。そして雫を手招きした梅子はゴムべらを出すよう言うと、やってみなさいと目で伝えた。雫も少し戸惑いながらも家から持ち込んだへらで溶け始めたチョコレートをゆっくりとかき混ぜていく。

 

「そうそう。上手ですよ。ある程度やって温まったらあたしに声をかけてください。温度を測りますんで……それじゃ中村さんとお嬢様のやる分も今用意しますんでちょっと待っててもらえますかね」

 

 そう言うと梅子は近くのテーブルの上にあった市販の板チョコを幾らか掴むと素早く包装をはがし、手際よく刻んでいく。梅子の言った通り、わざわざ二人の分を取っておいてくれたのである。幸、霧乃から材料費だけでもと言われたのだが、春日はいつも鈴がお世話になっているからと言って断っており、その話を聞いた時は恵里も雫もそろって春日に頭を下げた。

 

 恵里の分、鈴の分のチョコレートをそれぞれのボウルに入れると、鍋を二つ取り出して水を張り、それぞれを火にかけていく。

 

「えーと、梅子さん。これでいいんでしょうか?」

 

「んーと、ちょっと待ってくださいね……もう少しですね。もうちょっとしたらこっちの氷水張ったボウルにつけてください」

 

 まだ少し温度が足らないことを梅子から伝えられると、わかりましたと答えつつ雫は不慣れながらも真剣にチョコレートを溶かしていく。これも全ては王子様(光輝)のため。手を抜くことなく作業に取り掛かる。

 

「お、ちょっと待ってくださいね八重樫さん……よし、じゃあこっちのボウルにつけてから静かに混ぜてくださいね」

 

「あ、はい。よい、しょ……っと」

 

 そして梅子が突っ込んだ温度計が四十度辺りを示したところで雫はボウルを持ち上げ、氷の入ったガラスのボウルにつけてからまたヘラでゆっくりとかき混ぜていく。

 

「どう、雫? ちょっと笑ってるみたいだけど、案外簡単だったりする?」

 

「ううん。初めてでむずかしいわ……でもね、光輝くんが食べてくれると思うと、ちょっとドキドキする」

 

「そっか。鈴もそうだよ。ハジメくんに食べてもらうんだー、って思うとやっぱりね。恵里もそうでしょ?」

 

「まぁ、ね……」

 

 そうしていると、熱めのお湯でチョコレートを溶かす段取りまで来ていた恵里と鈴から声をかけられる。一年前までは同性の友達と話をしながら、好きで仕方ない子のためにチョコレートを作るなんて想像しなかっただろう。そのことが少しだけおかしくて、嬉しくて、すごくドキドキして。そんな入り混じった表情を見せながら雫はへらを動かす。

 

 ハジメのことを思って微笑む鈴に問いかけられ、恵里も頬をほんのり赤く染めながらチョコレートを溶かしていく。時折梅子に注意されながらも、三人は談笑を交えつつチョコレート作りに励む。

 

 その後、オーブンシートで作った絞り出し袋を使って型にチョコレートを流し込むのを三人がやってみたり、固まるのを待つ間に梅子が淹れたお茶を飲みながら明日のことを話したり、型から取り出した際に盛り上がったり、余計に作った分を全員で試食してその出来栄えに思わずうなったりして三人は明日を心待ちにするのであった。

 

 

 

 

 

 そして来たる決戦の日。学校を終え、そわそわした様子の七人はいつもの交差路で一度別れると、ハジメの家で合流する。そしていつものようにリビングに集まると、恵里、鈴、雫はリボンでラッピングされた小さな袋を取り出した。

 

「はい坂上くん、遠藤くん、あと天之河くん。義理チョコね」

 

「いや、恵里。言い方考えようよ……遠藤くん、坂上くん、天之河くんも。鈴の手作りチョコだよ」

 

「恵里ちゃんそこまで言わなくても……えっと、坂上くん、南雲くん、遠藤くん。これ、良かったら……」

 

 ハジメと光輝以外は女の子から初めてチョコをもらったため、恥ずかしさから顔を赤くしてしまう。ハジメと光輝もまた少し照れた様子でありがとうと礼を述べた。

 

「それじゃあ……はい、ハジメくん。私の手作りのチョコだよ」

 

「ハジメくん、これ。鈴もがんばったよ」

 

「う、うん。ありがとう、二人とも」

 

 そして今度は本命の相手へのプレゼント。恵里と鈴は微笑みを浮かべながらハジメにチョコレートの入った袋を渡した。今年は他にも人間がいる中でのためか恥ずかしさで少しうつむきつつも、二人からの好意を受け取る。

 

「こ、光輝くん……そ、その……こ、これ。う、うけ取って!」

 

 それは雫もまた同様で。他の面子、特に気恥ずかしそうに頬をかく光輝に時折見つめられながらでひどく緊張し、手を震わせながらもチョコレートの入った袋を彼の前まで差し出す。

 

「あ、ありがとう雫……俺、やっぱり幸せ者だよ。雫にこんなに思ってもらえるなんて」

 

 そして返す刀で放たれた言葉に雫は彼の顔を見れなくなってしまった。両手で顔を覆い、声にならない声を漏らしてイヤイヤと身をよじらせる様はまごうこと無き乙女であった。

 

 その時影の薄い誰かが『口の中がジャリジャリする』と呟いたようだがそれはきっと勘違いだろう。ここらを通りがかった猫辺りの鳴き声がそう聞こえただけやもしれない。

 

「ふふっ、どうやらちゃんと渡せたみたいね」

 

 全員にチョコを渡し終えて少し経ったぐらいに、菫が人数分のジュースの入ったペットボトルを持ってやってきた。みんなが頭を下げて礼を述べ、ペットボトルを渡し終えた途端、菫は爆弾を投下してきた。

 

「そういえば恵里ちゃんも鈴ちゃんも今年はハジメにあーん、しないのかしら?」

 

 途端、ビシリと全員が固まった。特にハジメと恵里と鈴は嫌な汗をダラダラと全身から流して縮こまっており、それを見た四人全員『マジか』と驚くばかりであった。

 

「あの、菫さん、その……ね? えっと、ボクもあの頃は若かったっていうか……」

 

「何言ってるのよ。今でも恵里ちゃんは子供でしょう? 子供なら子供らしく、ウソついてでも本気でハジメを振り向かせないと」

 

 そしてかけられた追い打ちに恵里は本気で涙目になった。理由はどうあれハジメの関心を引こうとしたのは事実であり、反論のしようがなかった恵里は無言で体育座りをして顔をうずめる。

 

「す、鈴は……すずは、その……」

 

「ほら、鈴ちゃんも。鈴ちゃんだってハジメのことが好きなんでしょう? 相手を決めるのはハジメの方なんだし、ここでアピールしとくとお得よ~?」

 

「お、お母さん!! ふ、二人をからかわないでよ!」

 

「えー、ハジメだって嬉しかったじゃない。しばらくの間、家の中でニヤニヤしてるのをお母さんはちゃーんと見てたわよ。『あーんしてもらったー』って呟いてたのだって聞いたんだから」

 

 菫の悪魔の誘いを受けてゆだる鈴をかばうようにハジメは吠えるも、容赦のないカウンターで無事轟沈。恵里と仲良く体育座りを決め、鈴も両手で顔を覆ってしまう。そして残った四人の中で特に泡を食っていた雫に近づくと、ロクでもないことを吹き込んできた。

 

「――多分光輝君も喜ぶと思うわよ? ちょっと勇気を出すだけで、彼の心をわし掴み出来るんじゃないかしら」

 

「わ、わし……わし、づかみ……」

 

「し、雫にヘンなこと吹き込まないでください!!――な、南雲! お前のお母さんだろう、早くなんとかしてくれ!!」

 

 ただでさえ赤い顔がもう耳の先まで赤く染まっていく雫をどうにかしようと、ハジメの両肩を掴んで揺さぶる光輝であったがハジメはまだ心が恥ずかしさで死んだまま。頭をかすかに横に振るだけで何もやらなかった。

 

 そして突然の事態に頭が働かなくなった龍太郎と『めちゃくちゃ口の中がジャリジャリしてて甘ったるい』と漏らす浩介を横目に、ブツブツと何かをつぶやいていた雫は急にフラリと立ち上がり、光輝が横に置いていたチョコの入った袋を手に取って彼の肩を叩いた。

 

「だから南雲、お前しかいないんだ! お前しかあの悪魔をどうにか――ぅぇっ?……し、雫……?」

 

 遠くでニヤニヤしている菫をどうにかしようと必死になってハジメに声をかけていた光輝だったが、いきなり肩を叩かれたことに驚いて勢いよく振り向いた――そこにはハート型のチョコを人差し指と親指でつまんで真ん前に突き出している雫がいた。

 

「ぁ、ぁーん……ぁーん……」

 

「し、雫……? そ、その、おち、落ち着くんだ。い、今の君は南雲のお母さんにそそのかされただけで、べ、べつにやらなくても俺は、その――」

 

「で、でも……も、もっと光輝くんと、な、なかよく……なかよくなり、たくて……」

 

 指の先まで真っ赤になった雫は体を成していない言い訳をするばかりで止めようとしない。じわりと瞳が潤んできた雫を見て冷静でいられなくなった光輝は菫への恨み節以外もう何も考えられなくなった。そして意を決して動く――。

 

「や、やっぱりめいわくだったよね。ご、ごめんなさ――ぁっ」

 

 光輝が勢いよくチョコにかじりつく。その瞬間、雫は言い知れない喜びとそれをたやすく凌駕する羞恥に襲われる。

 

「あっ、あっ、あっ――」

 

「――し、雫。こ、これで許してくれない、か……えっ? 雫? 雫ーーーーーーー!?」

 

 雫、気絶。余すことなく体が真っ赤になった少女の脳は、突如暴れ狂った感情の手綱を握れずに意識を手放して光輝の胸元に倒れ込んでしまう――その顔はとても喜びに満ち溢れていた。

 

「――ジメくん、ハジメくん」

 

「?……恵里、ちゃん――!? え、恵里ちゃん!?」

 

 そして異変は雫だけでなかった。復活した恵里はハジメの体を揺さぶって声をかけ続け、意識が向いた途端にチョコを彼の口元近くまで突きつけたのである。

 

「あ、あーん……ほら、た、食べて」

 

「えっ!? ど、どうして!? なんで!?」

 

「だ、だってバレンタインだもん! これが普通だって去年も言ったでしょ!? だから! だから!!」

 

 雫が暴走する様を聞いて恵里の心に火がついてしまった。あーんをした雫が()()()無性にうらやましくなり、それを受け入れた光輝に対してひどくイライラして思わずやりたくなったのだ。

 

(仕返し……これは仕返しなんだ! ボクを受け入れなかった天之河くんへ見せつけるだけ! それだけなんだ!)

 

 誰に向ける訳でもなく心の中で必死に言い訳をしながら恵里は目を白黒させているハジメに迫り続ける。光輝への苛立ち、湧いてきた羨望、ハジメに対して抱いてしまったよくわからない感情で頭がぐちゃぐちゃになった恵里は息を荒げながらハジメをじっと見ていた。

 

 どうにかして恵里をなだめようとハジメは頭を働かせていたが、チョコをつまんで突き出している腕がまた増えた。鈴である。

 

「す、鈴ちゃんも!? お、おねがいだから、その……」

 

「い、イヤだよ! え、恵里だけぬけがけなんてズルいから!! す……鈴だってハジメくんにチョコ食べてもらいたいから!」

 

「んなっ!? す、鈴っ!――ぼ、ボクが食べてもらうんだから! ハジメくんに美味しいって言って貰うんだから!!」

 

 自分を無視してギャーギャーわめき始めた二人を見て余計に混乱し、どうすれば丸く収まるのかを思考のまとまらない頭で考え続けるハジメ。嬉しさと恥ずかしさとケンカする二人を見たくないという思いで支離滅裂になった脳はやはり斜め上の結論を下す。

 

「今回作ったチョコはみんな同じやつでしょ! だったらボクの分だけ食べてもらえば味の評価が出来るよね!? だから鈴が出しゃばらなくったっていいじゃないか!!」

 

「同じ味だったら鈴でもいいよね!! ううん、鈴の方がていねいに作ったからもっと口当たりがいいと思う! だから恵里の後で鈴のおいしいチョコを食べてもらうから!!」

 

「す、鈴の癖に生意気ぃ! ボクの方がハジメくんに気に入られ――ぁっ」

 

「恵里も……恵里もちょっとくらい鈴にハジメくんをゆずってよ! 鈴だって、鈴だってガマン――ふぇ?」

 

 言い争いをしつつもずっとチョコをつまんでいた腕はハジメの方に向けていたため、ならばと考えたハジメは両方を食べたのである――指に歯が当たらないよう、そして当たったとしてもなるべく歯を立てない様に、勢いよく一気に。

 

「あ、あわ、ああ、あああ……た、たべ、ハジメくん、たべて……」

 

「いまのあったかいの、って……はじ、ハジメくんの歯……くち、びる……」

 

 その際ハジメの口が二人の指にもちろん当たってしまい、どっちの脳もバグってしまった。去年以来の二度目の感触に気づいた恵里、初めての感触の正体を探って結論を出してしまった鈴は、もう正気ではいられなかった。

 

「も、もう食べたから……お、おいしかったから。ケンカ、しないで。ね?」

 

 今になってすさまじい恥ずかしさに襲われたものの、これでどうにかなるはずだと目に涙を浮かべながら二人に問いかけるも反応は返って来ない。まさか怒らせてしまっただろうかとオロオロし始めたハジメは気づけなかった。

 

「ま、またボクの……ボクのゆび、たべ、たべ……は、ハジメくんはボクのゆびがす、すすすす……」

 

「は、ハジメくんのくち、あたって……き、キスされちゃった……すず、ハジメくんとき、きききき、キス……」

 

 指にくちびるが、そして歯が軽く当たってしまったために二人の様子がおかしいことに。かすかな声で支離滅裂なことをつぶやいていることに。自分のように恥ずかしさのあまり目を回しそうになっていることに。

 

「ね、ねぇ二人とも……お、おこってる? だ、だったらごめんね」

 

「い、いやいやいや! そ、そんなことないけど!?」

 

「そ、そうだよ!! す、鈴もおこってないから!」

 

 挙動不審な二人を見て悪いことをしてしまったんだと勘違いしたハジメはショボくれ、これはまずいと感じた恵里と鈴、そして菫になだめられる。そこで鈴がうっかり『指をなめたりキスするのが好きでもおこらないから!』と口を滑らせたために、変な誤解を受けたショックと恥ずかしさで泣きながら否定し出したハジメをどうにかする羽目になった。

 

 最早背景と一体化しかかっていた龍太郎は『バレンタインって何だろうな』とつぶやき、浩介は羨ましさやら嫉妬やら何やらで心が死んで無駄に存在感があらわになっていた。今年のバレンタインもまた地獄もかくやの様相であった。

 

 この一件から皆の中で何とも言えない空気が漂い、光輝と雫、誤解の解けたハジメと恵里そして鈴は恥ずかしさのあまり目を合わせることすらしばらく出来なくなった。またこういうイベントの時は南雲家に絶対に寄らないことが七人の間で決まり、余計なことをした菫も親~ズから叱られる羽目になったのであった。




本日の懺悔
本来なら前後編に分けずに投稿するはずだったんですよ。でもね、書けば書くほど増えるの。いっぱい増えるの。昨晩前後編で分けて投稿しようか迷ったんですけど、その時点では8割完成でまだ12000字足らずだったんでギリいけるかなー、って思ってたんですけど今朝方執筆してたらもう14000字近くまで行っちゃって……どうしてこうなった(AAry

なので近いうちに後編も投稿します。ちょっとキリの悪い形になってごめんなさい。

あとここからちょっと巻きます。具体的にはあと10話ぐらいで原作プロローグの辺りまで。そうしないと高校に入るまであと20話近く作者は書きかねないからね!
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