あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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それではいつものように感謝の挨拶を。
皆様のおかげでUAが25000オーバー、お気に入り件数も331件(2021/6/22 9:27現在)と増えました。いや、多くない? 伸びがけっこうえげつないんですけど(恐怖)

そして天無零さん、小魚chさん、赤飯軍曹さん、自分の作品を評価してくださって誠にありがとうございます。かなりの高評価をつけていただいて恐縮です。

では短いですが本編をどうぞ。


十五話 一喜一憂する恋人たち(後編)

「坂上くん、天之河くん、遠藤くん、ホワイトデーはどうするの? 僕はまたクッキーを手作りしようと思ってるんだけど」

 

 地獄のバレンタインからかれこれひと月近く。ホワイトデー前の日曜日にハジメら男の子達は坂上家にて話し合いをしていた。そこでさも当然のように手作りのものを送ると公言したハジメに尊敬と驚愕の念が向けられる。

 

「いや、よくやるな南雲。俺、テキトーにどっかの店で買おうかって思ってたんだけどな」

 

「いや、俺と坂上だったら仕方ないんじゃないか? 別にあっちも好きでも……好きでもない俺らから手作りのものを送られても困るかも、しれないしさ」

 

 先月の心の傷が残っていたらしく、言うにつれて表情が苦々しくなっていったものの浩介も龍太郎と似た様な意見であった。するとハジメに尊敬の念を向けていた光輝がいきなり彼に向けて頭を下げた。

 

「頼む南雲。その、俺にも菓子作りを教えてくれないか」

 

「うん、いいよ」

 

 先月、雫から手製のチョコレートをもらってからホワイトデーに至るまで何をお返しにすればいいのかずっと考えてきた。リボンやちょっとした小物類などの類を一度考えたこともあったが、それで雫に引かれるのも嫌であったし、ピントがズレたものをプレゼントしても雫が嫌がるだろうと思ったのだ。ならば自分も手作りのお菓子でもと思ったが、肝心の作り方がわからないのだ。母である美耶もそこら辺は疎いため、他に頼れる伝手がハジメしかいなかったのである。

 

 そんな光輝の申し出にハジメは二つ返事でOKを出した。友達からの頼みであったし、同じく友人である雫が喜ぶだろうと思ったからだ。自分の経験が二人のためになるのなら、ハジメにとって惜しむ理由はなかった。

 

「ありがとう南雲。助かったよ」

 

「ううん、いいよ。僕たち友だちなんだから」

 

 笑顔を浮かべながら承諾してくれたハジメに改めて頭を下げると、光輝は早速どういうのを作ったのかを尋ねた。そこでハジメは去年自分が作った菓子について出来る限り教えたのだが母にかなり手伝ってもらっていたため、結局ちょっとしたアドバイス以上にはならなかった。

 

「そっか。ありがとう南雲。でも南雲でもやっぱり相当手伝ってもらったんだな……そうなると菓子作りが上手な人におねがいしたいな。なあ龍太郎、お前のお姉さんってどうだ?」

 

「姉ちゃんか? うーん、やれるかもしれねえけどな……ちょっと聞いてみた方がいいか?」

 

「いや、今じゃなくてもいい。ありがとう龍太郎。それでその、えーと……遠藤、お前のお母さんってそういうのって出来るか?」

 

 とはいえそれでも菓子作りが簡単ではないとわかったことは光輝にとって十分な収穫であった。なら誰か頼れる人を探してみればいい、と考えをシフトするだけである。龍太郎に聞いた後、今度は浩介に頭を下げた。

 

「おい天之河、俺はこっちだこっち……んで、母さんが菓子作りやれるかだよな? うーん、どうかな。とりあえず聞いてみるよ」

 

 なお、前よりはほんのわずかにわかりやすくなったとはいえ常日頃から気配が薄いため、今回も光輝は浩介がいるのとは別の方角を向きながら尋ねてしまっていたが。軽く涙目になった浩介から声をかけられ、また平謝りしながらもどうにか協力はとりつけた。ダメだったら最悪母に買い物につきあってもらおうと光輝が考えていると、今度は龍太郎がハジメに質問を投げかけてきた。

 

「そういやよ、南雲は今年何を作るんだ?」

 

「えっとね、去年のよりむずかしいと思うんだけど――」

 

 はにかみながら答えるハジメにこの場にいた三人は少し驚き、改めて目の前の少年をすごいと思うのであった。

 

 

 

 

 

 そして訪れたホワイトデー当日。この日は恵里の家で集合することになっていたため、男子達は一度各々の家に戻ってプレゼントを持ってくることになっていた。

 

「ただいまお母さん」

 

「こんにちは幸さん。上がっていいですか」

 

「おじゃまします、幸さん」

 

「お帰り恵里。それにいらっしゃい鈴ちゃん、雫ちゃん。リビングにお菓子とジュース、ちゃんと人数分用意しておいたわ」

 

 幸に促されて恵里達は家に上がると、すぐに各々のリビングの定位置に座って今日の事について話を始めた。

 

「やっぱり雫もきんちょうしてる? ちょっとソワソワしてるよ」

 

「うん……どういうのを光輝くんからプレゼントされるのかを考えると、ドキドキして落ち着けなくて……」

 

 光輝が何も返さないということはないとわかっているが、かといってどういうものを返してくるのかがわからない。どこかのお店で買ったものなのか、それともまた別のものか。楽しみではあるけれど同時に不安でもあった雫の手を隣にいた鈴がそっと握る。だいじょうぶだよ、と鈴から声をかけられれば少しだけ落ち着きを取り戻せた。

 

「ありがとう、鈴ちゃん。やっぱりちょっと不安だったから……あ、でも、その、光輝くんが何もしないなんて思ってないから!」

 

「わかってるよ、雫。だいじょうぶ。雫をえらんでくれた天之河くんを信じようよ」

 

 その言葉と握ってくれた手のおかげで雫は普段の落ち着きを幾らか取り戻せた。ふふ、と雫が微笑みを見せたことで安心した鈴は今度は恵里に話を振った。

 

「今年は何をプレゼントしてくれるかな、ハジメくん」

 

「……何だろうね。きっとちゃんとしたのだと思うけど」

 

 恵里はいつもハジメが座っている席に視線を向けると、ほんのわずかに表情をほころばせた。それを見て一瞬キョトンとしてしまった鈴であったが、今度はにやつきながら恵里の方を見てきた。

 

「何? 別に変なこと言ってないはずだけど」

 

「ううん。やっぱり恵里は変わったなー、って思っただけ」

 

「はぁ? 私のどこが変わったって?」

 

「そうなの? 恵里ちゃんって昔からこんな感じだったんじゃ?」

 

「ううん、ちがうよ。それはね――」

 

 ニヤついている鈴を見て軽くムッとする恵里であったが、鈴は特に堪えた様子も見せはしない。雫も昔の恵里はどうなったのか気になって鈴に尋ね、鈴もそれに答えようとしたところで玄関のインターホンが鳴った。

 

 少し間の悪いタイミングでの男子たちの到着に鈴はちょっとすねた様子を見せるものの、ハジメの顔を見てすぐに機嫌を良くした。そしてそれは恵里と雫も同じで、お互いハジメと光輝を見て不機嫌な様子や疑問符は吹き飛んでしまう。

 

「悪いな、ちょっと遅くなっちまった」

 

「ごめんね、僕がもたついちゃって……」

 

「あ、南雲のヤツをあんま責めるなよ。中村と谷口に渡すプレゼントのリボンがほどけてるのに気づいて――」

 

 浩介が弁解しようとした途端ハジメがわーわーと大声を上げて邪魔をする。光輝も苦笑しながら『少しデリカシーがないぞ遠藤』とたしなめれば、悪い悪いと頭をかきながら赤面しているハジメに謝った。

 

「あー、その、おう。まず、俺と遠藤が先でいいか?」

 

 そして気まずそうに龍太郎が皆に問いかけると、全員が苦笑いしながら首を縦に振ってくれた。そこで一度せき払いをするとまず最初に龍太郎が恵里、鈴、雫にクッキーが八枚ほど入った市販の小袋を渡した。プレーン、チョコ、アーモンド、チョコの入った市松模様のものがそれぞれ二枚の代物である。渡した感触は悪くなく、龍太郎はホッと胸をなでおろした。

 

 続く浩介はラスクの入った袋のプレゼントであった。龍太郎と被らなかったことに内心ホッとしながら渡せば、女子~ズからありがとうと言われ、まんざらでもない様子であった。

 

「ありがとう坂上くん、遠藤くん。後でおじいちゃんやお父さんといっしょにいただくわ」

 

「鈴も後でお父さんやお母さんとおいしく食べさせてもらうね」

 

「ちゃんとしたのを選んでくれてありがとう、二人とも。それじゃ、次は誰にするの?」

 

 感謝の言葉をかけられた二人は恥ずかし気にそっぽを向くと、今度は光輝が手を上げて立候補してきた。

 

「それじゃあ俺が。中村……さんと谷口はこれを――それと雫、これを受け取ってくれないか?」

 

 恵里と鈴にはプレーンのクッキーの詰め合わせを、そして雫にはいちごと抹茶とアーモンドの三つの味のスノーボールクッキーの詰め合わせの入った袋をそっと手渡した。

 

「こ、これって、その……」

 

実里さん(遠藤のお母さん)に教えてもらいながら初めて作ったやつだからあんまり出来は良くないかもしれないけど、でも雫に応えるんだったら手作りしかないと思ってさ……雫?」

 

 二人が貰ったものと見比べてまさかと思っていた雫であったが、光輝にそのまさか(手作りの贈り物)を言われて涙が止まらなかった。やはり自分は愛されてると思うことが出来、こみ上げてくる激しい感情を抑えられない。光輝は雫を抱きしめ、ゆっくりと彼女の頭をなでる。

 

「ハハ、大げさだよ雫。俺は雫にお返しをしただけだから」

 

 雫は何も言わず、ただ光輝の胸の中で涙を流すばかり。それをながめていた皆は口々に『良かったね』と一言だけ述べたぐらいで、それ以上は何も言わずに二人だけにさせる。

 

「じゃあ八重樫さんに渡す分は後にして……じゃあ恵里ちゃん、鈴ちゃん。これが、その……僕からのお返しだよ」

 

 そうして渡されたシースルーの小袋の中は、チョコレートのような色合いのクッキーが何枚も入っていた。今回はシンプルなものだろうかと思って何度かながめると、頬をかきながらハジメが説明を始めた。

 

「えっと、ちょっとわかりづらかったかな? 今年はね、生チョコをココアのクッキーではさんでみたんだ」

 

 その言葉を受けて二人は小袋の上を留めていたリボンを解き、中から一個取り出してみた。ハジメの言った通りチョコをサンドしてあるクッキーをながめ、二人は思わずため息を漏らす。

 

「去年と同じだと手ぬきだって思われちゃうし、そんなのイヤだから。鈴ちゃんは僕と一番仲がいい“お友だち”だし、恵里ちゃんは“大切な人”だから。だから本を見て何がいいか選んでみたんだけど」

 

 ハジメの言葉に鈴は少し寂しそうな表情を浮かべ、恵里は言葉に詰まった様子でただじっとハジメを見ていた。

 

「二人に渡す前に味見してるから多分だいじょうぶだと思うけど……あ、あれ? 二人とも?」

 

「――あっ、な、なんでもないよ。なんでも……」

 

 ハジメに声をかけられ、ハッとした鈴はまた笑顔を浮かべようとするものの、恵里は反応することが出来なかった。しかしハジメに向ける視線は熱を帯びてきており、頬をほんのりと赤く染めてじっと見つめている。

 

「えーと、恵里ちゃん? そ、その、はずかしいんだけど……」

 

「恵里、どうしたの恵里。さっきからポーっとしてハジメくん見てるけど」

 

「――あっ。い、いや、その……なんでも、ないから」

 

 二人から声をかけられてようやく我に返った恵里であったが、今度はハジメの方を見ることが出来ず、また鈴からの問いかけも誤魔化すしか出来なかった。

 

 頬が熱くなっていることにも気づき、胸が温かい何かで満たされている。そこで恵里は自身にある()()が芽生えたときの事を思い出し、まさかハジメにそれを抱いてしまったんじゃないかと考えてしまう。だが恵里はそんなはずがないと小刻みに首を横に振ってどうにか否定しようとする。

 

(ち、違う!……ぼ、ボクはハジメくんなんか……ハジメくんのことはただの、ただのどう、ぐ……駒……ちがう、大切な駒、こま……)

 

 ハジメは使える道具であって、それ以上ではない。そう否定したかったのに、そう思いこもうとすればするほど胸が締め付けられる。ズキズキと痛む。どうしても湧き上がった感情を否定できずに困惑していると、その様子を怪しんだ周りから声をかけられていく。

 

「恵里ちゃん? どうしたの? 頭が痛いの?」

 

「恵里、どうしたの? さっきからずっとヘンだよ」

 

「どうしたんだよ中村? まさか虫歯か?」

 

「中村、もしかして具合が悪かったのか? だったらここで俺たちは帰った方が――」

 

 口々に気遣う言葉がかけられ、それにようやく気づけた恵里はまた首を大きく横に振った。遠目から見ていた幸も皆に帰宅するよう促すつもりで寄ってきたが、幸が声をかけるより先にハジメが恵里に話しかける。

 

「もしつらかったらちゃんと言ってね。恵里ちゃんのおねがいならなんでも聞くから」

 

 そう話しかけてきたハジメの顔は真剣で、どんなか細い声であっても聞き逃すことも、どんな願いも跳ねのけないように見えた。そんな時、ふと自分の手にあった物のことが気になった。

 

「ねぇ、ハジメくん」

 

「なぁに、恵里ちゃん」

 

「これ、食べさせ……ううん。食べて、いい?」

 

 恵里は自分の持っていたクッキーサンドに一度視線を落とし、そんなことをハジメに尋ねる。

 

 一瞬とんでもない願望が口から漏れかかったが、出した途端にすさまじい羞恥を感じ、すぐに引っ込めて別のことを口にした。

 

「えっと……そ、それでいいの?」

 

 皆の目の前で自分が作ったものを食べられることに緊張と恥ずかしさを感じたものの、大切に思っている恵里からの願いをハジメは無碍に出来ない。自分の問いかけにコクリとうなづいた恵里に声を震わせながらも笑顔で『いいよ』とだけ伝えてあげた。

 

 そして恵里はハジメが作ってくれた生チョコをはさんだクッキーを口に含む。クッキー越しに体温が伝わって少し溶けたのかチョコレートの香りが口から鼻に抜けていき、ココアの優しい甘みとクッキーのサクサクとした触感の後からチョコレートの甘みが口の中に広がっていく。

 

(これをハジメくんが……ボクを思って……ボクのために)

 

 噛みしめるごとに舌から伝わるハジメの思い。恵里はそれに酔いしれながら、ゆっくりと噛んでは飲み込んでいく。手にしたものを食べ終えると目をつむってうっとりとした様子で大きく息を吐いた――そして目を開き、視界にハジメが入ると、ふらふらとした様子で彼の許へと歩いていく。

 

「え、恵里ちゃん……?」

 

「ねえ恵里、どうしたの? ちょっと変だよ、恵里!」

 

「どうしたの恵里? 恵里?」

 

 ハジメと鈴からの声かけも母からの呼びかけにも反応しない。つい先ほど恵里の異変に気づいた雫や光輝、龍太郎と浩介からのも同様に無視し、熱に浮かされた様の恵里はそのまま歩みを止めない。

 

「恵里ちゃん、しっかりして! ホントにだいじょうぶ――」

 

 ――そして心配して寄ってきたハジメの近くにくるや恵里は彼の胸元に飛び込んだ。

 

「わっ!? え、恵里ちゃん……?」

 

 数歩ほどたたらを踏むものの、どうにか抱きとめたハジメは心配そうに恵里を覗き込むと、顔を赤く染めて頭をぐりぐりと胸に押し付けてきた。

 

「ハジメくん……ハジメくん……」

 

 皆が心配そうに見つめている中、恵里の頭はハジメの事でいっぱいであった。ただハジメといたい。ハジメが恋しい。ハジメを感じたい。その一心で彼を抱きしめる。

 

「えっと……だいじょうぶ。僕はここにいるから」

 

「ハジメくん……ボクも、ボクもいっしょ……ハジメくんといっしょ……」

 

 ようやくただ自分を求めているのに気づいたハジメはおそるおそる恵里の体を優しく抱きしめ、腰元まで伸びた髪を壊れ物を扱うかのようにそっと撫でる。

 

 恵里は目を細め、彼の名前をつぶやきながらただじっとハジメを抱きしめるだけであった。

 

 

 

 

 

「ねぇ恵里ちゃん。ホワイトデー、どうだったの?」

 

「去年はクッキーだったっけ? 今年はなになに?」

 

「あ、そ、その……も、もらったよ。うん。ハジメくんからね。ちょ、チョコレートをはさんだクッキーだけど……」

 

 週明けの月曜日。いつものように香織とその友人から話しかけられた恵里であったが、冷静を装おうとして見事なまでに失敗してしまった。目が泳ぎ、顔を赤らめさせ、質問もいつものようにうまく答えられない。普段と違う様子を見せれば自然と女子達の興味が沸き、すぐに質問攻めに遭ってしまう。

 

 ――恵里がハジメに抱き着いた後、ハジメと鈴以外は甘酸っぱいようなむず痒いような空気に耐えられなくなり、家に帰ることになった。

 

 光輝と雫は手を繋ぎながら、浩介は龍太郎になぐさめられながら家を出た後、ようやく恵里は正気に戻り――脇目もふらずに意味不明な叫びを上げながら部屋へと猛ダッシュしていった。その勢いのままに布団にダイブし、全身(くる)まってはまたも奇声を上げ続けていた。

 

 完全に置いてけぼりになったハジメと、恵里の髪をハジメが撫で始めた辺りから彼の服の裾をずっと掴んでいた鈴もまた幸に帰るよう促される。そして帰り際に『今日みたいなことがやりたいなら言ってね、って恵里ちゃんに伝えてください』とハジメがもじもじしながらつぶやいたことを幸が伝えれば遂には恥ずかしさに耐えられなくなって泣き出してしまった。

 

 幸は『そんな風に思ってもらえるなんて幸せね』といったニュアンスで語ったのだが、恵里からすれば情け容赦なくトドメを刺してきたのと大差なかった。そのため恵里の機嫌は中々直らず、帰宅して事情を聴いた正則からなぐさめてもらうまでずっと泣きっ放しであったのである。

 

「ちょっとだけお返しがよくなってるね」

 

「でもちょっとだけだよね」

 

「いやでも手作りのお返しだよ? そう言ってないけど」

 

 周りはハジメのプレゼントについて好きに述べているが、ホワイトデーの醜態を思い出した恵里はそれどころではなかった。思い出すだけで顔から火が出るし、どうしてかそれが心地よかったのだ。

 

(ハジメくんだ……全部ぜーんぶハジメくんのせいだ! ボクがこうなっちゃったのも、こうしてボクが困ってるのも全部ハジメくんが悪いんだからな!! 絶対後でボクがおかしくなった責任を――)

 

「ねぇ恵里ちゃん、もしかしてホワイトデーもあーんしてもらったりしたの?」

 

「ち、違っ!? ほ、ホワイトデーはそれをやってもらったんじゃないって!!」

 

 そしてうっかり墓穴を掘った。目ざとい彼女達は“あーん”以外をやってもらったんじゃないかと話し合って即座に結論を導き出し、一体何をやってもらったのかを執拗に尋ねてくる。

 

「あーんじゃなきゃ何!? ひ、ひざ枕とか!?」

 

「頭ポンポンとかそういうの!? 彼氏にやってもらえるとうれしい系!?」

 

「は、ハグとか! 恵里ちゃんハグしてもらったりとか!?」

 

「ああもおおぉおおぉぉ!! そういうんじゃなぁああぁぁああぁい!」

 

 教室に興奮した女子達が問いかける声と恵里の叫びが響き渡る。今日もこのクラスは姦しかった。

 

 

 

 

 

 

 すったもんだのホワイトデーから更に一年近く時間が経ったバレンタイン当日の事であった。

 

「よし、完成……うん、上手に出来たかな」

 

「そうね。後は粗熱をとって切り分けましょ。これならきっとハジメ君も喜んでくれるはずよ」

 

 恵里と話をしながら幸はオーブンから天板を取り出してテーブルに置くと、天板に広がっていたチョコレートケーキを恵里は覗き込む。焼き具合も悪くはなく、チョコレートの香りが鼻をくすぐってくる。三日前に練習と称して幸と一緒に作ってみたことがあったが、その時の出来具合とそん色はなさそうであった。

 

 これなら午後にハジメに渡すのに十分間に合うし、きっと問題はないだろう。

 

(さーて、一年越しの復讐だ。ボクをあんな風にさせたお礼はしっかりさせてもらうからね)

 

 受けた恩はともかくとして受けた恨みを恵里は忘れない。あの後散々ゴネたりなんだりしたのだがそれはそれ、これはこれの精神でやり返すつもりであった。『もっとハジメくんを心酔させてやる』と内心息巻きつつ、チョコレートケーキ作りに使った器具やごみなどを幸と一緒に片づけていく。

 

(ふふっ、恵里ったらあんな顔しちゃって……本当に待ち遠しかったのね)

 

 しかし幸の目に映った恵里は違う。

 

 手伝いとはいえチョコレートケーキを作っている際の真剣な表情。焼き上がったケーキを見て目を輝かせる様、こうして片付けをしている時の綻んだ顔。

 

 好きな男の子にチョコレートを渡すことを心待ちにし、美味しいと言ってもらえるかどうか楽しみにしている年相応の女の子にしか幸には見えなかったのだ。

 

 ちょっと早熟しているように見えるとはいえ、自分の娘が年相応にはしゃげるようにさせてくれたハジメに幸は改めて感謝を示す。そして恵里をずっと幸せにしてほしい、と天板から取り出したケーキを細い棒状に切り分けながら願うのであった。

 

 ――今は誰も知らない。恵里も鈴もハジメもここからお菓子作りにのめり込み、毎年のバレンタインとホワイトデーに贈るプレゼントの質がメキメキ上がっていく事を。もはや合戦と呼ばれるレベルにまでエスカレートしていき、巻き込まれた雫と光輝の腕まで上がっていくことを。恵里のハジメへの接し方も少しずつ柔らかくなっていくのを。

 

 そして菓子作りにのめり込んだ結果、三人のお腹周りに段々と肉が付いていく事を。ハジメは『太ってても気にしないよ』とは言ったものの、メタボになるのを嫌がった恵里と鈴がハジメを巻き込んで一緒に痩せようと決心する事を。毎朝ランニングしている四人に頭を下げて一緒にやってくれるよう頼み込む事を、今は誰も知らない。




某チートメイトの強化フラグ(原作より美味しくなる)が立ちました。

あと龍太郎と遠藤は毎年この時期になると形容し難い表情になり、最終的に悟ります。一体誰のせいなんでしょうね(すっとぼけ)
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