おかげさまでUAは30000間近、お気に入りの件数も360件(2021/7/11 17:38現在)にまで到達しました。誠にありがとうございます。まだトータスが遠い拙作にこうして付き合ってくださる皆様には頭が上がりません。
また唄寧さん、ふぉるとうなさんも自分の作品を評価してくださり、本当にありがとうございます。また生きる糧をいただきました。
それでは本編をどうぞ。今回は日常回です。
午前五時半。ジリジリとした夏の強い日差しも今ばかりは少しだけ柔らかくなって部屋に差し込んでくれる。少し熱くなった部屋を目覚ましのけたたましいアラームが鳴り響けば、それを止めようと恵里の手が宙をさまよう。
小五に上がり、この時間に起きるのがもう習慣づいてはいたものの、スッキリと目を覚ますことは未だなく寝返りを打つこと数回。ようやく意識がはっきりした恵里はしっかりと目覚ましのスイッチを押し、頭を何度かかいてから嫌々ながら布団を今日も抜け出していく。
今では着慣れたジャージをクローゼットから取り出して袖を通すと、洗面台へと向かい、寝癖を直してから髪の毛をいつものポニーテールにまとめていく。煩わしいと思っていた時期もあった長い髪ではあったが、今となってはあまり難しいものでなければセットするのも手入れするのもそう面倒ではなくなっていた。
「……うん。これでいいかな」
どこか変なところがないか何度か鏡を見て確認し、特にないと判断すると朝食を食べることもなく恵里は玄関へと向かっていく。すると寝起きで髪が少し乱れた様子のパジャマ姿の幸がこちらに来た。
「おはよう、恵里。今日も早いわね」
「おはようお母さん。うん、じゃあ行ってくるね」
どうやら今日はメモを残して行く必要はないらしい。手間が省けたことに心の中で感謝しつつ、恵里は普段使いのものとは別に買ったランニングシューズを履いて家を出ていく。
駆け足で近くの公園へ向かえば運動着に着替えたハジメ達が既に簡単なストレッチをしている。いつもなら五、六番目ぐらいに着くのだが、今回は七番目と
「あ、来たね恵里ちゃん」
「遅いよー、恵里」
「確かにいつもよりは遅いな。やっぱりペースはもう少し落とした方が良かったかな、恵里……さん」
「うん、待たせてごめんね。それと、今のままでいいから光輝くん」
ニコニコしながら出迎えてくれたハジメ。ちょっと頬を膨らませてブーたれた鈴。一瞬思案すると定着してしまった日課について提案をしてくる光輝。頭を下げて彼らにわびつつ、かつ呼び捨てにしようとした光輝をにらんで止めさせる。
「この前からペース早めたのが体にきてるかもしれないわね。無理はしないでね」
「雫の言う通りだ。ま、キツかったら何時でも言えよ」
「俺達はもう慣れっこだけど、中村やハジメ達はまだ厳しいだろうからな。ホント無理するなよ」
「無理そうならちゃんと言うから心配しないで。それにもう
雫と龍太郎、浩介から気遣われるも、心配性な彼らに恵里は手をひらひらさせながら答えた。
こうして早朝にわざわざ公園に来たのもちゃんとした理由があった。武術を修めている四人のランニングに付き合ってダイエットするためである。事の発端は去年、小学四年生の時のホワイトデーであった。
三年生のバレンタイン以降、お互い好きな相手が気に入ってくれそうな物を渡そうと菓子作りにのめり込んだ恵里、鈴、ハジメ。三人は日ごろから暇を見つけてはバレンタインまたはホワイトデーのために作るものを試作していた。その成果を遊びに来た友達に振舞ったり味見を繰り返した結果、お腹周りに肉がついてしまって服が少しキツくなってしまったのである。
武術を修めていた光輝ら四人は、遊びに来た際に幾らか頂いていた程度で食べ過ぎたら運動で調節できるためさしたる影響もなかったものの、特にこれといった運動もそういう習い事もしてなかった三人はそうもいかなかった。
当時はハジメは太ったことをそこまで気にしておらず、恵里と鈴も両親や女子~ズから言及されていたものの『これはあくまで成長期だから問題ない』とそろって現実逃避していた。しかし、例のホワイトデーの日にこのままではメタボ一直線だと雫とある人物に指摘された結果、『太っているより痩せてる方がカッコいいよ』と鈴と一緒にハジメを説き伏せ、早朝のランニングを日課にしていた四人に何度も頭を下げて自分たちも付き合わせてほしいと頼み込んだのである。
当初はかなりペースを落としていた四人にヒィヒィ言いながら追いすがっていたものの、かれこれ一年以上も続けた結果、体型もある程度締まり、幾らかペースを落とした四人とどうにか一緒に走れる程度には体力がついたのである……それでも本気のペースの彼らにはあっさりと突き放されてしまうが。光輝ら四人は恵里達が帰った後でランニングを続けたり、道場の朝練に入ったりしている。
ちなみに恵里達の親は光輝ら四人が三人のわがままに付き合ってくれたことに大いに感謝している。中村、谷口両夫妻は体の事を考えて注意しようか迷っていたものの、相手の事を思いながらとても楽しそうに菓子作りにいそしんでいたために言いづらかったのである。愁と菫はほどほどにしなさいと何度かハジメに注意した程度だったが、一切気にかけていなかった訳ではなかったため、事あるごとに四人を持ち上げたりしている。
「ご、ごめんね、みんな。待った?」
そうして思いを馳せながら皆と一緒にストレッチをしていると、ようやく最後の一人――香織がやって来た。
あのホワイトデーの時に雫と一緒に恵里らに容赦なく事実を突きつけたその人であり、恵里達が四人と一緒にランニングを始めてからひと月後に自分もやりたいと言い出して参加した友人である。ちなみにミサキとまどかに関しては『朝から面倒くさい』、『疲れるからやだ』といった理由で不参加である。
「いや、そんなに待ってないから気にしなくて構わないよ。じゃあ皆、香織のストレッチが終わってから走ろうか」
光輝が声をかければ恵里達はそれにうなづくなり、いいよと返すなりしてそれを承諾する。集合場所となっているこの公園から家が少し遠いのもあって、香織が来るのが基本遅いのは皆わかっている。集合場所を変えようかと言ってみても香織がそれを嫌がったため、むしろ初めは気遣ったぐらいだ。今はもう誰も大して気にしてはおらず、今日もいつも通りストレッチをして準備をしていく。
「そろそろいいんじゃねぇか?」
「白崎も体がほぐれただろうし、もう大丈夫だろ」
「大丈夫そうね。それじゃ皆、今日も頑張りましょ」
龍太郎、浩介が確認を取ると香織を含めた全員が同意を示した。それを確認した雫が音頭を取ると、今日も恵里達はラジオ体操前の朝のランニングに勤しむのであった。
竹刀の打ち合う音が会場に響き渡り、一進一退の攻防が続く。面を狙っての振り下ろし、胴打ち、小手への一撃、それらを光輝と向かい合う相手はいなし、鍔迫り合いに持ち込み、そして離れる。夏の強い日差しが差し込むこともあってか会場の熱気は青天井となっていた。
「めぇーん!」
上段からの振り下ろしを防いで一度鍔迫り合いに持ち込み、すぐさま仕切り直しを狙う光輝。そして一度審判から声をかけられて距離を取ると、つかず離れずの位置で構え、相手の動きを誘った。
相手もまたそれを理解していたものの、残り時間はもうわずかしかない。光輝が有効を一度取っているため、これを覆すには仕掛けるしかない。焦った少年は一気に踏み込んで勝負を決めようとする。
「めぇー――」
「どぉーうっ!」
――それを待っていた。光輝も相手の動きを見るや自身も踏み込んで横から一気に振り抜く。
審判の旗が上がり、試合の幕が下りる。互いに向き合い、礼をして静かに立ち去る二人。控え室に続く通路まで来た光輝は表情を変えることなく、ただ左手をグッと握った。
「では光輝君、雫ちゃんの優勝を祝して、それと龍太郎君の健闘を祈って――カンパーイ!」
かんぱーい、と貸し切られたウィステリアで二人の心からの健闘を讃える声が、近いうちに試合をする少年の勝利を祈る声がグラスの打ち合う音と共に響く。
「おつかれ、光輝」
「ありがとう龍太郎。試合、がんばれよ――っと、すまない。雫、女子の部の優勝おめでとう。すごかったよ。まだまだ俺も敵わないな」
「ありがとう光輝。でも光輝だってあの返しの一撃はすごかったわ。私だってそう簡単に出来ないもの」
裏表のない笑顔で龍太郎からねぎらわれれば、光輝もそれに落ち着いた様子で返し、自分もまた雫の健闘を祝福して遠慮なく褒めちぎる。つい最近それに少しだけ慣れた雫も照れ笑いを浮かべながら光輝にすごいと伝える。
「俺は空手に関しては素人だからよくわからないけど、前に見せてもらった型を見る限りはきっと大丈夫さ。優勝以外ありえないよ」
「私もそこは
「ありがとな、二人とも。んじゃま、期待に応えるためにも優勝すっしかねぇよなあ!!」
三人の仲睦まじい様子は相変わらずであり、今度は二人が龍太郎のことを持ち上げ、いい気分になった龍太郎は優勝をもぎ取ってくることを大笑いしながら約束する。
そんな三人を見ながらこの場に同席していた少女は、自分の家族に絡まれていた浩介にふと声をかけた。
「そういえば遠藤はどうして出場しなかったの? 八重樫さんのお父さんやおじいさんからけっこう褒められてるのを聞くんだけど」
ある種尤もな質問をしてきたのは園部優花――ここウィステリアを経営する園部夫妻の娘であった。
前々からひいきにしていた一行のことは両親から聞いていたし、貸し切りの時にたまにのぞき込んでいたこともあった。そんな彼女が彼らと関わるようになったのは一昨年、小学三年生の時のクリスマスの時である。
その日も物陰からじっとながめていたのだが、うっかり物音を立てたことで雫含めた八重樫家の面々と浩介にバレてしまう。バツの悪そうな顔で姿を現すと、両親から一行のことを聞いていたことや前々からのぞきをやっていたことをバラされてひどく赤面する。そして事情を知った恵里達から呆れられたりしたものの、すぐに受け入れられて友達になったのである。
そんな彼女の疑問に一同は目をそらし、浩介はあきらめと不満が多分に混じった何とも言い難い表情を浮かべる。それを見て優花は首をかしげると、鷲三が一度せき払いをしてそれに答えた。
「簡単に言えば勝負にならないからだ。とはいえ言葉にするよりも実際にやってみたほうが早いだろう。浩介君、
「うっ……はい」
その一言に心底嫌そうな顔をする浩介であったが、通っている道場の師範からの頼みであったため、渋々
「ど、どういうこと!? そ、そこにいたはずなのに!」
常日頃から
「あっ、久々の浩介君の本気だ」
「えっ……あ、ホントだ」
「相変わらずスゴいよな。消えたってことすらわからせねぇしよ」
「いや、なんでみんな落ち着いてるのよ!? 異常事態でしょ、フツー!?」
……なお、一行からすれば割と慣れっこではあったが。それは彼の家族であっても同じであり、『浩介の薄さにまた磨きがかかったな』だの『またこうにぃが消えてる』と述べる程度で終わった。優花を除いて一番の新参である白崎家の面々が彼の姿を一瞬探したり、ちょっと戸惑いこそしたものの結局大して動じてはいない。それを見て優花は軽くパニックになった。
そんな一行を見て大きく取り乱す優花をよそに彼女の両親もまた特にこれといった反応もせず、『相変わらず凄いな』だの『自動ドアが反応しない、って言ってたけど本当みたいね』だのと言い合っている。
全然取り乱さない周囲にもしや自分がおかしいのではないかと優花は錯覚しかかるが、浩介と思しきすすり泣く声に驚くと同時に我に返った。そこで鷲三から止めの声がかかり、ようやく浩介を皆が認識できるようになった。
「あ、あれ……? 遠藤、アンタそこにいたっけ?」
そしてよく見れば元居た座席に彼の姿はなく、いつの間にか近間にあった誰も使っていない席に座っていた。まさか記憶違いだろうかと目の前の現実を否定しようとするも、浩介はあっけらかんとした様子で優花の疑問に答える。
「あ、うん。ちょっと動いたよ。園部の言う通りだ」
その一言に優花は鳥肌が立ってしまう。鷲三の言った通りこれでは勝負になんてなるはずがない。本気を出した彼ならば簡単に相手を倒せるということを嫌になるほど理解させられたからだ。
「さて優花さん。このように彼が本気を出せば相手を打ち倒すだけならばひどく容易い。竹刀の一撃を加える前まで気配を消していればいいからだ。しかしこれでは相手に対して失礼と言われても仕方がないし、かといってそれを封じて戦えというのも漏え……不誠実ではないかね?」
そして鷲三からの言葉に優花はうなづく。一瞬聞き捨てならないことをこの老人が口走った気がしたが、優花はあえて言及しなかった。いつものようにはぐらかされるのが目に見えているからだ。
そうして一行が浩介に見事な気配のなさを褒めるという公開処刑なのかどうかよくわからないことをやっているのをながめ、優花は一度コップの中のジュースを飲み干した。そして大きくため息を吐きながら恵里達に問いかける。
「前々から思ってたんだけど、みんなってなんていうか妙な縁っていうの? フツーに考えると変わったつながりな気がするんだけど」
いきなり投げかけられた疑問に一同は首をかしげるも、優花はまた息を吐いてから疑問を投げかける。
「いや、だってね。どう考えても変じゃない? 勉強の出来る恵里が南雲に一目ぼれしてさ」
その一言にハジメははにかみ、恵里も顔を赤くして伏し目がちになる。元はハジメと関係を持つためのただの方便でしかなかったのに、どうしてかその言葉を恵里は否定できないでいた。そんな二人を横に優花は話を続ける。
「それはまだわかるの。でも恵里がずっと一人ぼっちだった鈴と友達になったりしてて」
言及された鈴は優花の言に苦笑いを浮かべる。今でも恵里が自分と友達になった理由を明らかにはしておらず、時折それを思い出して尋ねてみてもはぐらかされるばかりであった。とはいえ恵里が腹に一物抱えているのは鈴も理解していたし、それはもう大して気にしていない。だから鈴はそれを聞き流していた。
「天之河は……えーと、その」
「……うん、わかってる。あの時は俺が馬鹿だったのはわかってるんだ。だから園部さん、頼むからそこから先は言わないでください」
以前聞いた光輝のやらかしを優花は思い出すも、流石に口に出すのははばかられたためそこで言いよどむ。それに気づいた光輝も頭をすぐに下げた。被害者である恵里が人と接するのが怖くなってもおかしくないことをやらかしたのは彼とてわかっているのだから。雫はそんな光輝にそっと寄り添い、複雑な表情で手をつなぐだけであった。
「園部、その辺にしてくれ。あれは止めなかった俺だって悪かったんだ。だから、その……」
「あ、うん。そうね、ごめんなさい二人とも……」
ばつの悪い顔で頼んできた龍太郎に優花もまた頭を下げて謝意を示した。下手なことを言ってお互い溝が出来ないよう落としどころを用意してくれた龍太郎に心の中で感謝しつつ、一度せき払いをしてから優花は続きを話す。
「それで、天之河に坂上、雫とついでに遠藤、最後に香織が恵里以外とも友達になったはずよね」
そして交友関係を結んだ順に名前を挙げればハジメ以外の男子三人が頬をひくつかせ、香織がぷんすか怒り出した。割と雑な感じで言及されたことに龍太郎と浩介がぼやき、香織は香織で『確かにそうだけどもっと色々あったよ!』と優花に言ってくる。
恵里達が香織をなだめすかすのをただじっとながめながら優花は考える――ほとんど接点がなかったはずなのにこうして繋がってるなんて本当に変、と。嫌味や虚仮にしている訳ではなく、ただ純粋に奇妙な繋がりだと優花は感じる。そうしてほんの少し口角を上げながら見ていると、不意に恵里が話しかけてきた。
「どうしたの優花。じっとこっちを見つめてさ」
「いや、大したことじゃないわよ。こうして考えると大体恵里が全部つないでるなー、って思っただけ」
その言葉に恵里は少し思案する。確かにハジメ、鈴、香織に関してはこちらからアクションを起こしているし、光輝ら
「そんなこと言ったら優花だってそうだと思うけど。昔からこっちのこと聞いてたのに、ここ最近やっと交じってきたんだし。そっちだって妙な縁で繋がってるでしょ?」
「うぐっ」
その一言に優花は押し黙った。
恵里の言っていたことは事実であり、前からウィステリアに来る恵里達のことを優花はうらやましく感じていた。昔からの友人はいるものの、こうして家族ぐるみで親しくしているという訳ではなかったからだ。そこにどこか引け目を感じていたのだが、こうして恵里からハジメ達と同類扱いされたことで優花は動揺したのである。自分もちゃんとこういう仲になっていいのか、と。
「どうしたの優花? 私達のこと見てるけど?」
「……別に。何でもないわよ」
そうして目を泳がせていると、三、四年生の辺りから一人称が自分の名前から“私”になった鈴が問いかけてくる。優花は少しだけ頬を染めてそっぽを向くと、鈴もそっかとほんの少しだけ口元を緩めるだけであった。
「――だからぁ! 僕としてはですね、鈴が幸せになってほしいわけでぇ!! 頼むからハジメ君が鈴をえらんでくれれば万々歳なんですよぉ!」
「わかる、わかりますよ貴久さん! ウチのマイエンジェルも幸せになってほしいんです! だからこそ近づくようなうす――」
「……あなた?」
「ヒィッ!? す、すいませんでした!」
そこで話が途切れ、いきなり騒ぎ出した大人どもの方を見て恵里達は頬をひくつかせた。いつの間にやらできあがってしまっているのが何人かいたのである。
親バカっぷりを発揮する貴久と智一をいいぞもっとやれとシラフの愁と菫が煽り立てる。ストッパーになるはずの春日は酔いつぶれてうわごとをつぶやくばかりで、暴言を吐きそうになった智一を薫子が止めに入る――背後に出現させた白夜叉の手を彼の肩に置いて。
それを見てここ最近は感心してばかりの八重樫の大人共とどうにか収拾をつけようとあくせくする他の夫妻。それを見た子供たちは『ああ、またか』と形容しがたい表情になった。
溜息を吐きながら恵里達は自分たちの親に声をかけ、この事態を収拾しようとしている親達を手伝うことに。そのついでに光輝は園部夫妻に今日もタクシーをお願いしますと頼み込む。今日も貸し切りになったウィステリアは騒然としているのであった。
「疲れたね恵里、幸。とりあえず恵里は部屋に戻って休んでなさい」
「そうね。これからお風呂のお湯を入れるからそれまで待っててね」
「うん、わかった」
光輝、雫の剣道大会の打ち上げ兼、龍太郎の壮行会のつもりがとんだ乱痴気騒ぎの会場となってしまったウィステリアから自宅に帰ってきた中村一家。両親の厚意に恵里は甘えることにし、一足先に部屋へと戻っていく。
酔っぱらった貴久や智一を鈴と香織と一緒になだめたり、目を覚ました春日がハジメに抱き着いて『ハジメ君がウチの子になってくれればぜんぶ解決するのになぁ~』と寝言を抜かしたりしたため引っぺがすのに悪戦苦闘したため、とっとと休みたかったのだ。
部屋のドアを閉め、そのまま布団に倒れ込むと枕のそばに置いてあったP○Pが視界に入った。
(……どうしよう。お風呂前にちょっとやろうかな)
一狩り行こうかと一瞬考えるも、疲れてクタクタの状態でやるのも面倒だと思って恵里は結局それに手を伸ばすことはなかった。代わりに部屋を見渡し、いつの間にか増えた私物に思いを馳せる。
(……まさかボクがゲームにのめり込むなんて思ってなかったな)
きっかけは四年生になった頃のことだった。パーティーゲームやトランプなどそういった多人数向けのものは前々からやっていたものの、ゲームそのものに関してはまだ恵里は手を出していなかった。そんな時にハジメから一緒にやろうよと誘われ、
昔からハジメと鈴と一緒にパーティー向けのテレビゲームをやっていたことからゲームをやることへの抵抗が低かったのもあり、協力して遊べるものを起点にあっさりとゲームにハマってしまったのだ。
アクション系はそれなりであったものの、ストラテジー系のものが今は特に好きで得意である。部屋の片隅にあるカラーボックスの中にしまってある○BAのスロットには、アニメなどに出ているロボットを操作して遊ぶ某戦略ゲームのソフトが差し込まれている。今でもたまにそれをやることがあり、特に詰将棋的なミニゲームが恵里の好みであった。
(小説や漫画だけかと思ったら、いつの間にかゲームにまで手を出すなんて……昔のボクが見たら間違いなく驚くだろうな)
最近ではゲームのやり過ぎで視力が低下してないかどうかを両親から心配され、『ゲームは一日、一時間まで』と言われる始末である。恵里としてもトータスに行った際、視力の悪さのせいで戦闘で死ぬ可能性を考慮してその言いつけには従っている。しかし、時折ハジメとの話についていけないこともあってそれを煩わしく感じることもあった。
「ぜんぶ、ハジメくんのせいだ……」
口をとがらせながらハジメの名をつぶやくと、恵里は布団の上でコロンと転がった。
本当なら自分の意のままに操っているはずだったのに、気が付けば彼にいいように転がされている気がしてならなかった。しかもそれが嫌ではないし、いつの間にか彼の存在が心の中に居座っている感じがして仕方ない。
(……早く明日にならないかな)
明日またランニングの時にハジメと会える。今は夏休みだから学校のある日よりも長くいられる……気が付けばハジメのことばかり考えるようになってしまっていた。恵里はまたため息を吐くと今日もまたある言い訳を浮かべる――あくまでハジメくんに気に入られるためだ、と。
(ここまで来たならしっかり懐に入らないとね。今更つかず離れずなんて無理だろうし……うん、ボクは間違ってなんかない)
誰に聞かれるでもなくその言い訳を心の中で繰り返す。母から風呂に入るよう声をかけられるまで、恵里はずっとハジメのことを考えていた。
「――そう。上手よ恵里ちゃん」
「ありがとうございます、菫おば様」
菫が作業場として借りたマンションのある一室。そこで恵里はハジメと一緒に菫から絵の描き方の手ほどきを受けていた。
前世? のおかげか同年代の子よりも絵が飛び抜けて上手であることがハジメを通じて伝わり、実際に文化祭などで恵里の作品を目にした菫から気に入られた。また家族ぐるみで懇意にしていたこともあってか両親まで抱き込まれ、『良かったらお世話になってみたらどうだ』と父の正則も言ってきたのである。恵里としてもハジメに気に入られるならば彼の家族も、と考えてその提案を受け入れた。
こうして作業の邪魔にならない時を菫が見繕ってはハジメと一緒に呼び出され、こうして教えを乞うている。スケジュールの都合上、そう何度も顔を出すことはないにせよ、教え方が上手いためか腕前は段々と上達している。
「よし、じゃあ今日はここまでにしておきましょうか……ねぇ恵里ちゃん。今度良かったらトーン貼りもやってみない? 何事も経験よ?」
「あ、あのー……おば様?」
……何故か練習と称してベタ塗りや枠線を引くのを菫や彼女のスタッフ監修のもと手伝わされたりすることもあったが。これもきっと“南乃スミレ”流の指導なのだろう、きっと。
「お母さん、恵里ちゃんをアシさんみたいに使わないでよ! 恵里ちゃんだって困ってるよ!!」
そんな菫からのお誘いに困惑しているとハジメが助け舟を出してくれた。それに心の中で感謝しつつ、『気が向いたらお願いします』と玉虫色の回答をしてハジメと一緒に逃げる。行先は部屋に設けられた休憩スペースであり、そこのソファーにハジメと一緒に座ると同じタイミングでホッと一息ついた。
「ありがとうハジメくん。助かったよ」
「ううん。こっちこそごめんね。僕が恵里ちゃんの絵が上手だって言わなかったら、お母さんのお手伝いに駆り出されなくて済んだのに」
罪悪感でしょぼくれるハジメに恵里は首を横に振った。ここまでやらされるのは流石に予想外……ある種想像通りではあったが、それが決して嫌ではなかったからだ。
「別にいいよ。おば様の教え方も上手だし、よく褒めてくれるから頑張ろうって思えるし。それに――」
「それに?」
「こうしてハジメくんと一緒に色々やれるんだもの。鈴抜きで、ね。それに関しては感謝してる、かな?」
ちょっといたずらっぽく笑うとハジメの顔は一瞬で茹でダコになり、すぐさま恵里から顔を背けた。そんなハジメがなんだか可愛くてクスクスと恵里が笑っていると、ハジメは少し年季の入った手提げかばんからPS○と絡まったイヤホンを取り出した。
「そ、そんなことより、げ、ゲームしようよ! 恵里ちゃんも持ってきたよね!?」
思いっきり照れ隠しで言ってきてるハジメに、今にもニヤつきそうになるのを抑えながら恵里も自分のバッグからP○Pとイヤホンを取り出す。
「うん。じゃあ今日もやろっか」
「うん! やろう!」
お互いイヤホンを差し込んでゲームを起動し、一緒にプレイする。カーテンにさえぎられた夏の強い日差しに照らされ、クーラーで冷えた部屋の中でゲームをしながら一喜一憂する二人の姿はまさに年相応の少年と少女であった。