あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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拙作を見てくださる皆様にまずは感謝を。おかげさまでUAが41000を突破、お気に入り登録件数も439件(2021/8/29 01:06現在)まで登りました。誠にありがとうございます……またランキング入りしてましたけど、これもドッキリの一環でしょうか(gkbr)

それから大きい人さん、GREEN GREENSさん、Laupeさん、拙作を評価していただき本当にありがとうございます。

投稿はちょっと間に合いませんでしたが、本編をどうぞ。ちなみに過去一の長さです。


二十話 少年が選んだもの、少女が望んだもの

 両親とケンカして、ずぶ濡れになりながらもハジメの家に寄ったあの日からもう数日が経過した。

 

「……本当に大丈夫なの、恵里?」

 

「うん……」

 

 学校の帰り道、今日もいつもの面子で通学路を歩いていたが、その顔は一様に暗い。あの日以降、恵里は家族とハジメ、どちらと接していてもどこかギクシャクするようになってしまっていた。家では腫れ物を扱う様に、ハジメとはどこか埋められない溝を感じてしまって以前のように話すことが出来ずにいた。

 

 ここ最近の元気のない様子を特に心配している鈴からまた声をかけられるも上手く返すことも出来ず、そんな状態の恵里を見て誰も彼もが心配していた。

 

「俺でいいなら何でも言えよ。愚痴ぐらいなら……まぁ、多分聞いてやるから」

 

「ちょっと幸利。アンタ、そう言うんだったらせめて断言しなさいよ……まぁ私でも誰でもいいから言いたきゃ言いなさい」

 

 声をかけるも結局迷いを見せた幸利を半目で見つめる優花であったが、そんな彼女も恵里のことを心配しており、『奥のスペースだったらいつでも貸すから』と伝えた。

 

「……なぁ光輝、雫。好きなヤツだからこそ察してくれって言われてもよ、俺ぁ全然わかんねーわ。勝手に踏み込んでくんな、って言ってんだからそれでいいんじゃ――」

 

「甘い、甘いよ龍太郎くん! 女の子はね、秘密にしていたいことでも気にかけてほしいことだってあるんだよ! きっと恵里ちゃんだってハジメくんに気にしてほしかったんだと思うな」

 

 疑問を呈した龍太郎に即座に香織が割って入った。全然調子が戻らない恵里を見かねて龍太郎が切り込んできた際、読んでた本の種類は伏せて恵里が悩みを明かしてくれたのだが未だに龍太郎はそれを理解できていなかった。そのことを香織に突っ込まれるといういつもの光景が繰り広げられたものの、誰も苦笑すら浮かべない。お互い参っていると全員が改めて実感すると、光輝が雫に小声で話しかけた。

 

「……なぁ雫。雫もそうだったりするのか?」

 

「――出来れば察してほしいな、って思うことはあるけれどそれぐらいかしら。それよりもちゃんと言ったほうが楽になると思うわ」

 

 雫は全員を一瞥すると、再度光輝の方を向いて答えた。思うところがないわけではないが、やはり光輝や龍太郎、鈴に助けてもらった経験が印象深かったのか、黙っているよりは言う方がいいという風に雫は考えていた。

 

「そうか……ハジメにでも、俺達にだって甘えたっていいんだぞ恵里。それとも俺達じゃ、頼れないのか……?」

 

 恵里を見ながら光輝は力なくつぶやく。小学校時代、恵里を追いかけまわした後で反省したことで人が離れてもなおずっと自分を頼った人間の話に耳を傾け、手を伸ばし続けた結果、多くのクラスメイトから慕われるようになった彼にとってこの状況は歯がゆくて仕方がなかった。クラスメイトは助けられても、友人を助けることすらままならないのか、と無力感に苛まれる。

 

「……そういうもんなのか? 女心ってホントわからねぇなぁ」

 

「そういうところだと思うよ~浩介が私達にフラれたのって~」

 

「うん。そういうところがわかんないのが浩介っちのダメなとこだと思う」

 

「オイ、それ今関係ないだろ!?」

 

 そして女心がわからないとボヤいた浩介に妙子や奈々、ミサキらが容赦なく口撃を仕掛けてくる。それもこれも自分だけ独り身であることがちょっとだけ辛くて、もし良かったらつき合わないかと彼女らを誘ったからだ。なお結果はお察しの通り。ちなみにフラれた理由は『影が薄くてどこにいるかわからない人はちょっとお断り』といった旨である。

 

 そうして全員で恵里についてあーだこーだと話ながら歩いていると、普段ならばまずないものを皆が見つけてしまった。

 

 泣きじゃくる子供にうろたえる老婆、数人の不良――そしてそんな彼らに踏まれたり、飲み物をかけられながらも土下座をやめない見覚えのある少年の姿を。

 

「「――ハジメくん!?」」

 

 いち早く気づいた恵里と鈴が駆け付けるよりも先に雫ら武術組が動いた。

 

 雫は袖から素早くクナイを取り出し、不良の足にもハジメの体にも当たらない絶妙な位置へと投擲する。

 

 それに意識を取られている内に浩介が後方に回り込んで当て身を見舞う。

 

 そして異変に気付いてその場から逃げ出そうとした奴らの逃げ道を光輝と龍太郎が立ちふさがって完全に逃げ道を断つ。

 

 一方、出遅れた残りの面々であったが香織は子供の方に、優花、ミサキ、まどかはおばあさんの方へと寄り、何もできずに突っ立っていた幸利を奈々と妙子が警察を呼ぶよう急かしたてる。そして――。

 

「大丈夫ハジメくん!? しっかり、しっかりしてよ!!」

 

「ちょっとケガしてるね。痛くない? 大丈夫ハジメくん?」

 

 軽く錯乱してハジメの体を揺さぶる恵里と、そんな恵里を見て少し落ち着くことが出来た鈴が彼の様子を気遣った。

 

「あ、アハハハ……恥ずかしいところ、見せちゃったね」

 

 そんな二人の様子を見て、ハジメは苦笑いを浮かべる。

 

 恵里は強く彼を抱きしめ、鈴も恵里の頭をポンポンしながらハジメに安堵の微笑みを向けるのであった。

 

 

 

 

 

「ったく、やるじゃないかハジメ。流石俺達の息子だ」

 

「そうね。でも今回はこの程度で済んだからいいけど、あまり無茶しちゃ駄目よ。みんなを悲しませるわ」

 

 アハハと苦笑いを浮かべるハジメに労いの言葉をかけつつ、南雲夫妻は恵里ら一同に頭を下げた。

 

「本当にありがとう。おかげでハジメが大怪我をしなくて済んだよ」

 

「いえ、どういう理由であっても親友が傷ついていたんです。助けに行くのは当然のことですよ」

 

 皆を代表して光輝がそれに答えると、()()()()()()()がその言葉にうなづいた。それを見て良い友達に恵まれたと愁と菫は実感する。

 

 ――あの後、警察がすぐに来てくれて、すぐさま不良達は取り押さえられて連行された。ちなみに雫は投げたクナイをしっかり回収し、八重樫流直伝の雑技で持ち物検査を見事誤魔化したため連行されずに済んでいる。

 

 その後、そこにいた老人と子供含めて全員が事情聴取を受けることになり、ハジメを助けたり不良を逃がさないようにするために暴力を振るった武術組は厳重注意、他の面々は一通り聴取を受けて開放、といった具合である。また警察から電話が来て急ぎ現場まで来た南雲夫妻も話を聞くことになったものの、あくまで被害者であるハジメについて色々と話す程度でしかなかった。

 

 そして現在一同はウィステリアにおり、愁と菫から大いに感謝されることになった。ちなみにハジメは一度両親と一緒に家に戻り、ひどいケガがないことを確認した後、私服に着替えて店に来ている。

 

「あー、すまないけど俺と菫はこれから仕事に戻るから好きに飲み食いしてくれないか。あ、ツケにしといてくれれば後でちゃんと支払うから!」

 

「そうね、それでお願いできるかしら。あ、でもあんまり高いとみんなのご両親に言っておくからよろしくね~」

 

 そう冗談めかしながらも、二人は()()()()()()()()()()()ウィステリアを後にした。そして二人が去っていった後、一同の多くがハジメを持ち上げだした。

 

「ホント流石だハジメ! 腕っぷしも強くねぇのにやるじゃねぇか!」

 

「うん! 本当にすごかったよ! こんなにすごい人だから恵里ちゃんも惚れちゃったんだなー、って改めて思ったもん!」

 

 龍太郎と香織はハジメをべた褒めし、自分のことのように喜んだ。少し()()()()()()ながらも褒められたハジメははにかみながら二人にありがとうと伝える。

 

「あー、確かにな。まぁ、その……本当にすごいと思う。だから、その……」

 

 光輝もまたハジメを持ち上げる……のだがどこかぎこちない様子であり、()()が視界に入って落ち着かない様子であった。

 

「いや、光輝、ハッキリ言おうぜ――恵里、いい加減泣き止めよ。ハジメは無事だったんだからよ」

 

 そう。事情聴取が終わった後から引っ付き虫のようにずっと恵里がすすり泣きながらハジメの右腕を掴んで離さないのである。

 

「……やだ」

 

「ハジメ君は見た目の割に大したケガじゃなかったでしょ? そこまで心配しなくっても大丈夫よ」

 

「ハジメがらみで何かあったのはわかるけど、離れてあげたら? ()()()()()()()()()()()()()()()わよ?」

 

 皆が事情聴取を受けている間、ハジメは一度病院に寄ってケガを診てもらっていた。そこで大したケガではないことも、診察が終わった後に支障なく事情聴取も受けたことも全員が聞いている。

 

 しかし雫が説得しようとも、優花が伝家の宝刀『ハジメが迷惑している』と言って離れさせようとしてもやだと言うばかりで成果はなかった。

 

「いや、僕のことはいいから。恵里ちゃんもしばらくしてたらきっと落ち着くと思う」

 

「いやよくねぇって……なぁ恵里。ハジメのことが心配だったのはわかるけどよ、いい加減落ち着けって」

 

 いつものように言い返すこともなく、ただただハジメに抱き着くばかりの恵里を見て浩介やミサキらはため息を吐いた。あまりの重症っぷりにさじを投げるしかなかったのである。

 

「もう、恵里……ハジメくんが心配なのはわかったけどさ、前だったらここまでヒドくならなかったよね? むしろこれをチャンスに色々と仕掛けてきたでしょ」

 

 そこで先ほどから黙っていた鈴が遂に口を開く。その鈴の言い分に恵里は思わず言葉に詰まり、ハジメを含めた他の面々も納得を示す。

 

「きょ、今日はこうしたかったから……」

 

()()()()()から、じゃないの?」

 

 いぶかしむ様子の鈴にどうにか反論しようとしたものの、鋭い指摘を返されてしまい、恵里は何も言わずに視線をハジメの方へと向けた。

 

「……ねぇ、恵里。私達じゃダメなの? この前のこと、ずっと秘密にしてないといけないの?」

 

 その疑問に恵里は答えることが出来ない。真相があまりにも荒唐無稽であったから。そして本当にトータスに行くかどうか確信が持てないから。もしかすると、前の世界とよく似ているこの世界ならそんなことはないかもしれないと淡い期待を抱いてしまっているから。だから恵里は答えることが出来なかった。

 

「みんな、ゴメン。恵里ちゃんのことは僕に……ううん、僕と鈴ちゃんに任せてもらえないかな?」

 

 するとハジメが空いていた左手を挙げ、全員に頼み込んできた。

 

 ハジメもここ最近の恵里の様子がおかしいことには流石に気づいていた。その原因が打ち明けてくれたあの事、そしてきっとあの日の自分の答えにも何か理由があるのではないかという疑念が頭の片隅にあったのである。

 

 それを確かめるためにも、恵里が抱えている悩みを取り除くためにもハジメは頭を下げる。視線が集まり、沈黙が続く。そして幾ばくの静寂の後、光輝が口を開いた。

 

「……わかった。でももし何かあったら言ってくれ、ハジメ。俺達は親友なんだから」

 

 光輝自身、自分では力になれないことは嫌というほど痛感している。しかしそれでもなお手を伸ばそうとした。無力感を払うためであることを理解していても、ただの自己満足であったとしても、困っている相手を見捨てられないが故に。ハジメからありがとうと告げられると、光輝もまた苦々し気な表情を浮かべてうなづく。

 

 そしてその苦しみは他の皆も同じであった。しかし恵里のことに関してはやはりハジメと鈴以上に頼れる相手がいないため、任せるしかないと全員考えていたのだ。

 

「まー、その、何だ。場違いなのはわかってるけどよ、とりあえず何か一杯飲もうぜ。せっかくハジメの親父さん達におごってもらったんだしよ」

 

 陰鬱な空気が漂う中、龍太郎はその雰囲気を壊すべくあえて空気を読まない発言をする。ハジメに任せることになった以上、これ以上考え込んでも仕方がないと考えたからだ。皆もこの空気をどうにかしたいと考えていたため、龍太郎にならって注文することに。

 

 しかし場の雰囲気を壊したと言えど、明るい空気に持っていくには中々できず。何とも言えない雰囲気のまま、ハジメ達はぎこちなく談笑するのであった。

 

 

 

 

 

 そして三十分もしない内に一同は解散し、恵里はハジメと鈴に頼み込んで一緒に南雲家へと向かっていた。

 

「それで、本当にいいの? 無理にでも聞き出したいわけじゃないんだよ?」

 

「うん。決めたから。信じてもらえるかはわからないけど、話したいって思ったから」

 

 道中、確認してきたハジメに緊張で体をかすかに震わせながらも恵里は答える。ハジメならいつかきっと踏み込んでくると考えた恵里は、これ以上誤魔化すことも先延ばしにすることもやめた。これ以上ハジメと距離を感じていたくなかったから。ハジメとの間の気まずい空気に堪えられなくなってしまったから。

 

 だから恵里は覚悟を決めた。本当のことを話すことを、その結果考え得る最悪の結果が起きることも。

 

 とはいえこんなデタラメもいいところの話を誰彼構わず聞かれるのも嫌だと思った恵里はハジメの家へと向かっていた。最悪南雲夫妻なら――流石にまだ帰ってくるとは思っていないが――話を聞かれても他の人より大丈夫な気がしたからである。

 

「カギ、かけたよ」

 

「ありがとうハジメくん――じゃあ、どこから話そっか」

 

 南雲家に到着した三人はそのままハジメの部屋へと直行し、入ってすぐに鍵をかけた後、向かい合って座った。

 

 二人から向けられる視線が怖い。やはり受け入れられないのではないかという不安は未だに張り付いたまま。だがここで尻込みするわけにはいかない、と恵里は一度深く呼吸をする。あの日のように何も出来ず、何もしないまま後で悔いるよりはマシだと信じて。

 

「……じゃあ、言うから。お願いだから何も言わずに聞いて」

 

 真剣な表情の恵里に二人は黙ってうなづくと、いつになく緊張した面持ちで恵里は語り出した。

 

「ねぇ、二人はさ、小説だけじゃなくて二次創作も読んだりするよね?」

 

 その問いかけに二人は首を縦に振る。ハジメは言わずもがなであるが、恵里と鈴もハジメからオススメの二次創作を紹介されて目を通したことがあってから読むようになっていた。ハジメはそれに軽い引っかかりを覚えたものの、鈴と一緒に視線で続きを促す。

 

「その中でも、さ……ほら、逆行モノ、ってあるでしょ? 記憶を持ったまま、あとは力も持ち越したまま過去に戻るのがね」

 

 その言葉に『あっ』と思わず鈴はつぶやき、ハジメは唾を飲み込む。

 

「二人ともわかったよね――ボクはね、未来からやって来たんだ」

 

 儚げで、悲しげで、それでいて少しスッキリした表情で恵里は言った。

 

 それから恵里は秘密にしていたことを次々と明かしていく。過去に鈴と友達であったこと、前に読んでいた兵器関連の本のこと、そして――。

 

「ボクが、ボクがハジメくんに声をかけたのはね……利用、するためだったんだ。ハジメくんの……ハジメくんの力を、ハジメくんが作る色んな……兵器を……ものを……」

 

 涙ぐみながら恵里は正直に語る。明かそうと考えた以上、もうハジメを騙せなかった。嘘をつけなかった。自分がやったのは最低の行いだと懺悔するしかなかった。

 

「やっぱり。どうりで恵里がハジメくんを狙ってた訳だよ」

 

 しかし鈴は軽く呆れるだけで、ハジメも腑に落ちた感じの表情をするぐらいで恵里をなじることは一切なかった。二人とも嫌悪感も侮蔑も露にせず、むしろ予想通りだと言わんばかりの顔で恵里を見つめるだけであった。

 

「おこら、ないの……?」

 

「昔から何かあるなー、って思ってたし。それにあえて聞かなかったことは恵里も憶えてるでしょ?」

 

 鈴のカミングアウトにハジメは一度恵里の方に視線を向けた。流石にそれは初耳だったらしく、首を傾げた様子のハジメに恵里はうなづいて返す。

 

「そっか。僕もどうして恵里ちゃんが声をかけてきたんだろうって思ったことがあったけど、これで納得したよ――ところで」

 

「……えっ?」

 

 鈴はおろかハジメの方まで感づいていたことに軽くショックを受けていた恵里にハジメが迫る。

 

「な、なに……?」

 

()()、話してよ。まだ何か隠してるんでしょ?」

 

「そうだね。その顔、これでどうにか切り抜けよう、って感じの事を考えてる顔だもん。つき合いの長い私とハジメくんを見くびらないでよ」

 

「え、あ、その……」

 

 鈴にも迫られ、恵里はパニックに陥ってしまう。

 

 実は恵里はまだ話していないことがあった。トータスで働いた悪行や、初めて好きになったのが光輝であることと彼を手に入れようとした事、過去の家族のことについては話してなかったのである。

 

 そのことを見抜いていないまでも、それを隠していたことがバレたことに恵里は軽く混乱しており、どうすればいいのか必死になって考える。

 

「ねぇ、恵里ちゃん。そんなに僕達が信用できない?」

 

 しかしその時、ハジメが不意につぶやいた一言に恵里の意識はそちらへと向いてしまう。

 

「僕も鈴ちゃんもどんなことがあっても受け止める覚悟だったんだよ? それでも恵里ちゃんは僕達を信じきれていないの?」

 

「そ、それは……」

 

「前世がどうの、って話をしたってのにこれ以上驚くことが何かあるの? 今更何が出ても驚かないってば」

 

 二人はなおも恵里に迫る。言いよどむ、まだ迷いを見せる恵里に全てを話してほしいと詰め寄っていく。どんなことがあろうとも自分たちの絆は揺るがないと目で訴える。

 

「――ないよ」

 

「えっ? 何? よく聞こえ――」

 

「言える訳ないよ! こんな、こんな……ボクの過去を話して二人に……ハジメくんに嫌われたくなんてない!!」

 

 だからこそ恵里は反発する。全てを露にしてハジメと鈴にまで嫌われてしまったらもう何もすがるものがなくなってしまう。だから差し伸べられたその手を払うしかなかった。

 

「もう……失うのは、もう! もう嫌なんだ!!」

 

「恵里ちゃん……ううん、()()

 

 だがハジメは拒絶する恵里の両肩を掴み、彼女の顔を真剣な眼差しで見つめたまま、呼び捨てで恵里の名を呼んだ。

 

「な、なに……? ぼ、ボクは――」

 

「君が好きだ」

 

 まだ諦めようとしていないハジメに何か言おうとした恵里は突然の一言にポカンとしてしまう。

 

「し、知ってる、けど……」

 

 言われて嬉しい一言ではあるがあまりに場違いな言葉に、ただでさえまとまってなかった考えが霧散してしまう。それでもどうにかしようとする恵里になおもハジメは甘い言葉をささやく。

 

「大好きだ。愛してる。恵里がこの世界で一番大事なんだ」

 

「え、いや、あの、その……」

 

 顔を赤らめながらも真剣な様子で語ってくるハジメに恵里は口をパクパクとさせることしか出来ない。どれだけ考えようとしてもハジメの言葉と顔だけが浮かび上がるばかりで何も浮かばず、ただただ顔を赤らめさせるしか出来なかった。

 

「恵里と出会えなかったらきっとこんなに誰かを好きになるなんてことは一生なかったかもしれない。恵里が僕を変えてくれたんだよ。恵里が僕に声をかけてくれたから僕は変わることが出来たんだ」

 

「あ、あの……は、ハジメくん……?」

 

「恵里をもっと好きになることはあっても嫌いになんて絶対ならない――こう言っても信じきれないなら、どれだけ僕が恵里を思っているか聞かせるから」

 

 告白する毎にただでさえ赤い恵里の顔は更に上気していく。どうにかして告白を止めようとする恵里のことなどお構いなしにハジメはひたすら胸の内を明かし続ける。

 

「恵里のその長い黒髪が好きだ。クセっ毛ひとつなくて日ごろから大事にしてるのがわかって、それできれいで、色んな髪型が似合うその髪が好きだ」

 

「え、えっと……」

 

「恵里の手が好きだ。僕を外の世界へ連れ出してくれたその手が好きだ。握っているだけで心臓が高鳴って、恵里の温かみを感じるその手が好きだ」

 

「だ、だからハジメくん!……その、う、嬉しいんだけど、あの……」

 

 好きなところをつらつらと語るハジメに、恵里は言い知れないほどの多幸感に支配されそうになっていたものの、同時に同じぐらいの羞恥心に襲われている。だからどうにかやめさせようと考えるも、頭の中はハジメの愛のささやきでいっぱいで今にもゆだってしまいそうになっている。どうしようどうしようと考えてもハジメが次に言ってくれる言葉に期待してしまっている。もう恵里はハジメを止めることが出来なくなった。

 

「恵里が僕に向けてくれる笑顔が好きだ。その笑顔にいつもドキドキさせられて、恵里にふさわしい人間になりたいっていつも思ってた。恵里の笑顔に僕はいつもいつも元気づけられてたんだよ。恵里と過ごす時間はいつだって輝いてる。楽しくて、ドキドキして、ずっと一緒にいたいって思えるあの時間は宝物なんだ。あの時間があったから今があるんだ。恵里が向けてくれる愛だって忘れたことなんてないよ。僕のために作ってくれるチョコレートやいつもしてくれる気遣いも本気で嫌だって思ったことはないんだ。恥ずかしくて……恥ずかしくてちゃんと見れない時はあったけど、でも、でも恵里がやってくれたことを忘れてなんていないつもりなんだ。それと、僕の自惚れかもしれないけれど、昔は本当に打算で動いていたのかもしれないけれど、でも今は恵里が僕のことを本気で好きだって思ってる。小二のホワイトデーや小三の頃の七夕の時に僕に抱き着いて甘えてきた時とか、去年のクリスマスパーティーで二人っきりになった時に僕を見つめてた時の視線はきっと本物だって思ってる……あっ、気持ち悪くってごめんね。でも、僕はずっと、ずっと恵里のことを――」

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!!!!」

 

 一切止まることなくハジメが思いを垂れ流し続けるため、それを聞かされた恵里はもう頭が沸騰しそうになってしまっていた。

 

 とめどなく溢れる嬉しさが胸の内に巣食った不安を押し流していく。頭の中にあった心配もあきらめもハジメへの好意と恋慕で塗りつぶされる。とめどなく沸き続ける感情に振り回されてしまった恵里はハジメの胸に何度も自分の頭をぐりぐりと押し付け、ハジメもそんな恵里をもう何も言わずに抱きしめる。ひどく甘ったるい空気の中、ただ二人はお互いを抱きしめあうだけであった。

 

 

 

 ちなみに鈴は気絶していた。

 

 ハジメが恵里への愛の告白をやり出した当初こそ嫉妬丸出しで不機嫌であったものの、『私だってハジメくんにそんな風に言われたい』と考えた際に頭の中で自分に対して幾度も幾度も愛をささやくハジメを妄想してしまい、恵里と同様感情がオーバーフロー。結果、無事轟沈したのである。

 

 

 

 

 

「……ほ、ホントにいいの?」

 

 そうして小一時間が経った頃、ようやく三人とも落ち着いたところで話を再開することに。駄々余りの好意に一度は潰されたものの、結局また不安になってしまった恵里は改めて二人に問いただす。

 

 やったことが人道から外れていることは恵里もわかっていたし、それが原因で嫌われたり恐れられるのも仕方ないとは思っていた。しかしハジメと鈴は構うことなく続きを促してきた。

 

「うん。やっぱり聞かなきゃ判断出来ないしね」

 

「そうだね。恵里からすれば大事かもしれないけれど、私達にとってどうかわからないから」

 

「……もう知らないから。後悔したって知らないよ二人とも」

 

 頭をガシガシとかきながら恵里は明かすつもりのなかった過去を全てぶちまけた。トータスでやったことも、過去に光輝を手に入れるために動いたアレコレも、昔の家のことも何もかも。それを聞いた二人は何とも言えない表情になり、重々しい様子で恵里をうかがっていた。

 

「……別にいいよ。やったことがどれだけロクでもないかとかはわかってるつもりだから。あーあ、せっかくハジメくんも鈴も手に入れ――」

 

「待って」

 

 後悔とも自嘲とも、はたまた全てを語ったことでスッキリしたのかもわからない顔の恵里にハジメは待ったをかけた。真剣な眼差しで見つめられ、軽く言葉に詰まった様子の恵里にハジメはあることを言う。

 

「ねえ、指切りしようよ」

 

「指切り? どうしてまた……」

 

 いきなり約束を取り付けようとしたハジメの方を見やれば、真剣ながらも先ほどよりは努めて明るい表情を浮かべながら恵里に声をかけてきた。

 

「うん。約束、したいなって。恵里が悪いことをしないようにね」

 

「悪い、こと?」

 

 そう言ってハジメは小指だけを立てた手をそっと差し出す。

 

「うん――だって、恵里は()()悪い事をしてないでしょ?」

 

「ハジメくん、話聞いてた? あのさぁ……」

 

 ハジメの妙な物言いに軽い呆れと話を聞かなかったことへの怒りを露にする恵里。しかし鈴は何かに感づいた様子でため息を吐いていた。

 

「ハジメくん、それって屁理屈じゃないの? ()()()()()()()()()()()ってさ」

 

「いや、鈴も何言って――あっ」

 

 そしてそこで恵里もハジメが何を言おうとしたかに気づいて一瞬目を大きくした。するとハジメはどこかいたずらっぽい笑みを浮かべながらそれに答えた。

 

「うん。恵里が今言ったことって僕達にとっては()()未来の話だからね。だからこういうことをしないように約束したいんだ」

 

 そう。恵里が語ったことは彼女の過去であると同時に、ハジメ達にとっての未来である。だからこそここで恵里がそんな行動をしないようくぎを刺そうとしたのだ。

 

「僕達がどう頑張っても過去はもう変えられない。けれどもまだ未来なら変えられるから。恵里の手がまた血まみれになる前に、恵里がまた光の差さない場所に行かないように。そのための、約束」

 

 じっとこちらを見て語るハジメに、恵里は一瞬大きく息を吐くと困ったような笑みを浮かべた。

 

「……敵わないなぁ、もう。そんなこと言われたらするしかないじゃんか」

 

 約束。たったそれだけの行為でハジメは恵里を止められると確信している。そして困ったことに恵里もそれに反論出来なかった。父との生活、親友である鈴と再度友情を結ぶ、そして何より自分だけを見てくれる人、と欲しかったものが手に入った以上あんな凶行をする必要はないのだから。

 

「ごめんね。これぐらいしか出来なくて。恵里の苦しみに気づいてあげられなくて」

 

「それだけで十分だよハジメくん……ほら」

 

 申し訳なさげに謝ってくるハジメに恵里は自分の小指を彼の小指と掛け合うことで応える。すると鈴もそこに自分の小指を絡ませてきた。

 

「私もやるよ。まぁ、まずやらないとは思うけど、恵里が悪いことをしたら体張ってでも止めるから……それに、そういうのズルいよ」

 

「ふふっ……ありがとう、鈴。じゃあ――」

 

「「「ゆーびきーりげーんまーん、うーそつーいたらはーりせんぼんのーます。ゆーびきった!」」」

 

 鈴の最後の一言だけ聞かないフリをして三人で指切りをして約束する。三人で明るい未来に進むための約束を。指切りを終え、どこか晴れやかな顔を浮かべている恵里にハジメは語りかける。

 

「ねぇ、恵里」

 

「なぁにハジメくん」

 

「ありがとう。僕を選んでくれて」

 

 その一言に恵里の心臓は思わず高鳴る。微笑みながら見つめてくるハジメから恵里は顔をそらせない。

 

「苦しいことも辛いことも一緒に背負おう。それが出来ないなら僕にぶつけて。僕はずっと恵里のそばにいるから」

 

 ドキドキが止まらない。顔が段々と赤くなっていくのがわかる。ますますハジメから目が離せなくなり、呼吸すら思い出せない。

 

「恵里、愛してる――」

 

 ハジメが目をつむり、顔を近づけてくる。それの意味することを理解できた恵里はそれを受け入れ、愛しい人が口づけをしてくれる瞬間を待――たず、割り込んできたお邪魔虫()を即座に引っぺがした。

 

「はい鈴邪魔ぁー!! 引っ込みなよ空気読みなよここはボクとハジメくんがキスするところだろぉ!?」

 

「いーや、読まないよ! 読んでたら鈴が負け犬になるからね!! 恵里ばっかりいつもズルい! 呼び捨てで呼んでもらったり、ファーストキスまでもらおうとしてさ!! 鈴、いっつもおこぼれしかもらえてないもん! もう我慢なんてしないよ!!」

 

「こんの――! 今この時ほど鈴に殺意が沸いた試しがないね! 今すぐ潰してやろうか、あ゙ぁ゙!?」

 

 そして唐突に始まるキャットファイト。目を開けたハジメも二人が争っている姿を見ては流石に苦笑を浮かべる他なく、つもりはなくてもないがしろにしてしまっていた鈴に心の中で謝りながらもどうにか二人を止めようとする。

 

「あーもう、二人とも。僕が悪かったからケンカしないでってば……」

 

「ハジメくん、話なら後にして!」

 

「ハジメくんは黙ってて!! どっちが一番大事かを決めてくれてたらこんなことにはならなかったしね! 鈴カンカンだから!」

 

「え、えっと……鈴ちゃん、ごめんね。僕は恵里……ちゃんが――」

 

「あーあーあー!! 聞こえなーい! 何言ってるのかぜんぜんわかんなーい!!」

 

「ハジメくんちょっと待った! どうして『ちゃん』付けに戻そうとしてるの!? そんなことしたらボク、絶対に許さないから!!」

 

「――あぁ、もう! 二人ともうるっさい!!」

 

 全然怒りが止まらない二人の様子を見て遂にしびれを切らしたハジメは強引に二人の口を――恵里と鈴の唇を奪ってしまう。その途端に二人は目を白黒させ、頬を紅潮させて黙り込んでしまった。

 

「これ以上騒ぐなら、黙ってくれないなら二人とも苗字にさん付けで呼ぶからね! いいね!!」

 

「「は、はいぃ!! すいませんでしたぁ!」」

 

 今更他人行儀に戻るというのは流石に堪えられなかった二人は即座に返事をして土下座した。そんな二人の様子を見たハジメは大きく、長く息を吐くと、一度自分の唇をなでてから天を仰いだ。色気も何もない状態で二人の女の子の唇を、それもファーストキスを奪ってしまった。我に返ったハジメはかなりの罪悪感に襲われ、今度は床に視線を落として大きくため息を吐いた。

 

「まったくもう……どうしてこんな僕に二人が惚れこんだんだろ。もう、ゴメ――」

 

 ろくでもないことをしたと自虐するハジメの口を今度は恵里が、鈴の唇が塞いだ。勢いに任せてやったせいで、よくわからなかった唇の感触を認識したハジメは一瞬で顔を真っ赤にする。

 

「ハジメくんのそういうところ、ボクは嫌いだよ。ボク達のことをずっとちゃんと見ててくれて、行動で示してくれてるのに。自分のことを卑下するところだけは大っ嫌い。直してよ、そこ」

 

「私もかな。どうしようもないダメな人に惚れてあげるほど私も恵里も優しくなんてないから。それにハジメくんが本当にダメな人でも私達がいるから。ずっと支えてあげるから」

 

 ねー、と息ピッタリに言い合う二人にハジメは頭をかいて苦笑する。こんな自分のことをここまで慕ってくれる二人にはどうしたってかないっこないと思いながらハジメは声をかける。

 

「恵里、鈴」

 

「なぁに、ハジメくん」

 

「どうしたの、ハジメくん」

 

「これからも、よろしくね」

 

 何気ないそんな言葉に二人はうなづく。こうして全てを打ち明け、より強固になった三人の絆を夕日だけがながめていた――。




本日の懺悔
本当ならハジメの愛の告白も全文の二、三割までやりたかったんですけど自分の語彙力とこの後の展開を考えると冗長になるのでやめました。無念。あとここまで長くなるつもりではなかったんですが、長くなりました(他人事)

ちなみにタイトルは当初、本家の『月下の語らい』をパク……オマージュして夕焼けに関するものにする予定でした。ただこっちの方が個人的にしっくりきたのでこうなりました。
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