あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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まずは拙作を見てくださる皆様がたに感謝を。
おかげさまでUAも63000オーバー、お気に入り件数も600越え、感想数も111件(2021/11/26 8:59現在)に上りました。誠にありがとうございます。見てくださる皆様のおかげでこうして書くのにも熱が入ります。ありがたい限りです。

それとAitoyukiさん、今回も拙作を再評価していただき感謝いたします。おかげでとても励みになります。

では活動報告でも書いた通り重め(注:作者目線)のお話です。では本編をどうぞ。


二十五話 希望を手にするもの

 太陽の光が反射して煌めく雲海へと大きな台座が向かっていく。地球であればまず体験できなかった幻想極まりない光景を目の当たりにし、思わずはしゃいでいるクラスメイト達を横に恵里は一人考え込んでいた。

 

(香織達も少し浮足立ってるな。まぁ当然か。地球じゃお目にかかれないだろうし……それより問題はアイツらだな)

 

 一瞬だけ、視線をはしゃいでいる永山達のグループに移すと、横にいたハジメと鈴に気づかれない様に短くため息を吐く。地球にいた頃から自分達三人――特にハジメを目の敵にしており、そのねめつける視線こそ邪魔だとは思っていたものの、ちょっかいそのものは出してこなかったことから無視していた奴らである。しかし、そんな彼らのことが今の恵里にとって気がかりであった。

 

(このままだアイツらと確実に衝突する。幸い、数は向こうにいた時と違って逆転してるから、数で抑え込まれることはないはず。後ろから撃たれないようにしないといけないけどね……)

 

 恵里が懸念したのは永山を筆頭としたグループが自分達と敵対することであった。

 

 “異世界転移”なんていうあからさまに異常な状況に陥り、しかも家に帰れないとなれば冷静でいられるのは無理だろうと恵里は考えている。しかもそこに自分達が不満を覚えているグループのリーダーである光輝が舵取りをしようとすれば不満が出てしまうのも当然だとも。

 

 それに加えて天職が“勇者”である光輝が今後も指揮を執ることになったら?

 

 不満が募る一方なのは間違いないし、いつどこで暴発するかわかったものではない。

 

(うわぁ、ここで光輝君の天職まで裏目に出るかぁ……アイツやっぱり疫病神なんじゃないか? 関わったせいでボクの人生余計に狂ったし)

 

 自分がちゃんと説明しなかった事も原因である事を棚に上げ、かつて中途半端に光輝に助けられた前世? の事を思い出してカリカリとしていると、不意にハジメと鈴が声をかけてきた。

 

「恵里、どうかした? イライラしてたみたいだけど」

 

「何でも聞くよ? 今なら不安で仕方なかった、っていう体で誤魔化せるだろうし。ほら」

 

 二人にそう言われ、このまま心配させるのも気が引けた恵里は考えていた事をこっそりと伝える。すると二人もその懸念を抱いていたようで、お互いの眉間にシワが寄った。

 

「そうだよね……永山君達、昔から私達のことを目の上のたんこぶみたいな感じで見てたけど、それがこんな事になるなんて……」

 

「恵里か鈴、どっちかを選べなかったからこうなっちゃったしなぁ……ごめん、僕の優柔不断で二人に迷惑かけて――」

 

 頭を下げて謝るハジメの口を、恵里はそっと自分の唇で塞いだ。恵里が唇を離せば、何か言おうとしたハジメの唇をすぐに鈴が自分のもので塞いで黙らせる。

 

「ううん。それはそうして欲しい、って言ったボクの責任だよ。人目を考えてボクか鈴のどっちかしか愛さなかったら許さなかったし」

 

「まぁ、そうだね。恵里がそそのかさなかったらこうはなってなかったし、それがちょっと悔しいけど、そのおかげでハジメくんに振り向いてもらえたしね。気にしないでよ」

 

 恵里と鈴がハジメの選択を間違ってなかったと伝えた辺りで台座は雲海へと突入する。ここを抜けてしばらくすれば、もうハイリヒ王国にたどり着くだろう。自由に話し合える時間もあまり残っていないと考えた恵里は彼らの対処について相談を持ち掛けた。

 

「まぁあそこまで敵視されるのはボクとしても想定外だったしね。この中で誰が悪い、って訳じゃないし……それで、どうしよう? 流石にこのままほっとくわけにはいかないし」

 

「僕が物作りの天職みたいだし、役に立つ道具とか武具の整備とかがやれれば少しは態度も軟化すると思うけれど」

 

「いいと思うんだけど……ハジメくんのことバカにしてた人を助ける、ってさ。なんか私、ヤだな」

 

「ボクだってそう思うよ。でも、後ろから撃たれないためにも色々と手は打っておかないとね」

 

 面倒なことになったと思いながらも対策を考えるも中々良案が浮かばず、再度永山達を観察でもしようかと視線を向ければ、彼らのはしゃぐ姿と一緒に地上が見えた。いつの間にか雲海を抜けたらしく、かすかに見覚えのある城や城下町も恵里の目に入ってくる。

 

 物珍しさばかりなこの世界だけ見てこちらに意識が向かなければいいのに、と憂うつになりながらも恵里はそばにいたハジメの腕にそっと寄り添い、体を預ける。未だ解決策は浮かばないものの、きっと自分達ならやれるはずだと恵里は信じる。否、そうしようとした――それを上空からじっと見つめる存在に気づかないまま。

 

 

 

 

 

 台座が王宮に到着すると、そのまま玉座の間へと一行は連れていかれる。そして王であるエリヒドがイシュタルの手に軽く触れない程度のキスをしたのを見て恵里が軽く吐き気をもよおしたり、王族や騎士団長、宰相などの紹介を全員聞くなどした。

 

 そして自分達をもてなすという理由――おそらく自分達を取り込むための手段として、晩餐会が開かれる運びとなった。ピンク色のソースがかかってたり、虹色に輝く飲み物などもあったりしたものの、概ね見た目は洋食のそれであった料理に手をつけつつ、ハジメ達と一緒に話をしながら恵里は周囲を見ていた。

 

「まずいね……外堀が埋められていってる」

 

「そうだね、このままだと志願制も有名無実になりそうだ……」

 

「自分からしたい、って言われたらどうしようもないもんね……」

 

 恵里は今しがた合流したハジメと鈴と一緒に不安そうに辺りをながめている。それは、貴族や王族がよく自分達に声をかけ、おべっかを使い、この国の窮状を語り掛けているからだ。自分のところに来た人間もそうだったし、ハジメと鈴もそういったことがあったと聞いて恵里は軽くげんなりした。

 

 学校の授業を聞いていれば戦争の悲惨さやそれがもらたらしたものを理解しているため、『戦争に参加してくれ』と言われても普通なら嫌がって回避するだろう。

 

 だが、こうして自分達がこんなに追い詰められているとのたまい、更に『貴方達には世界を救う力をエヒト様から与えられているはず』と言われておだてられ、しかも実際に力が滾っているとなれば舞い上がるのも当然だろう。ここが異世界で、しかも自分のいる家には帰れないことも考えれば、与えられた使命感に飛びついてしまうのも当然かと恵里も苦い表情をしていた。

 

「僕の方は力がある、なんて言われてもピンと来なかったから適当に断っといたけど、二人もやっぱり?」

 

 ハジメのその言葉に二人はうなずくと、そっかと少し寂しそうな表情を浮かべた。そんなハジメを元気付けようと鈴と二人で声をかけようとすると、背後に何者かが迫る気配を恵里は感じとった。

 

「失礼。中村恵里、南雲ハジメ、谷口鈴ですね」

 

 また貴族がおべんちゃらでも使いに来たかと思ってウンザリしていると、その声は感情が抜け落ちているかのような抑揚のないものだった。しかも自分達に敬称もつけずに声をかけたこの人物に、恵里は()()()()()()()()気がした。

 

 いぶかしみながら振り向けば――瞬時に全員の表情筋が固まる。実物と絵という違いがあれど見覚えのあった顔であったからだ。

 

「あなた方に話があります。一度この場を離れましょう。ついてきなさい」

 

 あまりにも早い遭遇。計算外の出会い。格好こそ修道女のそれであったものの、目の前にいたのは紛れもなく()()()神の使徒であるノイントであった。

 

 記憶が確かであれば、王都で暗躍していた時に接触していたはずなのに。まだこんなに早く会うはずじゃなかったのに。幾つもの“何故”が浮かぶ中、恵里は答えることが出来ずにいた。

 

「……嫌だ、と言ったら許してくれ――ッ!?」

 

 するとハジメが突然現れたノイントに質問を投げかけるや否や、瞬時に距離を詰められて腹に一撃をかまされる。一メートル足らずとはいえ、ハジメとノイントとの間に距離があったにもかかわらず、音を立てることもなく近寄り、たった一瞬で一撃を加えられたのである。間も置かずに鈴もやられ、二人とも腹を抑えてうずくまってしまう。

 

 ノイントは再度距離を取ると、うずくまった二人にゆっくりと近づき、病人を介抱するかのように抱きしめ、近くにいた人間に声をかけた。

 

「申し訳ありません。こちらの二人の気分が少々優れないご様子です。彼らのご友人の中村恵里()と共に医務室まで向かいますがよろしいでしょうか?」

 

「なんと。確かに使徒様達に何かあってはいけませんからな。後で使いの者を寄越しましょう。ささ、どうぞ」

 

「感謝します――では行きましょうか」

 

 能面のような表情を崩すことなく、ノイントはこちらに語り掛けてくる。口の中がカラカラに乾いていた恵里はそにれうなずくしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 下手に動いたところで連れ戻されるか最悪殺されるだけでしかないため、ハジメと鈴に手を添えながら歩くノイントについていくことしばし。

 

 晩餐会の会場から大分離れ、建物の角まで行くとようやくノイントがこちら側に振り向く――その時、ノイントの碧眼が一瞬、輝いたように見えた。

 

(――!! これ、は……ッ!)

 

 意識が一気にぼんやりとしていく。頭の中が霞がかっていく感覚に襲われた恵里は近くの壁に思いっきり手を叩きつけ、この世界に来てから久しく感じとることが出来た魔力を使い、壁を張って弾き返すのをイメージする。すると頭にかかったモヤが段々と晴れていき、どうにかノイントの一手をしのぐことが出来たと感じた。

 

(思った以上に厄介だった……とりあえず手の痛みのおかげですぐには意識は持っていかれないだろうし、どうすればいいかもわかった。後は――)

 

 骨にヒビが入ったのか、未だに強い痛みが走るものの今はそれがとてもありがたい。ノイントの次の一手を待ち構えていると、その当人はほぅと感心したように息を吐いた。

 

「……これを防ぎますか。流石はイレギュラー。ならばこちらに――」 

 

「ダメッ!!」

 

 ノイントがハジメと鈴に視線を移そうとした時、手に走る痛みも頭のふらつきも無視して恵里は大声を上げた。

 

「よすんだ恵里!! 僕達の事はいいから! 従っちゃダメだ!!」

 

「絶対ダメだよ!! ここで言うことを聞いたら恵里がどんな目に遭うかわかんないよ!」

 

「嫌だ! ここで従わなかったらハジメくんも鈴も絶対に助からない! それだけは絶対にイヤだ!!」

 

 大声で叫ぶ二人に恵里もまた叫び返す。使徒にこんな能力があった事は自分も初耳であったが、洒落にならない相手である事はトータス会議でハジメ達に伝えていた。だからこそ相手の言いなりになる事の危険性をハジメも鈴もわかっていて突き放そうとしたものの、恵里はそれを受け入れられない。

 

 先程なった感じからして洗脳の類であることは明白であり、それを二人にやられてしまえば、どう抵抗すればいいかわからないハジメ達では確実にかけられてしまう。もしそうなったらどうなるかわかったものじゃないからだ。かつて自分が“縛魂”で光輝を意のままに操ったようにハジメ達もそうなってしまうだろう。

 

 “縛魂”が使えるようになったらすぐに生きている人間相手に効くようになるまでひたすら鍛えるという手もあるが、それがいつになるかわからない。前世? の時点でも使えるようになるまで相応の時間はかかっている。

 

 それまで洗脳された二人を野放しにすればどこまで計画が狂うかわかったものじゃない。何より、二人がエヒトにいいように操られるということ自体が耐えられない。そんな地獄のような時間を耐えられる自信がない。だからこそ、恵里は二人の言葉に耳を貸せなかった。

 

「やはりこの二人が弱点でしたか。主の命に従い、観察していた甲斐がありました」

 

 そう淡々と言われた言葉に恵里もハジメも鈴も顔を青ざめさせていく。

 

 最初から気づかれていた。

 

 こちらが手を打つよりも前に既に相手の手のひらの上で踊らされていたのだ。

 

 三人は痛感する。紛い物といえど、神として君臨する相手がいかに手強いのかを。そして自分達の認識がどれだけ甘かったのかを。

 

「……わかった。二人に手を出さないなら何でもする」

 

「恵里っ!!」

 

「ダメ! それだけは絶対ダメだってば!!」

 

 そして恵里は条件付きで従う事を決めた。幸い、ノイントの狙いはまだ自分だけでしかないため、早々に降伏すれば二人がこれ以上何もされないかもしれないと踏んだのである。だから涙目になって訴えてくる二人の声を聞こえないフリをする。

 

「光輝君達も僕らがいなくなった事に気づいている筈! とりあえず時か――」

 

「あっちは恵里を無事に帰すかもわからないんだよ!! 一緒にハジメくんをしあわせ――ッ」

 

 恵里に必死に呼びかける二人の首にノイントの手刀が落ちる。それに怒り狂った恵里は視線だけで射殺さんとばかりにノイントを凝視するも、そのノイントの表情は依然として凪いでいた。

 

「ここで騒がれては面倒です。ただそれだけですよ、イレギュラー」

 

「――殺す! 絶対に、絶対に殺してやるっ!!」

 

「今のあなたにそれが出来るとでも?――二人の安全を考えるなら従う以外の選択肢などありえません」

 

 そうノイントが伝えると同時に、気絶して倒れ込んだ二人の周囲に銀の羽が落ちる――“分解”の力を宿したそれが床に触れた途端、淡雪のように消えるとともに削れた床が露になる。二人を今この時点で消すことも容易いと暗に言われ、恵里は歯噛みするしかなかった。

 

 悔しさと後悔、そしてハジメ達を守ることもこの場から離れて助けを呼ぶことすらも出来ないことのへの無力感と罪悪感に苛まれながらも、恵里はその場でじっとしているしか出来なかった。

 

「では主の許へと参りましょう――さぁ、こちらに」

 

 一瞬辺りを見回すと、何もなかったかのようにこちらに来ることを指示するノイント。恵里もそれに従う他なく、フラフラとした足取りで彼女の方へと向かい、そのまま抱きかかえられて空へと昇っていく。

 

(ハジメくん、ごめんね。鈴、ごめんね……)

 

 涙で視界をにじませながらも、恵里は倒れていた二人から目を離すことはしなかった。そして程なくして恵里はノイントと共に空間の揺らぎの中へと姿を消していく――するとどこかで誰かがつぶやいた。

 

「知らせ、ないと……早く、光輝達に知らせないと……!」

 

 倒れていたハジメと鈴を何者かが担いでいくと、そのままどこかへ姿を消していった。

 

 

 

 

 

 極彩色の空間を抜け、周囲が闇に閉ざされている白亜の通路が奥に伸びるだけの世界へと恵里はノイントと共に来ていた。

 

 自分の目の前を歩くノイントの足音すら聞こえないこの空間を不気味に思いながらも黙って歩いていると、更に奥に繋がっているであろう階段が見えた。

 

 一番上は淡い光に包まれており、もしかするとその先にエヒトがいるのかもしれない。恵里の記憶の限りでは体を弄られた際にもエヒト本人とは相対した記憶はない。だからこそ気を引き締めてかからなければならない、と唾を飲み込みながら階段を一段一段と上がっていく。ノイントに怪しまれないように、ほんの少し遅く、そうして稼いだ時間を使って必死に打開策を考えながら。

 

 そして最上段にある淡い光にノイントに続いて身を投じると、ほぼ一色の白に染まった世界が恵里の視界に飛び込んでくる。通路以外が闇しか無かった世界を抜けた先は一才の穢れを許容しないかのような白の世界であった。

 

 上も下も周囲の全ても、見渡す限りただひたすらに白が広がった空間。地面を踏んでいる感触は確かにあるのに、視線を向ければそこも白一色で地面があると認識するのが困難になる。

 

 そんな上下の感覚すら狂ってしまいそうな世界においても恵里は冷静であろうとし、結局打開策は何一つ思いつかなかったものの、どうにかして切り抜けようと様子をうかがっていた。

 

(ここまで早い対面だとは思わなかったけど、こんなところで屈してやるもんか! 化け物(アイツ)だってエヒトにいいようにされても相打ち以上に持ち込めたんだ。ボクにだってチャンスはあるはず!)

 

 これがただの虚勢でしかないことは自分でもわかっていた。だがそれでいい。ここで折れてしまったら二度と立ち上がれないと確信していたからだ。

 

 その場でノイントが(ひざまず)くと同時に自分もそれに(なら)うと、背後で輝いていた光のベールが消えた。そして頭上から頭に直接語り掛けるような声が響く。面を上げよ、と。

 

 言われるままに顔を上げると、視線の先が不意に揺らいだ。そして舞台の幕が上がるかのように揺らぐ空間が晴れた先には、十メートル近い高さの雛壇が現れ、その天辺(てっぺん)にある玉座に不確かな姿の何かが鎮座していた。

 

『よくぞ我が命を果たした。ノイントよ』

 

「すべては主の御心のままに」

 

 神様風情とその人形如きがよく言うと心の中で蔑んでいると、こちら側に視線のようなものが送られ、恵里は思わず身震いする。単にそれが粘つくような不快なものだからでなく、ただ見られただけで自分の全てを容易く消し飛ばされてしまいそうなプレッシャーにも襲われたからだ。

 

『さて、イレギュラーよ。私が貴様を呼んだ理由は察しがつくのではないか? 申せ』

 

 また頭に言葉が響くと同時に一段とプレッシャーを感じる。語られた言葉こそ穏やかで寛大な風に聞こえはするが、語気はどこまでも威圧的で言葉一つでアッサリ首を刎ねられかねないようなものであった。こんな奴相手にケンカを挑んだ辺り、やはりあの化け物は心の強さまでそうだったのかと恵里は(おのの)きながらも必死に口を動かす。

 

「嫌、だね……誰が、誰がお前なんかに話してやるもんか」

 

 体を震わせながらも恵里は要求をはねのける。怖くて仕方なかった。今すぐにでも逃げ出したかった。愛する人(ハジメ)の名を呼んで泣きじゃくりたかった。だがそれでも目の前の神モドキの要求ぐらいノーを突きつけられなければ、絶対に勝てない。嘘の情報を渡したところで恐らく看破されるという謎の確信と、それが自分達の首を絞めるであろう未来が見えたからだ。

 

 だからこそあの化け物のように真っ正面から噛みついた。勝つために。絶対に生きて元の世界に帰るために。ノイントから向けられる凍てつくような視線も知ったことではなかった。

 

『神を相手に実に不遜だな……まぁ、よい』

 

 だが目の前の存在は怒りをかすかににじませたぐらいで余裕は何一つ崩れてはいない。おそらくあの化け物すら(ひざまず)かせたあの言葉があるからだろう。防ぐのは無理であっても精一杯抗ってやると恵里は息巻いていると、その瞬間が訪れた。

 

『エヒトの名において命ずる――“話せ”』

 

「はい。ボク達は貴方様に反逆すべく、計画を練っていました――ッ!?」

 

 ――何故か()()()()()()()()()()()、口からスラスラとトータス会議での計画が、反抗の意思が漏れていく。

 

「この世界の宗教との敵対を可能な限り避け、エヒト様に気づかれないよう秘密裏に動き、そして武器の製造と使徒に対抗するための人員の確保に努めようと考えていたのです。そのためには――」

 

(なんで!? どうして!? 止まれ! 止まれよぉ!!)

 

 口を止めようとも止まってくれない。心と体が別に動いてしまっているかのようで恵里はパニックになってしまう。

 

『驚いたか? まぁ無理もあるまい。それはイレギュラー、貴様が心の奥底では私に服従したいと望んでいる証左だ』

 

 何か戯言(たわごと)をほざいているエヒトのことは無視して恵里は必死に原因を探る。あの化物は一度抗えたはず。やはりステータスが高くないと無理だったのかと思わず歯噛みしそうになった時、ふとハジメの言葉がよみがえった――。

 

 ――何をやったかはわからない。結局推測ぐらいしか出来ない。けれど命をモノ扱いしてるエヒトだったら、やってる可能性がある……恵里の、恵里の魂も体と一緒に弄っているのを。

 

『ほぅ。私に尽くすことが余程嬉しいか。感激にむせび泣くがいい。貴様の忠誠は中々見事であるぞ』

 

 涙が、止まらなかった。あの時、光輝を自分のものにするために体を弄られた際、自分の魂にも何か細工がされたことに気づけなかった。その結果、ハジメを、鈴を裏切ってしまったことに恵里の心は耐えられなかった。

 

 勝手に動く口を何度止めようとしてもそれは叶わない。ならば頭を地面に叩きつけるなり手で強打するなりして止めようとしても体はわずかにすら自分の思う通りに動いてくれない。

 

 詰みであった。

 

 詰んでしまっていた。

 

 ノイントが現れた時点で既にエヒトに目をつけられていた。エヒトに目をつけられた時点で自分の弱点は看破されていた。トータスに召喚された時点で、自分達はもう、負けが決まっていた。そう、思い知らされた。

 

『ふむ。こうして話を聞くだけでは少々具体性と確証に欠けるな。ならば――』

 

「……これ以上、まだ――ぃぎぃっ!?」

 

 絶望はまだ終わっていなかった。

 

 全てを話し終え、体の自由が戻ってもなお、まだエヒトは満足などしていなかった。そう告げた途端、脳の全てが鷲掴みにされたかのような痛みが恵里の頭に走る。

 

 ふむ、とエヒトが漏らしたのが聞こえた恵里は一体何があったかと思って顔を上げる――するとそこには無数の映像が映されたパネルのようなものが浮かんでいた。

 

 ――光輝くん! どう? 素敵でしょう? 魔王様にねぇ、新しい力を貰ったんだよぉ。ボクは光輝くんと二人だけで甘く生きたいだけなのに、そんなささやかな願いすら邪魔するクソったれ共が多いからさ。大丈夫! 光輝くんを煩わせるゴミは、ぜぇ~んぶ、ボクがお掃除して上げるからねぇ! 二人でずぅ~とずぅぅぅぅぅ~と一緒に生きようねぇ~。

 

 ――え、恵里……。

 

 前世? で自身の弄られた体をお披露目し、光輝への妄執を再度見せたあのシーンが映っていた。

 

 ――恵里、いつの間にお箸を使うのが上手になったんだい?

 

 ――え? えーっと……いっぱい練習したからだよ。お父さんをびっくりさせたかったんだ。

 

 エヒトの居城が崩れ、父が事故に遭う日に戻った時の一幕が映っていた。

 

 ――……? ない? なんで? どうして?

 

 ――やだ、やだよ……ハジメくん、ハジメくんっ。

 

 ハジメに恋をして、彼から受け取ったクッキーがなくなったことに狂乱したあの日が映っていた。

 

 ――えーと、これで思い出せるのは全部かな。お疲れ様、二人とも。

 

 ――ありがとう恵里。それじゃあ、今書き出した情報を元に色々と考えよっか。

 

 最初のトータス会議でのやり取りがそこに映っていた。

 

 いずれも見覚えのある無数のもの――自身の記憶が映っていたのである。過去に遡る毎にその映像はよりあやふやになっていたものの、それは紛れもなく自分のものであった。まさかこんな事まで出来るなんて、とエヒトの持つ力に呆然としていると、不意に恵里にかけられていたプレッシャーがなくなった。

 

 ――よかった。■エ、なんともないか?

 

 ――……ふふ、平気だ。むしろ、実に清々しい気分だ。

 

 ――あ? ユ■? お前――ッ。

 

 一体何があったと困惑しながら見上げると、そこにはあの金髪の幼い肢体の少女が化け物(南雲ハジメ)の腹を貫くシーンが映っていた。

 

『クク、ハハ……クハハハハハハハハハハハハハハ!!!』

 

 見られた。

 

 見られてしまった。

 

 エヒトに対して可能な限り伏せておかなければならない情報が、もしかすると弄られているかもしれない自分の魂を治す手段を持っているかもしれないキーパーソンが、もう、見つけられてしまった。

 

『これは! これは想定外であったぞ!! 褒めてつかわそうイレギュラー! いや、()()()()よ! 実に大儀であった!!』

 

「あ、あぁ……あぁぁ…………」

 

 恐れていた事態が次々と起きていく。そしてそれを止める手段が何一つない。手札がすべてこぼれ落ちていくような心地であった。

 

 それでもどうにかパネルを消そうと手を伸ばすものの、空を切るだけで遥か彼方にあるそれは消えず、己の無力感を噛み締めるだけでしかない。

 

 そんな恵里の姿を見て嗤い声を上げていたエヒトが、愉悦に満ちた声で語りかけてくる。

 

『アルヴもまた良い置き土産をしてくれたものだ。とはいえ、貴様がこうしてここに来なければここまで歓喜で満たされることはなかっただろう。礼の一つもせねばなるまい』

 

 絶望に暮れていた恵里の背筋にぞわりと悪寒が走る。()()()()()が礼をする? 絶対にロクなものじゃないと恐怖に怯えた瞬間、頭に激痛が走った。

 

「ぐっ!? が……あぁあぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁああぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!!」

 

『褒美をくれてやらねばな、中村恵里よ――然るべき時が来たらお前の手で愛する者の命を踏みにじり、大切にしていたすべてのものをその手で砕かせてやろう。何、礼などいらぬぞ』

 

 痛みで、怒りで、嘆きで、悲しみで、後悔で涙があふれた。

 

 あの時魔人族に寝返らなければ、光輝に固執してしまわなければと過去の行いを呪った。

 

 ようやく手にすることが出来た友達が、幸せが、愛する人が、他ならぬ自分の手で壊されてしまう未来を幻視して、自分への怨嗟が止まらなかった。

 

(ごめん、なさい……ハジメくん、すず、みんな…………)

 

 神を僭称(せんしょう)する者の居城で、一人の少女が嘆きの海に沈んだ――。




「つよくてニューゲーム」な話がスタート、といった旨の話を前回の前書きで書きましたね。作者も憶えています。
ですが

敵 が 強 化 さ れ な い と 誰 が 言 っ た ?
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