あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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まずはこうして拙作を読んでくださる皆様への感謝を。
おかげさまでUAも67000に上り、お気に入り件数も592件になりました。感想も128件にまで増加し、こうして見るだけでなく送っていただける方々には頭が上がりません。いやホント勢いが全然落ちてないのがありがたい反面ちょっとおっかないです……。

またAitoyukiさん、今回も拙作を再評価していただき誠にありがとうございます。こうして毎回毎回評価していただき本当に嬉しいです。

ではようやく恵里のパートに移ります。恵里にメインに焦点が当たってる比率的に幕間っぽいですけど本編扱いです。ええ。では本編をどうぞ。


二十六話 再誕する心

「結局、空振りに終わってしまったな」

 

「仕方あるまい。ここで下手に他の使徒様までも不機嫌にさせてはな」

 

 自分達にあてがわれた宿舎に戻る途中、城の廊下を歩いていた神殿騎士のアンディがボヤくと、共に任に当たっていた同僚のブラントンがいつものように彼の軽口をたしなめるように返事をした。

 

 二人は元々宴会場の警護を任されていたのだが、巡回をしていた同輩から医務室に行っていたはずの南雲ハジメ、谷口鈴、中村恵里ら三名が見当たらないという話を聞き、そこで一度召集を受け、三人を探すこととなったのである。

 

 アンディ達は使徒の方々や教皇猊下が利用した大広間、使徒が現れた祈りの間の近辺を探していたものの手がかりは特になく。一度戻って判断を仰ごうとすると、慌てて入ってきた伝令から教皇猊下がエヒト様より授かった神託を拝命することとなった。

 

 ――我が遣わせた使徒たる中村恵里に裏切りの兆候があった。その証拠に二人の使徒と協力し、何かを探ろうとしていた。しかし彼の存在の愚行は既に我が使徒が咎め、その後に一度慈悲を与えて解放した。だが、中村恵里と協力した南雲ハジメ、谷口鈴は未だ見つかっていない。敬虔なる我が信徒よ、彼の者らを探せ、と。

 

 こうして神の命に従い、彼ら二名を見つけ、また南雲ハジメら二名が他の神の使徒を陥れる可能性もあるため、彼らも裏切者である可能性を伝えることとなったのである。

 

 そこで疑いのある二名を探す班と他の使徒に彼ら三名の疑いを伝えて回る班に別れることになり、アンディとブラントンを含めた騎士達は他の使徒の部屋に疑いのある三人の事を伝える班に組み込まれた。

 

 そして休んでいる神の使徒に頭を下げつつここに来た理由を説明して回っていく……が、ここで面倒な事が起きた。あてがわれた部屋で休んでいるはずの使徒がいない、というケースが度々あったからである。

 

 やはり南雲ハジメらは中村恵里と結託して魔人族に寝返ろうとしたのだという考えが騎士達の中で強まり、急いで他の使徒へと伝えねばとその場にいた全員が使命感に駆られた。

 

 そうして駆け足で他の使徒の部屋を回ったところ、白崎香織の部屋にて天之河光輝ら十数名と共に件の二人がいたのを彼らは見つけた。それを見て先の疑いはますます強まることとなり、これは何としても連行し、彼らの疑いを伝えねばとアンディ達は息巻いた。ところが当の南雲ハジメの悪知恵により、彼らの目論見は泡と消えてしまう。彼奴の企みにより他の使徒も二名連れていく運びとなってしまったからである。

 

 ついていくるのがただの知人であったならばうまく言いくるめることが出来たかもしれないが、かの二人はその場にいた使徒全てと仲が良かったようで下手なことが出来なかったのである。神殿騎士としては疑いのある二人をどうしても切り離したかったが、教皇或いはエヒト神の命もなしにそのようなことをして他の使徒の方々の機嫌を損ねる訳にもいかず。結局八重樫雫、坂上龍太郎の二名もついてくることになってしまった。

 

 しかもついてきた二人は南雲ハジメ及び谷口鈴から離れようとしなかったのである。容疑者二人はそれぞれ別室にて尋問することとなったものの、ついてきた使徒お二方がそれぞれ裏切者の隣で聴取を受けることになってしまった。

 

 遠くからでも問題は無いでしょうと説得したものの、頑として譲らず。しかもそれすら拒むというのなら神の使徒として強権を振るうことも辞さないとばかりの態度をとったのである。

 

 そのため聴取事態も簡単なものしか出来ず、拷問をしてでも目的を吐かせようとした彼ら神殿騎士達の目論見は潰えてしまったのだ。そして聴取が終わった後、彼ら二人は捜索の任を解かれ、こうして宿舎に戻ることとなったのである。

 

「そうだなブラントン。とはいえ、使徒様がたがあそこまで聞き分けのない子供であったとは思わなかったよ」

 

「不敬だぞアンディ……同意はするがな。まぁこの結果は既にクロードが報告しているし、あやつらに監視がつくのはまず間違いない。エヒト神も見ておられるのだ。流石にエヒト様の手を煩わせる訳にはいかないが、奴らの悪行はいずれ白日の下にさらされる。何としても突き止めねばな」

 

 ブラントンの返答にアンディは頭をかきながらそうだなと答える。神の使徒として遣わされたはずの存在が裏切りを考えているやもしれない。頭の痛くなる事態にアンディはまたしてもため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

『おかえり、恵里。今日は何が――』

 

「もう、やめて」

 

 ――いつかの笑顔で出迎えてくれたはずの笑顔の父が次の瞬間には物言わぬ骸となり果てた。

 

『恵里』

 

『恵里ちゃん』

 

『おーい、恵里ー!』

 

『どうしたのよエリ』

 

「お願い、だから……もう、もう嫌……」

 

 ――倒れ伏した父の下で佇む自分に駆け寄ってきた友達全てが目の前で無数の賽の目に切り落とされ、地面に肉片が着くと同時に爆ぜていく。まき散らされた血でまたしても全身が真っ赤に染まり、世界が赤一色となる。

 

『大丈夫だよ、恵里』

 

『私達がいるよ、恵里』

 

「ダメッ! 来ないで、こっちにこないでぇええ!!」

 

 ――親友であり恋敵の少女が、世界で一番愛しい人が、笑顔で彼女のところへ寄ってくる。逃げても逃げても距離が縮まるだけで彼らから遠ざかることは出来ない。

 

『僕らがいるよ。安心して――』

 

『そうだよ。私と二人でハジ――』

 

 ――そして寄ってきた二人の首が落ち、こちら側にコロコロと転がってきた。その顔はどちらも怨嗟に染まっていた。

 

『どうして僕を裏切ったの?』

 

『うそつき』

 

「やだ……もう、もうやだよぉ……もういやぁあぁぁぁああぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁ!!」

 

 もう何度となく繰り返される愛しい人の死。終わることのない悪夢に恵里の心はもう砕け散りそうになっていた――。

 

 

 

 

 

「――目を、覚まさないわね」

 

 トータスに移転した次の日の朝。雫は壁に寄りかかって眠る龍太郎とベッドでうなされている恵里、そしてそんな彼女の手を握ったまま眠りについていたハジメと鈴を見ながらひとりボヤいた。

 

 取り調べを終えた後、聴取をやっていたのとは別の神殿騎士が接触してきて、『探している相手のところへ案内するから来い』と命令口調で言ってきたのが始まりであった。相手の思惑があるとはいえ乗らなければどうなるかもわからず、ハジメと鈴も付き添いで来てくれた龍太郎と雫と一度相談し、承諾する旨を伝えてから恵里の寝かされている医務室へ神殿騎士に連れていかれた。

 

 恵里は神殿騎士数名に囲まれた状態でベッドに横たわっており、苦しそうにうめき声を上げ、涙を流し、時折誰かに詫びるように何度も何度も『ごめんなさい』を繰り返していた。

 

 経緯こそ教えられなかったものの、中々目を覚まさないため尋問も一切出来ないことに業を煮やしたのだろう。それで自分達が呼ばれたのだと気づいたハジメ達は、神殿騎士が恵里の寝ているベッドから距離をとったのを確認すると、すぐに彼女の許へと駆け出していった。

 

 声をかけたり、手を握ったりしたものの、余程ひどい悪夢を見ているのかそれを振りほどくかのように恵里は暴れ出してしまう。しかしハジメと鈴はそれで蹴られたりしても構わずに手を繋ぎ続け、何度も何度も『大丈夫』、『僕らはここにいるよ』と根気強く声をかけていた。

 

 そうして夜が更けていっても声掛けや手を握るのを続けていたハジメと鈴であったが、策謀を巡らせたり、様々なストレスがかかったりしたせいか次第に起きているのもままならなくなってしまう。龍太郎と雫から勧められたのもあって日が昇る前には二人は眠ってしまい、その龍太郎も意識が途切れる寸前に雫から『寝ずの番をするから休んで欲しい』と言われ、悔しさをにじませながらも睡魔に負けてしまった。

 

 一方、雫は八重樫の裏の修行の一環で徹夜での修錬を何度も積んだこともあって、こうして寝ずに恵里達を見守っていた。

 

「お願い、恵里。目を覚ましてよ……ハジメ君に、鈴に、いつもみたいに甘えてよ。そうしてくれなきゃ、調子が狂っちゃうわ……」

 

 こうして寝ずの番を率先してやった雫もまた大丈夫とは言えず、漏れ出るようにして出た言葉はどこか力のない、すがりつくようなものであった。

 

 雫とて自身が心が強い類の人間ではないことは自覚している。辛い時があれば光輝や鈴に頼ったり甘えたりしているのだから。むしろ弱い部類であり、不安に飲まれないよう気をつけなさいと家族にも言われているぐらいであった。

 

 こうして寝ないでいるのも不安で仕方なかったからだ。同門の浩介や母の霧乃の気配は感じ取れるものの、どちらも部屋の中で姿を隠したまま。二人の存在がバレてしまうとこれからの行動に支障が出てしまう。だからこそ恵里の身に何かあったら自分しか動けない。その責任が、不安があったが故に寝たくても寝れない。だから言い訳としてこの役目を自ら買って出ていた。

 

「……ぅ、ぁ…………?」

 

「――ッ! 恵里、起きたのね!?」

 

 だがその苦労はようやく報われたようであった。何度か身じろぎした後、うっすらとではあったが恵里がようやく目を開けたのである。

 

 自分が声を上げると同時に、一時間程前に交代した見張りの神殿騎士もそれに反応して恵里の方を凝視してきたがそんなことは雫には関係なかった。すぐさま恵里と手を繋いだまま寝ていたハジメと鈴を揺さぶり、二人に声をかける。

 

「起きて二人とも! 恵里が、恵里が目を覚ましたわ!!」

 

「……ぁ、えり、が……?――ありがとう雫さん! 起きた、起きたんだね!?」

 

「ぅ、ん……ぇりが、おきた――! ありがとう雫! 恵里、やっと目を覚まし――」

 

 良かった。これで恵里も安心できる。長いこと起きていて張っていた緊張の糸を緩め、歓喜に沸く二人を見ながら自分も眠ろうと雫は考えていた。そう、思っていた。

 

「……ぁ――ッ!? こないでぇええ!!」

 

 ――恵里が二人の手を打ち払うまでは。

 

 彼女と長い付き合いであった雫からすれば全く意味の分からない光景であった。どう考えても有り得ない事態に一瞬頭がフリーズしてしまうも、ベッドの上で後ずさりをしてその場から逃げ出そうと――否、部屋の窓に向かう恵里を見てすぐに雫は動いた。このままでは恵里は自殺をする。さっき見た恵里の瞳から見えた“怯え”が雫にそう確信させた。

 

「ごめんなさい、恵里っ――!」

 

「ぁぐっ!」

 

 縮地を用いて恵里との距離を詰め、母と浩介が動くよりも先に雫はすぐに彼女を抑え込んだ。後でハジメと鈴に思いっきり叱られようと思いながら、二人に指示を飛ばす。

 

「お願いハジメ君、鈴! 恵里の手足を縛るためにベッドのシーツを持ってきて! このままじゃ恵里が飛び降り自殺しかねないわ!!」

 

「そ、そんな――わかった! 待ってて!!」

 

「お願い雫! 鈴達が来るまで恵里をどうにかしてて!」

 

「やだ、やだぁあぁぁあぁあぁ!! はなして、はなしてよぉ!」

 

 駄々をこねて拘束から逃げ出そうとする恵里をどうにか押さえつける。やはり妙だ。あの恵里が、ハジメと鈴に誰よりも執着を見せる彼女が()()()()()()()()()()()()()()()。そのことに気づいた雫は、連れ去られた後に恵里の身に何かあったのだと確信した。浩介ですら倒せるか断言できなかったあの銀髪の女を無数に従えている存在に何かをされたのだと。

 

「くっ、自害する気か!」

 

「エヒト様からかけていただいた慈悲を不意にするとは恥知らずが――!」

 

「――誰が恥知らずだ、って?」

 

 見張りをしていた神殿騎士もすぐに取り押さえようとするも、先程の騒ぎで目を覚ました龍太郎が立ちはだかった。何が起きたかはまだちゃんと把握してはいない。しかし、恵里の声色からして確実に何かがあったと考え、雫達がどうにかしようとしているのを把握した。だからこそ不退転の意思を燃やし、ここから先は絶対に行かせないとばかりに神殿騎士達をにらむ。

 

「どいて下さい使徒様! あやつには裏切りの疑いが――」

 

「そう言われて素直にはいそうですか、って誰がうなずくかよ。俺達の親友に手荒な真似をさせてたまるかってんだ」

 

 恵里への疑い、敵意をむき出しにしている相手だからこそ退く訳にはいかない。今この場で暴れ出すことも辞さない覚悟で龍太郎は対峙していた。

 

 一方、神殿騎士の方も使徒との関係悪化を避けたいがためにそれ以上は強く出れず、この場で歯噛みする他なかった。ましてや“勇者”と近しい使徒であったことを考えれば、自分達の動きを彼に報告するだろう。これ以上の印象の悪化はどうしても避けたく、『道理の分からない子供でさえなければ』と心の中で思うしか出来なかった。

 

「ごめんなさい恵里。流石に親友が、幼馴染が自殺しようとしてるのを黙って見てるなんて出来ないのよ!」

 

「おねがい、おねがい雫! ぼくを、ぼくをはなしてぇ!!」

 

 泣きじゃくりながら抵抗する恵里の姿に心が締め付けられるも、雫はハジメから受け取ったシーツで両手足とついでに親指もガッチリと拘束していく。いくらなんでもここまでやれば自殺は無理だろうと思いながらキツく巻き上げ、一度大きく息を吐くとハジメと鈴の方を向いた。雫から視線を受け取った二人は力強くうなずいて返し、『後は任せて』とだけ伝えて雫の方へと向かって来た。

 

「ありがとう龍太郎君、雫さん。後は僕達がやるから」

 

「ここまでやってもらったんだから、後は鈴達の仕事だね。任せて」

 

「お願いね――かんしゃくを起こしたお姫様を、ちゃんと覚まさせてあげなさい」 

 

 昔光輝が必死になって自分を止めた時のことを思い出しながら雫はハジメ達と場所を入れ替わっていく。今にして思えば恥ずかしく、でも何よりも素敵で鮮やかな思い出を。きっと親友ならやってくれると信じながら雫は静観に徹することにした。

 

「やだ……こないで、こないでよ……ハジメくん、すず…………」

 

 全身を震わせ、イヤイヤと首を横に振る恵里にハジメも鈴も向かっていく。手足が縛られていてもなおどうにか動こうとする恵里を二人は抱きしめて逃がさない。だがそれでも身をよじって逃げようとする恵里を見て二人はある事を確信した。

 

「おねがい……やめて……ふたりが、ふたりが……」

 

「大丈夫だよ、恵里」

 

 エヒトに何かをされた。それも恵里共々自分達を弄ぶためだけに。ハジメの心にまた底なしの怒りが沸きかけたが、それを振り払って恵里を見つめる。今最も傷ついているのは恵里だから。何よりも恵里の心を救いたい。傷ついた心を癒したい。ただその一心で。目を覚まさせてくれた香織には頭が上がらないなと思いながらハジメは恵里をじっと見据える。

 

「わかってるよ。でも、鈴を、ハジメくんを信用してよ。くだらない嫌がらせだけで簡単にやられちゃうなんて、恵里は思うの?」

 

 鈴の心が軋んだ。今の自分にはこうして声をかけることしか出来ないことが、親友を助けられる力がない事が。悔しくて辛くて泣きたくて仕方がない。だけれども一番辛いのは恵里なのだからと涙をこらえてただ恵里を抱きしめる。少しでも恵里の心に届くと信じて。

 

「もう、もうぼくはしぬ……死ぬ、しか……」

 

「恵里」

 

 絶望に暮れ、もう何も出来なくなった恵里にハジメはキスをする。

 

「んむぅ!? むぅ、んん……」

 

 頬に手を添え、舌を入れて。

 

「はむっ……れろっ……んぅ……」

 

 もう今は何も考えなくていい、もう絶望なんてしなくていいという思いを込めて。

 

「ぴちゃ……ちゅっ……もっと……」

 

「んぅ……ちゅ……うん……」

 

 突然のことに恵里は何も考えられなくなった。そして段々と何も考えたくなくなった。

 

 ハジメ達に危険が及ぶかもしれない。死んでしまうかもしれない。そんな考えも舌から伝わる熱で蕩けて消えていく。ただ欲しい、もっと欲しいとばかりにキスを貪り、ハジメからの愛を貪欲にねだり続ける。ハジメもまたそんな愛しい人に幾度も幾度も愛を伝えていく。嘆きも悲しみも憂いも全て塗り潰そうと何度も何度も。

 

「は、破廉恥な奴めっ!!」

 

 神殿騎士達も突然のことに面食らい、小っ恥ずかしくなって固まってしまう。人前でよくもまぁ堂々と出来るな、と思うものの結局止めた方がいいのかどうかわからず、ただただ二の足を踏むばかりであった。

 

「え、えっと……わ、私の時もそう、だったけど……」

 

「こ、これ……いやマジでなんなんだよ…………」

 

 龍太郎と雫も場違いもいいところの奇行に走ったハジメとそれを受け入れている恵里を見てお互い顔を真っ赤にしたり、お互い顔を合わせたりするばかり。

 

 どこからかあらまぁ、と妙齢の女性の声がしたり、『いや何やってんだよハジメも恵里も!? こんなとこで何ラブロマンスやってんだ!?』とトータスに来て殊更影が薄くなった少年の声が響いたりもした。

 

 一方鈴は少し物欲しそうに見ていたものの、自分が惚れた男の子の行動をただ見守っていた……後で自分もいっぱいやってもらおう、と目の前の二人同様場違いなことを考えながら。

 

 そんな周囲の物音が一切耳に届いていない二人はただただお互いの口の中をねぶり続けていた。ハジメを、鈴を、皆を巻き込まないためにも自分が死ななければならないと思い込んでいた恵里の頭にはもうそんなことは浮かんでいない。ただハジメがくれる愛に押し流され、ハジメもまた恵里を止めようとしていた事も忘れてただただ愛を重ねる。

 

 永劫にも思える甘く焦がれるような時はハジメが唇を離すと共に終わり、恵里はお互いの唇からかかる銀の橋と共に名残惜しそうに見つめるだけであった。

 

「……大丈夫だよ、恵里。僕は死んでないし操られてだっていない」

 

「……ふぇ?」

 

 突然話し出したハジメに恵里は一瞬間の抜けた顔を晒してしまう。それがなんだかおかしくて吹き出しながらもハジメは話を続ける。

 

「恵里がいきなり僕と鈴の事を嫌うなんてあり得ないし、無意味に僕と鈴の手を払わないだろうから……きっと遠ざけたかったんだよね、僕達を。その方が安全だ、ってわかってたから」

 

 全てお見通しであった。目の前の男の子は全てをわかった上で必死になって自分を止めようとしてくれたのだと恵里は気づいた。

 

「で、でも、ボクの頭、いじられてて、それでハジメくんが、鈴が、みんなの命が――」

 

 それでようやく自分がどうしてハジメ達を拒んでいたかを思い出し、理由を伝えようとするもその先の言葉をずっとそばにいてくれた親友に唇をつままれて言えなくなってしまう。うーうー言いながら恨めしく鈴の方を見るも、鈴はムッとした表情で自分を見つめ返すだけであった。

 

「ダメだよ。いくら親友だからってそこから先は言わせないから」

 

「そうだね。鈴の言う通りだよ。それに――もし本当に“アイツ”が今、僕らをどうこうするんだったらもうとっくになってる。そうでしょ?」

 

 鈴に続いて問いかけてきたハジメの言葉に恵里は思わずハッとした。確かにエヒトは“然るべき時が来たら”と言っていた。そしてあの金髪の少女を手に入れるためのキーマンであるハジメのことを考えれば、いきなり殺す可能性はあまり高くはない。もしハジメ抜きで探そうとするのならば今この場で始末をしてもおかしくはないのだ。つまりそうなっていないということが示す可能性は一つしかない。

 

「……ボク、まだ大丈夫なの?」

 

「……おそらく期限付き、だろうけどね。でも()はまだ恵里が僕らに危害を加えることはないはず。僕に利用価値を見出してるなら尚更、ね」

 

 まだ余裕があるだけでいつか破局は訪れる。なら、と身をよじって離れようとした時、ハジメは恵里を強く抱きしめて逃がさなかった。

 

「ダメだよ……結局、ボクが重荷になるんじゃ――」

 

「言ったよね恵里? 絶対に治す、って。この先どうなるかわからないからって僕から離れるなんて許さないから」

 

 真剣な眼差しでハジメは訴えてくる。この程度で自分の愛は揺るがない。だから信じて欲しい、と。

 

「そうだよ恵里。鈴とハジメくんをたぶらかした責任、まだとってもらってないよ。逃がしなんてしないから」

 

 言い方こそ冗談めかしているものの、鈴もまた恵里をキッと見据えながら右肩に手を置く。その目に恐れはなく、強い光が宿っている。

 

「……ハジメ君がふしだらになったのって、やっぱり恵里のせいだったのね。まぁ、それはいいわ。恵里、こういう時にどうして私達を頼ってくれないの? 私だって幼馴染でしょ? 親友の一人でしょ?」

 

 雫も少しだけ怒って、けれども心配そうに恵里を見つめている。ところどころ出てきた不穏な単語のことを考えながらも、それに向き合っていた彼女のことを想いながら。それに立ち向かおうとしている恩人であり親友達のことを見ながら。

 

「そうだぞ、ったく……ハジメや鈴と比べたら頼れないかもしれねぇけどよ。わかってるけどよ。でも俺らだっているだろうが。頼まれたら誰だってほっときなんてしねぇぞ」

 

 そして龍太郎も苛立ちをぶつけてきた。苦しい状況にいても自分達を頼ってくれない幼馴染と、力が及ばない自分への怒りを、悔しさを。それが彼なりの心配だということは今の恵里にはわかった。

 

 また一瞬視線と気配を感じた方に目を向ければ、微笑む霧乃とやれやれといった具合の浩介がこちらを見ていた。

 

「ひとりじゃないよ。恵里」

 

 耳元でハジメの温かな声が聞こえる。

 

「もうハジメくんと鈴だけじゃないよ」

 

 鈴の力強い言葉が伝わってくる。

 

「ハジメ君と鈴から色々と聞いたわ。これからは私達も巻き込んでもらうわよ。逃がさないんだから」

 

 雫の言葉が胸に響いてくる。

 

「ごちゃごちゃ言ってねぇで俺らを頼れ。もし反対する奴がいるんだったらブン殴ってやる。誰が相手でもな」

 

 龍太郎の言葉でどこか心が軽くなる。

 

 いつか自分が皆を襲うかもしれなくなっても、それでもなお手を差し伸べてくれる。恵里の瞳から温かなものがあふれてきた。

 

「最初は打算とか悪だくみだったとしても――恵里が動いてくれた、いてくれたおかげで僕らは救われたんだ。だから、今度は僕らが恵里を助ける番だ」

 

 そう言ってくれたハジメに恵里は涙を流しながら何度も何度もうん、うん、とうなずく。

 

 涙がまた止まらなくなってしまった。心の中に巣食った恐怖は既にどこかへと消えていた。砕けてしまったはずの恵里の心が、意志が、今新生する。

 

(――そうだよ。こっちにはもういるじゃないか)

 

 天職が“勇者”である光輝が、その彼と自分を打ち破った雫が、龍太郎が、鈴がいる。それに香織も、優花も、奈々、妙子、浩介に幸利、大介、礼一、信治、良樹(四馬鹿)もいる。そして何より――。

 

「ハジメ、くん……」

 

 神を打ち破る力を手にする、この世で最も愛しい人が目の前にいる。彼の名をつぶやけば微笑みながらうなずき返してくれる。恐れることなんて最初からなかったんだ、と恵里はようやく思い至った。

 

「うん。僕が、僕らがいるから――」

 

 二人はもう一度キスをする。エヒトを必ず倒すという決意を、もう絶望に屈しないという思いを、何があってもお互いを信じるという誓いを込めた口づけを。あの日常に戻るための願いを込めたキスを。長く。長く。これがお互いへの愛に変わるまで、変わってもずっと――。

 

 

 

 

 

 道中騎士達にずっと監視されながらも、予定であった座学を終えてあてがわれた部屋に恵里は戻る。トータスに来てから二日目の夕方を恵里はどうにか無事に迎えることが出来た。

 

 後でハジメから聞いたのだが、トータスに来た日の夜に自分とハジメ、そして鈴が裏切者である可能性がクラスメイト全員と畑山先生に吹聴されたらしい。それもあの自分達を監視していた騎士達こと神殿騎士によって、である。

 

 そのせいで永山グループの奴らとの対立は決定的になり、座学の最中であっても親の仇を見るかのような目で自分達を見ていた。まぁそんな目でみられたところでかつて対峙した魔物よりもヤワなものでしかなかったため、恵里からすれば痛くも痒くもなかったが。

 

 またそれを聞いた先生は『自分の生徒達がそんなことをするはずがない』と昨晩大いに荒れたという話を神殿騎士から盗み聞きしている。今朝も神殿騎士には厳しい目を向けていたらしく、また自分達と永山グループをどうにか和解させようと奔走していることも聞いた。

 

 尤も、前から自分と鈴が好きでいるだけでハジメを敵視していたような奴らが和解に応じるとは恵里は思っていなかったし、実際効果は出ていなかった。

 

 ただ、今の恵里からすればそんなことは正直些末事でしかなかった。ふらふらとした足取りでベッドまで行くと、そのまま倒れ込んで顔に枕を押し付ける。朝からずっと、座学の時もずっと、あることが頭から離れなかったからである。

 

「あ~もう……ホントにとんでもないことしてくれたよハジメくんめぇ…………」

 

 それは今朝の出来事であった。ああして自分を正気に戻し、何度も何度も愛してくれたのはいい。()()()()なら最高の時間といっても過言ではなかったからだ。問題はそれが衆人環視の中、行われたことである。

 

 自分達を監視していた騎士の一人が執拗にせき払いを続けたことでようやく自分達が何をしていたのかに気づき、ハジメ共々全身を真っ赤にしたのは記憶に新しい。思い出した今もなお、恥ずかし過ぎて恵里は死にそうになっていた。

 

「~~~~~~~~~~~っ!!!……うぅ、本当に恥ずかしい……」

 

 先程からハジメとの行為の一部始終、彼の言ったことが幾度も幾度もリフレインしては足をバタつかせ、枕に顔を押し付けている。それを懲りずに何度もやっていた恵里であったが、一度ため息を吐くと仰向けになった。その意識は天井でなく、その遥か先にいる仇敵に向かっていた。

 

(今はまだ“然るべき時”じゃない……やってくれたじゃんかエヒトの奴め)

 

 抵抗すら敵わず、いいようにされたことへの絶望や恐怖はもう恵里の瞳には宿っていない。そこにあったのは敵意、復讐心、そして未来を掴まんとする意思であった。

 

(負けるもんか、絶対に)

 

 自分を弄んだエヒトを倒し、ハジメと鈴、そして両親と友達とその家族――みんなと心から笑いあえる日々を手にするために。そのための意思が今の恵里には宿っている。

 

(こうなることすら想定内でも構うもんか。お前は絶対に倒してやる。どんな手段を使ったってね)

 

 成すべき事はあまりにも遠く、険しい。だがそれでも恵里はそれを諦めてなどいない。

 

 偽神を討つ意志を、改めて恵里は灯していた――。




本日も懺悔のコーナー
頑張りました。マジで頑張りました……いやー、その、本当は前回と今回で一つの話だったんですよ。でもね、起承転結の『起』の部分だけで一話になるとは思わなかったんです……なぜこんなことになってしまったんだ(AAry

あ、あとキスシーンでもし運営からお叱り受けたらそこら辺を簡略化するつもりです。R15とR18の境目ってどこなんでしょうね……。
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