それと歪曲王さん、Aitoyukiさん、拙作を再評価していただきありがとうございます。こうして評価していただけるのは自分としても励みになります。
今回読みやすさを優先して前後編に分割しました。その分短くなりましたが、それでは本編をどうぞ。
部屋の中を暖かな光が差し込み、部屋の主のためにあつらえられた調度品を照らしている。いずれの品も一級品の素材と職人の腕によって出来たものであり、王族に相応しい代物であった。
その部屋の主に仕える専属の侍女が扱うティーポットも中の茶葉もまた選りすぐりのものであり、彼女の好きな香りと味になるよう侍女が手ずからブレンドした一杯。コポコポと白磁の陶器に黄金色の液体が注がれていき、湯気と共に立つ香りは部屋の主の少女だけでなく侍女も好きな品のあるものであった。
「どうすればいいのでしょうか……」
普段ならば明るい表情を浮かべ、自分に色々と話をしてくれる主の顔は今は暗い。物憂げな様子でこぼした言葉に侍女のヘリーナは返す言葉を持たない。彼女が出来るのはただ、自分の仕える主であるリリアーナ・S・B・ハイリヒにこの一杯とワゴンに載せてきた茶菓子を用意するだけ。
「リリアーナ様、どうぞ」
「……ありがとう、ヘリーナ。いただくわね」
そう言ってリリアーナは出されたお茶で軽く唇を湿らせ、長めのため息を吐く。付き合いの長いヘリーナに見守られる中、リリアーナはここ十日のことに思いを馳せた――。
神の使徒である彼らと出会ったのは晩餐会の時であった。初めて見た時は見た目も年も自分とあまり変わらないことに驚き、彼らのいる異世界の話や着ていた服の素材の品質の高さ、誰もが教養のある人物だと知って感嘆するばかりであった。
しかしそれもつかの間、事あるごとにある三名が彼らの仲を分断していることをリリアーナは知ることになった。南雲ハジメ、中村恵里、谷口鈴の三名である。この三人はあちらの世界では非常識である一対多の付き合いをやっており、そのことで彼らの未来を憂うか悪し様に罵っていたのだ。
場所が違えば常識も変わるとは思っていたが、
とはいえ彼らと親しくしている光輝を筆頭としたグループの使徒達は三人の将来を純粋に心配している様子であったため、後で話し合いの席を設けてどうしてそのようなことをしているのかについて尋ねようと考えていたのである。
――だがその考えもすぐに泡と消えてしまう。彼ら三人が裏切り者である疑いをかけられたからだ。その報せを受け、リリアーナも驚きを禁じ得なかった。
あちらの都合を無視してトータスに喚んだということに心を痛めていたリリアーナであったが、それが事実でもただの疑いであっても関係は無かった。仕方がないと思う反面、どうしてこんなことにと嘆くしかなかった。
とはいえそれは個人の感傷でしかないということはリリアーナは理解しており、十四年間王族として生きてきた経験からある懸念が脳裏に浮かんでいた。もし本当にあの三人が裏切ったのなら他の使徒の方々にどんな悪影響が出るか、と。仲違いを誘発し、親しくしていた使徒を引き込むかもしれない。もしかするとそのまま魔人族に与するやも、と。王族としてまだ年若いといえどその程度の冷たい計算は彼女とて出来たのである。
だからこそいち王族として三人がどれ程危険なのかを調べるべく、場合によっては近衛騎士を連れて公務の合間を縫って尋ねて回ったのである。
父や大臣、貴族だけでなく、彼ら三人について親しい間柄であった使徒の光輝や雫、敵視していた永山重吾ら、そして休憩中の神殿騎士や使用人らに話を聞いたのだ。ところが、出てきた答えにはほとんどが首をかしげてしまうものであった。
まず父や大臣、貴族と神殿騎士に尋ねた時は『エヒト様の神託より裏切った可能性が出た』と述べるばかりでこれといった理由が出てこなかった。また永山をリーダーとした彼らのグループに聞けば『神殿騎士からアイツらが裏切ったと聞いた』と言うだけ。彼らから話を聞いていても南雲ハジメらが裏切ったという証拠は一切出てこなかったのである。
肝心の証拠が出ないまま彼らを裏切者扱いした理由を聞いてみれば『教皇様がエヒト様よりそういった旨の神託を賜った』か『話を聞いた限りではそうらしい』としか述べていない。世界を創られた至上の神たるエヒト様がどうして疑いの証拠となるものを教えてくださらないのか、と疑問に思ったリリアーナはそのことを尋ねてみたのだが『エヒト様の御言葉を疑うおつもりか』、『元から人の和を乱すような奴だったからやってもおかしくない』と返すばかりで埒が明かなかったのである。
次に使用人に声をかけてみたのだが、彼女らも神殿騎士と同様にこれといった理由も根拠もなく彼ら三人をさげすんでいた。それは彼ら三人の世話に当たることになった者が特に顕著であり、『どうしてあんな奴らの世話をしなければならないやら』だの『アイツらの悪事のせいでこちらの評価まで悪くなってしまいますよ』と口さがない様子にリリアーナも思わず辟易してしまう。おそらく王族や神殿騎士の振舞いからうつってしまったのだろうと考え、リリアーナは相手をしてくれた者達に礼を述べて別の相手を探すことにした。
そこで白羽の矢が立ったのは親しくしていた光輝らである。彼らに尋ねてみたのだが『ハジメ達がそんなことをするはずがない』と自信を持ってキッパリと述べている。理由を尋ねてみれば『体調を崩した二人の付き添いに恵里だけでなく修道女らしき女性もいたのだからそいつが見張ってさえいれば勝手に動ける訳がない』、『違う世界に来たばかりで右も左もわからないのに、どうして悪事を働けるのか』などと答えており、それにはリリアーナも納得が出来た。少なくとも神殿騎士と永山グループの使徒の話したものと比べれば理路整然としたものであると思えたのだ。
とはいえ光輝達が騙されている可能性も踏まえて引き続き調査をしてみたものの、それらしい情報は一切見つからず。にもかかわらず南雲ハジメら三人の悪評だけが飛び交っているのである。これにはリリアーナも怪しみ、なんとしてでも彼らから話を聞いてみようと父のエリヒド王に相談しようとしたものの、そこで教皇であるイシュタルが待ったをかけてきたのである。
「リリアーナ王女様、申し訳ありません。迂闊に近づかれては御身に何が起こるか。物事に興味を持つのは結構ですが、何卒ご自愛を」
「危険が伴う可能性は承知しております。ですが近衛騎士を五名も連れてゆけば良いのでは? 余程の事がない限り遅れはとりません。それに彼らの天職は錬成師、闇術師、治癒師と聞いております。しかもその錬成師の方は人並み程度の強さである、と。ならば――」
理由を説明してきたイシュタルに、リリアーナは目の前の老人を納得させ得る理由を提示する。しかしかの御仁は首を横に振るばかりで取り合おうともしなかった。
「なりませぬよ王女様。相手は魔人族に既に寝返っているやもしれませぬ。ステータスプレートの数値は偽るのも容易、彼奴等めが我らを欺いている可能性もあるのです」
「もし本当に教皇様がそう仰る通りであれば既に勇者様がたの身に危険が及んでいるはずです。使徒の皆さまが強さを得る前に排除する方が容易ですからね。それが無いということは――」
「なりませぬ。どうかお引き取りを」
結局、裏切り者の疑いのかかった三人との話の席は設けられることなく、またエリヒド王から自室での謹慎を命じられてしまう。今もご丁寧に部屋の出入口の前には神殿騎士が立っており、自由な出入りはもう叶わなくなっていた。
リリアーナに唯一許されたのは勇者である光輝と一日に一度、少しの間話をすることだけ。それも裏切り者扱いを受けている南雲ハジメ、中村恵里、谷口鈴のことに関する話は一切ない。神殿騎士の口から彼らの悪評が流されていることも考慮すれば、門番代わりの彼らが目を光らせているせいなのだろうとリリアーナは察する。
「リリアーナ様、よろしければ新たに一杯お注ぎしますが」
「……あっ。ごめんなさい、ヘリーナ。お願いできるかしら」
既に温くなってしまったお茶を捨て、ヘリーナはカップにお湯を注いで器を温める。そうしている間もリリアーナはどうすればよかったのかと後悔の念に襲われていた。チラついてしまうのだ。光輝が何かを言おうとして口をつぐむ様子が。きっと大切に思っているあの三人のことを言おうとして、黙るしかなかった彼の様子が。日に日に寂しげな表情を浮かべる頻度の多くなった彼の横顔が。
「……無理に寄り添う必要はありませんよ、リリアーナ様」
そんな時、カップに入ったお湯を捨てていたヘリーナがポツリとつぶやいた。
「光輝様もそのことは理解……いえ覚悟して来られている様子です。ですからリリアーナ様が無理に支えようとすれば、余計に光輝様の負担になるでしょう」
「そう、かしら……?」
ヘリーナの言葉にリリアーナはそう返すだけしか出来ず、再度ソーサーごと渡されたティーカップを手に取り、お茶を一口だけ口に含む。品のいい香りが鼻腔を通り、繊細な味わいが少しずつ染み渡っていく。
カップをソーサーに置き、テーブルにゆっくりと降ろすとリリアーナはヘリーナの方を向いて問いかける。
「ならせめて、少しでも光輝さんがくつろげるようにするべきなのかしら」
その言葉にヘリーナは答えず。ただ頬笑みをたたえる彼女を見てリリアーナは決心する――せめて少しでも光輝の心の負担が軽くなるように王族として振舞おうと。友人達のことは無理でも、少しでも心の中の澱みを取り除くようにしなければ、と。お茶を再度口に含みながらこれからどうすべきかを最も信頼できる女性に少女は相談をするのであった。
「なりませんよメルド騎士団長。彼らはまだこの国から出すべきではありません」
「……何故です教皇殿? 貴方がたにとって南雲ハジメらは不穏分子ではないのですか? 彼らを排するための方便としては適切だと考えたのですが」
野営の仕方と実際の魔物との戦闘を学ぶための屋外の訓練を終え、今回の訓練の報告とハジメ達を助けるための具申をするべく玉座の間に来たメルドであったが、彼の具申は他でもないイシュタルによって却下された。
「これに関してはメルドの申す通りだろう。勇者様を筆頭に彼ら三名に対して好感を持つ使徒様も多い。使徒様の機嫌を損ねることなく排除できる案を申したというのに、何故反対するのだ?」
メルドが述べたのは以下の通りである。
南雲ハジメ、中村恵里、谷口鈴はトータスに来訪した初日に裏切りと思しき行動をとっており、そのため永山重吾を筆頭とした使徒様がたが反感を抱いてしまっている。今はまだ小康状態を保っているものの、使徒の方々との間で再度亀裂が生じないとも限らない。そのため表向きの理由として同盟国であるヘルシャー帝国へと出向し、相応の実績を上げてから帰還してもらうという名目で彼らを追放した方がよいのでは、と。
エリヒド王も使徒の間で亀裂を生じさせた南雲ハジメらの存在を煩わしく思っており、メルドの案を悪くは思っていなかった。だがそれにイシュタルが待ったをかけたのである。
この世界では九割がたの人間が聖教教会の信徒であり、エリヒド王もまた例外ではない。そのため実質的な権限は教皇が持っており、当代の教皇であるイシュタルの意に反することは出来ない。だからこそこうして反対する理由を尋ねたのだが、返ってきたのはありきたりなフレーズから始まる言葉であった。
「エヒト様から神託を賜ったのです――かの者らは近いうちに我らに反逆を起こす、と」
「ならばなおさら! 他の使徒様に危害が及ぶ前に排するべきでは――」
自分の物言いに内心自己嫌悪しながらもメルドはイシュタルに反論するも、目の前の老人は聞き分けの悪い子供を前にした大人のようにやれやれといった様子でメルドを見ている。一体何を言う気だと思って身構えていると、老人の口からおぞましい言葉が出てきた。
「だからですよ――勇者様も、他の使徒様がたも、あやつらの本性を見れば理解されるでしょう。奴らは敵だ、と。使徒様がたはお優しいですからな」
全身の血が沸騰するかのような心地であった。疑うばかりで彼らの事を何も知ろうとしなかった癖によくもまぁそんな薄汚い言葉を並べ立てられる、とメルドの心の中に憎悪が渦巻く。
「無論、裏切者共を野放しにはしませぬ。神殿騎士の中でも選りすぐりの者達を使徒様がたの護衛につけ、未然に防いでみせましょう」
「なるほど。教皇様はそのようなお考えであらせられたのですね。このエリヒド、感服致しました」
「なりません陛下!! 他の使徒に危険が――!」
イシュタルの言葉に激昂しつつもどうにか冷静に反論しようとした途端、そばで控えていた神殿騎士達が即座にメルドの周囲を囲む――事ここに至ってようやく彼は理解した。既に自分は嵌められていた。神殿騎士の報告を止められなかった時点でこうなる事は確定していたのだ、と。
(俺は、どうすれば――あっ)
国に逆らっていい訳がない。だがこのままでは一方的に断罪される。どうすればと考えた時、自分直々にシゴいていたあの三人の顔がメルドの脳裏をよぎる――その瞬間、すべきことは決まった。
「はぁっ! ふんっ!」
「ごふっ!? ぐはっ!!」
取り押さえようとしてきた神殿騎士の一人の顔面に肘打ちを叩き込み、振り返る勢いを利用して蹴り飛ばした。
――あの老人の本性を見抜けなかった自分も同罪だ。だがせめてあの三人だけでもこの国から逃がさなければもう彼らに顔向けが出来ない。三人を貶め、エリヒド王をたぶらかしてこの国を牛耳っているあの老人を今すぐにでも切り捨てたいが、それは後だ。国の膿を取り除くのは後にして、今はただ逃げ延びる。
そう決意したメルドは王に背を向け、自分を取り囲む神殿騎士と相対する。
「血迷ったか貴様! 大人しく縄につけ!」
「断る!――俺にはまだ、やらねばならん事があるのでな!」
そして他の神殿騎士に掌底、顔面へのパンチで殴り飛ばし、のした神殿騎士から盗んだ剣で神殿騎士を切り伏せていく。そうして退路を確保すると一目散に駆け抜けていった。
「この裏切り者が!」
「おのれ恥知らずめ!!」
「悪いが今は捕まる気はない――押し通させてもらうぞ!」
ハイリヒ王国最強の騎士相手にバッタバッタと倒されていく神殿騎士を見てイシュタルの顔に青筋が浮かぶ。あの男を逃さぬ為に現在国内に留まっている最高の戦力を取り揃えたというのになんたる様か。苛立ちと思い通りにならぬ怒りで錫杖を持つ手に力がこもり、軋む音が玉座の間に微かに響いた。
「この様子ですと既に騎士団長殿も奴らの手によって篭絡されたようですな。すぐさま兵の手配を」
しかしそんな胸の内は晒さぬよう冷静を装ってエリヒドに目配せすると、慌てた様子でエリヒドも近くで控えていた大臣に命を飛ばす。
「わ、わかりました! 大臣よ、すぐに通達するのだ!」
「りょ、了解しました! では直ちに――」
「ど、どうされるのですか、教皇様。もし本当にメルドが籠絡されていたとすれば……」
「ご心配には及ませぬよルルアリア様。騎士団長殿が王国最強の騎士といえど、多勢に無勢。いずれ捕らえられるでしょう……その後はこちらで預かり、何があったかを神殿騎士達に調べます。それと、こちらから
心配そうに見つめてきたルルアリア王妃に、さも心配はいらないとばかりにイシュタルはアピールする。
「分かりました教皇殿……メルドよ、お前の人の良さをつけこまれてしまったか。道を違えたお前の目を覚まさせてやらねばな」
かくして茶番は一人の男の逃走という形で幕を閉じる。
満身創痍にまで追い詰めこそしたものの、結局神殿騎士も騎士団の人間も止める事は叶わず、メルド・ロギンスは行方をくらましてしまった。これに怒ったイシュタルはエリヒド王に追撃を命じたものの、民に余計な心配や不和の種をまきかねないと根気強く説得してきたのである。また追撃をかけた際に深手を負ったという報告もあったので、そう長く生きてはいられないだろうという見込みもあってどうにかイシュタルを止める事が出来たのである。
そして空席となった騎士団長の席にリリアーナの元近衛騎士であったクゼリー・レイルが急遽選ばれ、彼女が使徒達の指導に当たることになった。とはいえこの騒ぎが広まるのを恐れた王国と教会側は戒厳令を敷き、また彼女も団長代理という形で就任するという形をとったが。
無論、農地改革のために各地を巡っている畑山愛子以外の使徒はそれを怪しんだものの、そこはクゼリー団長代理がそれに答えた――メルド団長は家のご都合で不在である、と。
そのことを光輝らが訴えても去り際のメルドの顔と、団長になった経緯からクゼリーはそれ以上は答えようとしなかった。ただ『これ以上の追及は認めん……これもお前らのためだ』と苦々しく述べるだけであった。
後編は近いうちに投稿するつもりです。具体的には月曜の朝7:00か火曜の17:00を予定しています。