あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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まずは拙作を見てくださる皆様への感謝を。
おかげさまでUAも75346、お気に入り件数も611件、しおりも238件、感想も162件になりました。誠にありがとうございます。トータス転移前と雰囲気がガラリと変わった拙作をこうして追ってくださる皆様には本当に頭が上がりません……。

そしてsahalaさん、一般学生Cさん、拙作を評価していただいて本当にありがとうございます。こうして評価していただいたおかげでまたモチベーションが上がりました。重ね重ね感謝いたします。

では本編をどうぞ。


二十九話 悪意は四方より来たる

「敵は目の前に見えるもの全てとは限らない。周囲に擬態して襲い掛かってくる奴らもいる」

 

 クゼリー団長代理の声にクラスメイトの誰もが周囲を注視し、辺りを見回していく。中には既に武器を構えている子もいた。

 

「ロックマウントだ! 奴の剛腕と咆哮には注意しろ! 来るぞ!!」

 

 そしてクゼリーの掛け声にクラスメイト全員がはいと返事をするや否や、各々が武器を構え、前を見据える――オルクス大迷宮地下二十層まで危なげなく突破してきた彼らは既に一端(いっぱし)の戦士と称するに相応しい顔つきであった。

 

 すると前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は、今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始めた。擬態型の魔物のロックマウントである。

 

 光輝、雫、龍太郎が前に出て相手をしようとすると、すぐさまロックマウントが飛びかかってくる。壁役となった龍太郎はその剛腕を自身の拳で弾き返す――途端、装備していた籠手から衝撃波が出てロックマウントごと弾き飛ばした。

 

「今だ! 光輝、雫!」

 

「ああ!――ふんっ!」

 

「ありがとう龍太郎君!――ハァッ!」

 

 衝撃波を放つことが出来、決して壊れないアーティファクトを使いこなした龍太郎のアシストを受け、光輝は弾かれたロックマウントを袈裟懸けに切り、雫は“無拍子”で地面、壁を蹴って手にした剣――刀とシャムシールの間のようなもので首を切り落とす。

 

 するとこの三人相手では勝てないと感じたのか、一匹のロックマウントが仰け反りながら大きく息を吸いこんだ。

 

「――! 守護の光をここに――“光絶”!」

 

 それを見た瞬間、鈴は二節省略して防御魔法“光絶”を詠唱する――直後、部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。

 

「ぐっ!?」

 

「うわっ!?」

 

「きゃあ!?」

 

 ロックマウントの固有魔法“威圧の咆哮”である。

 

 魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させる効果があったが、そこは鈴がとっさに張った薄い壁一枚と引き換えにけたたましい騒音に苛まれるだけで済んだ。

 

「こんの……ここに焼撃を望む――“火球”!」

 

 身動きがとれない事態を防げたことで、恵里はすかさず大口を開けていたロックマウントの顔面目掛けて“火球”を叩き込む。球の大きさを絞った代わりに火力と速さを少し上乗せした一撃は吸い込まれるようにロックマウントの口に入っていき、そのまま頭を爆発させた。

 

「恵里ってもしかして相当ヤバい奴なんじゃ……あっ――“光刃”!」

 

 あまりのえげつなさにドン引きしながらも光輝は“光刃”で聖剣を強化してロックマウントを三太刀で切り伏せる。

 

「いくら何でも躊躇(ちゅうちょ)がなさすぎるわ……ハッ!」

 

 親友の見せた残虐さの片鱗を見て軽く怯えながらも光輝の後に続いた雫は一撃でロックマウントの頸動脈を叩き切った。

 

「三人の訓練を遠目で見たことあったけどよ……やっぱ中村ヤベーわ――っと、オラッ!」

 

「だな。普通の神経してたらあそこまでエゲつない真似して平気なわけねーだろ――って危ねぇじゃねぇかクソゴリラ!!」

 

「シゴきでぶっ壊れた可能性もあるけど……いや、やっぱねーな。ここに焼撃を望む――“火球”」

 

「ここに風撃を望む――“風球”……なんであんなのにハジメが惚れてんだよ。意外とああいうの好きだったりするのか? 趣味悪っ」

 

「あーもうお前ら……俺も正直引いてるけどよ、あんまり恵里のことを悪く言わないでやってくれ。多分ハジメが泣くぞ。風よ纏え 汝の力となりて 敵を祓いたまえ――“纏風”」

 

 大介ら四馬鹿も恵里の容赦の無さに内心ビビりながらもロックマウントの群れに対処している。そして“()()()()”である幸利も大介と礼一の支援のかたわらハジメをフォローしていた。

 

「貴様ら! 無駄口を叩くな! 帰ったら説教だからな!」

 

 なお、彼らがだべっていたのをクゼリーはしっかりと見ていたため、大介らはもとより、光輝と雫、幸利も後で説教してやると息巻いていた。全員の表情が苦々しいものになったのは言うまでもない。

 

 光輝達が相手をした後、すぐに永山グループのメンバーと代わり、天職“重格闘家”の永山が壁役として引き付け、“付与術師”の吉野が攻防共に支援し、“土術師”の野村が地面から岩で出来た槍を射出して串刺しにするなどして全員が得意分野で対処していく中、残り少なくなったロックマウントの一匹がいきなりその剛腕を地面に叩きつけて迷宮を揺らす。

 

 そうして全員が姿勢を崩したところで二匹の咆哮が全員の耳をつんざき、そして一匹が丸まったロックマウントをこちらに向かって投げ飛ばす。

 

「――ひっ!」

 

 投げ飛ばされたロックマウントの敵意と獣欲でギラついた瞳の先には香織がいた。あまりにおぞましい視線に思わず腰を抜かしそうになり、体がすくみあがってしまった。

 

 “光絶”を張ろうにもフルに詠唱している時間はない。かといって省略したところで止められない。相手が手を組んで上段に振りかぶったのを見た途端、それがスローモーションの映像を見ているかのごとくゆっくりと流れ、脳裏にこれまでのことが浮かんできた。

 

(……あっ、そっか。私、ここで死ぬんだ――)

 

 死を強く感じ、父と母の顔、そしていつも隣にいた龍太郎の顔が浮かぶ。ああ、もう一度会いたかった。そしてずっと一緒にいたかった――そう思った時、この世界に来てから特に頼もしく見える後ろ姿が香織の視界に入った。

 

「猛り地を割る力をここに! “剛力”!」

 

 何かが潰れるような音と共に、すぐ目の前まで迫って来ていた魔物はいなくなる。そして体勢を立て直した他のクラスメイトがすぐに残存しているロックマウントに対処するのを見届けてから、ゆっくりと龍太郎が香織の方を振り向いた。

 

「……悪い。すぐに動けなくてよ」

 

「……ううん。間に合ったから、いいよ」

 

 目の前の少女の目尻から涙があふれそうになっているのを見た龍太郎は、ばつの悪そうな顔をしながら『そうか』とだけ答えて背を向ける。香織はそんな彼をじっと見つめるだけで何もしない。ただ、段々と瞳が別の意味でうるみ出していき、胸の内に温かいものがあふれていく。それが何なのかもわからないまま、ただじっと()()の幼馴染を見つめていた。

 

(……いい加減くっつきなよ。龍太郎が哀れだし面倒くさいんだってば)

 

 そしてそんな二人を視界に入れてしまった恵里は龍太郎への同情と一向に進まない二人の関係を見てやきもきし、『もしかしてこっちの香織って恋愛感情が無いんじゃ……』ともの凄く失礼なことを考えながらも索敵を続けていた。

 

 そうしてロックマウントの掃討が終わり、斥候に向いている天職である“軽戦士”の大介や、頑強な肉体を持つ龍太郎と永山が周囲を索敵し、魔物がいないのを確認するとクゼリーから小休止するよう通達が出た。小休止の後、索敵を続けながら地上に戻るとも伝えられる。

 

「あの~、クゼリーさん。あそこの鉱石って……」

 

「うん? 吉野か。あれはグランツ鉱石と言ってな――」

 

 永山グループに属する吉野真央は、この戦闘中に見かけた鉱物について尋ねていた。この階層の奥にある花が咲くように壁から生えていた青白く発光する鉱物であり、それが貴族のご婦人ご令嬢方に大人気であるといったことを聞いている。ちなみに同グループに所属している辻綾子もその説明を聞きながらその美しさに魅了されていた。

 

「このペースだったら四十層もすぐ突破して超一流の仲間入りするんじゃないか、重吾」

 

「そうだな……白崎に被害が出かかったが、これなら訓練次第ですぐに突破できるだろう……」

 

「さっすがリーダー! 俺らももっと活躍するから期待しててくれよ!!」

 

 そして女性陣を除く永山グループの五人は和気あいあいとしながら今回の訓練を語り合う。光輝達への悪感情こそ変わっていないものの、こうして一緒に戦う仲として敵意を露にすることだけはしなかった……やった途端にメルドや騎士団員に殴られたからやらなくなった、というだけであったが。

 

「……鷲三さん。()()()以外に周囲に人はいますか?」

 

「今のところはいないな……養生するように、と言ったはずだがな」

 

 一方、恵里達は警戒を怠らなかった。魔物を倒し尽くし、気が抜けているであろう今この時に仕掛けてくるだろうというのが共通の見解だったからだ。普段は訓練を終えたら気を抜いている香織と妙子も、今ばかりは気を張って周囲を見渡している。

 

 なお光輝の言う“あの人”とは、自分達がこの階層に入る前から既にいたフード付のクロークで全身を纏った()()であり、五日ほど前に全身が血まみれになって倒れていたところを鷲三らが偶然保護した()()()()()である。

 

 目を覚ましたのはこの大迷宮に来る二日前であり、傷が完治していないにもかかわらずいつの間にか隠れ家から抜け出してここに来ている。剛毅どころか最早執念で動いているやもしれないこの男に鷲三も霧乃もあきれ果てていた。その人は現在、自分達から五メートルほど離れた辺りで周囲を見渡している。

 

(……なかなか仕掛けてこないな)

 

 その中で恵里は特に神経をとがらせていた。こうして神殿騎士が直に発動させるのでもなく、自分達の周りにいるだけで何もしてこようとしない。せいぜい誰かに声をかけようとしたらにらまれる程度。おそらくここにいる奴らでなく、外部の人間辺りを使うんじゃないかと考えていると不意に二十層の入り口から声が響いた。

 

「お、やっと二十層に到着だな……あれ? 先客がいるじゃん」

 

 そして声のする方に顔を向ければ武装をした男一人女三人の四人組と、フード付のローブで体を覆った人間がこの階層に来たのである。

 

「ねぇちょっと、あのカッコって騎士団の人達じゃない? それになんかいい装備を身に着けてる人もいるみたいだし、国のおエラいさんと鉢合わせなんて聞いてないんですけど……」

 

「大丈夫よ。既にクライアントから()()はもらってるでしょ? 遠慮しなくっていいんじゃない?」

 

「ええ。それに今回の報酬の取り分はクライアントが三で私達が七でしょ……あれほどの大きさのグランツ鉱石、換金したら一体何ルタぐらいになるのかしらね。ここ最近装備もガタが来てるんだし、早く手に入れて帰りましょ」

 

 入り口の辺りでひそひそと話をしているのであまり聞き取れないものの、恰好からしておそらく大迷宮や討伐依頼などで日銭を稼ぐ冒険者なのだろうと恵里は考えた。そしてこいつらが教会の差し金であることも。

 

(……なるほど、アイツらか。アイツらを使って罠を起動させようって魂胆か)

 

 そうであれば()()()()簡単である。自分達が神の使徒であると言って、強権を振るうなり何なりしてここから立ち去るように伝えるだけだ。

 

 だが自分達を罠にかけようとしている教会のことを考えれば間違いなく一筋縄ではいかない。特に近くにいるあのローブを纏った奴の立ち振る舞いにとても見覚えがあったからだ。それもごく最近痛い目に遭わされたあの使徒にしか恵里には見えなかった。

 

(……クソッ、ここでもう投入してくるのか。今の皆だとまず勝ち目なんてないってのに。いや、鷲三さん達ならどうにか――)

 

 そこでふと気配を殺して忍び寄れる浩介や鷲三達ならどうかと[+特定感知]で気配を断っている彼らを探してみれば、あちらも冷や汗をかきながらじっとローブ姿の奴を凝視していた。

 

(この感じだと厳しい、と見た方がいいかもしれない。あぁクソッ! 仮にあのローブの奴が使徒だったら洗脳してアイツらを向かわせてくるだろうし、止めようとしてもアイツ自身相当強いから邪魔されたらもう無理だ! あぁもう、どうしたら……)

 

 内心うろたえつつも表には出さないよう必死になっている恵里を横に神殿騎士があの一団に声をかけた。

 

「何用だ? ここにおわす方々を神の使徒様と知って立ち入ったのか? 返答次第では容赦せんぞ」

 

「えっ……ちょ、ちょっとマズくないか? い、いくら何でも神の使徒様がいるとか聞いてないぞ……」

 

 するとリーダーらしき男が怯えた様子でこちらを一瞥してきた。そばにいた女達も大いにうろたえており、これで帰ってくれれば助かるのだが、ここから確実に何かしてくると思った恵里はハジメと鈴と一緒にすぐさま身構える……神殿騎士が目の前にいる以上、下手に詠唱なんてしようものなら即座に切り捨てられかねないからこそ、今はまだこれしか出来なかった。

 

「慌てる必要はありません。皆さま落ち着いて下さい」

 

「いや、流石にこれは予想外というか――ぁっ」

 

「そうそう。私達、流石に国に目をつけられてまでお金は欲しく――ぅ、ぁ……」

 

「あ、危ない橋渡るのは流石に――は……」

 

「ねぇ、これホントにちゃんとした依頼なんでしょうね? しょっぴか……れ……」

 

 うろたえていた四人が連れ合いのローブ姿の奴の方を振り向いた途端、ピタリと言い訳をするのが止まった。そこで確信する。間違いなくあれは使徒だ、と。すぐさま恵里は“邪纏”の詠唱に移ろうとするも――。

 

「貴様、何をしようとしている! あの冒険者達に危害を加えるつもりか!」

 

「ぁぐっ!」

 

「恵里っ!――ぐっ、離せ!!」

 

「やはり何か仕掛けていたのだな! 薄汚い裏切者めが!!」

 

 即座に近くの神殿騎士に押し倒され、頭を押さえつけられる。万力の如き力で締め付けられ、意識が飛んでしまいそうになる。遠くから聞こえる声の感じだとハジメ達までやられた様子である。このままだと不味いと思った瞬間、自分を抑えつけていた神殿騎士の男が覆いかぶさるように倒れ――ずに途中で止まった。

 

「もう姿を隠す必要もあるまい――全力で止めるぞ」

 

「――はいっ!」

 

 鷲三が気絶させてくれたらしい。ともあれ助かったと思ってすぐに立ち上がって周囲を見渡せば、浩介と霧乃がハジメ達を抑え込もうとする神殿騎士相手に大立ち回りをしてくれている。これなら行ける、と考えた恵里はすぐさま“邪纏”の詠唱に入った。

 

「なっ!? ど、どこから現れた貴様ら!」

 

「霧乃さん! 流石にちょっと数が多すぎますって!」

 

「ここは無理を通すところでしょう!――ハジメ君、鈴さん、戦えますね?」

 

「は、はいっ! 助かりました霧乃さん、浩介君!」

 

「はい! こっからは私達もやります!」

 

「貴様らが――やはり裏切者は我らの寝首をかこうとしていた! 使徒様、これが真実です!!」

 

 クゼリーや騎士団員がいきなり現れた浩介らに驚いてしまう中、神殿騎士は浩介達に対応しながらも無茶苦茶なことを言いだす。

 

「んなっ!? 遠藤!? お前も裏切ってたのかよ! そこのジイさんもおばさんも!」

 

「親友の浩介を、鷲三さんと霧乃さんを悪く言うな野村!!」

 

 野村の暴言に光輝は怒りを露にしつつ、浩介達に襲い掛かろうとする神殿騎士を無力化しようと聖剣を振るう。

 

「わ、我らは味方です! お、落ち着いてください使徒様!!」

 

「悪いが、ハナっから俺らはお前らのことを信用してないんだよ!」

 

「使徒様! どうか裏切者の手合いの援護はお止めください!」

 

「絶対に嫌っ!! 人の話も聞かないで、私達の親友を何度も何度も悪く言ったあなた達の話なんか聞かない! 聞きたくないっ!」

 

 龍太郎が慌てふためく神殿騎士に一撃を見舞う。神殿騎士が浩介、鷲三、霧乃を狙う度、やらなくてもいいというのはわかっていても香織は“光絶”を詠唱してその凶刃を防ぐ。

 

「ここで仲間割れをしている場合かっ!」

 

「仲間割れ? 私達は友達を守ろうとしてるだけよ!」

 

「悪いけど、永山君達が相手でも私達は引かないから!」

 

「そうだよぉ! 恵里達が悪く言われてるの、いい加減頭に来てたからっ!!」

 

 光輝達が正気を失って暴れてるようにしか見えてなかった永山はすぐさま止めようとするも優花、奈々、妙子の三人が彼の前に立って武器を構える。

 

  人殺しなんて耐えられないし、暴徒の鎮圧の経験こそまだなかったものの、対人戦込みで約二週間の訓練を積んでいた三人は永山を止めることにためらいは無かった。

 

「……そうだ。俺達は依頼されたんだ。え――」

 

「――二つを繋ぐ銀の帯よ 今(ほど)けよ――“邪纏”!!」

 

 光輝達が神殿騎士と暴れているかたわら、正気を失った冒険者の一人に魔力のほとんどを込めて放った“邪纏”が届く。

 

 こちら側に振り向こうとした男の方は、脳からの命令を体が受け付けなくなった事で振り向いた勢いもそのままにその場に倒れ伏せたものの、他の三人も既に使徒の術中にかかっており、焦点の合わない瞳で何度もうわごとを呟いていた。

 

「すべては中村様のために……」

 

「私達は南雲様のために来た……来た?……来た、来た……」

 

「私達の依頼者は……たに、ぐち様? 谷口様。すべては谷口様のために」

 

「言わせはせぬ――っ!?」

 

「申し訳ありませんが、今しばらく眠って――!?」

 

 神殿騎士をあらかた鎮圧し終えた鷲三と霧乃はすぐに残りの冒険者に対処しようとするも、音速もかくやの勢いで飛んできた幾本もの銀の羽根によって体の一部を抉られ、その場に倒れ込んでしまう。

 

「ぐぉっ……まだ、だ」

 

「うぐっ……ええ。八重樫を、侮った報いを……受けさせねば」

 

「お爺ちゃん!? お母さん!? 動いちゃ駄目!」

 

「我が主はあなた達の存在を見通していました。何をしようとも無意味です」

 

 二の腕、両腿、そして脇腹を抉られてもなお気絶せず立ち上がろうとする鷲三と霧乃を前にしても、ローブ姿の何物かの冷徹な表情は変わらない。うっとうしい羽虫を見るそれと未だに変わりはなかった。

 

「止めるなよハジメ! 師匠が、霧乃さんが!!」

 

「絶対にダメだ! まだ()()()()()()()()! ここで浩介君を失う訳にはいかないんだ!!」

 

 今にも飛びかかりそうな浩介を抑えつつ、自身も怒りで頭が沸騰しそうなハジメが叫ぶ。浩介ならば使徒を倒せるであろう道具を作る手を止めてでも彼を制止しようと必死になって説得する。

 

「私のすべては中村様のためにぃーー!!」

 

「南雲様ァー!! 見ておられますかぁー! 私が今あなたを救いますぅーー!!」

 

「谷口様ぁ! 見ていてください! 私達の行いをぉぉおぉ!!」

 

「――お前ら、今すぐあの冒険者達を止めろ!!」

 

 そして狂気のままにグランツ鉱石目掛けて走っていく冒険者を見て、どうすればいいかと迷っていたクゼリーもようやく号令を発する。すると聞き覚えのある声がクゼリーの耳に届いた。

 

「俺も加勢するぞ! マトモに戦えなんてしないがな!!」

 

「――メルド団長!? 生きておられたのですね!」

 

 身に着けていたクロークを脱ぎ捨てると、メルドもすぐに冒険者達を抑え込もうとした。しかし――。

 

「邪魔です」

 

「うわっ!?」

 

「くっ!?」

 

「ぬぉっ!?」

 

 フード付のローブを纏った何者かの背後に羽が生えると、そこから射出された銀の弾丸が牽制するかのごとく神殿騎士以外のこの場にいる全員の足元を穿っていく。

 

「クソッ、詠唱が……もう一度――」

 

 再度“邪纏”で足止めしようとしていた恵里であったが、凄まじい速さで飛来した銀の羽根を避けるのに意識を持っていかれて詠唱を中断してしまう。やはりあれは使徒で間違いないと思いつつ、再度詠唱に入ろうとした時、ハジメが叫んだ。

 

「恵里、皆も! このまま彼らを通そう!」

 

「ハジメくん!? で、でも――」

 

「それでいいのかハジメ! このまま通したら――」

 

「僕のことはいい!! これ以上は皆がただ消耗するだけだ! 今は少しでも力を温存するんだ! それにアイツの狙いが僕らなら目的を果たすまで生かすはず――」

 

「待つんだ、ハジメ君……!」

 

 ハジメが必死に説得する中、声を絞り出した鷲三の方に光輝達の意識が向かう。そして鷲三達を見た途端、全員が何も言えなくなってしまった。

 

「聖浄と癒しをもたらさん――“天恵”……ダメッ! 鷲三さん、霧乃さん、まだ傷が――」

 

「お願いだから動かないでください! 二人が、二人が死んじゃうから!!」

 

「おねがい……おじいちゃん、おかあさん。もう、やめて……しんじゃうよぉ……しんじゃやだよぉ……」

 

「死なん……ぞ。まだ、孫娘を置いて、死ねるか……」

 

「そう、よ……娘を泣かせて死ぬなんて、まだ早い……わ」

 

 鈴と香織が泣きながら必死になって治癒魔法を二人に施し、雫が涙を流しつつ二人の名を呼んでいたのである。魔法のおかげで傷は徐々に塞がっていき、どうにか受け答えこそ出来ているものの二人の顔は未だ青い。これを見て神殿騎士と抵抗していた龍太郎や大介達も頭から血が引いていくのを感じた。

 

「賢明な判断です、運び屋(ポーター)。私に勝利出来るという点を除けば、ですが」

 

 ローブ姿の何者かが冷たい笑みを浮かべると同時にこの場にいた全員の視界が白一色に染まる――トラップが起動してしまったのだ。

 

 視界が染まると同時に一瞬の浮遊感に包まれ、空気が変わったのを感じるとドスンという音と共にほぼ全員が地面に叩きつけられた。

 

 尻の痛みに呻き声を上げながらも、恵里はすぐさま立ち上がって周囲を確認する。クラスメイトのほとんどは自分と同様に尻餅をついていたが、既に光輝達や永山、クゼリー、メルド、騎士団員にまだ気絶してなかった神殿騎士は立ち上がって周囲を警戒していた。

 

 見たところ、恵里達が転移した場所は巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはあり、天井も高く二十メートルはあるだろう。橋の下は川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子である。そして恵里はこの光景に見覚えがあった。

 

(ここは……あのパネルにもあったけど、確かかなりヤバいのと遭遇したはず。だとすると、ハジメくんはここで――)

 

 そうしておぼろげな過去の記憶とエヒトの居城で見た記憶を照らし合わせていると、周囲の確認を終えたらしいメルドとクゼリーが号令をかけた。

 

「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 

「メルド団長の言った通りだ! 殿(しんがり)は私達が受け持つ!」

 

 それを聞いた永山らは戸惑いながらも階段の方へと動き、恵里と光輝達も永山達にならって向かおうとした。

 

「動くな、裏切者ども」

 

「勇者一行はそのまま行きなさい――ですが、中村恵里、運び屋(ポーター)、そこのイレギュラーは通しません」

 

 しかし彼らの前に未だ無事の二人の神殿騎士と、白を基調としたドレス甲冑を身にまとったノイントが立ちふさがる。神殿騎士の二人は腰に下げていた大剣を構え、一方ノイントは両手を左右へ水平に伸ばし、身に着けていたガントレットが一瞬光ると同時に両手に白い鍔なしの大剣がその手にあった。

 

「……どうしても、ハジメ達を殺したいのか」

 

 怒りで声を震わせながら光輝が問いかけるも、目の前の三人はそれに異を唱える。

 

「いいえ。()()違います。まだ彼らには利用価値があるので」

 

「ええ。彼らにはこれから現れる魔物の相手をしてもらうだけです」

 

「そのために彼らが必要です――理解出来たでしょうか? さぁ、勇者よ。あなた達は早くお行きなさい」

 

「そんな理由で俺達が首を縦に振るとでも思ったのか……いい加減にしろ。そんなことは俺が絶対にさせない!!」

 

「納得できるか!!」

 

「それで納得出来ると思ってんならおめでてぇな――お前らは絶対に倒す」

 

 光輝、龍太郎、幸利が吼えると同時に全員が武器を構える。圧倒的な強さを前に体がすくむも関係は無い。ただ友を守るために、彼らを見捨てて後悔しないために。

 

 その時、新たに迷宮のトラップが作動し、階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現した。更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が姿を現す。

 

「バカ、な……ここが、あの……」

 

「まさか……ベヒモス……なのか……」

 

 その巨大な魔物を見たクゼリーとメルドは絶句し、騎士団員も呆然とするだけであった。彼らの頭に浮かんだのは絶望の一言――かつて“最強”と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物がこの場にいるのだ、と。

 

「中村恵里、運び屋(ポーター)。あなた達は今現れたあの巨大な魔物を相手してもらいます。拒否権はありません」

 

 ノイントの冷たい言葉が、迷宮内に響いた。

 

 

 

 

 

『ふむ、どうも繋がりが悪いな……』

 

 一方その頃エヒトは、自身とノイントとの魔力の繋がりと使徒同士の記憶の共有速度が悪いのを感じながらも、オルクス大迷宮にいる恵里達の姿を空間魔法と昇華魔法で作ったモニターに映してながめていた。

 

 今のところほぼ全てエヒトの思うままに状況が進んでいる。満身創痍もいいところの老人と女、そして元騎士団長がいることぐらいが予想外といった程度でしかない。だがそれもエヒトにとってはどうでもいい()()でしかなかった。

 

『“神子”はここより更に深く……ふむ、流石にこれ以上深くにいるとなると、使徒では少々厳しいか』

 

 そしてあることを思案する。それは使徒の活動の限界が近いやもしれないということだ。

 

 今も使徒と自身の魔力の繋がりはあるのだが、先程いた二十層の時よりも伝達する魔力のロスが多くなっている。今この状態で魔力による能力の底上げをすると、エヒトから伝達する分を含めても三分程度で魔力が空になってしまうのだ。

 

 幸い今はまだそれをする必要がないのだが、もし仮に今この階層よりも深い場所で調査をするとなると、どこかで自身とノイントとの魔力のパスが途切れてしまう。魔力が切れても使徒であるノイントが動けなくなる訳ではないが、もう一つ懸念していることがあった。使徒同士の記憶の共有速度が悪いことである。

 

 エヒトが危惧していたのは今よりも深い階層を調査した際、どこまで記憶を他の使徒に届けられるかがわからないことだ。記憶の共有が出来ている内に神子を見つけられるのなら問題ないのだが、そうでなかった場合、神子を保護出来たかがわからず、もし仮に活動していた使徒が停止してしまっては神子の行方がわからなくなってしまう。こればかりはなんとしても避けたかった。

 

 それらを踏まえるとここから先の調査はやはり当初の通り、中村恵里と運び屋とエヒトが蔑む南雲ハジメ、谷口鈴の三人に任せた方がいいだろうと考えている。神殿騎士の方は怒りや怨嗟に満ちていることを考えると、折を見て消す方がいいだろうとモニターを見ながら考えていた。

 

『さて……中村恵里、運び屋(ポーター)よ。私の思う通りに動いてみせよ』

 

 天より遥か彼方にて、大きな悪意が少女たちを見下ろしていた。




そういや割と原作通りの流れだなー(鼻ホジ) でもまぁいいや。ヨシ!(現場猫)
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