あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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それではこうして拙作を読んでくださる皆様にまずは感謝を。
おかげさまでUAも81062、お気に入り件数も630件、しおりも250件、感想も185件(2022/2/6 18:09現在)に至りました。誠にありがとうございます。
……他もそうですけれど、なんか今回お気に入り件数の伸びがクソエグい気がするんですが。ご存じの通り作者はすさまじいチキン野郎なのでこうして色々伸びると嬉しい反面ビビります。もちろんこうして評価していただけるのは嬉しいのですが。

そしてAitoyukiさん、今回も拙作を再評価していただき誠にありがとうございます。こうして何度も何度も高得点をつけて評価していただいて頭が下がる思いです。

それで今回もまた16000字超えました(白目) いつもに比べて文章の量が多くなっていますのでご注意ください。では本編をどうぞ。


三十一話 それぞれの決断、それぞれの道

「早く、早くこっちに来るんだ!」

 

 光輝の叫びにこちらへと向かっていた恵里達は一層足に力を入れる。

 

 目測二十メートル足らずの場所には武器を持った無数の骸骨の魔物がおり、足元の魔法陣から無限に湧いているようである。それを光輝達が技能や魔法による攻撃でどうにか減らし、自分達が通れるぐらいの数に押し留めようとしているのだ。だが……。

 

「クッ、いささか多いな……カイル、イヴァン、ベイル! 私達で道を切り開くぞ! 南雲と中村はその間に進め!!」

 

「……ごめんなさい! その提案はちょっと無理です!」

 

 決死の覚悟を決めながら団員と自分達に命じるクゼリーであったが、そこでハジメがノーを突き付けた。理由は眼前の光輝達の様子であった。

 

「……あー、確かに。これは突破するのは危険かな」

 

 少し遅れて恵里もハジメの言葉にうなずく。自分達の撤退を援護してくれている光輝達は今にも倒れそうなほど顔色が悪く、脂汗もかいた状態で必死に攻撃を叩きこんでいるのだ。最悪自分達が撤退を終える前に倒れる可能性もあり、それを考えるとおいそれとうなずく訳にはいかなかった。

 

「ならどうする気だ! “縛石”で縛り上げればどうにかお前達が撤退する時間は――」

 

「僕がやります! 錬成であの魔法陣を壊していけば、壊すだけならどうとでもなります!!」

 

 苛立ちを隠さぬ様子でクゼリーが叱責するが、ハジメもそれに負けじと言い返した。確かにベヒモスを拘束する時と比べれば簡単ではある。とはいえそれだけでどうにかなるとは当然思えなかった恵里は、すぐにハジメのアシストに移った。

 

「だったらボクがハジメくんを、いや全員のサポートをする!! やれるかはともかくとして、とっておきがあるからね!」

 

「とっておき、って……お前に何が出来る! もう魔力も残っていないだろうに!!」

 

 啖呵を切った恵里に軽くヒステリックになって反論するクゼリーであったが、恵里はそれを意に介さず、淡々と理由を説明していく。

 

「まだそっちの方は魔力回復薬が残ってるでしょ? それをもらえればボクのとっておき――相手を操る魔法が使える。さっきあの魔物に闇魔法を使った時、思った以上にかかりやすい感じだったからね……詠唱を終えるのに時間がかかるのと使う魔力の関係でそうそう何体も操れないだろうけれど、やれる」

 

 不敵な様子で述べる恵里の様子にクゼリーと騎士団員らは目の前の少女から底知れなさを、ハジメは『流石は僕の恵里だ』とこの上ない頼もしさを感じていた。

 

「……ならやってみせろ!! 私達はお前達が技能と魔法を使うまでの壁になる! 行くぞお前ら!!」

 

「「「ハッ!」」」

 

「「了解!」」

 

 目の前の相手が何者かという疑惑よりも事態の打開の方を優先したクゼリーがそう告げると各々が行動に移った。

 

 クゼリーらが前に立ち、トラウムソルジャーの攻撃を上手くいなす中、ハジメはすぐ近くで錬成し、魔法陣を一つ一つ確実に壊していく。かがんでいる自分にいつ攻撃が当たるかの恐怖に怯えながらも錬成をしていく中、既にある程度壊してくれていた誰かに感謝しつつ、ハジメは自分のやるべきことをなしていく。

 

「――“縛魂”! はい、人形一体出来上がりぃ! さぁやれやれぇ!!」

 

 恵里の方も長い詠唱を終え、暴れるトラウムソルジャーの内一体を完全に使役することに成功した。そして他のトラウムソルジャーの魔石の破壊や魔法陣の破壊を命じて暴れさせる。

 

 恵里のとっておきのオリジナル魔法である“縛魂”であったが、こうしてトータスに来てから使うのは初めてであった。幸い、前世? での経験があったことで久々かつぶっつけ本番ではあったものの成功。何度も使った経験があって良かった、と思いながら恵里はクゼリーから渡された魔力回復薬を煽り、再度“縛魂”の行使に移った。

 

 こうして同士討ちするよう操れば、他のトラウムソルジャーもパニックを起こしたのか硬直したり戸惑った様子を見せた。それを確認すると恵里は喜悦で口元を吊り上げながら、クゼリーや光輝達から離れた個所にいる個体に次々と“縛魂”を施していく。

 

「――これなら! よし、中村は可能な限り魔法陣の破壊に充ててくれ! 私達は撃破の方に移る!!」

 

「はいは~い! お任せあれ、ってね!」

 

 上手くいって上機嫌な恵里は命じられるままにトラウムソルジャー操り、クゼリー達とハジメを援護していく。魔力回復薬があればもっと数を増やせたが、先ほど催促した際に首を横に振られたため、仕方なく残りの貴重な駒を上手く扱うことに専念した。

 

「手前の個体はハジメくんの援護! 左奥のは――そのまま他の奴を連れて底へとダイブしろ! それから――」

 

 魔力がほぼ底を尽いて顔を青ざめさせながらも、倒れている暇はないとばかりに次々と指示を出していく。

 

 “縛魂”によって自身の魂とリンクしているため声に出して指示を出さなくていいものの、自分一人で死体を率いていた時とは違って今は連携が必要だ。だからこうして戦場を俯瞰してどう動けばいいかを考えつつ、必死になって声に出しながらハジメとクゼリー達が動きやすいように駒を動かす。

 

「ありがとう恵里! お陰で助かるよ!」

 

「――ふふ、と~ぜん!! だぁい好きなハジメくんのためだからねぇ~!」

 

 そんないっぱいいっぱいな状況ではあったものの、愛するハジメから感謝の言葉をかけられた恵里のテンションはすぐに青天井となり、更に的確かつ苛烈にトラウムソルジャーを動かしていく。

 

「――“錬成”!……ふぅ、終わったぁ」

 

 程なくして最後の魔法陣をハジメが破壊し終えると、クゼリーや騎士団員も、目の前にいた光輝達も大きく息を吐いてその場にへたり込んだ。恵里の方も操っていたトラウムソルジャーに崖から落ちるように命令し、何も言わずにそのまま身を投げていく様を見ながら尻餅をついた。

 

 疲労困憊で魔力もスッカラカン、やっと一仕事終えたと充足感に満たされていた恵里達であったが、不意に光輝達がこちらに声をかけてきた。

 

「――そうだ、ハジメ! 恵里! まだ……まだ、あっちには行くな! 早く、逃げるんだ!」

 

 聖剣を支えにして立つことすらままならない彼からの言葉に、自分とハジメだけでなくクゼリー達も首をかしげたものの、奥の方に意識を向けた瞬間にその意味がわかった。メルドとアランが、大介達が、優花達が神殿騎士及び永山達と戦っていたのである。

 

 見た瞬間こそあっけにとられたものの、すぐに自分達に向けて攻撃してきたのを思い出して恵里もハジメも理由が想像出来た。おそらく自分達を守るためなのだろう、と。

 

「このままじゃ、恵里もハジメ君も危険だから……せめて、近づかないで」

 

「ああ。俺達ももう指一本動かせねぇからよ。せめて、忠告ぐらいはな……」

 

「少しでも余裕が出来たならとっとと逃げろ。それが無理なら離れてくれ……」

 

 雫、龍太郎、幸利も肩で息をしながら忠告してくれたことで自分達の想像が当たっていたと二人は確信した。そこで一度目配せをすると、恵里とハジメは光輝達に礼を述べる。

 

「ありがとう皆……でも、ボクももう正直限界。しゃべるのすらしんどいし……」

 

「僕も、だね……ありがとう光輝君、雫さん、龍太郎君、幸利君。動けるようになったらここを離れるから……」

 

「いや、二人とも。その必要は無いみたいだぞ……前を見てみろ」

 

 息をするのもいっぱいいっぱいな二人であったが、自分達にわざわざ忠告してくれた彼らに礼を述べる。ふとそこでいきなりクゼリーが口をはさんできた。もしやと思って再度奥の方に視線を向ければ、メルドや大介達がどうにか神殿騎士と永山達を鎮圧した様子が見えたのである。

 

「少々厳しい戦いが続いたからな……少しぐらいは休んでもいいだろう。ただ、動けるようになったらあちらと合流するぞ。天之河、お前達もだ。いいな?」

 

 光輝達の心配が杞憂に終わり、誰もがまた大きく息を吐くとクゼリーの言葉にうなずく。時間にして五分ほど。クゼリーから声をかけられた恵里達はまだ疲れの残っている体をおして皆と合流する。

 

 そうして体を引きずるようにしてメルド達の方へと向かった恵里達であったが、そこは地獄と言って差し支えない様相であった。

 

「おの、れ……忌々しい奴らめ」

 

「誰が口を開いていい、と言った? 今すぐ首を刎ねられたくなかったら黙れ」

 

 神殿騎士のほとんどは横たわって動かなくなっており、血の臭いが辺りに充満している。まだ息がある者もいるが、一応の止血をされた程度でしかない。すぐに死ぬということは無いだろうが、近くで彼らを見張っているメルドとアランが動くような事態が訪れれば、他の神殿騎士の後を追ってもおかしくはないだろう。

 

「殺す……殺さないと。今すぐ殺さなきゃハジメが、恵里が……」

 

「もういい、もういいんだ浩介君!!」

 

「これ以上あなたの手を血に染める必要はありません! どうか、どうか落ち着いて……」

 

 そしてまだ息のある神殿騎士に浩介が殺意と狂気で滾らせた眼差しを向け、それを必死に鷲三と霧乃が止めている。それを一目見ただけで恵里もハジメも自分達に攻撃が向く前に何かがあったと確信し、親友の変わり果てた姿にハジメはショックを受けていた。

 

「なんなんだよ……ふざけんなよ! どうして味方を殺せるんだよ!!」

 

「どこが味方なんだよ! ハジメと中村どころか騎士団の奴らまで殺そうとしてたんだぞ!! 先にやったのはコイツらだろうが!!」

 

「そ、そうだけど……でも疑われる事をした南雲達が悪いんじゃない!! 殺すのはやり過ぎだけど、でもだからって――」

 

 そして横たわっているのは永山達も同じであるが、流石に無力化程度で済んではいる。しかしあくまで無力化されただけであったため、彼らを軽蔑と憎しみの混ざった眼差しで見ていた大介達と口げんかをする程度の余力は残っていた。

 

「どうせ……どうせ南雲と中村のせいなんだろ! アイツらのせいで全部、全部おかしくなっちまったんだ!!」

 

「いい加減にしろよ玉井テメェ!!」

 

 ヤケになった玉井がこうなったのもハジメと恵里のせいだと責任転嫁すると、ソレにキレた信治が彼の襟首をつかんで罵声を浴びせた。

 

 ……恵里とハジメはあずかり知らぬところであるが、永山達まで鎮圧される憂き目に遭ったのはメルド達がためらいなく神殿騎士を殺し、その事で一層錯乱した彼らが神殿騎士を守ろうとしたからである。

 

 メルドがいなくなったのも、自分達がこんな目に遭ったのも、メルドが神殿騎士を殺そうとしたのも全て恵里とハジメのせいだと責任をなすりつけ、また自分達のために戦ってくれた神殿騎士を守ろうとする事でどうにか心の平静を保とうとしたが故の行動であった。

 

「どうしてこうなっちゃったの……浩介まで、浩介までおかしくなっちゃったじゃない……」

 

「戦うの、イヤだよ……もう戦いたくなんてないよ……」

 

「私達、何を間違えたのかなぁ……どうすればよかったのかなぁ……」

 

 優花、奈々、妙子の三人はへたり込み、憎悪と狂気でおかしくなってしまったクラスメイト達を見てただ嘆くばかり。自分達が近づいてきたことにも気づけていないようで、口から後悔と怯えを垂れ流すだけであった。

 

「……ぁ。ハジメ、くん……恵里……」

 

「龍太郎くん……恵里ちゃん……ハジメ君……みんな……」

 

 そしてお互いに震えながら体を寄せ合っていた鈴と香織は自分達の足音に大きく反応し、こちらを振り向くや否や、目元から涙をあふれさせながらこちらに飛び込んできた。

 

「ハジメくん! えりぃ!」

 

「うわっ!……大丈夫、鈴? 怖くなかった?」

 

「おわっ!……痛てて……もう、大丈夫だよ。鈴」

 

「こわかったよ……こわかったよぉ!! みんな、みんなおかしくなっちゃって、すずも、すずもころされそうになって……う、あ、あぁぁぁぁぁ……」

 

 マトモに立つ力もろくに残ってなかった二人はその勢いに押されて尻餅をつき、ハジメの胸元で怯えて泣きじゃくる鈴の頭を二人でなでる。こんなになるまで頑張ってしまった鈴の心が少しでも癒されることを願いながら何度も何度も声をかけ、頭をなで、二人で前後にはさんで抱きしめる。

 

「りゅう、たろうくん……わたし、わたし……」

 

「……何も言うな。香織、お前はよくやった。だからもう、甘えろ。何も我慢すんな」

 

「うぅ………うわぁぁああぁあぁああぁあぁん!!」

 

 龍太郎の方も急に抱き着かれたせいでたたらを踏んだが、そこは漢の意地とばかりに踏みとどまり、香織を強く抱きしめ返す。こうして生きてくれたことへの嬉しさと、ここまで傷ついてしまった目の前の少女の心の傷を癒すことが出来ない自分への苛立ちを感じ、どうすればいいかと考えながら。

 

「クゼリー団長代理……これは」

 

「……言うな。今はただ、そっとしといてやれ。ただ、目の前の暴徒だけはどうにかせんとな」

 

 戦場の狂気を知っている騎士団の面々は苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべながら永山達と大介達の方へと向かう。本来ならば今すぐにでも撤退し、一刻も早く地上に戻るべきだろうが、今の状況を見て絶対にやれはしまいとクゼリーならず誰もが思った。

 

 今だけは身の安全をどうこう言っている場合ではない。下手につつけば逆に収めるのが難しくなるだろう、と。ならばせめて死傷者が出ないように努めるのが自分達の役目だと考え、動く。

 

 ……悪意によって戦場に導かれ、絶望と狂気で誰もが等しく傷つき合う。誰もが身を寄せ合い、いがみ合うこの場所で、勝利の美酒を味わえる者は一人もいなかった。

 

 

 

 

 

「……では改めて状況の整理に移ろう」

 

 そうクゼリーが告げたのはある程度時間が経って全員が幾らか落ち着けた頃であった。幸いにも魔物が再度沸き出すということもなく、こうして腰を据えて話をすることが出来るのは僥倖としか言えないだろう。

 

「クソッ……」

 

「……戻ったら、絶対報告するから」

 

「……………」

 

 相変わらず永山達が恵里達に向ける視線は敵意に満ちたものであったが、今は全員を後ろ手に“縛石”で作った鎖で縛り付けている。しかも地面から直接何本も伸びているため、相応の力がなければ引きちぎることも出来ず、また騎士団の誰かが常に目を光らせているため、下手に引きちぎって襲い掛かろうとしても即座に制圧されるだろう。それ以前に彼らも疲労困憊で精神も消耗していたため、威勢がいいのは口だけでそこまで抵抗する気力も残ってなかったが。

 

「まず南雲と中村だが、二人は神殿騎士から……いや、もうここまで来ると聖教教会から命を狙われていると言っていいな。それと、命を狙われているのはメルド団長も同じですね」

 

「ああ。とはいえ俺の方はもう追放されたも同じだ。団長の職は実質解かれているだろうし、家の方も取り潰しになっているだろう」

 

 腕を組みながらメルドはクゼリーに返答し、恵里とハジメもそれにうなずいた。メルドと相対した際に神殿騎士の二人が言った言葉を光輝らも覚えており、また浩介らがメルドを助けた際に何が起きたかを本人の口からも聞いている。それを加味すればもう恵里達だけでなく、メルドも既にこの国に居場所はないということは誰もが想像できた。

 

「となると、南雲達とメルド団長は一度私達と一緒に地上に戻ってから別れた方が――」

 

「いや、それは危険だろう」

 

 そうして恵里達はどう動くべきかを考えたクゼリーがそれを口にするものの、鷲三がそれに口をはさんだ。クゼリーは聞き覚えのない声に反応すると、そういえば誰だコイツらといぶかしみながら浩介、鷲三、霧乃の方へと視線を向ける。そこでメルドが横から『俺の命の恩人で、坊主達の友人、知人だ』と説明してくれた。

 

 確かに自分達を助けてくれたことや、恵里達が『そういえば三人のこと、クゼリー団長代理に言ってなかったね』と言い合っている辺りから信用できる相手なのだろうと確信し、クゼリーは鷲三に話の続きを促す。

 

「自己紹介が遅れて申し訳ない。私は八重樫鷲三。雫の祖父だ――それで話の続きなんだが、地上の方に神殿騎士やあの翼を生やせる女がいないとも限るまい? もう一度相対したらまず私達では勝ち目が無いぞ」

 

 鷲三の言葉にクゼリーは言葉に詰まってしまい、すぐには反論できなかった。

 

 こうして計画的に恵里達を殺そうとしてきた奴らが失敗したことを考えて後詰を残している可能性は高い。まだ息のある神殿騎士を全員殺せば、倒す際に使った手段が伝わる事は無いだろうが、誰もが満身創痍の状況だ。

 

「……俺は、俺は間違ってない。あそこであの女を殺したのは正しかったんだ。そうなんだ……」

 

「大丈夫。大丈夫だよ浩介……」

 

「そうよ、浩介君。あなたが手を汚してくれたから、だから私達は助かったの。だからお願い、もう気に病まないで……」

 

 特に浩介という少年が問題であった。

 

 あの翼を生やす女を倒した功労者ではあるものの、人を殺したショックがまだ収まっていないらしく、こうして時折ブツブツと独り言をつぶやいてはそばにいる光輝や雫らが声をかけている。今はまだ小康状態をどうにか保ってはくれているものの、いつまた狂気に呑まれるかわかったものではない。

 

「鷲三殿の言いたいことはわかった。しかし、ならばどうするのだ? しばらく迷宮に居座って、手薄になるのを見計らってから抜ける気か? 入り口でステータスプレートを使った大迷宮の人間の出入りの管理をしていることを考えると、それは無理だろう」

 

「? じゃあ夜中に出りゃいいじゃないッスか。それならわからないんじゃ? 俺ら時計持ってるし、明かりさえ用意すれば……」

 

 ため息を吐きたい気持ちを我慢しながら述べるクゼリーに礼一が質問するような形で言い返すも、クゼリーは『それが出来たら苦労はしないんだ』と今度こそため息を吐きながらそれに反論する。

 

 「あそこは国とギルドが共同で管理している場所だ。犯罪者が夜中にたむろしないよう、それなりに警備兵だっている。それも昼以上にやる気のある奴らがな。そいつらにあっという間に見つかるのが関の山だ。仮に抜け出せても外に出るにはホルアドの門を突破しなければならない。間違いなく大事になる。それに――彼らが城に戻った際、本当のことを言うだろうからすぐにでも救助部隊が組まれることは想像に難くない。即座に見つけられるのが関の山だぞ」

 

 一瞬だけ永山達の方に視線を向けつつそう述べたクゼリーの言葉に、光輝達は黙り込む他無かった。気配を殺せる雫や浩介、鷲三、霧乃ならどうにかなるだろうが、他の面々では無理だということがわからされたのである。

 

 そんな様子を見た野村達は彼らを鼻で笑った。どう足掻こうとも前々から気に食わなかった彼らがしっぺ返しを食らうのが見えたからだ。メルドは自分達を守ってくれた神殿騎士を殺し、遠藤も神殿騎士の関係者を手にかけている。また檜山ら七人もメルドに加担しているため、相応の罰が下るであろうことは確実だ。自分達がこんな目に遭う原因になった南雲はもっとひどい目に遭うだろう。それを考えるだけで野村達は胸がすく思いであった。

 

(……そういえば、どうして俺達はこんな目に遭ったんだ?)

 

 なお、永山もまた彼らが憂き目に遭うのは自業自得だと考えていたものの、こうしてメルドらに鎮圧されて頭を冷やされたことであることが引っかかった。自分達が何故、ここで死にかけたのかである。

 

(あの冒険者の奴らがいなければ……だが、一体いつ南雲達はアイツらを引き込んだんだ?)

 

 事の発端は紛れもなくあの南雲達に心酔した冒険者どもであった。アイツらさえいなければと思ったものの、どうやって南雲達が接触したかがわからなかったのだ。前に何度か南雲達が何人もの神殿騎士に見られた状態で部屋に戻るのを見たことがあり、その状況からして外に抜け出すことは無理だと永山は思った。

 

 また王都の外で魔物と戦う訓練で外に出たことはあったが、それは単に魔物を倒すだけでなく野営の仕方まで学ぶものであった。そういう体で自分達を連れてきている以上、彼らが野営の仕方も学ばずに神殿騎士の監視下の中、抜け出せるだろうか。だがどう理屈をこねくり回しても永山の頭に『無理』の二文字以外が浮かぶことはなかった。

 

(……わからん。だが、きっと()()()()()()()()()だろう)

 

 そこで別に犯人はいるのではないかと考えるも、まさか自分達の味方をしてくれた神殿騎士や、イシュタルら教会関係者がやると永山は()()()()()()。目的がわからないし、何よりこうして自分達に世界を救ってほしいと助けを求めてきた彼らがそんなことをするはずがないと考えたのである。

 

 ……普段慎重で思慮深い彼はらしくない判断を下す。今回の黒幕が教会関係者である可能性を排除したのである。

 

(きっと……きっと魔人族の密偵か何かが使えると思って仕掛けたのかもしれん。そうだ。きっとそのはずだ)

 

 だってもし、本当に教会の中にそんなことをした人間がいたのなら――もし仮にその人間の機嫌を損ねてしまったら、自分達にその牙が向けられるかもしれないから。次は自分達が生贄になるかもしれないから。

 

 もしそうだとしたら自分達の寄る辺が無くなってしまう。誰を信じ、誰を疑えばいいのかわからなくなるから。だから永山はその可能性を選択肢から外す。そんなことを言ってしまったら野村達が怯えてしまうから。そして何より自分が怖くて仕方がなかったから。

 

 魔人族を倒しさえすれば家に帰れるはずなのに、自分達に協力してくれるはずの味方を疑わなければならないのはとても怖いから。だから永山はそれを考えるのをやめたのだ。

 

 ……もしあの時、南雲達は教会の人間の機嫌を損ねるようなことをしてしまい、そのせいでこうも追い立てられたのかもしれない。そんなことが一瞬頭に浮かぶも、それを口にはしないように永山はきつく口を結ぶ。それは親友や自分を信じてついてきてくれたクラスメイト達への裏切りになりかねないから。だから永山はもう黙って事の成り行きを見守ることにした。

 

「あのー……ちょっといいですか?」

 

「南雲か。一体どうした。何か案があるのか?」

 

 鷲三の言葉にクゼリーが自身の推測を述べてからしばらく沈黙が続いていたが、それを打ち破ったのはハジメであった。光輝や鷲三らの頭に良案が浮かばない中、小声で恵里、鈴と話をしてある結論を下した彼がおそるおそる手を挙げ、クゼリーに声をかけたのである。今回の窮地を切り抜けた立役者であるハジメに話しかけられたクゼリーもまた快く聞き返す。

 

「いえ、その……僕と恵里、鈴はこれからこの迷宮を下ろうと思ってまして」

 

 そして彼の口から語られたのは衝撃の発言であった。あまりに馬鹿げた発言にこの場にいた多くの人間が唖然とし、野村達はそれに加えて嘲笑を浮かべる。自分達が死にかけたこの場所よりも下に行きたいだなんてとんだ自殺志願者だとあざけったのだ。

 

「バカか? たまたまベヒモスとかいう魔物を倒せたからって調子に乗るなよ。あの骸骨の魔物でさえ俺達はいっぱいいっぱいだったのに、それ以上に強い魔物が出てくるとこに行くとか自殺したいのかよ」

 

「ホントね。私達が必死になってやっと倒せた相手よりも強い魔物が出てくるのよ? どうやって勝つつもりなの?」

 

「……まさかお前らがそこまで底なしの馬鹿だったとは思わなかったぞ」

 

 確かに正気の沙汰とはハジメ自身も思ってはいない。だが確実に教会の手から逃れ、戦う力を手にするためにはこの方法しか無いとハジメは確信していた。本来自分が辿るはずであった道を行けば、きっとエヒトを倒すための手段を手に入れられるのだ、と。そして忌々しいことではあるが、これはエヒトが望んだ道でもあるのだ。だからこそそうするしかないとハジメは覚悟を決めた。

 

「うん。そうだね。どう考えてもそうだ……でも、僕は二人と行く。たとえここから先が死出の旅でも」

 

 そうハジメが告げると、続いて恵里も強い眼差しで目の前にいる全員を見つめる。

 

「馬鹿、ね。馬鹿にしたけりゃしたらぁ?……絶対にハジメくんも鈴も死なせない。そしてボクだって死なない。ボク達には帰る場所があるから」

 

 恵里の凄まじい眼力に押され、光輝達はおろか、永山達もメルドもクゼリーも騎士団員も神殿騎士すらも何も言えない。どんな困難であろうと絶対に成し遂げてみせるという決意がその瞳に宿っていたからだ。

 

「うん。鈴も……鈴だって同じだよ。どんな地獄でも絶対に負けない。ハジメくんも恵里も死なせないよ。だって……だって鈴は治癒師だから」

 

 そして鈴も体を震わせながらも恵里に負けず劣らずの啖呵を切る。地球にいた時からずっとトータスでどうすればいいかを考え続けていた。トータスに来てすぐに自分の無力さを思い知ってもなお完全には折れなかった。こうして押し寄せてきた悪意と狂気に怯えながらも決して逃げなかった。そしてそれは今も変わらず。絶対に三人で一緒に行くんだという思いが鈴を突き動かしていた。

 

「だからここで皆とはお別れだ。じゃあね、みん――いだっ!?」

 

「待ちやがれ馬鹿」

 

 別れを告げてそのまま背を向けようとした時、ハジメの頭にげんこつが落ちた。三人で恨めしそうな顔をその相手に向ければ『勝手に話を進めんな』と軽い苛立ちを見せながらつぶやいた。龍太郎であった。

 

「何、龍太郎。ボク達を止める気なの? 悪いけど、絶対に――」

 

「だから話を聞きやがれ……ったく」

 

 大きくため息を吐きながら龍太郎は隣にいた香織の肩を抱いて寄せると、何度か頭をかいてから話を切り出した。

 

「あー、その、なんだ……俺と香織も、ついて行っていいか?」

 

 その言葉に光輝達だけでなく、恵里達も度肝を抜かれた。

 

 自分達三人だけでオルクス大迷宮を突破することを話し合って決めはしたものの、そこに誰かを巻き込むことも、誰かがついて来ることも考えもしなかったからだ。

 

 恵里達三人とも顔を見合わせ、どうするどうすると軽くパニックになりながら話し合っていると、ずっと黙っていた香織が口を開いた。

 

「お願い。恵里ちゃん、ハジメ君、鈴ちゃん。もう……もう私、限界だよ。恵里ちゃんを、友達を平気で貶める人達のそばになんていたくないの。これ以上嫌なの!!」

 

 そして叫ぶと同時にくずおれそうになった香織を龍太郎が支え、自分達に向かって頭を下げてきた。

 

「頼む。もう傷ついている香織を見たくねぇんだよ……」

 

 胸元ですすり泣く香織を抱きしめながら龍太郎は頼み込んでくる。言葉にこそ出していないが、その口調からして龍太郎もまた限界であったようだ。確かに戦力が増えることはありがたいことではあったが、恵里としては同時に少しためらいもあった。危険な場所へと二人を連れて行っていいのか、という迷いが。

 

 どうしたものかとハジメと鈴と一緒に迷っていると、龍太郎がいきなり不敵な笑みを浮かべ、自分達にあることを尋ねてくる。

 

「それによ、お前らのことだ。確実にアテがあるんだろ?」

 

「……わかっちゃうんだ」

 

「何年親友やってると思ってんだよ」

 

 苦笑いを浮かべるハジメに自信満々に言う龍太郎を見て恵里も鈴もまた溜息を吐いた。ますますもって断りづらくなったなと思っていると、ガバリと顔を上げた香織もこちらの方を向いて『お願い』と言ってきた。再度ハジメと鈴と顔を合わせると、恵里はため息を吐いて困ったような表情を浮かべる。

 

「……仕方ないね。()()の頼みだし、聞いてあげよっか」

 

「――恵里ちゃんっ!!」

 

 そう告げると香織は恵里の胸に飛び込んでくる。鈴ごと無言で強く強く抱きしめてくる香織を四人でやれやれと思いながら見ていると、今度は幸利がばつの悪そうな顔をしてこちらを覗き込んできた。

 

「あー、そのよ……俺もついて行っていいか?」

 

 幸利の言葉にまた動揺が広がるものの、幸利が以前ここを去る旨を話していたことを覚えていた光輝達はやはりといった面持ちで彼を見ていた。

 

「前々からこんなクソな国から抜けたいと思ってたしな。それに、ハジメがやれるって確信してて、それを恵里も鈴も止めようとしないってんなら十分確率は高いはずだ。違ぇか?」

 

 幸利が自分達に寄せてくれた全幅の信頼に思わず頬が緩んでしまいそうになるも、恵里は改めて幸利に問いかける。死ぬかもしれないよ、と。だが幸利はそれを鼻で笑い、悪い顔を浮かべた。

 

「どうせ戻ったところで戦争に参加するまで飼い殺しと大差ないだろ? 抜け出せるかも微妙だしな。そんな死んでるのと大差ない生活よりもやりたいことやって死んだ方がまだマシだ。つー訳で行かせてもらうぜ」

 

 そう告げると幸利は彼らの方へと歩いていく。と、それについていくようにメルドもまた自分達の方へと来た。

 

「清水、流石の俺も自分の国をけなされて頭にこない訳じゃないぞ」

 

「あ゛っ……す、すいません。ちょ、ちょっと頭に血が上ってまして……」

 

 覚悟を決めて死地へと向かう勇ましい顔から一転、全身から血の気が引いてガタガタと震えだした幸利であったが、メルドは一度息を吐いて真剣な眼差しでハジメ達に視線を向けた。

 

「とはいえ事実ではあるからな……正直腹立たしいが、今のハイリヒ王国には俺も命を捧げられはしない。それに俺は命に代えても坊主達をこの国の外へと送り出すつもりでここに来たんだ。正直他に方法が見当たらん以上、お前らのわがままに付き合ってやる。感謝しろよ?」

 

 こうして大人としての責務を果たさんとばかりに一緒に行くことを宣言し、その後やれやれといった様子で冗談めかしながら語るメルドに不機嫌そうに見ていた野村がつぶやいた。

 

「……そんなに南雲達が大事なのかよ」

 

「大事、というよりは大人の務めだ。こうして向き合えば坊主達がいわれのない罪に問われていることぐらいはわかったからな。坊主達を貶めたのが大人なら、助けるのもまた大人の役目だ」

 

 そう毅然とした態度で答えるメルドに野村は恨みがましい視線を向けるも、メルドの表情は一切揺らぐことは無かった。その様子を見て決心がついたのか、今度は光輝が緊張した様子でハジメの方を向いて頼み込んできた。

 

「ハジメ! その……頼む! 俺達も連れて行ってくれないか!!」

 

 雫の手を握りながら声を上げ、光輝は頭を下げて頼み込む。彼もまた限界であったのだ。親友がこの国の人間に殺されかけ、そのことに雫も友人達も誰もが心に深い傷を負っている。もし仮にここで抜けなかったら取り返しのつかないことになってしまうんじゃないかという不安もあってか、彼は必死になっていた。

 

「俺じゃ役に立たないかもしれない! でも、でも……これ以上雫が、友達が傷つくのは嫌なんだ!! だから頼む! 鷲三さんと霧乃さんも、浩介も、優花も、奈々も、妙子も、檜山も近藤も中野も斎藤も全員だ! 俺が説得するから!! だから頼む!」

 

「お願い……私、もう耐えられないの。だから皆、私も……私も一緒に説得するから」

 

「……私も、私も連れてって!」

 

「なぁハジメ! 俺達も……俺達も頼むよぉ!!」

 

 地面に頭を擦り付けるほどの勢いで必死に頼む様子を誰もが見ており、鷲三と霧乃以外の面々もまた彼の様子を見て口々に自分達もついていく旨を伝える。

 

「戦うのは嫌だけど、あんな人達のところにいるのはもっと嫌!!」

 

「私もぉ!! 優花と奈々が行くんだったら、私も行くよぉ!」

 

「……ハジメ、恵里、鈴、龍太郎、香織、幸利。お願いだ。俺も、俺も行きたい……! こんな、こんな汚れた俺でもいいならそばにいさせてくれ!」

 

「こんなとこにいたくねぇのは誰だって同じだ! そうだろ信治! 良樹!」

 

「ああ! こんなトコとっととおさらばしてどっか別の国に行こうぜ!!」

 

「この国の人間なんてメルドさんとかぐらいしか信用出来ねぇしな!! 頼むみんな!!」

 

 自分達のためにプライドも何もかなぐり捨ててでも頭を下げる光輝に、これ以上恥をかかせてはいけないと友人達も土下座する勢いで頼み込む。それを見た恵里達はしょうがないなぁといった様子で彼らを見つめ、自分達もと頼み込む声を聞いた光輝は再度ハジメ達に向かって頭を下げた。

 

「ふざけんな無責任ヤローが!!」

 

 だがそれが心底面白くなかった永山達は口々に彼らを糾弾し始める。

 

「今更……今までリーダー面してきたくせに、ここで抜けるとか責任感あるのかよ!!」

 

「そうだよ! 私達と力を合わせようともしなかったくせに!! 責任とってよ!」

 

「元の世界に戻ることを諦めてわざわざ死ぬ気なのか?……そこまでお前達が愚かだとは思わなかったぞ」

 

「おのれ……ここで抜けるというのならば貴様らも神敵として扱うぞ! それでもいいのか!!」

 

 永山達と生き残った神殿騎士からの罵声を受け、遂に苛立ちが爆発しそうになった優花や大介らであったが、それに先んじてある人物が激昂する。

 

「……ふざけるな貴様らぁ!!!」

 

 割れんばかりの大声を上げたのはクゼリーであった。もう神の使徒だろうが聖教教会が敵に回ろうが我慢ならんとばかりに彼らに怒りを叩きつけ、今にも殺さんとばかりに腰本の鞘から剣を抜いた。

 

「南雲達が死ぬ目に遭ってまだそんなふざけた事が言えるか!!……どうしてこうなったかも考えないような頭の足らない奴らなら結構。いずれ考えなしに味方を殺しかねないような奴らは神の使徒だろうが誰だろうが今すぐここで叩き切って――」

 

「だ、ダメです団長代理!!――お、お前ら止めるぞ!!」

 

 剣の切っ先を向け、今すぐにでも永山達を本気で殺さんとばかりの様子のクゼリーを我に返った騎士団員が必死に止める。殺す気で剣を向けられた永山達は一瞬ビビるも、騎士団員に取り押さえられてギャーギャー騒ぐクゼリーの様子を見てひとまずホッとし、神殿騎士もこの女を絶対に処刑してやるとばかりに暗い怒りを燃やしていた。

 

「く、クゼリーさん落ち着いて!! ぼ、僕らのことはもういいんで!!」

 

「あ、あのー……流石にそこまではちょっと。こ、こっちにとってもアイツらは生きていてくれると助かるんだけど……」

 

「いいわけがあるか!! 邪魔するならばお前達も殴り倒してくれる!」

 

 そうして怒りのあまり錯乱したクゼリーを見て、ハジメも恵里も彼女を止めようとおそるおそる声をかけるも止まる気配は微塵も無い。当事者以上に怒りを燃やすクゼリーを落ち着かせるのに更にしばらく時間がかかったのであった……。

 

 

 

 

 

「――“隆岩”。よしハジメ、こっちの方頼むぞ」

 

「うん。“錬成”」

 

「――“縛石”。強度の方は……よし大丈夫だ。お前ら、そろそろこっちに移れ!」

 

 クゼリーが落ち着きを取り戻し、永山達と生き残った神殿騎士を騎士団総員で護衛しながら地上に戻るのを見届けた後、恵里達はこうして地下に降りるための階段を作っていた。

 

 ここから下の階層にそのまま向かっていけば当然魔物とエンカウントするだろうし、すぐに全滅するのは誰もが容易に想像できた。そこでハジメがあることを提案する――階段でも作ってここから直に下まで降りれないかな、と。

 

 トータス会議の折、自分がどこかで行方不明になるのはハジメも覚えており、今回の教会の動きからここで本来は奈落へと落ちるはずだったんだと確信していた。それは同じく会議に参加していた恵里と鈴も同様に考えており、きっとこの下のどこかに抜け穴があるんじゃないかと思ったのである。

 

 その思い付きを口にし、この場にいた全員でいろいろと話し合いをした結果、土系魔法の適性が低めな人間からまず大雑把に縦横一メートル大の足場を作り、それを土系魔法の得意な浩介、“全属性適性”を持つ光輝、“錬成”が使えるハジメがそれをしっかりと固めることとなったのである。

 

「りゅ、龍太郎くん……お、落ちないよね? 大丈夫だよね?」

 

「ちゃんと命綱つけてるだろ。落ちてもしっかり引き上げるから心配すんなって……」

 

 一歩踏み外せば奈落の底へ真っ逆さまになることに怯えながら、壁から生える石製の鎖を手すり代わりにしっかりつかまって階段を渡っていく香織。自分と香織を繋ぐ石製の鎖を持ちながら呆れた様子で龍太郎は香織に声をかける。ちなみに壁から生えた鎖も命綱もメルドの発案であり、あった方が精神的にいいのではないかということで急遽採用。すぐに壊れなければいいということからメルドが作る係となり、こうして活用する運びとなっている。

 

「ハジメー、まだ魔力は保ちそうかー?」

 

「流石にそろそろ限界……時間も結構経ったし、一旦休もうよー」

 

 そして陣頭指揮を採っている光輝がハジメに声をかけると、すぐさま土系魔法で壁に全員が休める大きさの横穴を作る。

 

「お疲れ様、皆。はい、ハジメ君。これ」

 

「ありがとう雫さん……はい、ゴミの方お願いします」

 

 出来た横穴をハジメが錬成できれいに整えると、遅れてやってきた荷物持ちの雫から渡された魔力回復薬を一気に煽り、適当な場所に腰を下ろす。そこに次々と他の面々もやって来ていた。

 

 今しがたハジメや他の面々に渡された薬の出どころは浩介、鷲三、霧乃がここを抜け出すために用意した五つのリュックの中である。わざわざ自作したものらしく、結構容量も大きく、薬だけでなく干し肉や黒パンなどの保存食も相当の量が入っている。とはいえ元々は乗合馬車などを使ってハイリヒ王国を脱出する手はずであり、また大人数で動くこともあってか食料も薬も十八人分含めて三日程度分しか中には入れられていないのだが。

 

 ただ、ありがたいことには間違いないためこうして活用させてもらっている……その用意してくれた相手の内、二人はこの場にはいなかったが。

 

「鷲三さんも霧乃さんも無事だといいな……」

 

「そうね、浩介君……」

 

「きっと無理はしないさ。きっと、きっと大丈夫」

 

 鷲三と霧乃は永山達が地上へと向かうのから遅れて数分、気配を消して彼らの後をついていったのである。目的は畑山愛子先生の護衛だ。こうして自分達が抜けた以上、貴重な戦力として教会の方が永山達を手厚く保護するだろうと考え、また神殿騎士以外周りにいない畑山先生を守る人間も必要だろうということで二人が立候補したのだ。

 

 あの二人とて相当無理をしているだろうに、それを感じさせることなく地上へと向かっていった。その姿に頼もしさを感じはしたものの、同時に不安も誰もが感じていた。

 

「お疲れ様、ハジメくん。ほら、膝枕してあげるよ」

 

 そうして不安を抱えながらも休息をとろうと壁に寄りかかろうとしていたハジメであったが、ふと隣にいた恵里から声をかけられた。なんとも魅力的な誘いであるが、ハジメは困ったような表情を浮かべてしまう。

 

「いや、恵里も結構疲れてるでしょ? そこまでしなくても……」

 

「ううん。ボクがやりたいの。だからお願い」

 

 疲れているのは恵里も同じだと彼女を気遣ってハジメは一度は断るものの、それでも穏やかな笑みを絶やさずポンポンと膝を叩いている恵里には敵わず、そのまま彼女の太ももに頭を載せた。

 

「ふふ……気持ちいい?」

 

「うん。最高」

 

「ふ、ふーん……そっか」

 

 こうして自分のわがままを叶えてくれたハジメにからかいついでに声をかけた恵里であったが、どストレートな感想を返されて思わず赤面してしまう。嬉しいことは嬉しいのだが頭がゆだるような心地であった。

 

「ねぇ、恵里……その……」

 

「はいはい次はそっちの番でいいよ……鈴も疲れたでしょ? ほら、もう片方空いてるから使いなよ」

 

 そう言って恵里はもう片方の膝を叩き、鈴を手招きする。鈴も精神的にも疲弊していたせいか招かれるまま自分の膝に頭を乗せ、そのまま瞳を閉じた。

 

「はは、さっすが中村。相変わらず先生と谷口にお熱よなー」

 

「うっさい。檜山達には絶対貸さないからね」

 

 その様子をからかってくる大介らに半目で悪態をつくものの、やられた方は『おーこわこわ』といった具合で屁でもない様子であった。そして自分のを見て真似をしようとした香織と雫や、恥ずかしがる龍太郎と光輝。自分達の様子を見て妬みたっぷりの視線を寄越す浩介。単にうらやましそうに見てくる幸利や肩を寄せ合って眠る優花達を見てようやく元の調子が戻ったとほんの少しだけ恵里は安堵する。やっと、やっと少しだけ日常が戻ってくれた、と。

 

「……本当はこういう感じだったんだな、お前らは」

 

 何とも言えない表情でつぶやいたメルドにまぁねとだけ言って恵里はハジメが整えてくれた壁に背中を預ける。やはり岩の硬さを感じはするものの、こうして自分達が少しでも休めるように取り計らってくれたハジメの愛を感じながら恵里は思う。もう失ってたまるか、と。あの愛しい日常を絶対に取り戻す、と。

 

(でもまぁ……今はいっか)

 

 だが今はこの幸せを嚙みしめようと視線を下に向ける。子供のころに見たあのあどけない寝顔をほんの少し残した少年を見て、恵里はふにゃっとした笑みを浮かべた。




メガトンコイン(落下ではない)

次回は地球にいる親~ズのお話になります。
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